ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第7話・ロボットマンはもらったよ!<前編>

 

いわきと言う土地は、不思議と桜咲く春に入る頃――卒業入学シーズン――に、その冬、最後の雪が降ることが多い。2021年3月23日(木)。この日はいわきの各小学校の修了式・卒業式だったのだが、やはり雪が降ったのであった。いわきは元来、大雪が降る様な土地柄ではなかったし、そもそも今回の雪は真夜中から降り出し、朝を迎えるころにはやんだ為に、降雪量は大したことがなかったものである。

修了式を終えた下の学年が早々に下校すると、引き続き6学年の卒業式が執り行われる。午前中にはすべてが済まされ、子供たちは全員帰路についた。家族が車で来た者たちは、ここで車上の人となるわけだ。

ちょっとした高さがある丘の上にあるこの小学校の保護者用駐車場は昔ながらの土が露出しているものであった。卒業式と言うこともあり、次々に出入りする車両の数のあまりの多さから、タイヤで表面の雪と土はぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、泥状にされてしまっている。雪として踏みしめられる深さまで積もりもしていなかったし、雪雲から晴れ間も見え始めており、段々と雪が溶けてきていたせいもあった。

 

車の出入りがなくなり、校門から徒歩で帰路につく子供たちの姿もなくなった頃――。

保護者用駐車場の奥、まばらな木々の周辺に生えている草むらの一か所が、風もないのにざわざわと揺れた。手のひらに乗るほどの小さな三つの影が草むらから飛び出し、ドロドロの地面を避けるよう、順番にあちこちに散らばる埋もれていない小石に飛び移っていく。駐車場の土手の下側にある舗装された道路との境目に点々と設置されたロープが結ばれた杭があるのだが、次にそこへと跳ぶと、順次ロープの上を綱渡りしながら出口に向けて見事に駆けて行ったのだった。

駐車場の端にある出入口付近までたどり着くと、三つの影はもう一度地面に降り、“保護者用駐車場”と大きく書かれた白い縦長看板の陰に身を潜める。リスあたりの小動物が遊んでいるのだろうか? いや、違う。その正体は小動物とは全く異なるものであった。それは三つ共に身長10センチ前後ぐらいの、メカニカルな雰囲気を醸し出しているロボット状の物体であったのだ。

一体は、人型をしている。全身群青色をしており、顔つきは黄色い太い眉に大きな目と出っ歯。胴体は樽のような形状で、腹にはアルファベットの白いZの文字が書かれた赤丸腹掛けの様な物が付いている。Z文字の両脇には赤い突起状の物――銃器や火炎放射器の砲身を連想させる――が外に飛び出していた。手足はとても短い。

もう一体は、軽装鎧を身にまとったサル――おそらく西遊記に出て来る孫悟空――をディフォルメした様な形状をしており、全身が黄土色。顔の下半分と襟首の赤い塗装がおそらく大きな口を表現しているのであろう、そこが鮮やかな別色をしていることもあり、口ばかりが目立って見えている。右手には長い棒状の物を携えており、孫悟空を模しているのだとすれば、おそらくそれは愛用の武器・如意棒なのではないかと思われた。

最後の一体は、人の姿ではなく、ハサミ状の大きな両手を持つ、真っ黒いカニの姿をしている。外に飛び出した大きく白い両目がギョロギョロとしており、平べったい胴体で、背中には小さな大砲のようなものを背負っていた。

三体すべて、どう見ても全体的にコミカルな姿形をしている極小ロボットである。

「ようやく、子供たちがいなくなったダッチ!」群青色の樽ロボが、ちょっとガラ声の少年ぽい声で他の二体に話しかける。

「今のところ、本当に誰にも見つかっていないザンスダッチよね?」黒いカニロボは高めの男性っぽい声をしていた。やたらとあちこちに目をやり、少し震えていることからも、怯えているのではないだろうか。

「心配ご無用。それがし達の隠密行動に、問題はないでゴザルダッチ」孫悟空ロボが、堂々とした武芸者の様な言い回しで答える。

「ここが、ミクロマン達の邪魔が入って今のところ手付かずになっている、子供らの学び舎ダッチ・・・」樽ロボがそっと物陰から校舎を見上げた。

 

アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団

この三体はアクロイヤーの手下ロボである。話も出来なく、言われた通りの行動しかとれない雑兵のアクロ兵や量産型アクロモンスターとは異なり、AI搭載の自律型で、配下の中でも格が上の存在だ。群青色の樽風ロボはロボゼット(通称アクロボゼット、もしくはゼットと呼ばれている)、孫悟空風ロボはロボット59号(通称ゴクーと呼ばれている)、カニ風ロボはカニサンダーという名前であった。アクロボゼットをリーダー格としたこの三人は、まとめてアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団と呼称されている。

彼らは、この間までいわきにはいなかった。いわき市において、アクロイヤーが行っている極秘計画の妨害にミクロマンが本格的に乗り出したと推測されたことから、増援部隊としてアクロイヤーに召喚されたのである。自分達が誰に作られたのか、どこから連れてこられたのか、彼ら自身、知らない。気が付くと、彼らは10日ほど前にいわきに現れており、記憶も意識もそこからすべて始まっていたのだ。生まれたばかり(?)なのだろうか? 昔の記憶は何もなかった。が、不思議とそれぞれ名前は自分達でも分かっていたものである。

召喚され、一番最初に目にしたのは、アクロイヤーいわき侵略軍幹部である3体のアクロイヤーであった。アクロイヤーが主人で、お前達は子分という立場である。命令を受けつつ、今行っている極秘計画(いわきに居るミクロマン達が“神隠しがやってくる”と呼称しているもの)を遂行する為の手伝いをしなければならない。本来、幹部のひとりデモンブラックが計画を立てて命令や指令を下し、アクロ兵やアクロモンスターに現場を任せていたのだが、頻々とミクロマンが姿を見せるようになってからと言うものは、指令通りにしか動けない彼らでは事足りないことが多くなってきた。自ら考え動くことが出来るお前達に、現場での陣頭指揮を取る権限を与えるものだ。我々の手足となって働け。また、邪魔してくるミクロマンは敵である。邪魔するなら倒してしまえ。――三人は、こんな事柄を次々に教え込まれたのである。

それ以上は何も教えてもらえず、想像することもできなかった。自分たちが何者で、何をする為に存在しているのか分からなかったので、とにかくやるべきことを伝えてきてくれる目の前にいる者達が言うことを聞くことにしたのである。彼らより格下と言うのは納得できない気がしたが、明らかにあちらの方がパワーが上と感じたので、今のところは余計な考えを起こさないのが得策であろうと判断。三人はアクロイヤーの子分として働きだしたのだ。

 

彼らは市内に存在するいくつもの小学校の下見を開始した。そしてチームミーティングの末、今日訪れたこの小学校を、取り合えずの最初の目標としたのである。

子供たちの情報を入手したり、罠を張り巡らせるため、近辺の下調べも念入りにしなければならない。さて、これから何としたものか。校舎の周囲にある体育館や倉庫から下調べするか、いきなり中に不法侵入してしまうか、周囲の街並みを見てみるか、議論し合う。話に夢中になると、徐々に彼らは周囲のことが目に入らなくなっていったのだった。

「・・・⁈」真っ黒いカニサンダーがあることに気が付き、起ころうとしていることを仲間に伝えようとした時には、すでに時遅しだった。坂の下から保護者用駐車場に向けて真っ赤なダイハツ・タントがやってきて、看板の脇を通り過ぎようとしたのだ。出入口付近はもう水状の泥で、タイヤが思い切りはねたドロドロが彼らを襲ったのである。ゴクーは間一髪、後ろに跳んでかからずに済み、カニサンダーはアクロボゼットの後ろに位置していたので事なきを得た。

「うわぁ、ぺっぺっ、目に泥が~ッ!!」群青色のリーダーロボだけがまともに全身に泥を浴びてしまい、苦しみのしかめっ面になる。

 

看板からすぐ傍の駐車スペースにタントが停まり、助手席から長い髪をしたジーパン姿の女の子が出て来る。小学校中学年くらいの子だ。ロングヘア少女は土手の下、舗装された道路の向こう側にある校門へと向かい足早に歩き出す。

