ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.3>

 

綾音は夕暮れの中、茜色に染まる廃車置き場の中央広場をゆっくりと進んで行った。ミクロトレーラーに近付くにつれ、それなりの損傷を受けているのが分かってくる。公園の時にはなかった弾痕や煤がついているのだ。サイバーが襲撃を受け捕らえられたことは、火を見るよりも明らかであった。

ロボットマンの長い影がミクロトレーラーまで伸びる。陽の光が入り明るかった窓がロボットの影で覆われたのだ、いきなりどうしたのだろうと車中の人物は気が付いてもおかしくはないのに、サイバーはピクリとも動かない。

いつ襲撃が始まるのか正直ヒヤヒヤしていた綾音であったが、特に周囲に変化はなく、ついには大型トレーラーの真ん前にたどり着いてしまったのであった。ロボットマンに片膝をつかせ運転席を覗き込む綾音。サイバーは顔にいくつも痣を作り、口からひと筋の血を流している。しかも細いワイヤーの様なもので体を縛られているではないか。かなりの痛手は追っているが、呼吸はしている。

「生きてて良かった! でも、酷い・・・」綾音は早く助け出さなくてはと、ロボットマンの両手を運転席のルーフに伸ばす。昨日の様子では、ドアの他に、運転席はこの天井部分が大きく開いていたはずだ。子供な上、生身の自分が降りて行こうものなら必ずアクロイヤーの餌食にされる。降りて行かず、ここはロボットマンに救出させるのが得策だ、と少女は思う。

どうやってルーフの開閉ロックを外すのかは知らなかったが、この際だから無理やりにでも・・・いや、待てよ、と綾音は思い止まった。スパイ物やアクション映画では、アタッシュケースや謎の箱のふたを開けた途端に仕掛けられていた爆弾が大爆発を起こすと言うのはお決まりパターンではなかったか。アクロイヤーがその手の罠を仕掛けていないとは限らない。いや、でも、人間に存在を知られてしまうような、映画の様な派手な罠を用意するものだろうか・・・? しかも周囲には、引火し更なる爆発を引き起こすかもしれない油の残る廃車両がごまんとあるのだ。しかし、これまでに幾度となく計画を邪魔されてきたアクロイヤーのこと、怒りも頂点に達しているのも容易に想像できる。だから、やっぱり、もしかすると・・・。

迷った綾音はひとまずもう一度キャノピーからミクロトレーラーの運転席内部を良く確認してみようと考えた。その時・・・! いきなりトレーラーのルーフが勢いよく開いて、中から黄土色の塊がロボットマン目掛けて飛び出して来たのである!

銀色の頭部、その顔面に黄土色の塊がぶつかり、片膝立ちのロボットマンは体勢を崩し、片手を地面に突いてしまった。顔面から飛び跳ねた塊は宙を舞って廃車にぶつかると、また弾け、今度は地面を突いていた方のロボットマンの腕に激突、腕がよじれ自らを支えられなくなった巨大ロボは地面に倒れ込んでしまう。

一方、腕にぶつかり再び弾けた黄土色の塊は空中をクルクルと回転、ミクロトレーラーの開いたルーフの上に着地する。

横倒しになったロボットマンのキャノピー内から綾音は塊を凝視した。塊は、ミクロマンと同じほどの背丈をした、人の姿をしていた。それは軽装鎧を身にまとったサル――おそらく西遊記に出て来る孫悟空――をディフォルメした様な形状をしていて、全身が黄土色。顔の下半分と襟首の赤い塗装がおそらく大きな口を表現しているのであろう、そこだけが鮮やかな別色をしていることもあり、口ばかりが目立って見えているものだ。右手には長い棒状の物を携えており、孫悟空を模しているのだとすれば、おそらくそれは愛用の武器・如意金箍棒 (にょいきんこぼう)こと如意棒なのではないかと推測された。

 

 

ロボットマンの後方から、激しい戦闘を行う物騒な物音が響いてきていることに少女は気が付く。慌てて綾音が周囲を確認すると、半ば開いたままの廃車の窓、ボンネット、ドア、またはタイヤの陰、取り外された部品の山々の隙間から、鳥肌が立つくらいにわらわらとアクロ兵とアクロメカロボが湧いて出てきているではないか。ざっと見、30~40体はいるだろうか? おそらく、あのサルロボが出て来るのに合わせて襲い掛かる手筈だったのだろう。サルに連続攻撃を受けていた綾音が右往左往しているうちに敵側の大掛かりな襲撃は始まっていたようであった。

ミクロヴェイロンはと言えば既に動き出しており、走り回りながらルーフ上のレーザービーム砲で、的確に敵を倒し回っていた。特にロボットマンの周囲にいる敵兵達を中心として。メイスンは約束通り、援護射撃をしてくれていたのだ。

綾音は急いでロボットマンを立ちあがらせようとするが、サルが構えた如意棒の先端から電撃がほとばしり、ロボットマンを襲う。ロボットマンの頑丈かつあらゆる攻撃から搭乗者を守る防護構造から、綾音は大した被害を受けなかったのが、全身にピリピリとした軽い痺れが走ったのであった。

「ロボットマン、早く立ち上がって!」綾音の意思を読み取り、巨大ロボは地面に手足を突いて立ち上がろうとする。そこに三度、サルロボの体当たりが腕にさく裂、ロボットマンはまた顔面から地面に転んでしまったのであった。

おそらく相手は力業では巨大ロボに敵わないことを知っており、ロボットマンを転倒させて動きを封じつつ、あの電撃を何度も浴びせ掛け、巨体を徐々に破壊するつもりなのだろう。戦闘のプロフェッショナルではない綾音でも、それぐらい想像できる。

