ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.1>

 

防空壕における出来事から数日後――。

ここは、いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ふたつの影があった。ひとつは、一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラック。もうひとつは、綾音の隠密奇襲攻撃に遭い、少数ではあったものの瞬く間に部隊を全滅させられ、這う這うの体で防空壕を逃げ出したカニサンダーだ。

距離を取っている二者の間には、カニサンダーのメモリーから吸い出され再生装置にかけられた先日の記録動画が、立体ビジョンとして中空に映し出されている。実はこの記録データ、カニサンダーが自己内においてうまく流れを改ざん修正を入れたもので、彼の不利となるようなところはカットされているものであった。

少女・胡桃を催眠術にかけ誘拐したところ、防空壕に誘導したところ、底が抜けて全員して落下したところまではそのままである。問題は記録の後半に当たるその後の部分で、落ちた少女をどう引き上げたものかとパニックになっている様子や、話の出来ないアクロメカロボに彼がぼやいているところ、女ミクロマンの尋問に極秘情報をもらしてしまった箇所、ロボットマンが胡桃に気を取られているうちにこっそりと逃げようとした場面は完全に消去されている。流れで残されているのは、気を失っている少女を気遣っているところ、防空壕内において雑巾絞り攻撃(?)で破壊されたアクロメカロボの残骸アップ、ロボットマンが突如として舞い降り追い詰められた瞬間、自分が這う這うの体で窪地や竹林内を逃げ回っているうちに見つけた、破壊された仲間の残骸に驚き震えあがったところ、そして最後にこちらを嬉々として食べようと嘴で突いたり、嘴を大きく開けて飛び掛かってくるハリケンバードから命からがら逃げ切ったシーンのみであった。

動画がひと通り終わると、ふたりの間の空間は元通り金色の場に戻る。目を合わせようとはしない臆病者の黒カニロボを、漆黒色の女悪魔は見下したような目で見おろしていたのだった。

「まさか、拠点にしようと考えた防空壕の地面が崩れるとは、とんだ災難でしたダッチ。何とかしようと思案していたところに、偶然か必然か、近辺にパトロールしているミクロマンの気配がキャッチされたことから計画がバレぬよう身を潜めているうちに一夜を明かすことになってしまったザンス。それなのにまさかミクロマンがあの場所のことに気が付き、奇襲攻撃を仕掛けてくるとは露程も思わず、油断したダッチ・・・」無論、近辺をミクロマンがパトロールしていた云々は、彼がパニックになりあれこれと思案するだけに明け暮れているうちに一夜経ってしまったミスを誤魔化す為の大ウソだ。

「隠れてやり過ごそうとするだけの作戦しか立てられない臆病者め。あの歴戦の勇士たるミクロマン達が呑気に見逃すはずはないだろう?」あきれ果てたような口調のデモンブラック。カニサンダーは、相手が自分の話を信じ込んだと、金色の地面を見つめながら心の奥でほくそ笑んだのであった。

「僕ちんを食べようとしてくるあの憎きバカ鳥から命からがら逃げきった後、万が一を考え隠れては進み隠れては進みを繰り返しているうちにここに戻るのにも時間がかかってしまいました。が、憶病者であるからこそ、こうしてまた見目麗しきデモンブラック様の元にひざまずくひと時を得られたのだとするのならば、その点は自分の欠点も捨てたものではないと思う所存でございますダッチ・・・」女悪魔を美しいなどと思ったことは一度もないカニサンダーである。わざと自分を卑下しつつ、おだてのひと言も添えた台詞でも吐いておけば、相手もこれ以上、咎めてくることもなくなるであろうと言う頭から来る発言であった。

デモンブラックは、カニの言葉に対する返答の代わりに次の話を続けてきたのだった。「人間どもの発する情報をキャッチしたところによれば、お前が部下を破壊されて逃げ出した後、あの小娘は人間どもに発見され元の生活に戻ったようだ。どうやら我々の存在も、おそらくミクロマンの存在も、小娘にも人間どもにも知られてはいない様子。何度も言うようだが、我々の存在もその計画も、人間どもには知られてはならない! バレずに済んだと言うところだけは、儲けものだったな、カニサンダーよ」「は、はい! でございますダッチ!」カニサンダーは心の中で胸を撫で下ろしながら、ようやく頭を上げると、デモンブラックと目を合わせた。