見つかってはまずいと、慌ててゴクーとカニサンダーはそばの背の低い草むらに身を潜めた。しかし、アクロボゼットは目が見えず訳が分からなくなり、物陰から飛び出してしまう。挙句、泥で足を滑らせ土手を転げて行ってしまったのであった。

女の子が土手下の道路脇についたのと、アクロボゼットが彼女の真っ赤な雨靴のところまで転げていきぶつかったのが同時であった。

「・・・何これ?」少女は足元に転がってきた泥だらけの群青色ロボを拾い上げる。拾い上げたその少女は――綾音であった。修了式が終わり、学校が早く終わって嬉々として帰宅したのは良かったのだが、くつろぎかなり時間が経ってから急に上履きを下駄箱に忘れてきてしまったことに気が付いたのである。偶然、仕事が休みで母親が家にいたこともあり、車に乗せてもらい舞い戻ったところであったのだった。

「ロボットのオモチャ・・・誰かが落としていったのかな?」綾音はアクロボゼットを手にしたまま昇降口へと向かう。仲間が連れ去られてしまう! ゴクーとカニサンダーは慌てつつも、誰にも見つからぬよう最善の注意を払い、前後・左右・上と下をご丁寧に確認してからコソコソと後を追ったのだった。

泥が目に入り細かい状況は見えていないものの、子供に見つかりオモチャと勘違いされ手にされていることを、アクロボゼットはしっかり認識している。こうなるとどうにもできない、ひとまず動かずにいることにする。人間に姿を見られるな、見られたとしてもオモチャのふりをして事なきを得るのだ、今後の計画に支障をきたすので存在を人間に知られるのはまずい、と言うアクロイヤーの命令である。

綾音は昇降口の中には行かず、外にあるいくつか並んだ蛇口へと歩みを進めた。可哀想だったので、泥だらけのロボットくんをキレイに洗ってあげることにしたのだ。

アクロボゼットは冷たい水道水で全身を洗われ、くすぐったさに絶叫を上げたいのをこらえながら、必死に我慢して動かぬようにした。

完全に汚れが落ちた後、ハンドタオルでキレイに水分を拭う綾音。「いやぁ、キレイになったね、ロボくん」顔の泥はなくなっていたし、少女が自分の目線にアクロボゼットを持ち上げて眺めたので、彼も初めてそこで少女の顔を拝むことが出来た。大きな目がきょろきょろとしている、長い髪をしたなかなかのカワイ子ちゃんである。好みのタイプだった。

「キミはどこの家の子なの? 忘れ物みたいって先生に渡してあげるからね。持ち主が早く見つかるといいね!」落とし物扱いでどこぞに置いてもらえれば、あとはいかようにも逃げ出せるとアクロボゼットはホッとする。が、胸を撫で下ろしたのもつかの間。いきなり何の前触れもなく、その見知らぬ少女がアクロボゼットの顔を自分の顔に近づけたので、彼は何ごとかと焦った。

さよならの挨拶代わり、深い意味もなく綾音は群青色の樽ロボに軽くチュッとキスをした。

アクロボゼットから見たら、まったくもって予想も想像もしていなかった少女の行為である。キスの意味など知らぬアクロボゼットでもあった。その行為が何なのか意味が分からず、必死に分析しようとしたが、さっぱり答えが出ない。考えすぎて脳天にある電子頭脳がショートしそうになる。電子頭脳をフル稼働させる為、必死にパワーを与えようとした心臓エンジンの回転数も上がり過ぎてしまい、オーバーヒートを起こしそうになる。

な、な、な、なんなのだ、この今までに感じたこともないような、エンジンの熱さと、脳天が爆発しそうになる感覚は・・・⁈ ・・・こ、これは・・・プツン。混乱がついに許容範囲を飛び越えた瞬間、彼はオーバーヒートを起こし、電源が落ちて意識を失った。

アクロボゼットが目を覚ましたのは、職員室にある落とし物箱から、人間に見つからぬようこっそりと仲間達に救出された後のことだった。もうその時には彼にキスした見知らぬカワイ子ちゃんの姿はなかったものである。

綾音がミクロマン達に護衛マグネアニマルを与えられる一週間前の出来事であった。

 

 