「くそっ!」地面にうつ伏せに倒れているロボットマンの巨体を仰向けにし、なお立ち上がらせようとしたところ、パワードームの上にサルロボが舞い降りてきたので、綾音はギョッとしてしまった。如意棒を構えるサルロボは無表情で、綾音を見つめるその眼は戦うことしか頭にないような冷たく冷酷な色合いしか示していない。「ロボットマン、覚悟!」サルが感情のない冷静な口調で、そう告げてきた。

綾音は直感する。「喋れるみたいだけど、こいつ“心”がないみたい」と。ミクロマンと出会って以降、綾音はウェンディやアシモフ、敵側で言えば群青色の樽ロボ、黒いカニロボと言った、まるで人の様に話して動く意思を持つロボットを見てきた。彼・彼女らはいずれも、良いにせよ悪いにせよ、人間くさい“心と表現できるようなモノ”を持ち合わせているように感じられたものだ。このサルロボも出会ってきた者達と酷く似通ってはいるのだが、その共通した“心のような物”が感じ取れなかったものである。意思はあるのだが、まるで戦うことだけを生きる目的としている様な・・・。

サルロボが如意棒を振り上げる。万事休す! これだけの至近距離で攻撃を受けたらどうなるか? 大丈夫なのか? 恐怖した綾音が慌てて両腕で己の顔を覆うのと、如意棒が振り下ろされるのが同時であった。

刹那、「ガン!」と何かがサルロボに突撃しぶつかった。覆った二本の腕の隙間から、真っ黒いボディのマグネジャガーの雄姿が確認できる。綾音を守る為、磐城家方面から遅れてやってきた黒豹は間一髪、主人のピンチに間に合い、隙を見出しサルロボに飛び掛かったのだ。

ジャガーはサルロボの腕に食らいついている。二体はもみ合いながらロボットマンから転げ落ちて尚、地面の上で取っ組み合いを続けていたのだった。

サルロボから解放された綾音はすぐさまロボットマンを立ち上がらせる。「ハリケン、うちは大丈夫だから、アクロ兵達を倒すのを手伝って!」ロボットマンの背中にピッタリとくっついていた赤い猛禽類型機械生命体は命令を受け、巨体から離れ一度大空に飛び上がると、広場に群がる悪の兵団に空から強襲を仕掛け出したのだった。

 

――広場の別の場所では、ミクロヴェイロンを操るメイスンと敵兵の別の戦いが繰り広げられている。

1体目の目標とされたアクロメカロボは、ルーフ上部のレーザービーム砲二門が弱点二か所に同時命中し、爆散。

2体目の目標とされたアクロ兵は、戦闘車両の体当たりにより吹き飛ばされ、その勢いで山積みにされていた壊れた部品の鋭利に突き出ていた箇所に胸から突き刺さり、絶命。

3体目と4体目の目標とされたアクロ兵は、レーザービーム砲二門が1門ずつそれぞれの膝に命中、岩状の固い地面に倒れ込んだところを、ミクロヴェイロンが構わず轢いて通り過ぎ――車両の4つのタイヤは敵を検知すると鋭利なスパイクタイヤと構造を変化させるのだ――身体をバラバラにされた。

数が多い為、瞬時にとはいかないが、敵兵が打ち出してくるレーザーガンやマシンガンの攻撃を戦闘車両に回避させつつ、この様な感じでメイスンは確実に1体ずつ仕留めている。撃ちだした閃光は外すこともないし、体当たりした敵は必ず吹き飛ばされ不利な姿勢で倒れ込む。銃器類を扱う名人と言うだけではない、メイスンはマシーンの操縦テクニックにもそれなりに長けていたのであった。「マイケルには少し及ばない」とは本人談であるが、周囲から見たらどう及ばないのか分からぬほどの高度なテクニックである。

メイスンは戦いながら広場を奥の方まで激走、大きく弧を描くようにUターンしながらロボットマンの方に向き直る。ロボットマンとハリケンバードはミクロトレーラーを守るようにしてアクロ兵やアクロメカロボ、マグネジャガーはサルのような姿のロボと格闘しているのが確認できた。

「あいつが指揮官か?!」他の者とあからさまに様子が異なる目立つサルロボに違和感を覚えたメイスンは、ジャガーの相手を早めに始末した方が良いと判断、レーザービーム砲で狙い撃つ。すると何と言うことだろう、危険を察知したサルロボはなりふり構わず無理矢理ジャガーを引き離すと、バク宙をしながら光線をすんでのところで避けたのであった。「やはり、他とは違うな!」メイスンはミクロヴェイロンを黄土色のロボへと走らせることにした。

異様な殺気を放つ超スピードの戦闘車両を近寄らせるのはまずいと感じたロボットゴクーは、高く跳び、3段に重ねられた廃車の上に飛び乗った。そして何を思ったかロボットマンの背中側に位置する、やはり重なった廃車の一部に如意棒のレーザー攻撃を浴びせかけると、その場から離れたのであった。

逃げるゴクーを追いかけ、廃車置き場の迷路コースに入り込むメイスンの操るミクロヴェイロン。

ロボットゴクーが離れたジャガーと、空と地上を行ったり来たりしているハリケンバードの2体は、群がってくる敵兵に悪戦苦闘している。

飛び掛かってきたアクロ兵2体を、両の腕の怪力で粉砕したロボットマンを、綾音はミクロトレーラーの方へと向かわせようとした。少しずつ数が減り出したこともあって、敵側の包囲網に隙が出来てきている。今のうちにサイバーを救い出してしまおう、と彼女は思ったのだ。だが、次の瞬間、背中側に嫌な気配を感じ取り、彼女は振り返ると上を見上げたのであった。

すると何と言うことだろう、三段に積み重ねられた廃車の上段と中段の車がバランスを崩し、落ちかけているではないか! すぐにでもずり落ちてくるその寸前の状況である。サイバーを拾い上げてから逃げ出す時間はない。自分だけなら逃げ出せれるが、それでは位置からして落ちてきた廃車にミクロトレーラーは押しつぶされることだろう。頑丈そうなトレーラーが仮に無事だとしても、運転席の天井が開いていることから、もしかするとサイバーは飛び出してしまい潰されるかもしれない。

