ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

はじめに・目次

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ミクロマン ーG線上のアリア

作●学級新聞・編集長ーj

 

【はじめに】

この物語はかつてタカラ(現タカラトミー)から発売されていた“ミクロマン”と言うシリーズの玩具やそれらに与えられていた設定の一部を参考に、私が考え出した創作物語です。幼少時代から大好きだったミクロマン。自分の中で昔から今に至るまでに作っていたミクロマンが活躍する“脳内に暖めていた想像話”をひとまとめにして文章化できればと書き出した「僕の考えたオリジナルのミクロマンストーリー」なのです。

描かれる物語の設定は、本家に準拠しているところもあれば、矛盾しているところもあり、独自に付け加えた部分もある、というごちゃ混ぜ二次創作あるある準拠となっています。登場人物は想像上の人たちですし、実在する場所や出来事などがところどころ出て来るかも知れませんが、語られているすべてはフィクション、すべて架空のものであり、実在するそれらとは一切関係がありません。

2021年時点では、本家メーカーさんのミクロマンシリーズは長いお休み状態にありますが、自分も含め、いまだに根強いファンがおり、ファン活動を続けています。他のファンの方々同様、僕もミクロマン愛で、これからもずっとミクロマンを応援し続けていきたいと思っております。ので、タカラトミーさん、令和・新ミクロマンを企画、新発売してください、お願いします。(2021年12月吉日  学級新聞・編集長-j)

 

 

【目次】

 

第1部 “復活のミクロマン 編”

オープニング

プロローグ・2021復活の日<前編>

プロローグ・2021復活の日<後編>

次回予告(1)

第1話・2011破滅の日<前編>

第1話・2011破滅の日<後編>

次回予告(2)+【登場人物&メカの紹介①】

第2話・廃墟の亡霊<前編>

第2話・廃墟の亡霊<後編>

次回予告(3)+【登場人物&メカの紹介②】

第3話・神隠しがやってくる<前編>

第3話・神隠しがやってくる<後編>

次回予告(4)+【登場人物&メカの紹介③】

第4話・新たなる使命<前編>

第4話・新たなる使命<後編>

次回予告(5)+【登場人物&メカの紹介④】

第5話・新Iwaki支部、始動!<part.1>

第5話・新Iwaki支部、始動!<part.2>

第5話・新Iwaki支部、始動!<part.3>

次回予告(6)+【登場人物&メカの紹介⑤】

 

第2部 “チェンジ!ミクロ探偵団 編”

第6話・承前、アリスの日常

オープニングⅡ

第7話・ロボットマンはもらったよ!<前編>

第7話・ロボットマンはもらったよ!<後編>

次回予告(7)+【玩具ギャラリー01&プレゼントイラスト】

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<前編>

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<後編>

次回予告(8)+【登場人物+メカの紹介⑥】

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.1>

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.2>

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.3>

次回予告(9)+【登場人物&メカの紹介⑦】

第10話・Gの、ものがたり<前編>

第10話・Gの、ものがたり<後編>

第11話・水石山に遺されたもの(仮題)

第12話(第2部最終話)・その名は、最狂戦士ゼノ(仮題)

第10話・Gの、ものがたり<後編>

 

ラトブの4階と5階に広がる総合図書館――。

時間帯も早く、しかも小雨が降っているせいもあるのだろう、利用者はとても少なく、館内は駅周辺同様に閑散としている。

市内一の総合図書館と言うだけある。5階中央スペースには何台も無料パソコンが置かれ、その周りには自由に使ってよいテーブルやイス、ソファがいくつも設置されているのだが、そのひとつに綾音達の姿があった。

綾音が図書館の無料パソコンを使い、蔵書の中に謎のキーワードに関するなんらかの情報が書かれているかもしれない書物がないかどんどん調べていく。ほんの少しでも関係しそうなものがヒットしたなら、タイトルや分類記号ラベル番号を伝え、それを手分けして胡桃と陽斗が本棚から探し抜き取ってくる。三人は陣取っているテーブルに運んできた書物を並べると、各々どんどんページをめくっては調べる行為を繰り返すのであった。

綾音は本来、書物をめくる形の調べ物は苦手な方である。しかし、いわきの平和を守る為に大きくかかわることであるのだから頑張らねばと自らを奮い立たせていた。

胡桃は本が大好き少女だったこともあり、なんら苦も無く閲覧を進めている。先刻、綾音が陽斗に説明した話と実情は異なり、綾音とミクロマン達から謎について調べている事実を聞かせられた胡桃は少しでも役に立てられればと自ら志願、今回、親友に同行してやってきたものだ(陽斗に変に何かを悟られぬよう、綾音は胡桃が来た理由をああいって誤魔化したのである)。

陽斗はと言えば、大好きな綾音の役に立つならばと――詳しい事情こそ教えてもらえなかったものの――必死になって教えられたキーワードについて調べる協力をしている。

 

関係するかも知れない本を求め、かなりの面積を誇る図書館内の本棚を足早に巡る陽斗少年の姿を目で追いながら、アリスとウェンディはバックのチャックから覗かせている顔を見合わせ、二人して頬を染めていた。

「ウェンディ、恋する少年、頑張っているわね」

「ハイ、アリス隊員、恋する少年は頑張っていますね」

三人寄れば文殊の知恵とは言うが、超科学力や超調査能力を持つミクロマンたちでさえ調べ出すことが出来ないでいる件の謎だ。市内一の蔵書量を誇る総合図書館を利用したところで解明することなど出来ないかも知れないと、正直アリスとウェンディは思っていた。しかし、みんなの為にやれるだけやってみたいと思ったその心意気は高く評価すべきだし、そんな子供たちを温かく見守り、応援し協力するのが友人である自分たちの役目であるとミクロガールズたちは思ってもいたのである。大切な仲間である綾音のために、彼女の友人たちも頑張っている。嫌な顔一つせず、一生懸命に本を探し出し、ページをめくる胡桃と陽斗少年。

「ウェンディ、友情や恋って素晴らしいわね」

「ハイ、アリス隊員、友情や恋って素晴らしいですね」

究極のところ、今回の図書館訪問で謎が解明できようが出来まいが、それはどうでもいいことなのかも知れない。こうして皆がひとつになれているのだから。小さな巨人たちは、心がホカホカと温かくなっていったのだった。

 

少し離れた場所にある本棚のもとに赴いた陽斗が、物陰から顔だけ出す。気になる綾音の様子をうかがったのだ。綾音は視線を感じたようで、陽斗に向かって軽くはにかむと、少しだけ指先を振って見せた。鼻の下を伸ばす恋する少年。

陽斗はお目当ての本を目の前の棚から見つけ出すと手に取り、綾音達がいるテーブルに戻ろうとして・・・、ドタッ! と足をもつれさせて勢いよく転んでしまったのだった。

こっそり様子を窺い続けていたリュックの小人たちは一瞬だけギョッとした顔になるが、すぐにやれやれと言う表情になり、更に頬をピンク色に染めて見せる。

「ウェンディ、陽斗少年、張り切り過ぎて転んでしまったみたい!」

「ハイ、アリス隊員、陽斗少年、張り切り過ぎて転んでしまったみたいですね!」

肝心の綾音は既に手元の本に視線を戻しており、陽斗が転んだことなど気が付きもせず、眉間にしわを寄せ本とにらめっこしている。

 

「おいおい、大丈夫かい、陽斗?!」少年のズボンのポケットに隠れていたミラーが、ちょっとだけ頭を出し、陽斗の顔を仰ぎ見る。陽斗が起き上がり、あぐらをかいた姿勢で打ち付けた膝をさすりながら小さく声を上げた。「痛~ッ! ・・・ん、んんん・・・?! なんだぁこりゃあ???」陽斗の視線を追ってミラーも彼の足に目をやると、目の前に不可思議な状況が発生していたことを知った。どういう理屈からそうなったのは皆目見当がつかなかったのだが、陽斗少年ご自慢の真っ赤なスニーカーの両方の靴紐が左右独立しておらず、ひとつに結ばれていたのである。両足が結ばれていたのだから、転ばないはずがない。

「??????????」二人は首を傾げるばかりだ。

靴ひもを一度外し元の状態に結び直す少年のことを、本棚の本と本の隙間からそっと覗き見しながら、口角をうえに上げ不敵な笑みを浮かべる小さなロボットがいた。群青色で樽の様なボディをしているアクロボゼットである。

(俺様の綾音にテメーがちょっかい出そうとしているのはミエミエなんダよ!)駅で遭遇してから一部始終を観察していた樽型ロボであった。心に点いた嫉妬の炎が、意地悪をせずにはいられないと彼を駆り立てていた。まずは挨拶代わりとばかり、隙を窺いコッソリと陽斗少年の靴紐同士を結んだのはゼットの仕業である。

『人間に姿を見られるな、見られたとしてもオモチャのふりをして事なきを得るのだ、今後の計画に支障をきたすので存在を人間に知られるのはまずい。ことを起こす時は、後々まるで何もなかったかのように出来るよう計算して動け』主人たるアクロイヤーの絶対命令である。だが、「んなこと知ったことか!」と言うのが、ゼットの心情であった。「そもそもアクロイヤーは最初に目にした時から気に入らねぇと思っていたし、何より俺の綾音に関係することなのだ。勿論、人間どもの目の前に出たり、綾音の前に姿を見せ、思いもよらない展開になるのはまずい。こっそり隠れつつ、俺は俺様のやりたいようにするぜ!」

ゼットは陽斗少年を、ミクロマンにもアクロイヤーにも関係ない、そこいらにいる普通の子供と認識していた。彼のポケットにいるミラーの存在に微塵も気が付いていないこともあり。

緑色のミクロマンに気が付いていないのは、ゼットだけではなかった。少女二人も、女性ミクロマンも、女性型ロボも、である。

逆にミラーも、ミクロ世界の住人たちがこんなにそばにいるのに、(まさかこんな場所にいないだろう)と思い込んでいたことも相まって、気配すら感知できずにいたものだ。

 

互いの存在に、気がついた者、きがつけぬ者・・・

「陽斗くん、次はこの本良いかなぁ?」綾音はパソコンの画面に映し出された本のタイトルを指し示した。「もち、良いっすよ!」タイトルならびに番号を覚えると、陽斗は先ほど同様、本棚に向かう。

「下段あたりか・・・」少年は番号から並び順に見当を入れると、綾音達に背を向け、ひざまずいて一番下の棚にならぶ蔵書を確認した。その時のこと。陽斗の真上、一番上段の棚から一冊の分厚い本がひとりでに外側に向かってせり出してきたのである。

「上、危ない!」ポケットの中のミラーがいち早く危険を察知、少年に注意を促す。陽斗は何ごとかと瞬間的に体が反応、身を後ろにひこうとしたがこごまっていたことからうまく動けず、そのまま尻もちをついてしまったのであった。

彼の足と足の間に、落ちてきた本がドスンと音を立てる。

何者かが狙ってやったことは、明白であった。ミラーが昔どおり自由が利く体であったなら、ポケットから勢いよく飛び出し、高い本棚のうえに移動。周囲の様子を探ったところである。しかし、今の彼にはそのような簡単なことすらできない・・・。

ゼットはと言えば、見つからないようにと既にその場から離れ始めていたのであった。

 

様子を見ていた小さな4つの目があった。アリスとウェンディだ。陽斗の身辺におかしな出来事が起きたことを、今度はしっかりと見ていたのである。本棚の内側にいた小さな何者かが本を内側から押し出したのが、隙間から見えたのだ。そして、本と棚板の隙間をぬって逃げようとしている。ちなみに残念ながら角度が悪く、ポケットの中にいるミラーのことまでは、彼女たちには見えていない・・・。

「人に危害を加えようとしている存在を感知。先行して私が調査確認します」サーボマン・ウェンディが綾音のピンク色のリュックから飛び出すと一瞬にして人型から車両形態に変化。音もたてず、目にも止まらぬ物凄いスピードで謎の影を追って疾走していく。

「まさか、アクロイヤー?!」続いてアリスがバックから飛び出し、綾音の肩に乗る。

「ん? え? なに?」急に飛び出して来た二人に驚くばかりで、人間の少女達は状況を飲み込めずにいたのだった。

 

群青色の小さな塊が、均等に並べられている本棚に順々に飛び移り、ウェンディから遠ざかろうとする。これが意外にすばしっこく、彼女も見失わないよう必死だ。偶然なのか意図してか、ほとんど人影がないコースを選んでいるようで、ウェンディ自体も人間に見つかることなく謎の影を追いかけ続けられていた。

ゼットはと言えば、陽斗から離れて間もなく、何者かに追いかけられている気配を既に察知していた。横目で見て、メカニカルなボディを持つ作業車両と思わしき存在と確認済みだ。大きさは自分より少しおおきいくらい。勝手知ったるアクロイヤーのメカではない。と言うことは、どう考えても正体はひとつ、ミクロマンのマシーンだろう。

「どこから湧いて出た?! なんでここにミクロマンがいるんダッチ?!」思いもしていなかった敵の登場に、ゼットは舌打ちすると、人に悟られぬようにしつつ、ひとまず追跡者を撒けないかとフルスピードであちこちに飛び移っていたのである。

 

しばし、直線に移動したり、右に折れたり、左に折れたり、果てはUターンしたりと、小さな影達がそれはそれは激しい追いかけっこを繰り広げた。周囲にいる人間たちの中にも勘が鋭い者がいた。気配を察知し、何だろうと本棚の上や床に軽く視線を飛ばしている。しかし動き回っている二体が小さい上にあまりにもすばしっこくて目に留まらなかったのだった。虫かな? 気のせいかな? と想像、その人間たちは視線を本に戻すばかり。

ウェンディがふと走ることを止め、瞬時に人型に戻った。ロボゼットを見失ったのだ。彼女は自らに搭載されたレーダー、索敵機能装置、アクロイヤー反応感知装置等々をフル稼働させ、気配を窺う。

近くにいるはずなのに、アクロイヤー反応は皆無であった。搭載されているのは超最新式であり、やつらの生み出した“ミクロマン側の感知装置に反応しない為の装置”の影響は受けないモデルである。では、何故、反応しないのか? あの樽状ボディのロボットは、アクロイヤーではないのか? それともこちらの最新技術を凌駕する何らかの機器を搭載しているモデルだとでも言うのだろうか? アクロ妨害粒子も、感知されていない。ブルーイーグルが口にしたと言う思わせぶりな発言はやはり真実を告げているのか。アクロイヤーではないのだとしたら、何者なのだろう・・・。

静かな5階図書館内に、小さく小気味よい「パスンッ!」という音が響いた。例えていえば、オモチャの空気鉄砲から発せられるような音だ。館内にいる人間たちの視線が一瞬だけ泳ぐ。が、また視線は手にする本や、手前の仕事に逆戻り。ほとんどの者が、4階にある児童向けコーナーあたりから聞こえてきた、子供が出したオモチャか何かの音だろうと思い込んだからであった。

音の正体は、アクロボゼットの胸に搭載されたふたつの銃器のうちのひとつから、最小レベルの威力にパワーを落とした弾丸が発射された射撃音だった。物陰にうまく潜んでいたゼットは、追いかけてくるしつこいミクロマンマシーンを行動不能に出来ないかと狙い撃ちしたのだ。倒せなくてもいい、ひとまず動けないようにさえできれば・・・。

彼の目論見は失敗に終わる。危険感知能力装置にすぐれたウェンディはアクロボゼットの動きを先に予測、両足のキャタピラを後方に向け高速回転させ回避、事なきを得たのだ。

「外したッチ!」舌打ちしたアクロボゼットはすかさず逃避行為を再開した。ウェンディはカー形態に変化、再び追跡を開始する。かくれんぼから、再び鬼ごっこに戻る二体。

逃げる者、追う者、ふたつの影は本棚区画をすり抜け、通路に当たる空間にいるまばらな人間の足元を過ぎ去り、4階に続く下り階段の手前にたどり着く。

アクロボゼット、ウェンディ・カーの順で、走ったままためらうことなくそのまま両者、踊り場までの段差を一気に飛び降り、次に踊り場から最後の段の向こうまで、やはりジャンプで通り抜けたのであった。

今までいた5階はいわきの資料や歴史など専門書等で占められている階であったが、4階は子供向け・生活や文学の蔵書で構成されている一般向け図書の階である。5階に比べ、子連れの親子が増えてきているようで、2体のロボは各々に装備されたレーダー機能を駆使、人に見つからぬよう注意深く配慮しながら追いかけっこを続けたのだった。

 

どこをどう進んで、どこにたどり着いたのか、弱い電子頭脳の持ち主であるアクロボゼットはもう判断でき無くなってきていた。いつのまにやら行き止まりである。よくよく確認すると、大きな窓ガラスで囲まれている、4階北東区画の端、“こどもよみきかせひろば”とプレートにある土足厳禁の絨毯が敷かれているガランとした部屋であった。

「どうだ、撒いたか?!」と部屋の出入り口の方を確認しようとした次の瞬間、いつの間にやら追いついてきた追跡車両の体当たり攻撃を受け、ロボゼットは宙を舞い、絵本が並べられている低い本棚上の、アンパンマンドラえもんなどの人形が並べられている一角に落ちる。

「しくじった、油断大敵!」と、すぐさま立ち上がる。同じ本棚上のすぐそばにミクロマンの追手が現れ、一瞬にして人型形態に変化したのだった。

「あなたはアクロイヤーの配下、ロボゼットですね?」女性型サーボマンが問いかけると、ゼットはまるで自尊心の塊のような自信満々の笑みを見せた。「俺様の名も、広く知られるようになってきたと見た! そうだ、俺様が素晴らしいパワーを誇るアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団リーダーのアクロボゼット様だ! お前はミクロマンの仲間ダッチな?!」ウェンディは臆することなく答える。「そうです、私はサーボマン・ウェンディ。あなたはここで何をして・・・・」ウェンディは樽型ロボに変化を感じ、思わず言葉をとめた。ゼットの両目がシグナルを発する様にチカ・チカ・チカと、赤く点滅し出したからだ。問答無用で攻撃手段を発動するのかと身構えたが、どうもそうではないらしい。

「なんだ、お前・・・」一方、ゼットも逆にウェンディの変化を目撃、黄色く太い眉をしかめたのだった。追跡者の小さくつぶらな両目がチカ・チカ・チカと、赤く点滅し出したからである。

本棚のすぐ脇、小雨に濡れ、しずくが幾筋も流れる窓ガラスに映る自分たちの変化に両者、気が付く。「なんだ、これは・・・???」同じタイミングで赤く点滅している。それぞれ、予想もしていなかったし、自分達の身に何が起きたのか分からず混乱した。

(サーボマン・リンク・シグナル?)ウェンディの超高性能電子頭脳が状況を分析する。初めて会った同士のサーボマンが互いの存在を認識登録し合い、データ通信を可能にするのに繋がる為の自動リンク機能が働き始めたのだと知る。(サーボマン同士でないと行われないリンク機能が、どうしてアクロイヤーである彼に反応してるの?!)

アクロボゼットは「こんなことは初めてだ」と、皆目見当がつかず、自分はアレルギーでも起こしたのだろうかと手の甲で目をこすったりしていた。どういう状況なのか詳しく分析しようとする発想すら、彼の能力の低い電子頭脳では判断できなかったのだ。

軽くパニックになったふたりに隙が生まれていた。興味を示した小さな子供がすぐそばまでこっそり来ていて、手を伸ばしてきたことにどちらも気が付かなかったのだ。「あー、あーあー!」オムツをしており、まだまだ話も出来ないような幼児が、ウェンディを鷲掴みにする。「キャッ?!」完全に捕まってしまったウェンディは焦った。出入口に脱いだ靴を並べ直した母親らしき人物もこちらに向かってくる。

シグナルが途切れた。これ幸いと、アクロボゼットがどこかへと逃走したのだ。離れてしまったことから同調システムは最後まで働かずに終了。リンクはなされなかったのだった。

 

アクロボゼットは4階の北西区画にある、ひと気のない非常階段まで逃げてきていた。先程いた“こどもよみきかせひろば”の正反対側である。ゼットは己の通信装置を作動させると、この近辺に来ているはずのアクロ移動基地の仲間に「迎えに来てくれ!」と救援を要請した。ミクロマン相手に自由気ままに暴れ回りたいところであったが、敵の数が分からない上、建物内に人間は多いし、綾音もいる。愛しい彼女に危害が加わることにつながるのはまずいし、下手に騒ぎを大きくするのは得策ではないと思えた。

通信機能が仲間の電波を受信。しかし、何が起きてるのか知らないが、話せる状況でないのか、雑音ばかりが流れてくる。彼はジャンプすると出窓に飛び乗った。窓枠をよじ登るとクレセント錠をクルリと回転させる。そして窓を開き、外を見たのだった。

雨雲広がる大空から小雨はまだ振り続けていた。キョロキョロと見渡すと、真っ黒い色の巨大掘削機のシルエットをしたアクロ移動基地がこちらに向かってくるのが目視できた。しかし、赤いボディにクリアグリーンの翼を持つミクロマンの怪鳥メカと戦闘中であり、徐々にしか近づいてこない。「ミクロマンめ、やはり複数でここいらに湧いて出てきていやがるな・・・」ゼットは太い眉をしかめる。

「ロボゼット、待ちな!!」真後ろからドスの利いた声がした。聞き覚えがある若い女の声だ。ギョッとして首を後ろに向けようとした刹那、巨大なものの両手が、ゼットの胴体を持ち上げた。ロボットマンだ! ゼットに声をかけたや否やのタイミングで既に踊り場から出窓に飛び乗ってきて、彼を捕まえたのである。透明なフードに守られたコクピットにいるのは、スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう、お馴染みの憎き女ミクロマンであった。

パイロットの女性ミクロマンは、カモフラージュシールドで女性ミクロマンの姿に立体偽装している綾音である。先程の騒ぎを見て、彼女は万が一を考えリュックに入れてきていたロボットマンを手に、ひと気のない物陰でミクロ化。ロボットマンに搭乗すると、図書館の人々の視線からなんとか逃れつつ、アクロボゼットの気配を辿り、ようやくここまでたどり着いたのだ。

「お前も来ていたのか、女ミクロマン!」自分も仲間たちも、幾度となく辛辣を舐めることになった原因である張本人と再び相まみえたのだ。アクロボゼットは瞬間湯沸かし器の様に怒りが瞬間的に頂点に達し、伸縮の利く両脚を一気に勢い良く長く伸ばすと銀色の顔面に不意討ちダブルキックをお見舞いしたのだった。

「うあっ!」声を上げたのは、綾音だけではない。蹴った本人のアクロボゼットもであった。何故なら攻撃を受けバランスを崩したロボットマンは抱えたゼットもろとも窓から外にダイブしてしまったからである。高いビルの4階から落下したロボット2体は、空を飛べない。真っ逆さまに道路に向かって落ちて行った。

 

――サル型ロボのゴクーとカニ型ロボのカニサンダーが操縦するアクロ移動基地が、赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバードと遭遇、戦闘に突入したのはつい先ほどであった。

小回りの利いた飛び方で、体当たり攻撃や鋭いくちばしによる刺突攻撃を執拗に繰り広げてくる赤い鳥に霹靂しながら、ようやく通信を開いてきたゼットの救助要請に駆け付けるべくラトブ・ビルまでどうにかこうにかたどり着いた二人。しかし、邪魔されうまく応答できないどころか、ゼットの姿を見つけたのに、今まさにロボットマンと落下したのを目にして焦ったところである。

同じくロボットマンが落下したことは、先ほどから姿を感知していたハリケンバードも即察知した。赤い鳥型ロボは飛行掘削機から離れると、目にも止まらぬ速さでロボットマン救助へと向かって羽ばたいていく。我々はゼットの方だ、と、アクロ移動基地もそれにならう。

ハリケンバードは空中で見事にロボットマンの背中にドッキング、態勢を立て直しつつ空へと上昇していったのであった。

自らの危機に、綾音は無意識のうちにロボットマンにゼットのことを離させていてしまったので、ゼットは落下し続けている。「きゃぁ~、間に合わないザンスっ!」アクロ移動基地の飛行速度は最大にしてもハリケンほどない。距離からして地面に激突するまでにゼットのことをキャッチできないとカニサンダーは喚いた。

「ぶっつけ本番だ、やるダッチ!」ゴクーが通信機に向かって早口で叫んだ。

「やれッ!」ゼットの大声による返答がマイクから響き渡る。

本来であれば稼働実験として行う予定であった新兵器のテストを、ピンチに合わせ実戦で敢行することになったアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団。成功すればゼットは新たなる武器と飛行手段を得られ、飛べるようになるはずであった。

 

「ビルド・アーップ!」

「物質転移装置始動! ゼットパーツ、シューーートッ!!!」ゴクーが操縦パネルに新たに取り付けられた左右ふたつのレバーをそれぞれの手で握り降ろすと、アクロ移動基地の胴体左右にある砲座からせり出す大砲が虹色に光り輝き、まるで弾丸のようにいくつもの塊を次々とアクロボゼットに向け射出して行ったのだった。塊は、明らかにメカニックの各パートを構成するパーツ群であり、“コの字をした深緑色のジョイント”数個を先頭に、肩、巨大な腕、こぶし、キャタピラ状の足、先端がドリルになっているブースターである。

「ビルド・アーップ!!」ゼットがパーツを操るコマンドを叫ぶと、彼の短く小さい両の手足が胴体関節穴に瞬時に引き込まれ収納された。すると頭と胴体だけになったゼットの四肢関節穴に、タイミングよく到達した深緑色のジョイントが勢いよく接合され、そこに向かって、肩、腕、拳、キャタピラ足が次々とぶつかるようにして合体していくではないか。まるでベルトコンベアで次々に運ばれていく機械類がいく先でどんどんつながり組みあがっていく工場風景のようである。

最後、ドリルブースターパーツが背中のジョイントにはまり込むと、全身が光り輝き、巨大な手足をもつ全く別の様相の戦闘型ロボットに変化合体したアクロボゼットが誕生したであった。

 

俺がやめたら、誰がやるのか?! 今まさに“鋼鉄ゼット”が誕生した!

