ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.2>

新型戦闘車両ミクロヴェイロン号(試作タイプ)

「オーライ、オーライ!」アイザックに誘導してもらいながら、サイバーはトレーラーの後部コンテナに搭載してきた一台の車両をバックで降ろす。綾音達の前に出現したのは、全体が黒と紺のツートンカラー、ルーフ上にアメリカンパトカーと同型のパトランプ、車体後方にはリアウィングを装着している、スポーティな外観のパトカーを模した車であった。このミクロマンの戦闘車両、ほんの少しだけ前後から押されてぎゅっと縮められたような丸みを帯びたボディラインをしており、どこか少しコミカルな印象を漂わせている。

「これがミクロヴェイロンであるか・・・」サイバーが降りないうちに、アイザックは車をあちらから、こちらから、と、場所を変えながら舐めるように眺めだす。

「新車なんでしょ? すごいピカピカだね~♪」ロボットマンに片膝立ちをさせてパトカーを見下ろす綾音に、サイバーが「そうでしょう!」とにこやかに答えてくる。

このミクロマン、かなり若く見える。アイザックやマックスが立派な大人の男性とするなら、大学生くらいと言った若々しさだ。声も少年を抜け切れていないようなかん高いトーンであった。

「綾音、このパトカーの名前は、ミクロヴェイロン。ポリスキーパー部隊という都市守護部隊に今後導入予定の最新モデル戦闘車両なのだよ。これはそのプロトタイプ。新Iwaki支部にて稼働させ、様々なデータを取り、それを反映させて正式版を量産する予定なのであ~る」サイバーと座席をバトンタッチ、今度は車内に乗り込み、ハンドルやら、レバーやら、計器類を忙しそうにチェックしながらアイザックが説明してくる。

「メカが足りないなら、試作品で良ければ貸しますよ、実際に使ってみてデータを取りそれを伝えて下さい、それが条件です、みたいな感じ?」「ほぉ、よく分かったのだ」「大人の事情ってやつでしょ?」「なのなのだ~!」

ふたりのやり取りに「はははは・・・」苦笑いして見せる若いミクロマン・サイバー。

「まぁ、自分の分身が作るのに協力したものだから、何がどうなっているのかは大体想像がつくのだ。仮に何かあったとしても、修理も吾輩の方で全然オッケイである」アイザックの独り言に、綾音は面白そうな話だと突っ込みを入れた。「アイザックって、クローンミクロマンなんでしょう? 同じ人がいっぱいいるんだよね?」「そうであ~る」「他の人の名前はなんていうのかなぁ?」「ふふふ、なんだと思うであるか?」「顔が同じなのに、名前まで同じでは区別がつかないし、当然違うよね? んーと、そうだなぁ・・・アイザックが、アで始まるから、イーザック、ウーザック、エーザック、オーザックとか? なんちて~ワラ♪」自分で口にしたふざけた回答にコロコロと笑い出す綾音。するとアイザックが車両の窓から酷く真面目な顔を覗かせ、「ほぉ・・・良く分かったものだ!」と感心してきたので、綾音は「マジかよ・・・五十音で、しかもお菓子みたいな名前の人もいるのか・・・」と、一瞬にして真顔になってしまったのであった。

 

「サイバーさんのいる・・・えっと、なんだっけ? うーんと、ああ、そう、ミクゾン部隊ってどういうところなんですか?」綾音の問いに、サイバーは丁寧に答えてきた。「いわゆる輸送部隊。本部は勿論のこと、他の支部などから指令が下ったもの・・・今回みたいなマシーンは勿論、資材や機械類などを、別のところに安全・確実・素早く届けるのが仕事の集団さ」「運び屋さん!」「簡単に言うと、そう。依頼されたところからお届け先まで基本一両日中、仮にどんなに離れていたとしても、地球上なら数日内に届けることをモットーとしている」「スゲー、ネット通販のアマゾンみたい。・・・ん、ミクゾン・・・?」綾音は両者の名前が似ていることに気が付く。「ああ、名前ね。似てるのは偶然だよ、偶然」サイバーが両手を軽く振って見せる。「ふーん・・・」と綾音。

