ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<後編>

 

午後3時過ぎ、いつもの様に学校が終わった。校舎を後にした綾音は自宅の方には向かわず、無言のまま学校の西側の方角へ向かう道路をひたすら歩いている。彼女の足元には一匹の黒い子猫、そう離れていない上空には一匹の鳩が飛んでおり、同伴するかのように同じ方向に向かっていた。

 

この日の朝、登校すると、綾音のクラス並びに同学年の子供達は、高野胡桃の噂でもちきりになっていた。誰かが仕入れてきた「昨日の夕方、買い物に一人で出掛けてから戻らず行方不明になっているらしい。家族は警察に捜索願を出して一緒に探しているらしい」と言う情報が瞬く間に広まっていたからである。

 

家出したのではないか?

迷子になっているのではないか?

怪我をしてどこかから帰れずにいるのではないか?

人さらいに誘拐されたのではないか?

 

・・・いや、きっと、変質者に殺されてしまったのだ・・・

 

勝手な憶測がいくつも囁かれ、遂には本当かウソかわからぬことを断定的に言いふらし出す子供まで出てきてしまう始末。それを見て、クラスの女子が心を痛め担任に伝えると、校長と担任が一時間目の頭を使って懇切丁寧に、胡桃の両親や警察から学校サイドにあった連絡内容を交えて説明してきたのであった。

「どのような事情からなのかはまだ分かりませんが、高野胡桃さんの姿が見えなくなっているのは事実です。いま、ご両親と警察の皆さんが一生懸命に探しているので、早く見つかるのを祈るばかりです。どうしてこの様なことになったのかは、まだ誰も分かりません。警察の方々がちゃんと調べてくれ、報告もしてくれるはずです。だから、無意味に想像話をしたり噂話を広めるようなことはしてはいけません。ありもしない想像は、高野さんやそのご両親、そしてお友達である皆さんすべての心を傷つけることだからです」

 

もっともらしいその説明を、綾音は半分も聞いていなかった。昨夜、高野家から来た電話から感じた嫌な予感は的中したのだ。そして、あの悪夢も、もしかすると当たっているのかも知れない・・・。

自分の親友は、家出したのでも、迷子になったのでも、変質者に殺されたのでも、ない。アクロイヤー神隠しに遭った可能性が高いのだ。夢にそう出てきたから、と言うだけで、確たる証拠はない。ただ、絶対にそうだと言い切れるほどの“嫌な予感”――確信が綾音の中にはあった。

胡桃の両親や警察は彼女の居場所を突き止め、救出できるだろうか? いや、無理だ。さらった相手はアクロイヤーなのだ。仮に居所を探し出せたとしても、大人とはいえ普通の人間、ミクロマンも手を焼くアクロイヤーの脅威には太刀打ちなどできないだろう。

「・・・親友であり、人々の知らない事情を知っているあたしが、胡桃ちゃんのことを探さなくてはならない・・・」

でも、どうやって? あの夢が昨日、現実に起きた出来事を知らせるものだったとして、出てきた風景はどこだろう? 今思い返してみると、いつかどこかで見かけた風景な気もするが、具体的な場所までは思い出せなかった。

夢の出来事が現実だとするのならば、アクロイヤーの手先と胡桃は、お互いに予期せぬ災害に見舞われたのだ。防空壕の地面が崩れて出来た穴に滑り落ちた。その後のことは分からないが、胡桃が誰にも発見されていないこの現状からして、おそらく出てこれない状況になっており、助けを求めているように思えてならない。

「そうだ、穴が深くて出てこれないとか、怪我して這い上がれないとかで、決して死んでしまっているようなことにはなっていない・・・!!」最後のくだりは完全に綾音の想像であったが、必死に自分に「そういうことなのだ!」と言い聞かせていたものである。

モヤモヤする気持ちのまま時間だけが過ぎていく。授業などさっぱり身が入らない。そして昼休み時間のこと。綾音のピンクのスマホにLINE通知が届いた。陽斗からだった。

 

陽斗『こんにちは、綾音さん。“神隠しがやってくる”に関係する話かどうか分からないけど、LINEの友人達から先程、おかしな情報が入りました。

ひとつ目。どうやら綾音さんの学校の女子が昨日の夕方どこかへ出掛けてから帰らないでいるらしいです。知ってた?

ふたつ目。綾音さんの学校の西側(?)、それほど離れていないところに、周りを低い山に囲まれた、ほとんどが田んぼばかりの場所があるらしいんだけど、昨日の夕方、そこの農道をピンクのカーディガンを着た女の子が、ふらふらしたおかしな足取りで歩いていたらしい。関係あるのかなぁ?』

 

メッセージを読んでいる途中から、綾音は己の脳裏に、すっかりと忘れ去ってしまっていた目にしたことのある風景の記憶がまざまざと呼び起されてくるのを感じ取っていたのだった。随分と前のことなのだが、綾音は自転車に乗れるようになった頃、友人たちと街中や外に広がる田園風景の田舎道を走り回って遊んでばかりいたことがある。自転車を運転できるようになって面白くて面白くて仕方なかったのだ。

「あの時だ・・・!」夢に出てきたのとそっくりの場所を走ったことがあったのは。それこそは陽斗が知らせてくれた学校の西の方角にある低い山に囲まれた農業地帯なのである。

少女は「情報ありがとうね、恩に着るよ!」とだけ返信すると、スマホの画面を消したのであった。

綾音は学校が終わると、護衛であるジャガーとハリケンバードを呼び出し、共に早足で西に向かって歩き出したのである。

 

そこはまさしく夢の中に出てきた場所であった

綾音の向かった先は、行き止まりと言う訳ではないのだが、田んぼの持ち主である近所の農家の人間が行ったり来たりするだけの場所で、ほとんど人通りがない。周囲は緑豊かな小さな山々に囲まれており、広がるのは田んぼばかり。人家も見えるが、ぽつらぽつらとあるだけ。農道から外れた先には、途中から山の木々に融合してしまっている深い竹林もある。そこはまさしく夢で見た風景と一致する場所であった。

学校から歩いて、時間にして30分程である。どこを捜索しているのかは知らないが、胡桃の両親や警察官の姿はどこにもない。

 

 

綾音は竹林の手前まで来ると一度立ち止まった。よく見ないと分からないが、竹の生い茂る林の中に、使われなくなって久しい小道があるのが見て取れる。夢と同じく、枯れ葉の絨毯が敷かれ、竹があちこちに伸びてきている小道だ。

何処をどう見ても、夢の世界の光景と一致する。この奥に、窪地があり、防空壕があるはずなのだ。そこに、胡桃と、おそらくアクロイヤーがいる・・・!

