ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<前編>

 

いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ふたつの影があった。ひとつは、一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラック。もうひとつは、先日、綾音の操る超高性能万能型ロボットに凄まじい勢いで蹴り飛ばされ空の彼方に姿を消したアクロボゼットだ。

距離を取っている二者の間には、アクロボゼットのメモリーから吸い出され再生装置にかけられた先日の戦闘記録動画が、立体ビジョンとして中空に映し出されている。

「まさか、あのような手段を取ってくるとは露程も思わず、油断したダッチ」我ながら言い訳がましいと思いながらも報告をするアクロボゼット。

「貴様のたりない頭では無理もなかろう?」デモンブラックの、小馬鹿にしたような言葉にゼットは太い眉をピクリと反応させたのであった。

動画がひと通り終わると、ふたりの間の空間は元通り金色の場に戻る。ひざまずく群青色の樽型ロボを、漆黒色の女悪魔は見下したような目で見おろしている。

「しかし、意外だな。ロボットマンはあのマックスと言うリーダーミクロマンが搭乗するのだとばかり思っていたが、他の隊員が任せられているとは・・・」首を傾げるデモンにゼットは付け加える形で報告を続ける。「他にはしもべと思われる黒いアニマルロボだけで、ミクロマンは誰もいなかったダッチ」ふふんと女悪魔は鼻を鳴らす。「たった一人で乗り込んできたところと言い、思いもよらない攻撃方法と言い、ロボットマンまで任せられているこの女戦士、マックスに信頼を置かれた相当の手練れなのだろう」

そうなのだろうか、とゼットは思う。ロボットマンが現れるまでの間、逃げ回っていたのに? それとも、あれはこちらを油断させる作戦の一種だったのであろうか? 現場にいた者の感想としては、とてもそういう風には見えなかったが・・・。アクロボゼットは一生懸命に分析しようとするが、彼に搭載されている質の低い電子頭脳では答えが出ない。

「スパイロイヤーの調査報告によると、マックスはMCIA(ミクロマン中央情報局)におけるスパイマジシャン特殊訓練もトップクラスでパスした実力だと言う。やつに様々な戦術を叩きこまれた女戦士に違いない・・・!! ゼット、お前が敵わなかったのも無理はないのかも知れないねぇ」果たして憐れみを掛けてきているのか、それとも遠回しにバカにしてきているのか、デモンブラックの真意は定かではないが、選んでくる言葉はいちいち癪に障るものばかり。アクロボゼットはイラついて仕方なかったのであった。

「しかし、作戦は遂行せねばならない。今回の見たこともない女ミクロマンと言い、果たしてどれほどの人数がいわきにやってきているのか分からぬこともあるし、油断大敵だよ。邪魔され失敗したもの以外でお前が手掛け実績を残せたのは2件か・・・。カニサンダーとゴクーも引き続き動いている。お前以上のイイ成績を上げられるといいのだがねぇ。あいつらのオツムの程度は如何ほどに?」

この女アクロイヤーめ、どこまでも人を見下しやがって! 脳が無いのは生まれつきだ! 俺はそもそもマスターに“知恵がない仕様”として作り出されたのだから、仕方がないのだ! それを何度も何度も・・・イライラが爆発しそうになってきていたゼットは、「ハッ⁈」と自分がいま思ったことの元となった、不意に湧き出てきた“メモリーデータ”に驚いた。

う・・・? マスター――とは誰のことダッチ?

うう・・・? わざとそう作られた――どういうことダッチ?

アクロイヤーの前で目覚めた以前の記憶はなかったはずである。それなのに・・・。

それは電子頭脳内において、たくさん開いた小さな記憶データ・ウィンドウのいくつかに、彼が知らないはずの“記憶ビデオ映像”が部分的に一瞬だけ映し出された“メモリーデータ”であった。数多くあるほとんどの窓には何も映り込んではいない。真っ白なだけだ。この世に意識を芽生えさせて間もないのだから、記憶らしい記憶が何も映っておらなくて当然であろう。なのに、あちこちに散らばるウィンドウの一部のみに、彼の知らないはずの“思い出”がチラッと覗き込んだのである。

学校を下調べに行った際に出会った、大きな目がきょろきょろとしている長い髪をしたカワイ子ちゃんの、あの言葉がどうしてか脳裏をかすめた。

『キミはどこの家の子なの? 忘れ物みたいって先生に渡してあげるからね。持ち主が早く見つかるといいね!』

 

 

――人々がぐっすりと寝静まった深夜、すべての照明器具が消され真っ暗になっている磐城家。綾音の部屋の隅に置かれている、子供向け百科事典や漫画本で埋められた横倒しカラーBOXのみが、ぼんやりとした奇妙な光を放っていた。光の正体は、中の工場内大型照明ライトが放っている明かりだ。カラーBOXと言うのは人の目(綾音の両親)をあざむく為の仮の姿、その実体はミクロマンの科学力で生み出された装置カモフラージュ・シールドで外側を本棚に偽装された“アルティメット整備工場”なのである。

工場内の中央スペースには、綾音の家に居候している新Iwaki支部ミクロマン全メンバーが集合していたのだった。数日前に驚くべき動きを見せたロボットマンを、天才科学者アイザックと彼の作り出した助手サーボマン2体が調査。先ほど調べが終わり、結果報告がなされようとしていたのだ。