「彼は、吾輩のオリジナル、“ミクロマンエジソン”がいたマグネパワーズ部隊に昔、所属していたのだ」アイザックがパトカーから降りてくる。再び「ふーん」と、綾音。事情を知っているらしいマグネジャガーは、うんうんと首を縦に振っている。

アイザックの話を継ぐサイバー。「昔、アクロイヤーとの戦いで色々とあってね、その時にあったアクロイヤー事件が収束後、生き残った面々はいたもののあまりにも数が少なくて部隊として維持できなくなったことからマグネパワーズは解散、ボクはミクゾン部隊に再編されたんだ」綾音は三度「ふーん」と口にし、今度は頷いて見せた。マグネジャガーは先程同様、首を縦に振っている。

マックス達から、日本や世界各地にミクロマンの色々な部隊や種族(?)があることを聞かせられてはいたが、こうして改めて他所のミクロマンと出会うと、世界は広いのだな、そして人生も色々とあるのだな、と、変にリアルに実感してしまう少女であった。

青年ミクロマン・サイバーは昔のことを思い出したのか、少し遠い目をしていた。

 

アイザックは、急に綾音の表情から笑顔が消え、酷く真剣な目で、ゆっくりと周囲の様子を窺い始めたことを知った。「どうしたのだ?」尋ねても、綾音は黙ったまま尚、周囲の気配を窺っている。

「・・・・・・」アイザックとサイバーは目を合わせると少女にならい、身構えながら周囲の様子を探り始めた。マグネジャガーも同様である。

「誰か見てる。この感じは・・・いつか感じたような・・・」

綾音たちのいるところからかなり離れた場所に、一本の大きな木がある。やたらと木の幹が幾本もあちこちに向かって伸び、大量の葉が生い茂る、実に健康そうな樹木だ。高い場所に生えた幹の一本に、周囲から姿を見られないよう隠れながら立っている者がいた。青い色をした、戦闘タイプのロボットである。上半身は猛禽類を模したデザインをしていた。そう、それはミクロマンアクロイヤーの中で広く存在が知られた“謎の青い戦闘型ロボット”である。

この者は、いわきにおいてミクロマンアクロイヤーが大きな動きを取ろうとすると必ず現れ妨害をしてくると言う。どうやって知り得たのか、この場にて兵器車両の引き渡しが行われることを知り、妨害しに来たのであろうか? しかし、特に動こうとはせず、クリアグリーンのトレーラーを中心として集まっている面々の様子を窺った後は、ずっと綾音のことを見つめているだけであった・・・。

アイザックは左腕前腕部のコンピュータを動かし、上空のハリケンバードから索敵機能で何かをキャッチしていたか、もしくは今現在キャッチできるか、の確認をする。しかし、問題点は何ひとつ見られない。

マグネアニマルの索敵機能は超がつくほど優秀なもので信頼がおける。しかし、万が一にもそれをも上回る隠密機能を搭載した相手がいたとしたならば、どこまで隠密者に気が付けるかは不明だ。一方、マックスからも本人からも常日頃聞かせられている、綾音が発揮すると言う鋭い直観力には一目置いているアイザックである。ここは綾音が見せている態度が指し示すものが正しいに違いない。ミクロマンの天才科学者は、周囲への警戒を解かぬまま、少しずつロボットマンに近寄って行ったのであった。

「綾音、誰かいるのか? まずい感じなのか?」アイザックの問いに、ようやく返答する綾音。「多分、あの“青い戦闘型ロボット”だよ、これ。・・・あ、いま・・・気配が消えた」気配の正体に一瞬ドキリとした科学者であったが、言葉の最後を聞いて胸を撫で下ろす。「聞かせられてきた報告通りなら、いわきにおいて動いている我々のことを妨害するのにやってきた、というところだろうな?」「そこまでは分かんないよ!」綾音は首を横に振る。

