ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第10話・Gの、ものがたり<前編>

 

ここは、いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ひとつの影があった。一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラックである。

彼女の目の前の中空には、ロボット59号のメモリーから吸い出され再生装置にかけられた、先日の廃車置き場における戦闘記録動画が立体ビジョンとして映し出されている。赤いM-12xタイプのミクロスーツを身にまとうミクロマン・メイスンとの、お互いに高度な戦闘技術を駆使して戦う様は、歴戦の勇士でもある女傑デモンブラックにも感嘆のため息をつかせるに値するものであった。「ゴクーめ、なかなか見どころのあるやつだこと」口の左端を上げ、ニタリとしながら悪魔が指をパチンと鳴らす。

するとビジョンが切り替わり、今度はアクロ移動基地のメモリーから吸い出された戦闘記録動画が流れ出した。廃車を崩れないように支えるロボットマン。胸のパワードーム内操縦席にはここのところ報告に毎回出て来る女性ミクロマンが搭乗している。ひたすら己達が有利に立っていると思い込んでいるロボゼット、カニサンダーの油断しきった間抜けな喜び面が出て来ると、デモンブラックは、今度は落胆のため息をつくのであった。「さすが、相手の戦略をみじんも読み取れないおつむの弱いゼットと、有利に立ったと思い込むといつもの臆病さから来る注意力が散漫となるカニサンダーだ、こと・・・」

動画の最後のシーン、ロボットマンが両胸の光子波光線を発射する展開を見て、デモンブラックはガックリと首をうなだれさせた。「怪力を誇ると言うロボットマンが、あのような人間風情の作り出した鉄くずのひとつやふたつをそこらに放り投げるなど造作もないことなのだ! それをわざわざ出来ないように演じ、必死に支えているとみせかけて、こちらの油断を誘っているということすら気が付けないとは・・・情けなくなる。マックスの優秀な配下の女戦士は、ユニーカーダッチ軍団の連中がどのような脳みそを持つ面々なのかを既に見抜いているに違いない・・・!」

重くのしかかる様な中年女性の声色で、黒い悪魔はそうブツブツと独り言を口にしたのだった。

 

ごきげんよう、デモンブラック氏。今、よろしいですか?」知的なトーンの若い女性の声がした。デモンブラックからそう離れていない位置に、いつの間にやら小さな緑の点が空中に現れている。

ごきげんようグリーンスター嬢。構わんよ?」気を取り直したように、デモンブラックは顔を上げ、仲間を招き入れた。

緑の点が急激に膨れ上がり、ひとの姿形に変わり一体のアクロイヤーとなる。薄い緑色のボディをしたアクロイヤー1タイプ・グリーンスターである。

「先日の戦いで傷ついたロボット59号ならびにアクロ移動基地の修理、ただいま完了いたしました」「ご苦労様、それは何よりです」グリーンスターは、中空で停止されている動画に目をやった。ブラックが肩をすくめて見せる。「“脳のない”ロボット、“勇気のない”ロボット、“心のない”ロボット。それを承知で使っているが、わざと不完全体で作られているだけあり使い勝手はよくないねぇ」「はい、そう思います。そのような彼らの指導に当たられているブラック氏の心中お察しいたします」「ありがとう、グリーン嬢」

今度、肩をすくめて見せたのはグリーンであった。「あれでも我が軍の量産型一般兵士より遥かにデキは上であるはずですし、ひとまず現場の指揮系統に当たらせておくことに間違いはありません。使えるところまでは使って下さいませね。捨てるのはいつでもできますから」「ああ、わかっている、わかっているよ」念を押すつもりは毛頭なかったが、若干、黒い悪魔の声音に苛立ちが混ざり始めているのを、緑色の悪魔は敏感に感じ取る。話を変えてしまうのが得策と、緑の悪魔は話題を切り替えた。

「わたくしここに顔を出しましたのには、もう一つお知らせがあるからです。大変な思いをされている貴女に、朗報ですよ」「なんです?」「例のジョイントの最終試作品がもうすぐ用意できるのですよ!」「・・・なんと! それは嬉しいお話ですこと!」

グリーンの視線が空中スクリーンに飛ぶと、中空の動画ビジョンが消され、代わりにどこかのアクロイヤー工場施設内の風景が出た。作業に従事しているアクロ兵に見守られているベルトコンベアーに、“コ字をした深緑色のジョイント部品”がゆっくりといくつか流れている。大きさは2~3センチほどで大きくはない。何の為のジョイントなのだろうか?

「超磁力システム変換アクロジョイント01。テスト品の少量生産が完了間近です。近くユニーカーダッチ軍団で稼働させ最終データを取りましょう。そして完全版を大量生産するのです」グリーンの提案に、急に機嫌をよくし出したブラックが軽く手を叩いてみせてきた。「ええ、ええ、勿論ですわ。承知致しました! 不完全ロボットどもに、実験材料になってもらいましょう」「そういうことですね。使えることでは、どんどん活躍していただきましょうよ」グリーンの説明に、実に嬉しそうに首を縦に振る黒い悪魔。「これさえ出来上がれば、我が軍の兵士やメカの武装面、数少ないメカニック類たちを状況に応じ今まで以上に変化合体させ、あらゆる事態に適応させる術を得られると言うもの。使われるのをいつかいつかと待ちわびている強奪してきた例のブツの数々。まさか自分たちの生み出したものに刃を向けられるとは、ミクロマンも思いもしないことでしょう!」興奮気味のブラック。