綾音はゴクリと唾を飲み込み、両手を握りしめると、奥へ奥へと伸びる枯れ葉の絨毯に導かれるようにして竹林内部へと進み始めたのであった。

親友は絶対に生きているし助け出さなくてはならないという使命感、親友を罠にはめて誘拐したアクロイヤーに対する激しい怒り。怖い気持ちがないわけではなかったが、心臓は高鳴り、全身の血が沸々と熱く煮えたぎるような感覚がしてくる。彼女の中に存在する正義感が大爆発しそうになってきていたのだ。

 

――同時刻。磐城家、綾音の部屋。

アルティメット整備工場内、ロボット整備区画に鎮座していた超高性能万能型ロボが突如として起動音を上げた。通常ではない綾音の生体オーラ反応を感知、自律行動プログラムが動き出したのである。ロボットマンから指令基地に遠隔操作がなされ、綾音の部屋の窓ならびに工場ロボット発進口シャッターが開かれた。

「それ来たぞ!」相も変わらずミクロ・ワイルドザウルスの大修理に取り掛かっていたマックスとアイザックがロボットマンに振り返った。両の腰と足裏からジェット噴射音を立てて、巨体が外界に飛び出していく。

 

 

「綾音にまた何かあったんだ! アイザック、出来る限り、ロボットマンを追跡してくれ!」「了解である!」マックスの言葉にアイザックは手際よく左腕前腕部に取り付けられた小型コンピュータを操作し、追跡装置から発せられるデータの確認を開始する。

一方、マックスは、腕の通信ウォッチで指令基地内のアリスを呼んだのであった。「アリス、パトロール中のマイケルに通信を入れてくれ。ロボットマンが出撃した、アイザックからそちらに追跡データを送ってもらうので可能ならそのままロボットマンを追いかけ一緒に綾音のもとに行って欲しい、と伝えるんだ!」

 

 

――竹林は思ったより奥行がなかった。綾音はあっという間に崖上にたどり着く。密集して生えている太い竹の陰にこごまって隠れながらそっと眼下を覗くと、夢と同じ形をした狭い空き地の様な窪地と大きな防空壕があった。穴の入り口付近には、アクロメカロボ1体、アクロ兵1体、そして真っ黒い色をしたカニのような姿のロボットがいる。目視できないほどの距離ではないし、何より視力の良い少女であったので、小動物や虫などを見間違えているわけではない。

メカロボとアクロ兵は直立不動の姿勢で立っているのだが、カニだけは横歩きで左右にあちこちうろつき回り、ブツブツ独り言を口にしていた。しかも、かなりの早口である。

「どうしよう、どうしようダッチ! うまくランドセルに潜り込んで家までついて行って、ひとり買い物に出たところで催眠術にかけてここまでうまく連れて来れたのに、いきなり、まさか、こんな超アクシデントに見舞われるとは、ボクちゃんは本当についていないザンス! いつも必死に間違いが起きないようにって悩みに悩んで考え行動しているのに~ぃ! 本来なら誘拐してきてすぐに検査を行わなければならないのに、もうそれどころではない事態になっちまった。“探し求める子”ならデモンブラック様にすぐ引き渡さなくてはならないし、もし関わりない子なら早く帰さなくてはならないのに、もう一晩も経ってしまったダッチよ。なんてこったい、もう言い訳が絶たない! それに、娘を引き上げたくとも、この人数では~・・・」

カニはアクロメカロボにすがりつき、「不運に襲われて大変なんです、こうなった場合どうしたらいいですか、応援よこしてください・・・なーんてデモンブラック様に報告したら、きっと『役立たずは消すしかないねぇ~!!』とか言われて、ボクちゃん絶対に処刑されちまうダッチよ! もう、どうしたらいいザンスかーっ!」と泣き言を口にし出す始末。しかし、自律型ではないメカロボやアクロ兵は何か答えたり励ますようなことは一切せずに黙りこくっているだけだ。

「ンもう、お前ら、なんも話せなくて、相談相手にならないダッチ! ボクちゃん、ひとまず寝っぱなしのあの子供の様子を見てくるから、ここを見張ってるんだぞ!」カニは落胆した面持ちのままヨタヨタした歩みで防空壕の中に消え去って行ったのであった。

 

独り言で、今までの流れ、そして今起きている状況や自分の気持ちをすべて説明してしまっている。明らかに昨日の下校時のカニ騒ぎはあいつが起こしたもので、ここのリーダー格を務めているのもあいつなのだろう。周りを気にせず、心に思っていることをベラベラと口に出すことで自己納得や安心感を得る、自分本位な性格なのだろうか? どうであれ、ここにミクロマンの仲間であるあたしがいると言うのに、全情報をアナウンスしてしまうとは、間抜けと言うべきか、哀れと言うべきか。綾音はさすがに呆れ返った。アクロイヤーにはあんなおバカさんもいるのか・・・。

ずっと様子を窺っていた綾音は、窪地から発見されぬよう身をかがめたまま、そっと後退したのだった。マックスとの約束を思い出し、通信を入れることにする。ミクロ・ウォッチからはサーッと言うノイズ音が聞こえてくるだけで、やり取りすることは不可能であった。ここに濃度の高いアクロ妨害粒子が撒かれていることは想像に難くない。頭に血が上っていたこともあり、ここに来る前に通信を入れることはすっかりと忘れてしまっていた少女である。