謎の監視者が出現したことを通し、彼らはこの辺で引き上げようと話になった。

「では、アイザックさん、綾音ちゃん、ご縁がありましたら、また会いましょう」別れを告げるサイバーが駆るミクロトレーラーを見送る少女たち。

アイザックはミクロヴェイロンを運転、反重力ジャンパー装置を起動させ、車体を浮遊させた。「もう少ししたら、多くの人たちが仕事などから帰宅し出すころだ。のんびり地面を行くのはまずい、空から帰ろうなのであ~る!」

綾音はハリケンと合体したロボットマンにマグネジャガーを抱えさせた。「もうすぐ、仕事の終わったママが辰巳を連れて帰ってくる頃だから急いで帰ろう。運んであげるよ!」マグネジャガーは、ハイと右手を上げる。人の目につかぬよう気を付けながら、綾音たちは大空を一路、磐城家方面目指して飛んで行ったのであった。

 

 

――見知らぬ道を適当に進んでいたアクロボゼットであったが、段々と歩くことにも飽き始め、そのうち歩むことを止めるとブロック塀にもたれ掛かり座り込んでしまったのであった。

「あの子にまた会ってみたいなぁ~・・・。どこにいるんだろう・・・」独り言をつぶやき、ため息をつく。するとどこからか「みゃー、みゃー」と猫の鳴き声がしてきた。声がしてきたとおぼしき方角に目をやると、いつの間にやら道路の反対側にある壁の上に白い猫が立っており、こちらに向かって鳴いているではないか。真っ白いきれいな毛並みをしているし、首には赤いリボン状の首輪を着けている。どこかの飼い猫であろうと推測された。

ロボゼットに興味を持ったらしい白猫は軽やかに壁から舞い降りると道路を渡り彼に近寄った。しきりに樽状のボディに顔を近づけたり、長い尻尾を胴体に絡ませてきたのだった。くすぐったくて仕方なくなり、「わかった、わかったダッチ! 遊んで欲しいんだろう?」とゼットは立ち上がり背筋を伸ばすと、白猫を撫でてやる。

すると何を思ったのか、白猫は地面に身をかがめた。「???」どういう意味なのだろうかと戸惑っていると、猫が自分の背中を見て「ニャー」と鳴く。「乗せてくれるんダッチか?」恐らくそう言うことなのだろうと解釈、試しにそっと背中によじ登ると、白猫はすぐさま立ち上がり、彼を乗せたまま早歩きで進み出した。

ロボゼットは振り落とされぬようしがみ付く。猫が何を思ってこんなことをしたのか分からないのだが、俺もどうせ暇だったのだ、こんな遊びに付き合うのも悪くはないだろうと、彼は行き先を白猫に任せたのである。

 

広がる住宅地を10分は移動しただろうか。今まで通ってきた家並みと何も変わらない区画のひとつにある古びた平屋の庭に入り込むと、植木の陰で白猫は止まった。そっとアクロボゼットのことを地面に降ろす。そして彼にひと声、別れの挨拶代わり(?)に鳴いて見せると、振り返りもせずに、とっとこと軽やかな足取りで庭に面した部屋のサッシガラス戸のところに行ってしまったのであった。

中にいた白髪の少し腰の曲がった老婆が気付き、「あれあれ、ミミちゃん、お散歩から帰ってきたのね」と、中に招き入れた。

もう見てはいないだろうと知りながらも、ミミと呼ばれた白猫に対し、ロボゼットは軽くバイバイと手を振ったのだった。

さて、これからどうしたものかと彼が道路の方に振り返ると、車が近付いてくる音がしてくる。道路を挟んだ向かい側、ラクダ色したどこにでもある様な二階建ての家の駐車スペースに車がゆるやかにバックで停まり、エンジンが切られたのが目に映った。

何の気なしに植木の陰からよく確認してみると、車は真っ赤なダイハツ・タントであった。ドアが開いて、運転席から最初に中年女性が降り、それに続いて助手席から息子らしい未就学児くらいの男の子が降りてくる。ふたりの身なりからして、どうも保育所に息子を預けていた母親が、パートの仕事帰りに息子を迎えに行き、ついでにスーパーに寄って買い物してから帰宅した、という雰囲気だった。