あの女の子は最後、バッチリとカニサンダーのことも見ていたし、ミクロマンとも何やら言葉を交わしていた。が、勿論、それを自分が見た時の動画データ箇所は消去済みだ。あの場面を知られたら、おそらく自分は処刑コース間違いない。“バレずに済んだ”と勝手に解釈したのはデモンブラックである。余計なことは言わずにうなずいているだけにしよう。カニサンダーは、自分の身が危なくなることはなくなったようだと、心が晴れ晴れとしてきたのであった。

「どのみち貴様如きに、あの女ミクロマンやロボットマンを倒すことなどはできんだろうよ。お前の持ち帰ったデータにある破壊された我が軍の兵士達の無残で哀れな亡骸を見よ! その戦闘に誰も気が付けなかったところからして、想像も出来ぬような恐るべき隠密奇襲手段をきゃつは取ったのだ! 我々アクロイヤーをも震え上がらせるような恐るべき容赦なき攻撃であったに違いない。・・・マックスめ! なんと優秀で、恐るべき部下を従えているのだ! やつのような司令官に私は初めて出会ったぞ・・・?!」

興奮してきているデモンブラックの声は、いつにも増してトーンが重々しくなってきている。自分のミスを糾弾されるかもしれない場面は無事に過ぎたはずなのに、違うピンチが押し寄せてきそうな気配がしてきたことを、憶病であるがゆえに直感、震えが全身に走り出すカニサンダーであった。

 

「デモンブラック氏。大切なお話中のところ申し訳ない。少しよろしいですかな?」どこからか、知的なトーンの若い女性の声がする。カニサンダーが、声のした左の方を見ると、いつの間にやら小さな緑の点が空中に現れているのを知った。声の主だ。

グリーンスター嬢か。もう話は終わっている。構わんよ」デモンブラックが目もやらずに答える。

「では、失礼して・・・」緑の点が急激に膨れ上がると、ひとの姿形に変わり一体のアクロイヤーとなった。ミクロマン側にも、アクロイヤー軍団側にも、“アクロイヤー1”と呼称されている、最も初期に地球に出現したアクロイヤータイプのひとりだ。顔は巨大なバイザー状の目をしていて、二本の角状の突起が頭部にある。両の手足は華奢でひょろ長く、手はパチンコ玉の様なボール状、足の指の間にはカエルの様なヒダが付いている。胴体は意外にガッシリしている。この場に現れたアクロイヤー1は、胴体が薄いグリーン色をしていることから、グリーンスターと言う名で呼ばれている個体であった。

 

 

――グリーンスター! そうである。このアクロイヤーこそ、4.11の際、ジャイアンアクロイヤーを操り、ミクロマン・マリオンがひとり残る旧Iwaki支部を襲った悪魔。その時、マリオンの乗るラボを兼ねた脱出ロケットが空中で大爆発、巻き込まれて消滅、死亡したはずであったのだが、どうしてここにいるのであろうか・・・?――

 

「何の用だい?」デモンブラックはカニサンダーのことはすでにどうでもよくなっているようで、完全にグリーンスターの方に意識を向けている。

ようやく解放されたと、カニサンダーは嬉々として遥か後方へと退いたのであった。

「アクロボゼット、カニサンダーに続き、この後まだロボットゴクーに作戦を続行させるおつもりでしょうか?」「そのつもりでいる。ただ、こうも立て続けに作戦が失敗したり、ミクロマンがしゃしゃり出てきているとなると、そろそろあの地区の子供たちを調べるのは一時中断して、別の地域に移った方が良いかもと考え始めていたところさね」「そうでしょう、そうでしょう」「ただ、既にゴクーは動いている最中。急に切り上げるのも、もったいない気がしてねぇ。ただ、ミクロマンがまた現れる可能性を考えると・・・」

グリーンスターは深々とうなずいた。「お仕事熱心なこと、感服いたします。また、おそらくそのようなことに頭を悩まされているであろうと察しまして、わたくしここに姿を現しました」「・・・?」「差し出がましいこと承知で、お手伝いしたいと思いまして、ね」「と、言うと?」

グリーンスターは数歩、デモンブラックに歩み寄ってから話を続ける。「きゃつらがまた現れる可能性を考慮し、ゴクーが続行中の“探し求める子捜索”の流れに、ミクロマン待ち伏せする計画も併せてみてはいかがでしょう?」「待ち伏せ・・・?」「そうです。我々の計画を再び邪魔しようとミクロマンが現れるのを見越して、罠を張るのです」「なるほど、面白そうな提案だ。しかし、どういった罠を・・・?」