グリーンは今一度、スクリーンに目配せした。ビジョンが今度は胸に鷹の意匠を持つ青い巨大ロボット・ブルーイーグルの画像に切り替わる。「手段さえ手に入れば、きゃつのことも恐れるに足りません。先日の様子、ミクロマンに手を貸しているところが気になる点ですが、まぁどちらにせよ、我が軍があやつを葬り去るのも時間の問題かと」

悪魔ふたりは中空に浮かび上がるブルーイーグルの画像をニタリニタリとした妖しい笑みで眺めていたのだった。

同じ地域において“探し求める子”捜索の作戦を続けていたことから足がつくのを恐れ、廃車置き場の出来事以降、悪魔達は別地域の選別に入っていた。同時に、度重なるミクロマンとの戦いによりアクロイヤー・いわき侵略軍の軍備力にも著しい低下がみられてきたことから、それを補う為の新メカ開発にも動いていたのである。

 

――<神隠しがやってくる>・・・・・・アクロイヤーが起こしている謎の少年少女誘拐事件で、2020年夏頃からいわきの地で起こり始めた。2011年3月から4月の頭ぐらいにかけ、いわきで生まれた子供達が対象にされていることは判明している。催眠術にかけ誘拐した後、本人が何もわからないでいるうちに何らかの検査を行った後にすぐ解放するのがパターン。どうやら計画の遂行に障害が発生しないよう、穏便且つ短時間で済ませ、何もなかったかのように偽装するのを常とする。どうも彼らが捜索を続けている目的の子供が見つからないでいることから、催眠誘拐はこんにちも行われ続けているものだ。

 <ブルーイーグル>・・・・・・以前からいわきの地に出没する、正体不明の超高性能戦闘型ロボット。正体並びに目的は一切不明だが、ミクロマンアクロイヤーの動きを常に監視しているようで、両者のどちらかが市内において大きな活動を見せようとすると必ず現れては妨害してくる。不思議と綾音の窮地にも現れ、何故か必ず救いの手を差し伸べてくる面も見せている。思わせぶりな言動がそこかしこに見られ、いわきの地に蠢くアクロイヤーに関する秘密情報を握っている気配が濃厚である。

 <アリア>・・・・・・綾音が初めてブルーイーグルに接触した際、突然、伝えられた言葉。何を指し示すものかは不明。

 <G>・・・・・・綾音がアクロイヤーの配下であるカニサンダーから聞き出した記号(?)と思わしきもの。どうやらアクロイヤーが子供をさらい調べているものが、それと思われる。G自体が何を指し示すものか、子供の何に関係するものなのかは不明。

 <ロボゼット・カニサンダー・ロボット59号(ゴクー)>・・・・・・アクロイヤーの配下のロボット軍団。群青色をした樽状のボディをしているのがロボゼット、黒いカニ状の姿をしているのがカニサンダー、黄土色の孫悟空を模した格好をしているのがロボット59号(ゴクーとも呼ばれているらしい)。3体でチームを組んでいると思われる。彼らのことを知っているらしいブルーイーグルの発言を信じるのならば、どうやら彼らは元々アクロイヤーではなく、何らかの理由からやつらに従わされているようだ。

 <ロボットマンの超変化>・・・・・・アクロイヤー事件と関わりがあるかどうかは分からないが、新Iwaki支部に配備されているロボットマンに奇妙な変化(誰も知らないうちに新機能が加えられていた)が認められた。それは、ミクロマンの仲間となった人間の少女・磐城綾音がピンチになった際の生体オーラを感知すると、最優先で彼女を救う為に(その時だけ)自律行動プログラムが作動する機能である。また、搭乗者認識登録データにもいつの間にやら同少女が登録されていた。(余談であるが、新Iwaki支部で使用されている指令基地も同様に、緊急時声紋反応起動システムの認識登録者リストに、いつの間にやら彼女が含まれていた)。

 

これらは、いわきの地でミクロマンアクロイヤーの攻防が繰り広げられる中、認識されてきた謎や存在、徐々に明るみに出始めたキーワードの数々である。ミクロマン新Iwaki支部の面々は、自身たちで調べるのは勿論、富士山麓本部ならびに他支部にも謎を解明する協力を要請、情報を発信し続けているが、いまだ答えにはたどり着けずにいた。

解明されぬことに歯がゆい思いをしていたのはミクロマンだけではない。彼らの友人であり、いわきの平和を守る為に協力している少女・綾音も同じであった。

廃車置き場における戦い以降、少女が住む街で頻々と起きていた“神隠しがやってくる”事件はピタリとやんでいる。合わせて噂話もあれ以来、どこからも入ってこない。アクロイヤーはそう簡単に引き下がるやつらではない。おそらくは次なる“神隠しがやってくる”を行う地区の選別でも行っているのであろうとは容易に想像できたが、そうなると気にかかってくるのは解明できぬままでいる数々の謎だ。新たなる事件が起こる前に解き明かし、今後の対策に役立てられればと、ミクロマン達に混ざって綾音もここのところ調査に余念がない。

ネットを駆使して検索しまくったり、もしやと思い父親の本棚から古めかしいイミダスやら広辞苑を引っ張り出してきてはあちこちめくってみたりしたものだ。結果、見つけ出したのは、本に挟まれていた父親のヘソクリらしい1万円札1枚だけ。綾音はもどかしい思いを解消できぬまま今日も過ごしている(ちなみにヘソクリは見なかったことにしてちゃんと元に戻した)。

 

 

6月、梅雨に入って間もないある日のこと――。

シトシトと小雨が降り続ける放課後。偶然、パートが休みだった母親がいたことから車で送迎してもらえたこともあり、綾音は濡れることなくピアノ教室を終え帰宅できた。教室用のカバンから自分のスマホを取り出すと、少女は自分の机でスマホをいじり出す。