――短い春休みが終わり、綾音は小学4年生に進級した。教室は同じ階の奥に向かっていくつかズレただけ。担任やクラスメイトの面々も同じままだったので、いまいち学年が上がった実感がない。渡された真新しい新教科書をパラパラとめくると、勉強が小難しくめんどくさくなっただけの様な気がした。そんな感想しか持たなかったものだ。

新学期が始まって何日か後のこと。「綾音ちゃん、新しい絵本を3冊も買ってもらったんだよ。可愛いやつだよ。見においでよ」誘われたこともあり、綾音は下校の流れのまま、自宅には戻らずクラスメイトの中で一番の親友である高野胡桃(たかのくるみ)の家に遊びに寄らせてもらったのだった。帰宅する際の寄り道は学校から禁止されていたのだが、胡桃の家は綾音の自宅とは正反対の方角だったので、いちいち家に戻ってから遊びに行くのは面倒であり、周囲をごまかし内緒で回らせてもらったのだ。

胡桃の自宅は、茶色いレンガ調タイルの壁をした、西洋風の作りをしている。今までも何度かお邪魔したことがあったが、二階の胡桃の部屋も、一階のリビングも、可愛らしい手芸作品や絵本、ぬいぐるみ、絵画、花瓶などが数多く置かれており、綾音はなんて外国みたいなロマンチックでステキなお家なんだろうと来るたびに感激していたものである。

胡桃はちょっぴりポッチャリさん、髪型はショートにしたボブで、いつもスカート姿。生粋の日本人のはずなのだが目鼻立ちがしっかりしていて色白、どこか白人の様な雰囲気を持ち合わせていた。性格は大人しくおっとりしており、ポワンと風船のように浮かんでいるような、誰かがついててあげないと風に飛ばされてしまいそうで危ういものをしている。

本人に伝えたことはないが、ロマン溢れる胡桃の家にお邪魔させてもらうと、まさしくこの家にピッタリの子供だと綾音は思わずにはいられなかった。

胡桃の母親は保育士で、同じ町の保育所に勤めており、弟の辰巳の担任でもあった。3年生の時に同じクラスになり、話しているうちに気が合ったこともあるのだが、辰巳を通しての関わりも発覚してからは、更にお互いの心の距離感が縮まったのである。決定的だったのは、彼女の誕生日が、綾音と同じ日だったことである。いつの間にやらふたりは大親友になっていた。

 

誰もいない胡桃の家でジュースやお菓子をご馳走になったり、絵本を見せてもらったり、世間話をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。そうこうしているうちに、いつしか日も傾きだした頃。「なんか鳴ってるよ?」胡桃が綾音のランドセルに目をやりながら伝えてきた。綾音は中からピンクのスマホを取り出す。母親かなと画面を見ると、LINE友の陽斗からメッセージが届いていたのであった。

LINEアイコンをタップし、画面を開く。プロフィール画像は美味しそうなラーメンにしている陽斗。そんな彼とのトークを確認すると、『綾音さん、頼まれていた件、また情報がひとつ入りました』と書かれてあった。

綾音はミクロマンの仲間に入れてもらった以降、LINE友を通し、いわき市内の子供達で交わされている“神隠しがやってくる”の噂話、またそれに関わると思われる類の情報を集め出していた。隣の学校との交流学習で知り合った陽斗は偶然にもLINEマニアで、市内各地にLINE友をたくさん持っている。彼に相談すると、二つ返事で協力してくれることになり、以降、こうして情報を伝えてきてくれているのだ。

彼のつながりは大したもので――各情報の真偽はひとまず置いたとしても――色々と話を仕入れてくれるので、綾音は頼りにしていた。勿論、なんで調べているのか本当のことは言えないので、「クラスの友達に読んでもらっている、個人的趣味で書いてる学級新聞に掲載する為に情報を集めているんだ」という名目で、お願いしていたものである。

 

 綾音『今度はどんなん?』

 陽斗『綾音さんの学校の近所に、朝月マンションって言う大きな白い建物あるでしょ?』

 綾音『うん』

 陽斗『その近辺で“神隠しがやってくる”が起きてるんではないか、と言う噂が出てきてるらしいんです。結構、新しめの話みたい』

 綾音『そうなんだ!』

 陽斗『あと、これは全然、別口の情報なんだけど。マンションすぐ裏手の路地の奥に、使われてるんだかいないんだか分からない、灰色の壁をした漁業網倉庫があって、そこがめちゃ怪しげな場所らしい。・・・何か関係あるんスかね?』

