ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第7話・ロボットマンはもらったよ!<後編>

 

ミクロ化した綾音とお供のマグネジャガーは、一本道の奥まったところ、暗い灰色をした建物の敷地内に侵入していた。規模は一戸建て住宅くらい、左手に小さな事務所とトイレ、中央にメインとなる倉庫部分があるだけの、壁はトタン、内部は木材と鉄筋半々で作られている昔ながらの倉庫だ。正面の壊れてしまい開いた状態のままにされている黒い門をくぐると、すぐに建物の壁に取り付けられた巨大シャッターがあるのだが、ここから内部に軽トラックを入れ、漁業網の乗せ降ろしを行うのだろうことは、子供でも容易に想像できた。

しかし、どう見ても不気味な雰囲気を醸し出している場所だ。建物の壁は長い年月を経て汚れ切っており、いくつかある小さなすりガラスの窓は拭き掃除などしていないのだろう、すべて茶色い色がこびりつきより一層、曇ってしまっている。中は完璧に見えない。ほんの少しだけある庭に当たる空間は、雑草やら風で飛んで来たゴミだらけだ。門やシャッター、トタンを止めている釘、その他、鉄でできている部分は至るところ色が剥げたり錆が浮き出ていた。倉庫の持ち主らしき人物、仕事で訪れている大人は見当たらないし、確かに陽斗の情報通り、本当に今現在も使われているのかは怪しいところである。

錆びついたシャッターは一番下まできちんと閉まっていた。しかし、その左側にある事務所のドアが少しだけ開いているのが見える。ごくり、と綾音は唾を飲み込む。行き止まりの道を進んでいたのだから、少年は当然この建物に来たはずだ。しかし、人がいられる敷地内庭スペースには誰もいない。と言うことは、青いジャンバーの少年とアクロイヤーの手下は、ドアから中に入って行ったに違いないのである。

少女はジャガーの背中を軽く叩くと、ドアを指さしたのだった。

 

マグネジャガーは、極限にまで高められた超隠密能力や索敵機能を持たせられた、スパイ活動を最も得意とするアニマル型ロボットである。主人を乗せたまま、ジャガーは周囲の気配を探りながら物音ひとつ立てずに内部に潜入。雑然と物が積まれたホコリ臭い事務所の中をコッソリと横切り、センサーが動くものを感知した奥の方へと歩みを進めたのであった。事務所の奥にもうひとつのドアがあって倉庫に出入りできるようになっているようだ。そしてそこもやはり半開きになっており、ドアの奥から微かに物音が聞こえてきていたのだった。

綾音はそっとジャガーから降りるとドアの隙間から倉庫に入る。すぐ手前の大きな黄色い漁網用浮きに身を隠すと、中の様子を窺った。汚れ切っているが小さな窓がいくつかあることからも、明るいとまではいかないが外の光が入ってきており、室内はそれなりに見えている。青、緑、黄、黒、灰色と言った様々な色をした漁網がいくつもあちこちに山と盛られ置かれていた。網と共に至る所にブルー、オレンジ、イエローと言ったカラフルな色をした漁網用浮きが散乱もしている。天井には横に伸びる鉄筋の梁が何本もあり、そこに結ばれぶら下がっている網やロープも見受けられた。倉庫内空間の邪魔にならない両サイド付近には、屋根と梁を支える鉄筋の支柱がある。茶色く汚れた窓を通して入った外光のせいで、全体のトーンは茶に近いオレンジ色に染められていたのだった。

 

車を停める事情もあるのだろう、倉庫内中央は荷物が置かれていない。そのど真ん中に青いジャンバーの少年が立っているのがすぐ分かった。横顔が見えているのだが、目はうつろだ。意識がボーッとしているのか、口も半ば開きっぱなし、だらしなくしている。