綾音は瞬時に判断、迷うことなくロボットマンをジャンプさせると崩れ落ちそうになっている廃車の一番下側の車の屋根に飛び移り、落ちそうになっている上ふたつのうち中段の車の下部をロボットマンに押さえさせ、上ふたつが崩れるのを塞き止めたのであった。それしか手段がなかったのだ。

綾音は冷や汗を手の甲で拭う。「あのサル野郎、さっき変な風にレーザービーム外したと思ったけど、これが狙いだったのか!」少女は怒りに声を荒げる。

ミクロヴェイロンとロボットゴクーの姿は見えない。敷地内のまったく別の場所で戦っているのだろう。目の前の広場では、半分以下に減った敵兵たちに、少女の勇敢たるしもべ2体が応戦している。

 

――崩れるのを止めるために身動きできないロボットマンである。本来であれば巨人の様な怪力を誇るこのロボットの力をもってすれば、人間の扱う車両2台など余裕で持ち上げ、裏側に投げ飛ばすなど造作もないことであった。しかし、空を飛ばすことが出来ないことと同様、綾音の中にある一般常識「この様な小さなロボットはそんなことが出来るはずがないという先入観」が邪魔をして、本来出せるはずのパワーを発揮させることができずにいたものだ。操縦する綾音自身が、やれないと思い込んでしまっていたのである――。

 

戦闘のプロ・メイスンと頼もしいマグネアニマル達に任せておけば、そのうち戦いは終わるはず。崩れるのを止めるのに自分はここで待機しているしかない。綾音はそう判断したのであった。

しかし、この状況こそが、アクロイヤーが計算していた罠であることに、少女はすぐに気が付くことになる。何故なら、広場のすぐ上の空に急に怪しげな煙のようなものが発生したかと思ったら、それが渦を巻き始め、中心部から邪悪な気配を漂わせる巨大なメカニックの物体が徐々徐々に姿を現したからだ。

 

――黄土色のサル型ロボ・ロボットゴクーは俊敏な動きで、戦闘車両から撃ちだされるレーザー攻撃を、間一髪のところで次々に回避していく。タイミングを見て戦闘車両が繰り出す体当たり攻撃も、難なく躱していく。跳んだりはねたりバク転したり、まるで曲芸師だ。アクロバティックな動きは洗練されており無駄がない。見事なまでである。

「なるほど、やはり他とは違う」メイスンはボソリと呟いた。

攻撃される一方ではない。ゴクーも飛び跳ねつつミクロヴェイロンに棒術で襲い掛かったり、如意棒の先端から連続でイカヅチ状の電撃ビームを放ってくる。メイスンの操るミクロヴェイロンも、やはり間一髪のところでそれらの攻撃を回避していくのであった。

山積みにされた廃車の壁が両サイドにある迷路の中で、いつしか二人は一騎打ちになっている。

「これではキリがないな」ふたりは同時に呟いた。

アイザックからの要望もある。データ集積の意味も兼ねて、ミクロバトルプロテクターシステムを起動させる」メイスンはハンドルの中央部にある赤く大きなMの文字をあしらったハンドルエンブレムボタンを押した。

 

 

――ミクロバトルプロテクターシステム。ミクロマン・都市守護部隊ポリスキーパーに新型戦闘車両と共に配備される予定の、戦闘用強化アーマーのことである。ミクロヴェイロン内部に組み込まれ搭載されているそれは、頭の天辺から足のつま先までミクロマンの全身を覆う言わばメカニカルな騎士の鎧(形状はどこか大きなヘルメットを持つ宇宙服を連想させる)であり、実弾・ビーム兵器問わず、あらゆる攻撃に対し高い防御力を誇る。戦闘アシストプログラムも搭載しており、装着した者の戦闘能力を10倍にも20倍にも引き出し高めるものだ。推進装置スラスターも装備、短時間なら飛行も可能である。ミクロヴェイロン同様、アーマーの試作品もアイザックは受領していたものだ――

 

ミクロヴェイロンの操縦席が銀色に光り輝く。メイスンの四方を囲むメカニック壁のパネルが部分的に開き、内部から各部位用のプロテクターが瞬時にせり出し、あっという間に全身がアーマーで覆われた。ルーフではパトランプがけたたましい音と共にシグナルを放ち、天井が大きく開く。ブシュッっという小気味よい空気砲が打ち出されるような発射音がすると、光り輝くミクロバトルプロテクターに身を包み込んだメイスンが大空に向かって射出されたのであった。その雄姿はまさしくヒーローのそれだ。

 

アクロ移動基地

――「フフフフフ・・・見よ、そして驚け! これこそがアクロ移動基地ダッチ!」ロボットマンの頭上から、聞いた声が響き渡る。渦の中心部からゆっくりと姿を見せたそれは、一見すると掘削機のような姿形をした中型の飛行マシーンのようであった。全体は黒色。三角形のデザインをしており、先端を構成する巨大ドリルはボディの半分を占めるほどの巨大さだ。その後ろには操縦席と思われるスペース、両翼部分には砲塔があり、遠隔攻撃も近接戦も可能とする万能型飛行戦艦と思われた。

声の主は、以前、綾音が漁網倉庫で戦った、あの群青色した樽型のロボットである。

そして馴れ馴れしく綾音に手を振りながら、「ジャン・ジャ・ジャーン! カッコいいザンスっしょ?!」とおどけて見せている右側砲塔の砲撃手スペースにいるのは、防空壕跡にいた黒いカニロボだ。