レッドパワーズ仕様の緑色のミクロスーツ姿のアイザックが、いつになく眼鏡の奥の両眼を酷く生真面目なものにしながら話を切り出す。「結果から先に伝えるのだ。異常を起こした原因とされるような故障や狂いは・・・どこにもない」

どのような驚愕すべき事実が伝えられるものなのかと構えていた面々は肩透かしを食らい、ポカンとしてしまう。

「ど、どこにもないって、一人で勝手に飛んで行って、自分で綾音を探し出して、有無を言わさずあの子を操縦席に招き入れたのに、異常がないってどういうことなんだ・・・?!」黄色いM-12Xチーム用ミクロスーツのマックスが、柄にもなく早口でまくし立てた。

腕組みするアイザックは黙り込み、難しい顔をするばかりだ。

まだ幼さの残る少女っぽい目をランランと輝かせながらアリスが手を上げる。「ハイッ! ってことはやっぱり、綾音ちゃんへ対する愛の力ってやつですかね~?!」

青いミクロスーツのマイケルが首を振った。「んなわけないだろ、新人! あり得ない!」

無表情のメイスンも頷く。「科学的ではないな」

散々言われて不機嫌になり、「ウ~ッ」とぶすくれたうなり声を上げるアリス。

「だったら、なぜ、ロボットマンは・・・?!」天井の照明に照らし出されるロボットマンの雄姿を見上げるマックス。面々はそれにならった。超高性能万能型ロボットは、漁網倉庫の出来事以来、ロボット整備区画に沈黙、そびえ立ったままでいる。

 

少し間をおいて、アイザックが視線をロボットマンにやったまま口にした。「ただ・・・」言葉を続けるのと思いきや、口を閉ざしてしまうアイザック。何かに考えを巡らせている風である。

「ただ・・・なんだよ?」マイケルがもどかしそうにアイザックの顔を覗き込んだ。全員、アイザックに注目している。彼はおもむろに皆に向き直るとようやく語り出したのだった。

「う・・・うむ。異常はないのだがね、あのような動きを見せた原因自体は、発見できたのだよ」「はぁ? 異常はないけど、原因を発見って、どういう意味ですかーッ?!」全員の気持ちを代弁するおかっぱ頭アリスの言葉に、アイザックは小型サーボマン・アシモフに目配せしたのだった。一歩前に出るアシモフ

「オレとウェンディが、ロボットマンのシステムやらプログラムチェックをしたんだけんちょも、不思議なとこを見っけたんだわ」「不思議なところ?」「んだんだ!」首を傾げるアリスに、頭部のメカをチカチカ光らせながら必要以上にアシモフが近寄ったので、「そんなに近寄らなくても話は聞こえてるよ!」と、アリスは警戒してやや後退りをした。

どこかから微かに柔軟剤の匂いがする。あれを嗅いで、いつもの様に酔っぱらったに違いない。匂いに酔ってしまうと、隙あらばアリスとの接触を試みるセクハラサーボマン・アシモフである。

アリスに触れず、ちょっと残念そうにしながら、アシモフは話を続けた。「何と言えばいいかね、簡単に言えばだね、バージョンアップしてるみたいなんだわ」

「はぁ?」マックス、マイケル、メイスン、アリスが同時に間の抜けた声を上げる。

アシモフの話を継ぐ、つぶらな瞳のウェンディ。「富士山麓本部で保管されていた頃も、先日こちらに来る時も、そのような手は加えられていません。こちらに来て以降、いつの間にやらなんです。気が付かなかっただけで、本部等がアップデートプログラムを送信してきてインストールされた訳でもありません。更新履歴を見ても、ずっと誰も何も行っていません。それなのにいつの間にやらロボットマンのすべてを司るメインプログラムが、改ざんされているんです。それも、今までよりも“超高度かつ別機能も追加された新プログラム”に・・・!」

「高度? 別機能?」眉をしかめるマックスの問いに、ウェンディはアシモフ同様、好意を寄せている憧れのミクロマンに触れられるほど傍に近寄ってから、説明し出したのだった。まるでマックスだけに向けて報告を上げているかのような姿勢だ。

「我々サーボマンに組み込まれている自律型プログラムに近いものです。但し、我々がインストールされている物よりも遥かに高度で緻密なもので、普通とは異なるパターンで起動、動く仕組みにもなっています。その仕組みについて申しますと、付加された新機能と連動する形でロボットマンを動かすものとなっているのですよ。ここでもう一方の追加されたプログラムについて説明しなければならなくなるわけですが、それは何かと言えば・・・ミクロマン・カプセルに非常によく似た機能・・・生体オーラを感知する為の能力を付加させるプログラムなのです」

アイザックが深く重いため息をついた。「プログラムだけではない。取り付けられていた電波等を送受信する装置が無くなり、代わりにカプセル同様の生体オーラを感知できる機能が付与された電波送受信装置――最新式と思われるソレに入れ替えられていることも発見したのである。吾輩も見たことがない超最新式のようなのだ! 本来、強い電波を出す通信機能や、それに妨害される生体オーラ機能は共存できないものなのだが、どうやら両者が干渉し合わないような配慮がなされているように見受けられる、すごい代物なのである。分析しようとも思ったが、すぐ手に負えるほど簡単なものではないのだよ。なんというか、あまりにもハイテク過ぎるのだ・・・」