「変化合身! 鋼鉄ゼッーーート!!」絶叫に近い声を上げるアクロボゼット。

地面ギリギリで変化合体が完了した彼はアスファルトの路面、数センチ上の空間をブースターの力で浮いてしばし滑空、途端、物凄い急上昇を見せ、そのままロボットマンの元へと飛んで行った。速度はハリケンバードと互角、いやそれ以上かも知れなかった。

閑散とした街並みには、相変わらずほぼ人の姿はない。数名、傘をさして歩いている者もいたが、鳥が飛んでいるぐらいにしか思わず目もくれなかった。

 

いや、目撃者がいた。外ではなく、ビル室内の方からだ。4階北東区画の端、“こどもよみきかせひろば”の窓のそば。外界から雨音に交じって聞こえてくる奇妙な機械音に目をやったピンク色のアリスと、「あれ!」と口にした彼女の言葉に反応した、ぽっちゃり少女・胡桃である。肩に乗るアリスが指さす空には、いつの間にやらハリケンバードと合体してホバリングしているロボットマンと、下の方から急上昇してくる群青色のごつごつとした装備をなしている樽型ロボの姿があった。

つい先ほどウェンディからの救援信号をキャッチしたアリス。彼女に一緒に行ってと頼まれた胡桃は4階に降りてきた。そして女性型サーボマンを手にした赤ん坊を見つけると、その母親に「私が忘れたオモチャなんです」と、もっともらしいウソの説明をしてみせた。そうして大切な仲間を赤ん坊のよだれ攻撃から救い出しホッと一息ついていたところである。

「ロボゼット? 先ほどとも、データとも、異なる姿をしていますね?!」小声で解説してくるウェンディを抱えながら、胡桃は親子連れから離れると、もう一度窓から外を見渡す。親友である少女はミクロマンに変身しロボットを操縦、アクロイヤーの手先と戦い始めている。「綾音ちゃん、頑張って・・・!」胡桃は祈るようにして、戦いを見守るのであった。

 

「成功したザンス! ごいす~ダッチ!!」ゼットの見事な変身ぶりに、カニサンダーが喜び、いくつもある手足(?)を使って大げさに拍手する。

「うまくいったようで何よりだ」仲間の合体成功に、喜んでいるのかいないのか、いつもの冷静な口調でゴクー。「よし、ゼットを援護す・・・」そこまでサルロボが言いかけた時、思いもよらぬことが起きた。タンッ、と掘削機の真上に、軽やかに、大きな音もさせず、突如として真っ黒い何かが飛び移ってきたのだ。不気味な黒雲が広がる空から、である。

息を呑むアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団の二人。そう、いきなり目の前にマグネジャガーが出現したのだ。ゼットパーツの射出作業と変化合体の様子を見守るのに集中しすぎていた上に、気配を消す超隠密能力に優れた黒豹の力により、まったく動きを察知できなかったのだった。

黒豹は、アクロ移動基地の機体がビルのそばまで流れてきたことから――戦いの気配を感知し先ほどから場の様子を分析、屋上よりタイミングを窺っていたのだが――今とばかりに奇襲攻撃に出たのである。

 

 

「マッハ・パーーーンチっ!!」スーパーマンの様に右腕を突き出し、雨の流れに逆らいながら、そのまま加速をつけロボットマンに激突するアクロボゼット。頑強で巨大な拳の破壊力ならびに飛行速度の勢いは、凄まじきパワーでロボットマンを圧倒、後方に吹き飛ばした。

綾音は直感する。今までとは、気迫も、戦闘力も、段違いに違う、何倍もパワーアップしている、と。きらめく武装類は新しく開発されたものなのか、美しくきらめいていた。

「喰らえ! ゼットマシンガン!!」丸く赤い腹かけから飛び出ている二つの突起から、超高速で撃ち出される大量の弾丸がロボットマンを襲い、爆ぜた。

 

5階、総合図書館の専門書コーナーにある、中央・自由閲覧席コーナー。頭に両手をやり、暇そうにしている少年がひとりいる。陽斗だ。「ゴメン、ちょっとだけ席外すね」と綾音に言われ、少し間を置いて「すいません、私も少し席を外すね」と胡桃にも告げられ、取り残されていたのだ。

トイレか、それともスマホに親から電話でも来たのだろうとは思ったが、なかなか戻らぬ連れ二人である。消えていった先を眺めてソワソワしてきた矢先、「バリ、バリ、バリ!」と、外から小さな轟音が響いてきたのに興味をひかれた。雷だろう、暇つぶしに外の様子でも見るか、と、少し離れた場所にある大きな窓に歩を進める。

「まさか・・・?! 陽斗、あそこ!!」いつの間にやら肩に乗っていたミラーが、上ずった声で窓から見える上空を指差した。なんだろうと少年が視線を飛ばすと、鳥・・・いや、違う、銀色頭で赤い胸をしたロボットと、寸胴で樽の様な姿をした群青色のロボットが空を舞いながら、戦っていたのだ。

友人ミラーに何度も聞かせられてきたミクロマンの世界については承知しているつもりであった。ミラーの様子からも、窓の外で展開している光景が何であるのかは想像できる。しかし、聞くと見るとでは大違いで、陽斗少年は現実なのか夢か幻かと軽く混乱している自分がいることに戸惑いを禁じえなかったのだった。

遠近感もおかしくなり、どれほどの大きさの者たちなのかと混乱する。が、ロボットが互いに体当たり攻撃を仕掛けたり、殴ったり、蹴り飛ばしたりし合っているバックに見える店の看板やら電線等から、意外なほど小さき者達であることを陽斗は知った。

目の前で繰り広げられている世界は、現実なのだ。ミラーの教えてくれた通り、ミクロマンの世界は本当にあったのだ。陽斗はじわりじわりと、自分が高揚してきているのを感じた。

「ミラー、あれ、仲間なのかい?!」少年の質問にミラーが深く頷く。「私の仲間だ! しかも、機体番号からして、あのロボットマンは水石山のIwaki支部にあったものだよ。友人マックスの愛機さ!」「話に聞かされていた、同じチームの人や、スーパーロボットだね!! ミクロマン達はいわき市にまだいたんだ!?」「いや、まて、どうやら胸に見えるパイロットは彼ではないようだ。女性隊員のようだが、誰なんだろう? それに、敵対しているらしいあの樽みたいな形状のロボは見たことがない。戦っているところからして、おそらくアクロイヤーなんだろうが・・・?!」同郷の仲間の姿と、アクロイヤーと思わしき姿を同時に目にしたミラーは、かなり興奮していた。

雷の音と思ったのは、外で戦いを繰り広げている両者が、武器を使ったり、ぶつかり合う音であったのだ。

図書館内の人間は本に夢中で、外の様子を二人のように細かく窺っている者は皆無。ビル上空で正義と悪の戦いが繰り広げられているとは誰も知らないでいる。

 

「必殺! ロケット・パーンチッ!!」アクロボゼットが右腕を振り上げ、思い切り前方に突き出すのに合わせて絶叫すると、右の巨大な拳が手首から外れ発射された。一条の光となり、流星の様にロボットマン目掛けて飛んで行く。

先ほどから否応なく受け続けている強力なパンチ攻撃のロケット版だ。通常のパンチでもそれなりに堪えていたのに、弾丸のように飛ぶ勢いがついているものをまともに喰らったら、頑丈なロボットマンでも大ダメージを受けることは容易に想像できた。

「上にッ!」とっさの判断で命令した綾音の意思に即反応したハリケンバードはロボットマンの巨躯を上昇させる。綾音の意思で続けざまにロボットマンが両脚を大きく開くと、脚と脚の間を黒い拳が通過していったのであった。

「まだだ!」ゼットがニヤリとする。ロケットパンチが弧を描いてUターンし、今度は背後からロボットマンに向かい出した。「ここで、もうイッチョ!」すると彼は左腕を振り上げ、左の拳もロボットマン目掛けて撃ち出したのである。

前と後ろからの挟み撃ち攻撃殺法だ。ロケットのスピードである。すぐに綾音の元にたどり着く。両の飛翔体の射線は微妙にずれており、先ほどの様に回避行動を取ったところで、片方を避けても、もう片方が激突してくると予想された。そもそも上下左右どこに回避するにしても、到着するまでにもう時間がない。ハリケンが持ち支えるロボットマンの巨体では、重すぎて瞬時に逃げることも今のこの時点からでは不可能であった。

生き死にに関わることで必死になると、人間、急に案を思い付けるのだろうか? それとも綾音の天性の直観力であろうか。「私を蹴って、上に飛べッ!」瞬間的に思いついた方法を綾音は声高らかにハリケンバードに伝えたのである。

ハリケンはジョイントを即解除、ロボットマンを勢いよく下に向かって蹴り出しつつ、その勢いで己の身も上に向け上昇させたのであった。上と下に向け一気に離れた巨体がもといた何もなくなった空間に黒い拳同士がすれ違いながら飛んで行く。目標を失った拳は雨を切り裂きながら、各々見当違いの方向へとすっ飛んで行ってしまった。

綾音はハリケンに指令を出し、再びロボットマンと空中ドッキングさせると、両手を失っているアクロボゼットに即時向かわせ、彼を羽交い絞めにさせたのであった。

「こう近付けば、ご自慢のロケット・パンチ攻撃は出来ないねッ!?」今度ニヤリとするのは綾音の方であった。「クソっ!! 離せダッチ!!」ロボットマンの胸の中でジタバタともがくロボゼット。両の拳は主人の元にどう戻ってよいものかと、ふたりの周囲をウロウロと飛ぶばかりだ。

 

その時、である。アクロボゼットの腕の通信機マイクから、重くのしかかる様な独特の中年女性の声が響き渡ってきたのは。「ゼット、何をしているんだ! 今日は稼働実験だけのはずだ! ミクロマンの相手をせよとは命令していない! そもそも隠密に行動せねばならぬのに、人間どもの目につくような所で、目立つような行為をするとは何事か! すぐに戻るのだ!!」おそらくなかなか戻らぬ部下の様子を得意の超能力・千里眼で確かめ、この光景を知ったのであろう。それはデモンブラックの激怒する怒鳴り声であったのだ。

ギョッとしたのはアクロボゼットだけではない。急に目の前から知らない女の怒鳴り声が響いてきたことに、綾音も同様に驚いてしまったのである。この時、隙が生まれた。ロボットマンの腕の力が弱まったのを感じ、ゼットは腕の中から逃げ出しのである。

真っ黒い弾丸状の拳ふたつが、持ち主の元へと戻る。上官に激怒されようが、簡単に引き下がるつもりは毛頭なかった。「ロボットマン! 今度こそ決めてやるダッチ! ダブル・ロケット・パーーーンチッッッ!!!」ゼットは絶叫しながら、両腕を天高く振り上げたのであった。雨がいくつも拳に当たり弾かれている。

手の内は知られてしまっている。同じ手段で回避は出来そうにないと、身構えるロボットマンと綾音。これまで以上に、緊張が一気に高まった。

 

 

「ピカッ!」

この時、悪天候の中に起きうる自然現象が偶然発生した。何の意思も関与しない、本当に単なる偶然である。空から一条の細い閃光が下に向け落ちたのだ。アクロボゼット目掛けて――。

閃光に目がくらむ綾音。少し遅れて雷が落ちた時に響き渡る落雷音が周囲に響き渡った。

落雷を受けたアクロボゼットは電気ショックから機能を停止。口や四肢の付け根の隙間から黒い煙を噴き上げながら、ゆっくりと真下に落下していったのだ。

地面に激突しようかと言う寸前、間一髪、それをアクロ移動基地が現れ受け止める。ようやくの思いでマグネジャガーを機体から追い出したふたり。二度目の仲間の落下に、今度こそは間に合ったのだった。

ロボゼットの機能状態を外部に伝える役目も果たすアイモニター(両目)は、どちらも大きなバッテン、機能停止状態を示していた。樽型ロボはピクリとも動かない。

「腕一本、猫に取られたー!! うわぁーん!!」カニサンダーは負傷しており、泣き喚いている。

ロボットゴクーはまったく役に立たなくなった仲間二人を乗せたアクロ移動基地を操作、退却するので手一杯であった――。

 

撤退していくアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団を見送る綾音。胡桃たちも心配して待っているだろうし、逃げ帰る敵を追いかけるまですることもないだろうと思う。

「あの怖い女の声は、絶対に悪魔軍団司令部の上官のものだよね。デモンブラックと言うやつかな。なんか知らんけど、通常の方針に背いて子分が勝手に行動したのに怒り、制裁として一喝の電撃攻撃を喰らわせてようやく止めたってところ・・・か、な・・・?」

ロボゼットがそもそもなぜ今回の動きに出たのか、彼の心情をまったく知らない綾音は、特撮ヒーロー番組で見たことのある悪者側の裏事情ドラマパートに照らし合わせて推測する。落雷はと言えばまったくの偶然であり、デモンブラックの怒りでも何でもないのは言わずもがな、である。

小雨はまだシトシトと振り続けていたのであった。

 

――先ほど落ちた窓から綾音はラトブ内に戻ると、非常階段にひと気がないことを確認、そそくさと元の姿に戻った。体同様、本来の大きさになったピンク色のお気にのリュックに愛機をしまうと、何事もなかったかのような素振りで図書館4階に入り込む。

みんなの元に帰ろうと誰もいない通路を歩いていたところ、一枚の絵画が飾られているのが目の端に映った。先ほどはロボゼットを探すのに夢中で見落としていたようだ。そもそも非常階段方面などわざわざ足を運んだことがなかったので、この通路の様子自体、彼女は何も知らなかったものだ。

歩きながらチラリと横目で見ながら通り過ぎ――少女は何かを感じ足を止めると、後ろ歩きで絵画の前に戻ったのであった。

パッと見、あきらかに童話とか絵本の挿し絵に使われそうな優しいテイストの絵柄、構図をしている絵だった。

夜のとばりが降りようとしている時間帯であろう、空は薄暗い紺色。中央に山と思われる巨大な三角形があり、暗い山の頂のやや下あたりから下界に向けて、空の闇とは対照的に眩しい光がほとばしっている。正体は分からないが、光り輝くものが、何かの爆発に合わせ、爆発地点から飛び出しているようだった。爆発のその傍には緑と黄色に塗られた擬人化されたカマキリのような人物がいる。

山の両隣には、不思議な集団がそれぞれ固まって描かれていた。

右側。大きな人物と、小さな3人の人物がいる。大きな人物は鎧兜を身に着けている騎士のようだ。真っ黒い兜、赤い翼が胸に生えた青い胸当てが印象的で、その顔面は仮面でも当てているのか銀一色である。足元には、紺碧に塗られた樽を剣道の胴のように着込んだ少年(?)、長い棒を構えたサル、黒光りするカニが付き従っていた。

左側。やはり大きな人物と、小さな3人の人物だ。しかし、どうも人や動物ではなく、すべて鬼神の様であった。大きな鬼は真っ赤な顔をしており、胸は黒、両腕は大砲の様なものを抱えている。足元には角が生えた、黒、緑、銅色の鬼がいる。鬼は全員、牙をむき出しにしたり、手や体がねじれていたりして、何というか見ていて気持ちいいものではない、とても奇形な姿形をしていたのだった。

そして――絵の中央部分にあたる山の中腹には、おそらく生まれて間もないだろう姿の、人間の赤ん坊が描かれていた。頂から発せられた眩しい光が赤ん坊を照らしている。

綾音はこの絵画がどうしてだか分からないが、とても気になって仕方なくなった。強烈ともいえるインパクトで迫ってくる何かを感じたのだ。お得意の直感が、この絵は重大で大切なものだ! と告げてくる。

絵画の額のすぐ下に小さなプレートが貼られていた。作者の名前とタイトルが書かれてある。

 

『高野文岳・絵 Gの、ものがたり』

 

「・・・”G”?!」思わず綾音は口走ってしまった。そう、今調べている物事のひとつに“G”という謎のキーワードがあるからだ。

少女はもう一度、絵に目をやる。全身の感覚が、謎の絵画に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。

 

「綾音ちゃん、無事でよかった。戻ってきてたんだね!」綾音を探し、胡桃、アリス、ウェンディがやってきた。「どうしたの?」まるで魂を引き込まれてしまったかのように絵画を見たまま返事をしない友人を気遣い、三人は再度、声をかける。

「何か、子供向けおとぎ話の絵、みたいですね」ウェンディが感想を告げた。やはり、誰が見ても同じ感想を抱くようだ。

胡桃が綾音の脇に立ちながら、「これ、確か水石山だよ」とポツリと呟いた。「えっ、胡桃ちゃん、この絵のこと知ってるん?」ようやく口をきいてくれた親友に頷く胡桃。「この絵を描いたの、私のおじさん、パパの弟なんだ。昔、おじさんの家で見たことある。今はここに寄付されて飾られていたんだね」「おじさんは絵描きさんなの?」「うん。絵本作家。私が絵本好きなのも、おじさんの影響なんだ」「そうだったんだ、初耳・・・!」さすが、胡桃から滲み出しているロマンチック世界の住人オーラは、伊達ではない。おじさんは作家なのか。親戚に作家さんがいる人なんて、今まで聞いたことがない。綾音はまたしても感心してしまう。

「水石山・・・!? それに、タイトルに“G”ってある・・・!? 偶然かな? まさか、もしかして・・・?」少しずつ興奮してきているような口調で、アリスが腕組みをした。「胡桃ちゃん、この絵って、どういういわれの物なの? 知ってる?」早口になるピンク色スーツのミクロマン

「完成しないまま終わった、華王丸のお話の一部だったはずだよ」一同の視線が胡桃に集まった。「華王丸・・・の話? それってどんなん?」綾音の問いに、胡桃は遠い目をする。少女は以前、おじさんに見せてもらった未完成のいくつかの絵やら物語構想ノートを思い出しながら語り出す。

「えっと、こんなお話だったよ。華王丸は、勇敢で冒険好きな、男勝りの女の子。でも、村や町でも噂に上るほどの美しい娘でもあるの。華王丸はある日、砂浜に遊びに行きました。すると、ひとりの男とカメに出会います」

ウェンディが話の腰を折らないよう、囁くように口にする。「浦島太郎ですかね?」胡桃は小さく頷く。「そう、男は実はその時代の人ではなく、気が付くと自分が過ごしていた頃よりもずっと後の時代、華王丸が生きてる時代に来て困っている人だったのです。知り合いは誰もいなく、彼の大切な頼りのカメは弱ってしまっているし、途方に暮れていました」

綾音は笑顔になる。胡桃は、まるで童話の読み聞かせをしてくれる優しい保育園の先生みたいだな、と。小さい子供になったかのように綾音は、胡桃先生に告げたのだった。「華王丸は、太郎とカメを助けてあげることにしました!」綾音の悪ノリを見て、胡桃も笑顔になる。「正解。そうです。かわいそうなので、助けてあげることにしました。太郎とカメを手のひらに乗せると、家に連れて帰り手当てしてあげたのです」

「てのひら・・・?」アリスが問うた。「うん、太郎は一寸法師のように小さく、カメも手で持てるくらいの大きさしかなかったの」

アリス、ウェンディ、綾音の顔が、瞬時に真顔になった。三人同時に、まったく同じある想像をしたからである。

勇敢な女の子、砂浜、後の時代に来て困っている一寸法師のような男、弱ったカメ。

偶然だろうか? 綾音、三崎公園の砂浜、眠りについたまま埋まっていたマックス、故障していたミクロワイルドザウルス――綾音とマックスが出会った時の経緯と符合していないか?

「すんごく前に見せてもらった内容だから、あとの詳しいところはあんまり覚えてないなぁ。そんな感じの始まり方で、あとは華王丸が鬼退治して回る様な展開だった気がする」「鬼退治?」「うん。確かね、真っ青なブーツを履いた大男、真っ赤なハト、黒猫と言う、勇敢な三つのお供を従えて、村や町で悪さする鬼神を退治して回るの」

 

三つのお供・・・。

 

話を聞かせられていた三人は、口にせずともやはり同じことを考えていた。華王丸の話や、この『Gの、ものがたり』と言う絵は、いわきにおけるミクロマンアクロイヤーの戦いを、脚色を加えて伝えているモノではないのだろうか。

高野文岳という絵本作家がどういう人物で、どうして誰も知らないはずのミクロの世界ことを知り得たのか、今年に入り綾音の辿ってきている道を過去の時点で知っていたのか、そもそもどうして物語として描こうとしていたのかは分からない。

しかし、である。今までどのようにしても見つからなかった謎にまつわるヒントとなる存在に出会えたことは確実だ、と感じられたものだ。

胡桃は友人たる三人が気付いたことが何なのかは分からないでいる。三人が目の前にある水石山の絵を真剣に眺め直しているのを、傍から不思議そうに見守るしかなかったのであった。

 

〔つづく〕

第10話・Gの、ものがたり<前編>

 

ここは、いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ひとつの影があった。一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラックである。

彼女の目の前の中空には、ロボット59号のメモリーから吸い出され再生装置にかけられた、先日の廃車置き場における戦闘記録動画が立体ビジョンとして映し出されている。赤いM-12xタイプのミクロスーツを身にまとうミクロマン・メイスンとの、お互いに高度な戦闘技術を駆使して戦う様は、歴戦の勇士でもある女傑デモンブラックにも感嘆のため息をつかせるに値するものであった。「ゴクーめ、なかなか見どころのあるやつだこと」口の左端を上げ、ニタリとしながら悪魔が指をパチンと鳴らす。

するとビジョンが切り替わり、今度はアクロ移動基地のメモリーから吸い出された戦闘記録動画が流れ出した。廃車を崩れないように支えるロボットマン。胸のパワードーム内操縦席にはここのところ報告に毎回出て来る女性ミクロマンが搭乗している。ひたすら己達が有利に立っていると思い込んでいるロボゼット、カニサンダーの油断しきった間抜けな喜び面が出て来ると、デモンブラックは、今度は落胆のため息をつくのであった。「さすが、相手の戦略をみじんも読み取れないおつむの弱いゼットと、有利に立ったと思い込むといつもの臆病さから来る注意力が散漫となるカニサンダーだ、こと・・・」

動画の最後のシーン、ロボットマンが両胸の光子波光線を発射する展開を見て、デモンブラックはガックリと首をうなだれさせた。「怪力を誇ると言うロボットマンが、あのような人間風情の作り出した鉄くずのひとつやふたつをそこらに放り投げるなど造作もないことなのだ! それをわざわざ出来ないように演じ、必死に支えているとみせかけて、こちらの油断を誘っているということすら気が付けないとは・・・情けなくなる。マックスの優秀な配下の女戦士は、ユニーカーダッチ軍団の連中がどのような脳みそを持つ面々なのかを既に見抜いているに違いない・・・!」

重くのしかかる様な中年女性の声色で、黒い悪魔はそうブツブツと独り言を口にしたのだった。

 

ごきげんよう、デモンブラック氏。今、よろしいですか?」知的なトーンの若い女性の声がした。デモンブラックからそう離れていない位置に、いつの間にやら小さな緑の点が空中に現れている。

ごきげんようグリーンスター嬢。構わんよ?」気を取り直したように、デモンブラックは顔を上げ、仲間を招き入れた。

緑の点が急激に膨れ上がり、ひとの姿形に変わり一体のアクロイヤーとなる。薄い緑色のボディをしたアクロイヤー1タイプ・グリーンスターである。

「先日の戦いで傷ついたロボット59号ならびにアクロ移動基地の修理、ただいま完了いたしました」「ご苦労様、それは何よりです」グリーンスターは、中空で停止されている動画に目をやった。ブラックが肩をすくめて見せる。「“脳のない”ロボット、“勇気のない”ロボット、“心のない”ロボット。それを承知で使っているが、わざと不完全体で作られているだけあり使い勝手はよくないねぇ」「はい、そう思います。そのような彼らの指導に当たられているブラック氏の心中お察しいたします」「ありがとう、グリーン嬢」

今度、肩をすくめて見せたのはグリーンであった。「あれでも我が軍の量産型一般兵士より遥かにデキは上であるはずですし、ひとまず現場の指揮系統に当たらせておくことに間違いはありません。使えるところまでは使って下さいませね。捨てるのはいつでもできますから」「ああ、わかっている、わかっているよ」念を押すつもりは毛頭なかったが、若干、黒い悪魔の声音に苛立ちが混ざり始めているのを、緑色の悪魔は敏感に感じ取る。話を変えてしまうのが得策と、緑の悪魔は話題を切り替えた。

「わたくしここに顔を出しましたのには、もう一つお知らせがあるからです。大変な思いをされている貴女に、朗報ですよ」「なんです?」「例のジョイントの最終試作品がもうすぐ用意できるのですよ!」「・・・なんと! それは嬉しいお話ですこと!」

グリーンの視線が空中スクリーンに飛ぶと、中空の動画ビジョンが消され、代わりにどこかのアクロイヤー工場施設内の風景が出た。作業に従事しているアクロ兵に見守られているベルトコンベアーに、“コ字をした深緑色のジョイント部品”がゆっくりといくつか流れている。大きさは2~3センチほどで大きくはない。何の為のジョイントなのだろうか?

