ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第10話・Gの、ものがたり<後編>

 

ラトブの4階と5階に広がる総合図書館――。

時間帯も早く、しかも小雨が降っているせいもあるのだろう、利用者はとても少なく、館内は駅周辺同様に閑散としている。

市内一の総合図書館と言うだけある。5階中央スペースには何台も無料パソコンが置かれ、その周りには自由に使ってよいテーブルやイス、ソファがいくつも設置されているのだが、そのひとつに綾音達の姿があった。

綾音が図書館の無料パソコンを使い、蔵書の中に謎のキーワードに関するなんらかの情報が書かれているかもしれない書物がないかどんどん調べていく。ほんの少しでも関係しそうなものがヒットしたなら、タイトルや分類記号ラベル番号を伝え、それを手分けして胡桃と陽斗が本棚から探し抜き取ってくる。三人は陣取っているテーブルに運んできた書物を並べると、各々どんどんページをめくっては調べる行為を繰り返すのであった。

綾音は本来、書物をめくる形の調べ物は苦手な方である。しかし、いわきの平和を守る為に大きくかかわることであるのだから頑張らねばと自らを奮い立たせていた。

胡桃は本が大好き少女だったこともあり、なんら苦も無く閲覧を進めている。先刻、綾音が陽斗に説明した話と実情は異なり、綾音とミクロマン達から謎について調べている事実を聞かせられた胡桃は少しでも役に立てられればと自ら志願、今回、親友に同行してやってきたものだ(陽斗に変に何かを悟られぬよう、綾音は胡桃が来た理由をああいって誤魔化したのである)。

陽斗はと言えば、大好きな綾音の役に立つならばと――詳しい事情こそ教えてもらえなかったものの――必死になって教えられたキーワードについて調べる協力をしている。

 

関係するかも知れない本を求め、かなりの面積を誇る図書館内の本棚を足早に巡る陽斗少年の姿を目で追いながら、アリスとウェンディはバックのチャックから覗かせている顔を見合わせ、二人して頬を染めていた。

「ウェンディ、恋する少年、頑張っているわね」

「ハイ、アリス隊員、恋する少年は頑張っていますね」

三人寄れば文殊の知恵とは言うが、超科学力や超調査能力を持つミクロマンたちでさえ調べ出すことが出来ないでいる件の謎だ。市内一の蔵書量を誇る総合図書館を利用したところで解明することなど出来ないかも知れないと、正直アリスとウェンディは思っていた。しかし、みんなの為にやれるだけやってみたいと思ったその心意気は高く評価すべきだし、そんな子供たちを温かく見守り、応援し協力するのが友人である自分たちの役目であるとミクロガールズたちは思ってもいたのである。大切な仲間である綾音のために、彼女の友人たちも頑張っている。嫌な顔一つせず、一生懸命に本を探し出し、ページをめくる胡桃と陽斗少年。

「ウェンディ、友情や恋って素晴らしいわね」

「ハイ、アリス隊員、友情や恋って素晴らしいですね」

究極のところ、今回の図書館訪問で謎が解明できようが出来まいが、それはどうでもいいことなのかも知れない。こうして皆がひとつになれているのだから。小さな巨人たちは、心がホカホカと温かくなっていったのだった。

 

少し離れた場所にある本棚のもとに赴いた陽斗が、物陰から顔だけ出す。気になる綾音の様子をうかがったのだ。綾音は視線を感じたようで、陽斗に向かって軽くはにかむと、少しだけ指先を振って見せた。鼻の下を伸ばす恋する少年。

陽斗はお目当ての本を目の前の棚から見つけ出すと手に取り、綾音達がいるテーブルに戻ろうとして・・・、ドタッ! と足をもつれさせて勢いよく転んでしまったのだった。

こっそり様子を窺い続けていたリュックの小人たちは一瞬だけギョッとした顔になるが、すぐにやれやれと言う表情になり、更に頬をピンク色に染めて見せる。

「ウェンディ、陽斗少年、張り切り過ぎて転んでしまったみたい!」

「ハイ、アリス隊員、陽斗少年、張り切り過ぎて転んでしまったみたいですね!」

肝心の綾音は既に手元の本に視線を戻しており、陽斗が転んだことなど気が付きもせず、眉間にしわを寄せ本とにらめっこしている。

 

「おいおい、大丈夫かい、陽斗?!」少年のズボンのポケットに隠れていたミラーが、ちょっとだけ頭を出し、陽斗の顔を仰ぎ見る。陽斗が起き上がり、あぐらをかいた姿勢で打ち付けた膝をさすりながら小さく声を上げた。「痛~ッ! ・・・ん、んんん・・・?! なんだぁこりゃあ???」陽斗の視線を追ってミラーも彼の足に目をやると、目の前に不可思議な状況が発生していたことを知った。どういう理屈からそうなったのは皆目見当がつかなかったのだが、陽斗少年ご自慢の真っ赤なスニーカーの両方の靴紐が左右独立しておらず、ひとつに結ばれていたのである。両足が結ばれていたのだから、転ばないはずがない。

「??????????」二人は首を傾げるばかりだ。

靴ひもを一度外し元の状態に結び直す少年のことを、本棚の本と本の隙間からそっと覗き見しながら、口角をうえに上げ不敵な笑みを浮かべる小さなロボットがいた。群青色で樽の様なボディをしているアクロボゼットである。

(俺様の綾音にテメーがちょっかい出そうとしているのはミエミエなんダよ!)駅で遭遇してから一部始終を観察していた樽型ロボであった。心に点いた嫉妬の炎が、意地悪をせずにはいられないと彼を駆り立てていた。まずは挨拶代わりとばかり、隙を窺いコッソリと陽斗少年の靴紐同士を結んだのはゼットの仕業である。