アリスとの距離をじわじわと縮めながら、アシモフが目を光らせた。「搭乗者認識登録データにもよぉ、いつの間にかマックスさんに加えて綾音ちゃんが登録されてんだよね。しかもさ、ヴァージョンアップした各プログラムならびに生体オーラ機能関係が、すべて綾音ちゃんの存在にセットされ繋がる形で構成されてるんだわ」

マイケルが左の手のひらを、コブシにした右手で軽くポンと叩く。「分かった! あ~、多分そういうことか~!! 綾音の怒りや恐怖、例えば戦いに巻き込まれようとしたり、実際に巻き込まれて、急激に心拍数が異常を起こしたりした様な生体オーラを感知すると、ロボットマンは持ち主がピンチだと判断、連動してそういう時のみ自律行動プログラムが作動して、自分の意思で綾音を助けに行き内部に取り込み、身の安全を確保してやるってわけだ。戦わなくてはならない状況ならば、綾音のことを守る意味から言うことを聞いて共にも戦う。ロボットマンは、ロボットマンであると同時に、綾音用のミクロマン・カプセル的な役目の一部も担うシステムを搭載したってことね。我々のカプセルと異なるのは、実際に大けがする前の時点で、助けに行く点・・・と。異常を起こしてるんではなくて、“そういう仕様”に変化しましたよ、だからこの前の動きはそれに従っただけで異常ではないんですよ~・・・って、誰が勝手にそんな風にしたんじゃーいッ!!」途中まですっとぼけたような口調だったものを、最後は誰に突っ込むわけでもなく声を荒げてみせる青いミクロマン

「まさしく、その想像通りなのだ」アイザック、ウェンディ、アシモフが一斉に頷いた。

ロボットマンについての信じられない変化を知り、全員が驚き眼で目を見合わせる。

「異常ではない?! 原因は、仕様が変更されたことに起因すると?!」

「誰がこんなことをしたのでしょう?!」

「何の意味があって?!」

アクロイヤーがやったのか?!」

「警備はどうなってる?! ザルかよ?!」

「本部が何か深い意味があって密かに行ったのでは?!」

「新メカ配備すんのもケチッてる本部が⁈」

「誰か、何か思い当たる節はないのか?!」

「愛の女神様が神秘パワーで、みたいな?!」

「アリスとオレにもついてる愛の女神様がか?!」

「うちらにはついてませんが、なにか?!」

彼らの超高性能万能型ロボットに、どうしてこのようなことが起きたのかまったく理解できず、面々は闇雲に勝手な想像話を繰り広げ討論し始めてしまう始末だ。

 

 

ほんの少しだけ後ろに身を引き、マックスはアイザックを見た。視線を感じた彼も一歩下がり、マックスのそばに寄る。「そこまで手が込んでいると言うことは、改ざんされたプログラムを元に戻すことは・・・おそらく出来ない感じなんだろう?」マックスの表情は、色々と想定、察しているものをしている。

アイザックは小さく頷く。「うむ、その通りなのだ。改ざん前の状態にプログラムを復元できないかどうか確認したのだが、システムに弾かれてしまった。それこそ違法な改ざん行為に当たると判断されてしまうようなのだよ。どちらさんかが無断で行った改ざんは、“ロボットマンそのもの”を構成しているプログラムの深い部分にまで手が入ったモノ・・・大げさに言うなら、ロボットマン自体を別物にしてしまったのである。ロボットマンのガワもナカミも、それを必要不可欠なものとして構築してしまっている。改ざん部分のみの抽出も難しいし、仮になんとかして無理やり排除したら、おそらくロボットマンは壊れてしまうであろうな」「そうか・・・」マックスはもう一度、愛機であるロボットマンを見上げた。

アイザックがマックスの肩に手をやる。「これは科学者としての判断なのだが、決して悪さを起こす類のものではない。ウィルスや罠が仕掛けられていないかも調べたが、それは皆無だった。改ざんを黙って行われた側なのに、おかしな言い方になってしまうが、どう見ても悪意ある改ざんには思えない。逆に善意さえ感じ取れるものだ。今まで通りロボットマンは使えるし、綾音を守る為のシステムが更に追加された・・・と考えて差し支えない変化と捉えることもできる。まぁ、改ざん者が不明なのが気持ちよくないのであるがね」

彼は思い出したかのように、ハッとした顔をする。「そうだそうだ、もうひとつ伝えておきたいことがあるのだった」「なんだい?」「指令基地のことだ。キミがこの家に運び入れた後、子供たちが戦いゴッコをして遊んでいたところ、誤作動を起こしたことがあると言っていただろう」「・・・ん? ああ、あのことか」「ロボットマンのことを調べているうちにふと思い出してね、気になり出して一応調べてみたのである」アイザックはいったん言葉を切り、思い切ったように告げてきたのだった。

「異常はどこにもなかった。ただ、だ。綾音が緊急時声紋反応起動システムの認識登録者リストに含まれているのが分かったのだ。登録の履歴がどうしてか見当たらなかったので、いつからなのかは不明だがね。吾輩が推測するに、おそらくその誤作動と思われる動きを見せた時点で、綾音は登録されていたのではないかな? 誤作動ではなく、その時、指令基地は綾音の戦いゴッコの言葉を聞き、緊急事態が発生したと判断、戦闘態勢を取ったのではなかろうか・・・。ロボットマンと同じように、あの子を守る為に、ね」