後部座席から、母親が両手にいくつもの買い物袋を手にすると、気を利かせた息子が車のドアをバタンと閉める。その刹那、「ガタガタ、ガラガラ、バッターン!」何事だろう? その家の二階から大きな物音が響いてきたのだ。目をやると出窓の窓が開いており、どうやらそこから聞こえてきたようだとゼットは察する。ヒョコッと、小学生くらいの女の子が顔を覗かせ真下を確認、「ギリセーフッ!!」と口にした。

「アッ・・・!!」アクロボゼットは小さく声を上げてしまった。間違いない! 女の子は学校で出会った、あの髪の長いカワイ子ちゃんだ・・・!!!!!

「綾音! ドア開けてよ! 家の鍵、ママどっかにやっちゃったみたいなの!」「分かった、いま行く!」母親に頼まれて少女が家の中の階段をドタバタと降り、玄関に現れた。「お帰り! 上から見てて、ママの車見えたから超焦ったわ! あたしもちょうど今同じく帰ったところ~」少女が口にした言葉に母親が不思議そうに質問する。「ん? 上から見てて・・・今帰ったところ???」「あ⁉ うんにゃ、ま、間違い。さっき帰って、二階から見てたらママ帰ってきて、荷物大変そうだから超焦ったわ、でっす!」「・・・ああ、そうなの・・・」

綾音は磐城家に帰り着く少し手前で、やはり家の方角に向かう母親の車を眼下に発見、アイザックの運転する新車と共にフルスピードで二階の窓に飛び込んで、急いでロボットマンから降りると元の姿に戻ったのである。アクロボゼットが耳にした騒動はその時のものだったのだが、植木の陰にいた上に目の前の母親と息子に気を取られていたので、彼はそのことには一切気が付いていない。

ロボゼットは、少女とその家族が中に入り、1階の台所で買い物袋を広げ、何やら楽しそうに話をしながら品物を冷蔵庫や棚にしまう様子を、窓からジッと眺めていたのだった。

 

「あのカワイ子ちゃんの名前は、“綾音”っていうのか・・・。ここに住んでいるのか・・・。家族と皆で楽しく平和に暮らしているんだな・・・」

 

一人ぼっちのゼットはその光景が非常に羨ましく感じられ、また自分が何故か気になって仕方ない少女が幸せそうにしていることが、とてもとても嬉しく思えて仕方なくなった。

綾音には、平和で幸せな世界でずっと過ごして欲しい。ミクロマンアクロイヤーの戦いなど関係ない、普通の生活を送って欲しい。そう思わずにいられなかった。

そして、アクロイヤーの配下である自分が、そんな幸せな世界であるこの場所にいるのは不釣り合いだし、いるのはおかしいことだと思え始めると、彼は誰にも気が付かれぬようその場をそっと去って行ったのである。名残惜しさに、胸が締め付けられながら・・・。

 

綾音の勉強机の上にある指令基地。そのすぐ脇に停められているミクロヴェイロンを基地の面々が取り囲んで眺めている。赤いハリケンバード、黒いマグネジャガー、そして辰巳の保育園バックの中に身を潜め、主の行き来を護衛していた青いマグネクーガーも出てきて参加している。

「すごい奇麗な車ですね! しかも新車! キャーッ! (≧∇≦)b」少し経ってから、指令基地の持ち場を離れやってきたアリスがアイザックに叫んだ。ついでとばかりに報告もしてくる。「留守の間、特に変わった出来事は起きてませんよ~。お二人がさっき戻った時も、その後も、特にアクロイヤー反応は検知されていませんから、尾行もされていないようです!」

指令基地のアクロイヤー反応装置に、どうしてかアクロボゼットは感知されていなかったのだった。ミクロマンも、アクロボゼットも、お互いにそのことを知らない。

 

――新型戦闘車両ミクロヴェイロン号の試作タイプを受領した翌日の昼のこと。学校の昼休み時間をのんびりと過ごしていた綾音の元に、母親からLINEが届いた。

『おばあちゃんに買い物を頼まれました。仕事が終わったら辰巳のことを迎えに行き、辰巳を連れて買い物しながらおばあちゃん家に行ってきます。帰りは少し遅くなると思う。こちらはこちらで夜ご飯は済ませますので、綾音とパパも自分達で用意して食べてね』