「ミスったかな。でも、このままここを離れるのは嫌。そうだなぁ・・・ジャガー、ごめんだけど、逆戻りして通信できそうな場所からマックス達にこちらのことを伝えてくれない? 応援に来てもらってよ」綾音の考えに、ジャガーは心配そうな目で首を傾げて見せる。「あたしはここでやつらを見張ってる。大丈夫、この間みたいにムチャはしないからさ」そう言われるが、主人から視線を外さないジャガーだ。目元が、ちょっぴり主人の言葉を疑っている色をしている。

「マジ、お願い!」手を合わせられ、黒豹は仕方なしにくるりと身をひるがえすと、命令通りにいま来た道を音もなく凄いスピードで逆戻りしていったのであった。

姿が見えなくなってから、綾音は「ミクロ・チェンージ!」とコマンドを口にし、ミクロ・ウォッチの力でミクロ化した。小さくなっただけではない。時計に仕掛けられたパワーにより、大人の女性ミクロマン――スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう姿格好となる。

ジャガー、ほんとゴメンだよ」綾音の口にしたこの二度目のゴメンは「ムチャはしない」と口にしたことがウソであったことを謝罪するものであった。アクロイヤーがウロウロしている中に親友がいるのだ、一分一秒を争う事態である。今すぐにでも動き出し、どうしても助けなくてはならない。それが親友である自分の役目、為さねばならぬことなのだ。

鳥型のハリケンバードの方を残したのには、彼女なりに考えてのことであった。防空壕前には見張りがいる。窪地には隠れるような場所は見当たらなく、歩いて降りて行っては見つけてくださいと言っているようなものだ。それならば、空を飛べる仲間がいた方が何とかなるかも知れない。また、夢の光景では開いた大穴は大きく、急斜面になっており深さもそれなりにあったように感じた。あそこを降りていく手段も、飛行であった方が得策なのではないか? そう見越したのである。

彼女はもう一度崖のそばの竹の陰まで戻り、背負っていたランドセルを降ろすと、そっと下を覗き込んだ。二体のアクロイヤーの配下は、防空壕の端と端までわかれて各自見張っている。綾音は草むらの陰にミクロ化したランドセルを隠すと振り返り、鳩の姿を解除し、赤いボディの猛禽類型ロボット鳥の姿となったハリケンバードを見た。

「さて、まずはどうしますかね?」少女は腕組みをすると、今度は視線を落とす。

ハリケンは微かに首を傾げ、命令を下す主人たる綾音をジッと見つめるばかりだ。

 

「・・・ん?」どこか遠くから、何かがこちらに向かって飛んでくる音がする。ジェット噴射音だろうか。「何者?!」と、少女と鳥が音のする竹林の入り口の方に振り返ると、竹の幹を避けながら、見たことのある雄姿がこちらに近付いてくるのが分かった。

「ロボットマン?!」おそらく窪地の一団に気付かれぬようと配慮したのだろう、超高性能万能型ロボットは、わざと崖から離れたところでそっと地面に着地した。

綾音とハリケンが近寄ると、パワードーム(胸部コクピットキャノピー)がひとりでに開く。中には誰も乗っていない。前回同様、光の束が浴びせかけられると、綾音は問答無用で中へと吸い込まれてしまったのであった。

「ロボットマン、力を貸しに来てくれたんだね! あんたが一緒なら百人力だよ!」感謝の言葉を伝える綾音だが、それに対しては何も答えない万能型ロボット。やはり前回同様、この後は、うんともすんとも動きを見せなくなる。綾音は再度、コクピット内で腕組みをすると、しばし思案したのだった。

綾音は「よし!」とひとり頷くと、ロボットマンをハリケンに向けた。「皆で力を合わせて、胡桃ちゃんを助けよう。ハリケン、考えがある。ロボットマンを運んで空を飛んでよ」

ハリケンは首を傾げた。そして、右の翼(右手?)でロボットマンを指すと、そのまま両翼を広げて見せる。「言いたいことは分かってる。本当ならボットマンは飛べるんでしょ? 漁網倉庫の件の後、改めてマックス達に聞かされて分かってるよ。でもさ、あたし、飛ばし方、わっかんないんだよねぇ~」ハリケンは肩をすくめると、次に綾音の頭を指差した。「皆まで言うな。操縦者の考えを読み取って動くのも知ってるって」

綾音は口を一文字に閉じると、酷く真面目な表情になり、コクピット内から空を仰いでみせた。右手は天を突くように上に向け伸ばしている。何を念じているのかは言うまでもない。「ダメだ! 飛べん! 意思もへったくれもない、あたし飛んだことないから、飛ぶと言うイメージが浮かばないんだよッ!」ハリケンは嘴をあんぐりと開けたのであった。

 

――パイロットが「この様な動きを取らせたい」と思う意思を読み解き、そのまま巨体の動きにトレースさせるシステムを持つのがロボットマンである。ここで言うところの意思とは、操縦者の経験に基づく己自身の運動の動きだったり、または出来そうだと感じている身体の動きを“心にイメージしたもの”を指すのだが、そこには“空想上のイマジネーションにおけるアクション行為”も含まれるものだ。代表的な例が“飛行”である。仮に飛べない者であったとしても、“飛ぶと言う行為を己が行っている姿を空想する”ことで、本人には有り得ない飛行を、代わりにロボットマンに行わさせることが出来るのだ。この優れた意思反映システムを搭載していることこそが、「乗り手の思うがままに動く他に類を見ないスーパーロボット」と言われる所以なのであった。

なので、本来ならロボットマンは綾音の空飛ぶイマジネーションを読み解き飛べるはずであった・・・のだが、変に現実派の少女であったが故、「人間とは飛ぶ様にはできていない、飛ぶとは果たしてどういう感じなのか?」とかしこまって悩み考えすぎてしまっていることが原因となり、ロボットマンを飛ばすことが出来なかったのである――。

 

「どのみちジェットで大音立てて飛んで行ったら即バレするから、ダメだと思う。敵の数も分からないし、第一、人質同然の胡桃ちゃんが今どういう状況にあるのか分からないから下手に騒ぎ立てるのはまずいっしょ? だからね・・・」彼女は思いついた作戦をハリケンに耳打ちしたのであった。