「・・・・・・・・・」マックスは顎に手を当てると、視線を落とした。色々と思慮しているようで、黙り込んでしまったのだった。

 

 

――4月も終わりに差し掛かったある日、夕方前の学校。帰りの会が行われる中、綾音の頭の中は既に帰宅してからのことでいっぱいになっていた。

今日、ピアノ教室はない。帰ったら、とっとと宿題を済ませてしまうのだ。そうしたら、アリスと約束していたTVゲームswitchの“あつ森”でたっぷりと遊ぶのだ・・・。

ここ最近、綾音はアリスと共に、人気ゲームソフト“あつ森”にはまっていた。いや、正確に言うと、アリスの方がはまっており、綾音が彼女に付き合っている形である。

あつ森とは海に浮かぶ小さな島を、自分の思い描く土地に作り上げていく開拓シミュレーションゲームだ。ピンクのミクロマンは、「あたしはここを超スーパーデラックスな“新Iwaki支部”豪華仕様基地にしたいのよ!」と熱く力説、基地風景を作り出す為、――以前からプレイしていたことから内容を熟知している綾音のアドバイスを受けつつ――、目下地道にゲームを進行させているところであった。

なんでも彼女は巨大基地に勤めることが昔からの夢であったそうだ。「小さな新Iwaki支部が発展するのを待っているのはもどかしいのッ!! せめてヴァーチャルの世界だけででも先に巨大化させて、そこでイメージワークスしたいのよ!!」と、綾音に密かなる胸の内を語り聞かせてきていたものである。

ミクロマンの年齢については誰一人のものも知らなかったが、明らかに全員が年上であったし、社会経験(?)も遥かに上なのは明白。仲間とは言え、一人前と認められていない気配をそこかしこで感じている綾音であったので、ゲームをプレイする上では自分が大先輩になれているようで実に気持ちが良く、楽しく思えて仕方なかった。

そのような理由により、帰宅するのが朝から待ち遠しかった綾音である。

 

ほどなくして帰りの会が終わった。別れの挨拶を終えた子供たちが我先にと教室を飛び出していく。綾音もとっとと下駄箱に向かおうとランドセルを背負ったのだった。

「綾音ちゃん」真後ろから声を掛けられた。振り返ると、帰り支度を済ませた親友の高野胡桃が立っている。ぽっちゃりしていて色白な彼女の今日の出で立ちは、白いブラウスに薄ピンク色したカーディガン、赤いチェック柄のスカート姿。同性の綾音から見ても、実に清楚で可愛らしいTHE女子小学生というオーラを滲み出させているものだ。

「なに⁈」返事をすると、胡桃は両手を合わせてニコニコとしてきたのだった。「ママがね、綾音ちゃんうちに呼んで遊ぼうって。今度の日曜、ママも保育所休みだし、皆でお菓子作りしようよって言われたんだ。どうかな!」

「お菓子作り・・・⁉ ハイハイ、ハイ!! もち全然OKっすよ!! ・・・いやいや、これは願ったり叶ったりで・・・」綾音はニヤニヤし出す。漁網倉庫の出来事があった日、帰宅が遅くなった理由が禁止されている寄り道をした為と言うことを、待ち構えていた母親に即見抜かれた綾音。神隠し事件に関することは隠し通したものの、母にこっぴどく叱られた彼女は「4月中はおやつ無しの刑!」を言い渡されてしまったのだった。ここ何日も、お菓子に飢える日々が続いていたものである。

クッキー、ホットケーキ、ゼリー、ミルクセーキ。様々な手作りのお菓子を食べまくっている妄想世界にダイブする綾音であったが、「キャッ⁈ えっ、何・・・???」急に胡桃が声を上げたことから、すぐさま現実の空腹世界に引き戻されたのであった。

担任も他の生徒も出ていきガランとした教室の中、どうしたのだろうかと驚きながら親友を見、彼女の視線を追って床へと目をやった。すると何と言うことだろう、大親友の足元を、女子にちょっかいを出しては嫌がられている瘦せっぽっちのクラス男子・小浜直紀(おばまなおのり)が四つん這いになってはいずり回っているではないか。

スカート覗き・・・⁈ 綾音はカッとして直紀の襟首を掴むと、「覗いてんなよッ!」と引っ張り上げたのだった。「おめっちゃエロか⁈ スカート覗くんじゃねぇ!!」先手必勝、優位に立つため相手をビビらせようと、わざとドスの利いた声で怒鳴りたてる少女。

胡桃が大人しいのをいいことに、何というハレンチ行為。しかも大親友に対しての狼藉である。何としてくれようか⁈

襟首をつかんでない方の手をゲンコツにした綾音を見て、「いや、ちが、違うって!」顔の前で手を振って否定する直紀少年。

「なにが違うんだよ!!」綾音はどんどん頭に血が上ってきており、今にもコブシを振り下ろしてしまいそうである。

「い、いたんだよ! だから、捕まえようかと思ってさ!」少年が、意味がよく分からないことを言い出す。あまりにも必死の形相に、ひとまずどんな言い訳をするのか聞くだけ聞いてやるか、と、綾音は襟首をつかむ手を離したのだった。