『人間に姿を見られるな、見られたとしてもオモチャのふりをして事なきを得るのだ、今後の計画に支障をきたすので存在を人間に知られるのはまずい。ことを起こす時は、後々まるで何もなかったかのように出来るよう計算して動け』主人たるアクロイヤーの絶対命令である。だが、「んなこと知ったことか!」と言うのが、ゼットの心情であった。「そもそもアクロイヤーは最初に目にした時から気に入らねぇと思っていたし、何より俺の綾音に関係することなのだ。勿論、人間どもの目の前に出たり、綾音の前に姿を見せ、思いもよらない展開になるのはまずい。こっそり隠れつつ、俺は俺様のやりたいようにするぜ!」

ゼットは陽斗少年を、ミクロマンにもアクロイヤーにも関係ない、そこいらにいる普通の子供と認識していた。彼のポケットにいるミラーの存在に微塵も気が付いていないこともあり。

緑色のミクロマンに気が付いていないのは、ゼットだけではなかった。少女二人も、女性ミクロマンも、女性型ロボも、である。

逆にミラーも、ミクロ世界の住人たちがこんなにそばにいるのに、(まさかこんな場所にいないだろう)と思い込んでいたことも相まって、気配すら感知できずにいたものだ。

 

互いの存在に、気がついた者、きがつけぬ者・・・

「陽斗くん、次はこの本良いかなぁ?」綾音はパソコンの画面に映し出された本のタイトルを指し示した。「もち、良いっすよ!」タイトルならびに番号を覚えると、陽斗は先ほど同様、本棚に向かう。

「下段あたりか・・・」少年は番号から並び順に見当を入れると、綾音達に背を向け、ひざまずいて一番下の棚にならぶ蔵書を確認した。その時のこと。陽斗の真上、一番上段の棚から一冊の分厚い本がひとりでに外側に向かってせり出してきたのである。

「上、危ない!」ポケットの中のミラーがいち早く危険を察知、少年に注意を促す。陽斗は何ごとかと瞬間的に体が反応、身を後ろにひこうとしたがこごまっていたことからうまく動けず、そのまま尻もちをついてしまったのであった。

彼の足と足の間に、落ちてきた本がドスンと音を立てる。

何者かが狙ってやったことは、明白であった。ミラーが昔どおり自由が利く体であったなら、ポケットから勢いよく飛び出し、高い本棚のうえに移動。周囲の様子を探ったところである。しかし、今の彼にはそのような簡単なことすらできない・・・。

ゼットはと言えば、見つからないようにと既にその場から離れ始めていたのであった。

 

様子を見ていた小さな4つの目があった。アリスとウェンディだ。陽斗の身辺におかしな出来事が起きたことを、今度はしっかりと見ていたのである。本棚の内側にいた小さな何者かが本を内側から押し出したのが、隙間から見えたのだ。そして、本と棚板の隙間をぬって逃げようとしている。ちなみに残念ながら角度が悪く、ポケットの中にいるミラーのことまでは、彼女たちには見えていない・・・。

「人に危害を加えようとしている存在を感知。先行して私が調査確認します」サーボマン・ウェンディが綾音のピンク色のリュックから飛び出すと一瞬にして人型から車両形態に変化。音もたてず、目にも止まらぬ物凄いスピードで謎の影を追って疾走していく。

「まさか、アクロイヤー?!」続いてアリスがバックから飛び出し、綾音の肩に乗る。

「ん? え? なに?」急に飛び出して来た二人に驚くばかりで、人間の少女達は状況を飲み込めずにいたのだった。

 

群青色の小さな塊が、均等に並べられている本棚に順々に飛び移り、ウェンディから遠ざかろうとする。これが意外にすばしっこく、彼女も見失わないよう必死だ。偶然なのか意図してか、ほとんど人影がないコースを選んでいるようで、ウェンディ自体も人間に見つかることなく謎の影を追いかけ続けられていた。

ゼットはと言えば、陽斗から離れて間もなく、何者かに追いかけられている気配を既に察知していた。横目で見て、メカニカルなボディを持つ作業車両と思わしき存在と確認済みだ。大きさは自分より少しおおきいくらい。勝手知ったるアクロイヤーのメカではない。と言うことは、どう考えても正体はひとつ、ミクロマンのマシーンだろう。

「どこから湧いて出た?! なんでここにミクロマンがいるんダッチ?!」思いもしていなかった敵の登場に、ゼットは舌打ちすると、人に悟られぬようにしつつ、ひとまず追跡者を撒けないかとフルスピードであちこちに飛び移っていたのである。

 

しばし、直線に移動したり、右に折れたり、左に折れたり、果てはUターンしたりと、小さな影達がそれはそれは激しい追いかけっこを繰り広げた。周囲にいる人間たちの中にも勘が鋭い者がいた。気配を察知し、何だろうと本棚の上や床に軽く視線を飛ばしている。しかし動き回っている二体が小さい上にあまりにもすばしっこくて目に留まらなかったのだった。虫かな? 気のせいかな? と想像、その人間たちは視線を本に戻すばかり。

ウェンディがふと走ることを止め、瞬時に人型に戻った。ロボゼットを見失ったのだ。彼女は自らに搭載されたレーダー、索敵機能装置、アクロイヤー反応感知装置等々をフル稼働させ、気配を窺う。