興味を持った面持ちのデモンに対し、グリーンスターは冷たい声で、囁くように告げた。「スパイロイヤーが仕入れた情報によりますと、どうやらきゃつらの他の基地から近々、いわきのミクロマンの元に補給物資が運ばれる話が出ている様なのです」「なんだと?!」「なんとかその流れを罠に使えないか、と」「ふむ・・・」

グリーンスターはいったん言葉を切り、今度は中空をボール状の右手で指し示したのだった。「面白い玩具も用意してみました。これも待ち伏せ計画に利用してみませんか?」

突如として、黄金色の空に巨大な七色の渦巻きが起こり始める。常人が見たら眩暈を起こし吐き出してしまうような、混沌と狂気を含んだ禍々しい渦だ。渦巻きの中心から、真っ黒い色をしたメカニカルな外見をした兵器と思わしきものが徐々に徐々に姿を現す。他の次元空間から移動してきているようであった。

「ほぉ~、これはこれは!! 実に面白そうな玩具じゃないかい?!」機嫌を直したらしいデモンブラックがニヤニヤとした声色で喜び出す。

「デカっ⁉ デカ過ぎザンスッ! なんじゃこりゃ!」黒カニは、二人からかなり離れて様子を窺っていたのだが、空を覆う巨大兵器に圧倒され、恐怖から両の目玉をグルグルと回しひっくり返ってしまったのであった。

 

 

――ミクロ化した綾音はロボットマンのコクピットにいる。場所は磐城家の屋根の上だ。「ハリケン、準備は良い?!」通信機を通す綾音の問いに、晴天の大空を舞っている赤いボディの猛禽類型機械生命体ハリケンバードが「ピィーー-ッ!」と、ひと声鳴いてみせた。

「3・・・、2・・・、1・・・、0、GOーッ!!」綾音のカウントダウンに合わせて、ロボットマンが勢いよく屋根の上を走り出す。あっという間に端までたどり着くと、思いっきり両腕を伸ばし、空の向こうへ向かってダイブした。跳んだ最初こそは勢い付いているからよいが、跳んだ、のであって、飛んだ、わけではない。綾音はロボットマンを飛ばすことが出来ないのだ。このままではすぐに落下し始めるはずである。しかし、疾走していたロボットマンのスピードを遥かに凌駕する勢いでハリケンバードがあっという間に追いつき、鋭い爪を持つ両足でロボットマンの背中を文字通り鷲掴みにし懸架すると、空へと舞い上がったのであった。

一見すると掴んだだけのように見えるが、実際は違う。ハリケンに搭載された超磁力パワーシステムが作動し、二体は決して離れぬよう合体、ロボットマンとハリケンバードはまさしく一心同体化したのである。ロボットマンはこの時、弾丸をもはじき返すハリケンバードの特殊超クリア素材で出来たクリアグリーンの美しい両翼を持つ、“翼あるロボットマン”へと変化したのであった。

陽の光を透かす美しい翼がきらめき、微かな光を持つ緑光体となって、大空を自由に飛び回る綾音と有翼ロボットマン。空を舞う専門家のハリケンバードが付かず離れずにいるのだ、綾音の勇敢さ(無謀さと紙一重ミクロマン達は言う)も相まって、宙返りなどお手の物だった。

「あんな風な飛び方を編み出すとは、マックスとは違う意味で凄いパイロットである!」綾音の部屋の開かれた出窓にて、空を優雅に舞い続ける少女の様子を眺めていた緑色のレッドパワーズ仕様ミクロスーツ姿のアイザックが感心して深く頷いた。彼は今、ネコ科の猛獣を模したメカニックアニマル・黒いマグネジャガーにまたがっている。

「では諸君、あとのことはしばし頼んだぞ。吾輩は綾音と共に、中央町自然公園に行ってくるのだ! あ、はいや~ッ、シルバ~ッ!」アイザックなりにカッコいいところを見せようとしたのだろう、掛け声をかけてジャガーを走らせたまでは良かったのだが、運動音痴の彼はその勢いに振り落とされそうになる。青ざめしがみついたままのアイザックを背に、黒豹は二階から軽やかに高い植木や壁伝いに地面に降り立つと、そのまま家々の隙間へと姿を消して行ったのであった。