「何がいたっていうの⁈」直紀は少女の気迫に怯えながら、えらく乱れてしまったシャツの襟首周りを直しつつ答えたのだった。「カニがいたんだよ、カニ。真っ黒い色のカニ!」

「???」二人の少女は目を見合わせる。「本当だよ、床を横歩きでチョコチョコと歩き回っててさ、高野の足元の方に向かったように見えたんだ」「・・・やだぁ・・・カニは好きくない・・・」胡桃は足元周りを確認、くっ付いていたら嫌だなと、スカートもパタパタとはたいて見せる。

「本当なんだろうねッ⁈ ウソだったら承知しないよ、直紀⁉」凄んで見せる綾音に、直紀は顔を青ざめさせ何度も本当だと主張してきてみせる。少年の必死な様子からして、どうやら嘘ではないようだ・・・。

綾音は教室の後ろにあるロッカーの上に目をやった。空っぽの水槽がある。以前、クラスメイトが捕まえ持ってきたサワガニ数匹を皆で飼育したのだが、あれはとうの昔に死んでしまっていた。だから、あそこからやってきたわけではない。

次に廊下の方に目をやる。同じ階の別クラスでカニを飼育している話は、聞いたことがなかった。となると、他クラスから逃げてきたわけでもない。

だったら外から迷い込んできたのであろうか? だが、学校のすぐ傍には田んぼや沢は存在していないはずである。しかもここはカニが登ってこれない上の方の階だ。

立っていた周囲をあちこち探してみるが、3人共に、黒いカニらしきものを見出すことは遂にできなかったのであった。

「オ、オレの見間違いだったのかも知れない⁈ じゃ、もう帰るから!」二人の少女に因縁をつけられ、担任に突き出されでもしたらたまったものではないと、痩せっぽちの直紀少年は教室から脱兎のごとく飛び出して行ったのだった。

「もういいよ、綾音ちゃん、大丈夫だから気にしないで」胡桃は友達想いの親友に感謝しつつ、頭に血が上りきっている綾音をなだめるよう口にしたのだった。「ん、まぁ、胡桃ちゃんがそう言うのなら・・・」徐々に自分をクールダウンさせる正義感の強い綾音。

わざと話題を変えてしまおうと胡桃は計算、日曜日の話を再度切り出したのであった。綾音は大きく深呼吸すると、「うん、わかった。うちもママに言っておくから大丈夫。何なら、今日行ってもいいよ~!」と笑顔に戻る。

調子に乗る綾音を見て、ウフフフフと胡桃は小さく微笑んでみせたのだった。「今日は無理だよ。ママと夜ご飯を一緒に作る予定で、学校から帰ったら、ママが戻る前までに食材をスーパーで買い込んでこないといけないんだ」エプロン姿の胡桃が、あのレンガ調タイルの壁をしたオシャレな家で料理をしている想像図が綾音の脳裏に浮かぶ。食卓に並べられるのは、外国料理だ。ダンディなパパさん、いつも若々しくて優しいママさん、そしてお嬢様の胡桃ちゃんがニコニコしながら夜ご飯を食べている――。綾音は、やはりこの少女はロマンあふれる世界の住人なのだ、とますます思わずにはいられなかったのであった。

「じゃ、また明日ね。バイバイ~」今度の日曜日のことに思いを馳せつつ、少女達はめいめいの家に向かって帰路についたものだ。

 

 

早く家に戻ってランドセルを置き、買い物に行かなくっちゃ、と、帰路を急ぐ胡桃。歩みを進めるたびに軽く上下する彼女のピンク色したランドセル。学校からだいぶと遠ざかった頃、本体と冠(かぶせ)の隙間から、黒い何者かがヒョッコリと姿を見せた。カニだ。真っ黒い色をしたカニである。

手のひらに収まるほどのカニは、まるでチェーンカッターを思わせる形状をした大きなハサミ状の両手をしていた。外に飛び出した大きく白い眼玉の瞳部分は、カメラのレンズによく似た作りをしており焦点を合わせる動きを激しく行っている。背中には小さなものであるが、どう見ても大砲と思われる代物を背負ってもいた。明らかに普通のカニではない。そう、それはアクロイヤーの手先となって暗躍している、アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団の一人、ロボットの“カニサンダー”であった。

黒いカニ型ロボは、直紀少年が教室の床を歩き回っているサワガニと勘違いした相手であった。目撃されたことを察知したカニサンダーは慌てて横歩きで素早く走り回り、なんとか彼を撒くと、コッソリと胡桃のランドセルに潜り込んだのである。

『高野胡桃、10歳、2011年4月7日誕生。データに該当する対象非検体少女ダッチ。ひとりでこの後スーパーへお買い物に行くのザンスね⁈ ようやくチャンスが到来したダッチ、しめしめ・・・!』

アクロボゼット同様、カニサンダーも“探し求める子”を見つけ出す為の、誘拐作戦を実行中の身であった。

春休みの間に学校のPCから盗み出した個人情報データを元に、胡桃のことを自分のターゲットに選んだまでは良かったのだが、なかなか機会に恵まれずにいたものである。と言うのも、ここ最近、学校周辺においてミクロマン、もしくはその仲間と思わしき何者かの気配が感知されたことがあった。それでなくとも慎重派と言うこともあって、カニは細心の注意を払い長いことチャンスを窺っていたのである。