「計画通り、ミクロマンが廃車を支えている! 右側ビーム砲、発射ダッチ!」右手の人差し指でロボットマンを指差す樽ロボ。「アイアイサー、ダッチ!」カニロボが敬礼、照準器を覗き込むや否や砲台から真っ赤な閃光が放たれると、それがロボットマンのすぐ脇、廃車のボディに命中したのであった。バチバチバチと激しく火花が飛び散り、激しい振動が起こると保っていた重なる廃車のバランスが崩れそうになる。半身を捻ってなんとか後ろを見ていた綾音は慌ててロボットマンを正面の廃車に向け直し、もう一度車を押さえ込んで崩れぬようにしたのであった。

「この間のお返しダッチ~!!」カニサンダーが片眼を閉じながら照準器を覗き込み、トリガーを引く。二発目が発射されると、今度はロボットマンの背中に命中した。ロボットマンと綾音の全身に電撃の様な痺れが走り抜ける。先程とはけた違いの痺れに、綾音は呻いた。

マグネジャガーとハリケンバードは勿論、何が起きたか理解しているし、主人を援護したいと考えている。しかし、残るアクロ兵やアクロメカロボが邪魔立てして、応援に向かうことが叶わずにいたのである。

先刻、少女が気付いた様に、この状況下を作ることこそが、今回アクロイヤーが計画していた作戦であった。ロボットマンにせよ他のミクロマンが現れたにせよ、人質を守らせるよう仕向け、身動きできなくさせて、そこを攻撃して葬る段取りである。

「アクロ移動基地、ドリルスピン攻撃ダッチ! 女ミクロマン、覚悟―ッ!」アクロボゼットは叫びながら操縦桿を操作、飛行要塞の巨大ドリルを超高速回転させると、一直線に機体をロボットマン目掛けて突撃させ始めたのだった。

 

 

――最初こそガトリング砲で攻撃を仕掛けていたメイスンであったが、ゴクーの回避術に攻撃は一向にヒットしない。何という素早さだろう。掃射でなら当てることが出来るのではと思ったが、想像以上の運動能力だ。この武器ではダメだなとメイスンは思った。

アーマーに取り付けられているガトリング砲をパージ、ミクロバトルプロテクターの機能を使い、メイスンはミクロヴェイロン号から近接武器ミクロバスタードソードとシールドを転送させる。

プロテクターとヴェイロンは、互いに簡易次元転送装置が内部に組み込まれた戦闘兵器だ。テクターを身に着けている者は、車両内に搭載されている様々な近接武器や射撃武器を思い通りに自分側に瞬時に転送させ装備することが可能。不必要となれば、逆にヴェイロンに送り返すこともできるのだ。

メイスンと、黄土色の武芸戦士ロボットゴクーは、近接戦に突入した。メイスンのミクロバスタードソード、ゴクーの愛用する如意棒、ふたりは各々の近接武器を振るい合う。

剣先が目前に来るとすんでのところで避け、棒の突きが入ればシールドで防ぎ、剣と如意棒がぶつかり合えば鍔迫り合いとなる。

間合いからやや遠のけば、バスタードソードの刃全体から光の衝撃波攻撃が、如意棒の先端からは電撃ビームがそれぞれ放たれ宙を裂き、相手を襲う。飛び交う互いの閃光攻撃を回避するのに、黄土色ロボは宙を舞い、赤のミクロマンはスラスターの角度を駆使して横っ飛びを繰り広げた。

そして再び二人は互いの間合いに入り、手持ちの武器をぶつけ合う。

メイスンは射撃武器のプロではあるが、近接武器はかじった程度の技術力しか持たない。それでいてこの互角の戦いである。ゴクーの棒術さばきはかなりの腕前であったが、こうして対等に渡り合えるのも、実はミクロバトルプロテクターのアシスト機能の賜物であったのだ。

事情どうあれ、互角の戦いに、決着がつく気配はない。

 

 

――「前さえ向けられれば、必殺の光子波光線が使えるのに・・・!!」敵に背を向け、ロボットマンに上段の廃車を押さえさせている綾音は万事休すと両目をぎゅっと閉じた。思えば漁網倉庫の戦いも、防空壕跡の戦いも、勝利を勝ち得て来れたのはたまたま運が良かっただけの話なのかもしれない。そもそも戦士でもない自分が戦い続けられたのは、ロボットマンのおかげなのだ。決して自分が強かったり、能力があったわけではない・・・。

仲間たちは目の前の敵との戦いで必死になっており、とても助太刀には来てくれないだろう。ロボットマンの背中側からあの巨大なドリルで自分は貫かれ、ここで人生を終えるのだ。

でも、ここで自分が終わってしまったとしたら、家族はどう思う? 胡桃ちゃんは? ミクロマン達は? 何よりアクロイヤーの悪事をこれから誰が阻止するのだ? またミクロマン達に任せっぱなしにするのか? アクロイヤーの魔の手から平和を守る人間側の代表気取りだった自分は、それでいいのか? ・・・ダメだダメだ、まだ自分は終わるわけにはいかない! どうにかしてこの窮地を脱するのだ! あたしは同じ子供達のために、愛する皆の為に、そして自分自身の信念を貫く為に、戦い続けなくてはならないのだ・・・!!