 

――崖下の窪地はほんとうに小さな空き地だ。横幅10m未満と言ったところか。防空壕の入り口の広さは4~5mほど。穴の両サイド付近に、シャレコウベを模したアクロメカロボと、骨格標本のような姿のアクロ兵が見張っている。2体の悪魔の使いは、それぞれ周囲の竹林に目を向けており、その時、お互いの間にある空間や真上の方までは見ていなかった。

彼らは気が付いていない。窪地とその周囲から物音が消え去っていることを。つい先程まで鳥のさえずりや虫の音が聞こえてきていたはずなのに。

自然とは正直だ。いつもと大きく違う空気の変化を感じ取れば、身を潜める習性を持っているのである。この時の変化は、狩人が獲物を狙う時の殺気の登場、であった。

 

アクロ兵はふと何かの気配を感じ、振り返ろうとした。その時、いきなり何か巨大なものに体を背中側から瞬間的に鷲掴みにされ、自分が空中に連れ去られたのを知る。無理に首を捻ってなんとか後ろを確認すると、巨大な銀色のアゴと首と思わしきものが目前にあった。内蔵されたコンピュータがインプットされているデータ情報から照合するものを探し出そうとする。が、照合結果が出るより早く、何も出来ずに彼は動きを完全に停止させることになったのだった。アクロ兵は首の持ち主である巨人の巨大な両手により、頭と胴体を完全に握りつぶされてしまったのだ。

時間にしてほんの一瞬の出来事であり、耳に入ってくるような大きな物音は一切何もしなかった。

 

窪地のアクロメカロボは、自分が任せられている側には特に異常がないままなので、別の方角も確認しようと顔を横に振った。角度からして、もう一方の側の見張りであるアクロ兵も視線に入ってくるはずであったが、いつの間にやら姿が見えなくなっているではないか。勝手に持ち場を離れようはずがない。だが、別の場所へ移動すると言う連絡通信も受けてはいなかった。どうしたことだろうと彼の電子頭脳が分析しようとする。

瞬間、いきなりスーッと何かが空より近づいてくるような気配が背中の方でしたことに気が付いた。メカロボは右旋回する形で後ろを向こうとする。そうやって向き終わるか終わらないうちに、何か巨大なものにそっと抱きかかえられて彼は宙に浮かんでしまったのだった。

抱きしめてきた者と密着しすぎていて相手の全体像が分からない。赤い胸の様なものは見えている。アクロ兵同様、見える範囲の情報でデータ照合を行うが、答えが出る前に彼は巨大な者の、白い両腕の凄まじき怪力たる抱擁を受け、胴体であるシャレコウベがひょうたん型に醜くひしゃげつぶされ機能を停止、息絶えてしまったのであった。

これも同じく時間にしてほんの一瞬の出来事であり、耳に入ってくるような大きな物音は一切何もしなかったものだ。

 

窪地とその周囲に、音が戻った。鳥のさえずりや虫の音が聞こえ出したのだ。

自然とは正直である。場の空気が何も問題ない平和なものになりさえすれば、その気配をすぐさま元通りに戻すのだから。

 

――カニサンダーは、下に向かって開いた巨大な大穴の底、砕け、崩れ落ち粉々になった岩々の被害が及んでいない、平たい岩肌が地面に広がる一番奥の壁際にいる。地面は、防空壕の入り口から約3mほど低い状態になってしまってはいるが、開口部よりなんとか外の光が届いており、何も見えないわけではない。

カニサンダーの前には一人の少女が横たわっている。薄ピンク色のカーディガン、赤いチェック柄スカート姿の胡桃だ。彼女は意識を失っているのか、はたまた寝ているのか、スースーと寝息を立てている。

彼の本来の計画では、この人々に忘れ去られた竹林奥の防空壕跡を拠点とし、該当する子供たちを催眠術にかけては次々にここに連れてくる算段になっていた。それが一人目の子供であるこの少女を連れてきた時のこと、いきなり防空壕の地面が崩れたのだ。想像でしかないが、おそらく防空壕の下にたまたま大きな空洞があり、それが浸水やら地震の影響を長きに渡り受け続けたことから、地面――下側から見れば天井――が脆くなっていたに違いない。運なくまさかのこの時に崩れてしまったようなのである。

「色々と注意して行動してるはずなのに、なんてボクちゃんはついていないんダッチ・・・」己の不運を嘆く黒いカニロボ。先日、このアクシデントが訪れパニックに陥った以降、彼はあれこれとどうすべきか悩んでいたが、こうしているのはもう限界だ、兎にも角にもこの少女をなんとかして外に連れ出し、とっとと帰してしまわないことには事態が更に悪化することになる、早く手を打とう! と今まさに決断していたところである。

「おい!」岩陰に声を掛けると、一体のアクロメカロボが暗がりからヌッと顔を出してきた。見知ったはずのシャレコウベの顔に、一瞬ギョッとする憶病な黒カニ

「お、お前、すまんが外のふたりを呼んで連れて来てくれないかダッチ。ボクちゃんたち、ここで全部で4人いるわけだから、なんとか全員で協力して持ち上げるなり、担架作るなりして、子供を外まで運ぶザンス・・・無理な気がするけどぉ・・・やらないといけないしぃ・・・」最後は完全に心が折れている泣きそうな声だ。

アクロメカロボは短い右腕で敬礼すると、これまた短足の脚でひょこひょこと外に向け歩いて行ったのであった。

「まったくもって人数調整も失敗したダッチ。下手に大人数で動いて人間にばれたらヤバいと計算して少人数にしたのが、仇になった・・・」ああ、あんなに考えに考えて決めたことなのに、こうなってしまうと逆に手がたらな過ぎだ。どうやったらうまく少女のことを上に引き上げられるだろうかと、カニサンダーは闇の中に輝く光る出入口に目をやる。

崩れた場所は、上の出入り口まで急な坂道になってしまっており、いくら相手が小さな子供と言っても少人数であそこを引き上げるのは至難の業だろう。彼は、深い深いため息をついたのであった。