気配とは勿論、先日から綾音の護衛についたマグネアニマル達のことであったわけだが、カニサンダーやアクロイヤー達は知る由もない。

彼はずっと胡桃の様子を見ていて、実に大人しく、無害そうで、自分の作戦の目標体第一号に選んで大正解だったと感じていたのだった。

カニサンダーは仲間内でも一番の臆病者で、勇気と言うものがかけらもない。周囲の様子に敏感で、自分にとって不都合で割に合わない、嫌なこと、恐ろしいことが起きて襲い掛かってくるのではないかといつも心配し恐れを抱いている。その疑心暗鬼ぶりは病的に近いものだ。だから彼は何ごとにも慎重に取り組む。自分でもどうしてこのような性格をしているのかは分からず、生まれつきだと諦めていた。

でも、この娘なら、全然怖くはない。ポワーンとした性格の、か弱い女の子なのだ。どう考えても自分の方が圧倒的に有利に立てるし、仮に何かあったとしても、大人しく言うことも聞くはずである。

彼は念入りにランドセルから周囲の気配を窺う。敵対する者の姿や気配は微塵もない。もう少ししたら子供はおつかいと言う名の、完全単独行動を起こし始めるのだ。誘拐もすんなりと成功することだろう。なんてメンドクサクナイ目標なのだ。“推し”とはまさしくこういう相手を指して言うのであろう、と思う。

胡桃と先ほど顔を合わせていた何とかと言う女友達などきたら、見た目は可愛いが、実際のところ中身は狂暴そうだし、絡むのはすべてにおいてメンドクサソウではないか。真にああいうのは心底、相手にしたくないものである・・・!

 

――同じ日の夜。綾音が家族全員で食事をしていたところ、宅電に一本の電話が掛かってきた。母親が受話器を取る。すぐに綾音が呼ばれた。少女は何ごとだろうと、納豆ご飯の盛られた茶碗と箸を置くと椅子から立ち上がったのだった。

「あんた、胡桃ちゃんが夕方からどこに行ったか知らない?」「なんで?」「電話、胡桃ちゃんのお母さんからなの。まだ帰ってきてないんだって」「そうなんだ⁈ 学校帰る時、夜ご飯の食材を買いにスーパーに一人で行くんだ、って言ってたけど・・・」

送話口を手のひらで押さえていた母親が、綾音の話をそのまま伝える。二言三言、言葉を交わし、母親は受話器を本体に戻したのだった。

「今さっき帰宅したら胡桃ちゃんがいなくて、スーパーからはとうの昔に戻ってきててもいいはずなのに、おかしいなぁって。胡桃ちゃんのお母さん、仲良くしてるあんたに何か言ってなかったかなって思ったみたいよ。どこかで寄り道でもしてるのかな、ちょっと探しに出てみますだって・・・」

自分と違い、胡桃ちゃんは真面目だから寄り道などはしない。心配掛けたくないという親思いのタイプだから、何かあるなら前もって書き置きを残すとか、途中で電話連絡をするはずである。何かあったのだろうか・・・綾音の中を嫌な予感が駆け抜けた。

 

就寝時、ベットに入ったまでは良かったが、夜遅くになっても綾音はなかなか寝付けなかったのだった。あれっきり高野家からその後の様子を伝える連絡は入らなかったし、胡桃のことが気がかりで眠れなかったのである。

行き違いで、それ程しないうちに彼女は帰宅したのであろうか?

それとも何らかの事件や事故にでも巻き込まれてしまったのであろうか?

一番最悪なのは、アクロイヤーの“神隠しがやってくる”の標的にされた場合である。彼女の誕生日は綾音と同じ2011年4月7日、さらわれている子供の生まれた月日に該当する範疇に含まれていた。標的にされる可能性は十分にあるのだ。

いや、しかし逆に言えば、アクロイヤー神隠しに遭っていた方が、ほどなくしてきちんと解放され帰してもらえる点から見れば安心ではないか・・・? 「違う、違う」綾音は一瞬でもそう思った自分に嫌悪感を抱く。心に傷を負わせられ帰されるのなら、事件や事故に巻き込まれたのと同じことだ。それに万が一にも友人がやつらの探している子供だったとしたらどうする? 二度と帰ってこれないことになるかも知れないのである。

大切な親友である胡桃が深く傷ついたり、消え去ってしまうようなことがあったとしたのなら、自分は頭がおかしくなってしまうかも知れない。そして、そういうことに胡桃ちゃんを巻き込むようなやつがいたのなら、あたしは絶対にそいつのことを許さない・・・!!

想像の世界であれこれと心配し悩み込んで、どれぐらい過ぎた頃だろう。綾音はいつしか眠気に襲われ、夢の世界に迷い込み始めたのだった。

 

 

どこだろう――? 夕闇に染められたここは、町並みから外れた小さな山と山の間にある田んぼが広がる狭い土地のようだ。人家の明かりもぽつらぽつらと見えるが、片手で数えられるくらいしかない。薄暗い周囲をぼんやりとした意識でなんとなく眺めていると、綾音から少し離れた場所、農道を歩いている人影がひとつ確認できた。

誰かな・・・? 暗くて最初は分からなかったが、よく目を凝らして見てみると、ぽっちゃりとした体形の、薄ピンク色のカーディガンと赤いチェック柄のスカート姿の少女であることを知る。