おばあちゃんとは勿論、水石山の麓に一人暮らしでいる母方の祖母・里子のことだ。近所にスーパーなどないド田舎だし、更には車の運転などできないことから、買い物はよく綾音の母親が手伝うのである。『うん、分かったよ!』とだけ、綾音はコメントしたのであった。

スマホを机の中にしまおうとしたところ、またメッセージが届いたメロディーが流れる。ママ、何か伝え忘れたのかな? とスマホを開いてみると、届いたメッセージは母親からではなく、LINE友の陽斗からのものであったのだった。

 

 陽斗『こんにちは、綾音さん。元気ッスか?』

 綾音『あたしは全然元気な毎日だよ~。そっちはどう~?』

 陽斗『俺の方も全然元気ッス』

 綾音『何より。で、もしかして情報?』

 陽斗『そう。そちらの学校の東側の方に、藤原川ってあるじゃないですか?』

 綾音『あるね。街外れのなんもないとこ。海に近付いていくほど、どんどん川幅広くなってく、どちらの堤防も草がボーボーのとこっしょ?』

 陽斗『ハイ、そこです。そこに廃車置き場あるの知ってますか?』

 綾音『あー、あるね』

 陽斗『仕入れた話だと、どうもその近辺で“神隠しがやってくる”が起きてるのではないか、と・・・』

 綾音『マジすか⁉ 陽斗君、いつも情報サンクスねm(__)m』

 陽斗『いえいえ。ところで綾音さん、良かったらなんですが、今度、一緒に遊びませんか?』

 綾音『うん、いいよ』

 陽斗『ありがとうございます!』

 綾音『じゃ、またね』

 

先程のやり取り通り、いつも夕方には帰宅する母親は、今日は遅くなるまで戻らない。これは好都合である。今度こそきちんとミクロマン達に情報が入ったことを伝えるぞ、そして共にパトロールに出かけるのだ、と言うIwaki支部の一員としての使命感で綾音の心の中はいっぱいになっていた。なので、陽斗のデートの誘いについては気にもとめなかったものだ。“普通の意味でそのうち遊びましょうというお誘いを受けた”的ニュアンスでしか捉えていなかった少女である。ましてや、プロフィール画像を美味しそうなラーメンにしている陽斗が、スマホの向こう側でひとり密かにガッツポーズを取っていたことなど想像すらしていない。

 

夕方前、学校から帰宅すると、綾音の机の上にマックスとメイスン、アイザックがミクロヴェイロンを取り囲んで彼女の帰りを待っていた。少女は特殊腕時計ミクロウォッチの通信機能で、周囲に隠れて密かに前もって彼らに今回の情報を伝えておいたのだ。

「綾音、待っていたぞ」赤いミクロスーツのメイスンがぶっきらぼうにボソリ。続いてマックスがメイスンとヴェイロンを親指で指すと、「新メカはメイスン専用にすることにした。今回の藤原川堤防の廃車置き場近辺パトロールには、彼の操縦するミクロヴェイロンと、綾音のロボットマンで向かって欲しい」と伝えてくる。綾音は嬉々としてマックスに敬礼して見せたのだった。「隊長、了解であります!」

「メイスン、稼働データ集積プログラムは常にオンの状態になってる。ヴェイロン号をガンガン活躍させてほしいのだ」「ああ、了解してる」アイザックの要望に、やはりそっけない口調のメイスン。

マックスが綾音を見上げながら、次のことを更に伝えてきたのだった。「綾音、一点伝えておきたいことがある」「何?」「富士山麓本部から午前中に連絡が入ったのだが、先日、きみが公園であったサイバー隊員が、ミクロトレーラーごと行方不明になってるそうだ・・・」「えええーッ?!」想像もしていなかった情報に綾音は驚き、声を上げてしまう。