近くにいるはずなのに、アクロイヤー反応は皆無であった。搭載されているのは超最新式であり、やつらの生み出した“ミクロマン側の感知装置に反応しない為の装置”の影響は受けないモデルである。では、何故、反応しないのか? あの樽状ボディのロボットは、アクロイヤーではないのか? それともこちらの最新技術を凌駕する何らかの機器を搭載しているモデルだとでも言うのだろうか? アクロ妨害粒子も、感知されていない。ブルーイーグルが口にしたと言う思わせぶりな発言はやはり真実を告げているのか。アクロイヤーではないのだとしたら、何者なのだろう・・・。

静かな5階図書館内に、小さく小気味よい「パスンッ!」という音が響いた。例えていえば、オモチャの空気鉄砲から発せられるような音だ。館内にいる人間たちの視線が一瞬だけ泳ぐ。が、また視線は手にする本や、手前の仕事に逆戻り。ほとんどの者が、4階にある児童向けコーナーあたりから聞こえてきた、子供が出したオモチャか何かの音だろうと思い込んだからであった。

音の正体は、アクロボゼットの胸に搭載されたふたつの銃器のうちのひとつから、最小レベルの威力にパワーを落とした弾丸が発射された射撃音だった。物陰にうまく潜んでいたゼットは、追いかけてくるしつこいミクロマンマシーンを行動不能に出来ないかと狙い撃ちしたのだ。倒せなくてもいい、ひとまず動けないようにさえできれば・・・。

彼の目論見は失敗に終わる。危険感知能力装置にすぐれたウェンディはアクロボゼットの動きを先に予測、両足のキャタピラを後方に向け高速回転させ回避、事なきを得たのだ。

「外したッチ!」舌打ちしたアクロボゼットはすかさず逃避行為を再開した。ウェンディはカー形態に変化、再び追跡を開始する。かくれんぼから、再び鬼ごっこに戻る二体。

逃げる者、追う者、ふたつの影は本棚区画をすり抜け、通路に当たる空間にいるまばらな人間の足元を過ぎ去り、4階に続く下り階段の手前にたどり着く。

アクロボゼット、ウェンディ・カーの順で、走ったままためらうことなくそのまま両者、踊り場までの段差を一気に飛び降り、次に踊り場から最後の段の向こうまで、やはりジャンプで通り抜けたのであった。

今までいた5階はいわきの資料や歴史など専門書等で占められている階であったが、4階は子供向け・生活や文学の蔵書で構成されている一般向け図書の階である。5階に比べ、子連れの親子が増えてきているようで、2体のロボは各々に装備されたレーダー機能を駆使、人に見つからぬよう注意深く配慮しながら追いかけっこを続けたのだった。

 

どこをどう進んで、どこにたどり着いたのか、弱い電子頭脳の持ち主であるアクロボゼットはもう判断でき無くなってきていた。いつのまにやら行き止まりである。よくよく確認すると、大きな窓ガラスで囲まれている、4階北東区画の端、“こどもよみきかせひろば”とプレートにある土足厳禁の絨毯が敷かれているガランとした部屋であった。

「どうだ、撒いたか?!」と部屋の出入り口の方を確認しようとした次の瞬間、いつの間にやら追いついてきた追跡車両の体当たり攻撃を受け、ロボゼットは宙を舞い、絵本が並べられている低い本棚上の、アンパンマンドラえもんなどの人形が並べられている一角に落ちる。

「しくじった、油断大敵!」と、すぐさま立ち上がる。同じ本棚上のすぐそばにミクロマンの追手が現れ、一瞬にして人型形態に変化したのだった。

「あなたはアクロイヤーの配下、ロボゼットですね?」女性型サーボマンが問いかけると、ゼットはまるで自尊心の塊のような自信満々の笑みを見せた。「俺様の名も、広く知られるようになってきたと見た! そうだ、俺様が素晴らしいパワーを誇るアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団リーダーのアクロボゼット様だ! お前はミクロマンの仲間ダッチな?!」ウェンディは臆することなく答える。「そうです、私はサーボマン・ウェンディ。あなたはここで何をして・・・・」ウェンディは樽型ロボに変化を感じ、思わず言葉をとめた。ゼットの両目がシグナルを発する様にチカ・チカ・チカと、赤く点滅し出したからだ。問答無用で攻撃手段を発動するのかと身構えたが、どうもそうではないらしい。

「なんだ、お前・・・」一方、ゼットも逆にウェンディの変化を目撃、黄色く太い眉をしかめたのだった。追跡者の小さくつぶらな両目がチカ・チカ・チカと、赤く点滅し出したからである。

本棚のすぐ脇、小雨に濡れ、しずくが幾筋も流れる窓ガラスに映る自分たちの変化に両者、気が付く。「なんだ、これは・・・???」同じタイミングで赤く点滅している。それぞれ、予想もしていなかったし、自分達の身に何が起きたのか分からず混乱した。

(サーボマン・リンク・シグナル?)ウェンディの超高性能電子頭脳が状況を分析する。初めて会った同士のサーボマンが互いの存在を認識登録し合い、データ通信を可能にするのに繋がる為の自動リンク機能が働き始めたのだと知る。(サーボマン同士でないと行われないリンク機能が、どうしてアクロイヤーである彼に反応してるの?!)