名前も知らないし、話したこともないが、別のクラスの男子であると綾音はすぐ気が付いた。

周囲に置かれている漁網のせいで全貌は見えないが、少年の足元にゴチャゴチャと動くいくつもの影がある。隙間から見えるに、人体模型のような姿をしたアクロ兵と、頭蓋骨メカのアクロメカロボだ。ミクロマン達が子供部屋に回収してきた壊れてる物ではない。神隠し計画を今まさに実行中の、生きている恐るべき戦闘型アンドロイド軍団である。綾音はもう一度、唾を飲み込んだ。高鳴る心臓が外に飛び出さないようにと胸を押さえる。

ミクロマンに報告しよッ・・・!!」急いで腕時計の通信スイッチを押した。敵に気づかれぬようにと、音量は最小にして。

「・・・・・・」サーッという微かなノイズ音が走るだけで、何も起こらない。何度もスイッチを押し直してみたが、結果は同じであった。

「なんで⁈ アクロ妨害粒子のことも考えて作られた機械なんでしょ、これって⁈ 通じないはずが・・・」少女は「ハッ!」とする。先日、青スーツのマイケルが皆に伝えてきた、『この数日、どうもアクロ妨害粒子の濃度があちこちで上がってきている気がするぜ⁈』と言うパトロール報告のことを思い出したのだ。続けて、赤スーツのメイスンが以前話していた内容も思い出す。『それはいまだに、電波障害を起こす効果を発揮している、恐るべき粒子だ。本部が総力をあげ、科学的に排除を試みたが、うまくいかず、結果、ミクロマン通信機器とレーダーは、影響を最小限に抑えられる新型が開発された。100%障害をまぬがれるとは言い切れないのだが、今はそこそこ使えるその新しいものにすべてが入れ替えられ、使われてる次第だ』

新型も完璧ではないと言う。ここの妨害粒子は、新型であってしても障害をまぬがれないほどに濃度がすごく高められているのではないだろうか? 目の前にアクロイヤーがいるとなると、可能性大に思える。

まさしくいま少女が想像したり、ミクロマン達が警戒した通り、アクロイヤーは自身たちの計画をなんとしてても遂行させる為、姿を見せ始めた邪魔する敵への対処として、アクロ妨害粒子の更なる散布を数日前から徐々に敢行していたのである。

 

ミクロマンに通信できないとなると、どうすれば良いのか? 戸惑っていたところ、少年のいる方から、怪しげな動きが感じられてきた。囲むようにして位置しているアクロ軍団が、反時計回りに少年の足元をグルグルと回り出したのである。

まるで盆踊りだ。少年がやぐらで、軍団は盆踊りの踊り手。両手を上げたり下げたり、歯をカチカチとリズミカルに嚙み合わせて鳴らしたりして、おかしな踊りを舞う兵の目はボヤっとした赤い明かりを放ってもいる。薄気味悪いと言ったらない。

「あれ、この光景、どこかで見たことがあるような?」綾音は瞬間的にそう思った。記憶を探ろうとするが、興奮状態のせいか、落ち着いてうまく思い出せない。誘導され連れ去られているところを目撃したことはあるが、この様に謎の儀式にかけられている被害現場そのものを目撃したことはなかったはずだ・・・。

いや、今はそんなことを気にしている場合ではない、と即座に気持ちを切り替える。

上の方から、いきなり光線を感じ、綾音は視線を上にあげた。すると、漁網の山の上に一体のアクロメカロボがいて、額にあるサーチライトのようなものから、強めの青白い光を少年めがけて放ち始めたところだったのである。

「あの光はダメだ、あれは非常にマズイ!」と、鋭い直感が警告を発した。思わず綾音は物陰から飛び出し、叫んでいたのだった。「やめろーッ!!」と。

何の考えもなかった。ダメなものはダメなのだ。あれは子供を苦しめる悪魔の光だ。苦しめるようなことをしてはいけないのだ。

ただそれだけの想いが強く働き、本能的に飛び出してしまっていたのである――。

 

 

