ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第4話・新たなる使命<前編>

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――いわき市のどこか。人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の場所がある。いや、厳密にいえば“空間”と言った方が良いだろう。そこは計り知れない広さを持つ謎の暗黒空間であった。中心部に、仄かにぼんやりとだけ輪郭が金色に光る、球形をした部屋のようなものがある。大きさは分からない。小さいようで大きくも思えるし、その逆であるようにも感じ取れる。

部屋の内側には七色の彩色だけの風景があり、音、光り、匂い、肌触り、ありとあらゆる感覚すべてが歪んでおり、正常さに欠いていた。まともな精神の持ち主であれば、1分もしないうちに頭痛や吐き気に苛まれてしまうような異常さに満ち満ちている狂気の部屋だ。

ふと七色の風景の歪みが収まり、ぼんやりとした金一色に世界が落ち着く。すると、黒い点がじんわりと空間に滲み出て膨らんだ。次第に形になるそれは、黒い体をした悪魔のような姿をした異形の小人となる。頭部には二本の角、胴体を構成しているのは竜の顔のような胸と浮かび上がる肋骨と背骨、右手は大きなボール、左手はかぎ爪、両の足は爬虫類の手足が肥大化したような、すべてが醜い、とても奇形なる姿かたちをしていた。

黒い物体に続くように、すぐそばに緑色の点、銅色の点、が現れる。しかし、これらはそれ以上、変化は起こさなかった。

「アクロ兵の操る、アクロメカロボ6体、量産型バンパイザー1体が連絡を絶った。人間の少女が偶然、我々が利用していたあの山の神社に踏み込んだことから、アクロ兵が追い払おうと勝手に動いてしまった結果だ。どうも周囲をうろついていたらしいミクロマン3体に騒ぎを知られ、交戦となり、すべて破壊されてしまったと思われる」黒い悪魔が喋った。のしかかる様な重みのある中年女性の声で、語感から少し苛立っているのが分かる。

「傷つけず、穏便に、怪しまれないように、我らが“探し求める子”を見つけ出す計画も、徐々にミクロマン達に察知されてきている。しかし、きゃつらのIwaki基地はすでになく、この地から我々を排除する為の大きな活動はいまだ止まったまま。怖るるにたらず。焦らず、着実に、計画を遂行するのだ」緑色の点、理知的な若い女性の声が黒色に言った。

「我らがアクロイヤーの繁栄と未来の為に・・・」と、銅色の点。銅色の声はしわがれた老女のようである。

そう、銅色が口にしたように、ここにいる“3つのもの”こそが、アクロイヤーであった。

「このデモンブラックが、引き続き捜索を続けさせてもらう」黒い小人、アクロイヤー・いわき侵略軍幹部の一人であるデモンブラックが、強い自意識を誇示するように、わざわざ名乗ってみせた。

「我らがアクロイヤーの繁栄と未来の為に・・・!」老女声の銅色アクロイヤーが先ほどと同じ言葉を口にすると、他のアクロイヤー二名が声をそろえて「我らがアクロイヤーの繁栄と未来の為に・・・!」と唱和する。

そして、3つのアクロイヤーの姿がふいにかき消すようになくなると、球形の部屋は再び狂気を帯びた歪んだ七色の色彩に戻った。

ここは、人間もミクロマンも知らない、ミクロの悪魔が棲む“アクロイヤー空間”である。狂気がすべてを支配していた。

 

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――磐城家の綾音の部屋に、3人のミクロマンの姿があった。バンパイザーとの交戦の後のことだ。綾音の計らいで、黄色いミクロスーツのマックスと、青スーツのマイケル、赤スーツのメイスン達は、ここで改めて再会の感動を噛みしめていたのであった。

辰巳はと言えば、母親が迎えに行った保育園の帰り道、母親の用事に付き合っていてまだ帰宅していない。

「10年間眠り続けていたこと、目覚めてからのことは、先に話した通りだ。正直、眠り続けていた間のこと、そして今現在のことはさっぱり分からないでいる。色々と教えてくれないか」綾音の電子ピアノの白鍵盤に立つマックスが二人に問いかける。

「大雑把な性格の俺さまは、こと詳細を話して聞かせるっていうのが大の苦手で、な。すまんがメイスン、頼むぜ」ピアノの黒鍵盤にだらしなく足を伸ばして座り、下唇を突き出すマイケルを見て、メイスンは軽くため息をついた。「自分は、話が、苦手だ」軽く頭を左右に振り、「だから、君が知りたがっていることを、順を追って、簡潔に、頑張って伝える」と、ボソボソと口にしたのだった。