 

3分・・・経過。

5分・・・経過。

7分・・・経過。

 

カニサンダーは小石に座って待ち続けていたのだが、待てど暮らせど部下たちは一向にやってこない。いつしか彼はイラつき、四本の足を貧乏ゆすりでガタガタとさせていたのだった。出入口との距離は50mも100mもあるわけではない。目と鼻の先なのだ。すぐに戻って来れるはずだろう。

「ん、もうッ!」カニサンダーは待ちきれなくなり、鼻息も荒く、出入口に向かって横歩きをし出したのであった。どうしてこう思い通りにならないと言うか、不安になると言うか、マイナスな思考に輪をかけるような展開ばかり起こるのであろうか。またまた深ーいため息をつく。

「よいしょ」と声を出しながら途中の大岩をよじ登り、向こう側に降りた時のこと。

「ヒュッ!」と自分の真横を何かがすごい勢いで横切ったかと思ったら、「グワシャッ!」と乗り越えてきた大岩にそれがぶつかり巨大な激突音を立てたので、彼は腰を抜かさんほどに驚いた。

何が飛んで来たのだろうと右横を見ると、岩に蜘蛛の巣状のヒビが走り、中心にひしゃげた大きなものがもたれ掛かっている。

「ヒッ!」カニサンダーは小さく悲鳴を上げた。それは全身がまるで雑巾を絞ったかのような形に歪んでしまっている、先ほど出入口に向かわせた部下であったのだ。機能は完全に停止しているようで身動き一つしない。とても信じられない壊され方である。彼は一気に血の気(?)が引いた。黒いはずのボディがどうしたことか真っ青な色に変色していく。

悲惨で哀れな姿に変わり果てたアクロメカロボが飛んで来たと思われる出入口方向を青ざめながら確認するが、動くものは何もない。外からは鳥のさえずりなどが聞こえてきているが、防空壕内は静まり返り、やってきているはずの他の二体の部下の気配も一切感じ取られなかったのであった。

関係ない者がたまたまこの状況に居合わせたとしても、怖いほどである。人一倍憶病な彼だ、それを上回る恐怖に包まれていたのであった。

カニサンダーは鳥肌(?)が立つ中、一生懸命に出入口方面を端から端まで何度も何度も再確認した。でも、やはり、誰もいない。「な、な、な、なんザンス・・・??? ど、ど、ど、どういうことダッチ・・・???」カニサンダーはゴクリと唾を飲み込むと、ガタガタと震えながら、背中を岩に押し付けたのであった。頼れるものが欲しかったのだ。

「・・・ここにいるアクロイヤーは、あんたが最後だ・・・」いきなり、若い女の声がした。突然のことに恐怖は大爆発、今度は石の様に全身硬直してしまうカニ

「・・・?!」スーッと音もなく、目の前に巨大な何かが降り立った。巨大なものの背中から大きな鳥のようなものが離れ、翼を羽ばたかせて上に戻っていく。目の前のそれはゆっくりと身をかがめ、カニサンダーを覗き込んできた。逆光で目の前が暗くなり最初はわからなかったが、彼の両目の逆光露出補正機能が働くと、すぐにそれが銀色の頭部を持つ赤い胸をした巨大人型ロボットであることを知る。

「お、お前は・・・、ロボットマン?!」データ照合に合致したその姿形が、噂に名高いミクロマンの超ロボットであることから、カニサンダーは呻いた。

 

 

先ほど綾音はハリケンバードに、ロボットマンの両肩を鷲掴みにさせると、上空に舞い上がらせたのであった。確かにロボットマンは重いし、運びながらではあれこれと小回りを利かせて飛び回るには不便だ。だが、通常の飛行能力に加え、ハリケンには反重力ジャンパー機能も搭載されており、状況に応じて飛行手段を切り替えることができた。だから、大きな荷物を運んでいたとしても、反重力装置の助けを借りさえすれば、大まか且つ単純な飛行ルートを取るぐらいなら問題なかったのである。

それに、だ。この猛禽類型機械生命体も、マグネジャガー同様、極限にまで高められた超隠密能力や索敵機能を持っている。状況どうあれ、音もなく空を自由に飛び回ることなど容易い。

綾音はハリケンに指示を出し、大空を舞わせ、タイミングを見ては敵の死角に向けて急降下、地面すれすれを滑空させ次々にアクロ兵やアクロメカロボに奇襲攻撃を仕掛けたのである。ロボットマンを使い、他の敵に気付かれぬよう1体ずつほぼ瞬時に破壊して葬り去ると言う攻撃パターンを繰り返したのだ。

 

飛んだままの状態で防空壕内に潜入後、自分の心の声を独り言にしてくれるこの間抜けなリーダー格のおかげで、場のアクロイヤーの数が知れたことから、綾音は段取りを考えることが出来たのだった。ケガはしているかもしれないが、胡桃が死んでしまったり苦しんでいるわけでないことを知ると、少し安心感も出た。

しかし、頂点に達した怒りはそのままである。この間の群青色した樽型のリーダー格ロボット同様、黒カニも“話のやり取りができるロボット”に違いない。綾音はすぐに倒してしまっては面白くない、怒りの捌け口としてやるのだ、と怒りの形相になった。

少女は出入口に向かってきたメカロボを、やはり音もなく天井方面から襲い掛かり捕獲、逃がさぬようロボットマンに抱え込ませ、やはり両の手の怪力で持ってぞうきんを絞る要領で瞬時に破壊。そしてカニサンダーの様子を観察、タイミングを見計らって倒したシャレコウベをワザと外して投げつけた訳だったのである。

 