サーチライトが消え、アクロ軍団の踊りがピタリと止まる。侵入者の存在を知り、悪魔の盆踊り儀式は中断されたのだ。

「何者ダッチ・・・⁈」サーチライトを照らしていたアクロメカロボの陰から、群青色をした樽状のボディを持つロボットがのそりと顔を出してきた。この現場の指揮に当たっていたアクロボゼットである。漁網の山の上にいたことからも見晴らしがよく、彼は出入り口ドア付近にすぐ声の主を発見できたのだった。真っ黒いジャガー型ロボを従えているらしい、女性ミクロマンである。

綾音は、無意識とは言え自分がとんでもなく無謀な行動に出てしまったことを激しく後悔していたのだった。敵の真ん前に飛び出したことから良くわかったのだが、アクロ兵10体、アクロメカロボ2体、群青色ロボ1体、計13体のアクロ軍団小隊に宣戦布告してしまったのだ。

網の山の上で大声を張り上げる、樽みたいな姿をしたロボットがリーダー格なのだろう。そいつがアクロ兵たちに「ミクロマンを倒せ」と命令している。

綾音はアクロボゼットと修了式の日に出会っていたのだが、オモチャの落とし物を届けただけ、大したことではなかったことから、もう“すっかりとそのことは忘れて”しまっていた。よって初対面の敵としか見えていなかったものだ。

アクロボゼットも、カモフラージュ・シールドのせいで、女性ミクロマンがあのとき自分を拾った長い髪のカワイ子ちゃんだとは露程も思わない。

儀式の中途で邪魔が入ったせいであろうか、青いジャンバーの少年は催眠術の効果が途切れたらしく、体を大きくフラフラと揺らしたかと思ったら、完全に意識を失いその場に倒れてしまったのであった。

 

アクロ兵とアクロメカロボ達が、綾音とジャガーに向かい、飛び掛かってくる。

マグネジャガーは両手の指先から鋭い爪を出し、襲い来るアクロ兵達に次から次へと飛び移っては、鋭利な爪で顔面や腕を引き裂き、喉笛に噛みついた。マグネアニマルの戦闘能力は高い。野獣の動きをトレースした戦闘プログラムが組み込まれているのだ。俊敏な動きで襲い、弱点を攻撃、獲物を確実に仕留めていく。

しかし、数が数なので、一度に全部は相手にできないことからも、何体かはジャガーの脇をすり抜け、後ろにいる綾音へとその魔の手を伸ばしたのだった。

倉庫に来る前の区域であったなら、もしかするとミクロマンに通信が繋がっていたかも知れない、なんでもっと早い段階で通信を入れなかったのだろうかと半べそになるが、後悔先に立たず。とにかく真後ろに向かって逃げ出す。傍にいくつか転がっている大きな黄色い浮きの周囲を8の字を描くようグルグルと走って回り、追っ手をまこうとするものの、アクロ兵はどこまでも彼女を追跡してくる。

あっちに行ったり、こっちに行ったり、しばし滑稽な追いかけっこが繰り広げられるが、前方に待ち伏せしたアクロ兵が一体でてきてしまったので、綾音はつんのめりそうになりつつ慌てて足にブレーキを掛けたのだった。

前方と後方のアクロ兵が間合いを狭め、同時に少女に飛び掛かった。綾音はすかさず身を縮める。実際の身長と、カモフラージュ・シールドによる映像の身長差はかなりあり、アクロ兵の目測では女性ミクロマンの上半身に当たる所は何もない空間でしかなく、二体のアクロ兵はお互いの顔面をぶつけながら、兵士同士で抱き合ってしまった。瞬間的に綾音は真横に身をスライドさせ、上から落ちてくる抱き合うアクロ兵から逃れる。

急いで立って走り出そうとした矢先、別方角から、シャレコウベを模したアクロメカロボがドスドスドスと重い足音を響かせながらこちらに走ってくるのが見えた。ミクロ少女は圧倒され、動きを止めてしまう。真後ろでは先ほど躱した二体のアクロ兵がフラフラと立ち上がり出している。挟み撃ちだ。