 

「まず、411の日、君がいなくなった後のIwaki基地のこと、だ。アクロイヤー・グリンスターに率いられた、量産型ジャイアンアクロイヤーに、攻撃を受けた。その少し前、仙台支部から応援にたった一人駆け付けたレスキュー隊員の操るロボットマン2が到着。エンジニア・マリオンと共に応戦。たった二人でどうにかできるはずもなく、マリオンは彼のラボ(研究)施設も兼ねていたミクロ・ロケットを起動、ロボットマン2と共に脱出しようとしたようだ。だが、攻撃を受け、グリーンスタージャイアンアクロイヤー並びにロボットマン2を巻き込んで、ロケットが大爆発。水石山上空で、彼らはこの世から消滅した・・・」メイスンは無表情のまま言葉を切った。冷たいわけではない。感情を表すのが下手な性格と言うだけで、仲間の死に心を痛めているのは確かである。付き合いの長いマックスは十分承知していたのだった。

「そうか。マリオン・・・最後の最後までありがとう」マックスは深く何度も頷く。

「411のことは了解した・・・。ところで、他に誰もいなかったと思うのだが、その時の出来事はどうやって知りえたんだ?」マックスの疑問に、マイケルが口をはさむ。「Iwaki基地をあとから調べに行った仲間連中がよ、ボロッボロの基地の、外部監視カメラの一部がまだ生きてたことに気が付いてな。部分的にしか映ってないが、録画データが残ってたって訳さ。形見にデータ・コピーは持ってる。いま観るか?」「そうか。いや、今はいいよ」マックスは観るのが辛い気がした。

 

話が苦手と言いつつも、今は重大な役割を担わされていると、メイスンは努力して話を続ける。「311を境に、我々の通信機器やレーダーが異常を起こしたこと。これについては、その後、調べが付いた。言わずもがな、アクロイヤーの仕業だ。我々が使う電波を狂わす、アクロ妨害粒子とも言うべきものが、やつらによって作られ、広く散布されたのだ。

厳重な防衛網が張り巡らされている、富士山麓本部、東京、仙台、名古屋、大阪と言った大型支部についてはさすがに手が出せなかったようなのだが、いわき支部を含む、地方小支部周辺は、完全にターゲットにされた。

それはいまだに、電波障害を起こす効果を発揮している、恐るべき粒子だ。本部が総力をあげ、科学的に排除を試みたが、うまくいかず、結果、ミクロマン通信機器とレーダーは、影響を最小限に抑えられる新型が開発された。100%障害をまぬがれるとは言い切れないのだが、今はそこそこ使えるその新しいものにすべてが入れ替えられ、使われてる次第だ。

日常使用されているチャンネルについても、従来のものは長年使われ続けていたことからアクロイヤーに傍受される可能性が懸念されたこともあり、新型導入に合わせ、やはり使用をすべて終了。まったく新しい、やつらが想定できないようなものをチョイス、今は使われている。

勿論、いまだ宇宙を彷徨っているかも知れない仲間、地球のどこかに落ちても復活できずにいる古くからの仲間とやりとりする為のチャンネルや、311・411の出来事から大けがをし、カプセルに救助されたらしいが行方不明のままの仲間が発信しているだろう、以前までの救助信号等は、そのまま送受信できる態勢は取られている」

マイケルが空をツンツンと何度か指さす。「この間、ダンナが山の中や隣県に行っても、以前通り通信できなかったと言うのは、その為さね。レーダーや通信機は壊れたのではなく、重度に妨害されていた。で、ダンナの知っている、かつてのチャンネルは、人間のアナログ放送のように現在使われておりません、って訳だ」

 

話すことが苦手なメイスンは段々と疲れてきてしまったようで、急に口を閉ざすと、何も話さなくなってしまった。それを見て、「お疲れちゃん、メイスン。続きは俺が話すぜ」と、マイケルが身を起こし、表情を真面目なものに改めた。

「次は、俺たちの大切な仲間、ミラーのことだ」口調が重くなったマイケルに、マックスは顔をこわばらせる。M12Xチームにはもう一人、緑色のミクロスーツを身にまとうミラーと言う仲間がいた。彼は311の戦いで行方不明となり、マックスが知る限り411のあの日まで発見されていなかったのだ。

「残念ながら、やつはいまだに行方知れずのままだ」マイケルは少し沈んだ顔になる。「だが、ミラーのカプセルが緊急出動し、そのまま見つかっていないことからも、死んだとは言い切れない。ダンナ同様、まだケガを癒している最中なのかもしれないし、綾音が見つけてくれたように、安全な場所に出てこれないままなのかもしれないからな」気を取り直したように綾音を見て、ウィンクしてみせるマイケル。