アクロボゼットは「こんなことは初めてだ」と、皆目見当がつかず、自分はアレルギーでも起こしたのだろうかと手の甲で目をこすったりしていた。どういう状況なのか詳しく分析しようとする発想すら、彼の能力の低い電子頭脳では判断できなかったのだ。

軽くパニックになったふたりに隙が生まれていた。興味を示した小さな子供がすぐそばまでこっそり来ていて、手を伸ばしてきたことにどちらも気が付かなかったのだ。「あー、あーあー!」オムツをしており、まだまだ話も出来ないような幼児が、ウェンディを鷲掴みにする。「キャッ?!」完全に捕まってしまったウェンディは焦った。出入口に脱いだ靴を並べ直した母親らしき人物もこちらに向かってくる。

シグナルが途切れた。これ幸いと、アクロボゼットがどこかへと逃走したのだ。離れてしまったことから同調システムは最後まで働かずに終了。リンクはなされなかったのだった。

 

アクロボゼットは4階の北西区画にある、ひと気のない非常階段まで逃げてきていた。先程いた“こどもよみきかせひろば”の正反対側である。ゼットは己の通信装置を作動させると、この近辺に来ているはずのアクロ移動基地の仲間に「迎えに来てくれ!」と救援を要請した。ミクロマン相手に自由気ままに暴れ回りたいところであったが、敵の数が分からない上、建物内に人間は多いし、綾音もいる。愛しい彼女に危害が加わることにつながるのはまずいし、下手に騒ぎを大きくするのは得策ではないと思えた。

通信機能が仲間の電波を受信。しかし、何が起きてるのか知らないが、話せる状況でないのか、雑音ばかりが流れてくる。彼はジャンプすると出窓に飛び乗った。窓枠をよじ登るとクレセント錠をクルリと回転させる。そして窓を開き、外を見たのだった。

雨雲広がる大空から小雨はまだ振り続けていた。キョロキョロと見渡すと、真っ黒い色の巨大掘削機のシルエットをしたアクロ移動基地がこちらに向かってくるのが目視できた。しかし、赤いボディにクリアグリーンの翼を持つミクロマンの怪鳥メカと戦闘中であり、徐々にしか近づいてこない。「ミクロマンめ、やはり複数でここいらに湧いて出てきていやがるな・・・」ゼットは太い眉をしかめる。

「ロボゼット、待ちな!!」真後ろからドスの利いた声がした。聞き覚えがある若い女の声だ。ギョッとして首を後ろに向けようとした刹那、巨大なものの両手が、ゼットの胴体を持ち上げた。ロボットマンだ! ゼットに声をかけたや否やのタイミングで既に踊り場から出窓に飛び乗ってきて、彼を捕まえたのである。透明なフードに守られたコクピットにいるのは、スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう、お馴染みの憎き女ミクロマンであった。

パイロットの女性ミクロマンは、カモフラージュシールドで女性ミクロマンの姿に立体偽装している綾音である。先程の騒ぎを見て、彼女は万が一を考えリュックに入れてきていたロボットマンを手に、ひと気のない物陰でミクロ化。ロボットマンに搭乗すると、図書館の人々の視線からなんとか逃れつつ、アクロボゼットの気配を辿り、ようやくここまでたどり着いたのだ。

「お前も来ていたのか、女ミクロマン!」自分も仲間たちも、幾度となく辛辣を舐めることになった原因である張本人と再び相まみえたのだ。アクロボゼットは瞬間湯沸かし器の様に怒りが瞬間的に頂点に達し、伸縮の利く両脚を一気に勢い良く長く伸ばすと銀色の顔面に不意討ちダブルキックをお見舞いしたのだった。

「うあっ!」声を上げたのは、綾音だけではない。蹴った本人のアクロボゼットもであった。何故なら攻撃を受けバランスを崩したロボットマンは抱えたゼットもろとも窓から外にダイブしてしまったからである。高いビルの4階から落下したロボット2体は、空を飛べない。真っ逆さまに道路に向かって落ちて行った。

 

――サル型ロボのゴクーとカニ型ロボのカニサンダーが操縦するアクロ移動基地が、赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバードと遭遇、戦闘に突入したのはつい先ほどであった。

小回りの利いた飛び方で、体当たり攻撃や鋭いくちばしによる刺突攻撃を執拗に繰り広げてくる赤い鳥に霹靂しながら、ようやく通信を開いてきたゼットの救助要請に駆け付けるべくラトブ・ビルまでどうにかこうにかたどり着いた二人。しかし、邪魔されうまく応答できないどころか、ゼットの姿を見つけたのに、今まさにロボットマンと落下したのを目にして焦ったところである。

同じくロボットマンが落下したことは、先ほどから姿を感知していたハリケンバードも即察知した。赤い鳥型ロボは飛行掘削機から離れると、目にも止まらぬ速さでロボットマン救助へと向かって羽ばたいていく。我々はゼットの方だ、と、アクロ移動基地もそれにならう。

ハリケンバードは空中で見事にロボットマンの背中にドッキング、態勢を立て直しつつ空へと上昇していったのであった。

自らの危機に、綾音は無意識のうちにロボットマンにゼットのことを離させていてしまったので、ゼットは落下し続けている。「きゃぁ~、間に合わないザンスっ!」アクロ移動基地の飛行速度は最大にしてもハリケンほどない。距離からして地面に激突するまでにゼットのことをキャッチできないとカニサンダーは喚いた。

「ぶっつけ本番だ、やるダッチ!」ゴクーが通信機に向かって早口で叫んだ。

「やれッ!」ゼットの大声による返答がマイクから響き渡る。

本来であれば稼働実験として行う予定であった新兵器のテストを、ピンチに合わせ実戦で敢行することになったアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団。成功すればゼットは新たなる武器と飛行手段を得られ、飛べるようになるはずであった。

 

「ビルド・アーップ!」

「物質転移装置始動! ゼットパーツ、シューーートッ!!!」ゴクーが操縦パネルに新たに取り付けられた左右ふたつのレバーをそれぞれの手で握り降ろすと、アクロ移動基地の胴体左右にある砲座からせり出す大砲が虹色に光り輝き、まるで弾丸のようにいくつもの塊を次々とアクロボゼットに向け射出して行ったのだった。塊は、明らかにメカニックの各パートを構成するパーツ群であり、“コの字をした深緑色のジョイント”数個を先頭に、肩、巨大な腕、こぶし、キャタピラ状の足、先端がドリルになっているブースターである。