謎の解明につながるかもしれない思い付いたキーワードを打ち込んでは検索を続ける。ここのところ、折を見ては同じことを繰り返しているのだが、今回も期待外れの結果にすべて終わり、段々と諦めモードに近い心情に陥りそうになった。いくらやってもやっても、謎の答えに結びつきそうな情報にたどり着かないのだ。

ため息をついたところ、机の上の指令基地からおかっぱ頭のアリスが顔を覗かせてきた。「綾音ちゃん、その顔は、何もヒットしてないって感じだね?」綾音はスマホを放り出し、アリスを見ながら、まるでお手上げと言うように両手を頭に乗せる。「ぜーんぜん、ダメ。この方法じゃ、埒が明かないかもね?」指令基地から抜け出して来たアリスは、投げ出されている綾音のスマホに近付き、きれいに並んだ色とりどりのアプリの数々を眺めると、緑色のLINEアプリを見つけ出し、指差したのであった。「情報通の陽斗くんだっけ、に聞いたら、もしかしたら何かヒントぐらい見つけ出してくれるかもしれないけど、それはダメだもんねぇ」「うん。前にマックスに聞いたら、アクロイヤーの動きの核心に触れるであろう話だけに、万が一にもどこからかやつらに知られたら綾音が怪しまれることになるからやめた方が良いって言われたんだよね。確かにその通りだしねぇ~・・・」「む~ん・・・」今度はふたりして同時に鼻からため息をついてしまう。

噂をすれば何とやら、である。急に綾音のピンク色のスマホからLINEの通知音が鳴り響き、陽斗からメッセージが届いた。机に置いたままの状態で、綾音は陽斗とのトーク画面を開く。

 

 陽斗『綾音さん、こんにちは。鬱陶しい雨模様が続いてますが、お元気ですか?』

 綾音『うん、元気だよ』

 陽斗『最近、噂話もとんと何処からも入ってこないし、間あきすぎるのも寂しいもんなので、LINEしました』

 

たまたま側にいたことから画面を覗き込んでしまっていたアリスであったが、陽斗のコメントを目にして、彼女の右の眉がピクリと動く。

綾音は彼女の小さすぎる眉の動きに気付くはずもなく、スマホを素早くタップして返信する。

 

 綾音『ありがとね。なんか悩んじゃってたから、その心づかい助かるわ~』

 陽斗『悩み⁈ なんすか、俺で良ければ相談に乗りますよ! 力になりますぜ!』

 

陽斗の文章を見て、アリスの小さな右眉が再びピクピクと動く。

 

 綾音『調べたいことあって。あ、あんまし人には教えたくないことでさ、それ自力で調べてるんだけど、ネットで検索しても、うちにある本やら、あと学校の図書館とかで調べても、なんも答えらしきものが見つからないんだよね~』

 陽斗『大変ッスね! ネットでも引っかかってこないとなると、よほどマイナーなこととか、世間でもほぼ話題にされていなかったり、忘れ去られているようなことなんでしょうね』

 綾音『うん、まぁね。そんな感じのことかもね』

 陽斗『あれッスかね? 平の総合図書館には行ってみましたか? あそこの本の量って学校どころじゃない、ハンパねぇスゲェ分量じゃないですか? もしかすると、あそこにあるなんかの本に答えが載っているかも?』

 

LINE友のアドバイスに綾音はその手があったかと、頷いてしまう。平(たいら)とは、いわき市の中心部、本庁舎を筆頭にいわゆる官庁街がある大きな街だ。そこにラトブと言う名の、商業施設・公共施設・オフィスが含まれている複合ビルがある。駅前に鎮座する市内でも知らない者はいない地上8階・地下2階建ての巨大なビルで、彼が言う総合図書館はその4階ならびに5階の大部分スペースを占める巨大な公共施設であった。家族や友人と何度か行ったことがあるが、確かにあそこは新旧問わず、とんでもない分量の蔵書が納められている。もしかすると、何かヒントになる様なことが書かれた書物があるかも知れない・・・。

 

 綾音『思いつかなかった! ナイスなアドバイス、超助かるわ! 今度、行ってみる!』

 

礼を伝えるメッセージを送ると、どうしたことか少しだけ間を置いて、ようやく陽斗から次の様な返信が来た。

 

 陽斗『あの、そん時、良かったらオレもご一緒させてもらってもいいッスか?』

 綾音『全然OKだけど、なんで?』

 陽斗『この前、良かったら遊びましょう、って約束したと思うんですが・・・』

 

綾音はそう言えばそんなやりとりしたことあったかも、と、すっかり忘れていた約束を思い出す。

 

 綾音『ゴメン! すっかり忘れてたわm(__)m じゃ、予定立てて、一緒に行こうw』

 陽斗『あざ~す!!www』

 

「これは・・・怪しい! 絶対に! 私の“女の感”が激しくそう告げているわッ!」ピンク色のミクロスーツのアリスは急に腕組みをすると、難しい顔をし出した。「へ?」となる綾音。「・・・うふふふ・・・。綾音ちゃんはまだまだ子供ね・・・」意味深な発言と怪しげな笑みを浮かべるアリスに、綾音は首を傾げる。

「サイバーくん、ちょっといい?」アリスが指令基地に振り返る。

「なんですか?」頭や腕に包帯を巻いた痛々しい姿の、白と黒のツートンカラーのレッドパワーズ仕様ミクロスーツを身にまとった青年ミクロマン・サイバーがひょっこりと顔を覗かせる。彼は先の廃車置き場事件でケガを負った後、新Iwaki支部に運び込まれ、現在、綾音の家で療養中の身であった。