「超磁力システム変換アクロジョイント01。テスト品の少量生産が完了間近です。近くユニーカーダッチ軍団で稼働させ最終データを取りましょう。そして完全版を大量生産するのです」グリーンの提案に、急に機嫌をよくし出したブラックが軽く手を叩いてみせてきた。「ええ、ええ、勿論ですわ。承知致しました! 不完全ロボットどもに、実験材料になってもらいましょう」「そういうことですね。使えることでは、どんどん活躍していただきましょうよ」グリーンの説明に、実に嬉しそうに首を縦に振る黒い悪魔。「これさえ出来上がれば、我が軍の兵士やメカの武装面、数少ないメカニック類たちを状況に応じ今まで以上に変化合体させ、あらゆる事態に適応させる術を得られると言うもの。使われるのをいつかいつかと待ちわびている強奪してきた例のブツの数々。まさか自分たちの生み出したものに刃を向けられるとは、ミクロマンも思いもしないことでしょう!」興奮気味のブラック。

グリーンは今一度、スクリーンに目配せした。ビジョンが今度は胸に鷹の意匠を持つ青い巨大ロボット・ブルーイーグルの画像に切り替わる。「手段さえ手に入れば、きゃつのことも恐れるに足りません。先日の様子、ミクロマンに手を貸しているところが気になる点ですが、まぁどちらにせよ、我が軍があやつを葬り去るのも時間の問題かと」

悪魔ふたりは中空に浮かび上がるブルーイーグルの画像をニタリニタリとした妖しい笑みで眺めていたのだった。

同じ地域において“探し求める子”捜索の作戦を続けていたことから足がつくのを恐れ、廃車置き場の出来事以降、悪魔達は別地域の選別に入っていた。同時に、度重なるミクロマンとの戦いによりアクロイヤー・いわき侵略軍の軍備力にも著しい低下がみられてきたことから、それを補う為の新メカ開発にも動いていたのである。

 

――<神隠しがやってくる>・・・・・・アクロイヤーが起こしている謎の少年少女誘拐事件で、2020年夏頃からいわきの地で起こり始めた。2011年3月から4月の頭ぐらいにかけ、いわきで生まれた子供達が対象にされていることは判明している。催眠術にかけ誘拐した後、本人が何もわからないでいるうちに何らかの検査を行った後にすぐ解放するのがパターン。どうやら計画の遂行に障害が発生しないよう、穏便且つ短時間で済ませ、何もなかったかのように偽装するのを常とする。どうも彼らが捜索を続けている目的の子供が見つからないでいることから、催眠誘拐はこんにちも行われ続けているものだ。

 <ブルーイーグル>・・・・・・以前からいわきの地に出没する、正体不明の超高性能戦闘型ロボット。正体並びに目的は一切不明だが、ミクロマンアクロイヤーの動きを常に監視しているようで、両者のどちらかが市内において大きな活動を見せようとすると必ず現れては妨害してくる。不思議と綾音の窮地にも現れ、何故か必ず救いの手を差し伸べてくる面も見せている。思わせぶりな言動がそこかしこに見られ、いわきの地に蠢くアクロイヤーに関する秘密情報を握っている気配が濃厚である。

 <アリア>・・・・・・綾音が初めてブルーイーグルに接触した際、突然、伝えられた言葉。何を指し示すものかは不明。

 <G>・・・・・・綾音がアクロイヤーの配下であるカニサンダーから聞き出した記号(?)と思わしきもの。どうやらアクロイヤーが子供をさらい調べているものが、それと思われる。G自体が何を指し示すものか、子供の何に関係するものなのかは不明。

 <ロボゼット・カニサンダー・ロボット59号(ゴクー)>・・・・・・アクロイヤーの配下のロボット軍団。群青色をした樽状のボディをしているのがロボゼット、黒いカニ状の姿をしているのがカニサンダー、黄土色の孫悟空を模した格好をしているのがロボット59号(ゴクーとも呼ばれているらしい)。3体でチームを組んでいると思われる。彼らのことを知っているらしいブルーイーグルの発言を信じるのならば、どうやら彼らは元々アクロイヤーではなく、何らかの理由からやつらに従わされているようだ。

 <ロボットマンの超変化>・・・・・・アクロイヤー事件と関わりがあるかどうかは分からないが、新Iwaki支部に配備されているロボットマンに奇妙な変化(誰も知らないうちに新機能が加えられていた)が認められた。それは、ミクロマンの仲間となった人間の少女・磐城綾音がピンチになった際の生体オーラを感知すると、最優先で彼女を救う為に(その時だけ)自律行動プログラムが作動する機能である。また、搭乗者認識登録データにもいつの間にやら同少女が登録されていた。(余談であるが、新Iwaki支部で使用されている指令基地も同様に、緊急時声紋反応起動システムの認識登録者リストに、いつの間にやら彼女が含まれていた)。

 

これらは、いわきの地でミクロマンアクロイヤーの攻防が繰り広げられる中、認識されてきた謎や存在、徐々に明るみに出始めたキーワードの数々である。ミクロマン新Iwaki支部の面々は、自身たちで調べるのは勿論、富士山麓本部ならびに他支部にも謎を解明する協力を要請、情報を発信し続けているが、いまだ答えにはたどり着けずにいた。

解明されぬことに歯がゆい思いをしていたのはミクロマンだけではない。彼らの友人であり、いわきの平和を守る為に協力している少女・綾音も同じであった。

廃車置き場における戦い以降、少女が住む街で頻々と起きていた“神隠しがやってくる”事件はピタリとやんでいる。合わせて噂話もあれ以来、どこからも入ってこない。アクロイヤーはそう簡単に引き下がるやつらではない。おそらくは次なる“神隠しがやってくる”を行う地区の選別でも行っているのであろうとは容易に想像できたが、そうなると気にかかってくるのは解明できぬままでいる数々の謎だ。新たなる事件が起こる前に解き明かし、今後の対策に役立てられればと、ミクロマン達に混ざって綾音もここのところ調査に余念がない。

ネットを駆使して検索しまくったり、もしやと思い父親の本棚から古めかしいイミダスやら広辞苑を引っ張り出してきてはあちこちめくってみたりしたものだ。結果、見つけ出したのは、本に挟まれていた父親のヘソクリらしい1万円札1枚だけ。綾音はもどかしい思いを解消できぬまま今日も過ごしている(ちなみにヘソクリは見なかったことにしてちゃんと元に戻した)。

 

 

6月、梅雨に入って間もないある日のこと――。

シトシトと小雨が降り続ける放課後。偶然、パートが休みだった母親がいたことから車で送迎してもらえたこともあり、綾音は濡れることなくピアノ教室を終え帰宅できた。教室用のカバンから自分のスマホを取り出すと、少女は自分の机でスマホをいじり出す。

謎の解明につながるかもしれない思い付いたキーワードを打ち込んでは検索を続ける。ここのところ、折を見ては同じことを繰り返しているのだが、今回も期待外れの結果にすべて終わり、段々と諦めモードに近い心情に陥りそうになった。いくらやってもやっても、謎の答えに結びつきそうな情報にたどり着かないのだ。

ため息をついたところ、机の上の指令基地からおかっぱ頭のアリスが顔を覗かせてきた。「綾音ちゃん、その顔は、何もヒットしてないって感じだね?」綾音はスマホを放り出し、アリスを見ながら、まるでお手上げと言うように両手を頭に乗せる。「ぜーんぜん、ダメ。この方法じゃ、埒が明かないかもね?」指令基地から抜け出して来たアリスは、投げ出されている綾音のスマホに近付き、きれいに並んだ色とりどりのアプリの数々を眺めると、緑色のLINEアプリを見つけ出し、指差したのであった。「情報通の陽斗くんだっけ、に聞いたら、もしかしたら何かヒントぐらい見つけ出してくれるかもしれないけど、それはダメだもんねぇ」「うん。前にマックスに聞いたら、アクロイヤーの動きの核心に触れるであろう話だけに、万が一にもどこからかやつらに知られたら綾音が怪しまれることになるからやめた方が良いって言われたんだよね。確かにその通りだしねぇ~・・・」「む~ん・・・」今度はふたりして同時に鼻からため息をついてしまう。

噂をすれば何とやら、である。急に綾音のピンク色のスマホからLINEの通知音が鳴り響き、陽斗からメッセージが届いた。机に置いたままの状態で、綾音は陽斗とのトーク画面を開く。

 

 陽斗『綾音さん、こんにちは。鬱陶しい雨模様が続いてますが、お元気ですか?』

 綾音『うん、元気だよ』

 陽斗『最近、噂話もとんと何処からも入ってこないし、間あきすぎるのも寂しいもんなので、LINEしました』

 

たまたま側にいたことから画面を覗き込んでしまっていたアリスであったが、陽斗のコメントを目にして、彼女の右の眉がピクリと動く。

綾音は彼女の小さすぎる眉の動きに気付くはずもなく、スマホを素早くタップして返信する。

 

 綾音『ありがとね。なんか悩んじゃってたから、その心づかい助かるわ~』

 陽斗『悩み⁈ なんすか、俺で良ければ相談に乗りますよ! 力になりますぜ!』

 

陽斗の文章を見て、アリスの小さな右眉が再びピクピクと動く。

 

 綾音『調べたいことあって。あ、あんまし人には教えたくないことでさ、それ自力で調べてるんだけど、ネットで検索しても、うちにある本やら、あと学校の図書館とかで調べても、なんも答えらしきものが見つからないんだよね~』

 陽斗『大変ッスね! ネットでも引っかかってこないとなると、よほどマイナーなこととか、世間でもほぼ話題にされていなかったり、忘れ去られているようなことなんでしょうね』

 綾音『うん、まぁね。そんな感じのことかもね』

 陽斗『あれッスかね? 平の総合図書館には行ってみましたか? あそこの本の量って学校どころじゃない、ハンパねぇスゲェ分量じゃないですか? もしかすると、あそこにあるなんかの本に答えが載っているかも?』

 

LINE友のアドバイスに綾音はその手があったかと、頷いてしまう。平(たいら)とは、いわき市の中心部、本庁舎を筆頭にいわゆる官庁街がある大きな街だ。そこにラトブと言う名の、商業施設・公共施設・オフィスが含まれている複合ビルがある。駅前に鎮座する市内でも知らない者はいない地上8階・地下2階建ての巨大なビルで、彼が言う総合図書館はその4階ならびに5階の大部分スペースを占める巨大な公共施設であった。家族や友人と何度か行ったことがあるが、確かにあそこは新旧問わず、とんでもない分量の蔵書が納められている。もしかすると、何かヒントになる様なことが書かれた書物があるかも知れない・・・。

 

 綾音『思いつかなかった! ナイスなアドバイス、超助かるわ! 今度、行ってみる!』

 

礼を伝えるメッセージを送ると、どうしたことか少しだけ間を置いて、ようやく陽斗から次の様な返信が来た。

 

 陽斗『あの、そん時、良かったらオレもご一緒させてもらってもいいッスか?』

 綾音『全然OKだけど、なんで?』

 陽斗『この前、良かったら遊びましょう、って約束したと思うんですが・・・』

 

綾音はそう言えばそんなやりとりしたことあったかも、と、すっかり忘れていた約束を思い出す。

 

 綾音『ゴメン! すっかり忘れてたわm(__)m じゃ、予定立てて、一緒に行こうw』

 陽斗『あざ~す!!www』

 

「これは・・・怪しい! 絶対に! 私の“女の感”が激しくそう告げているわッ!」ピンク色のミクロスーツのアリスは急に腕組みをすると、難しい顔をし出した。「へ?」となる綾音。「・・・うふふふ・・・。綾音ちゃんはまだまだ子供ね・・・」意味深な発言と怪しげな笑みを浮かべるアリスに、綾音は首を傾げる。

「サイバーくん、ちょっといい?」アリスが指令基地に振り返る。

「なんですか?」頭や腕に包帯を巻いた痛々しい姿の、白と黒のツートンカラーのレッドパワーズ仕様ミクロスーツを身にまとった青年ミクロマン・サイバーがひょっこりと顔を覗かせる。彼は先の廃車置き場事件でケガを負った後、新Iwaki支部に運び込まれ、現在、綾音の家で療養中の身であった。

「キミ、暇でしょう? 近いうち、私、綾音ちゃんについて外出するから、その時、代わりに基地の通信係やってよ!」「へ?」綾音と同じく、話が良く呑み込めないサイバーも首を傾げた。「あの、自分、療養休暇で、成り行き上ここに一時的に置かせてもらってるだけの身で・・・」「大丈夫、マックス隊長には、私がちゃんとお願いしておくからさッ!」アリスの気迫ある発言に圧倒され、「え・・・あ・・・」サイバーは何とも言えなくなってしまう。

アリスはにこやかなスマイルで、綾音を包み込むように両腕をいっぱいに広げて見せた。「それに綾音ちゃん、何も心配しないで! 恋のエキスパートの私があなたを見守りアドバイスする為についていくからね、どんと大船に乗ったつもりで陽斗くんとお出かけしてちょうだい!」

陽斗が持つ綾音への隠された恋心を、メッセージ内容から鋭く読み解いたアリスである。しかし、陽斗の恋心も、アリスの年上お節介お姉さん根性も読み解けない綾音には、話の流れがさっぱり分からず、「なんのこっちゃ?」と首を傾げてしまうばかり。

そして、いろんな事情をさっぱり知らないサイバーは、尚更、何が何だか分からずに困惑するばかりであったのだった・・・。

 

「おお! 綾音さん、OKだってさ!」陽斗少年は自分のお気に入りのスマホの画面に映し出される綾音からの「OK」の文字に、胸を撫で下ろしている。

「だから言っただろう、押してダメなら引いてみる、引いてダメなら押してみる。こちらからも臨機応変に動いて見せればチャンスは自然と生み出せるんだよ」彼の左肩に乗り、一緒にLINE画面を眺めていた緑と白のツートンカラーの12x系ミクロスーツを身にまとったミラーは陽斗の肩をポンポンと軽く二回たたいてみせた。

先程ふたりのやり取りに一瞬だけ間が空いた瞬間があったが、実はその時、どうしていいのか分からなくなっている少年の様子を見て、勇気を出すよう説得、「一緒に行っていいですか、と相手に聞いてみるんだよ」と、ミラーが恋の流れのアドバイスをしていたのだ。

そもそも今回のやり取りをする切っ掛けを作ったのも、ミラーであった。恋に対して引っ込み思案なところがある陽斗が「約束したけど、いつになったら会えるのだろうか?」と気に病むだけで行動に出れずにやきもきしている様子を見て、「だったらひとまず挨拶でもいいからメッセージして、様子を見てみたらいい」とアドバイスしたのである。

「ミラー、綾音さんと出掛ける日が来たら、一緒に行ってくれるかい?」陽斗の不安げな顔に、ミラーは微笑む。「仕方ない。いざと言う時にはアドバイスするから安心して!」

陽斗少年は小さな姿をした親友に、笑顔でありがとうと返したのであった。

 

――瀬戸陽斗(せとはると)。中肉中背で、少し伸ばした髪型をしている、バスケやヒップホップ好きそうな子供たちが良く着ているストリート系の服装を好む小学4年生の少年だ。お世辞にも美形とは言えないし、学校でも目立った才能を示している子供ではない。どちらかというと勉強もスポーツも苦手。しかし、人柄? 人徳? 人懐っこさ? で、あろうか、不思議と友人・知人を作るのが得意で、一度会った人物とはすぐに仲良くなってしまう不思議な力がある。

綾音の通う学校の隣の地区にある小学校に通っているのだが、去年後半、3年生の時に学校同士の交流学習を通して少年は、少女と知り合った。ひと目惚れだった。大きな目がくりくりとした長い髪の美少女で、元気はつらつ屈託のない笑顔で接してくる磐城綾音は陽斗の目にまばゆく輝く、まるで女神様の様に映ったのである。

ほんの数回だけある交流学習が終了したら二度と会えないかもしれない、折角出会えた女神様と接することが出来なくなるのは嫌だとばかりに、彼は交流学習最終日に勇気を振り絞り、綾音に「LINE友になって下さい」と懇願したのである。

この時も、あっけらかんとしている綾音は「あ、いーよー!」と二つ返事で承諾したものだ。勿論、少女は少年の気持ちなどまったくこれっぽっちも気が付いていなかった。

この時から、ふたりのやり取りは始まった。綾音の気を引きたいことから、時折、他愛もないメッセージを送っていたのだが、ある頃、少女に「いわき市の子供達で交わされている“神隠しがやってくる”の噂話、またそれに関わると思われる類の情報を集めてるんだ。クラスの友達に読んでもらっている、個人的趣味で書いてる学級新聞に掲載する為に情報が欲しいんだよね」と相談を受け、彼は自分の持つ友人間の繋がりやコネを通して情報を常々収集、次から次へと情報提供を行った。そうしてLINE上ではあるが、綾音との心の距離をどんどんと縮めていったのである(と、陽斗本人は思っている)。

陽斗は、自分が恋する少女がミクロマン達と協力し合い、いわきの地を守る為に情報を集め活動していることなど露程も知らない。自分自身も、M-123ミラーと言うミクロマンと知り合い、親友同士になっていると言うのに・・・。

 

陽斗がそのミラーと出会ったのは今年2021年1月、冬休みのことだった。偶然とは恐ろしいもので、綾音がマックスを見つけたのとほぼ同じ頃、彼もミクロマンを救っていたのである。場所は、あの水石山の山中であった――。

彼の父親である瀬戸ごろうはラーメン屋を営んでいる。店舗での営業とは別に、市内でイベントごとがあると車内が屋台に改造された黄色いバスで赴き商売をしたりもすることから、楽しいラーメン屋さんと地元のローカル番組に取り上げられたり、タウン誌に取材を受けたこともあるので、地元ではちょっと名が知られてるラーメン店であった。その日は店の定休日だった。「たまにはブラリと外出でもするか」と父親が急に言い始め、その流れで陽斗は父親に連れられて遊びに出かけることになった。特に行きたい場所があったわけではない。父子共に動物が好きなことから、馬が放牧されている水石山にでもちょっと訪れてみるかと、ドライブがてら行ったのである。

深い木々に覆われた、山中にある細い道の途中に小さな草むらがあり、父親はそこに車を停めた。馬数頭、戯れて過ごしていたからである。しばらく眺めていると馬達がいなくなったこともあり、二人は外の空気を吸いたくなり車外へと出た。

のんびりとタバコを吸う父を後にして、陽斗が何の気なしに周囲の木々の間をウロウロとしていたところ、偶然、岩の陰に小さなカプセルの様なものを発見した。それが、ミラーの眠るミクロマンカプセルだった訳である。

その後の流れは綾音の場合とほぼ同じであった。誰かが落としていったカッコイイ宇宙船クルーのフィギュアを見つけてラッキーとばかりに、彼はこっそりと自宅に持ち帰った。そうして少年の目の前でカプセルが開き、ミラーが目を覚ましたのだ。

 

ミラーの出自に関する話は、マックスが綾音に話して聞かせたものと同じである。勿論、3.11からの流れはミラー独自の体験であった。彼はいわき市民の救助の為に出動した後、やはりアクロイヤーと交戦。搭乗していたミクロマシーンが大破、重傷を負い、放り出されて意識をなくした。覚えているのはそこまでで、以降の記憶が一切ないと言う。いつカプセルに回収されたのか、いつどうやってカプセルごと水石山に戻ったのか(カプセルは救いに来ても、基地に舞い戻る機能は持ち合わせていない)、さっぱり分からない。ケガをしたことからも、カプセルの安全装置が働き自動回収されて、ケガが治るまで冬眠状態にあったことは確かなのだが・・・。

もうひとつ、不思議と言うか、おかしなことがあった。カプセルの中で10年にもわたり治癒されてきたはずなのに、彼は完全回復していなかったのである。著しい体力の低下、謎の倦怠感に手足の痺れなど、重い障害を背負っていたのだ。ミラーは障害から、もうかつての様に様々な超能力を使うことも、アクロイヤーと戦う力もすべて失ってしまっていた。

カプセルのコンピューターで調べてみたが確かな回答は得られなかった。分かったことと言えば、カプセルを通して回復できるのは現状がもう限界と言うこと、そして協力者たり得る陽斗の登場ならびに陽斗の自室が安全な場所と判断できたことから、カプセルはミラーを覚醒させた、と言うことだけ。

 

陽斗は心優しい少年だ。彼はミラーの話を信じ、障害を負った彼を保護、以後、ミラーが仲間たちと再会できる方法を共に模索している。

知り合った以降、ふたりが取ってきた行動は、綾音とマックスが当初取っていたものとほぼ同じであった。現在のアクロイヤーの活動がわからないまま大きな行動を起こすのは得策ではないと判断、世間や周囲の様子を注意深く確認しつつ、折を見て水石山の破壊されたIwaki支部の捜索を行いに訪れたり、その時に入手した壊れた古い通信機を修理、どこかと連絡が取れないか試してみたり・・・(マックス同様、どことも通信できなかったことは言わずもがな)。

重い障害から、ひとりではもう別の遠い場所へと移動することもできないミラーを見かねて、陽斗は少ない小遣いを貯めることにし、そう遠くない将来、ミラーと共にミクロマンの仙台支部なりどこかの基地なりに彼を連れて行ってやると約束したものである。

一緒に行動する二人には、いつしか深い深い友情が芽生えていったのであった。

 

 

――少女と少年がLINEでやり取りした数日後、雨模様の日曜日。

陽斗は、お気に入りの白いストリート系の服を身にまとい、いわき駅改札口の外側スペースにいた。時間は10時。お互いに住んでいる地区の関係から、彼はバスで、綾音は電車で平の街まで移動、いわき駅に集まる約束になっていたのだ。

福島の他の地方や、茨城や宮城県を結ぶ拠点たる場所でもあるいわき駅(旧・平駅)は、陽斗少年達が生まれる少し前に行われた「いわき駅周辺再生拠点整備事業」で大きく生まれ変わった近代的な建物である。橋上駅舎を筆頭に、南北に延びる自由通路、ペデストリアンデッキ(広場と横断歩道橋の両機能を併せ持つ高架建築物)を備えた(南口)駅前広場、そのデッキ下にはバスターミナルがあり、ここに来ると「なんだか今風過ぎて、田舎ないわき市じゃないみたいだなぁ」と少年はいつも思ってしまうのであった。

再開発された立派な駅や周辺の建物群ではあったのだが、バブルがはじけて以降、過疎化や人離れはどんどん進み、日曜日と言うのに辺りを見回しても、今日も人影はまばらであった。四人、五人、六人・・・両手の指で数えてお釣りがくるくらいしか見当たらない。

駅前に並ぶ店も、かなりの割合でシャッターが閉じられている。休日だと言うのに、寂しいと言えば寂しい街並みだ・・・。しかもシトシトと雨が降っているときてる。でも、ゴチャゴチャと人がいて五月蠅くないし、二人っきりで静かな雰囲気でデートできるなら、そちらの方が良いではないか、と、窓ガラスに写る自分の髪型をしきりに直しながら、陽斗はひとりニヤリニヤリとしていたものだ。

「陽斗、あれがそうじゃないか?!」少年の背負う黒いリュックのファスナーの隙間から、ミクロマン・ミラーが顔を出して問いかける。緩み切った顔を真面目なものに戻し、陽斗は改札口の方に向き直った。

ブルーの長袖シャツにジーパン姿、ピンク色のリュックを背負い、長い髪を後ろで束ねポニーテールにした可愛らしい少女が陽斗に右手を上げている。「あ、あ・・・綾音さん~」女神の輝きは、半年以上ぶりに再会しても陽斗には変わらず眩しく映る。陽斗は目を細めると、だらしなく鼻の下を伸ばしたのであった。

「綾音さん、お久しぶりです!」目の前にたどり着いた女神に、緊張した面持ちで陽斗は大げさに頭を深々と下げてみせる。それほど、こうして会える機会を与えてもらえたことに彼は感謝していたのだ。

「陽斗くん、超久しぶり!」綾音は屈託のない満面の笑みで、陽斗に敬礼して見せた。

綾音のことしか視界に入らなくなっていた陽斗は、「こんにちは」と、彼女の脇にいた誰かが声を掛けてきたことから、初めてそこに人がいることに気が付いた。

「・・・へ?」陽斗が綾音の左側空間に目をやると、同い年くらいの女の子がもう一人立っている。ちょっぴりぽちゃとした子で、髪型はショートにしたボブ、目鼻立ちがしっかりとしていて色白、女子小学生向けのブランド物らしい高価そうなバイオレット色の長袖ワンピースを着こなすその姿は、裕福な家庭の子供と言う雰囲気を漂わせている。

(え、誰・・・? いや・・・どこかで見たことがある様な・・・?)