「連絡が取れない状況が続いてるそうで、目下のところ彼の身に何が起きたのかは不明のままだ。ただ、こちらに来てから以降のことなので、もしかするといわきから出る前アクロイヤー絡みで何かに巻き込まれたのでは、という見方もできる。なので、その点、心にとめて動いてほしい」「うん、わかった」綾音は力強く頷いたのであった。

もう少しすれば陽が落ち始め、夕暮れ時になる。“神隠しがやってくる”が起きやすい時間帯だ。綾音はミクロ化しロボットマンに搭乗するとハリケンバードを背中に合体させた。そして反重力ジャンパー装置で飛行させたミクロヴェイロンを駆るメイスンと共に、さっそく藤原川へとパトロールに向かったのである。

 

 

――藤原川堤防そばの廃車置き場。周辺に住む子供達には、“藤原ポンコツ置き場”と呼ばれている場所だ。川の土手の川側ではなく手前側、山に囲まれた草っぱらが広がる一角、田畑もそばに見られる長閑な風景に似合わない雰囲気を醸し出しながら、そこはポツンと存在していた。

綾音が物心ついた頃からあるのだが、噂によると持ち主のどこぞの社長さんは何年も前から撤去申し立てを近隣の住民達に再三に渡って突きつけられているとのことであった。周囲には田畑もあるし、廃車から漏れているであろう油等が土壌汚染をしたり、地面に浸み込んで地下水や川に悪い影響を及ぼしているはずだから引っ越して欲しい、と言う訴えである。

どのようなやり取りが続いたかは分からない。だが最終的に持ち主が折れ、「近隣の皆様のお気持ち十分に了解いたしました。引っ越す場所を見つけ次第、撤去いたしますので」と随分前に約束したそうだ。が、いまだに引っ越しは済んでいない。これも噂であるが、引っ越し先にすべき広い土地がなかなか見つからないことから、移動したくとも出来ないままでいるらしい、とのことであった。

藤原川も、住宅街やバイパス等、ひと気が多い道路や橋と交差しているところは賑やかなのだが、ほんの少しそういった場から離れると、人家もひと気もない、本当に寂しく何もない土手が広がっているだけである。

近隣の田畑の持ち主、釣りをする人、川遊びに来た子供たちが本当に時折訪れる以外には、めったに人もやってこない静かなところで、言い方を悪くすれば薄気味が悪く、アクロイヤーが悪事を行うにはうってつけの場所と言えるものであった・・・。

 

 

大空を飛行するミクロヴェイロンを先頭に、綾音の有翼ロボットマンが続く。磐城家からも大した距離にない藤原川には、10分もかからずに到着してしまったのであった。

「ん・・・?」メイスンは、ミクロヴェイロンのフロントガラスから見える下界の土手の上の道を、一人の少年らしき人物が歩いているのを確認した。年の頃は綾音くらいだろうか。髪は短く借り上げ、濃いブルーのスポーツ系ジャージを着ている、スポーツ大好き少年風の出で立ちだ。

車両に搭載されたカメラを通し、操縦席のディスプレイに拡大させてみると、少年の歩きはかなりふらついておりぎこちなく、明らかに様子がおかしく見えた。

「やべぇ、今回もタイミング、ドンピシャだ! メイスン、あの子の肩と足元見える⁈ アクロメカロボがいるよ! “神隠しがやってくる”の真っ最中だ・・・!!」綾音も気が付いたようで、無線でメイスンに呼びかけてくる。無線はやけにノイズが多く聞き取りにくい状況にあった。様子がおかしい少年と、通常よりノイズが多い通信状況。これが何を意味しているのかをふたりは即座に理解する。

「こちらも肩、足元にアクロメカロボ計3体を確認した。今よりあの少年の救出に当たる。俺は足元の2体を相手にするから、キミは肩のやつをやってくれ!」「了解!」メイスンの指示に綾音は答えると、二人はそれぞれのマシーンを急降下させ始めた。

 