「ヤヴァイッ・・・⁈」万事休す。綾音が身を固めたその時、青く巨大な長方形の物体がいきなり現れ、「ドッスン!」と、アクロメカロボを上から圧し潰した。コンクリ製の床との間に挟まれたシャレコウベはひしゃげてしまう。

ドッスン!」と間髪入れず、続いて後方からまた音がした。振り返ると、もうひとつ、やはり青く巨大な長方形の物体が二体のアクロ兵を上から完全に圧し潰し、破壊していたのだ。

 

 

何が起きたか分からないまま、フラリと二、三歩横にずれ、巨大な青い物体を見上げると、それは上にある白い部分と繋がっていることを知る。ふたつの白い部分はそのまた上の方で一つに繋がっていた。更なる上には丸みを帯びた大きく赤い物体が乗っかっており、赤い部分の中央には透明な長方形カプセルのようなものが取り付けられていて――。

「ロボットマン!!」いつも見下ろす位置から見ていたせいで最初はわからなかったのだが、形を確かめているうちに、いま見上げているものが見慣れた存在であることに綾音はハッと気が付いたのだった。

ロボットマンは磐城家を飛び出したあと猛スピードで漁業網倉庫にたどり着き、やはりドアの隙間から倉庫内に侵入。綾音のピンチを目にして、飛んで来た勢いのままキックの態勢を取り、速度の力も兼ね合わせたパワーでアクロイヤーの配下を踏み潰したのだ。

「誰も乗ってない⁈ それに、なんでここに・・・⁈」問いかけるが、意思を持たないロボットマンが答えることはない。代わりに、何と言うことであろうか、いきなり操縦席のキャノピーが開くと、ロボットマンはそこからまばゆい一条の光の束を綾音に伸ばし、再び己の胸に光を引き戻すと、少女のことを操縦席に招き入れたのである。

 

少数残ったアクロ兵は手にする実弾を発射するサブマシンガンにて、1体残ったアクロメカロボは口の中に装備されていたマシンガンにて、それぞれロボットマンに一斉射撃を浴びせかける。「キャッ!」パワー・ドーム(操縦席)の中で、驚いた綾音は両手で顔を覆った。透明なキャノピーの外で、バチバチバチ! と、銃弾が当たって弾ける火花が無数に咲き乱れる。しばらく銃撃は続いたが、そのうち一旦様子を見ようとしてか、アクロ兵達は引き金を引くのを止めたのだった。

弾が爆ぜて出来た煤がついただけ、特にダメージを受けていないロボットマンを見て彼らは愕然とする。キャノピーにせよ、装甲にせよ、何と言う頑丈さであろう。傷ひとつ付いていない。

恐る恐る目を開けた綾音自身も、同じ感想であった。以前マックスが教えてくれたのだが、ロボットマンの装甲は特別合金製、キャノピーも特別製で、ミクロマンアクロイヤーのもの、人間世界のもの問わず、銃弾レベルの物はまったく受け付けないそうだ。

そして、ロボットマンは乗り手が心の中で思い描く動きを取り、乗り手の何十何百倍もの強さと素早さで持ってその動きを再現すると言う・・・!

「よ・・・よぉし、やってみますか!!」と、少女は試しに足元の踏まれてひしゃげたアクロメカロボをロボットマンに持ち上げさせ、ドッチボールの要領で、マシンガンを撃ち込んできたアクロメカロボ目掛けて投擲させてみたのだった。ボールにされたシャレコウベは弾丸並みの速度で飛んで行き、見事アクロメカロボに命中。二体は全身の部品をバラバラに弾けさせて破壊されてしまったのである。

何と言う腕力だろう! マックス達に教えてもらった通り、このロボットマンはミクロマンが科学の粋を集めて作り出した超高性能万能型のスーパーロボットなのだ。搭乗者の命を守り、搭乗者の気持ちに従い共に戦ってくれる、搭乗者の超分身なのである。