アイザック博士殿の滑稽な雄姿に苦笑いしながら見送るミクロマン新Iwaki支部の面々。出掛けた者たちの姿が完全に見えなくなると、程なくして解散、各自、持ち場に戻って行ったのだった。しかし、黄色いミクロスーツのマックスだけが、綾音を乗せたロボットマンが消えた方角を眺めたまま動かずにいる。

「任せることにしたは良いが、やはり心配なのか?」無表情の、赤いミクロスーツ姿のメイスンがマックスに問うた。

「まぁ、少しはね。ただ、たった数回、練習を繰り返しただけで、あの合体飛行ぶりだ。正直、筋の良さに面食らっているよ」

 

・・・あれは、防空壕事件から数えて一週間後のことだった。事件解決後、本人たちや周囲の様子が落ち着くのを見計らって、マックスは仲間全員と綾音に、ここのところずっと考えていたことを伝えたのである。

「これはリーダーとして判断、決断したことだ。綾音、キミにロボットマンを任せることにしたい。ロボットマンのパイロットとなり、基地メンバーと共に事件解決に挑んで欲しいんだ」

この発言に、場の全員が驚き、目をひん剥いたまま黙ってしまった。実は全員、真逆の発言がなされると想像、緊張した面持ちで集合していたからである。二回にわたってのアクロイヤーとの交戦を、その時その時の場の流れがあったにせよ、独自の判断で勝手に挑んだ少女。基地内の規律を乱す、とか、もう危険なことにこれ以上は関わらせるわけにはいかない、とクソ真面目な表情で彼が口にするものだとばかり思っており。それがまったく逆の意味を持つ発言に出たのだ。これは驚かないわけがない。

「ほ・・・本当ッ⁉ やたーッ!!」綾音は満面の笑みで万歳すると、部屋をピョンピョン飛び跳ねて喜びを全身で表現。小さなミクロマン達は、巨大少女が飛び跳ねるごとに起きる大きな揺れに、皆して机の上でひっくり返ってしまったのであった。

尻もちをついたまま、マックスが話を続ける。「“必要とするモノがないなら、今あるモノで工夫し賄え。人手が足りないなら、今いる者達だけで工夫し動け。創意こそが勝利を導き出す”。これがスパイマジシャンの元で僕が学んだ兵法だ。同時に、今までの長い現場経験からもそれが真実であると信じる。新Iwaki支部では人手もマシーンも足りない。そんな中での――原因は不明のままだが――ロボットマンの超変化、そして綾音の活躍っぷりだ。隊員としてキミにロボットマンの方を任せても良いと思った。あと少しでミクロ・ワイルドザウルスも修理が完了する。僕は二台もマシンを同時には扱えないと言うこともあるしね。今いるすべてのメンツで、最大限できるだけのことをして活動しようって訳さ」

綾音は大げさにウンウンと大きく頷いている。マックスはぐるりと場にいる面々を見、その視線を再び綾音へと戻す。

「だから、ひとりで動くのではなく、今後は基地の一員としてここにいる仲間達と共に動くこと前提にアクロイヤー事件に挑んで欲しい」

これまた大げさに直立不動の姿勢となり、口をへの字にし、敬礼して見せる少女。

「ロボットマンを飛ばせないなら、なんとか工夫するんだ。イメージトレーニングでも、飛ばすようにする別の訓練でも、何でもいい。キミが創意し、キミがやりようを自ら生み出してくれ。我々に協力できることならいくらでも手を貸そう!」

こうして次の日から早速、綾音は自分で思いついたと言う方法を訓練し出したのだ。先日の防空壕事件で思い付いたハリケンバードにロボットマンを運ばせる方法。あれをもっとロボットマンが動きやすい姿勢になれるよう、ハリケンバードのことを背面位置に取り付けるアタッチメントウィング的なものにする。そうすれば大空を優雅にかつ小回り利くように舞うことが出来るようになるのではないか、というのが彼女の言い分であった。

鳥ロボには反重力ジャンパー装置もあるので、ハリケンにくっ付いてもらいロボットマンを地面からそのまま浮き上がらせることもできたのだが、万が一の緊急事態も想定、地面を走ったりしながらでも、もしくは高いところからダイブする形ででも対応できるよう、先の様な訓練を基本として練習し出したのだ。