 

ずっと黙って聞いていた綾音は、自分の名が出てきたのをきっかけに、口を開いた。「あの、話を聞いてて、質問あんだけど」「なんだ?」マイケルが綾音の方に体を向ける。「アクロイヤーが電波を妨害してたなら、どうしてカプセルはマックスとか、そのミラーって人のピンチをキャッチして助けに行けたの? デンパショーガイってやつが邪魔してたのに。あと、安全な場所に出てこれてないと、と言うのはどういう意味?」

マイケルは綾音の机の隅に置かれていたマックスのカプセルをあごで指した。「カプセルはピンチの電波をキャッチするんじゃない。生体オーラ感応装置ってやつが中に入ってて、持ち主の生体オーラに反応する仕組みになってるんだよ。それは“電波”とは違う仕組みだ。死にそうな生体反応になると、その“オーラ”をキャッチするんだな。だから、電波障害の影響は受けないって訳。

で、安全と言うのは、そのまんま。土中や水晶の中に閉じ込められていたらカプセルを開くことはできないし、例えばどのような生物も一瞬で即死してしまうような毒ガスの中にカプセルがあったとして、安全を第一とするカプセルがご主人様をそんなところにおっぽり出したらまずいだろ?」

「ああ、うん」それらの光景を想像する綾音。

「だから、カプセルが持ち主を外に出しても大丈夫かな、と周囲をスキャンして調べて、まぁここなら出してもいいだろうって思える場所でないと出さないし、中にいる人物も出してもらえないまま眠り続けることになるって寸法だ」

綾音は三崎公園でマックスを見つけたあの日のことを思い出していた。「スキャン・・・マックスが出てくる前、あのカプセルがピカって光ったり、ピーピーって電子音みたいのがしたのが、そうかな?」「それ、だ。綾音たちや部屋の様子を見て、カプセルは大丈夫だと判断したんだ。ピカっと光ったのは、ついでに太陽光を吸収、エネルギーに変換したんだろうな。カプセルは周囲のエネルギーになりそうなものを吸い込む装置も搭載されているんだ」マイケルはまるで偉い教師になったかのようにふんぞり返り、腕組みをして、大げさに首を縦に振って見せたのだった。

 

「綾音、きみは、鋭いところをついてる」話すのに疲れてしまっているのに、メイスンが自ら話し出した。「付け加えて言うと、カプセル自体は、微弱ながら救助信号を、電波で出す仕組みも持っている。なぜ微弱かと言うと、生命維持装置や生体オーラ装置と、電波装置は非常に相性が悪く、強い電波を出すものは搭載できないんだ。強いと、生命維持装置の機能を狂わせたり、生体オーラ装置の感度が非常に悪くなってしまうんだよ」

綾音はこの間、学校の保健の先生が話していたことを思い出した。「あれかな・・・病院の中の機械のそばとか、ペースメーカーをつけてる人のそばで、スマホとか電波が出る機械を使っちゃいけない、使うと機械が狂う、というのと一緒?」「その通りだ」メイスンはマックスに目をやる。「マックスやミラーのことを、我々は、折を見てずっと捜索していた。だが、救助信号の弱さの上に、アクロ妨害粒子の為、信号をどうしてもキャッチできずにいたんだ。電波を感知する機器を新型に交換しても、その辺は昔の物と大して変わらないまま・・・」

 

「アクロ妨害粒子、か。まったくやっかいな発明をしてくれたもんだ。でも、と言うことは、先日、隣県に赴いた時、救助信号の方を出していれば、皆にこちらの電波を拾ってもらえたのかも知れないなぁ。隣県に行ったら機械が正常に動いたから、各基地との連絡チャンネルばかり合わせてしまって、そこまでは思いつかなかったよ・・・」マックスのぼやきが、やけに重苦しい口調だったので、他の三人は気になり目をやる。

いつの間にかマックスは青白い顔で黒鍵盤に腰かけていた。「マックス、なんかメチャ顔色悪いよ。具合でも悪いの⁈」綾音が心配すると、「ちょっと力を使いすぎたようだ・・・」と、マックスが顔を手で覆った。

「さっきの話からして、ここんところ休まずメカの修理をしたり、さっきも超パワーを使ったんだろ。疲れない方がおかしい。今日はもうカプセルで休むんだ。続きは明日にしよう」疲れの色が濃厚な仲間を、青と赤スーツが労わったのだった。

 