戸惑う陽斗を見て、綾音は説明した。「あたしの親友の高野胡桃(たかのくるみ)ちゃん。交流学習の時にも会ったことあるかと思うけど」

(そうだっけ? そう言われてみれば、こんな感じの子がいたような、いなかったような?)陽斗がなんと答えたものかと固まっていたところ、後頭部の髪の中からミラーの囁く声がした。「それとなく、話を合わせれば悪くは思われない」陽斗は思わず軽く頷くと、目の前のぽっちゃり少女に作り笑顔を送ってみせたのだった。「や、やあ、高野さん、久しぶり」不自然な態度の少年であったが、胡桃は特に何も感じ取ることもなく、軽く会釈をして見せたのであった。

「友達も来たんだ・・・。あの・・・二人きりかと思ってた」思わず本音がポロリとこぼれる陽斗。

「うん、胡桃ちゃん、本が好きなんだ。特に可愛い絵本! 総合図書館に行く話をしたら、一緒に行ってみたいなぁて言われて。だから、誘ってきたんだ!」あっけらかんと友人との流れを伝える綾音。“二人きり”“デート”というキーワードで今回のことを勝手にとらえていたのは陽斗である。しかし、綾音に“そのつもり”は全くなかった。

「じゃ、感動の再会の挨拶はこれくらいにして、早速、総合図書館に向かいますか!」綾音はふたりの返答も待たず、勝手にリーダー気取りで駅舎から目の前の白い外壁のビル“ラトブ”まで伸びる通路を歩き出す。それに従う胡桃。

二つ並んで仲良く歩いて行く、傘を差した少女たちを見つめながら、「友達を連れてくるなんて、オレ信用されていないのかなぁ・・・」と、肩を落とす陽斗に、ミラーは耳元で再び囁いて見せたのだった。「そう言うことじゃないさ。綾音さんはデートと言う意識ではなく、あくまで遊びの交流として今回のことを見ているだけさ。こうして来てくれたと言うことは、決して君のことを悪くは思っていない。それどころか、大切な親友まで連れてきたと言うことは、それだけ君に心を許しているという証拠だと思うよ。そうでなければやってこないし、信用ない人物のところに友人を連れてくるなんてしないはずだろう?」

陽斗はかなり遅れを取ったものの、ミラーの言葉に気を取り直すと、急いで歩みを進めだしたのだった。

 

歩くたびに揺れる綾音のピンク色のリュックのファスナーの隙間から、こっそりと後方に目を向ける者が二人いる。ピンク色のミクロスーツ姿のアリス、そして人型に変形しているサーボマン・ウェンディだ。

「あれが・・・瀬戸陽斗少年。そして、胡桃ちゃんが共に来たことを知った時に見せた落胆と言い、あの動きの鈍さと言い、これは間違いないわ・・・!」「アリス隊員、私もそう思います。彼は間違いなく、綾音ちゃんに恋していますね・・・!」

綾音がLINE友の陽斗と遊ぶことを知り、保護者気取りで無理矢理ついてきた新Iwaki支部女子軍団は、にんまりとした目でお互いを見つめ合ったのであった。

綾音の護衛係、いつもお供に付いている黒豹メカ・マグネジャガーは、電車から降りたところで周囲をパトロールするよう綾音に命じられたので傍に姿はない。アリスとウェンディの二人が同行していることもあるし、ビル内までずっとお供してもらわなくても大丈夫だろうと少女は判断したのだ。電車に乗ることが出来なかったハリケンバードは平の街に向かって飛んでいる真っ最中で、まだたどり着いていない。

 

 

三人の少年少女が駅の向かいにある複合ビル・ラトブに向かう様を少し離れた場所から見ている者がいた。ペデストリアンデッキに取り付けられた屋外エレベーターの屋根の上から、だ。

大きさは、人の手のひらに乗るほど。全身群青色で、顔つきは黄色い太い眉に大きな目と出っ歯。胴体は樽のような形状で、腹にはアルファベットの白いZの文字が書かれた赤丸腹掛けの様な物が付いている小型ロボットである。そう、アクロイヤーの配下、ユニーカーダッチ軍団のリーダー・アクロボゼットであった。

「あれは、綾音・・・! それに・・・あの馴れ馴れしく話し掛けてるヘナチョコ野郎は一体誰だッ!?」アクロボゼットには、どういう状況なのかは分からない。いや、そもそもどのような流れからこの展開に至っていようが、それは問題ではなかった。彼の中には自分が気にしてやまない少女にちょっかいを出している(?)少年がいることが腹正しく感じられてならなく、排除したい気持ちばかりが湧き出してきてしょうがなかったのだ。

この謎のイライラ感の正体が嫉妬という感情であることを、樽ロボは知らない・・・。

この場にやってきた本来の目的もそっちのけ、彼は屋根から飛び降りると雨が降る中を小走りに駆け出し、綾音達の後を追ってラトブの中に飛び込んでいったのである。

 

しばらくして、いわき駅上空に現れた小さな物体があった。赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバード・・・ではない。廃車置き場でロボットマンと綾音をピンチに陥れたアクロ移動基地である。掘削機のような姿形をした中型の飛行マシーンで、全体のカラーはブラック。先端を構成する巨大ドリルはボディの半分を占めるほどの巨大さを誇っており、マシーンのパワフルさをこれでもかと誇示しているように見えた。ボディ後方には操縦席スペース、両翼部分には砲塔があり、黄土色のサルのような姿をしたゴクーと黒いカニの姿をしたカニサンダーが搭乗している。

「うーん、どこにもゼットの姿が見えないダッチ!」大空から下界の様子を、飛び出た大きな白いふたつの目玉で何度も確認しているカニサンダーが報告する。

「通信装置も切られてるようだ」とはゴクー。「『ごちゃごちゃ連絡来るのはうっとおしいんだヨ~?!』って、あいつはスイッチ切ってることが多いんザンスよ~」カニサンダーはふざけて目玉をグルグルと回した。

「『いつもひと気がないんだから構わん、面倒だからテストは近場で済ませようぜ』って持ちかけたのはゼットのやつなのに・・・」呆れたような口ぶりで、二人はため息をついた。

“近場で済ませる”・・・。ユニーカーダッチ軍団の小型ロボット達は、上官デモンブラックとグリーンスターの命令で、新型のテストメカを繰り出すデータ取りの稼働実験を本日行うことになっていた。近辺の“とある場所”から出撃、いわき駅にて人知れず集合して。しかし、その中心の役割になるはずのアクロボゼットが待ち合わせ場所にいないのでは、テストのしようがない。

自分勝手で気まぐれなゼットのことだ、ブラブラとその辺を遊び歩いてでもいるのだろうと、仲間二体は周囲を空の上から捜索することに決め込んだ。

 

 

――シトシトと、静かに降り続けている雨模様の小さな住宅街を、小さな車が走っている。大きさは子供が両手で軽く抱えられるほどしかないのでラジコンカーと思えたが、それはオモチャにしてはかなり精巧な作りをしていた。4つの巨大なタイヤを持つ、ベージュ色のボディ。外国のSF映画に出てくるような巨大なガトリング砲がボディ右側面に装備されている戦闘車両である。オモチャにしてはあまりにも“本物のような凄みと迫力”があった。

ボディ上部の運転席はオープンカーの様に開かれており、宇宙船クルーの様な黄色のスーツを身にまとう人形が乗っている。いや、人形ではない。それはいわきの平和を守るため人知れず活躍し続けているミクロマン新Iwaki支部をまとめるM-124マックス隊長その人であったのだ。

ここのところ動きを潜めている仇敵アクロイヤーであったが、新Iwaki支部の面々は気を抜かず、こんにちもパトロールならびに調査を怠らずにいる。マックスは以前の激しい戦いで大規模な修理を必要とされた愛車“ワンオフ戦闘用4WD車両ミクロ・ワイルドザウルス”がようやくにして修理完了、完全復活したことから、試運転を兼ねパトロールに回ってきたところであった。

「いま磐城家に到着する」ミクロ・ワイルドザウルスの最新型宇宙船コクピットの計器類を思わせる装置を操作、新Iwaki支部に連絡通信を入れるマックス。

「あー、こちらサイバー、了解しました。あー、周囲に人影なし。出窓、開きまーす!」若い声のミクロマンが答える。先日の戦いで負傷し、目下Iwaki支部に世話になっているミクゾン部隊所属サイバーだ。彼は今日、綾音と出かけてしまっている連絡通信係であるアリスに頼まれ、彼女の仕事を代理でこなしていたのだった。

ミクロマン達が居候している、少女・磐城綾音の住むラクダ色の二階建ての家。彼女の自室である二階西側の部屋の出窓がひとりでに音もたてず開く。ミクロマン達が設置した開閉装置をサイバーが操作したのだ。庭先にたどり着いたミクロ・ワイルドザウルスが、反重力装置を使って浮遊、やはり音もなく入り、見事、出窓に着地したのであった。

 

同じ出窓の端に置かれている、側面が六角形をしているコンパクトな指令基地から、白と黒のツートンカラーをしたレッドパワーズ仕様のミクロスーツを身にまとう青年サイバーが戦闘車両そばまでやってくる。頭や腕に包帯を巻いている彼であったが、怪我をした頃から比べれば、遥かに顔色も良く、動きもかろやかに戻りつつあった。

「どうでしたか、試運転の方は?」サイバーの問いに、タオルで頭や体を拭くマックスは笑顔になる。「アイザック博士、アシモフ、ウェンディの大改修ともいえる大規模修理のおかげで、100%万全だよ。以前と比べて、パワーもスピードも段違いにパワーアップしているし、最高だ・・・!」彼の説明通り、愛車は修理と言うよりも大幅な大改造を受け、外見は同じだが以前とは比べ物にならないほどのニューパワーを授けられた、超・最新型戦闘車両に変化していた。

「博士にも報告しようと思うが、どこだい?」サイバーはマックスに訊かれ、指令基地に振り返った。「あちらです。何やらずっとお忙しそうにされていますが・・・?」

指令基地内部を覗き込むと、メインコンピュータパネルに設置された大型メインスクリーンとにらめっこしているアイザックがいた。緑と黒のツートンカラーをしたレッドパワーズ隊仕様のミクロスーツを身にまとう、新Iwaki支部のブレインである。

「いま戻ったよ」「・・・うむ」「パトロールも問題なく終わった」「・・・うむ」「ミクロ・ワイルドザウルスも良好だ」「・・・うむ」マックスの言葉に、アイザックはそっけもない態度で返答するだけ、画面を見ながらキーボードを叩いている。

研究で忙しのだろうと思い、マックスが離れようとしたところ、ハッとしたようにアイザックが振り返ってきた。「いやはや、すまんすまん、なのである! 集中していたので。ザウルスの調子はどうであったか?!」やり取りを見て、(博士、ちゃんと人の話を聞いていなかったな・・・)と、サイバーは肩をすくめて見せた。(いつものことさ・・・)と、マックスはサイバーに目配せする。

「良いところに戻ってきた。実はマックス隊長に相談したいことが出てきたのだ」アイザックはメインスクリーンに顔を戻す。マックスとサイバーは何の相談だろうと、博士の両肩から画面を覗き込んだのだった。大きく表示されているのは、水石山にある、旧Iwaki支部基地の全体図であった。

「ここなのだが・・・マックス、キミなら知っているだろう?」アイザックはキーボードを操作、図面中央下部、基地の最深下層部を拡大させる。マックスの脳裏に、遠い過去の光景が甦る。マグネパワーズ隊仕様のミクロスーツを身にまとう、今は亡き友人ミクロマン・マリオン博士の研究施設区画の様子が。懐かしい、彼の姿と共に。

「マリオンのラボがあった場所だ」「うむ」アイザックはひと呼吸おいた。「我が同胞のひとりが任せられていたラボがあったところだ。本部の記録によれば、マリオンは4.11のあの日、移動機能を兼ねたロケット型ラボで脱出、空中で攻撃を受け戦死したわけだが」アイザックはマリオンの友人であったマックスの心情を窺いながら話を続ける。「本部からもらった古い記録を調べてみたところ、彼が使用していたラボの補助マシンとして、タワー基地M-115・初期型量産タイプが一機、使用されていたことを知ってね。どうやらまだ残されているらしいんだ」

 

タワー基地M-115

何を言いたがっているのか想像がつく二人のミクロマン。「残されたままだったのか・・・。しかし、残されていても、埋まってしまっているのだから、さすがに回収は無理だろう?」「仮に埋まっていなかったとしても、落盤でルートは塞がれてるんですよねぇ? それでは・・・」アイザックが首を横に振って言葉を遮る。「ご存知のとおり、吾輩ちょくちょく旧Iwaki支部に訪問、まだ使えそうな資材や機材をいただいてきている。その中で、旧Iwaki支部の各ブロックや、ルートがどうなっているのか、出来る範囲でついでに調べても来ているのだが・・・」「まだ生きているルートを見つけた、と?!」マックスが今度は彼の言葉を遮る番であった。「そうなのである。つい先日の訪問で、それを知ってね。さすがに吾輩も命が惜しいし、危険が付きまとうであろう奥底までちゃんと確認しに行きはしなかったのだが、あの様子からして、どうやら行けるのではないか、と推測されるのだよ・・・」目撃した光景を思い出す様に、博士は視線を中空に向ける。

ブルーイーグルの妨害で、壊滅した旧Iwaki支部の調査がほぼなされぬまま放置されてきたことは皆承知していることだ。実際のところ、内部の各所が今どの様になっているのかは、誰も確信をもって説明できるところではない。よって、アイザック博士の報告が、勘違いだとか間違っているなどとは誰も否定できないことであった。

三人は目を合わせる。全員、同じことを考えていた。「みんなに相談しよう。もし、ルートの安全が確認できるようならば、是非ともタワー基地を回収、ここで利用したい」マックスの言葉に、「勿論、了解である」アイザック博士は即返答した。

サイバーはと言えば、退屈な物資配達のミクゾン部隊に配属されて以降、感じたことがない胸の高鳴りを感じていた。いわきに訪ねて来てから知ったここにいる面々の個性豊かさと言い、このようにして起こる出来事と言い、なんと刺激的かつ退屈しないことであろう。かつて所属していたマグネパワーズ部隊時代を思い起こされずにはいられなかったものだ。

 

〔第10話・Gの、ものがたり〈後編〉に、つづく〕

次回予告(9)+【登場人物&メカの紹介⑦】

【登場人物&メカの紹介⑦】

 

メカ◆新型戦闘車両ミクロヴェイロン号(試作タイプ)

「綾音、このパトカーの名前は、ミクロヴェイロン。ポリスキーパー部隊という都市守護部隊に今後導入予定の最新モデル戦闘車両なのだよ。これはそのプロトタイプ。新Iwaki支部にて稼働させ、様々なデータを取り、それを反映させて正式版を量産する予定なのであ~る」サイバーと座席をバトンタッチ、今度は車内に乗り込み、ハンドルやら、レバーやら、計器類を忙しそうにチェックしながらアイザックが説明してくる。(第9話本文より抜粋)。

一般的に使用されているミクロマンカーに対し、スピード、馬力、安定性などその全てが従来の1.5倍上の能力を与えられたマシーンだ。あらゆる地形において完璧な地上走行ができることを目指し開発された為、走れない場所はない(水上、氷上、溶岩の上でも!)。

反重力装置も装備するが、あくまで地上走行面にウェイトを置いた設計の為、飛行能力は並みと言う弱点を持つ。

武装は、サンルーフ上に2つあるビーム砲2問。頑丈なボディは、通常のビーム攻撃や実弾攻撃を跳ね除ける強靭さを誇る。

あらゆるアクロイヤーの破壊活動を察知できるアクロイヤー感知スーパーレーダーを装備する。

このマシンには、とても特徴的な秘密が隠されている

そしてこのマシン特有の大きな特徴がもうひとつある(下記、ミクロバトルプロテクター項目参照のこと)。

 

メカ◆ミクロバトルプロテクター

――ミクロバトルプロテクターシステム。ミクロマン・都市守護部隊ポリスキーパーに新型戦闘車両と共に配備される予定の、戦闘用強化アーマーのことである。ミクロヴェイロン内部に組み込まれ搭載されているそれは、頭の天辺から足のつま先までミクロマンの全身を覆う言わばメカニカルな騎士の鎧(形状はどこか大きなヘルメットを持つ宇宙服を連想させる)であり、実弾・ビーム兵器問わず、あらゆる攻撃に対し高い防御力を誇る。戦闘アシストプログラムも搭載しており、装着した者の戦闘能力を10倍にも20倍にも引き出し高めるものだ。推進装置スラスターも装備、短時間なら飛行も可能である。ミクロヴェイロン同様、アーマーの試作品もアイザックは受領していたものだ――(第9話本文より抜粋)。

ミクロヴェイロンの操縦席にてプロテクターシステムを作動させると(ハンドルの中央部にある赤く大きなMの文字をあしらったハンドルエンブレムボタンが作動スイッチだ)、乗り手の四方を囲むメカニック壁のパネルが部分的に開き、内部から各部位用のプロテクターが瞬時にせり出し、あっという間に全身がアーマーで覆われる。ルーフではパトランプがけたたましい音と共にシグナルを放ち、天井が大きく開く。ブシュッっという小気味よい空気砲が打ち出されるような発射音がすると、光り輝くミクロバトルプロテクターに身を包み込んだミクロマンが大空に向かって射出されるのだ。

プロテクターとヴェイロンは、互いに簡易次元転送装置が内部に組み込まれた戦闘兵器だ。テクターを身に着けている者は、車両内に搭載されている様々な近接武器や射撃武器を思い通りに自分側に瞬時に転送させ装備することが可能。不必要となれば、逆にヴェイロンに送り返すこともできるのだ。(第9話本文より抜粋)。

ミクロマンの種族や世代を越えた全ての近接武器・銃器類をマウントかつ使用可能とする機能を有することをコンセプトに設計されており、エネルギー源は光子と人造レッドジウムのハイブリッドパワー。ミクロマン本部においてもまだ実験段階の物を導入。その為、稼働可能時間は39分6秒と短いのが欠点である。

ミクロヴェイロン号とミクロバトルプロテクターは、メイスン専用とされた。新しい正義のパワーで戦え、ミクロマン・メイスン!

 

 

事件に関係すると思わしき様々なキーワード。謎を解き明かそうと調査を進める綾音だったが、手掛かりひとつ掴めない。そんなある日、彼女は陽斗少年と共にヒントを求め、総合図書館を訪れることにしたのだった。そこに偶然現れたアクロボゼットが嫉妬の炎を燃やす――!!

 

次回、『第10話・Gの、ものがたり』に、君もミクロ・チェンーーージッ!

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.3>

 

綾音は夕暮れの中、茜色に染まる廃車置き場の中央広場をゆっくりと進んで行った。ミクロトレーラーに近付くにつれ、それなりの損傷を受けているのが分かってくる。公園の時にはなかった弾痕や煤がついているのだ。サイバーが襲撃を受け捕らえられたことは、火を見るよりも明らかであった。

ロボットマンの長い影がミクロトレーラーまで伸びる。陽の光が入り明るかった窓がロボットの影で覆われたのだ、いきなりどうしたのだろうと車中の人物は気が付いてもおかしくはないのに、サイバーはピクリとも動かない。

いつ襲撃が始まるのか正直ヒヤヒヤしていた綾音であったが、特に周囲に変化はなく、ついには大型トレーラーの真ん前にたどり着いてしまったのであった。ロボットマンに片膝をつかせ運転席を覗き込む綾音。サイバーは顔にいくつも痣を作り、口からひと筋の血を流している。しかも細いワイヤーの様なもので体を縛られているではないか。かなりの痛手は追っているが、呼吸はしている。

「生きてて良かった! でも、酷い・・・」綾音は早く助け出さなくてはと、ロボットマンの両手を運転席のルーフに伸ばす。昨日の様子では、ドアの他に、運転席はこの天井部分が大きく開いていたはずだ。子供な上、生身の自分が降りて行こうものなら必ずアクロイヤーの餌食にされる。降りて行かず、ここはロボットマンに救出させるのが得策だ、と少女は思う。

どうやってルーフの開閉ロックを外すのかは知らなかったが、この際だから無理やりにでも・・・いや、待てよ、と綾音は思い止まった。スパイ物やアクション映画では、アタッシュケースや謎の箱のふたを開けた途端に仕掛けられていた爆弾が大爆発を起こすと言うのはお決まりパターンではなかったか。アクロイヤーがその手の罠を仕掛けていないとは限らない。いや、でも、人間に存在を知られてしまうような、映画の様な派手な罠を用意するものだろうか・・・? しかも周囲には、引火し更なる爆発を引き起こすかもしれない油の残る廃車両がごまんとあるのだ。しかし、これまでに幾度となく計画を邪魔されてきたアクロイヤーのこと、怒りも頂点に達しているのも容易に想像できる。だから、やっぱり、もしかすると・・・。

迷った綾音はひとまずもう一度キャノピーからミクロトレーラーの運転席内部を良く確認してみようと考えた。その時・・・! いきなりトレーラーのルーフが勢いよく開いて、中から黄土色の塊がロボットマン目掛けて飛び出して来たのである!