 

いつの間にやら興味本位で勝手に画面を覗き込んできていた胡桃が、何のやりとりなんだろう? ときょとんとする。「朝月マンション、漁業網の倉庫・・・すぐそこだね」胡桃が立ち上がり、部屋の窓から外を指さした。綾音も立ち上がり、指さす方角を確認する。二階にある胡桃の部屋から見える町並みの中、ほんの少しだけ離れた場所に白いマンションが見えた。

「そうだ、胡桃ちゃん家の、すぐそばじゃん・・・」朝月マンションも、怪しげな倉庫と言うのも、歩いて5分もかからない距離である。

ちょっと見てきますかね? ミクロマン達の為にも? と、綾音は何も深く考えず、短絡的に発想、決断した。実は今までにも数回か、このような感じで情報が来たことを通してミクロマンが調査に向かったことがあるのだが、いずれも空振りだったのだ。彼らに行ってもらう前に、どのような感じかちょっとでも見てきておけば、実際に彼らが行動に出るべきかどうかの判断材料にもなるだろう。

「胡桃ちゃん、ごめん、ちょっとランドセル置いてて。あたし、そこ見てきてみる。見て来るだけだから、すぐ戻るからね。待っててね!」「え???」綾音は相手の返事も待たずに玄関に向かったのだった。

 

 

外に出ると、小さな声でお供の護衛を呼ぶ。「黒猫ちゃん、どこにいるの?」間を置かずして胡桃の家の花壇から真っ黒い子猫が飛び出し、綾音を見上げてきた。可愛らしい子猫の姿が一瞬だけブロックノイズを起こしてブレ、本来の姿である黒いメカニカルな姿をしたジャガーが見える。「黒猫ちゃん」と呼ぶのが、子猫にカモフラージュ・シールドで偽装しているマグネジャガーにやってこいと知らせる、綾音が考え出した合言葉であった。

空を仰ぎ、もう一体の護衛である鳩に偽装したハリケンバードの姿を探すが、どこにも見当たらない。おそらくミクロマンの指令で他所をパトロールでもしているのであろう。ジャガーがいるだけでも良しとしよう、綾音は空飛ぶ護衛による支援の方は諦めた。

ジャガー、ついて来て!」やはり綾音はマグネジャガーの意思も確認せずに胡桃宅の門を飛び出すと、朝月マンション目指して駆け出したのである。

 

 

胡桃の家がある区画は、真新しい今風の家が立ち並ぶ近代的な場所だ。これは近年、田畑が広がっていた広大な土地が埋め立てられ、分譲地として売りに出されたことに起因する。綾音はジャガーと共にその近代的な家並みを通り過ぎると、通りに出たのだった。

車が来ないことを確認して信号のない横断歩道を渡り、朝月マンションがある区画に入る。すると雰囲気が一変した。今までいた場所と異なり、こちらは古い昭和作りのトタン製民家や、前時代的な作りをした市営住宅で占められた、昔からある住宅地なのだ。家と家の隙間も狭く、道も昔のままでかなり入り組んでおり、至る所が薄暗い。令和を生きる現代っ子の綾音にとって、昭和の雰囲気のまま時が止まってしまったようなここは、とても不思議な感覚に襲われる場所であった。

目的もなく周辺をウロウロ確認して回るより、ひとまず話題に出た倉庫に向かうのが良いだろうと綾音は考える。倉庫に行くのは初めてだが、マンションのすぐ裏手なら迷うはずもない。少女は朝月マンションの裏側にある路地に向かい、どんどん歩みを進めた。

マンションの裏手に当たる問題の倉庫に続く狭い通りは舗装されておらず、マンション側は高い生垣、反対側は古めかしい焦げ茶色をした木製フェンスで覆われている。どちら共に大人以上の背丈があって道路は日当たりが悪く、湿気っぽいジメッとした匂いがどことなく漂っていた。表面が汚れてすすけ、下部が少し苔むした電柱やら、緑色の半ば破れたメッシュフェンスに覆われた大きめのごみ集積所があるくらいで、目立つようなものはない。完全に一本道で、奥まったところが左に折れている。恐らくこの先に漁業網倉庫があるのであろう。表の通りにしても、踏み込もうとしている裏道の方も静まり返っていた。ほとんど人影はなく、裏道にも人がひとりいたくらいで・・・。