「綾音! 運が良かったのでも、ロボットマンの力でもない! その強い想いがあるからこそキミは勝利してきているのだ!」

声ではない、何者かの“意識”のようなものが、ハッキリと綾音の脳内に届き、響いた。

驚き、綾音は目を見開くと、ロボットマンの半身を捻らせ、迫りくるアクロ移動基地の方へと顔を向けてみた。

 

――急に黄土色のサルロボが動きを止めた。身構えてはいるが、戦いの手を止めたのだ。「拙者は、ロボット59号。仲間はゴクーと呼ぶ。貴殿、名は何と申す?」やたら古めかしい言葉遣いで、まるで時代劇に出て来る武芸者の様である。メイスンも身構えながら動きを止めると、答えたのであった。「俺はメイスン。なかなかやるな、ゴクー!」

するとゴクーは両手で如意棒をクルクルと数回ほど回転させるといきなりピタリと止め、先端で地面をドンと突いたのであった。

「お主が噂に名高いメイスンであったか! お主と拙者、力は五分五分といったところであろう」「・・・・・・」「このままでは埒が明かないな」「俺もそう思っていたところだ」「どうだメイスン、一瞬で決める一発勝負の決闘を行わないか?」「・・・・・・」返事を待たず、ゴクーはすぐ傍の廃車の上に飛び乗った。メイスンは黙ったままスラスターを使い、同じく廃車の屋根へと飛び移る。

「メイスン、お前は射撃術において、誰にも負けないかなりの腕前と聞いている。それがしはあらゆる武術に精通しており、勿論、射撃術でも誰にも負けたりはしないと自負しているものだ。どうだ、射撃術の決闘で勝負を付けようではないか?!」

ほんの少しだけゴクーのことを見つめたメイスンは、腕にセットされているミクロバトルプロテクターのパージボタンを作動させた。装備が、テクターに取り付けられている簡易次元転送装置の働きで、一瞬にしてミクロヴェイロン内部に転送、再収納される。

メイスンの元に残ったのは、右腰のホルスターにある、彼の愛用するミクロブラスター銃一丁となったのであった。

「銃による決闘。・・・こちらは如意棒の電撃ビームを使わさせてもらう」ゴクーの言葉に、メイスンは何も口にせず軽く頷いて見せた。

 

 

――青い物体が突如として大空から飛来、アクロ移動基地のボディに激突した。物凄いスピードである。まるで青い流星のようだ、と綾音は思った。流星に見えたものの正体は、彼女が以前アクロモンスター・イグナイトに襲われた時に現れ助けてくれた、青い戦闘型ロボットである。飛行状態のままくるりと身を翻すと、ロボットマンの前に移動してくる。

不意撃ち攻撃を食らった黒い戦艦はガクガクと巨体を激しく揺らしながらロボットマンへのコースから完全に外れてしまった。あまりの衝撃ぶりに面食らったアクロボゼットではあったが、必死に操縦桿を握り姿勢制御を試みているものだ。

カニ! 撃て、撃つんダッチ!」振り落とされないように砲塔にしがみつきながら顔を青ざめさせているカニサンダーに、ゼットは大声で指示を出した。臆病者の黒いカニは、恐怖からギャーギャー喚き声を上げつつ砲塔からレーザービームを連続発射する。巨大砲塔であることから出力も高く、ミクロマンIwaki支部で扱われているメカに搭載されているそれとは威力が段違いであった。空中に広がる空気を裂く巨大な光と音が何度も何度も綾音たちを襲う。

「バリヤー・グリブ展開!」男か女かわからない機械の合成音声で、青い戦闘型ロボットの搭乗者が叫ぶと、標的にされた二台のロボットを守るピンク色のバリヤーシールドが青い戦闘型ロボの胸にある猛禽類の意匠からほとばしり前方に大きく張り巡らされたのであった。二体のロボットを包み覆う透明のピンク色シールドに当たると、レーザービームがバチバチと轟音を立てて分散、消失していく。

「あの戦艦の相手は私がする。キミは何とか持ちこたえろ!」青い戦闘型ロボットは言うや否や、バリヤーシールドに相手の閃光を弾かせながら、再び敵機へと向かっていったのであった。閃光の威力に押されることもあり、ゆっくりとである。その様は、大量に降り注ぐ流星を弾きながら、反対側から飛んで行く桃色をした星の様だった。

 

夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者

――赤く大きな夕陽が、大地に沈みそうになっている。廃車置き場のすべてが茜色に染まっていた。陰となる部分は暗く染まり、影を作り出す物は長い長い己の影を大地に伸ばす。

真っ赤に照らされたメイスンとロボットゴクーは、ともにいる廃車のルーフの端と端に立ち、振り返ってお互いを見た。

「用意は良いでゴザルダッチな?」と、ゴクー。

「いつでも?」と、メイスン。

遠くでお互いの仲間たちが戦っている様々な音が響いているが、ここはもう二人だけの世界になっていた。呼吸もしくは心臓エンジンを落ち着け、全神経を集中させるふたりの間だけは、余計な外野の騒音はしていない。

ただただ風が吹き、廃車置き場周辺の草むらを揺らす音だけがしていた。

 

――アクロ移動基地から連続で発射される砲塔からのレーザービームが、容赦なく青い戦闘型ロボットを襲い続ける。先程同様、右側の砲塔はカニサンダーが操っており、砲撃手がいない左側砲塔は、向かってくる様子の青い敵を見てアクロボゼットがオート射撃モードにしたようであった。ふたつの砲塔からなされる執拗な攻撃に、さすがの青い戦闘型ロボットもとうとうバリヤーで防ぐので精一杯、空中の離れた場所から機会をうかがうだけの状況になる。

「ああ、あのままじゃ、さすがにまずい・・・!」綾音は悲壮な声を上げてしまう。今までに見聞きした様子からして、他のどのようなメカより遥かに優れた性能を持つ機体とは思うが、このままではいつしか倒れることになるはずだ。

綾音はゴクリと唾を飲み込むと、真上を見あげた。廃車を支えたまま、なんとか加勢するのだ。完全にフリーの状態にいる今なら、なんとか姿勢を直せるはず。

綾音は天井を押さえるロボットマンの両手のうち左手を離し、手の代わりに左前腕部と左肩で上を支えさせた。そして一瞬だけ左半身で廃車を担ぐと、瞬間的に右手を完全に放し、全身をくるりと反転させる。そしてすぐさま右手でもう一度廃車を押さえさせると、両腕のパワーをうまく調節しながら左手を元の状態に戻させたのであった。