銀色の頭部、その顔面に黄土色の塊がぶつかり、片膝立ちのロボットマンは体勢を崩し、片手を地面に突いてしまった。顔面から飛び跳ねた塊は宙を舞って廃車にぶつかると、また弾け、今度は地面を突いていた方のロボットマンの腕に激突、腕がよじれ自らを支えられなくなった巨大ロボは地面に倒れ込んでしまう。

一方、腕にぶつかり再び弾けた黄土色の塊は空中をクルクルと回転、ミクロトレーラーの開いたルーフの上に着地する。

横倒しになったロボットマンのキャノピー内から綾音は塊を凝視した。塊は、ミクロマンと同じほどの背丈をした、人の姿をしていた。それは軽装鎧を身にまとったサル――おそらく西遊記に出て来る孫悟空――をディフォルメした様な形状をしていて、全身が黄土色。顔の下半分と襟首の赤い塗装がおそらく大きな口を表現しているのであろう、そこだけが鮮やかな別色をしていることもあり、口ばかりが目立って見えているものだ。右手には長い棒状の物を携えており、孫悟空を模しているのだとすれば、おそらくそれは愛用の武器・如意金箍棒 (にょいきんこぼう)こと如意棒なのではないかと推測された。

 

 

ロボットマンの後方から、激しい戦闘を行う物騒な物音が響いてきていることに少女は気が付く。慌てて綾音が周囲を確認すると、半ば開いたままの廃車の窓、ボンネット、ドア、またはタイヤの陰、取り外された部品の山々の隙間から、鳥肌が立つくらいにわらわらとアクロ兵とアクロメカロボが湧いて出てきているではないか。ざっと見、30~40体はいるだろうか? おそらく、あのサルロボが出て来るのに合わせて襲い掛かる手筈だったのだろう。サルに連続攻撃を受けていた綾音が右往左往しているうちに敵側の大掛かりな襲撃は始まっていたようであった。

ミクロヴェイロンはと言えば既に動き出しており、走り回りながらルーフ上のレーザービーム砲で、的確に敵を倒し回っていた。特にロボットマンの周囲にいる敵兵達を中心として。メイスンは約束通り、援護射撃をしてくれていたのだ。

綾音は急いでロボットマンを立ちあがらせようとするが、サルが構えた如意棒の先端から電撃がほとばしり、ロボットマンを襲う。ロボットマンの頑丈かつあらゆる攻撃から搭乗者を守る防護構造から、綾音は大した被害を受けなかったのが、全身にピリピリとした軽い痺れが走ったのであった。

「ロボットマン、早く立ち上がって!」綾音の意思を読み取り、巨大ロボは地面に手足を突いて立ち上がろうとする。そこに三度、サルロボの体当たりが腕にさく裂、ロボットマンはまた顔面から地面に転んでしまったのであった。

おそらく相手は力業では巨大ロボに敵わないことを知っており、ロボットマンを転倒させて動きを封じつつ、あの電撃を何度も浴びせ掛け、巨体を徐々に破壊するつもりなのだろう。戦闘のプロフェッショナルではない綾音でも、それぐらい想像できる。

「くそっ!」地面にうつ伏せに倒れているロボットマンの巨体を仰向けにし、なお立ち上がらせようとしたところ、パワードームの上にサルロボが舞い降りてきたので、綾音はギョッとしてしまった。如意棒を構えるサルロボは無表情で、綾音を見つめるその眼は戦うことしか頭にないような冷たく冷酷な色合いしか示していない。「ロボットマン、覚悟!」サルが感情のない冷静な口調で、そう告げてきた。

綾音は直感する。「喋れるみたいだけど、こいつ“心”がないみたい」と。ミクロマンと出会って以降、綾音はウェンディやアシモフ、敵側で言えば群青色の樽ロボ、黒いカニロボと言った、まるで人の様に話して動く意思を持つロボットを見てきた。彼・彼女らはいずれも、良いにせよ悪いにせよ、人間くさい“心と表現できるようなモノ”を持ち合わせているように感じられたものだ。このサルロボも出会ってきた者達と酷く似通ってはいるのだが、その共通した“心のような物”が感じ取れなかったものである。意思はあるのだが、まるで戦うことだけを生きる目的としている様な・・・。

サルロボが如意棒を振り上げる。万事休す! これだけの至近距離で攻撃を受けたらどうなるか? 大丈夫なのか? 恐怖した綾音が慌てて両腕で己の顔を覆うのと、如意棒が振り下ろされるのが同時であった。

刹那、「ガン!」と何かがサルロボに突撃しぶつかった。覆った二本の腕の隙間から、真っ黒いボディのマグネジャガーの雄姿が確認できる。綾音を守る為、磐城家方面から遅れてやってきた黒豹は間一髪、主人のピンチに間に合い、隙を見出しサルロボに飛び掛かったのだ。

ジャガーはサルロボの腕に食らいついている。二体はもみ合いながらロボットマンから転げ落ちて尚、地面の上で取っ組み合いを続けていたのだった。

サルロボから解放された綾音はすぐさまロボットマンを立ち上がらせる。「ハリケン、うちは大丈夫だから、アクロ兵達を倒すのを手伝って!」ロボットマンの背中にピッタリとくっついていた赤い猛禽類型機械生命体は命令を受け、巨体から離れ一度大空に飛び上がると、広場に群がる悪の兵団に空から強襲を仕掛け出したのだった。

 

――広場の別の場所では、ミクロヴェイロンを操るメイスンと敵兵の別の戦いが繰り広げられている。

1体目の目標とされたアクロメカロボは、ルーフ上部のレーザービーム砲二門が弱点二か所に同時命中し、爆散。

2体目の目標とされたアクロ兵は、戦闘車両の体当たりにより吹き飛ばされ、その勢いで山積みにされていた壊れた部品の鋭利に突き出ていた箇所に胸から突き刺さり、絶命。

3体目と4体目の目標とされたアクロ兵は、レーザービーム砲二門が1門ずつそれぞれの膝に命中、岩状の固い地面に倒れ込んだところを、ミクロヴェイロンが構わず轢いて通り過ぎ――車両の4つのタイヤは敵を検知すると鋭利なスパイクタイヤと構造を変化させるのだ――身体をバラバラにされた。

数が多い為、瞬時にとはいかないが、敵兵が打ち出してくるレーザーガンやマシンガンの攻撃を戦闘車両に回避させつつ、この様な感じでメイスンは確実に1体ずつ仕留めている。撃ちだした閃光は外すこともないし、体当たりした敵は必ず吹き飛ばされ不利な姿勢で倒れ込む。銃器類を扱う名人と言うだけではない、メイスンはマシーンの操縦テクニックにもそれなりに長けていたのであった。「マイケルには少し及ばない」とは本人談であるが、周囲から見たらどう及ばないのか分からぬほどの高度なテクニックである。

メイスンは戦いながら広場を奥の方まで激走、大きく弧を描くようにUターンしながらロボットマンの方に向き直る。ロボットマンとハリケンバードはミクロトレーラーを守るようにしてアクロ兵やアクロメカロボ、マグネジャガーはサルのような姿のロボと格闘しているのが確認できた。

「あいつが指揮官か?!」他の者とあからさまに様子が異なる目立つサルロボに違和感を覚えたメイスンは、ジャガーの相手を早めに始末した方が良いと判断、レーザービーム砲で狙い撃つ。すると何と言うことだろう、危険を察知したサルロボはなりふり構わず無理矢理ジャガーを引き離すと、バク宙をしながら光線をすんでのところで避けたのであった。「やはり、他とは違うな!」メイスンはミクロヴェイロンを黄土色のロボへと走らせることにした。

異様な殺気を放つ超スピードの戦闘車両を近寄らせるのはまずいと感じたロボットゴクーは、高く跳び、3段に重ねられた廃車の上に飛び乗った。そして何を思ったかロボットマンの背中側に位置する、やはり重なった廃車の一部に如意棒のレーザー攻撃を浴びせかけると、その場から離れたのであった。

逃げるゴクーを追いかけ、廃車置き場の迷路コースに入り込むメイスンの操るミクロヴェイロン。

ロボットゴクーが離れたジャガーと、空と地上を行ったり来たりしているハリケンバードの2体は、群がってくる敵兵に悪戦苦闘している。

飛び掛かってきたアクロ兵2体を、両の腕の怪力で粉砕したロボットマンを、綾音はミクロトレーラーの方へと向かわせようとした。少しずつ数が減り出したこともあって、敵側の包囲網に隙が出来てきている。今のうちにサイバーを救い出してしまおう、と彼女は思ったのだ。だが、次の瞬間、背中側に嫌な気配を感じ取り、彼女は振り返ると上を見上げたのであった。

すると何と言うことだろう、三段に積み重ねられた廃車の上段と中段の車がバランスを崩し、落ちかけているではないか! すぐにでもずり落ちてくるその寸前の状況である。サイバーを拾い上げてから逃げ出す時間はない。自分だけなら逃げ出せれるが、それでは位置からして落ちてきた廃車にミクロトレーラーは押しつぶされることだろう。頑丈そうなトレーラーが仮に無事だとしても、運転席の天井が開いていることから、もしかするとサイバーは飛び出してしまい潰されるかもしれない。

綾音は瞬時に判断、迷うことなくロボットマンをジャンプさせると崩れ落ちそうになっている廃車の一番下側の車の屋根に飛び移り、落ちそうになっている上ふたつのうち中段の車の下部をロボットマンに押さえさせ、上ふたつが崩れるのを塞き止めたのであった。それしか手段がなかったのだ。

綾音は冷や汗を手の甲で拭う。「あのサル野郎、さっき変な風にレーザービーム外したと思ったけど、これが狙いだったのか!」少女は怒りに声を荒げる。

ミクロヴェイロンとロボットゴクーの姿は見えない。敷地内のまったく別の場所で戦っているのだろう。目の前の広場では、半分以下に減った敵兵たちに、少女の勇敢たるしもべ2体が応戦している。

 

――崩れるのを止めるために身動きできないロボットマンである。本来であれば巨人の様な怪力を誇るこのロボットの力をもってすれば、人間の扱う車両2台など余裕で持ち上げ、裏側に投げ飛ばすなど造作もないことであった。しかし、空を飛ばすことが出来ないことと同様、綾音の中にある一般常識「この様な小さなロボットはそんなことが出来るはずがないという先入観」が邪魔をして、本来出せるはずのパワーを発揮させることができずにいたものだ。操縦する綾音自身が、やれないと思い込んでしまっていたのである――。

 

戦闘のプロ・メイスンと頼もしいマグネアニマル達に任せておけば、そのうち戦いは終わるはず。崩れるのを止めるのに自分はここで待機しているしかない。綾音はそう判断したのであった。

しかし、この状況こそが、アクロイヤーが計算していた罠であることに、少女はすぐに気が付くことになる。何故なら、広場のすぐ上の空に急に怪しげな煙のようなものが発生したかと思ったら、それが渦を巻き始め、中心部から邪悪な気配を漂わせる巨大なメカニックの物体が徐々徐々に姿を現したからだ。

 

――黄土色のサル型ロボ・ロボットゴクーは俊敏な動きで、戦闘車両から撃ちだされるレーザー攻撃を、間一髪のところで次々に回避していく。タイミングを見て戦闘車両が繰り出す体当たり攻撃も、難なく躱していく。跳んだりはねたりバク転したり、まるで曲芸師だ。アクロバティックな動きは洗練されており無駄がない。見事なまでである。

「なるほど、やはり他とは違う」メイスンはボソリと呟いた。

攻撃される一方ではない。ゴクーも飛び跳ねつつミクロヴェイロンに棒術で襲い掛かったり、如意棒の先端から連続でイカヅチ状の電撃ビームを放ってくる。メイスンの操るミクロヴェイロンも、やはり間一髪のところでそれらの攻撃を回避していくのであった。

山積みにされた廃車の壁が両サイドにある迷路の中で、いつしか二人は一騎打ちになっている。

「これではキリがないな」ふたりは同時に呟いた。

アイザックからの要望もある。データ集積の意味も兼ねて、ミクロバトルプロテクターシステムを起動させる」メイスンはハンドルの中央部にある赤く大きなMの文字をあしらったハンドルエンブレムボタンを押した。

 

 

――ミクロバトルプロテクターシステム。ミクロマン・都市守護部隊ポリスキーパーに新型戦闘車両と共に配備される予定の、戦闘用強化アーマーのことである。ミクロヴェイロン内部に組み込まれ搭載されているそれは、頭の天辺から足のつま先までミクロマンの全身を覆う言わばメカニカルな騎士の鎧(形状はどこか大きなヘルメットを持つ宇宙服を連想させる)であり、実弾・ビーム兵器問わず、あらゆる攻撃に対し高い防御力を誇る。戦闘アシストプログラムも搭載しており、装着した者の戦闘能力を10倍にも20倍にも引き出し高めるものだ。推進装置スラスターも装備、短時間なら飛行も可能である。ミクロヴェイロン同様、アーマーの試作品もアイザックは受領していたものだ――

 

ミクロヴェイロンの操縦席が銀色に光り輝く。メイスンの四方を囲むメカニック壁のパネルが部分的に開き、内部から各部位用のプロテクターが瞬時にせり出し、あっという間に全身がアーマーで覆われた。ルーフではパトランプがけたたましい音と共にシグナルを放ち、天井が大きく開く。ブシュッっという小気味よい空気砲が打ち出されるような発射音がすると、光り輝くミクロバトルプロテクターに身を包み込んだメイスンが大空に向かって射出されたのであった。その雄姿はまさしくヒーローのそれだ。

 

アクロ移動基地

――「フフフフフ・・・見よ、そして驚け! これこそがアクロ移動基地ダッチ!」ロボットマンの頭上から、聞いた声が響き渡る。渦の中心部からゆっくりと姿を見せたそれは、一見すると掘削機のような姿形をした中型の飛行マシーンのようであった。全体は黒色。三角形のデザインをしており、先端を構成する巨大ドリルはボディの半分を占めるほどの巨大さだ。その後ろには操縦席と思われるスペース、両翼部分には砲塔があり、遠隔攻撃も近接戦も可能とする万能型飛行戦艦と思われた。

声の主は、以前、綾音が漁網倉庫で戦った、あの群青色した樽型のロボットである。

そして馴れ馴れしく綾音に手を振りながら、「ジャン・ジャ・ジャーン! カッコいいザンスっしょ?!」とおどけて見せている右側砲塔の砲撃手スペースにいるのは、防空壕跡にいた黒いカニロボだ。

「計画通り、ミクロマンが廃車を支えている! 右側ビーム砲、発射ダッチ!」右手の人差し指でロボットマンを指差す樽ロボ。「アイアイサー、ダッチ!」カニロボが敬礼、照準器を覗き込むや否や砲台から真っ赤な閃光が放たれると、それがロボットマンのすぐ脇、廃車のボディに命中したのであった。バチバチバチと激しく火花が飛び散り、激しい振動が起こると保っていた重なる廃車のバランスが崩れそうになる。半身を捻ってなんとか後ろを見ていた綾音は慌ててロボットマンを正面の廃車に向け直し、もう一度車を押さえ込んで崩れぬようにしたのであった。

「この間のお返しダッチ~!!」カニサンダーが片眼を閉じながら照準器を覗き込み、トリガーを引く。二発目が発射されると、今度はロボットマンの背中に命中した。ロボットマンと綾音の全身に電撃の様な痺れが走り抜ける。先程とはけた違いの痺れに、綾音は呻いた。

マグネジャガーとハリケンバードは勿論、何が起きたか理解しているし、主人を援護したいと考えている。しかし、残るアクロ兵やアクロメカロボが邪魔立てして、応援に向かうことが叶わずにいたのである。

先刻、少女が気付いた様に、この状況下を作ることこそが、今回アクロイヤーが計画していた作戦であった。ロボットマンにせよ他のミクロマンが現れたにせよ、人質を守らせるよう仕向け、身動きできなくさせて、そこを攻撃して葬る段取りである。

「アクロ移動基地、ドリルスピン攻撃ダッチ! 女ミクロマン、覚悟―ッ!」アクロボゼットは叫びながら操縦桿を操作、飛行要塞の巨大ドリルを超高速回転させると、一直線に機体をロボットマン目掛けて突撃させ始めたのだった。

 

 

――最初こそガトリング砲で攻撃を仕掛けていたメイスンであったが、ゴクーの回避術に攻撃は一向にヒットしない。何という素早さだろう。掃射でなら当てることが出来るのではと思ったが、想像以上の運動能力だ。この武器ではダメだなとメイスンは思った。

アーマーに取り付けられているガトリング砲をパージ、ミクロバトルプロテクターの機能を使い、メイスンはミクロヴェイロン号から近接武器ミクロバスタードソードとシールドを転送させる。

プロテクターとヴェイロンは、互いに簡易次元転送装置が内部に組み込まれた戦闘兵器だ。テクターを身に着けている者は、車両内に搭載されている様々な近接武器や射撃武器を思い通りに自分側に瞬時に転送させ装備することが可能。不必要となれば、逆にヴェイロンに送り返すこともできるのだ。

メイスンと、黄土色の武芸戦士ロボットゴクーは、近接戦に突入した。メイスンのミクロバスタードソード、ゴクーの愛用する如意棒、ふたりは各々の近接武器を振るい合う。

剣先が目前に来るとすんでのところで避け、棒の突きが入ればシールドで防ぎ、剣と如意棒がぶつかり合えば鍔迫り合いとなる。

間合いからやや遠のけば、バスタードソードの刃全体から光の衝撃波攻撃が、如意棒の先端からは電撃ビームがそれぞれ放たれ宙を裂き、相手を襲う。飛び交う互いの閃光攻撃を回避するのに、黄土色ロボは宙を舞い、赤のミクロマンはスラスターの角度を駆使して横っ飛びを繰り広げた。

そして再び二人は互いの間合いに入り、手持ちの武器をぶつけ合う。

メイスンは射撃武器のプロではあるが、近接武器はかじった程度の技術力しか持たない。それでいてこの互角の戦いである。ゴクーの棒術さばきはかなりの腕前であったが、こうして対等に渡り合えるのも、実はミクロバトルプロテクターのアシスト機能の賜物であったのだ。

事情どうあれ、互角の戦いに、決着がつく気配はない。

 

 

――「前さえ向けられれば、必殺の光子波光線が使えるのに・・・!!」敵に背を向け、ロボットマンに上段の廃車を押さえさせている綾音は万事休すと両目をぎゅっと閉じた。思えば漁網倉庫の戦いも、防空壕跡の戦いも、勝利を勝ち得て来れたのはたまたま運が良かっただけの話なのかもしれない。そもそも戦士でもない自分が戦い続けられたのは、ロボットマンのおかげなのだ。決して自分が強かったり、能力があったわけではない・・・。

仲間たちは目の前の敵との戦いで必死になっており、とても助太刀には来てくれないだろう。ロボットマンの背中側からあの巨大なドリルで自分は貫かれ、ここで人生を終えるのだ。

でも、ここで自分が終わってしまったとしたら、家族はどう思う? 胡桃ちゃんは? ミクロマン達は? 何よりアクロイヤーの悪事をこれから誰が阻止するのだ? またミクロマン達に任せっぱなしにするのか? アクロイヤーの魔の手から平和を守る人間側の代表気取りだった自分は、それでいいのか? ・・・ダメだダメだ、まだ自分は終わるわけにはいかない! どうにかしてこの窮地を脱するのだ! あたしは同じ子供達のために、愛する皆の為に、そして自分自身の信念を貫く為に、戦い続けなくてはならないのだ・・・!!

「綾音! 運が良かったのでも、ロボットマンの力でもない! その強い想いがあるからこそキミは勝利してきているのだ!」

声ではない、何者かの“意識”のようなものが、ハッキリと綾音の脳内に届き、響いた。

驚き、綾音は目を見開くと、ロボットマンの半身を捻らせ、迫りくるアクロ移動基地の方へと顔を向けてみた。

 

――急に黄土色のサルロボが動きを止めた。身構えてはいるが、戦いの手を止めたのだ。「拙者は、ロボット59号。仲間はゴクーと呼ぶ。貴殿、名は何と申す?」やたら古めかしい言葉遣いで、まるで時代劇に出て来る武芸者の様である。メイスンも身構えながら動きを止めると、答えたのであった。「俺はメイスン。なかなかやるな、ゴクー!」

するとゴクーは両手で如意棒をクルクルと数回ほど回転させるといきなりピタリと止め、先端で地面をドンと突いたのであった。

「お主が噂に名高いメイスンであったか! お主と拙者、力は五分五分といったところであろう」「・・・・・・」「このままでは埒が明かないな」「俺もそう思っていたところだ」「どうだメイスン、一瞬で決める一発勝負の決闘を行わないか?」「・・・・・・」返事を待たず、ゴクーはすぐ傍の廃車の上に飛び乗った。メイスンは黙ったままスラスターを使い、同じく廃車の屋根へと飛び移る。

「メイスン、お前は射撃術において、誰にも負けないかなりの腕前と聞いている。それがしはあらゆる武術に精通しており、勿論、射撃術でも誰にも負けたりはしないと自負しているものだ。どうだ、射撃術の決闘で勝負を付けようではないか?!」

ほんの少しだけゴクーのことを見つめたメイスンは、腕にセットされているミクロバトルプロテクターのパージボタンを作動させた。装備が、テクターに取り付けられている簡易次元転送装置の働きで、一瞬にしてミクロヴェイロン内部に転送、再収納される。

メイスンの元に残ったのは、右腰のホルスターにある、彼の愛用するミクロブラスター銃一丁となったのであった。

「銃による決闘。・・・こちらは如意棒の電撃ビームを使わさせてもらう」ゴクーの言葉に、メイスンは何も口にせず軽く頷いて見せた。

 

 

――青い物体が突如として大空から飛来、アクロ移動基地のボディに激突した。物凄いスピードである。まるで青い流星のようだ、と綾音は思った。流星に見えたものの正体は、彼女が以前アクロモンスター・イグナイトに襲われた時に現れ助けてくれた、青い戦闘型ロボットである。飛行状態のままくるりと身を翻すと、ロボットマンの前に移動してくる。

不意撃ち攻撃を食らった黒い戦艦はガクガクと巨体を激しく揺らしながらロボットマンへのコースから完全に外れてしまった。あまりの衝撃ぶりに面食らったアクロボゼットではあったが、必死に操縦桿を握り姿勢制御を試みているものだ。

カニ! 撃て、撃つんダッチ!」振り落とされないように砲塔にしがみつきながら顔を青ざめさせているカニサンダーに、ゼットは大声で指示を出した。臆病者の黒いカニは、恐怖からギャーギャー喚き声を上げつつ砲塔からレーザービームを連続発射する。巨大砲塔であることから出力も高く、ミクロマンIwaki支部で扱われているメカに搭載されているそれとは威力が段違いであった。空中に広がる空気を裂く巨大な光と音が何度も何度も綾音たちを襲う。

「バリヤー・グリブ展開!」男か女かわからない機械の合成音声で、青い戦闘型ロボットの搭乗者が叫ぶと、標的にされた二台のロボットを守るピンク色のバリヤーシールドが青い戦闘型ロボの胸にある猛禽類の意匠からほとばしり前方に大きく張り巡らされたのであった。二体のロボットを包み覆う透明のピンク色シールドに当たると、レーザービームがバチバチと轟音を立てて分散、消失していく。

「あの戦艦の相手は私がする。キミは何とか持ちこたえろ!」青い戦闘型ロボットは言うや否や、バリヤーシールドに相手の閃光を弾かせながら、再び敵機へと向かっていったのであった。閃光の威力に押されることもあり、ゆっくりとである。その様は、大量に降り注ぐ流星を弾きながら、反対側から飛んで行く桃色をした星の様だった。

 

夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者

――赤く大きな夕陽が、大地に沈みそうになっている。廃車置き場のすべてが茜色に染まっていた。陰となる部分は暗く染まり、影を作り出す物は長い長い己の影を大地に伸ばす。

真っ赤に照らされたメイスンとロボットゴクーは、ともにいる廃車のルーフの端と端に立ち、振り返ってお互いを見た。

「用意は良いでゴザルダッチな?」と、ゴクー。

「いつでも?」と、メイスン。

遠くでお互いの仲間たちが戦っている様々な音が響いているが、ここはもう二人だけの世界になっていた。呼吸もしくは心臓エンジンを落ち着け、全神経を集中させるふたりの間だけは、余計な外野の騒音はしていない。

ただただ風が吹き、廃車置き場周辺の草むらを揺らす音だけがしていた。

 

――アクロ移動基地から連続で発射される砲塔からのレーザービームが、容赦なく青い戦闘型ロボットを襲い続ける。先程同様、右側の砲塔はカニサンダーが操っており、砲撃手がいない左側砲塔は、向かってくる様子の青い敵を見てアクロボゼットがオート射撃モードにしたようであった。ふたつの砲塔からなされる執拗な攻撃に、さすがの青い戦闘型ロボットもとうとうバリヤーで防ぐので精一杯、空中の離れた場所から機会をうかがうだけの状況になる。

「ああ、あのままじゃ、さすがにまずい・・・!」綾音は悲壮な声を上げてしまう。今までに見聞きした様子からして、他のどのようなメカより遥かに優れた性能を持つ機体とは思うが、このままではいつしか倒れることになるはずだ。

綾音はゴクリと唾を飲み込むと、真上を見あげた。廃車を支えたまま、なんとか加勢するのだ。完全にフリーの状態にいる今なら、なんとか姿勢を直せるはず。

綾音は天井を押さえるロボットマンの両手のうち左手を離し、手の代わりに左前腕部と左肩で上を支えさせた。そして一瞬だけ左半身で廃車を担ぐと、瞬間的に右手を完全に放し、全身をくるりと反転させる。そしてすぐさま右手でもう一度廃車を押さえさせると、両腕のパワーをうまく調節しながら左手を元の状態に戻させたのであった。

広場にずっと背を向けていたロボットマンが、万歳の姿勢でようやく正面を向く。さすがに二台分の荷重を片腕で支えさせることは不可能に思えたが、瞬間的なら何とかなったようだ。うまくいくかどうか分からなかったので冷や汗モノではあったが、どうにかうまくいったと少女は胸をなでおろす。

ロボットマンは、相変わらず廃車を持ち上げたままだが、ここから動かずとも援護射撃できる姿勢を取れたのだ。綾音はマックスから教えてもらっていたロボットマンの必殺武器を今こそ使う時だと思った。

 

――ガンマンと武芸者の間に、沈黙と、わずかばかりの時間が過ぎ去った。合図も何もない。お互いがお互いの攻撃態勢に移る動きを察知して、お互いに武器を抜き光線を放つのだ。それが彼らにとって、暗黙の了解の決闘方法である。

メイスンが、ホルスターから目にも止まらぬ早業でミクロブラスター銃を抜いた。

ロボットゴクーが、やはり目にも止まらぬ早業で如意棒を構えた。

次の瞬間、お互いの武器の先端からひと筋の閃光が光り輝く。

誰が見ていたとしても、あまりにも早すぎて、手の動きも、構えの動きも、引き金を引いた瞬間も、棒の攻撃スイッチを押した瞬間も、一切見えなかったに違いない。あまりにも早すぎて、ふたりがピクリと動いたように感じ取った時には、既に、決着はついていたのだ。

 

ロボットマンの必殺武器“光子波光線”

綾音は正義の雄たけびを上げた。「アクロ移動基地に、照準セーーーットッ!! いくぞ、光子波光線、発・射―――ッ!!!!」ロボットマンの両胸の光線発射口から、二本の黄金色の光の束が一直線にアクロイヤーの黒い飛行戦艦へと伸びていく!