少年の元に接近する2台のミクロマシーンをアクロメカロボ達が察知した時には、既に相手側から攻撃が行われていた。メイスンの駆るミクロヴェイロンのルーフ上部に取り付けられている二門のレーサービーム砲が閃光を放ち、少年の足元の一体を貫く。100%に近い命中率を誇る射撃の名手であるメイスンは、マシーンを通しての射撃も百発百中であった。勿論、戦闘コンピュータによるアシストはあるのだが、それでも見事としか言いようがない。胴体の弱点部のど真ん中を撃たれたアクロメカロボは火花を散らし、動きを停止させる。

綾音はロボットマンを少年の肩にとまっているアクロイヤーの配下ロボのすぐ傍まで飛ばすと、アクロメカロボを殴らせたのだった。鈍い音を響かせ、殴り飛ばされたアクロメカロボは宙を吹っ飛び、遥か先の地面に落ちると転げていく。

 

 

ミクロヴェイロンは地面に滑り降りるように舞い降りると、そのまま道をしばし走りUターン。再び少年の元に向かう。足元に残っていたアクロメカロボはシャレコウベの口を大きく開き、喉からせり出させたアクロマシンガンを雨あられとミクロヴェイロンに撃ち込む。「カンカンカン!」と音が響き、マシンガンの弾は車体にすべて弾かれてしまったのであった。自慢の武器がまったく効果を示していないことにアクロメカロボが焦り出したのと、ミクロヴェイロンが彼の脇を猛スピードで通り過ぎたのがほぼ同時であった。瞬間、アクロメカロボは両目のカメラが壊れ、周囲が何も目視できない状態になったことを知る。そしてすぐ自分の機能が完全停止し、意識がなくなったことも知った。

ミクロマンの戦闘車両は、通り過ぎる瞬間にルーフ上から二つのレーザーを発射、閃光がドクロの両目を一つずつ狙い貫通、背中の裏側まで風穴を開けたのである。安定した走行を行うことを可能とするミクロマン特製の車両とはいえ、猛スピードで走りつつ、目標物を避けながら同時に二門のレーザー砲を相手の両目の中心部にひとつずつ命中させるなど、他のミクロマンには不可能に近い射撃テクニックだ。しかし、メイスンにとっては自慢するほどのことでもない、基本中の基本とも言える射撃術のひとつでしかなかったものである。

メイスンが車を再びUターンさせ、車両を少年の方へと向けると、フロントガラス越しに、ロボットマンがスポーツ少年の遥か先でアクロメカロボを踏みつけて破壊したところが見えた。子供の肩に乗っていたそのアクロメカロボこそが催眠コントロール術の主であったのだろう。破壊された直後、コントロールから解放された少年は軽く呻くと道の脇に広がる草むらの中に倒れ込み、気を失ってしまう。

メイスンは綾音と合流する。「さて、どうする?」メイスンの問いに綾音は「当然、廃車置き場の調査っしょ? アクロイヤーがいるはずだからね!」と答えた。「だ、な」とだけメイスンは口にすると、ミクロヴェイロンのアクセルを踏み込み、戦闘車両を藤原ポンコツ置き場へと向かわせたのである。

「草むらの中だし、この子はここにいてもらった方が安全だよね」万が一、車が来たとしても、道路に倒れている訳ではないのではねられることもないだろうし、アクロイヤーからも身を隠せるはずだ、と、綾音は思う。それにそのうち意識も取り戻すはずだ。少女は気を失っているジャージの子から目を離すと、道路すれすれの超低空飛行でロボットマンを飛ばし、ミクロヴェイロンを追わせたのであった。

 

 

二人は廃車置き場にあまり近寄り過ぎないところでわざと草むらに突入。いるかもしれないアクロイヤー達に気が付かれぬよう、風に揺れる草むらの動きに紛れて、少しずつ問題の場所との距離を詰めた。出入り口にも向かわず、敷地内四方に張り巡らせてある酷く錆びついた有刺鉄線の囲いの一か所にたどり着く。

ひと気もなければ、話し声などもしない。既に夕暮れ色に染め始められている草むらがそよ風に揺れる音、どこかで寂しく鳴くカラスの鳴き声が聞こえてくるだけ。閑散として薄気味悪い廃車置き場は、あちこちに動かぬ車が並べられたり積み重ねられていて、配置づけはどこか、入り組んだ墓場とか、迷路のように見えた。