――翌朝、綾音は目を覚まして驚いた。ベッドに潜り込んだ後の記憶がまったくない。あんなに怖い思いをした後、再会したミクロマン達の様子を見て己も感動し張り切って彼らのシリアスで難しい会話に参加したのだ。疲れない方がおかしいと言うものだろう。泥のように眠るとはこのことかと綾音はひとり納得したのだった。

部屋も寒いし、もう少し寝ていたいと言う気持ちはあったが、ミクロマン達はどうしているのだろうかと気になり、綾音はベットから飛び出す。学習机を見ると、青スーツのマイケルがひとり伸びをしていた。「おはよう」と声を掛けると、「よっ!」とマイケルが快活に挨拶を返してくる。

「他の二人は?」綾音の質問に、マイケルはみっつ並んでいるカプセルに近付いた。ひとつは元からいるマックスの物。他のふたつはマイケルとメイスンが昨夜、話が中断した後、近辺のどこぞかに置いていたものを回収(?)、綾音の家に運び込んで来た自分達の物である。

マイケルが寝ている二人の、カプセル表面にある状態表示パネルを確認した。「マックスはさすがにエネルギーの使い過ぎで、パワー充電中。おそらく今日一日は起きれないだろうな。で、メイスンは・・・」

赤スーツのメイスンのカプセルの前で「な、なんだって⁈」とマイケルがのけぞる。

 

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「ど、どした⁈」何事かと綾音。

マイケルは足元のメイスン・カプセルを指さしながら、「こいつもパワー充電中だってさ! 柄にもなく喋りすぎてエネルギーを大量消費したらしい!」と、カプセルが持ち主のバイタルチェックをして導き出した、パネル上の状態異常の説明内容に吹き出したのだった。

「あんなにメイスンが話をしたのは、俺も初めて見たかもしれない。相当ムリしたんだろうなぁ~、可哀想になぁ~」

自分がそう仕向けたくせに、すっとぼけて見せるマイケルであった。

 

――学校に遅刻しないよう急いで身支度を整える綾音。それを眺めていたマイケルが頼みごとをしてきた。「おい、綾音。頼みがある」「なに?」「今日、お前の学校について行ってもいいか?」「は? なんで?」マイケルは腰に手を当てた。「詳しいことは、マックスが目を覚ました時に説明するが、いま、いわき市の小学生たちが、アクロイヤーの謎のターゲットにされているんだ」綾音は、奈月のことと、自分が経験した山の神社の出来事を思い返す。

「ここ最近、アクロイヤーの先兵が、密かにいくつもの学校をうろついてることが分かってきている。実は先日も、バンパイザーが君の学校を調べていたのに遭遇したばかりなんだ」「えええっ、そうだったんだ⁈」「マックスが倒したのがそいつだったと思われる。でも、昨日のあれで大人しく引き下がるやつらじゃない。もしかすると、今日にも何かするかも知れない。オレ一人で潜入しようと思えば出来なくもない。ただ、こうして知り合えた君のランドセルあたりに潜り込ませてもらって中に入れば、余裕のよっちゃんで入れるだろう? 学校を一応パトロールしようかと思うんだ。それに、ふたりは今日起きないだろうし、一人でお留守番って言うのもあれだしな~」

「うん、うん。そういうことなら、全然了解です!」綾音はマイケルをさっと肩に乗せると、彼の愛機であるニュー・ビームトリプラーをランドセルの隙間に忍び込ませたのであった。

 

「行ってきまぁす!」綾音が外に出ていくのを、保育園に行く準備をしていた弟の辰巳が見送った。よく見ると、姉の肩にミクロマンが乗っている。でも、あれ? 黄色いミクロスーツではなく、青いスーツだ。

「変だなぁ? マック、着替えたのかな?」と辰巳は首を傾げたのだった。彼はまだ、マックスの仲間たちが自分の家に来ていることを知らない。

昨夜の流れが流れだけに、綾音はマックスが元気になってから新しいミクロマン達のことを辰巳に教えようと思ったのである。

 

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「綾音、アクロイヤーなんかにビビるこたぁないぞ!」登校路を進む少女の左肩の上、彼女の髪につかまりながらマイケルが力強く言う。

「う、うん」綾音がアクロイヤーを思い出し、怖がっているのをマイケルは察した。

「大丈夫、俺さまがいわきにいる限り、君や子供らのことはしっかり守ってやる! 特に今日は俺がボディーガードだ。お前はしっかり勉強して、しっかり給食を食べろ! ガハハハッ!!」

豪快に笑うマイケルに、綾音はマックスとは異なる頼もしさを感じ取っていたのであった。

 

〔第4話・新たなる使命<後編>に、つづく〕