「ヤヴァ?! 避けるザンスーーーッ?!」人一倍臆病者のカニサンダー、さすがいつどこから何が襲い掛かってくるものかと恐れおののいていた彼は、戦場のあらゆるところに意識を張り巡らせており、ロボットマンの行動にいち早く気が付き仲間に知らせたものだ。

ギョッとしたアクロボゼットは、慌てて操縦桿を操作、ロボットマンから放たれた必殺の光子波光線の束を回避する為に移動基地を傾ける。だが、その回避運動の動きは一歩及ばず、光線は戦艦の腹をかすり、激しいスパークを引き起こしたのであった。

 

 

メイスンとロボットゴクーの間で、またわずかばかりの時間が過ぎた。

いきなりゴクーの右肩からパチパチと火花が散り始め、彼はガクッと片膝をつく。

メイスンは自慢の愛用の銃をホルスターにしまい、ゴクーに歩み寄った。

「拙者の負けだ」と、ゴクー。「いざぎ良く、負けを認めよう。さぁ、とどめを刺してくれ」続けざまに申し出てくるゴクーにメイスンは首を横に振って見せたのであった。

「なんだと? なぜ情けをかける? 生き恥をさらせと申すのか? それがお主のやり方なのか?!」口調を荒げるゴクーの左腕をあごで指し示すメイスン。「つい先刻気が付いたのだが、それは俺との戦いでできた傷ではないな? おそらくジャガーともみ合った時に出来た傷だろう?」ゴクーは左腕を見てハッとした。上腕部の装甲の一部が裂け、内部のメカが弱弱しい微かな火花を放っている。戦いに集中しすぎて、傷を受けていたことを気付けずにいたようだ。言われれば確かに、黒豹ロボと取っ組み合いになった時に、ダメージを被ったような気もする。

「この決闘はフェアじゃない。傷付き、本来の力を出せずにいる相手を打ちのめしたとしても、それは勝ちではない。これで俺の方が勝ったなどと思われても、俺の戦士としてのプライドが許さないし、迷惑だ。そもそも相手にとどめを刺すなど、そんなことは“心”ある者のすることではないだろう? 誰に何と言われようが、俺の信念にも反する。だから、やらん!」

ゴクーは、「こ、心・・・?」と小さく口にしながら、メイスンの目を見た。心とは、なんだ? 自分は戦士として作られ、戦士として働くように作られプログラムされている。戦士とは完膚なきまでに相手を倒し、葬り去る生き方だ。誰よりも強くあり、主の命令に従うもの。聞いたこともない、その“こ・こ・ろ”とは・・・一体なんなのだ?????

 

広場の空の方で小さな爆発音が起きる。それを通してゴクーとメイスンはハッと我に帰り、二人だけの世界から、広い現実世界に引き戻されたのであった。

微かな黒い煙を下部からたなびかせ、アクロ移動基地がゴクーたちの方へと逃げて移動してくる。すぐに二人の上に到達し、操縦するアクロボゼットの呼び声が響き渡ってきたのだった。「ゴクー、ひとまず撤退する! 早く飛び移れダッチ!」立ち上がったゴクーはメイスンに視線を戻した。

「今日のところは引き分けと言うことにしよう。お互い、ベストコンディションの時に、改めて決闘することにしないか?」メイスンの申し出に、ゴクーはうなずく。

「ゴクー、早くおいで! 帰ろうダッチよ~」戦うことに疲れ果てて目をグルグルと回しているカニサンダーがおいでおいでと手招きした。

「また会おう、好敵手メイスンよ!」乗り移れるよう高度を下げていたアクロ移動基地へと、黄土色のサルは飛び移る。

 

謎の青い戦闘型ロボは綾音に“ブルーイーグル”と名付けられた…!

アクロイヤー軍団とは言え、撤退し始めた敵、しかも本隊ではなく配下の一団ならば追いかけるまでもないだろうと判断したのか、青い戦闘型ロボットは綾音の元に戻る。アクロ兵達をようやくすべて倒し終わったジャガーとハリケンバードも主人を心配しやってきた。

全員して協力し合い、落ちかけていた廃車を元の位置に戻せたことから、綾音はようやく自由の身となる。

少女は青い救助者に礼を述べたのであった。しかし、青い戦闘型ロボットは話を聞いているのかいないのか、再び現れた渦巻く黒雲の中心部に突入、現れる前までいた別の次元界と思わしき空間に逃げ去るアクロ移動基地を見つめ黙っているだけだ。

「ロボゼット、カニサンダー、ロボット59号。アクロイヤーにいいように利用されているのか・・・?! 哀れなことだ・・・!」隣にいる青い戦闘型ロボットが、ふと小さな声でボソリとそう独り言を口にしたのを綾音は聞き逃さなかった。あの3体のロボットの名前であろうことはすぐ想像できたが、どうして知っているのだろうか? もしかして知り合いだったのか?

廃車の上から飛び立ち去ろうとする青い戦闘型ロボットを少女は呼び止めた。「なんだか、あなたは何でもかんでも知ってるみたいな気がする。前も聞いたと思うけど、正体は何なの?」ロボットは答えもしなければ、振り向きもしない。「まぁ、聞いたところで教えてくれる感じでもないよね~。じゃ、せめて名前だけでも教えてよ。名無しの権兵衛さんでは、こっちとしても付き合いにくいじゃない?」綾音は様子を見ながら、わざと会話を引き出す為に鎌をかけてみたのだ。だがやはり、青いロボットはひと言も答えようとはしなかったのであった。

「じゃ、さ、勝手にあたしが名前つけてもいい? 皆、青い戦闘型ロボットとか、アンノウンとか言ってるんだけどさ、イマイチだよね。んーと、その胸に付いてるのは鷲なんでしょう? 青い・・・鷲・・・。“ブルーイーグル”ってどう? カッコイイよね?!」

主人に頷きながら右手を上げて見せる、しもべの2体。

するとその時になって初めて青い戦闘型ロボットは振り返り、綾音と目を合わせた。「そう呼んでもらって構わない」ひと言だけ告げると、前回同様、あっという間に空の彼方にブルーイーグルは消え去って行ってしまったのである。

もうすぐ陽が暮れる。夜のとばりが降りようとしていた。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年5月〇〇日◆

『今日のアクロイヤーとの戦いで、綾音ちゃんはかなり危険な目に遭いました。大ケガはしなかったけど、戦いの厳しさを身に染みて実感したみたい。でも、彼女は挫けることなく、逆に平和を守る為の使命感や正義感を更に強く燃やし始めたみたいだよ。本当にこの子は勇敢なスゴイ女の子だと思います! ‧˚₊*̥(∗︎*⁰͈꒨⁰͈)‧˚₊*̥スゲェー

ミクゾン部隊のサイバー君も、見た目ほどケガは大したことなく、私の素晴らしく手厚い看護を受けてもらい、すぐに新Iwaki支部(仮)である指令基地のチャージカプセルの中で休んでもらいました。そのうち元気になることでしょう。(´∇ノ`*)オホホホホ♪

アイザックさんの見立てだと、彼の大切なミクロトレーラーも、修理すればすぐに元通りになるレベルの被害しか受けてないそうです。

今回も綾音ちゃんが接した青い戦闘型ロボットは、正式に“ブルーイーグル”と言う名称で呼ばれることになりました。命名者は(即興で付けた(;^_^A)綾音ちゃんだけど、どうやらご本人さんも認めたようなので、我々もそう呼称することに決めた次第です。先ほど報告を上げた富士山麓本部も「そうしよう」って認めちゃったしね( ´艸`) これまでは、青い戦闘型ロボットとか、アンノウンなんて呼ばれていたけど、名前があった方が何かと便利だもんね~。(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪

でも、綾音ちゃんが大ピンチに陥ると急に助けに現れたり、謎の言葉を口にしてきたり、今回なんてアクロイヤーの部下のことも知っている素振りだったと言う話だし、ブルーイーグルは本当に何者なんだろうね?! 何でもかんでも知ってる感じ?! 正体を解明できないか、私たちも調査は続けるつもりです! ୧(๑›◡‹ ๑)୨ガンバルゾイ♪』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離し、ふたを閉じる。綾音の部屋の壁にある茶色く丸い掛け時計を見ると、針はちょうど19時30分を指していた。階下にある台所では、綾音と彼女の父親が何か言葉を交わしながら夜ご飯の用意に勤しんでいる。

辰巳くんとママさんは、おばあちゃん家か、帰り道にどこかにより夜ご飯を食べているのだろう。何を食べているのかなぁ、とアリスは色々と想像を巡らせた。

 

 

――その頃、辰巳と彼の母親は、個人経営のラーメン店の席に着いていた。それほど店内が広くなく奥は自宅になっている構造の、田舎町によく見られる今ではちょっと懐かしい感じの古びたラーメン屋だ。壁にはビールジョッキを手にするビキニ姿のアイドルポスターや、右手は敬礼し左手にスマホを持つ警官が『ネット犯罪に気を付けて!』と注意を喚起している犯罪防止ポスターなどが貼られている。椅子の設置されたテーブル、床より一段高くなった畳スペースに置かれたテーブルにはそれぞれ、紺色で丸い形の100円卓上占い機もあり、幼い現代っ子の辰巳にさえ、“ここは昔の古~いタイプの食べる所”というようなイメージで認識されていたものである。

このラーメン店、いわき市内で大掛かりなイベントなどがあると出張バスラーメンと称し出店することで有名でもあった。店の人間が運転してくる黄色いバスの中がラーメン屋になっており、子供が喜んで集まってくる。

店の出入り口の上には大きな看板があり、“ごろうラーメン”とあった。これが正式な店舗名なのだが、バスのイメージばかりが強く、知っている人間からは通称バスラーメン屋と呼ばれている。以前、小名浜の港祭りに一家で遊びに出かけた時に出くわし、それから辰巳がえらく気に入ってしまったこともあり、磐城家では時折この本店にも食べに来ていたのだった。

いつもだったら窓の外に、店舗に横づけにされた黄色いバスが見えるのだが、しばらくの間、修理に出しているそうで今日は不在。見るだけでも好きだったバスがなく、辰巳はちょっぴり残念であった。

辰巳の母は今日、本当であれば水石山の祖母の家で3人して夜ご飯を食べる考えだったのだが、辰巳がバスラーメン屋に行きたいと駄々をこねたことから、仕方なく帰宅途中のこのラーメン屋に寄ったのである。位置からすると自宅のある街の隣町、水石山方面から磐城家に戻る途中の道にあることからも、まぁ遠回りになるわけでもなし良いかと思い、辰巳の希望を聞き入れたのだ。

 

「まだかなぁ、お腹すいちゃったよ~」畳の上で足を伸ばす辰巳が母親に苦情申し立てると、それを聞いていた店主が「坊ちゃん、すぐに出来ますので、もうちょっと待っててくださいね~」と声だけ掛けてきた。キッチンで調理を進めている中年の男はかなり太り気味でビール腹をした体系、顎髭を生やした貫禄ある風貌で、おそらくここの店主と思われる。看板に“ごろうラーメン”とあるくらいだから、名前は“ごろうさん”なのかな、と辰巳は以前から想像していた。

「ママ、なんかオシッコ~!」股間を押さえて辰巳が急に立ち上がる。尿意をもよおしたのだ。「一緒に行く?」母の言葉に、辰巳は首を振った。僕はもうお兄さんだ、自分一人で出来るし、ここには何度も来ているので、トイレの場所も分かる。彼は急いでクツを履くと、トイレに猛ダッシュしたのであった。

 

店の奥、母屋に通じる狭い通路の中ほどにあるトイレで用を足し、水道で手を洗うとハンカチを持ってないことに気付く。仕方ないので服の腹部分で拭きながら店に戻ろうとした時、辰巳は人の気配があることを知り、なんとなく母屋の方に目を向けたのであった。

ほんの2m先のところの床にいくつかクツやサンダルが並んで置かれている。母屋の入り口かつ住居とする部屋のひとつの入り口の様である。木のドアが少しだけ開いていて、中から物音がしていた。なんとなく興味を魅かれた辰巳はそっと近づくと、目だけで中を覗き込んでみた。

SONYのテレビ、茶色の低い座卓、古めかしい茶箪笥、HITACHIの冷蔵庫、キッチン。隅には新聞や漫画雑誌が積まれたそこは、茶の間兼台所といった様子である。

そこに少年がいる。少し伸ばした髪、バスケやヒップホップ好きな子風のストリート系の服を着た、姉の綾音と同い年くらいの子だ。顔はどことなく、店でラーメンを作ってくれている男性に似ている。あのおじさんの子供だな、と辰巳は思った。

知らない少年は部屋の中の同じ場所を行ったり来たりして、なんだかソワソワしている。

なにしてんだろうと辰巳が首を傾げていると、コンコン、と部屋の窓から音がした。外から叩く小さな音だ。少年はハッとしたように窓に近付くと、サッシ窓を開く。

「どこ行ってたんだよ、姿見えないから心配したじゃんか!」と少年。

「すまない。ちょっといつもの散歩さ・・・」窓の外の人物。声は男性のそれだ。

「体の具合は同じままなんだろう? 調子悪いのに、あんまり無理すんめよ?」少年の声のトーンが少し心配げに重たいものになる。

「そうだな。ちょっと疲れたから、早く休むことにするよ」男性の声が、元気のない小さいものになった。

ドアの隙間から見える角度の限界、間に少年の背中もあるので、窓の外の人物は一向に見えない。

話が終わったのか、少年は窓を閉じると、更にカーテンも閉めたのであった。

「陽斗、宿題はやったのかい?」窓とカーテンが閉められたのに、外の男性の声がまたした。おかしなもので、まるで部屋の中、少年のすぐ傍らで喋っているような距離感だ。

「いやぁ、キミのことが心配でさ、手がつかなくってね」少年が片手を頭にやる。陽斗と呼ばれた少年のもう片方の手は彼の胸のあたりに上げられており、何かを掴んでいる? 何かを手のひらに乗せている? ふうに見える。けど辰巳のいる位置から少年の前はまったくもって見えなかったので、実際のところがどうなっているかは分からなかったものだ。おそらくスマホハンズフリー通話にして、今来て帰って行った人物とさっそく電話で話しているのだろう、と辰巳は想像した。

「辰巳、何してるの? ラーメン来たよ!」通路の入り口から母親が顔を覗かせて声を掛けてきた。なかなか戻らぬ息子を心配して様子を見に来たのだ。

「うん、いま行く!」辰巳は振り返ると、「変なのッ?!」と部屋の中の様子に関する感想をひと言でまとめ、小声に出すと店へと走って戻ったのだった。

 

 

「ミラー、それより聞いてくれよ! オレ、綾音さんと近いうちにデートできるかもしれないんだぜ!」陽斗と呼ばれた少年がくるりと辰巳がいたドアの方に向けて振り返った。

「いつもLINEでやり取りしてると言っていた女の子だね! 本当かい?!」彼の手のひらには小人がいて、嬉しそうに笑顔を見せていた。少年がそっと茶色い座卓の上に降ろしてあげた小人・・・グリーンとホワイトのツートンカラーをした、M-12xタイプのスーツを身にまとうミクロマン男性。

彼はいま陽斗少年に、ミラーと呼ばれた。そう、彼こそは、マックス達M12xチームで行方知れずになったままでいる、あのM-123ミラーその人だったのだ。

そして、彼と親しい仲にあるらしい少年は、綾音のLINE友・陽斗少年だったのである。

 

〔つづく〕

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.2>

新型戦闘車両ミクロヴェイロン号(試作タイプ)

「オーライ、オーライ!」アイザックに誘導してもらいながら、サイバーはトレーラーの後部コンテナに搭載してきた一台の車両をバックで降ろす。綾音達の前に出現したのは、全体が黒と紺のツートンカラー、ルーフ上にアメリカンパトカーと同型のパトランプ、車体後方にはリアウィングを装着している、スポーティな外観のパトカーを模した車であった。このミクロマンの戦闘車両、ほんの少しだけ前後から押されてぎゅっと縮められたような丸みを帯びたボディラインをしており、どこか少しコミカルな印象を漂わせている。

「これがミクロヴェイロンであるか・・・」サイバーが降りないうちに、アイザックは車をあちらから、こちらから、と、場所を変えながら舐めるように眺めだす。

「新車なんでしょ? すごいピカピカだね~♪」ロボットマンに片膝立ちをさせてパトカーを見下ろす綾音に、サイバーが「そうでしょう!」とにこやかに答えてくる。

このミクロマン、かなり若く見える。アイザックやマックスが立派な大人の男性とするなら、大学生くらいと言った若々しさだ。声も少年を抜け切れていないようなかん高いトーンであった。

「綾音、このパトカーの名前は、ミクロヴェイロン。ポリスキーパー部隊という都市守護部隊に今後導入予定の最新モデル戦闘車両なのだよ。これはそのプロトタイプ。新Iwaki支部にて稼働させ、様々なデータを取り、それを反映させて正式版を量産する予定なのであ~る」サイバーと座席をバトンタッチ、今度は車内に乗り込み、ハンドルやら、レバーやら、計器類を忙しそうにチェックしながらアイザックが説明してくる。

「メカが足りないなら、試作品で良ければ貸しますよ、実際に使ってみてデータを取りそれを伝えて下さい、それが条件です、みたいな感じ?」「ほぉ、よく分かったのだ」「大人の事情ってやつでしょ?」「なのなのだ~!」

ふたりのやり取りに「はははは・・・」苦笑いして見せる若いミクロマン・サイバー。

「まぁ、自分の分身が作るのに協力したものだから、何がどうなっているのかは大体想像がつくのだ。仮に何かあったとしても、修理も吾輩の方で全然オッケイである」アイザックの独り言に、綾音は面白そうな話だと突っ込みを入れた。「アイザックって、クローンミクロマンなんでしょう? 同じ人がいっぱいいるんだよね?」「そうであ~る」「他の人の名前はなんていうのかなぁ?」「ふふふ、なんだと思うであるか?」「顔が同じなのに、名前まで同じでは区別がつかないし、当然違うよね? んーと、そうだなぁ・・・アイザックが、アで始まるから、イーザック、ウーザック、エーザック、オーザックとか? なんちて~ワラ♪」自分で口にしたふざけた回答にコロコロと笑い出す綾音。するとアイザックが車両の窓から酷く真面目な顔を覗かせ、「ほぉ・・・良く分かったものだ!」と感心してきたので、綾音は「マジかよ・・・五十音で、しかもお菓子みたいな名前の人もいるのか・・・」と、一瞬にして真顔になってしまったのであった。

 

「サイバーさんのいる・・・えっと、なんだっけ? うーんと、ああ、そう、ミクゾン部隊ってどういうところなんですか?」綾音の問いに、サイバーは丁寧に答えてきた。「いわゆる輸送部隊。本部は勿論のこと、他の支部などから指令が下ったもの・・・今回みたいなマシーンは勿論、資材や機械類などを、別のところに安全・確実・素早く届けるのが仕事の集団さ」「運び屋さん!」「簡単に言うと、そう。依頼されたところからお届け先まで基本一両日中、仮にどんなに離れていたとしても、地球上なら数日内に届けることをモットーとしている」「スゲー、ネット通販のアマゾンみたい。・・・ん、ミクゾン・・・?」綾音は両者の名前が似ていることに気が付く。「ああ、名前ね。似てるのは偶然だよ、偶然」サイバーが両手を軽く振って見せる。「ふーん・・・」と綾音。

「彼は、吾輩のオリジナル、“ミクロマンエジソン”がいたマグネパワーズ部隊に昔、所属していたのだ」アイザックがパトカーから降りてくる。再び「ふーん」と、綾音。事情を知っているらしいマグネジャガーは、うんうんと首を縦に振っている。

アイザックの話を継ぐサイバー。「昔、アクロイヤーとの戦いで色々とあってね、その時にあったアクロイヤー事件が収束後、生き残った面々はいたもののあまりにも数が少なくて部隊として維持できなくなったことからマグネパワーズは解散、ボクはミクゾン部隊に再編されたんだ」綾音は三度「ふーん」と口にし、今度は頷いて見せた。マグネジャガーは先程同様、首を縦に振っている。

マックス達から、日本や世界各地にミクロマンの色々な部隊や種族(?)があることを聞かせられてはいたが、こうして改めて他所のミクロマンと出会うと、世界は広いのだな、そして人生も色々とあるのだな、と、変にリアルに実感してしまう少女であった。

青年ミクロマン・サイバーは昔のことを思い出したのか、少し遠い目をしていた。

 

アイザックは、急に綾音の表情から笑顔が消え、酷く真剣な目で、ゆっくりと周囲の様子を窺い始めたことを知った。「どうしたのだ?」尋ねても、綾音は黙ったまま尚、周囲の気配を窺っている。

「・・・・・・」アイザックとサイバーは目を合わせると少女にならい、身構えながら周囲の様子を探り始めた。マグネジャガーも同様である。

「誰か見てる。この感じは・・・いつか感じたような・・・」

綾音たちのいるところからかなり離れた場所に、一本の大きな木がある。やたらと木の幹が幾本もあちこちに向かって伸び、大量の葉が生い茂る、実に健康そうな樹木だ。高い場所に生えた幹の一本に、周囲から姿を見られないよう隠れながら立っている者がいた。青い色をした、戦闘タイプのロボットである。上半身は猛禽類を模したデザインをしていた。そう、それはミクロマンアクロイヤーの中で広く存在が知られた“謎の青い戦闘型ロボット”である。

この者は、いわきにおいてミクロマンアクロイヤーが大きな動きを取ろうとすると必ず現れ妨害をしてくると言う。どうやって知り得たのか、この場にて兵器車両の引き渡しが行われることを知り、妨害しに来たのであろうか? しかし、特に動こうとはせず、クリアグリーンのトレーラーを中心として集まっている面々の様子を窺った後は、ずっと綾音のことを見つめているだけであった・・・。

アイザックは左腕前腕部のコンピュータを動かし、上空のハリケンバードから索敵機能で何かをキャッチしていたか、もしくは今現在キャッチできるか、の確認をする。しかし、問題点は何ひとつ見られない。

マグネアニマルの索敵機能は超がつくほど優秀なもので信頼がおける。しかし、万が一にもそれをも上回る隠密機能を搭載した相手がいたとしたならば、どこまで隠密者に気が付けるかは不明だ。一方、マックスからも本人からも常日頃聞かせられている、綾音が発揮すると言う鋭い直観力には一目置いているアイザックである。ここは綾音が見せている態度が指し示すものが正しいに違いない。ミクロマンの天才科学者は、周囲への警戒を解かぬまま、少しずつロボットマンに近寄って行ったのであった。

「綾音、誰かいるのか? まずい感じなのか?」アイザックの問いに、ようやく返答する綾音。「多分、あの“青い戦闘型ロボット”だよ、これ。・・・あ、いま・・・気配が消えた」気配の正体に一瞬ドキリとした科学者であったが、言葉の最後を聞いて胸を撫で下ろす。「聞かせられてきた報告通りなら、いわきにおいて動いている我々のことを妨害するのにやってきた、というところだろうな?」「そこまでは分かんないよ!」綾音は首を横に振る。

謎の監視者が出現したことを通し、彼らはこの辺で引き上げようと話になった。

「では、アイザックさん、綾音ちゃん、ご縁がありましたら、また会いましょう」別れを告げるサイバーが駆るミクロトレーラーを見送る少女たち。

アイザックはミクロヴェイロンを運転、反重力ジャンパー装置を起動させ、車体を浮遊させた。「もう少ししたら、多くの人たちが仕事などから帰宅し出すころだ。のんびり地面を行くのはまずい、空から帰ろうなのであ~る!」

綾音はハリケンと合体したロボットマンにマグネジャガーを抱えさせた。「もうすぐ、仕事の終わったママが辰巳を連れて帰ってくる頃だから急いで帰ろう。運んであげるよ!」マグネジャガーは、ハイと右手を上げる。人の目につかぬよう気を付けながら、綾音たちは大空を一路、磐城家方面目指して飛んで行ったのであった。

 

 

――見知らぬ道を適当に進んでいたアクロボゼットであったが、段々と歩くことにも飽き始め、そのうち歩むことを止めるとブロック塀にもたれ掛かり座り込んでしまったのであった。

「あの子にまた会ってみたいなぁ~・・・。どこにいるんだろう・・・」独り言をつぶやき、ため息をつく。するとどこからか「みゃー、みゃー」と猫の鳴き声がしてきた。声がしてきたとおぼしき方角に目をやると、いつの間にやら道路の反対側にある壁の上に白い猫が立っており、こちらに向かって鳴いているではないか。真っ白いきれいな毛並みをしているし、首には赤いリボン状の首輪を着けている。どこかの飼い猫であろうと推測された。

ロボゼットに興味を持ったらしい白猫は軽やかに壁から舞い降りると道路を渡り彼に近寄った。しきりに樽状のボディに顔を近づけたり、長い尻尾を胴体に絡ませてきたのだった。くすぐったくて仕方なくなり、「わかった、わかったダッチ! 遊んで欲しいんだろう?」とゼットは立ち上がり背筋を伸ばすと、白猫を撫でてやる。

すると何を思ったのか、白猫は地面に身をかがめた。「???」どういう意味なのだろうかと戸惑っていると、猫が自分の背中を見て「ニャー」と鳴く。「乗せてくれるんダッチか?」恐らくそう言うことなのだろうと解釈、試しにそっと背中によじ登ると、白猫はすぐさま立ち上がり、彼を乗せたまま早歩きで進み出した。

ロボゼットは振り落とされぬようしがみ付く。猫が何を思ってこんなことをしたのか分からないのだが、俺もどうせ暇だったのだ、こんな遊びに付き合うのも悪くはないだろうと、彼は行き先を白猫に任せたのである。

 

広がる住宅地を10分は移動しただろうか。今まで通ってきた家並みと何も変わらない区画のひとつにある古びた平屋の庭に入り込むと、植木の陰で白猫は止まった。そっとアクロボゼットのことを地面に降ろす。そして彼にひと声、別れの挨拶代わり(?)に鳴いて見せると、振り返りもせずに、とっとこと軽やかな足取りで庭に面した部屋のサッシガラス戸のところに行ってしまったのであった。

中にいた白髪の少し腰の曲がった老婆が気付き、「あれあれ、ミミちゃん、お散歩から帰ってきたのね」と、中に招き入れた。

もう見てはいないだろうと知りながらも、ミミと呼ばれた白猫に対し、ロボゼットは軽くバイバイと手を振ったのだった。

さて、これからどうしたものかと彼が道路の方に振り返ると、車が近付いてくる音がしてくる。道路を挟んだ向かい側、ラクダ色したどこにでもある様な二階建ての家の駐車スペースに車がゆるやかにバックで停まり、エンジンが切られたのが目に映った。

何の気なしに植木の陰からよく確認してみると、車は真っ赤なダイハツ・タントであった。ドアが開いて、運転席から最初に中年女性が降り、それに続いて助手席から息子らしい未就学児くらいの男の子が降りてくる。ふたりの身なりからして、どうも保育所に息子を預けていた母親が、パートの仕事帰りに息子を迎えに行き、ついでにスーパーに寄って買い物してから帰宅した、という雰囲気だった。

後部座席から、母親が両手にいくつもの買い物袋を手にすると、気を利かせた息子が車のドアをバタンと閉める。その刹那、「ガタガタ、ガラガラ、バッターン!」何事だろう? その家の二階から大きな物音が響いてきたのだ。目をやると出窓の窓が開いており、どうやらそこから聞こえてきたようだとゼットは察する。ヒョコッと、小学生くらいの女の子が顔を覗かせ真下を確認、「ギリセーフッ!!」と口にした。

「アッ・・・!!」アクロボゼットは小さく声を上げてしまった。間違いない! 女の子は学校で出会った、あの髪の長いカワイ子ちゃんだ・・・!!!!!