「ビルド・アーップ!!」ゼットがパーツを操るコマンドを叫ぶと、彼の短く小さい両の手足が胴体関節穴に瞬時に引き込まれ収納された。すると頭と胴体だけになったゼットの四肢関節穴に、タイミングよく到達した深緑色のジョイントが勢いよく接合され、そこに向かって、肩、腕、拳、キャタピラ足が次々とぶつかるようにして合体していくではないか。まるでベルトコンベアで次々に運ばれていく機械類がいく先でどんどんつながり組みあがっていく工場風景のようである。

最後、ドリルブースターパーツが背中のジョイントにはまり込むと、全身が光り輝き、巨大な手足をもつ全く別の様相の戦闘型ロボットに変化合体したアクロボゼットが誕生したであった。

 

俺がやめたら、誰がやるのか?! 今まさに“鋼鉄ゼット”が誕生した!

「変化合身! 鋼鉄ゼッーーート!!」絶叫に近い声を上げるアクロボゼット。

地面ギリギリで変化合体が完了した彼はアスファルトの路面、数センチ上の空間をブースターの力で浮いてしばし滑空、途端、物凄い急上昇を見せ、そのままロボットマンの元へと飛んで行った。速度はハリケンバードと互角、いやそれ以上かも知れなかった。

閑散とした街並みには、相変わらずほぼ人の姿はない。数名、傘をさして歩いている者もいたが、鳥が飛んでいるぐらいにしか思わず目もくれなかった。

 

いや、目撃者がいた。外ではなく、ビル室内の方からだ。4階北東区画の端、“こどもよみきかせひろば”の窓のそば。外界から雨音に交じって聞こえてくる奇妙な機械音に目をやったピンク色のアリスと、「あれ!」と口にした彼女の言葉に反応した、ぽっちゃり少女・胡桃である。肩に乗るアリスが指さす空には、いつの間にやらハリケンバードと合体してホバリングしているロボットマンと、下の方から急上昇してくる群青色のごつごつとした装備をなしている樽型ロボの姿があった。

つい先ほどウェンディからの救援信号をキャッチしたアリス。彼女に一緒に行ってと頼まれた胡桃は4階に降りてきた。そして女性型サーボマンを手にした赤ん坊を見つけると、その母親に「私が忘れたオモチャなんです」と、もっともらしいウソの説明をしてみせた。そうして大切な仲間を赤ん坊のよだれ攻撃から救い出しホッと一息ついていたところである。

「ロボゼット? 先ほどとも、データとも、異なる姿をしていますね?!」小声で解説してくるウェンディを抱えながら、胡桃は親子連れから離れると、もう一度窓から外を見渡す。親友である少女はミクロマンに変身しロボットを操縦、アクロイヤーの手先と戦い始めている。「綾音ちゃん、頑張って・・・!」胡桃は祈るようにして、戦いを見守るのであった。

 

「成功したザンス! ごいす~ダッチ!!」ゼットの見事な変身ぶりに、カニサンダーが喜び、いくつもある手足(?)を使って大げさに拍手する。

「うまくいったようで何よりだ」仲間の合体成功に、喜んでいるのかいないのか、いつもの冷静な口調でゴクー。「よし、ゼットを援護す・・・」そこまでサルロボが言いかけた時、思いもよらぬことが起きた。タンッ、と掘削機の真上に、軽やかに、大きな音もさせず、突如として真っ黒い何かが飛び移ってきたのだ。不気味な黒雲が広がる空から、である。

息を呑むアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団の二人。そう、いきなり目の前にマグネジャガーが出現したのだ。ゼットパーツの射出作業と変化合体の様子を見守るのに集中しすぎていた上に、気配を消す超隠密能力に優れた黒豹の力により、まったく動きを察知できなかったのだった。

黒豹は、アクロ移動基地の機体がビルのそばまで流れてきたことから――戦いの気配を感知し先ほどから場の様子を分析、屋上よりタイミングを窺っていたのだが――今とばかりに奇襲攻撃に出たのである。

 

 

「マッハ・パーーーンチっ!!」スーパーマンの様に右腕を突き出し、雨の流れに逆らいながら、そのまま加速をつけロボットマンに激突するアクロボゼット。頑強で巨大な拳の破壊力ならびに飛行速度の勢いは、凄まじきパワーでロボットマンを圧倒、後方に吹き飛ばした。

綾音は直感する。今までとは、気迫も、戦闘力も、段違いに違う、何倍もパワーアップしている、と。きらめく武装類は新しく開発されたものなのか、美しくきらめいていた。

「喰らえ! ゼットマシンガン!!」丸く赤い腹かけから飛び出ている二つの突起から、超高速で撃ち出される大量の弾丸がロボットマンを襲い、爆ぜた。

 

5階、総合図書館の専門書コーナーにある、中央・自由閲覧席コーナー。頭に両手をやり、暇そうにしている少年がひとりいる。陽斗だ。「ゴメン、ちょっとだけ席外すね」と綾音に言われ、少し間を置いて「すいません、私も少し席を外すね」と胡桃にも告げられ、取り残されていたのだ。

トイレか、それともスマホに親から電話でも来たのだろうとは思ったが、なかなか戻らぬ連れ二人である。消えていった先を眺めてソワソワしてきた矢先、「バリ、バリ、バリ!」と、外から小さな轟音が響いてきたのに興味をひかれた。雷だろう、暇つぶしに外の様子でも見るか、と、少し離れた場所にある大きな窓に歩を進める。