「キミ、暇でしょう? 近いうち、私、綾音ちゃんについて外出するから、その時、代わりに基地の通信係やってよ!」「へ?」綾音と同じく、話が良く呑み込めないサイバーも首を傾げた。「あの、自分、療養休暇で、成り行き上ここに一時的に置かせてもらってるだけの身で・・・」「大丈夫、マックス隊長には、私がちゃんとお願いしておくからさッ!」アリスの気迫ある発言に圧倒され、「え・・・あ・・・」サイバーは何とも言えなくなってしまう。

アリスはにこやかなスマイルで、綾音を包み込むように両腕をいっぱいに広げて見せた。「それに綾音ちゃん、何も心配しないで! 恋のエキスパートの私があなたを見守りアドバイスする為についていくからね、どんと大船に乗ったつもりで陽斗くんとお出かけしてちょうだい!」

陽斗が持つ綾音への隠された恋心を、メッセージ内容から鋭く読み解いたアリスである。しかし、陽斗の恋心も、アリスの年上お節介お姉さん根性も読み解けない綾音には、話の流れがさっぱり分からず、「なんのこっちゃ?」と首を傾げてしまうばかり。

そして、いろんな事情をさっぱり知らないサイバーは、尚更、何が何だか分からずに困惑するばかりであったのだった・・・。

 

「おお! 綾音さん、OKだってさ!」陽斗少年は自分のお気に入りのスマホの画面に映し出される綾音からの「OK」の文字に、胸を撫で下ろしている。

「だから言っただろう、押してダメなら引いてみる、引いてダメなら押してみる。こちらからも臨機応変に動いて見せればチャンスは自然と生み出せるんだよ」彼の左肩に乗り、一緒にLINE画面を眺めていた緑と白のツートンカラーの12x系ミクロスーツを身にまとったミラーは陽斗の肩をポンポンと軽く二回たたいてみせた。

先程ふたりのやり取りに一瞬だけ間が空いた瞬間があったが、実はその時、どうしていいのか分からなくなっている少年の様子を見て、勇気を出すよう説得、「一緒に行っていいですか、と相手に聞いてみるんだよ」と、ミラーが恋の流れのアドバイスをしていたのだ。

そもそも今回のやり取りをする切っ掛けを作ったのも、ミラーであった。恋に対して引っ込み思案なところがある陽斗が「約束したけど、いつになったら会えるのだろうか?」と気に病むだけで行動に出れずにやきもきしている様子を見て、「だったらひとまず挨拶でもいいからメッセージして、様子を見てみたらいい」とアドバイスしたのである。

「ミラー、綾音さんと出掛ける日が来たら、一緒に行ってくれるかい?」陽斗の不安げな顔に、ミラーは微笑む。「仕方ない。いざと言う時にはアドバイスするから安心して!」

陽斗少年は小さな姿をした親友に、笑顔でありがとうと返したのであった。

 

――瀬戸陽斗(せとはると)。中肉中背で、少し伸ばした髪型をしている、バスケやヒップホップ好きそうな子供たちが良く着ているストリート系の服装を好む小学4年生の少年だ。お世辞にも美形とは言えないし、学校でも目立った才能を示している子供ではない。どちらかというと勉強もスポーツも苦手。しかし、人柄? 人徳? 人懐っこさ? で、あろうか、不思議と友人・知人を作るのが得意で、一度会った人物とはすぐに仲良くなってしまう不思議な力がある。

綾音の通う学校の隣の地区にある小学校に通っているのだが、去年後半、3年生の時に学校同士の交流学習を通して少年は、少女と知り合った。ひと目惚れだった。大きな目がくりくりとした長い髪の美少女で、元気はつらつ屈託のない笑顔で接してくる磐城綾音は陽斗の目にまばゆく輝く、まるで女神様の様に映ったのである。

ほんの数回だけある交流学習が終了したら二度と会えないかもしれない、折角出会えた女神様と接することが出来なくなるのは嫌だとばかりに、彼は交流学習最終日に勇気を振り絞り、綾音に「LINE友になって下さい」と懇願したのである。

この時も、あっけらかんとしている綾音は「あ、いーよー!」と二つ返事で承諾したものだ。勿論、少女は少年の気持ちなどまったくこれっぽっちも気が付いていなかった。

この時から、ふたりのやり取りは始まった。綾音の気を引きたいことから、時折、他愛もないメッセージを送っていたのだが、ある頃、少女に「いわき市の子供達で交わされている“神隠しがやってくる”の噂話、またそれに関わると思われる類の情報を集めてるんだ。クラスの友達に読んでもらっている、個人的趣味で書いてる学級新聞に掲載する為に情報が欲しいんだよね」と相談を受け、彼は自分の持つ友人間の繋がりやコネを通して情報を常々収集、次から次へと情報提供を行った。そうしてLINE上ではあるが、綾音との心の距離をどんどんと縮めていったのである(と、陽斗本人は思っている)。

陽斗は、自分が恋する少女がミクロマン達と協力し合い、いわきの地を守る為に情報を集め活動していることなど露程も知らない。自分自身も、M-123ミラーと言うミクロマンと知り合い、親友同士になっていると言うのに・・・。

 

陽斗がそのミラーと出会ったのは今年2021年1月、冬休みのことだった。偶然とは恐ろしいもので、綾音がマックスを見つけたのとほぼ同じ頃、彼もミクロマンを救っていたのである。場所は、あの水石山の山中であった――。