「?!」後ろ姿であるが、間違いない、あれは胡桃ちゃんだ!! 綾音は発見した喜びから、大声で彼女に声を掛けようとした。その時、胡桃の足元に、仄かにボウッと青白く光るシャレコウベの形をした小さな人魂がいくつか現れたのを見て、少女は全身が硬直してしまたのであった。人魂に思えたものが、実際は違うことにすぐ気が付く。「あれは、アクロイヤーのアクロメカロボ・・・⁈」

 

 

胡桃はアクロメカロボに道案内されているようで、農道から外れると山に続く竹林に入り込んでいってしまった。綾音は勇気を振り絞り、後を追いかけ出す。竹林の中には枯れ葉の絨毯が敷き詰められた小道があった。使われなくなって相当月日が経っているのか、邪魔になる竹が所々伸びてきている道だ。竹を何本も避けながら、必死になって胡桃の後を追い続けると、3mほどの高さの崖上に出た。真下には同じような高さの崖に囲まれている窪地が見える。何もない小さな空き地と言った趣だ。

 

 

その空き地の奥側の壁には大きな穴が開いていた。自然の洞窟だったものに、人為的に手が加えられたもののように見受けられる。防空壕であろうと綾音は思った。以前、両親と出かけた先で、似たような場所を目にしたことがあった。その時、両親が「あれは戦争中に使われていた防空壕だよ」と教えてくれたものだ。戦時中、敵の戦闘機が攻めてきた時に逃げ込んで隠れた場所だとか。

防空壕跡の真ん前に胡桃が立っていた。明らかに中に入って行こうとしているように見える。綾音は崖を滑り降りた。おかしなことに関わってはならない、これ以上行ってはダメだ、と肩に手を掛け呼び止めようとする。次の瞬間、胡桃の襟首に隠れていたと思わしき小さな何かが肩に飛び出して来たので、少女は驚き手を引っ込めてしまった。それは真っ黒い色をした一匹のカニであった。綾音の存在に気付いているのかいないのか、目の前の一行は振り返りもせず、防空壕に入って行ってしまう。

「胡桃ちゃん、行っちゃダメだよ!」やっと綾音が声を出せたのと、「あっ!」目の前の胡桃やアクロイヤー達が小さな声を上げたのが同時だった。防空壕内が崩れる大きな音がして、胡桃の姿がフッと地面の下に向かって消え去ってしまったのだ。

慌てて駆け寄ると、入り口から少しだけ進んだ先の地面に大穴が開いていた。どのような理由からなのかは不明だが、おそらく下に向かって崩れて穴が開いたのだ。暗い穴倉に、親友の胡桃は落下してしまったのである――。

 

何とも言えない嫌な気持ちのまま、綾音は目を覚ました。カーテンの隙間から朝日が漏れてきている。いつの間にやら眠ってしまい、いつの間にやら朝になってしまったようだ。

大親友の胡桃を心配するあまりに、妙に真に迫ったリアルな夢を見てしまったものである。

「“妙にリアルな夢”・・・」いま思ったその感想が、自分がこの間、疑問に思った謎を解き明かすキーワードであることにふいに気が付く綾音。

漁網倉庫でアクロイヤーの部下たちが行っていた少年に対する奇妙な儀式風景。綾音は以前、そんな風景を見たような気がすると、あのとき確かに思った。どこで見たのか? そうである、ピアノ教室の奈月が出てきた“妙にリアルな夢”の中で見たのだ。奈月が神隠しに遭い、人知れず受けた仕打ちの一部始終を傍観してる悪夢。そうかそうか、謎が解けた。

しかし、解けたはずの謎が、違う不可思議な意味合いを帯びてくるのを感じる少女。

待てよ・・・あの夢を見た時点では、自分は行方不明の原因がアクロイヤーによるものだと言うことは知らなかったはずである。真実を知ったのは後々のことだ。

ミクロマン達に、青いジャンバーの少年が受けていた仕打ちを教えた際、マイケルが“いわき調査・監視班”時代に遭遇した神隠し現場でそっくりな場面を目撃した、と言っていた。と言うことは、奈月が受けた仕打ちもそれら二件と同じものであったと見るのが妥当であろう。では、なぜ自分は、あの時点で見たこともない儀式風景を奈月が登場した悪夢の中で見ることが出来たのか?

直感が告げる。自分が知りえない、少し前の時間帯にあった出来事が、何故か夢の中で見ることが出来た、と言うことではないか、と。

「・・・まさか・・・?」綾音はあることを想像してしまい、ゾッとする。まさか、が、まさか、ではなかった場合。先ほど見た胡桃の出てきた悪夢も、昨日、別れた後に親友の身に起きた本当の出来事を知らせるもの(?)だったのだとしたら。

綾音はベットから起き上がる。「まさか、ね!」奈月の夢も、胡桃の夢も、神経が高ぶったことから見てしまった、いかにもそれっぽい悪夢、偶然の産物なのである。今日、学校に登校すれば、いつものようにあの可愛らしい笑顔で、親友はあたしに向かって元気に「おはよう!」と挨拶してくれるはずだ。綾音は自分の恐ろしい想像を、ひとり苦笑いしながら否定したのだった。

しかし、学校に登校した綾音は愕然とすることになる。胡桃は昨夜帰宅せず、行方不明になってしまっていたからだ。

まさか、が、まさか、ではない可能性が増大した。

 

 