いま流行の壁ドン…

ドンッ! と、ロボットマンの右の拳が、カニサンダーの左側の岩壁を鋭く突いた。拳が入った場所を中心点として、蜘蛛の巣状のヒビ割れが一気に走る。

「ヒッ!」カニサンダーの喉が恐怖で鳴る。「ま、待ってくれダッチ、こ、殺さないでくれぇ!」逆光により、黒いシルエット化した不気味な巨人に見えるロボットマンが答えた。「殺す? そんなことするわけないじゃん! いま流行りの壁ドンしただけだよ!」逆光でうまく見えないが、赤い胸の中心にある操縦席内部にいる女性ミクロマンが声の持ち主のようで、荒々しい語気からその怒りようが激しく伝わってくる。

ほんの少しでもズレたら死に至る恐怖の壁ドンである。左にはロボットマンの太い右腕、右にはカニサンダーよりも大きなひしゃげたアクロメカロボ、前には巨大ロボットマン、後ろは岩壁。彼はこれが、ロボットマンが自分を逃がさぬために行った計算済みの位置づけとすぐに気が付いた。

「おめっちゃ変質者か⁈ 誘拐すんじゃねぇ!!」女ミクロマンがドスの利いた大声を上げる。

「ち・・・違う! 僕ちんは変質者じゃないし、そもそも好きでやってるんじゃないダッチよぅ!」カニサンダーは今にも殺されかねないと、悲鳴を上げた。

「何が違うんだよ! お前もアクロイヤーで、仲間全員して悪さしてるんだろがッ!!」相手のドスの利いた声がどんどん大きくなっている。これは非常にまずいとカニは青ざめるのを通り越し、全身が真っ白になってきてしまったのであった。

「命令されて、仕方なくやってるダッチよ!」内部事情を話して良いはずもないが、恐怖のあまり正常な思考を巡らせることが出来なくなってきていたカニサンダーは思わず洩らしてしまう。

「命令されて仕方なく? 本当なんだろうねッ⁈ ウソだったら承知しないよ⁉」ロボットマンの握りしめられる左の拳がギリギリと音を立て肩まで上がってきていた。「何のどういう命令だ? そもそも、なんでお前たちは子供をさらっているんだ? 目的は?」まくし立てるように尋問してくる女ミクロマンに、カニサンダーは首を激しく左右に振る。「そ、それを教えることはできないザンス! 他言するなとの命令もあるんだ!」

ゴガンッ! と、ロボットマンの左の拳が、動かぬシャレコウベに凄まじい勢いで突き入れられる。骸骨の片方の目玉が飛び出し、宙を飛んでカニサンダーのハサミ状の手の間に偶然収まった。ギョッとしてそれを地面に放り出すカニ

「あんたの目玉もこういう風に飛び出すか、試してやろうか?!」カニサンダーは激しく右手を左右に振って見せた。なんだかこの展開は昨日の学校と同じではないか。高野胡桃の友人の何とかいう子が、少年を脅していたのとそっくりの流れである。人間の女の子も、ミクロマンの女も、今はこういうタイプが多いのであろうか。昨日も思ったが、絡むのはすべてにおいてメンドクサソウで、真にこの手のタイプには関わり合いになりたくないと思っていたのに、ボクちゃんは重ね重ね不幸だ・・・。

「何ブツブツ言ってんだよッ!」カニサンダーは無意識に思っていることを小声で口にしてしまっていたようである。女性ミクロマンは怒り、ロボットの右手が振り上げられた。

「あああ、あ、あの、“G”だ! “G”だよ! “G”について調べているんだ~」今度こそ殺されると、泣き喚くようにカニサンダーは告げた。「は? ジー?」ロボットマンが小さく首を傾げる。「アルファベットの“G”!」「ああ、その“G”ね。で、それって何?!」「こ、子供の・・・」正常に判断できなくなっていたカニサンダーはあやうく誘導されそうになっていることにハタと気が付き、慌てて口を閉ざした。

ロボットマン内部にいた綾音は思わぬ流れから、敵の計画が何なのか判明しそうになってきていることに驚いていた。深く考えて尋問した訳ではなかった。怒りをぶちまける形で相手とやりとりしているうちに、なんとなくその話の流れになってしまったのである。

どのような計画がなされようとしているのか敵側から聞ける! 期待した綾音だったが、ここで思いもよらぬ事態が起こることになる。

「んッ⁉ ああ・・・ッ?! う・・・⁉ く、苦しい・・・?! ま、ま、待ってください、デモンブラック様! 秘密なんて洩らしていません・・・!! い、命だけ・・・は・・・ッ‼」黒いカニは目玉をグルグルと回しながら胸を押さえ、足取りをフラフラさせたと思ったら、突如その場に崩れ落ち、動かなくなってしまったのである。

綾音はロボットマンに、黒いカニを数回、軽くつつかせてみた。まったくピクリともしない。死んでしまったようだ・・・。

なんてことだろう。秘密の一部を口にしてしまった役に立たないダメ部下が、悪魔軍のパワハラ上司に見限られ、抹殺装置を作動させられヒーローの目の前で息絶える。まさしく、ヒーロー番組の中で見たあのシーンではないか。

「可哀想なやつめ!」胡桃を事件に巻き込んだ加害者なので同情など寄せるつもりはなかったが、一応、慰めのひとことをかけてやる綾音であった。正義の味方たるものは、慈悲深さや寛大な心を持つものなのである(と、彼女は思っている)。

 

秘密のすべてを聞き出せなかったのは惜しいことをしたかも知れない。でも、今回の目的は敵の調査ではなく、胡桃の救出だ。兎にも角にも、これで今回のこの事件はひとまず解決であろう。綾音はロボットマンを立たせると、胡桃の方へと向き直させたのだった。

すると、胡桃はいつの間にか目を覚ましており、女の子座りをしてこちらをジッと見ていたではないか。

「胡桃ちゃん! 気が付いたんだね! 良かった~!!」綾音はロボットマンを胡桃の元へと走らせる。近付くにつれ、なんだか思った以上に胡桃が大きく見え始めたので、ひと晩あわないうちに、こんなに子供は大きく成長するものなのかと不思議に思った。親友の前までたどり着くと、胡桃がまるで巨人に見え、綾音はポカンと口を開け呆然としてしまう。小さい子供なのに巨人とはこれ如何に。

防空壕の天井付近を舞って様子を窺っていたハリケンバードがロボットマンの脇に慌てたように舞い降り、左右の翼(手?)の両先端を正確に縦10cmの感覚に開けて、必死に綾音の前に近付けアピールしてくる。

綾音は程なくしてハリケンが伝えたがっていることが分かり、「アッ!」と小さく声を上げてしまったのだった。胡桃の無事な姿を目にしてすっかり忘れてしまっていたが、自分は今ミクロ化し、ロボットマンに乗っていたのだ。そのまんまで胡桃に声を掛け、彼女の元に走り寄ってきてしまったのである。なんという大失敗・・・!!!!!!