「まさか・・・?! 陽斗、あそこ!!」いつの間にやら肩に乗っていたミラーが、上ずった声で窓から見える上空を指差した。なんだろうと少年が視線を飛ばすと、鳥・・・いや、違う、銀色頭で赤い胸をしたロボットと、寸胴で樽の様な姿をした群青色のロボットが空を舞いながら、戦っていたのだ。

友人ミラーに何度も聞かせられてきたミクロマンの世界については承知しているつもりであった。ミラーの様子からも、窓の外で展開している光景が何であるのかは想像できる。しかし、聞くと見るとでは大違いで、陽斗少年は現実なのか夢か幻かと軽く混乱している自分がいることに戸惑いを禁じえなかったのだった。

遠近感もおかしくなり、どれほどの大きさの者たちなのかと混乱する。が、ロボットが互いに体当たり攻撃を仕掛けたり、殴ったり、蹴り飛ばしたりし合っているバックに見える店の看板やら電線等から、意外なほど小さき者達であることを陽斗は知った。

目の前で繰り広げられている世界は、現実なのだ。ミラーの教えてくれた通り、ミクロマンの世界は本当にあったのだ。陽斗はじわりじわりと、自分が高揚してきているのを感じた。

「ミラー、あれ、仲間なのかい?!」少年の質問にミラーが深く頷く。「私の仲間だ! しかも、機体番号からして、あのロボットマンは水石山のIwaki支部にあったものだよ。友人マックスの愛機さ!」「話に聞かされていた、同じチームの人や、スーパーロボットだね!! ミクロマン達はいわき市にまだいたんだ!?」「いや、まて、どうやら胸に見えるパイロットは彼ではないようだ。女性隊員のようだが、誰なんだろう? それに、敵対しているらしいあの樽みたいな形状のロボは見たことがない。戦っているところからして、おそらくアクロイヤーなんだろうが・・・?!」同郷の仲間の姿と、アクロイヤーと思わしき姿を同時に目にしたミラーは、かなり興奮していた。

雷の音と思ったのは、外で戦いを繰り広げている両者が、武器を使ったり、ぶつかり合う音であったのだ。

図書館内の人間は本に夢中で、外の様子を二人のように細かく窺っている者は皆無。ビル上空で正義と悪の戦いが繰り広げられているとは誰も知らないでいる。

 

「必殺! ロケット・パーンチッ!!」アクロボゼットが右腕を振り上げ、思い切り前方に突き出すのに合わせて絶叫すると、右の巨大な拳が手首から外れ発射された。一条の光となり、流星の様にロボットマン目掛けて飛んで行く。

先ほどから否応なく受け続けている強力なパンチ攻撃のロケット版だ。通常のパンチでもそれなりに堪えていたのに、弾丸のように飛ぶ勢いがついているものをまともに喰らったら、頑丈なロボットマンでも大ダメージを受けることは容易に想像できた。

「上にッ!」とっさの判断で命令した綾音の意思に即反応したハリケンバードはロボットマンの巨躯を上昇させる。綾音の意思で続けざまにロボットマンが両脚を大きく開くと、脚と脚の間を黒い拳が通過していったのであった。

「まだだ!」ゼットがニヤリとする。ロケットパンチが弧を描いてUターンし、今度は背後からロボットマンに向かい出した。「ここで、もうイッチョ!」すると彼は左腕を振り上げ、左の拳もロボットマン目掛けて撃ち出したのである。

前と後ろからの挟み撃ち攻撃殺法だ。ロケットのスピードである。すぐに綾音の元にたどり着く。両の飛翔体の射線は微妙にずれており、先ほどの様に回避行動を取ったところで、片方を避けても、もう片方が激突してくると予想された。そもそも上下左右どこに回避するにしても、到着するまでにもう時間がない。ハリケンが持ち支えるロボットマンの巨体では、重すぎて瞬時に逃げることも今のこの時点からでは不可能であった。

生き死にに関わることで必死になると、人間、急に案を思い付けるのだろうか? それとも綾音の天性の直観力であろうか。「私を蹴って、上に飛べッ!」瞬間的に思いついた方法を綾音は声高らかにハリケンバードに伝えたのである。

ハリケンはジョイントを即解除、ロボットマンを勢いよく下に向かって蹴り出しつつ、その勢いで己の身も上に向け上昇させたのであった。上と下に向け一気に離れた巨体がもといた何もなくなった空間に黒い拳同士がすれ違いながら飛んで行く。目標を失った拳は雨を切り裂きながら、各々見当違いの方向へとすっ飛んで行ってしまった。

綾音はハリケンに指令を出し、再びロボットマンと空中ドッキングさせると、両手を失っているアクロボゼットに即時向かわせ、彼を羽交い絞めにさせたのであった。

「こう近付けば、ご自慢のロケット・パンチ攻撃は出来ないねッ!?」今度ニヤリとするのは綾音の方であった。「クソっ!! 離せダッチ!!」ロボットマンの胸の中でジタバタともがくロボゼット。両の拳は主人の元にどう戻ってよいものかと、ふたりの周囲をウロウロと飛ぶばかりだ。

 

その時、である。アクロボゼットの腕の通信機マイクから、重くのしかかる様な独特の中年女性の声が響き渡ってきたのは。「ゼット、何をしているんだ! 今日は稼働実験だけのはずだ! ミクロマンの相手をせよとは命令していない! そもそも隠密に行動せねばならぬのに、人間どもの目につくような所で、目立つような行為をするとは何事か! すぐに戻るのだ!!」おそらくなかなか戻らぬ部下の様子を得意の超能力・千里眼で確かめ、この光景を知ったのであろう。それはデモンブラックの激怒する怒鳴り声であったのだ。