綾音は憧れのスーパーロボットに自分が搭乗し、己の力で操っていることを実感した。

「マジスゲェ! これならあたしもアクロイヤーと戦える!」綾音は恐怖に高鳴っていた心臓が、熱い勇気の燃え滾る心臓の高鳴りに変換されるのを感じた。

 

既に出会っているのに、お互いに気が付けない、ふたり・・・

アクロ兵は、状況が不利になってきたと判断したのだろう、後退った。

「何をしてるんダッチ! 怖気づくな、やってしまえ!!」山の上の大将であるアクロボゼットが飛び跳ねながら大声を張り上げる。残る3体のアクロ兵は頷くと、態勢を立て直した。

先に戦っていたアクロ兵すべてをいま倒し終わったマグネジャガーがロボットマンの足元に移動してきて身構える。

ジャガー、アクロ兵は任せた! あたしは、あの樽みたいなやつをやっつける!」綾音の言葉に従うジャガーが、即座にアクロ兵に飛び掛かったのだった。

「やっつけるだぁ? 舐めてもらっちゃあ、困るダッチ!!」ニヤリとしたアクロボゼットが人差し指でロボットマンを指差す。すると両胸の突起から、数発の銃弾が撃ち出され、ロボットマンを襲った。マトにされてばかりでは癪に障る、避けるんだ、と綾音が思った次の瞬間、ロボットマンは思考を瞬時に読み解き、真後ろに跳んで事なきを得た。銃弾を浴びた、先程までいた足元のコンクリが大きく割れ、中心部は粉々に砕け散っている。どうやらアクロ兵の武器とは比べ物にならないほどのパワーを持つ射撃武器の様だ。

射角内にいるままのロボットマンに向けて、アクロボゼットが二度目の射撃を行ってきたので、「ヤバッ!!」と、綾音はロボットマンを今度は素早く側転させ緊急回避を試みさせる。「チッ!! 良く動き回るダッチ!!」怒る群青色ロボ。今回も事なきを得る綾音。

いくら頑丈なロボットマンとは言え、強力そうな相手の武器だ、当たらないに越したことはないだろう。しかし、どう戦う? 相手は漁網の山の上にいて距離はそれなりにあるし、こう撃たれてばかりでは危なっかしくて近づけない。

マックスが言っていた必殺武器、両胸から撃ち出す光子波光線の存在が一瞬頭をよぎる。

が、建物内のここで撃ったとしてどれぐらいの被害が出るのか、経験がない彼女は分からず、使用することを躊躇った。傍の床には倒れている少年もいるのだ。

「当てるから、黙って動かず立ってるダッチ‼」無茶苦茶な要求を出しながら、追い打ちをかけるように三度、アクロボゼットの胸の突起が火を噴く。慌てて超分身に、前転による緊急回避を試みさせる少女ミクロマンである。

 

――綾音は普通の人間の女の子だったので、自力で空を飛んだ経験はない。だから、ロボットマンを空中に飛ばしながら回避させたり戦わせることを、本能的に思いつけていなかったのだった――。

 

埒が明かないし、このままではまずい。そのうち疲れ果てて回避に失敗、大打撃を被りそうだ。どうにかして近づいて攻撃を加える手立てはないかと、綾音はヒントを求めて周囲を確認した。

天井の鉄筋の梁からぶら下がる幾本かのロープが目に留まる。倉庫内には天井を支えている何本もの鉄柱も床に建てられている。

綾音は三崎公園のアスレチックにて、ロープにぶら下がり遊んだ時のことをふと思い出したのだった。「そうだ・・・!!」少女は直感が働き、瞬間的に相手に対する攻撃方法を思い付く。