さすがは運動神経抜群の少女。失敗すればいつでもミクロマン達全員が超能力のサイコキネシスパワーで下界に落ちてしまわないよう見守る中、たった数回の訓練で空中合体方法を編み出し会得してしまったのである・・・。

 

「綾音は大丈夫だ」メイスンはいつもの様にそっけない口ぶりで言った。勿論、言葉の奥底には相手を思いやるものが込められているのは言うまでもない。

「そうだな。何かあれば、皆も綾音に協力してくれるだろうし」マックスが答える。

「綾音の方が、我々を助けてくれることになるのかも知れないぞ?」メイスンは話すことはすべて話した、この話はもういいだろう、とばかりに、興味を失ったかのようにその場から去って行ってしまったのであった。

「我々の方が、綾音に助けられる、か・・・」マックスはどこか遠い目をし、晴天の空を仰いだのだった。

 

 

――順調に大空を飛ぶ綾音を乗せたロボットマンは一路、中央町自然公園へと向かっていた。そこは綾音の住む町の中心部にある、ちょっとした広さを持つ森の中を連想させる作りをした公園だ。木々や草花が奇麗に栽培されており、近所の子供や老人の憩いの場になっている。

以前、アクロモンスター・イグナイトに少女が襲われた例の公園でもあるそこに、今日、ミクロマン富士山麓本部から輸送トラックが来ることになっていた。マックスから聞かせられた話だと、本部が新メカを1台譲ってくれるとのことで、アイザックが受領する間、アクロイヤーの妨害が入らないとも限らないので護衛に当たって欲しいと綾音は頼まれたのだ。磐城家から離れたここで落ち合うことにしたのは、万が一にもアクロイヤーに磐城家の秘密がバレてしまうのを防ぐ為である。

大空を鳥のように舞う清々しさと、眼下に広がる、空の視点から初めて目にする街並みの様子に、綾音は興奮しっぱなしであった。

公園上空にたどり着くと綾音はハリケンに旋回するよう指示を下し、公園を上からグルリと回って確認する。ロボットマン並びにハリケンバードの索敵機能を駆使、特に異常が見られないことからも、綾音は待ち合わせポイントに指定してある、公園中央噴水広場脇の林の中に降り立ったのであった。

「下から見ていたぞ。見事な飛行ぶりであるな~」草むらから、ジャガーにしがみついた少し青ざめ顔のアイザックが現れると、彼はサムズアップして見せてきた。軽く微笑みながら、綾音も同じ仕草をしてみせる。ロボットマンの背中からハリケンバードは離れ、もう一度空へと向かって羽ばたいていったのであった。受け渡しが終わるまで、ハリケンには空から監視の目を光らせてもらう手筈になっていたのである。

「今は平日の夕方前。あたしもそうだけど、学校終わって間もないし、遊びに出てる子供の姿はまだほとんどないね。それに時間帯からしても、近所の利用者もほとんど姿は見えなかったよ。勿論、アクロイヤーもね?」綾音は空から確認したことを告げる。アイザックジャガーから降り、飛び跳ねて進む、乗り慣れぬ乗り物で痛めたおしりを片手でさすりながら、もう片方の手でもう一度、サムズアップをしてきたのであった。

 

 

どこからか大型車両が走ってくる音が響いてきた。別の場所から林の陰にある草むらに突っ込んだようで、草をかき分けるガサガサと言う音もし出す。

音が綾音たち一行の目と鼻の先に近付いたと思った瞬間、草むらの中から“透明な巨大なもの”が飛び出してきたのであった。透明とは言っても、透き通っているはずのその場所の空間が少しだけ滲んでいると言うか、向こう側の景色がほんの少し歪んでいると言うか、どこかおかしく見えている。そのおかしく見えている空間が、かなり巨大な大きさを誇るトレーラーの形状をしていることに、綾音はすぐ気が付いた。今となっては事情を知る綾音には珍しくもない、見慣れているカモフラージュ・シールド機能のひとつ“インビジビリティ・モード”を使った不可視化偽装である。

巨大車両の形をした滲んだ空間は、ロボットマンとアイザック達の真ん前まで来ると停車、透明化を解除したのであった。それは緑色をした巨大トレーラーであった。大きさは、いつだったか家族に連れて行ったもらったトイザらスにあった商品、辰巳が欲しいとお騒ぎしたアメリカ製の巨大ラジコン・トレーラーぐらいある。一般的なラジコンカーを荷台に乗せられるほどの凄い大スケールで迫力があったのだが、あまりにも大きすぎるため、「そんなオモチャ置く場所ないでしょう?!」という母親の一喝で却下。あれと同じくらい、いやそれ以上あるかも、と綾音は思ったのであった。