彼の父親である瀬戸ごろうはラーメン屋を営んでいる。店舗での営業とは別に、市内でイベントごとがあると車内が屋台に改造された黄色いバスで赴き商売をしたりもすることから、楽しいラーメン屋さんと地元のローカル番組に取り上げられたり、タウン誌に取材を受けたこともあるので、地元ではちょっと名が知られてるラーメン店であった。その日は店の定休日だった。「たまにはブラリと外出でもするか」と父親が急に言い始め、その流れで陽斗は父親に連れられて遊びに出かけることになった。特に行きたい場所があったわけではない。父子共に動物が好きなことから、馬が放牧されている水石山にでもちょっと訪れてみるかと、ドライブがてら行ったのである。

深い木々に覆われた、山中にある細い道の途中に小さな草むらがあり、父親はそこに車を停めた。馬数頭、戯れて過ごしていたからである。しばらく眺めていると馬達がいなくなったこともあり、二人は外の空気を吸いたくなり車外へと出た。

のんびりとタバコを吸う父を後にして、陽斗が何の気なしに周囲の木々の間をウロウロとしていたところ、偶然、岩の陰に小さなカプセルの様なものを発見した。それが、ミラーの眠るミクロマンカプセルだった訳である。

その後の流れは綾音の場合とほぼ同じであった。誰かが落としていったカッコイイ宇宙船クルーのフィギュアを見つけてラッキーとばかりに、彼はこっそりと自宅に持ち帰った。そうして少年の目の前でカプセルが開き、ミラーが目を覚ましたのだ。

 

ミラーの出自に関する話は、マックスが綾音に話して聞かせたものと同じである。勿論、3.11からの流れはミラー独自の体験であった。彼はいわき市民の救助の為に出動した後、やはりアクロイヤーと交戦。搭乗していたミクロマシーンが大破、重傷を負い、放り出されて意識をなくした。覚えているのはそこまでで、以降の記憶が一切ないと言う。いつカプセルに回収されたのか、いつどうやってカプセルごと水石山に戻ったのか(カプセルは救いに来ても、基地に舞い戻る機能は持ち合わせていない)、さっぱり分からない。ケガをしたことからも、カプセルの安全装置が働き自動回収されて、ケガが治るまで冬眠状態にあったことは確かなのだが・・・。

もうひとつ、不思議と言うか、おかしなことがあった。カプセルの中で10年にもわたり治癒されてきたはずなのに、彼は完全回復していなかったのである。著しい体力の低下、謎の倦怠感に手足の痺れなど、重い障害を背負っていたのだ。ミラーは障害から、もうかつての様に様々な超能力を使うことも、アクロイヤーと戦う力もすべて失ってしまっていた。

カプセルのコンピューターで調べてみたが確かな回答は得られなかった。分かったことと言えば、カプセルを通して回復できるのは現状がもう限界と言うこと、そして協力者たり得る陽斗の登場ならびに陽斗の自室が安全な場所と判断できたことから、カプセルはミラーを覚醒させた、と言うことだけ。

 

陽斗は心優しい少年だ。彼はミラーの話を信じ、障害を負った彼を保護、以後、ミラーが仲間たちと再会できる方法を共に模索している。

知り合った以降、ふたりが取ってきた行動は、綾音とマックスが当初取っていたものとほぼ同じであった。現在のアクロイヤーの活動がわからないまま大きな行動を起こすのは得策ではないと判断、世間や周囲の様子を注意深く確認しつつ、折を見て水石山の破壊されたIwaki支部の捜索を行いに訪れたり、その時に入手した壊れた古い通信機を修理、どこかと連絡が取れないか試してみたり・・・(マックス同様、どことも通信できなかったことは言わずもがな)。

重い障害から、ひとりではもう別の遠い場所へと移動することもできないミラーを見かねて、陽斗は少ない小遣いを貯めることにし、そう遠くない将来、ミラーと共にミクロマンの仙台支部なりどこかの基地なりに彼を連れて行ってやると約束したものである。

一緒に行動する二人には、いつしか深い深い友情が芽生えていったのであった。

 

 

――少女と少年がLINEでやり取りした数日後、雨模様の日曜日。

陽斗は、お気に入りの白いストリート系の服を身にまとい、いわき駅改札口の外側スペースにいた。時間は10時。お互いに住んでいる地区の関係から、彼はバスで、綾音は電車で平の街まで移動、いわき駅に集まる約束になっていたのだ。

福島の他の地方や、茨城や宮城県を結ぶ拠点たる場所でもあるいわき駅(旧・平駅)は、陽斗少年達が生まれる少し前に行われた「いわき駅周辺再生拠点整備事業」で大きく生まれ変わった近代的な建物である。橋上駅舎を筆頭に、南北に延びる自由通路、ペデストリアンデッキ(広場と横断歩道橋の両機能を併せ持つ高架建築物)を備えた(南口)駅前広場、そのデッキ下にはバスターミナルがあり、ここに来ると「なんだか今風過ぎて、田舎ないわき市じゃないみたいだなぁ」と少年はいつも思ってしまうのであった。

再開発された立派な駅や周辺の建物群ではあったのだが、バブルがはじけて以降、過疎化や人離れはどんどん進み、日曜日と言うのに辺りを見回しても、今日も人影はまばらであった。四人、五人、六人・・・両手の指で数えてお釣りがくるくらいしか見当たらない。