「綾音! ドア開けてよ! 家の鍵、ママどっかにやっちゃったみたいなの!」「分かった、いま行く!」母親に頼まれて少女が家の中の階段をドタバタと降り、玄関に現れた。「お帰り! 上から見てて、ママの車見えたから超焦ったわ! あたしもちょうど今同じく帰ったところ~」少女が口にした言葉に母親が不思議そうに質問する。「ん? 上から見てて・・・今帰ったところ???」「あ⁉ うんにゃ、ま、間違い。さっき帰って、二階から見てたらママ帰ってきて、荷物大変そうだから超焦ったわ、でっす!」「・・・ああ、そうなの・・・」

綾音は磐城家に帰り着く少し手前で、やはり家の方角に向かう母親の車を眼下に発見、アイザックの運転する新車と共にフルスピードで二階の窓に飛び込んで、急いでロボットマンから降りると元の姿に戻ったのである。アクロボゼットが耳にした騒動はその時のものだったのだが、植木の陰にいた上に目の前の母親と息子に気を取られていたので、彼はそのことには一切気が付いていない。

ロボゼットは、少女とその家族が中に入り、1階の台所で買い物袋を広げ、何やら楽しそうに話をしながら品物を冷蔵庫や棚にしまう様子を、窓からジッと眺めていたのだった。

 

「あのカワイ子ちゃんの名前は、“綾音”っていうのか・・・。ここに住んでいるのか・・・。家族と皆で楽しく平和に暮らしているんだな・・・」

 

一人ぼっちのゼットはその光景が非常に羨ましく感じられ、また自分が何故か気になって仕方ない少女が幸せそうにしていることが、とてもとても嬉しく思えて仕方なくなった。

綾音には、平和で幸せな世界でずっと過ごして欲しい。ミクロマンアクロイヤーの戦いなど関係ない、普通の生活を送って欲しい。そう思わずにいられなかった。

そして、アクロイヤーの配下である自分が、そんな幸せな世界であるこの場所にいるのは不釣り合いだし、いるのはおかしいことだと思え始めると、彼は誰にも気が付かれぬようその場をそっと去って行ったのである。名残惜しさに、胸が締め付けられながら・・・。

 

綾音の勉強机の上にある指令基地。そのすぐ脇に停められているミクロヴェイロンを基地の面々が取り囲んで眺めている。赤いハリケンバード、黒いマグネジャガー、そして辰巳の保育園バックの中に身を潜め、主の行き来を護衛していた青いマグネクーガーも出てきて参加している。

「すごい奇麗な車ですね! しかも新車! キャーッ! (≧∇≦)b」少し経ってから、指令基地の持ち場を離れやってきたアリスがアイザックに叫んだ。ついでとばかりに報告もしてくる。「留守の間、特に変わった出来事は起きてませんよ~。お二人がさっき戻った時も、その後も、特にアクロイヤー反応は検知されていませんから、尾行もされていないようです!」

指令基地のアクロイヤー反応装置に、どうしてかアクロボゼットは感知されていなかったのだった。ミクロマンも、アクロボゼットも、お互いにそのことを知らない。

 

――新型戦闘車両ミクロヴェイロン号の試作タイプを受領した翌日の昼のこと。学校の昼休み時間をのんびりと過ごしていた綾音の元に、母親からLINEが届いた。

『おばあちゃんに買い物を頼まれました。仕事が終わったら辰巳のことを迎えに行き、辰巳を連れて買い物しながらおばあちゃん家に行ってきます。帰りは少し遅くなると思う。こちらはこちらで夜ご飯は済ませますので、綾音とパパも自分達で用意して食べてね』

おばあちゃんとは勿論、水石山の麓に一人暮らしでいる母方の祖母・里子のことだ。近所にスーパーなどないド田舎だし、更には車の運転などできないことから、買い物はよく綾音の母親が手伝うのである。『うん、分かったよ!』とだけ、綾音はコメントしたのであった。

スマホを机の中にしまおうとしたところ、またメッセージが届いたメロディーが流れる。ママ、何か伝え忘れたのかな? とスマホを開いてみると、届いたメッセージは母親からではなく、LINE友の陽斗からのものであったのだった。

 

 陽斗『こんにちは、綾音さん。元気ッスか?』

 綾音『あたしは全然元気な毎日だよ~。そっちはどう~?』

 陽斗『俺の方も全然元気ッス』

 綾音『何より。で、もしかして情報?』

 陽斗『そう。そちらの学校の東側の方に、藤原川ってあるじゃないですか?』

 綾音『あるね。街外れのなんもないとこ。海に近付いていくほど、どんどん川幅広くなってく、どちらの堤防も草がボーボーのとこっしょ?』

 陽斗『ハイ、そこです。そこに廃車置き場あるの知ってますか?』

 綾音『あー、あるね』

 陽斗『仕入れた話だと、どうもその近辺で“神隠しがやってくる”が起きてるのではないか、と・・・』

 綾音『マジすか⁉ 陽斗君、いつも情報サンクスねm(__)m』

 陽斗『いえいえ。ところで綾音さん、良かったらなんですが、今度、一緒に遊びませんか?』

 綾音『うん、いいよ』

 陽斗『ありがとうございます!』

 綾音『じゃ、またね』

 

先程のやり取り通り、いつも夕方には帰宅する母親は、今日は遅くなるまで戻らない。これは好都合である。今度こそきちんとミクロマン達に情報が入ったことを伝えるぞ、そして共にパトロールに出かけるのだ、と言うIwaki支部の一員としての使命感で綾音の心の中はいっぱいになっていた。なので、陽斗のデートの誘いについては気にもとめなかったものだ。“普通の意味でそのうち遊びましょうというお誘いを受けた”的ニュアンスでしか捉えていなかった少女である。ましてや、プロフィール画像を美味しそうなラーメンにしている陽斗が、スマホの向こう側でひとり密かにガッツポーズを取っていたことなど想像すらしていない。

 

夕方前、学校から帰宅すると、綾音の机の上にマックスとメイスン、アイザックがミクロヴェイロンを取り囲んで彼女の帰りを待っていた。少女は特殊腕時計ミクロウォッチの通信機能で、周囲に隠れて密かに前もって彼らに今回の情報を伝えておいたのだ。

「綾音、待っていたぞ」赤いミクロスーツのメイスンがぶっきらぼうにボソリ。続いてマックスがメイスンとヴェイロンを親指で指すと、「新メカはメイスン専用にすることにした。今回の藤原川堤防の廃車置き場近辺パトロールには、彼の操縦するミクロヴェイロンと、綾音のロボットマンで向かって欲しい」と伝えてくる。綾音は嬉々としてマックスに敬礼して見せたのだった。「隊長、了解であります!」

「メイスン、稼働データ集積プログラムは常にオンの状態になってる。ヴェイロン号をガンガン活躍させてほしいのだ」「ああ、了解してる」アイザックの要望に、やはりそっけない口調のメイスン。

マックスが綾音を見上げながら、次のことを更に伝えてきたのだった。「綾音、一点伝えておきたいことがある」「何?」「富士山麓本部から午前中に連絡が入ったのだが、先日、きみが公園であったサイバー隊員が、ミクロトレーラーごと行方不明になってるそうだ・・・」「えええーッ?!」想像もしていなかった情報に綾音は驚き、声を上げてしまう。

「連絡が取れない状況が続いてるそうで、目下のところ彼の身に何が起きたのかは不明のままだ。ただ、こちらに来てから以降のことなので、もしかするといわきから出る前アクロイヤー絡みで何かに巻き込まれたのでは、という見方もできる。なので、その点、心にとめて動いてほしい」「うん、わかった」綾音は力強く頷いたのであった。

もう少しすれば陽が落ち始め、夕暮れ時になる。“神隠しがやってくる”が起きやすい時間帯だ。綾音はミクロ化しロボットマンに搭乗するとハリケンバードを背中に合体させた。そして反重力ジャンパー装置で飛行させたミクロヴェイロンを駆るメイスンと共に、さっそく藤原川へとパトロールに向かったのである。

 

 

――藤原川堤防そばの廃車置き場。周辺に住む子供達には、“藤原ポンコツ置き場”と呼ばれている場所だ。川の土手の川側ではなく手前側、山に囲まれた草っぱらが広がる一角、田畑もそばに見られる長閑な風景に似合わない雰囲気を醸し出しながら、そこはポツンと存在していた。

綾音が物心ついた頃からあるのだが、噂によると持ち主のどこぞの社長さんは何年も前から撤去申し立てを近隣の住民達に再三に渡って突きつけられているとのことであった。周囲には田畑もあるし、廃車から漏れているであろう油等が土壌汚染をしたり、地面に浸み込んで地下水や川に悪い影響を及ぼしているはずだから引っ越して欲しい、と言う訴えである。

どのようなやり取りが続いたかは分からない。だが最終的に持ち主が折れ、「近隣の皆様のお気持ち十分に了解いたしました。引っ越す場所を見つけ次第、撤去いたしますので」と随分前に約束したそうだ。が、いまだに引っ越しは済んでいない。これも噂であるが、引っ越し先にすべき広い土地がなかなか見つからないことから、移動したくとも出来ないままでいるらしい、とのことであった。

藤原川も、住宅街やバイパス等、ひと気が多い道路や橋と交差しているところは賑やかなのだが、ほんの少しそういった場から離れると、人家もひと気もない、本当に寂しく何もない土手が広がっているだけである。

近隣の田畑の持ち主、釣りをする人、川遊びに来た子供たちが本当に時折訪れる以外には、めったに人もやってこない静かなところで、言い方を悪くすれば薄気味が悪く、アクロイヤーが悪事を行うにはうってつけの場所と言えるものであった・・・。

 

 

大空を飛行するミクロヴェイロンを先頭に、綾音の有翼ロボットマンが続く。磐城家からも大した距離にない藤原川には、10分もかからずに到着してしまったのであった。

「ん・・・?」メイスンは、ミクロヴェイロンのフロントガラスから見える下界の土手の上の道を、一人の少年らしき人物が歩いているのを確認した。年の頃は綾音くらいだろうか。髪は短く借り上げ、濃いブルーのスポーツ系ジャージを着ている、スポーツ大好き少年風の出で立ちだ。

車両に搭載されたカメラを通し、操縦席のディスプレイに拡大させてみると、少年の歩きはかなりふらついておりぎこちなく、明らかに様子がおかしく見えた。

「やべぇ、今回もタイミング、ドンピシャだ! メイスン、あの子の肩と足元見える⁈ アクロメカロボがいるよ! “神隠しがやってくる”の真っ最中だ・・・!!」綾音も気が付いたようで、無線でメイスンに呼びかけてくる。無線はやけにノイズが多く聞き取りにくい状況にあった。様子がおかしい少年と、通常よりノイズが多い通信状況。これが何を意味しているのかをふたりは即座に理解する。

「こちらも肩、足元にアクロメカロボ計3体を確認した。今よりあの少年の救出に当たる。俺は足元の2体を相手にするから、キミは肩のやつをやってくれ!」「了解!」メイスンの指示に綾音は答えると、二人はそれぞれのマシーンを急降下させ始めた。

 

少年の元に接近する2台のミクロマシーンをアクロメカロボ達が察知した時には、既に相手側から攻撃が行われていた。メイスンの駆るミクロヴェイロンのルーフ上部に取り付けられている二門のレーサービーム砲が閃光を放ち、少年の足元の一体を貫く。100%に近い命中率を誇る射撃の名手であるメイスンは、マシーンを通しての射撃も百発百中であった。勿論、戦闘コンピュータによるアシストはあるのだが、それでも見事としか言いようがない。胴体の弱点部のど真ん中を撃たれたアクロメカロボは火花を散らし、動きを停止させる。

綾音はロボットマンを少年の肩にとまっているアクロイヤーの配下ロボのすぐ傍まで飛ばすと、アクロメカロボを殴らせたのだった。鈍い音を響かせ、殴り飛ばされたアクロメカロボは宙を吹っ飛び、遥か先の地面に落ちると転げていく。

 

 

ミクロヴェイロンは地面に滑り降りるように舞い降りると、そのまま道をしばし走りUターン。再び少年の元に向かう。足元に残っていたアクロメカロボはシャレコウベの口を大きく開き、喉からせり出させたアクロマシンガンを雨あられとミクロヴェイロンに撃ち込む。「カンカンカン!」と音が響き、マシンガンの弾は車体にすべて弾かれてしまったのであった。自慢の武器がまったく効果を示していないことにアクロメカロボが焦り出したのと、ミクロヴェイロンが彼の脇を猛スピードで通り過ぎたのがほぼ同時であった。瞬間、アクロメカロボは両目のカメラが壊れ、周囲が何も目視できない状態になったことを知る。そしてすぐ自分の機能が完全停止し、意識がなくなったことも知った。

ミクロマンの戦闘車両は、通り過ぎる瞬間にルーフ上から二つのレーザーを発射、閃光がドクロの両目を一つずつ狙い貫通、背中の裏側まで風穴を開けたのである。安定した走行を行うことを可能とするミクロマン特製の車両とはいえ、猛スピードで走りつつ、目標物を避けながら同時に二門のレーザー砲を相手の両目の中心部にひとつずつ命中させるなど、他のミクロマンには不可能に近い射撃テクニックだ。しかし、メイスンにとっては自慢するほどのことでもない、基本中の基本とも言える射撃術のひとつでしかなかったものである。

メイスンが車を再びUターンさせ、車両を少年の方へと向けると、フロントガラス越しに、ロボットマンがスポーツ少年の遥か先でアクロメカロボを踏みつけて破壊したところが見えた。子供の肩に乗っていたそのアクロメカロボこそが催眠コントロール術の主であったのだろう。破壊された直後、コントロールから解放された少年は軽く呻くと道の脇に広がる草むらの中に倒れ込み、気を失ってしまう。

メイスンは綾音と合流する。「さて、どうする?」メイスンの問いに綾音は「当然、廃車置き場の調査っしょ? アクロイヤーがいるはずだからね!」と答えた。「だ、な」とだけメイスンは口にすると、ミクロヴェイロンのアクセルを踏み込み、戦闘車両を藤原ポンコツ置き場へと向かわせたのである。

「草むらの中だし、この子はここにいてもらった方が安全だよね」万が一、車が来たとしても、道路に倒れている訳ではないのではねられることもないだろうし、アクロイヤーからも身を隠せるはずだ、と、綾音は思う。それにそのうち意識も取り戻すはずだ。少女は気を失っているジャージの子から目を離すと、道路すれすれの超低空飛行でロボットマンを飛ばし、ミクロヴェイロンを追わせたのであった。

 

 

二人は廃車置き場にあまり近寄り過ぎないところでわざと草むらに突入。いるかもしれないアクロイヤー達に気が付かれぬよう、風に揺れる草むらの動きに紛れて、少しずつ問題の場所との距離を詰めた。出入り口にも向かわず、敷地内四方に張り巡らせてある酷く錆びついた有刺鉄線の囲いの一か所にたどり着く。

ひと気もなければ、話し声などもしない。既に夕暮れ色に染め始められている草むらがそよ風に揺れる音、どこかで寂しく鳴くカラスの鳴き声が聞こえてくるだけ。閑散として薄気味悪い廃車置き場は、あちこちに動かぬ車が並べられたり積み重ねられていて、配置づけはどこか、入り組んだ墓場とか、迷路のように見えた。

二人は新Iwaki支部や別の場所をパトロール中のマイケルと連絡が取れないかと通信を試してみるが、ノイズが酷い。明らかにアクロ妨害粒子が濃く散布されていることを知る。

綾音は有刺鉄線をロボットマンに摘まみ上げさせると隙間を作り、先ずは戦闘車両、次にロボットマン自身をくぐらせて敷地に侵入した。二台のマシーンは物音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、廃車の陰を辿りながら奥へ奥へと向かって行く。

おそらく、メカニカルな人体模型風ボディをしたアクロ兵や、先ほど倒したのと同型の頭蓋骨ボディのアクロメカロボが何体か隠れ潜んでいるのだろうことは十分に予測されたが、おかしく思える程に気配が全くしない。

そのうち敷地内にある中央の広いスペースの手前まで来たのだが、あるモノを目にして綾音とメイスンは息を吞んだのだった。そこかしこにあるモノ同様、積み重ねられた廃車があるのだが、その手前に場にそぐわないトレーラーがポツンと置かれていたのだ。クリアグリーンのボディはまるでSFメカ風の複雑な作りで、大きさが、少し大きめのオモチャのラジコンぐらいしかない。

 

 

「・・・あれは!」綾音は驚嘆の言葉を吐く。昨日、公園で会ったミクゾン部隊所属の青年ミクロマン・サイバーが運転していたSF戦闘型トレーラーではないか! 確か名前はミクロトレーラー。目を凝らして見ると、運転席内部には白と黒のツートンカラーをした、アイザックと同型のレッドパワーズ仕様のミクロスーツを身にまとうサイバーの姿もある。

気を失っている? いや、もしかして息をしていない? 彼は首をうなだれ身動きひとつせずにシートにもたれかかっているようだ。

「あれ、サイバーだよ! メイスン、どうする⁈」少女はロボットマンの傍らに停まっているミクロヴェイロンのメイスンに問うた。「どう考えてもおかしい。罠にしか思えない」「だとしても、放ってはおけないでしょ?」「勿論だ」彼は言いながら操縦席の索敵機能装置を作動させつつ、自らも己の目で周囲を窺う。「奴らが隠れてはいるのだろうが、気配を消す防御策でも講じてあるのだろう、検知できない」

メイスンはもう一度、ミクロトレーラーを見た。サイバーはいわきから帰る途中、アクロイヤーの襲撃を受けて捕まり、ここに連れて来られたのだ。おそらく我々ミクロマンを罠にはめる餌として利用する為に。差し詰め、子供を誘拐する計画を行う中でミクロマンが現れたらその時点で計画を変更、人質の罠を設置し、油断を誘い我々のことを襲う流れに違いない。――そう、実際に、メイスンのその推理は当たっていたものである。

アクロイヤーめ、卑怯な手を考えるんだからッ・・・⁈」メイスンが推測した内容を、綾音もまったく同じく想像していたのだった。

「どのみち何をどうしようが、敵は動きを見せる。・・・取り合えず、俺が様子を見てくる」車をスタートさせようとするメイスン。

綾音は思うところがあり、彼を制した。「ちょっと待って。罠だとするなら、あちこちから奴らが出てきて不意打ち攻撃を仕掛けてくるかも知れないじゃん。そうなった場合、やつらのど真ん中なんだよ、動き方が限られる車だと不利に思えなくない? 人型のロボットマンの方がどうとでも対応できる気がするんだけど?」

メイスンはガラス越しに見えるロボットマンのパワードーム内にいる少女の意見に驚く。「・・・確かに」「あたしが行って来る!」メイスンは的確な分析を見せた仲間の言葉に従うことを決めた。

「了解した。敵影をキャッチしたら、俺がここから援護する」赤いミクロスーツのミクロマンに、綾音は軽く右手を上げると、ロボットマンを広場に踏み出させたのであった。

 

〔第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.3>に、つづく〕

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.1>

 

防空壕における出来事から数日後――。

ここは、いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ふたつの影があった。ひとつは、一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラック。もうひとつは、綾音の隠密奇襲攻撃に遭い、少数ではあったものの瞬く間に部隊を全滅させられ、這う這うの体で防空壕を逃げ出したカニサンダーだ。

距離を取っている二者の間には、カニサンダーのメモリーから吸い出され再生装置にかけられた先日の記録動画が、立体ビジョンとして中空に映し出されている。実はこの記録データ、カニサンダーが自己内においてうまく流れを改ざん修正を入れたもので、彼の不利となるようなところはカットされているものであった。

少女・胡桃を催眠術にかけ誘拐したところ、防空壕に誘導したところ、底が抜けて全員して落下したところまではそのままである。問題は記録の後半に当たるその後の部分で、落ちた少女をどう引き上げたものかとパニックになっている様子や、話の出来ないアクロメカロボに彼がぼやいているところ、女ミクロマンの尋問に極秘情報をもらしてしまった箇所、ロボットマンが胡桃に気を取られているうちにこっそりと逃げようとした場面は完全に消去されている。流れで残されているのは、気を失っている少女を気遣っているところ、防空壕内において雑巾絞り攻撃(?)で破壊されたアクロメカロボの残骸アップ、ロボットマンが突如として舞い降り追い詰められた瞬間、自分が這う這うの体で窪地や竹林内を逃げ回っているうちに見つけた、破壊された仲間の残骸に驚き震えあがったところ、そして最後にこちらを嬉々として食べようと嘴で突いたり、嘴を大きく開けて飛び掛かってくるハリケンバードから命からがら逃げ切ったシーンのみであった。

動画がひと通り終わると、ふたりの間の空間は元通り金色の場に戻る。目を合わせようとはしない臆病者の黒カニロボを、漆黒色の女悪魔は見下したような目で見おろしていたのだった。

「まさか、拠点にしようと考えた防空壕の地面が崩れるとは、とんだ災難でしたダッチ。何とかしようと思案していたところに、偶然か必然か、近辺にパトロールしているミクロマンの気配がキャッチされたことから計画がバレぬよう身を潜めているうちに一夜を明かすことになってしまったザンス。それなのにまさかミクロマンがあの場所のことに気が付き、奇襲攻撃を仕掛けてくるとは露程も思わず、油断したダッチ・・・」無論、近辺をミクロマンがパトロールしていた云々は、彼がパニックになりあれこれと思案するだけに明け暮れているうちに一夜経ってしまったミスを誤魔化す為の大ウソだ。

「隠れてやり過ごそうとするだけの作戦しか立てられない臆病者め。あの歴戦の勇士たるミクロマン達が呑気に見逃すはずはないだろう?」あきれ果てたような口調のデモンブラック。カニサンダーは、相手が自分の話を信じ込んだと、金色の地面を見つめながら心の奥でほくそ笑んだのであった。

「僕ちんを食べようとしてくるあの憎きバカ鳥から命からがら逃げきった後、万が一を考え隠れては進み隠れては進みを繰り返しているうちにここに戻るのにも時間がかかってしまいました。が、憶病者であるからこそ、こうしてまた見目麗しきデモンブラック様の元にひざまずくひと時を得られたのだとするのならば、その点は自分の欠点も捨てたものではないと思う所存でございますダッチ・・・」女悪魔を美しいなどと思ったことは一度もないカニサンダーである。わざと自分を卑下しつつ、おだてのひと言も添えた台詞でも吐いておけば、相手もこれ以上、咎めてくることもなくなるであろうと言う頭から来る発言であった。

デモンブラックは、カニの言葉に対する返答の代わりに次の話を続けてきたのだった。「人間どもの発する情報をキャッチしたところによれば、お前が部下を破壊されて逃げ出した後、あの小娘は人間どもに発見され元の生活に戻ったようだ。どうやら我々の存在も、おそらくミクロマンの存在も、小娘にも人間どもにも知られてはいない様子。何度も言うようだが、我々の存在もその計画も、人間どもには知られてはならない! バレずに済んだと言うところだけは、儲けものだったな、カニサンダーよ」「は、はい! でございますダッチ!」カニサンダーは心の中で胸を撫で下ろしながら、ようやく頭を上げると、デモンブラックと目を合わせた。