慌てながら綾音がどう誤魔化そうか、と思始めた矢先、「あれ・・・」胡桃が膝元にいる一向に対して、後方を指さしてみせた。綾音たちが振り返ると、死んだはずの黒いカニロボットが素早い横歩きで出入口付近まで歩いて行っているではないか!

「あッ! あいつ、ウソついて死んだふりしてたのか⁉」唖然とする綾音。

カニサンダーは少女たちにバイバイと片手を振ると、猛スピードで斜面を駆け上り、外に脱兎のごとく飛び出して行った。

「ハリケン、あいつを追いかけて! なんなら食べちゃってもいいよ!」例えばを交えて倒せと命令したつもりだったのに、ハリケンは急に嬉しそうに両目を輝かせると、右の翼(右手?)を敬礼のポーズにし、物凄い勢いで飛んで行ったのである。

 

静かな防空壕内に取り残される少女二人。気まずい中、綾音は取り合えず、誤魔化すだけ誤魔化してみようと、話を切り出した。

「胡桃ちゃん・・・いや、あの、胡桃さん。この姿や、今の出来事を見て驚いたことでしょう? 安心してください、決して怪しいものではありません。私は遠い宇宙の彼方、ミクロアースと言う惑星から地球の平和を守る為にやってきた、今はいわきのリアルご当地ヒーローを務めているミクロマンと言うものです。体こそ小さいですが、私は巨人の様なスーパーパワーや超能力を持つ、正義の使者なんです。いま倒したあいつらは、アクロイヤーと言う悪者。私の仕事は地球の人々に迷惑が掛からないよう、極秘のうちにやつらを退治することなのです」綾音はそれっぽいセリフを必死に考えだしながら、たどたどしく挨拶を含む事情説明をする。

「ロボットの中にいるのは、小人に変身した綾音ちゃんでしょう?」いきなり胡桃がロボットマンを両手で抱え、胸のキャノピーの中を覗き込んできた。綾音は完全にバレていることを直感した。姿形は変わっているはずなのに、なんでバレたのであろうか? 声だろうか?

「あ、あの、その・・・」しどろもどろになる小人の女の子に、胡桃が見る者に安心感をもたらす、いつものあの可愛らしいほほ笑みを見せてきた。

「ごめんね。実はこの間、漁網倉庫に綾音ちゃんが一人で向かった時、どういうことなんだろうって気になっちゃって追いかけたんだ。そしたらゴミ集積場のところで変身したところを見てしまって。その後の、倉庫の中の出来事も、途中まで見ちゃったの」

「・・・・・・・・・」

「さすがにビックリした。けどね、多分、なにか深い事情があって、変身したり、悪いやつと戦っているんだろうな、でも様子からして、そのことは誰にも秘密にしなければならないことなんだろうなって思ったの。だから、私わざと知らないふりしてたんだ。大切な綾音ちゃんの気持ちを尊重して上げたいって思ったから・・・」

「・・・・・・・・・」

「細かくは良く分からないけど、私をここに連れてきたあのカニみたいのとか、ガイコツみたいな妖怪ロボットが子供をさらうのを止めたり、やっつけてるんだよね?」

「・・・あいつらに連れられてきたの、分かったの?」催眠状態にあったはずであろう、どうして、と綾音は思わず質問してしまう。

「うん。なんだかボンヤリしてて思い出せないことばかりだけど、この洞窟みたいなところに落っこちた時にハッと目が覚めた感じになって、それからのことは覚えてる。それに、私のそばで、あのカニみたいのが色々と独り言を言ってて、話す内容からなんとなく事情は察せたんだ。怖いから、ずっと気を失ってるふりをしてた。隙を見て逃げようかとも考えたけど、出口の斜面が高いし急だし、運動音痴の私ではとても上がれなくって」

「・・・・・・・・・」

「正義の味方するのも大変だよね。私、誰にも秘密は言ってないし、これからも黙ってるから安心してね」

「胡桃ちゃん・・・・・・・・・ありがとう」

綾音はロボットマンの中で女性ミクロマンへの偽装のみを解き、改めて自分がミクロ化している姿を胡桃に見せたのであった。そしてミクロマンに断わりなくではあったが、友人にかいつまんで今までの出来事を説明したのであった。もう半分以上バレてしまっていることだし、親友を目の前にしてこれ以上、偽ったり誤魔化すことに気がひけたのだ。それに胡桃は信用のおける人柄であり、なにより少女にとって大親友なのである。共有した秘密は絶対に他言しないはずだ。事後報告にはなるが、マックス達も分かってくれるはずである――。

 

「胡桃ちゃん、皆が心配してる。胡桃ちゃんのパパやママも、警察の人も捜してるんだよ。手伝うから、早くここを出よう。・・・あ! でも! ひと晩姿が見えなくなったこと、なんて言い訳しようか・・・?!」

綾音はその問題があることに頭が痛くなった。胡桃はアクロイヤーにかどわかされてここに連れてこさせられたのだ。でも、それを語ることはできない。アクロイヤーミクロマンのことは他の人には秘密にしなければならないのだから。

人さらいに連れて来させられたとウソでもつくべきか? しかし、防空壕が崩れた流れも話に含めなくてはならなくなるのに、それはどうする? ウソにウソを重ねる作り話は、信憑性に欠ける結果になることだろう。

他者のせいでこの状況下に置かれたのでないとするのならば、おかしな話ではあるが、自分の意思でこの状況を生み出したことにせざるを得ない。と言うことは、胡桃は皆に心配をかけた悪い子にならなければならないことになってしまうのではないか・・・!?