形状こそはトレーラーではあるが、少女の知る人間のそれとは異なり、実にSF的と言うかメカニカルなデザインをしたスーパートレーラーであった。明らかにレーザー砲に見える武装があちこちに搭載されているし、表面の素材は何であろう、クリアグリーンを基調としたもので、透き通る表面内部には、機械の基盤に思える複雑怪奇な紋様(?)のようなものが浮かび上がり、全体へ縦横無尽に広がっている。

「さすがはミクロトレーラー! 機能良好、調整も万全そうであるな。それにミクゾン部隊、時間通り、きっちりの到着である!」アイザックが独り言を口にしながら、感心したように何度も頷いていた。名前はミクロトレーラーと言うのか。でも、ミクゾン部隊ってなんだろう、と初めて聞く部隊名に綾音は軽く首を傾げて見せる。

「こんにちは、新Iwaki支部の皆さん。ミクロマン富士山麓本部・ポリスキーパー部署からのお荷物をお届けに参りました」運転席から若い男の声がした。ボディの高い位置に設置されているドアが静かに開け放たれ、白と黒のツートンカラーをした、レッドパワーズ部隊仕様スーツを身にまとった運転手が二人の前に降りてくる。

彼は「アイザック博士、お久しぶりです」とまずアイザックに挨拶をし、すぐに視線をロボットマン内部にいる綾音に向け自己紹介をしてきたのであった。「綾音ちゃんですね? 初めまして! 自分はミクゾン部隊所属、サイバーと言います」

 

 

――ここは住宅街の中にある、ありふれた道路。そこをテクテクと歩くアクロボゼットがいる。実に、つまらなさそうな面持ちだ。

アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団三人で始めたこの地区に住まう子供たちを調べる計画は現在、ロボット59号ことロボットゴクーが動くのみとなっている。「ミクロマンに邪魔されたこともあるし、敵の動きも気になる。下手に気張ってこれ以上の損害を出すのも考え物だ、ひとまずゼットとカニサンダーは動かぬように」と、デモンブラックに言い渡されていた。

かと言って遊んでいて良いわけではなく、現在のゴクーの動きにもうひとつの計画を含ませることにしたそうで、その計画の方の手伝いをせよ、とも二人は命令されたものだ。

計画とは、ミクロマン待ち伏せ攻撃である。ゴクーが探し求める子計画を進めつつ、万が一にもまたミクロマンが現れるようならば、全員で協力し合い奇襲攻撃を仕掛ける、と言うものであった。

しかし、今のところミクロマンの気配は微塵もない。特に何もすることがないゼットは暇を持て余していたのだった。ついには待機していることに我慢できなくなり、「別地区の下見偵察にでも行ってくるダッチ」とウソをついて仲間達の元から離れたのである。

そうやって適当に歩いているうちにたどり着いたのは、自分たちの探し求める子捜索の標的にしている子供たちが通う丘の上の小学校だった。自分でもどうしてやってきてしまったのか分からなかったのだが、心のどこかにキスしてきた長い髪のカワイ子ちゃんの顔が微かに思い出されていることを知り、「ああ、俺はあの子にまた会ってみたいとどこかで考えているから無意識のうちにここにやってきてしまったのだな」と気付く。

ちょうど下校時刻で、たくさんの子供たちが下校していくのが見えた。

一番最初に仲間たちとここに訪れた時に隠れた駐車場の看板の陰に隠れながら、次々と目の前を去っていく子供たちの中に長い髪のカワイ子ちゃんの姿を探すが、もう帰ってしまった後なのか、遂に発見することは出来なかったものだ。

会えたら何としようかと期待に胸を膨らませ、目を輝かせていたゼットだったが、結果に激しく落胆し、肩を落とす。その表情は再び、つまらなさそうなものに戻ってしまったのであった。

「あーあ・・・」

一人ぼっちの彼は深くため息をつくと、適当にまたブラブラと歩き出したのだった。知らない道に入ってきているが、どうでもいいと、構わず彼は歩みを進めた。

 

〔第9話・夕陽の決闘! ガンマンvs武芸者<part.2>に、つづく〕