ギョッとしたのはアクロボゼットだけではない。急に目の前から知らない女の怒鳴り声が響いてきたことに、綾音も同様に驚いてしまったのである。この時、隙が生まれた。ロボットマンの腕の力が弱まったのを感じ、ゼットは腕の中から逃げ出しのである。

真っ黒い弾丸状の拳ふたつが、持ち主の元へと戻る。上官に激怒されようが、簡単に引き下がるつもりは毛頭なかった。「ロボットマン! 今度こそ決めてやるダッチ! ダブル・ロケット・パーーーンチッッッ!!!」ゼットは絶叫しながら、両腕を天高く振り上げたのであった。雨がいくつも拳に当たり弾かれている。

手の内は知られてしまっている。同じ手段で回避は出来そうにないと、身構えるロボットマンと綾音。これまで以上に、緊張が一気に高まった。

 

 

「ピカッ!」

この時、悪天候の中に起きうる自然現象が偶然発生した。何の意思も関与しない、本当に単なる偶然である。空から一条の細い閃光が下に向け落ちたのだ。アクロボゼット目掛けて――。

閃光に目がくらむ綾音。少し遅れて雷が落ちた時に響き渡る落雷音が周囲に響き渡った。

落雷を受けたアクロボゼットは電気ショックから機能を停止。口や四肢の付け根の隙間から黒い煙を噴き上げながら、ゆっくりと真下に落下していったのだ。

地面に激突しようかと言う寸前、間一髪、それをアクロ移動基地が現れ受け止める。ようやくの思いでマグネジャガーを機体から追い出したふたり。二度目の仲間の落下に、今度こそは間に合ったのだった。

ロボゼットの機能状態を外部に伝える役目も果たすアイモニター(両目)は、どちらも大きなバッテン、機能停止状態を示していた。樽型ロボはピクリとも動かない。

「腕一本、猫に取られたー!! うわぁーん!!」カニサンダーは負傷しており、泣き喚いている。

ロボットゴクーはまったく役に立たなくなった仲間二人を乗せたアクロ移動基地を操作、退却するので手一杯であった――。

 

撤退していくアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団を見送る綾音。胡桃たちも心配して待っているだろうし、逃げ帰る敵を追いかけるまですることもないだろうと思う。

「あの怖い女の声は、絶対に悪魔軍団司令部の上官のものだよね。デモンブラックと言うやつかな。なんか知らんけど、通常の方針に背いて子分が勝手に行動したのに怒り、制裁として一喝の電撃攻撃を喰らわせてようやく止めたってところ・・・か、な・・・?」

ロボゼットがそもそもなぜ今回の動きに出たのか、彼の心情をまったく知らない綾音は、特撮ヒーロー番組で見たことのある悪者側の裏事情ドラマパートに照らし合わせて推測する。落雷はと言えばまったくの偶然であり、デモンブラックの怒りでも何でもないのは言わずもがな、である。

小雨はまだシトシトと振り続けていたのであった。

 

――先ほど落ちた窓から綾音はラトブ内に戻ると、非常階段にひと気がないことを確認、そそくさと元の姿に戻った。体同様、本来の大きさになったピンク色のお気にのリュックに愛機をしまうと、何事もなかったかのような素振りで図書館4階に入り込む。

みんなの元に帰ろうと誰もいない通路を歩いていたところ、一枚の絵画が飾られているのが目の端に映った。先ほどはロボゼットを探すのに夢中で見落としていたようだ。そもそも非常階段方面などわざわざ足を運んだことがなかったので、この通路の様子自体、彼女は何も知らなかったものだ。

歩きながらチラリと横目で見ながら通り過ぎ――少女は何かを感じ足を止めると、後ろ歩きで絵画の前に戻ったのであった。

パッと見、あきらかに童話とか絵本の挿し絵に使われそうな優しいテイストの絵柄、構図をしている絵だった。

夜のとばりが降りようとしている時間帯であろう、空は薄暗い紺色。中央に山と思われる巨大な三角形があり、暗い山の頂のやや下あたりから下界に向けて、空の闇とは対照的に眩しい光がほとばしっている。正体は分からないが、光り輝くものが、何かの爆発に合わせ、爆発地点から飛び出しているようだった。爆発のその傍には緑と黄色に塗られた擬人化されたカマキリのような人物がいる。

山の両隣には、不思議な集団がそれぞれ固まって描かれていた。

右側。大きな人物と、小さな3人の人物がいる。大きな人物は鎧兜を身に着けている騎士のようだ。真っ黒い兜、赤い翼が胸に生えた青い胸当てが印象的で、その顔面は仮面でも当てているのか銀一色である。足元には、紺碧に塗られた樽を剣道の胴のように着込んだ少年(?)、長い棒を構えたサル、黒光りするカニが付き従っていた。

左側。やはり大きな人物と、小さな3人の人物だ。しかし、どうも人や動物ではなく、すべて鬼神の様であった。大きな鬼は真っ赤な顔をしており、胸は黒、両腕は大砲の様なものを抱えている。足元には角が生えた、黒、緑、銅色の鬼がいる。鬼は全員、牙をむき出しにしたり、手や体がねじれていたりして、何というか見ていて気持ちいいものではない、とても奇形な姿形をしていたのだった。