胡桃は綾音の心配を見透かしたように、にっこり微笑むと、こう述べたのであった。「大丈夫。自由研究で、戦争時代とか防空壕について調べようとして、前から気になってたここに来て、穴に落ちて帰れなくなったことにすればいいんだよ」

「なるほど・・・、いや、でも、それじゃ胡桃ちゃんが心配かけるようなことをしたって思われちゃうんじゃない? 胡桃ちゃんが悪いことにされちゃう。本当に悪いのはアクロイヤーなんだから!」

「そうだけど、そういう風にでも言って誤魔化さなくては、アクロイヤーのこと、強いてはミクロマンのこと、秘密にしていることがどんどんバレる事にもつながっちゃうんじゃないかな?」

「う・・・うん・・・そうなんだけど・・・」

綾音は一生懸命に胡桃が悪者にならない言い訳を考えるが、どう考えても、うまい案が出ない。ん、いや、待てよ、と綾音は思いついた。胡桃の意見を取り入れるとして、せめてもの彼女へ対する救いとして、自分もこの件に深く関わっていたことにすれば、胡桃が周囲から受けるマイナスイメージが半減、怒られるのも半分になるのではないだろうか? もう半分を自分が受け持てばいいのである。

「胡桃ちゃんだけが悪い子になることはない! こうしよう! あたしもその自由研究の仲間で、ここのことを知って、一緒に調査計画を立てていたことにすればいい。で、昨日、待ち合わせしたのに、あたしがすっかり忘れてて来なく、胡桃ちゃんは一人で入って、落ちた。今日になってあたしが騒ぎになっていることを知って、約束を思い出し、学校帰りに慌ててここに来て胡桃ちゃんを見つけて助け出した。こうすれば、胡桃ちゃんだけが悪者にならずに済む!」

「でも、それじゃ、綾音ちゃんが可哀想だよ。皆の知らないミクロの世界で、子供たちの為に頑張って戦っているのに、綾音ちゃんまでもが悪い子に思われてしまう!」

「いいんだ。あたしはママや先生に怒られるのなれてるし、正義の味方をしている身としては、時として友達を守る為、ウソをついてでも一緒に冤罪を受ける覚悟はできている! それに、胡桃ちゃんは私の大切な大親友だ。守って上げたいの・・・」

ニュースで知った大人が使う冤罪と言う難しい言葉をわざと使い、優しい胡桃を押し気味に説得に出る綾音。

「・・・綾音ちゃん・・・ありがとう・・・」胡桃はこちらを深く思いやる親友の綾音の気持ちにひどく感動し、涙があふれ出た。そして思わず、ロボットマンごと綾音のことを抱きしめてしまったのであった。

感謝された以上に、胡桃とこれほどくっつくのは初めてだったので、ひどく恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になる綾音。心なしか、ロボットマンの硬い表情もほころび、頬を染めているように見えたのだった。

 

話はすべて聞かせてもらったよ

「素晴らしいッ! なんという友情でしょうッ! 俺様は今ッ! モーレツにッ! 感動しているッ!」急にそばで男性の声がしたのに驚き、ふたりはキョロキョロと周囲の様子を窺った。小さな岩の上に、ニュービームトリプラーの上に立つ青いミクロスーツのマイケル、その両隣に戻ってきたマグネジャガーとハリケンバードがいることに気が付くのにそれほど時間はかからなかった。

彼らはずっと少女たちのやりとりを眺めていたようで、3人共に感動の涙と鼻水を人前構わず流しに流していたのである――。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年4月〇〇日◆

『こうして綾音ちゃんとそのお友達の胡桃ちゃんは無事に戻ってきました。胡桃ちゃんは元気な姿で帰ってきたし、周囲の人たちにはめっちゃ喜ばれました。ふたりがついたウソの事情もすんなり受け止められて疑われなかったみたいだし、あんまり怒られもしなかったみたい。・・・そうだよね、大切な子供たちが帰ってきたのだもの。大人達も、怒るために心配したり探していたわけではないんだものね(#゚-゚#)(*。_。*)(#゚-゚#)(*。_。*) ウンウン

胡桃ちゃんは病院に連れていかれたけど、ちょっと打ち身や擦り傷をしたレベルで、あとは特に異常はなかったみたい。崩れ落ちた穴に落ちてその程度だから、まったく運が良かったのだろうってお医者さんに言われたらしいよε-(´∀`*)ホッ

あと、マイケルさんたちのこと。基地に通信するために綾音ちゃんから離れたジャガーに、ロボットマンを探してウロウロしてたマイケルさんが偶然に遭遇。その後、黒いカニを追いかけ見失っていたハリケンバードにも行き会って、3人は防空壕に向かったんだってさ(〃σ。σ)o_彡 ナルホド

そこで見た綾音ちゃんと胡桃ちゃんの様子に偉く感動したらしいマイケルさんの擁護もあって、マックスさんからも、綾音ちゃんはそれほどお咎めは受けませんでした。何となくだけど、マックスさん、綾音ちゃんやロボットマンについて何か考えている素振りもあるし、それもあってあまり怒らなかった気もします。その考えていることが何なのかまでは分からないけど・・・¿(・・)?

この様な出来事を通して、私たちにまた新しい人間の友人が一人できました。綾音ちゃんの親友ならミクロマンの親友でもある、という満場一致の賛成意見もあって! 綾音ちゃんを通してお誘いを掛けたこともあり、近いうちにその胡桃ちゃんがミクロマン新Iwaki支部(仮)に遊びにきます。女性の私としては、女子仲間が増えるのは超嬉しいのです~キャッ(⋈◍>◡<◍)。♡』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離し、ふたを閉じる。頬杖を突き、綾音の部屋の出窓から見える住宅街を眺めながら、早く綾音の大親友と言うその女の子に会ってみたいなぁ、と思ったのであった。

 

「皆さん、また次回、会おうザンスダッチ~!! (@^^)/~~~バイバーイ♪」

 

〔つづく〕