駅前に並ぶ店も、かなりの割合でシャッターが閉じられている。休日だと言うのに、寂しいと言えば寂しい街並みだ・・・。しかもシトシトと雨が降っているときてる。でも、ゴチャゴチャと人がいて五月蠅くないし、二人っきりで静かな雰囲気でデートできるなら、そちらの方が良いではないか、と、窓ガラスに写る自分の髪型をしきりに直しながら、陽斗はひとりニヤリニヤリとしていたものだ。

「陽斗、あれがそうじゃないか?!」少年の背負う黒いリュックのファスナーの隙間から、ミクロマン・ミラーが顔を出して問いかける。緩み切った顔を真面目なものに戻し、陽斗は改札口の方に向き直った。

ブルーの長袖シャツにジーパン姿、ピンク色のリュックを背負い、長い髪を後ろで束ねポニーテールにした可愛らしい少女が陽斗に右手を上げている。「あ、あ・・・綾音さん~」女神の輝きは、半年以上ぶりに再会しても陽斗には変わらず眩しく映る。陽斗は目を細めると、だらしなく鼻の下を伸ばしたのであった。

「綾音さん、お久しぶりです!」目の前にたどり着いた女神に、緊張した面持ちで陽斗は大げさに頭を深々と下げてみせる。それほど、こうして会える機会を与えてもらえたことに彼は感謝していたのだ。

「陽斗くん、超久しぶり!」綾音は屈託のない満面の笑みで、陽斗に敬礼して見せた。

綾音のことしか視界に入らなくなっていた陽斗は、「こんにちは」と、彼女の脇にいた誰かが声を掛けてきたことから、初めてそこに人がいることに気が付いた。

「・・・へ?」陽斗が綾音の左側空間に目をやると、同い年くらいの女の子がもう一人立っている。ちょっぴりぽちゃとした子で、髪型はショートにしたボブ、目鼻立ちがしっかりとしていて色白、女子小学生向けのブランド物らしい高価そうなバイオレット色の長袖ワンピースを着こなすその姿は、裕福な家庭の子供と言う雰囲気を漂わせている。

(え、誰・・・? いや・・・どこかで見たことがある様な・・・?)

戸惑う陽斗を見て、綾音は説明した。「あたしの親友の高野胡桃(たかのくるみ)ちゃん。交流学習の時にも会ったことあるかと思うけど」

(そうだっけ? そう言われてみれば、こんな感じの子がいたような、いなかったような?)陽斗がなんと答えたものかと固まっていたところ、後頭部の髪の中からミラーの囁く声がした。「それとなく、話を合わせれば悪くは思われない」陽斗は思わず軽く頷くと、目の前のぽっちゃり少女に作り笑顔を送ってみせたのだった。「や、やあ、高野さん、久しぶり」不自然な態度の少年であったが、胡桃は特に何も感じ取ることもなく、軽く会釈をして見せたのであった。

「友達も来たんだ・・・。あの・・・二人きりかと思ってた」思わず本音がポロリとこぼれる陽斗。

「うん、胡桃ちゃん、本が好きなんだ。特に可愛い絵本! 総合図書館に行く話をしたら、一緒に行ってみたいなぁて言われて。だから、誘ってきたんだ!」あっけらかんと友人との流れを伝える綾音。“二人きり”“デート”というキーワードで今回のことを勝手にとらえていたのは陽斗である。しかし、綾音に“そのつもり”は全くなかった。

「じゃ、感動の再会の挨拶はこれくらいにして、早速、総合図書館に向かいますか!」綾音はふたりの返答も待たず、勝手にリーダー気取りで駅舎から目の前の白い外壁のビル“ラトブ”まで伸びる通路を歩き出す。それに従う胡桃。

二つ並んで仲良く歩いて行く、傘を差した少女たちを見つめながら、「友達を連れてくるなんて、オレ信用されていないのかなぁ・・・」と、肩を落とす陽斗に、ミラーは耳元で再び囁いて見せたのだった。「そう言うことじゃないさ。綾音さんはデートと言う意識ではなく、あくまで遊びの交流として今回のことを見ているだけさ。こうして来てくれたと言うことは、決して君のことを悪くは思っていない。それどころか、大切な親友まで連れてきたと言うことは、それだけ君に心を許しているという証拠だと思うよ。そうでなければやってこないし、信用ない人物のところに友人を連れてくるなんてしないはずだろう?」

陽斗はかなり遅れを取ったものの、ミラーの言葉に気を取り直すと、急いで歩みを進めだしたのだった。

 

歩くたびに揺れる綾音のピンク色のリュックのファスナーの隙間から、こっそりと後方に目を向ける者が二人いる。ピンク色のミクロスーツ姿のアリス、そして人型に変形しているサーボマン・ウェンディだ。

「あれが・・・瀬戸陽斗少年。そして、胡桃ちゃんが共に来たことを知った時に見せた落胆と言い、あの動きの鈍さと言い、これは間違いないわ・・・!」「アリス隊員、私もそう思います。彼は間違いなく、綾音ちゃんに恋していますね・・・!」

綾音がLINE友の陽斗と遊ぶことを知り、保護者気取りで無理矢理ついてきた新Iwaki支部女子軍団は、にんまりとした目でお互いを見つめ合ったのであった。

綾音の護衛係、いつもお供に付いている黒豹メカ・マグネジャガーは、電車から降りたところで周囲をパトロールするよう綾音に命じられたので傍に姿はない。アリスとウェンディの二人が同行していることもあるし、ビル内までずっとお供してもらわなくても大丈夫だろうと少女は判断したのだ。電車に乗ることが出来なかったハリケンバードは平の街に向かって飛んでいる真っ最中で、まだたどり着いていない。