「・・・⁈」綾音は裏路地の奥、曲がり角より少し手前にいたその見かけた人物の様子がおかしいことを察知、機転を利かせ、ゴミ集積所の陰に隠れたのだった。木の板などで補強されているゴミ集積所からそっと覗き込む。同い年くらいの青いジャンバーを来た少年が奥に向かって歩いている。どう見ても、普通の歩き方ではない。身体を左右にユラユラとさせ、のそりのそりとゆっくりとした歩調で進んでいるのだ。右肩にはグレー色のまあるい物が乗っかっている。短い手足が付いているそれは以前、山の神社で目撃したアクロメカロボであった。頭蓋骨の形をした強烈なインパクトを持つそれを、後ろ姿だからと言って見間違えるはずがない。それ程しないうちにジャンパー姿の少年は左に折れ、姿が見えなくなった。

「やべぇ、ドンピシャだわ!」何という偶然だろうか。“神隠しがやってくる”犯行現場に出くわしてしまったようだ。足元のマグネジャガーに視線を落とすと、ジャガーは綾音の顔を物言わずに見てきた。「どうするよ、あんた?」少女の問いに、喋れないジャガーは何を言いたいのか、首を傾げて見せる。綾音は一瞬だけ悩み、アクロイヤーが子供を連れ去る先の場所だけでも特定し、それからミクロマンに通信を入れることにしよう、と決心した。

「目立たないよう、こういう時こそ、これだよね⁈」綾音は己に問いかけるよう独り言を口にし、左手首のデジタル腕時計“ミクロ・ウオッチ”を己の前に掲げた。もらってからと言うもの毎日身に着けていたが、ミクロマン達の元以外では、まだ自由に一度も機能を使っていなかったのだ。

周囲には誰もいない。高い生垣と壁もあることから、どこかの家の窓から人に見られてもいない。「ミクロ・チェンージッ!」綾音の口にする命令コマンドを受け、腕時計の古代エジプトの鷲マークが輝く。次の瞬間、綾音は身に着けていた様々なものを含めてみるみるうちに縮小し、ミクロ化。カモフラージュ・シールド機能が同時作用したこともあり、スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう姿格好になった。背丈も大人ほどあり、顔はまったくの別人、女性ミクロマン風フェイスである。

「何度なってみても、こりゃ凄いわ。よし行こう!」ミクロマン綾音は颯爽と黒豹の背に跨る。ジャガーは困惑気味に背中の主人を見て再び首を傾げた。「今の子が連れていかれた場所を確認しに行こうよ。大丈夫、あたしを守る為の護衛のあんたもいるわけだしね。レッツらゴー!」両脚でわき腹を蹴られ、困ったような目をしながら、マグネジャガーは漁業網倉庫へ向け、足音を一切立てずに走り出したのだった。

事件現場に遭遇して非常に驚いたこと。本当は怖いのにも関わらず、少年が連れ去られる先の場所特定を試みようと決心したこと。初めて自分一人でミクロ化した高揚感。それらがぐちゃ混ぜになった興奮で、綾音の心臓は激しく高鳴り始めていた。

 

いまだ修理中のミクロ・ワイルドザウルス

――同時刻。磐城家、綾音の部屋。その時、アリスは指令基地のシートについていた。先ほどマイケルから通信で聞かせられたパトロール報告内容を記録していたところである。数日前から通信機器やレーダーに乱れが生じ始めていた。アクロ妨害粒子の濃度が上がってきている疑いが濃厚で、粒子の濃度調査を含めての報告である。

アリス達がいわきに着任した当日に起きた戦闘以降、いわきにおけるアクロイヤーの動きは気味が悪いほどひとつも確認されずにいた。それがここに来て、また新しい作戦に打って出てきたのではと、ミクロマン達の警戒心も高まっていたものだ。