広場にずっと背を向けていたロボットマンが、万歳の姿勢でようやく正面を向く。さすがに二台分の荷重を片腕で支えさせることは不可能に思えたが、瞬間的なら何とかなったようだ。うまくいくかどうか分からなかったので冷や汗モノではあったが、どうにかうまくいったと少女は胸をなでおろす。

ロボットマンは、相変わらず廃車を持ち上げたままだが、ここから動かずとも援護射撃できる姿勢を取れたのだ。綾音はマックスから教えてもらっていたロボットマンの必殺武器を今こそ使う時だと思った。

 

――ガンマンと武芸者の間に、沈黙と、わずかばかりの時間が過ぎ去った。合図も何もない。お互いがお互いの攻撃態勢に移る動きを察知して、お互いに武器を抜き光線を放つのだ。それが彼らにとって、暗黙の了解の決闘方法である。

メイスンが、ホルスターから目にも止まらぬ早業でミクロブラスター銃を抜いた。

ロボットゴクーが、やはり目にも止まらぬ早業で如意棒を構えた。

次の瞬間、お互いの武器の先端からひと筋の閃光が光り輝く。

誰が見ていたとしても、あまりにも早すぎて、手の動きも、構えの動きも、引き金を引いた瞬間も、棒の攻撃スイッチを押した瞬間も、一切見えなかったに違いない。あまりにも早すぎて、ふたりがピクリと動いたように感じ取った時には、既に、決着はついていたのだ。

 

ロボットマンの必殺武器“光子波光線”

綾音は正義の雄たけびを上げた。「アクロ移動基地に、照準セーーーットッ!! いくぞ、光子波光線、発・射―――ッ!!!!」ロボットマンの両胸の光線発射口から、二本の黄金色の光の束が一直線にアクロイヤーの黒い飛行戦艦へと伸びていく!

「ヤヴァ?! 避けるザンスーーーッ?!」人一倍臆病者のカニサンダー、さすがいつどこから何が襲い掛かってくるものかと恐れおののいていた彼は、戦場のあらゆるところに意識を張り巡らせており、ロボットマンの行動にいち早く気が付き仲間に知らせたものだ。

ギョッとしたアクロボゼットは、慌てて操縦桿を操作、ロボットマンから放たれた必殺の光子波光線の束を回避する為に移動基地を傾ける。だが、その回避運動の動きは一歩及ばず、光線は戦艦の腹をかすり、激しいスパークを引き起こしたのであった。

 

 

メイスンとロボットゴクーの間で、またわずかばかりの時間が過ぎた。

いきなりゴクーの右肩からパチパチと火花が散り始め、彼はガクッと片膝をつく。

メイスンは自慢の愛用の銃をホルスターにしまい、ゴクーに歩み寄った。

「拙者の負けだ」と、ゴクー。「いざぎ良く、負けを認めよう。さぁ、とどめを刺してくれ」続けざまに申し出てくるゴクーにメイスンは首を横に振って見せたのであった。

「なんだと? なぜ情けをかける? 生き恥をさらせと申すのか? それがお主のやり方なのか?!」口調を荒げるゴクーの左腕をあごで指し示すメイスン。「つい先刻気が付いたのだが、それは俺との戦いでできた傷ではないな? おそらくジャガーともみ合った時に出来た傷だろう?」ゴクーは左腕を見てハッとした。上腕部の装甲の一部が裂け、内部のメカが弱弱しい微かな火花を放っている。戦いに集中しすぎて、傷を受けていたことを気付けずにいたようだ。言われれば確かに、黒豹ロボと取っ組み合いになった時に、ダメージを被ったような気もする。

「この決闘はフェアじゃない。傷付き、本来の力を出せずにいる相手を打ちのめしたとしても、それは勝ちではない。これで俺の方が勝ったなどと思われても、俺の戦士としてのプライドが許さないし、迷惑だ。そもそも相手にとどめを刺すなど、そんなことは“心”ある者のすることではないだろう? 誰に何と言われようが、俺の信念にも反する。だから、やらん!」

ゴクーは、「こ、心・・・?」と小さく口にしながら、メイスンの目を見た。心とは、なんだ? 自分は戦士として作られ、戦士として働くように作られプログラムされている。戦士とは完膚なきまでに相手を倒し、葬り去る生き方だ。誰よりも強くあり、主の命令に従うもの。聞いたこともない、その“こ・こ・ろ”とは・・・一体なんなのだ?????

 

広場の空の方で小さな爆発音が起きる。それを通してゴクーとメイスンはハッと我に帰り、二人だけの世界から、広い現実世界に引き戻されたのであった。

微かな黒い煙を下部からたなびかせ、アクロ移動基地がゴクーたちの方へと逃げて移動してくる。すぐに二人の上に到達し、操縦するアクロボゼットの呼び声が響き渡ってきたのだった。「ゴクー、ひとまず撤退する! 早く飛び移れダッチ!」立ち上がったゴクーはメイスンに視線を戻した。

「今日のところは引き分けと言うことにしよう。お互い、ベストコンディションの時に、改めて決闘することにしないか?」メイスンの申し出に、ゴクーはうなずく。

「ゴクー、早くおいで! 帰ろうダッチよ~」戦うことに疲れ果てて目をグルグルと回しているカニサンダーがおいでおいでと手招きした。

「また会おう、好敵手メイスンよ!」乗り移れるよう高度を下げていたアクロ移動基地へと、黄土色のサルは飛び移る。

 

謎の青い戦闘型ロボは綾音に“ブルーイーグル”と名付けられた…!