そして――絵の中央部分にあたる山の中腹には、おそらく生まれて間もないだろう姿の、人間の赤ん坊が描かれていた。頂から発せられた眩しい光が赤ん坊を照らしている。

綾音はこの絵画がどうしてだか分からないが、とても気になって仕方なくなった。強烈ともいえるインパクトで迫ってくる何かを感じたのだ。お得意の直感が、この絵は重大で大切なものだ! と告げてくる。

絵画の額のすぐ下に小さなプレートが貼られていた。作者の名前とタイトルが書かれてある。

 

『高野文岳・絵 Gの、ものがたり』

 

「・・・”G”?!」思わず綾音は口走ってしまった。そう、今調べている物事のひとつに“G”という謎のキーワードがあるからだ。

少女はもう一度、絵に目をやる。全身の感覚が、謎の絵画に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。

 

「綾音ちゃん、無事でよかった。戻ってきてたんだね!」綾音を探し、胡桃、アリス、ウェンディがやってきた。「どうしたの?」まるで魂を引き込まれてしまったかのように絵画を見たまま返事をしない友人を気遣い、三人は再度、声をかける。

「何か、子供向けおとぎ話の絵、みたいですね」ウェンディが感想を告げた。やはり、誰が見ても同じ感想を抱くようだ。

胡桃が綾音の脇に立ちながら、「これ、確か水石山だよ」とポツリと呟いた。「えっ、胡桃ちゃん、この絵のこと知ってるん?」ようやく口をきいてくれた親友に頷く胡桃。「この絵を描いたの、私のおじさん、パパの弟なんだ。昔、おじさんの家で見たことある。今はここに寄付されて飾られていたんだね」「おじさんは絵描きさんなの?」「うん。絵本作家。私が絵本好きなのも、おじさんの影響なんだ」「そうだったんだ、初耳・・・!」さすが、胡桃から滲み出しているロマンチック世界の住人オーラは、伊達ではない。おじさんは作家なのか。親戚に作家さんがいる人なんて、今まで聞いたことがない。綾音はまたしても感心してしまう。

「水石山・・・!? それに、タイトルに“G”ってある・・・!? 偶然かな? まさか、もしかして・・・?」少しずつ興奮してきているような口調で、アリスが腕組みをした。「胡桃ちゃん、この絵って、どういういわれの物なの? 知ってる?」早口になるピンク色スーツのミクロマン

「完成しないまま終わった、華王丸のお話の一部だったはずだよ」一同の視線が胡桃に集まった。「華王丸・・・の話? それってどんなん?」綾音の問いに、胡桃は遠い目をする。少女は以前、おじさんに見せてもらった未完成のいくつかの絵やら物語構想ノートを思い出しながら語り出す。

「えっと、こんなお話だったよ。華王丸は、勇敢で冒険好きな、男勝りの女の子。でも、村や町でも噂に上るほどの美しい娘でもあるの。華王丸はある日、砂浜に遊びに行きました。すると、ひとりの男とカメに出会います」

ウェンディが話の腰を折らないよう、囁くように口にする。「浦島太郎ですかね?」胡桃は小さく頷く。「そう、男は実はその時代の人ではなく、気が付くと自分が過ごしていた頃よりもずっと後の時代、華王丸が生きてる時代に来て困っている人だったのです。知り合いは誰もいなく、彼の大切な頼りのカメは弱ってしまっているし、途方に暮れていました」

綾音は笑顔になる。胡桃は、まるで童話の読み聞かせをしてくれる優しい保育園の先生みたいだな、と。小さい子供になったかのように綾音は、胡桃先生に告げたのだった。「華王丸は、太郎とカメを助けてあげることにしました!」綾音の悪ノリを見て、胡桃も笑顔になる。「正解。そうです。かわいそうなので、助けてあげることにしました。太郎とカメを手のひらに乗せると、家に連れて帰り手当てしてあげたのです」

「てのひら・・・?」アリスが問うた。「うん、太郎は一寸法師のように小さく、カメも手で持てるくらいの大きさしかなかったの」

アリス、ウェンディ、綾音の顔が、瞬時に真顔になった。三人同時に、まったく同じある想像をしたからである。

勇敢な女の子、砂浜、後の時代に来て困っている一寸法師のような男、弱ったカメ。

偶然だろうか? 綾音、三崎公園の砂浜、眠りについたまま埋まっていたマックス、故障していたミクロワイルドザウルス――綾音とマックスが出会った時の経緯と符合していないか?

「すんごく前に見せてもらった内容だから、あとの詳しいところはあんまり覚えてないなぁ。そんな感じの始まり方で、あとは華王丸が鬼退治して回る様な展開だった気がする」「鬼退治?」「うん。確かね、真っ青なブーツを履いた大男、真っ赤なハト、黒猫と言う、勇敢な三つのお供を従えて、村や町で悪さする鬼神を退治して回るの」

 

三つのお供・・・。

 

話を聞かせられていた三人は、口にせずともやはり同じことを考えていた。華王丸の話や、この『Gの、ものがたり』と言う絵は、いわきにおけるミクロマンアクロイヤーの戦いを、脚色を加えて伝えているモノではないのだろうか。

高野文岳という絵本作家がどういう人物で、どうして誰も知らないはずのミクロの世界ことを知り得たのか、今年に入り綾音の辿ってきている道を過去の時点で知っていたのか、そもそもどうして物語として描こうとしていたのかは分からない。

しかし、である。今までどのようにしても見つからなかった謎にまつわるヒントとなる存在に出会えたことは確実だ、と感じられたものだ。

胡桃は友人たる三人が気付いたことが何なのかは分からないでいる。三人が目の前にある水石山の絵を真剣に眺め直しているのを、傍から不思議そうに見守るしかなかったのであった。

 

〔つづく〕