 

 

三人の少年少女が駅の向かいにある複合ビル・ラトブに向かう様を少し離れた場所から見ている者がいた。ペデストリアンデッキに取り付けられた屋外エレベーターの屋根の上から、だ。

大きさは、人の手のひらに乗るほど。全身群青色で、顔つきは黄色い太い眉に大きな目と出っ歯。胴体は樽のような形状で、腹にはアルファベットの白いZの文字が書かれた赤丸腹掛けの様な物が付いている小型ロボットである。そう、アクロイヤーの配下、ユニーカーダッチ軍団のリーダー・アクロボゼットであった。

「あれは、綾音・・・! それに・・・あの馴れ馴れしく話し掛けてるヘナチョコ野郎は一体誰だッ!?」アクロボゼットには、どういう状況なのかは分からない。いや、そもそもどのような流れからこの展開に至っていようが、それは問題ではなかった。彼の中には自分が気にしてやまない少女にちょっかいを出している(?)少年がいることが腹正しく感じられてならなく、排除したい気持ちばかりが湧き出してきてしょうがなかったのだ。

この謎のイライラ感の正体が嫉妬という感情であることを、樽ロボは知らない・・・。

この場にやってきた本来の目的もそっちのけ、彼は屋根から飛び降りると雨が降る中を小走りに駆け出し、綾音達の後を追ってラトブの中に飛び込んでいったのである。

 

しばらくして、いわき駅上空に現れた小さな物体があった。赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバード・・・ではない。廃車置き場でロボットマンと綾音をピンチに陥れたアクロ移動基地である。掘削機のような姿形をした中型の飛行マシーンで、全体のカラーはブラック。先端を構成する巨大ドリルはボディの半分を占めるほどの巨大さを誇っており、マシーンのパワフルさをこれでもかと誇示しているように見えた。ボディ後方には操縦席スペース、両翼部分には砲塔があり、黄土色のサルのような姿をしたゴクーと黒いカニの姿をしたカニサンダーが搭乗している。

「うーん、どこにもゼットの姿が見えないダッチ!」大空から下界の様子を、飛び出た大きな白いふたつの目玉で何度も確認しているカニサンダーが報告する。

「通信装置も切られてるようだ」とはゴクー。「『ごちゃごちゃ連絡来るのはうっとおしいんだヨ~?!』って、あいつはスイッチ切ってることが多いんザンスよ~」カニサンダーはふざけて目玉をグルグルと回した。

「『いつもひと気がないんだから構わん、面倒だからテストは近場で済ませようぜ』って持ちかけたのはゼットのやつなのに・・・」呆れたような口ぶりで、二人はため息をついた。

“近場で済ませる”・・・。ユニーカーダッチ軍団の小型ロボット達は、上官デモンブラックとグリーンスターの命令で、新型のテストメカを繰り出すデータ取りの稼働実験を本日行うことになっていた。近辺の“とある場所”から出撃、いわき駅にて人知れず集合して。しかし、その中心の役割になるはずのアクロボゼットが待ち合わせ場所にいないのでは、テストのしようがない。

自分勝手で気まぐれなゼットのことだ、ブラブラとその辺を遊び歩いてでもいるのだろうと、仲間二体は周囲を空の上から捜索することに決め込んだ。

 

 

――シトシトと、静かに降り続けている雨模様の小さな住宅街を、小さな車が走っている。大きさは子供が両手で軽く抱えられるほどしかないのでラジコンカーと思えたが、それはオモチャにしてはかなり精巧な作りをしていた。4つの巨大なタイヤを持つ、ベージュ色のボディ。外国のSF映画に出てくるような巨大なガトリング砲がボディ右側面に装備されている戦闘車両である。オモチャにしてはあまりにも“本物のような凄みと迫力”があった。

ボディ上部の運転席はオープンカーの様に開かれており、宇宙船クルーの様な黄色のスーツを身にまとう人形が乗っている。いや、人形ではない。それはいわきの平和を守るため人知れず活躍し続けているミクロマン新Iwaki支部をまとめるM-124マックス隊長その人であったのだ。

ここのところ動きを潜めている仇敵アクロイヤーであったが、新Iwaki支部の面々は気を抜かず、こんにちもパトロールならびに調査を怠らずにいる。マックスは以前の激しい戦いで大規模な修理を必要とされた愛車“ワンオフ戦闘用4WD車両ミクロ・ワイルドザウルス”がようやくにして修理完了、完全復活したことから、試運転を兼ねパトロールに回ってきたところであった。

「いま磐城家に到着する」ミクロ・ワイルドザウルスの最新型宇宙船コクピットの計器類を思わせる装置を操作、新Iwaki支部に連絡通信を入れるマックス。

「あー、こちらサイバー、了解しました。あー、周囲に人影なし。出窓、開きまーす!」若い声のミクロマンが答える。先日の戦いで負傷し、目下Iwaki支部に世話になっているミクゾン部隊所属サイバーだ。彼は今日、綾音と出かけてしまっている連絡通信係であるアリスに頼まれ、彼女の仕事を代理でこなしていたのだった。

ミクロマン達が居候している、少女・磐城綾音の住むラクダ色の二階建ての家。彼女の自室である二階西側の部屋の出窓がひとりでに音もたてず開く。ミクロマン達が設置した開閉装置をサイバーが操作したのだ。庭先にたどり着いたミクロ・ワイルドザウルスが、反重力装置を使って浮遊、やはり音もなく入り、見事、出窓に着地したのであった。

 