アクロイヤー軍団とは言え、撤退し始めた敵、しかも本隊ではなく配下の一団ならば追いかけるまでもないだろうと判断したのか、青い戦闘型ロボットは綾音の元に戻る。アクロ兵達をようやくすべて倒し終わったジャガーとハリケンバードも主人を心配しやってきた。

全員して協力し合い、落ちかけていた廃車を元の位置に戻せたことから、綾音はようやく自由の身となる。

少女は青い救助者に礼を述べたのであった。しかし、青い戦闘型ロボットは話を聞いているのかいないのか、再び現れた渦巻く黒雲の中心部に突入、現れる前までいた別の次元界と思わしき空間に逃げ去るアクロ移動基地を見つめ黙っているだけだ。

「ロボゼット、カニサンダー、ロボット59号。アクロイヤーにいいように利用されているのか・・・?! 哀れなことだ・・・!」隣にいる青い戦闘型ロボットが、ふと小さな声でボソリとそう独り言を口にしたのを綾音は聞き逃さなかった。あの3体のロボットの名前であろうことはすぐ想像できたが、どうして知っているのだろうか? もしかして知り合いだったのか?

廃車の上から飛び立ち去ろうとする青い戦闘型ロボットを少女は呼び止めた。「なんだか、あなたは何でもかんでも知ってるみたいな気がする。前も聞いたと思うけど、正体は何なの?」ロボットは答えもしなければ、振り向きもしない。「まぁ、聞いたところで教えてくれる感じでもないよね~。じゃ、せめて名前だけでも教えてよ。名無しの権兵衛さんでは、こっちとしても付き合いにくいじゃない?」綾音は様子を見ながら、わざと会話を引き出す為に鎌をかけてみたのだ。だがやはり、青いロボットはひと言も答えようとはしなかったのであった。

「じゃ、さ、勝手にあたしが名前つけてもいい? 皆、青い戦闘型ロボットとか、アンノウンとか言ってるんだけどさ、イマイチだよね。んーと、その胸に付いてるのは鷲なんでしょう? 青い・・・鷲・・・。“ブルーイーグル”ってどう? カッコイイよね?!」

主人に頷きながら右手を上げて見せる、しもべの2体。

するとその時になって初めて青い戦闘型ロボットは振り返り、綾音と目を合わせた。「そう呼んでもらって構わない」ひと言だけ告げると、前回同様、あっという間に空の彼方にブルーイーグルは消え去って行ってしまったのである。

もうすぐ陽が暮れる。夜のとばりが降りようとしていた。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年5月〇〇日◆

『今日のアクロイヤーとの戦いで、綾音ちゃんはかなり危険な目に遭いました。大ケガはしなかったけど、戦いの厳しさを身に染みて実感したみたい。でも、彼女は挫けることなく、逆に平和を守る為の使命感や正義感を更に強く燃やし始めたみたいだよ。本当にこの子は勇敢なスゴイ女の子だと思います! ‧˚₊*̥(∗︎*⁰͈꒨⁰͈)‧˚₊*̥スゲェー

ミクゾン部隊のサイバー君も、見た目ほどケガは大したことなく、私の素晴らしく手厚い看護を受けてもらい、すぐに新Iwaki支部(仮)である指令基地のチャージカプセルの中で休んでもらいました。そのうち元気になることでしょう。(´∇ノ`*)オホホホホ♪

アイザックさんの見立てだと、彼の大切なミクロトレーラーも、修理すればすぐに元通りになるレベルの被害しか受けてないそうです。

今回も綾音ちゃんが接した青い戦闘型ロボットは、正式に“ブルーイーグル”と言う名称で呼ばれることになりました。命名者は(即興で付けた(;^_^A)綾音ちゃんだけど、どうやらご本人さんも認めたようなので、我々もそう呼称することに決めた次第です。先ほど報告を上げた富士山麓本部も「そうしよう」って認めちゃったしね( ´艸`) これまでは、青い戦闘型ロボットとか、アンノウンなんて呼ばれていたけど、名前があった方が何かと便利だもんね~。(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪

でも、綾音ちゃんが大ピンチに陥ると急に助けに現れたり、謎の言葉を口にしてきたり、今回なんてアクロイヤーの部下のことも知っている素振りだったと言う話だし、ブルーイーグルは本当に何者なんだろうね?! 何でもかんでも知ってる感じ?! 正体を解明できないか、私たちも調査は続けるつもりです! ୧(๑›◡‹ ๑)୨ガンバルゾイ♪』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離し、ふたを閉じる。綾音の部屋の壁にある茶色く丸い掛け時計を見ると、針はちょうど19時30分を指していた。階下にある台所では、綾音と彼女の父親が何か言葉を交わしながら夜ご飯の用意に勤しんでいる。

辰巳くんとママさんは、おばあちゃん家か、帰り道にどこかにより夜ご飯を食べているのだろう。何を食べているのかなぁ、とアリスは色々と想像を巡らせた。

 

 

――その頃、辰巳と彼の母親は、個人経営のラーメン店の席に着いていた。それほど店内が広くなく奥は自宅になっている構造の、田舎町によく見られる今ではちょっと懐かしい感じの古びたラーメン屋だ。壁にはビールジョッキを手にするビキニ姿のアイドルポスターや、右手は敬礼し左手にスマホを持つ警官が『ネット犯罪に気を付けて!』と注意を喚起している犯罪防止ポスターなどが貼られている。椅子の設置されたテーブル、床より一段高くなった畳スペースに置かれたテーブルにはそれぞれ、紺色で丸い形の100円卓上占い機もあり、幼い現代っ子の辰巳にさえ、“ここは昔の古~いタイプの食べる所”というようなイメージで認識されていたものである。

このラーメン店、いわき市内で大掛かりなイベントなどがあると出張バスラーメンと称し出店することで有名でもあった。店の人間が運転してくる黄色いバスの中がラーメン屋になっており、子供が喜んで集まってくる。

店の出入り口の上には大きな看板があり、“ごろうラーメン”とあった。これが正式な店舗名なのだが、バスのイメージばかりが強く、知っている人間からは通称バスラーメン屋と呼ばれている。以前、小名浜の港祭りに一家で遊びに出かけた時に出くわし、それから辰巳がえらく気に入ってしまったこともあり、磐城家では時折この本店にも食べに来ていたのだった。