――ここは綾音の弟・辰巳が通う街中にある保育所。晴天に恵まれたこの日、子供たちは女性保育士が見守る中、所庭で元気に遊び回っていたのであった。ボールをけり合ったり、ブランコを漕いだり、ジャングルジムに登ったり。めいめいに楽しんでいる園児たちだが、その中に辰巳の姿だけが見当たらない。彼はと言えば、所庭の隅にある巨木に成長したどんぐりの木の陰に隠れて座り、一匹の子猫のことを抱っこして撫でていたのだった。

辰巳によく懐いているらしい子猫は青みが掛かった不可思議な毛並みをしている。様子もよく見れば、どことなく“普通の子猫ではない奇妙な雰囲気”を漂わせていた。それもそのはず、子猫とは仮の姿。正体はカモフラージュ・シールド装置により偽装している、ネコ科の猛獣を模したマグネアニマルのクーガーなのである。青いカラーリングをしたクーガーは万が一のことを考えミクロマン達から辰巳に与えられたもので、人知れず常に辰巳の身の回りに居て密かに彼を守り続けることを生業としていた。

幼児は、動物型護衛ロボットが本当にそばに居るのか心配になったり、逆に一人で居て寂しくないかと思いやっては、時折、周囲に隠れて呼び出していたものだ。

「たつ、みーっけ!! センセー達の見えるところにいなきゃダメじゃない!! ・・・あ、なに、可愛いー⁈」いきなり辰巳の脇にひとりの女の子が現れると、ぴったりと寄り添いしゃがみこんできた。くせ毛ウェーブがかったショートカットの髪型が良く似合う、たれ目がキュートな同じクラスの瀬戸汐音(せとしおん)であった。この子は一番下の0歳児・ひよこ組の時に共に入所した古くからの仲間で、いつしか姉さん女房を気取ってまとわりつくようになってきた女の子である。

汐音は、小さい頃からずっと時間を共に過ごしてきていた辰巳のことが大好きであった。いつもニコニコしていて、怒ることはほとんどない。一緒にいると、なんだか心がホカホカと暖かくなる気がした。仮に何か機嫌が悪い時でも、そばに寄り添い頭を撫でてあげるとすぐ笑顔に戻る。着替えに手を貸してあげたり、こぼしたご飯の片づけを手伝ってあげるのは日常茶飯事。なんだかニコニコの笑顔が可愛くて可愛くて、面倒をみてあげたくなってしまうのだ。今も女の子たちとブランコで遊んでいる途中で恋人の姿が見えないことに気が付き、保育士達が気にして探し出す前に見つけに来たところなのである。

「可愛いでしょ! これはねー、マックがくれた、クーちゃんなんだー」羨ましがる汐音を見て、護衛である子猫のことをそこはかとなく自慢げに紹介してみせる辰巳。本当はミクロマンの存在や彼らに関わることは他人に話してはいけない約束である。だがしかし、彼女はよく一緒に遊ぶ間柄だったし、何よりこちらの面倒を良くみてくれる恩もあった。だから折角なので教えてあげたい、まぁ存在をぼやかして話せばいいことだろうと彼なりに考えての発言だったのである。

「クーちゃんって名前なんだ? ペット、汐音ちゃんも欲しいなぁ。今度の休み、ママにハッピーセット買ってもらおーっと!!」辰巳が言うところのマックとは、ミクロマンのマックスのことなのだが、どうやら汐音は辰巳の可愛がる子猫がマクドナルドの子供向け商品のオマケと思い込んだようである。

「まえ、高野センセーも猫ちゃん好きって言ってたし、今日来てれば一緒に見れたのにねッ」少女が辰巳の腕の中にいるクーガーの頭を撫でる。なんか思ったよりも冷たくて硬いなー、と思う。

「今日、先生なんで休んだのかな?」辰巳は朝、登園した際、他の保育士から「今日、高野先生はお休みです」としか教えてもらえていなかった。

「汐音ちゃん知ってるよ。センセーの子供が昨日から帰って来ないんだって。警察の人にも頼んで一緒に探してるみたい。うちのママ、噂好きな情報通のママ友からそうLINE来たって言ってたー」汐音の話に、感心して大きく頷いて見せる辰巳。「そうなんだ! ぜんぜん知らなかった・・・!」

辰巳の担任・高野は、胡桃の母親である。いなくなった子供である胡桃は姉・綾音の友人と言うこともあり、何度か磐城家にも遊びに来たことがあったので知らない仲ではない。

「胡桃お姉ちゃん、どこ行っちゃたんだろう⁉」腕組みする辰巳に、汐音は首を傾げた。「ん~・・・・迷子じゃなーい?」

辰巳は「あ!」と口を大きく開けた。「もしかしてアクロイヤーの仕業かも知れないな! “神隠しがやってくる”だよ、きっと!!」「んー?」話が良く呑み込めない汐音である。

「でも、大丈夫! マックが何とかしてくれるよ! ね、クーちゃん!」辰巳が腿の上に座っているクーガーを見ると、青い毛並みの子猫は小さく頷いて見せたのであった。

マクドナルドは迷子も捜してくれるのか、それは知らなかった! と、汐音は物知りの辰巳に感心した。彼を恋人に選んで間違いなかった、と少女はなんだか誇らしい気持ちになったものだ。

 

 

〔第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<後編>に、つづく〕