二人は新Iwaki支部や別の場所をパトロール中のマイケルと連絡が取れないかと通信を試してみるが、ノイズが酷い。明らかにアクロ妨害粒子が濃く散布されていることを知る。

綾音は有刺鉄線をロボットマンに摘まみ上げさせると隙間を作り、先ずは戦闘車両、次にロボットマン自身をくぐらせて敷地に侵入した。二台のマシーンは物音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、廃車の陰を辿りながら奥へ奥へと向かって行く。

おそらく、メカニカルな人体模型風ボディをしたアクロ兵や、先ほど倒したのと同型の頭蓋骨ボディのアクロメカロボが何体か隠れ潜んでいるのだろうことは十分に予測されたが、おかしく思える程に気配が全くしない。

そのうち敷地内にある中央の広いスペースの手前まで来たのだが、あるモノを目にして綾音とメイスンは息を吞んだのだった。そこかしこにあるモノ同様、積み重ねられた廃車があるのだが、その手前に場にそぐわないトレーラーがポツンと置かれていたのだ。クリアグリーンのボディはまるでSFメカ風の複雑な作りで、大きさが、少し大きめのオモチャのラジコンぐらいしかない。

 

 

「・・・あれは!」綾音は驚嘆の言葉を吐く。昨日、公園で会ったミクゾン部隊所属の青年ミクロマン・サイバーが運転していたSF戦闘型トレーラーではないか! 確か名前はミクロトレーラー。目を凝らして見ると、運転席内部には白と黒のツートンカラーをした、アイザックと同型のレッドパワーズ仕様のミクロスーツを身にまとうサイバーの姿もある。

気を失っている? いや、もしかして息をしていない? 彼は首をうなだれ身動きひとつせずにシートにもたれかかっているようだ。

「あれ、サイバーだよ! メイスン、どうする⁈」少女はロボットマンの傍らに停まっているミクロヴェイロンのメイスンに問うた。「どう考えてもおかしい。罠にしか思えない」「だとしても、放ってはおけないでしょ?」「勿論だ」彼は言いながら操縦席の索敵機能装置を作動させつつ、自らも己の目で周囲を窺う。「奴らが隠れてはいるのだろうが、気配を消す防御策でも講じてあるのだろう、検知できない」

メイスンはもう一度、ミクロトレーラーを見た。サイバーはいわきから帰る途中、アクロイヤーの襲撃を受けて捕まり、ここに連れて来られたのだ。おそらく我々ミクロマンを罠にはめる餌として利用する為に。差し詰め、子供を誘拐する計画を行う中でミクロマンが現れたらその時点で計画を変更、人質の罠を設置し、油断を誘い我々のことを襲う流れに違いない。――そう、実際に、メイスンのその推理は当たっていたものである。

アクロイヤーめ、卑怯な手を考えるんだからッ・・・⁈」メイスンが推測した内容を、綾音もまったく同じく想像していたのだった。

「どのみち何をどうしようが、敵は動きを見せる。・・・取り合えず、俺が様子を見てくる」車をスタートさせようとするメイスン。

綾音は思うところがあり、彼を制した。「ちょっと待って。罠だとするなら、あちこちから奴らが出てきて不意打ち攻撃を仕掛けてくるかも知れないじゃん。そうなった場合、やつらのど真ん中なんだよ、動き方が限られる車だと不利に思えなくない? 人型のロボットマンの方がどうとでも対応できる気がするんだけど?」

メイスンはガラス越しに見えるロボットマンのパワードーム内にいる少女の意見に驚く。「・・・確かに」「あたしが行って来る!」メイスンは的確な分析を見せた仲間の言葉に従うことを決めた。

「了解した。敵影をキャッチしたら、俺がここから援護する」赤いミクロスーツのミクロマンに、綾音は軽く右手を上げると、ロボットマンを広場に踏み出させたのであった。

 

〔第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.3>に、つづく〕