「あれぇ・・・?」アリスは小さく疑問符のついた声を上げる。目の前の大型メインスクリーン上には、先ほど受けた報告の記録をつけているウィンドウが開いていたのだが、それに覆いかぶさるよう別ウィンドウが勝手に開いたのだ。おかしく思ったアリスはキーボードを叩く指を止め、何が開いたのかと目を走らせる。新しく開いたウィンドウは、アルティメット整備工場にあるロボットマンから出された信号を知らせるものであった。

誰がやっているのか、ロボットマン・コクピットから、指令基地に対して遠隔操作指示が出されているようだ。指示通り、指令基地は綾音の部屋の窓に取り付けられた開閉装置を作動させ、窓を大きく開いたのだった。綾音の部屋の中から出動する際のことを考え、ミクロマン達が用意した仕掛けである。

「どうした?」指令基地の側にいたメイスンが何事かとアリスに声を掛けた。「私じゃないですよ」アリスは答えると、「なんですか?」と、ロボットマン・コクピットに通信を入れた。が、返答はない。「誰も乗ってないの・・・?」不審に思い、次にアリスは工場内にいる面々に向けて、スピーカーアナウンスを入れたのだった。

アルティメット整備工場内にある中央メインスペースにて、壊れた戦闘車両を取り囲み修理をしていた、マックス、アイザック、サーボマン・アシモフ、同ウェンディは、壁に設置されてるスピーカーを通したアリスの話に目を見合わせた。「アリス、誰も乗りこんでないし、こちらから操作なんてしてないぞ?」マックスが腕の通信ウオッチで応答する。

アシモフが、工場内ロボット整備区画の天井を指さした。「何だっぺか? ロボット発進口のシャッターが開くみたいだね?」天井シャッターがいつもと変わらぬ動きで徐々に開いていく。

 

 

「マックス、ロボットマンを見てください」もう一体のサーボマン・ウェンディが、彼の愛機の異常をマックスに伝えた。

「な・・・に?」誰も乗っていないのにコクピット内の計器類が点灯している。先程まで沈黙していたのに、いつの間にやら内部電源が入っているのだ。事態が呑み込めず、とにかく確認しに行こうとマックスが思った矢先のこと。巨大ロボは大きく起動音を発すると両目を輝かせたのだった。完全起動したのだ。すかさず両足の底からジェット噴射が始まる。「なッ・・・⁈」巨体が徐々に、工場の天井にある発進口から抜け出して行く。こうなると急に止める術はない。ロボットマンが綾音の部屋から大空へと向かって飛んで行くのを、場に居合わせたものは呆然と見送るだけであった。

 

 

「ロボットマンサイドから出された指令基地への遠隔操作により、部屋の窓の開閉装置ならびに工場ロボット発進口シャッターが開かれたのを確認した」アイザックがスーツ左腕前腕部に組み込まれているコンピュータを素早く操作、関連する各機器から情報データを収集している。「今の今まで確実に誰も搭乗していなかったことも裏が取れた。信じられない、誰も操作していないのに、ロボットマンが自分で各発進口を開いたのだ。そして自分で自分に自動操縦をセット、勝手に飛んで行ったのである!」自身に疑問を投げかけるような口調のアイザックに、マックスが声を張り上げる。

「ロボットマンに意思はない! 誤作動だ! 急いで強制停止プログラムを作動してみてくれ!」過去、この様なことは一度として起きたことはなかった。戸惑うマックスに、アイザックは首を横に振る。「一番最初に、それをやってみたのだ! だが、ロボットマンが命令を拒否、こちらからの操作を弾いたのである・・・!!」マックスは愕然とする。

「ロボットマンは自動操縦モードにて飛行中。フルスピードにて南東方角に向かって移動しているようだ! 目的地はやはり事前に手前でセットしたようなのだが、いま確認・・・いや、ちょい待ち! アクロ妨害粒子の濃度が上がってきているようで、電波障害が発生したぞ・・・通信が途切れてしまったのだ。ロボットマン内のデータ確認が出来なくなってしまった! 追跡装置の信号も拾えない。跡を追えなくなったのである・・・!!」天才の眼鏡のレンズに、腕のディスプレイに映し出されたミクロマン文字によるlose sightが、反転した形で映り込んでいたのだった。

 

〔第7話・ロボットマンはもらったよ!<後編>に、つづく〕