いつもだったら窓の外に、店舗に横づけにされた黄色いバスが見えるのだが、しばらくの間、修理に出しているそうで今日は不在。見るだけでも好きだったバスがなく、辰巳はちょっぴり残念であった。

辰巳の母は今日、本当であれば水石山の祖母の家で3人して夜ご飯を食べる考えだったのだが、辰巳がバスラーメン屋に行きたいと駄々をこねたことから、仕方なく帰宅途中のこのラーメン屋に寄ったのである。位置からすると自宅のある街の隣町、水石山方面から磐城家に戻る途中の道にあることからも、まぁ遠回りになるわけでもなし良いかと思い、辰巳の希望を聞き入れたのだ。

 

「まだかなぁ、お腹すいちゃったよ~」畳の上で足を伸ばす辰巳が母親に苦情申し立てると、それを聞いていた店主が「坊ちゃん、すぐに出来ますので、もうちょっと待っててくださいね~」と声だけ掛けてきた。キッチンで調理を進めている中年の男はかなり太り気味でビール腹をした体系、顎髭を生やした貫禄ある風貌で、おそらくここの店主と思われる。看板に“ごろうラーメン”とあるくらいだから、名前は“ごろうさん”なのかな、と辰巳は以前から想像していた。

「ママ、なんかオシッコ~!」股間を押さえて辰巳が急に立ち上がる。尿意をもよおしたのだ。「一緒に行く?」母の言葉に、辰巳は首を振った。僕はもうお兄さんだ、自分一人で出来るし、ここには何度も来ているので、トイレの場所も分かる。彼は急いでクツを履くと、トイレに猛ダッシュしたのであった。

 

店の奥、母屋に通じる狭い通路の中ほどにあるトイレで用を足し、水道で手を洗うとハンカチを持ってないことに気付く。仕方ないので服の腹部分で拭きながら店に戻ろうとした時、辰巳は人の気配があることを知り、なんとなく母屋の方に目を向けたのであった。

ほんの2m先のところの床にいくつかクツやサンダルが並んで置かれている。母屋の入り口かつ住居とする部屋のひとつの入り口の様である。木のドアが少しだけ開いていて、中から物音がしていた。なんとなく興味を魅かれた辰巳はそっと近づくと、目だけで中を覗き込んでみた。

SONYのテレビ、茶色の低い座卓、古めかしい茶箪笥、HITACHIの冷蔵庫、キッチン。隅には新聞や漫画雑誌が積まれたそこは、茶の間兼台所といった様子である。

そこに少年がいる。少し伸ばした髪、バスケやヒップホップ好きな子風のストリート系の服を着た、姉の綾音と同い年くらいの子だ。顔はどことなく、店でラーメンを作ってくれている男性に似ている。あのおじさんの子供だな、と辰巳は思った。

知らない少年は部屋の中の同じ場所を行ったり来たりして、なんだかソワソワしている。

なにしてんだろうと辰巳が首を傾げていると、コンコン、と部屋の窓から音がした。外から叩く小さな音だ。少年はハッとしたように窓に近付くと、サッシ窓を開く。

「どこ行ってたんだよ、姿見えないから心配したじゃんか!」と少年。

「すまない。ちょっといつもの散歩さ・・・」窓の外の人物。声は男性のそれだ。

「体の具合は同じままなんだろう? 調子悪いのに、あんまり無理すんめよ?」少年の声のトーンが少し心配げに重たいものになる。

「そうだな。ちょっと疲れたから、早く休むことにするよ」男性の声が、元気のない小さいものになった。

ドアの隙間から見える角度の限界、間に少年の背中もあるので、窓の外の人物は一向に見えない。

話が終わったのか、少年は窓を閉じると、更にカーテンも閉めたのであった。

「陽斗、宿題はやったのかい?」窓とカーテンが閉められたのに、外の男性の声がまたした。おかしなもので、まるで部屋の中、少年のすぐ傍らで喋っているような距離感だ。

「いやぁ、キミのことが心配でさ、手がつかなくってね」少年が片手を頭にやる。陽斗と呼ばれた少年のもう片方の手は彼の胸のあたりに上げられており、何かを掴んでいる? 何かを手のひらに乗せている? ふうに見える。けど辰巳のいる位置から少年の前はまったくもって見えなかったので、実際のところがどうなっているかは分からなかったものだ。おそらくスマホハンズフリー通話にして、今来て帰って行った人物とさっそく電話で話しているのだろう、と辰巳は想像した。

「辰巳、何してるの? ラーメン来たよ!」通路の入り口から母親が顔を覗かせて声を掛けてきた。なかなか戻らぬ息子を心配して様子を見に来たのだ。

「うん、いま行く!」辰巳は振り返ると、「変なのッ?!」と部屋の中の様子に関する感想をひと言でまとめ、小声に出すと店へと走って戻ったのだった。

 

 

「ミラー、それより聞いてくれよ! オレ、綾音さんと近いうちにデートできるかもしれないんだぜ!」陽斗と呼ばれた少年がくるりと辰巳がいたドアの方に向けて振り返った。

「いつもLINEでやり取りしてると言っていた女の子だね! 本当かい?!」彼の手のひらには小人がいて、嬉しそうに笑顔を見せていた。少年がそっと茶色い座卓の上に降ろしてあげた小人・・・グリーンとホワイトのツートンカラーをした、M-12xタイプのスーツを身にまとうミクロマン男性。

彼はいま陽斗少年に、ミラーと呼ばれた。そう、彼こそは、マックス達M12xチームで行方知れずになったままでいる、あのM-123ミラーその人だったのだ。

そして、彼と親しい仲にあるらしい少年は、綾音のLINE友・陽斗少年だったのである。

 

〔つづく〕