同じ出窓の端に置かれている、側面が六角形をしているコンパクトな指令基地から、白と黒のツートンカラーをしたレッドパワーズ仕様のミクロスーツを身にまとう青年サイバーが戦闘車両そばまでやってくる。頭や腕に包帯を巻いている彼であったが、怪我をした頃から比べれば、遥かに顔色も良く、動きもかろやかに戻りつつあった。

「どうでしたか、試運転の方は?」サイバーの問いに、タオルで頭や体を拭くマックスは笑顔になる。「アイザック博士、アシモフ、ウェンディの大改修ともいえる大規模修理のおかげで、100%万全だよ。以前と比べて、パワーもスピードも段違いにパワーアップしているし、最高だ・・・!」彼の説明通り、愛車は修理と言うよりも大幅な大改造を受け、外見は同じだが以前とは比べ物にならないほどのニューパワーを授けられた、超・最新型戦闘車両に変化していた。

「博士にも報告しようと思うが、どこだい?」サイバーはマックスに訊かれ、指令基地に振り返った。「あちらです。何やらずっとお忙しそうにされていますが・・・?」

指令基地内部を覗き込むと、メインコンピュータパネルに設置された大型メインスクリーンとにらめっこしているアイザックがいた。緑と黒のツートンカラーをしたレッドパワーズ隊仕様のミクロスーツを身にまとう、新Iwaki支部のブレインである。

「いま戻ったよ」「・・・うむ」「パトロールも問題なく終わった」「・・・うむ」「ミクロ・ワイルドザウルスも良好だ」「・・・うむ」マックスの言葉に、アイザックはそっけもない態度で返答するだけ、画面を見ながらキーボードを叩いている。

研究で忙しのだろうと思い、マックスが離れようとしたところ、ハッとしたようにアイザックが振り返ってきた。「いやはや、すまんすまん、なのである! 集中していたので。ザウルスの調子はどうであったか?!」やり取りを見て、(博士、ちゃんと人の話を聞いていなかったな・・・)と、サイバーは肩をすくめて見せた。(いつものことさ・・・)と、マックスはサイバーに目配せする。

「良いところに戻ってきた。実はマックス隊長に相談したいことが出てきたのだ」アイザックはメインスクリーンに顔を戻す。マックスとサイバーは何の相談だろうと、博士の両肩から画面を覗き込んだのだった。大きく表示されているのは、水石山にある、旧Iwaki支部基地の全体図であった。

「ここなのだが・・・マックス、キミなら知っているだろう?」アイザックはキーボードを操作、図面中央下部、基地の最深下層部を拡大させる。マックスの脳裏に、遠い過去の光景が甦る。マグネパワーズ隊仕様のミクロスーツを身にまとう、今は亡き友人ミクロマン・マリオン博士の研究施設区画の様子が。懐かしい、彼の姿と共に。

「マリオンのラボがあった場所だ」「うむ」アイザックはひと呼吸おいた。「我が同胞のひとりが任せられていたラボがあったところだ。本部の記録によれば、マリオンは4.11のあの日、移動機能を兼ねたロケット型ラボで脱出、空中で攻撃を受け戦死したわけだが」アイザックはマリオンの友人であったマックスの心情を窺いながら話を続ける。「本部からもらった古い記録を調べてみたところ、彼が使用していたラボの補助マシンとして、タワー基地M-115・初期型量産タイプが一機、使用されていたことを知ってね。どうやらまだ残されているらしいんだ」

 

タワー基地M-115

何を言いたがっているのか想像がつく二人のミクロマン。「残されたままだったのか・・・。しかし、残されていても、埋まってしまっているのだから、さすがに回収は無理だろう?」「仮に埋まっていなかったとしても、落盤でルートは塞がれてるんですよねぇ? それでは・・・」アイザックが首を横に振って言葉を遮る。「ご存知のとおり、吾輩ちょくちょく旧Iwaki支部に訪問、まだ使えそうな資材や機材をいただいてきている。その中で、旧Iwaki支部の各ブロックや、ルートがどうなっているのか、出来る範囲でついでに調べても来ているのだが・・・」「まだ生きているルートを見つけた、と?!」マックスが今度は彼の言葉を遮る番であった。「そうなのである。つい先日の訪問で、それを知ってね。さすがに吾輩も命が惜しいし、危険が付きまとうであろう奥底までちゃんと確認しに行きはしなかったのだが、あの様子からして、どうやら行けるのではないか、と推測されるのだよ・・・」目撃した光景を思い出す様に、博士は視線を中空に向ける。

ブルーイーグルの妨害で、壊滅した旧Iwaki支部の調査がほぼなされぬまま放置されてきたことは皆承知していることだ。実際のところ、内部の各所が今どの様になっているのかは、誰も確信をもって説明できるところではない。よって、アイザック博士の報告が、勘違いだとか間違っているなどとは誰も否定できないことであった。

三人は目を合わせる。全員、同じことを考えていた。「みんなに相談しよう。もし、ルートの安全が確認できるようならば、是非ともタワー基地を回収、ここで利用したい」マックスの言葉に、「勿論、了解である」アイザック博士は即返答した。

サイバーはと言えば、退屈な物資配達のミクゾン部隊に配属されて以降、感じたことがない胸の高鳴りを感じていた。いわきに訪ねて来てから知ったここにいる面々の個性豊かさと言い、このようにして起こる出来事と言い、なんと刺激的かつ退屈しないことであろう。かつて所属していたマグネパワーズ部隊時代を思い起こされずにはいられなかったものだ。

 

〔第10話・Gの、ものがたり〈後編〉に、つづく〕