目測で計算、ちょうど良い場所のロープを見据えた。「やるよッ!」一か八かだ、と、迷うことなく綾音は実行に移った。

ロボットマンを前方に高く跳躍させると、梁にぶら下げられたロープを鷲掴みにさせる。ロボットマンはロープを握りしめ、飛び移った勢いのまま壁の方へと向かった。

アクロボゼットは想定外のミクロマンロボの行動に面食らった。そのうち光線武器を発射するか、もしくはジェット噴射でこちらに飛んできて体当たりでも仕掛けてくるだろうと予測していたのに、彼とは関係ない方、右手にある壁に向かったのだ。しかもロープを手にして。「何をする気なのだ」と、アクロボゼットは必死に分析を試みる。それすなわち、動かずに成り行きを眺めてしまったことを意味していた。

ロボットマンはロープを掴んだまま壁に到達する。綾音の計算通り、ロープはピンと張った状態になる。「行くよッ!!」掛け声をかけながら、少女は壁を思いっきり、大きな青い足で蹴らせたのだった。ジャンプの要領だ。アクロボゼットと真逆の方向に向けて跳ぶ超分身ロボ。梁に結ばれている部分を中心として、掴んだロープがそのまま時計回りに円を描き出す。

すぐに一本目の鉄柱の傍に達する。綾音は再びロボットマンに足裏を柱に着地させ、すぐさま蹴らせたのだった。弧を描いて宙を舞う勢いが増す。

二本目の柱でも同じ行動を取らせ更に勢いを増させると、ロープが引きちぎれんばかりの物凄い加速度がつき、あっという間に超高性能ロボットの巨体は、樽型ロボの元にたどり着いたのであった。

怪力を誇るロボットマンの脚力の勢いで、ホップ、ステップ、ジャンプを行ったのだ。とんでもない勢いが付いたことは言うまでもない。

そして最後。アクロボゼットが目の前に来た瞬間、綾音は分身の腰と右脚をひねり、アクロイヤーの手先に右足を思い切り蹴り出したのだった! サッカーボールを蹴る要領だ。

立ち止まり、必死になって状況を分析しようと試みていたゼットの胴体に、凄まじい勢いのある超加速度のついたハイパーシュートキックが決まる。群青色の樽ロボは今までに味わったことのないような衝撃を受け吹き飛ばされたのであった。

目視できないような早さで彼は宙を吹っ飛び、窓ガラスを突き破り、どこか遠くへと姿を消してしまう。

これすべて、瞬間的な――時間にしてほんの数秒の出来事であった。

 

「みんな、また次回、会おうダッチ~!!」

ロボットマンをロープから降ろし、床に着地させる綾音。見ると、マグネジャガーは残るすべてのアクロ兵をバラバラにして破壊し終わったところだ。動く敵はもういない。

決着がついたことを悟り、彼女は深い安堵のため息をついたのだった。怖かったのは確かだが、不思議と震えは出なかった。初めて事件現場の解決に挑み、頼もしい護衛が自分を守って活躍するところを見れ、憧れていたロボットマンに搭乗しみずから戦いのさなかに飛び込んで勝利したのだ。まだ生まれて10年しか経っていないが、生まれて初めて感じた何とも言えない高揚感、達成感、満足感、そして頼もしいロボットマンの中にいる安心感に、心も体もすべてが満たされていたのだった。

「ロボットマン、来てくれてありがとう!」綾音はキャノピーの真上に位置する銀色の頭部に話し掛ける。タイミングよくやってきてくれたのが必然なのか偶然なのかは分からないが、きっとマックス達が気遣い、こちらに自動操縦とか何とかで寄越してくれたのだろうと思う。

「ついに、あたしにロボットマンをくれる気になったんだな⁈ 勿論、もらっちゃおうっと!!」少女は都合よく解釈、満面の笑みで手を叩いて見せたのであった。

 

「う、うーん・・・」青いジャンバーの少年から声がする。気が付いたようだ。綾音はジャガーに手招きし、ロボットマンと共に漁網の山陰に身を隠した。

「あれ・・・ここどこだぁ?」意識を取り戻した少年が立ちあがり、倉庫内をキョロキョロと見回している。綾音は護衛に向けて人差し指を口に当てて見せた。マグネジャガーが自分の黒い手で口を押さえて見せる。