あの女の子は最後、バッチリとカニサンダーのことも見ていたし、ミクロマンとも何やら言葉を交わしていた。が、勿論、それを自分が見た時の動画データ箇所は消去済みだ。あの場面を知られたら、おそらく自分は処刑コース間違いない。“バレずに済んだ”と勝手に解釈したのはデモンブラックである。余計なことは言わずにうなずいているだけにしよう。カニサンダーは、自分の身が危なくなることはなくなったようだと、心が晴れ晴れとしてきたのであった。

「どのみち貴様如きに、あの女ミクロマンやロボットマンを倒すことなどはできんだろうよ。お前の持ち帰ったデータにある破壊された我が軍の兵士達の無残で哀れな亡骸を見よ! その戦闘に誰も気が付けなかったところからして、想像も出来ぬような恐るべき隠密奇襲手段をきゃつは取ったのだ! 我々アクロイヤーをも震え上がらせるような恐るべき容赦なき攻撃であったに違いない。・・・マックスめ! なんと優秀で、恐るべき部下を従えているのだ! やつのような司令官に私は初めて出会ったぞ・・・?!」

興奮してきているデモンブラックの声は、いつにも増してトーンが重々しくなってきている。自分のミスを糾弾されるかもしれない場面は無事に過ぎたはずなのに、違うピンチが押し寄せてきそうな気配がしてきたことを、憶病であるがゆえに直感、震えが全身に走り出すカニサンダーであった。

 

「デモンブラック氏。大切なお話中のところ申し訳ない。少しよろしいですかな?」どこからか、知的なトーンの若い女性の声がする。カニサンダーが、声のした左の方を見ると、いつの間にやら小さな緑の点が空中に現れているのを知った。声の主だ。

グリーンスター嬢か。もう話は終わっている。構わんよ」デモンブラックが目もやらずに答える。

「では、失礼して・・・」緑の点が急激に膨れ上がると、ひとの姿形に変わり一体のアクロイヤーとなった。ミクロマン側にも、アクロイヤー軍団側にも、“アクロイヤー1”と呼称されている、最も初期に地球に出現したアクロイヤータイプのひとりだ。顔は巨大なバイザー状の目をしていて、二本の角状の突起が頭部にある。両の手足は華奢でひょろ長く、手はパチンコ玉の様なボール状、足の指の間にはカエルの様なヒダが付いている。胴体は意外にガッシリしている。この場に現れたアクロイヤー1は、胴体が薄いグリーン色をしていることから、グリーンスターと言う名で呼ばれている個体であった。

 

 

――グリーンスター! そうである。このアクロイヤーこそ、4.11の際、ジャイアンアクロイヤーを操り、ミクロマン・マリオンがひとり残る旧Iwaki支部を襲った悪魔。その時、マリオンの乗るラボを兼ねた脱出ロケットが空中で大爆発、巻き込まれて消滅、死亡したはずであったのだが、どうしてここにいるのであろうか・・・?――

 

「何の用だい?」デモンブラックはカニサンダーのことはすでにどうでもよくなっているようで、完全にグリーンスターの方に意識を向けている。

ようやく解放されたと、カニサンダーは嬉々として遥か後方へと退いたのであった。

「アクロボゼット、カニサンダーに続き、この後まだロボットゴクーに作戦を続行させるおつもりでしょうか?」「そのつもりでいる。ただ、こうも立て続けに作戦が失敗したり、ミクロマンがしゃしゃり出てきているとなると、そろそろあの地区の子供たちを調べるのは一時中断して、別の地域に移った方が良いかもと考え始めていたところさね」「そうでしょう、そうでしょう」「ただ、既にゴクーは動いている最中。急に切り上げるのも、もったいない気がしてねぇ。ただ、ミクロマンがまた現れる可能性を考えると・・・」

グリーンスターは深々とうなずいた。「お仕事熱心なこと、感服いたします。また、おそらくそのようなことに頭を悩まされているであろうと察しまして、わたくしここに姿を現しました」「・・・?」「差し出がましいこと承知で、お手伝いしたいと思いまして、ね」「と、言うと?」

グリーンスターは数歩、デモンブラックに歩み寄ってから話を続ける。「きゃつらがまた現れる可能性を考慮し、ゴクーが続行中の“探し求める子捜索”の流れに、ミクロマン待ち伏せする計画も併せてみてはいかがでしょう?」「待ち伏せ・・・?」「そうです。我々の計画を再び邪魔しようとミクロマンが現れるのを見越して、罠を張るのです」「なるほど、面白そうな提案だ。しかし、どういった罠を・・・?」

興味を持った面持ちのデモンに対し、グリーンスターは冷たい声で、囁くように告げた。「スパイロイヤーが仕入れた情報によりますと、どうやらきゃつらの他の基地から近々、いわきのミクロマンの元に補給物資が運ばれる話が出ている様なのです」「なんだと?!」「なんとかその流れを罠に使えないか、と」「ふむ・・・」

グリーンスターはいったん言葉を切り、今度は中空をボール状の右手で指し示したのだった。「面白い玩具も用意してみました。これも待ち伏せ計画に利用してみませんか?」

突如として、黄金色の空に巨大な七色の渦巻きが起こり始める。常人が見たら眩暈を起こし吐き出してしまうような、混沌と狂気を含んだ禍々しい渦だ。渦巻きの中心から、真っ黒い色をしたメカニカルな外見をした兵器と思わしきものが徐々に徐々に姿を現す。他の次元空間から移動してきているようであった。

「ほぉ~、これはこれは!! 実に面白そうな玩具じゃないかい?!」機嫌を直したらしいデモンブラックがニヤニヤとした声色で喜び出す。

「デカっ⁉ デカ過ぎザンスッ! なんじゃこりゃ!」黒カニは、二人からかなり離れて様子を窺っていたのだが、空を覆う巨大兵器に圧倒され、恐怖から両の目玉をグルグルと回しひっくり返ってしまったのであった。

 

 

――ミクロ化した綾音はロボットマンのコクピットにいる。場所は磐城家の屋根の上だ。「ハリケン、準備は良い?!」通信機を通す綾音の問いに、晴天の大空を舞っている赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバードが「ピィーー-ッ!」と、ひと声鳴いてみせた。

「3・・・、2・・・、1・・・、0、GOーッ!!」綾音のカウントダウンに合わせて、ロボットマンが勢いよく屋根の上を走り出す。あっという間に端までたどり着くと、思いっきり両腕を伸ばし、空の向こうへ向かってダイブした。跳んだ最初こそは勢い付いているからよいが、跳んだ、のであって、飛んだ、わけではない。綾音はロボットマンを飛ばすことが出来ないのだ。このままではすぐに落下し始めるはずである。しかし、疾走していたロボットマンのスピードを遥かに凌駕する勢いでハリケンバードがあっという間に追いつき、鋭い爪を持つ両足でロボットマンの背中を文字通り鷲掴みにし懸架すると、空へと舞い上がったのであった。

一見すると掴んだだけのように見えるが、実際は違う。ハリケンに搭載された超磁力パワーシステムが作動し、二体は決して離れぬよう合体、ロボットマンとハリケンバードはまさしく一心同体化したのである。ロボットマンはこの時、弾丸をもはじき返すハリケンバードの特殊超クリア素材で出来たクリアグリーンの美しい両翼を持つ、“翼あるロボットマン”へと変化したのであった。

陽の光を透かす美しい翼がきらめき、微かな光を持つ緑光体となって、大空を自由に飛び回る綾音と有翼ロボットマン。空を舞う専門家のハリケンバードが付かず離れずにいるのだ、綾音の勇敢さ(無謀さと紙一重ミクロマン達は言う)も相まって、宙返りなどお手の物だった。

「あんな風な飛び方を編み出すとは、マックスとは違う意味で凄いパイロットである!」綾音の部屋の開かれた出窓にて、空を優雅に舞い続ける少女の様子を眺めていた緑色のレッドパワーズ仕様ミクロスーツ姿のアイザックが感心して深く頷いた。彼は今、ネコ科の猛獣を模したメカニックアニマル・黒いマグネジャガーにまたがっている。

「では諸君、あとのことはしばし頼んだぞ。吾輩は綾音と共に、中央町自然公園に行ってくるのだ! あ、はいや~ッ、シルバ~ッ!」アイザックなりにカッコいいところを見せようとしたのだろう、掛け声をかけてジャガーを走らせたまでは良かったのだが、運動音痴の彼はその勢いに振り落とされそうになる。青ざめしがみついたままのアイザックを背に、黒豹は二階から軽やかに高い植木や壁伝いに地面に降り立つと、そのまま家々の隙間へと姿を消して行ったのであった。

アイザック博士殿の滑稽な雄姿に苦笑いしながら見送るミクロマン新Iwaki支部の面々。出掛けた者たちの姿が完全に見えなくなると、程なくして解散、各自、持ち場に戻って行ったのだった。しかし、黄色いミクロスーツのマックスだけが、綾音を乗せたロボットマンが消えた方角を眺めたまま動かずにいる。

「任せることにしたは良いが、やはり心配なのか?」無表情の、赤いミクロスーツ姿のメイスンがマックスに問うた。

「まぁ、少しはね。ただ、たった数回、練習を繰り返しただけで、あの合体飛行ぶりだ。正直、筋の良さに面食らっているよ」

 

・・・あれは、防空壕事件から数えて一週間後のことだった。事件解決後、本人たちや周囲の様子が落ち着くのを見計らって、マックスは仲間全員と綾音に、ここのところずっと考えていたことを伝えたのである。

「これはリーダーとして判断、決断したことだ。綾音、キミにロボットマンを任せることにしたい。ロボットマンのパイロットとなり、基地メンバーと共に事件解決に挑んで欲しいんだ」

この発言に、場の全員が驚き、目をひん剥いたまま黙ってしまった。実は全員、真逆の発言がなされると想像、緊張した面持ちで集合していたからである。二回にわたってのアクロイヤーとの交戦を、その時その時の場の流れがあったにせよ、独自の判断で勝手に挑んだ少女。基地内の規律を乱す、とか、もう危険なことにこれ以上は関わらせるわけにはいかない、とクソ真面目な表情で彼が口にするものだとばかり思っており。それがまったく逆の意味を持つ発言に出たのだ。これは驚かないわけがない。

「ほ・・・本当ッ⁉ やたーッ!!」綾音は満面の笑みで万歳すると、部屋をピョンピョン飛び跳ねて喜びを全身で表現。小さなミクロマン達は、巨大少女が飛び跳ねるごとに起きる大きな揺れに、皆して机の上でひっくり返ってしまったのであった。

尻もちをついたまま、マックスが話を続ける。「“必要とするモノがないなら、今あるモノで工夫し賄え。人手が足りないなら、今いる者達だけで工夫し動け。創意こそが勝利を導き出す”。これがスパイマジシャンの元で僕が学んだ兵法だ。同時に、今までの長い現場経験からもそれが真実であると信じる。新Iwaki支部では人手もマシーンも足りない。そんな中での――原因は不明のままだが――ロボットマンの超変化、そして綾音の活躍っぷりだ。隊員としてキミにロボットマンの方を任せても良いと思った。あと少しでミクロ・ワイルドザウルスも修理が完了する。僕は二台もマシンを同時には扱えないと言うこともあるしね。今いるすべてのメンツで、最大限できるだけのことをして活動しようって訳さ」

綾音は大げさにウンウンと大きく頷いている。マックスはぐるりと場にいる面々を見、その視線を再び綾音へと戻す。

「だから、ひとりで動くのではなく、今後は基地の一員としてここにいる仲間達と共に動くこと前提にアクロイヤー事件に挑んで欲しい」

これまた大げさに直立不動の姿勢となり、口をへの字にし、敬礼して見せる少女。

「ロボットマンを飛ばせないなら、なんとか工夫するんだ。イメージトレーニングでも、飛ばすようにする別の訓練でも、何でもいい。キミが創意し、キミがやりようを自ら生み出してくれ。我々に協力できることならいくらでも手を貸そう!」

こうして次の日から早速、綾音は自分で思いついたと言う方法を訓練し出したのだ。先日の防空壕事件で思い付いたハリケンバードにロボットマンを運ばせる方法。あれをもっとロボットマンが動きやすい姿勢になれるよう、ハリケンバードのことを背面位置に取り付けるアタッチメントウィング的なものにする。そうすれば大空を優雅にかつ小回り利くように舞うことが出来るようになるのではないか、というのが彼女の言い分であった。

鳥ロボには反重力ジャンパー装置もあるので、ハリケンにくっ付いてもらいロボットマンを地面からそのまま浮き上がらせることもできたのだが、万が一の緊急事態も想定、地面を走ったりしながらでも、もしくは高いところからダイブする形ででも対応できるよう、先の様な訓練を基本として練習し出したのだ。

さすがは運動神経抜群の少女。失敗すればいつでもミクロマン達全員が超能力のサイコキネシスパワーで下界に落ちてしまわないよう見守る中、たった数回の訓練で空中合体方法を編み出し会得してしまったのである・・・。

 

「綾音は大丈夫だ」メイスンはいつもの様にそっけない口ぶりで言った。勿論、言葉の奥底には相手を思いやるものが込められているのは言うまでもない。

「そうだな。何かあれば、皆も綾音に協力してくれるだろうし」マックスが答える。

「綾音の方が、我々を助けてくれることになるのかも知れないぞ?」メイスンは話すことはすべて話した、この話はもういいだろう、とばかりに、興味を失ったかのようにその場から去って行ってしまったのであった。

「我々の方が、綾音に助けられる、か・・・」マックスはどこか遠い目をし、晴天の空を仰いだのだった。

 

 

――順調に大空を飛ぶ綾音を乗せたロボットマンは一路、中央町自然公園へと向かっていた。そこは綾音の住む町の中心部にある、ちょっとした広さを持つ森の中を連想させる作りをした公園だ。木々や草花が奇麗に栽培されており、近所の子供や老人の憩いの場になっている。

以前、アクロモンスター・イグナイトに少女が襲われた例の公園でもあるそこに、今日、ミクロマン富士山麓本部から輸送トラックが来ることになっていた。マックスから聞かせられた話だと、本部が新メカを1台譲ってくれるとのことで、アイザックが受領する間、アクロイヤーの妨害が入らないとも限らないので護衛に当たって欲しいと綾音は頼まれたのだ。磐城家から離れたここで落ち合うことにしたのは、万が一にもアクロイヤーに磐城家の秘密がバレてしまうのを防ぐ為である。

大空を鳥のように舞う清々しさと、眼下に広がる、空の視点から初めて目にする街並みの様子に、綾音は興奮しっぱなしであった。

公園上空にたどり着くと綾音はハリケンに旋回するよう指示を下し、公園を上からグルリと回って確認する。ロボットマン並びにハリケンバードの索敵機能を駆使、特に異常が見られないことからも、綾音は待ち合わせポイントに指定してある、公園中央噴水広場脇の林の中に降り立ったのであった。

「下から見ていたぞ。見事な飛行ぶりであるな~」草むらから、ジャガーにしがみついた少し青ざめ顔のアイザックが現れると、彼はサムズアップして見せてきた。軽く微笑みながら、綾音も同じ仕草をしてみせる。ロボットマンの背中からハリケンバードは離れ、もう一度空へと向かって羽ばたいていったのであった。受け渡しが終わるまで、ハリケンには空から監視の目を光らせてもらう手筈になっていたのである。

「今は平日の夕方前。あたしもそうだけど、学校終わって間もないし、遊びに出てる子供の姿はまだほとんどないね。それに時間帯からしても、近所の利用者もほとんど姿は見えなかったよ。勿論、アクロイヤーもね?」綾音は空から確認したことを告げる。アイザックジャガーから降り、飛び跳ねて進む、乗り慣れぬ乗り物で痛めたおしりを片手でさすりながら、もう片方の手でもう一度、サムズアップをしてきたのであった。

 

 

どこからか大型車両が走ってくる音が響いてきた。別の場所から林の陰にある草むらに突っ込んだようで、草をかき分けるガサガサと言う音もし出す。

音が綾音たち一行の目と鼻の先に近付いたと思った瞬間、草むらの中から“透明な巨大なもの”が飛び出してきたのであった。透明とは言っても、透き通っているはずのその場所の空間が少しだけ滲んでいると言うか、向こう側の景色がほんの少し歪んでいると言うか、どこかおかしく見えている。そのおかしく見えている空間が、かなり巨大な大きさを誇るトレーラーの形状をしていることに、綾音はすぐ気が付いた。今となっては事情を知る綾音には珍しくもない、見慣れているカモフラージュ・シールド機能のひとつ“インビジビリティ・モード”を使った不可視化偽装である。

巨大車両の形をした滲んだ空間は、ロボットマンとアイザック達の真ん前まで来ると停車、透明化を解除したのであった。それは緑色をした巨大トレーラーであった。大きさは、いつだったか家族に連れて行ったもらったトイザらスにあった商品、辰巳が欲しいとお騒ぎしたアメリカ製の巨大ラジコン・トレーラーぐらいある。一般的なラジコンカーを荷台に乗せられるほどの凄い大スケールで迫力があったのだが、あまりにも大きすぎるため、「そんなオモチャ置く場所ないでしょう?!」という母親の一喝で却下。あれと同じくらい、いやそれ以上あるかも、と綾音は思ったのであった。

形状こそはトレーラーではあるが、少女の知る人間のそれとは異なり、実にSF的と言うかメカニカルなデザインをしたスーパートレーラーであった。明らかにレーザー砲に見える武装があちこちに搭載されているし、表面の素材は何であろう、クリアグリーンを基調としたもので、透き通る表面内部には、機械の基盤に思える複雑怪奇な紋様(?)のようなものが浮かび上がり、全体へ縦横無尽に広がっている。

「さすがはミクロトレーラー! 機能良好、調整も万全そうであるな。それにミクゾン部隊、時間通り、きっちりの到着である!」アイザックが独り言を口にしながら、感心したように何度も頷いていた。名前はミクロトレーラーと言うのか。でも、ミクゾン部隊ってなんだろう、と初めて聞く部隊名に綾音は軽く首を傾げて見せる。

「こんにちは、新Iwaki支部の皆さん。ミクロマン富士山麓本部・ポリスキーパー部署からのお荷物をお届けに参りました」運転席から若い男の声がした。ボディの高い位置に設置されているドアが静かに開け放たれ、白と黒のツートンカラーをした、レッドパワーズ部隊仕様スーツを身にまとった運転手が二人の前に降りてくる。

彼は「アイザック博士、お久しぶりです」とまずアイザックに挨拶をし、すぐに視線をロボットマン内部にいる綾音に向け自己紹介をしてきたのであった。「綾音ちゃんですね? 初めまして! 自分はミクゾン部隊所属、サイバーと言います」

 

 

――ここは住宅街の中にある、ありふれた道路。そこをテクテクと歩くアクロボゼットがいる。実に、つまらなさそうな面持ちだ。

アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団三人で始めたこの地区に住まう子供たちを調べる計画は現在、ロボット59号ことロボットゴクーが動くのみとなっている。「ミクロマンに邪魔されたこともあるし、敵の動きも気になる。下手に気張ってこれ以上の損害を出すのも考え物だ、ひとまずゼットとカニサンダーは動かぬように」と、デモンブラックに言い渡されていた。

かと言って遊んでいて良いわけではなく、現在のゴクーの動きにもうひとつの計画を含ませることにしたそうで、その計画の方の手伝いをせよ、とも二人は命令されたものだ。

計画とは、ミクロマン待ち伏せ攻撃である。ゴクーが探し求める子計画を進めつつ、万が一にもまたミクロマンが現れるようならば、全員で協力し合い奇襲攻撃を仕掛ける、と言うものであった。

しかし、今のところミクロマンの気配は微塵もない。特に何もすることがないゼットは暇を持て余していたのだった。ついには待機していることに我慢できなくなり、「別地区の下見偵察にでも行ってくるダッチ」とウソをついて仲間達の元から離れたのである。

そうやって適当に歩いているうちにたどり着いたのは、自分たちの探し求める子捜索の標的にしている子供たちが通う丘の上の小学校だった。自分でもどうしてやってきてしまったのか分からなかったのだが、心のどこかにキスしてきた長い髪のカワイ子ちゃんの顔が微かに思い出されていることを知り、「ああ、俺はあの子にまた会ってみたいとどこかで考えているから無意識のうちにここにやってきてしまったのだな」と気付く。

ちょうど下校時刻で、たくさんの子供たちが下校していくのが見えた。

一番最初に仲間たちとここに訪れた時に隠れた駐車場の看板の陰に隠れながら、次々と目の前を去っていく子供たちの中に長い髪のカワイ子ちゃんの姿を探すが、もう帰ってしまった後なのか、遂に発見することは出来なかったものだ。

会えたら何としようかと期待に胸を膨らませ、目を輝かせていたゼットだったが、結果に激しく落胆し、肩を落とす。その表情は再び、つまらなさそうなものに戻ってしまったのであった。

「あーあ・・・」

一人ぼっちの彼は深くため息をつくと、適当にまたブラブラと歩き出したのだった。知らない道に入ってきているが、どうでもいいと、構わず彼は歩みを進めた。

 

〔第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.2>に、つづく〕

次回予告(8)+【登場人物&メカの紹介⑥】

【登場人物&メカの紹介⑥】

 

メカ◆ロボットマン(初代)

ロボットマンとは、ミクロマン達がミクロ科学の粋を集めて作り出した、人型の超高性能万能型ロボットである。通常は人型で運用されることがほとんどだが、頭部・胴体・腰・四肢と言った体全身が分離合体できる特殊ブロックパーツで構成されており、他の様々なミクロマシーンと合体、別の乗り物の形状となり活躍もできるものだ。

人型の場合、搭乗できるのは一名で、巨体の胸の中央に位置するパワードーム内にて操縦することになる(AIは非搭載タイプ)。ほぼミクロマンと同じ大きさの操縦室からも分かるように、ロボットマンはミクロマシーンの中では巨大な部類に属する。

――パイロットが「この様な動きを取らせたい」と思う意思を読み解き、そのまま巨体の動きにトレースさせるシステムを持つのがロボットマンである。ここで言うところの意思とは、操縦者の経験に基づく己自身の運動の動きだったり、または出来そうだと感じている身体の動きを“心にイメージしたもの”を指すのだが、そこには“空想上のイマジネーションにおけるアクション行為”も含まれるものだ。代表的な例が“飛行”である。仮に飛べない者であったとしても、“飛ぶと言う行為を己が行っている姿を空想する”ことで、本人には有り得ない飛行を、代わりにロボットマンに行わさせることが出来るのだ。この優れた意思反映システムを搭載していることこそが、「乗り手の思うがままに動く他に類を見ないスーパーロボット」と言われる所以なのであった。(第8話本文より抜粋)

輝く銀色の頭部(内部には、搭乗者の思考を読み取り即座に動きに反映するヘルブレーンを搭載)。

赤い色をした逞しく厚い胸(中央には透明キャノピーが取り付けられた操縦席と、その両側には必殺武器の光子波光線発射口)。

腹部に巨大なVの文字がレリーフされた白く頑丈な腰(エネルギータンクが納められ、両腰にはマッハ5の速度で飛行できるマッハ・ブースターを装備)。

ショベルカー重機を模した白い両腕(肩を軸として高速回転し、相手を攻撃するマシン・パンチ・フラッシュを行うことが可能で、その両手はダイヤモンドをも軽々と握りつぶすクラッシュ・ハンド)。

大地を踏み締め安定して立つことができる青く巨大な両脚(腰同様マッハ・ブースターを足裏に装備、状況に応じ膝から分離させて乗り物にも変化可能)。(第5話本文より抜粋)

後継機として、ロボットマン2、ロボットマンゴッドファイターなどが存在しているが、新Iwaki支部にあるのは(初代)ロボットマンだ。見た目こそ旧式であるが、内部のメカや頑強な外装などは最新式の物と入れ替えられている。

すべてのロボットマンは現在量産されており、日本はもとより世界の様々なミクロマン支部で活躍している。新Iwaki支部におけるメインパイロットは、M-124マックス並びに磐城綾音の2名。

 

彼女がマックスに持つ想いとは・・・?

人物◆デモンブラック(女性アクロイヤー

アクロイヤー・いわき侵略軍幹部の一人で、パワータイプ。デモンタイプと呼称される種類のアクロイヤーで、重くのしかかる様な中年女性の声をしている。

頭部には二本の角、胴体を構成しているのは竜の顔のような胸と浮かび上がる肋骨と背骨、右手は大きなボール、左手はかぎ爪、両の足は爬虫類の手足が肥大化したような、すべてが醜い、とても奇形なる姿かたちをしている。まるで悪魔そのものだ。

千里眼など様々な超能力を有しているらしい。必殺武器は、身体射撃武器ノヴァ・アクロボール砲である。それは周囲の負のエネルギーを右手の先端にかき集めて撃ち出し、当たった場所で爆発を引き起こすと言う恐るべき“負の弾丸砲”だ。

今までに出会ったことのないような優秀なミクロマン・マックスをライバル視していると同時に、強い興味を示している。

 

 

正式にロボットマンのメインパイロットに任命された綾音。次なる“神隠しがやってくる”現場へ、新型戦闘車両ミクロヴェイロン号を駆るメイスンと共に調査に赴くのだが、そこにはアクロイヤーの罠が待ち受けていたのだったーー!!

次回、『第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者』に、君もミクロ・チェンーーージッ!