「俺、なんでこんなとこに・・・???」困惑した表情の少年は半開きの扉へと向かって行く。しっかりした足取りからして、怪我はないようだし、自分の意識をハッキリと取り戻したようだ。

首を傾げながら少年が建物の外に出ていくのを、ひとりと一匹は、黙ったままそっと見送ったのだった。

 

 

――元の大きさに戻り、綾音はロボットマンを抱え漁業網倉庫を抜け出すと、急いで胡桃の家に戻った。あれから30分以上は経っている。すぐ戻ると言っておいて時間がかかりすぎたと少女は青ざめた。

門のそばまで来ると、玄関に親友が立って待っているのが見えた。なかなか戻らぬ綾音を心配し出てきたのだろう。「遅くなって、ごめんねッ!!」左の手の平を縦にして顔の前にかざし、頭を軽く下げる。

「ううん、別にいいよ。お帰り」胡桃はいつもと変わらない、ホワンとした優しい表情で綾音を迎えてくれた。小脇に抱えているロボットマンに、彼女がチラリと目をやった気がする。綾音はとぼけて、ロボットを背中の方に隠したのであった。

「すごいね」と胡桃が小さな声で口にした。「え、何が?」問い返すと、「あ・・・ううん、なんでもない」と友達は首を横に振る。ロボットマンを見ての感想だろうか? どういう意味なのか聞こうとすると、胡桃が言葉を遮ってくる。「そろそろ帰らなくていいの? もう6時になるよ?」

「なんですとッ・・・⁈」綾音は飛び上がった。仕事が終わった母親が保育所の辰巳を連れ、そろそろ共に帰ってくる時刻だ。自宅に姿がない上にランドセルが置かれてないのを見たら、禁止されてる寄り道をしたことがバレるし、どこに行ったのだろうかと心配しだすはずである。

「やっべぇ! あたしのランドセル、ランドセル!」綾音は胡桃をまくしたてると、玄関に彼女が用意しておいてくれた荷物を急いで背負い、自宅へ向け走り出したのであった。

どう考えても、間に合わない! アクロイヤーとの初めての戦いで勝利を収めたばかりだと言うのに、綾音は怒るだろう母親への言い訳を考える羽目になってしまったのであった――。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年4月〇〇日◆

『ロボットマンの行方が追えなくなった後、どうすればイイのか分からず、こちらではあちこち探しまわるだけ、右往左往していた次第です。しかも、知らないうちに事件が起きて、知らないうちに綾音ちゃんが解決していたと云ふ。ロボットマン持って帰ってきた時には、みんなして唖然としてしまったよ・・・(-_-;) 事件のこと聞かせられたら、マイケルさんなんか腰を抜かしていたッ・・・( ´艸`)

アクロイヤーに関する情報が入った際の段取りについて私達が綾音ちゃんにきちんと伝えていなかったこと、通信機が妨害されてこちらに連絡できなかったこと、ロボットマンが勝手に自分で綾音ちゃんのところに飛んで行き乗せてしまったこと、これらの不可抗力的な事情も顧みて、今回の彼女の危険な行動は不問に付されることとなりました。

勿論、マックスさんがひと言、「今後は勝手に一人で先走った行動に出てはいけないぞ」と言うお小言はしていたけどね。何にしても、無事で良かった良かった!!( ^^*)

でも、ロボットマンは、何で一人で飛んで行けたのかなぁ(・・? ウェンディも言っていたけど、多分、ロボットマンは綾音ちゃんがピンチになるかもしれないことを感じ取って、力を貸しに行こうって急いで駆け付けたんだと思うの。ロボットマンは綾音ちゃんのことが好きで放っておけないんだよ~キャッ(⋈◍>◡<◍)。♡』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離す。アルティメット整備工場では、異常な動きを見せた原因を求め、アイザック達が目下のところロボットマンを詳しく調査中である。日記に書いたように、どこか夢見る少女のままのアリスは、ロボットマンが愛とか友情の力で動いたと固く信じていたのだった。

 

〔つづく〕