プロローグ・2021復活の日<前編>
2021年初頭のとある日曜日――。
綾音(あやね)はその日、弟の辰巳(たつみ)と共に母親に連れられ、太平洋に面した“三崎公園”という地元のシーサイドパークに遊びに来ていた。
日曜日だがひと気は少ない。9歳になる綾音と4歳になる辰巳がいかようにふざけようが大声を出そうが、ひと目を気にすることなく、やりたい放題できることに、二人は大はしゃぎしていたのだった。
「ママを撒いて驚かそう・・・!」
幼い姉と弟は内緒の決め事をする。芝生がひろがる広場のアスレチックの柱をくぐり抜け、坂道を駆け下り始めると、徐々に波の音が耳に入ってくるようになった。坂の下にある防風林の隙間をあちこちぬって、とうとう小さな浜辺に出ると、必死になって追いかけてきていた母親も、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
海は穏やかで、風もない。真冬だが太陽の日差しも温かかったし、ずっと駆け回っていたふたりは息も荒く、暑い暑いと上着を脱ぎ捨てると、追いかけてきている母親のことはもうすっかりと忘れ、浜辺の砂で遊び出したのだった。
「ん・・・?」
穴を掘り進めていたふたりは砂の中に何かが埋まっているのを発見した。
それは、4つの巨大なタイヤを持つ、ベージュ色のボディをしたオモチャの車だった。この前、両親がTVで観ていた外国のSF映画に出てきたような、ガトリング砲が装備されている戦闘車両である。ちょっとしたラジコンカーくらいの大きさで迫力があった。
そしてそのすぐ傍には、長さ10センチくらいの長方形の形をした、小さな透明カプセルが埋まっていた。中にはイエローとホワイトのツートンカラーのボディをした男性フィギュアが収まっている。宇宙船クルーの様ないで立ちの彼は、まるで棺桶の中で眠っている死者のような・・・そんな不思議なオモチャであった。
戦闘車両は明らかにフィギュアが乗せられるようになっており、そのふたつがセットということが分かる。
「超カッコイイ! いいもん見っけた!」
ふたりは予想外の発見に興奮しながら、岩場の隙間にある浅瀬で戦闘車両とカプセルを洗う。どちらも古ぼけているが、どこも壊れてはいなさそうだ。なかなかカッコ良いデザインに、ふたりはひと目で気に入ってしまった。
浜辺には誰もいないし、そもそも結構な時間、砂浜に埋まっていたようである。随分と前にどこかの子供が忘れていったものなのだろうと綾音は解釈した。
「これ、もらっちゃおう!」
綾音が笑みを浮かべながら口にすると、「誰の? いいの?」と、辰巳が心配して聞いてきた。正直者の弟のことだ、母親に告げ口されたら何かと面倒だ。
「多分、昔、誰かがいらなくて捨ててったオモチャだから、大丈夫だよ! 絶対ママに言うめよ!」
くぎを刺していたその時、母親が二人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
綾音は慌ててふたつのオモチャを自分のピンク色のリックに詰め込むと、素早く弟にジャンバーを着させ、自分も上着を羽織ったのである。
母親の運転する車で帰宅後、綾音と辰巳は親の目を盗んでコッソリ洗面所でオモチャを再度キレイに洗った。タオルで拭くと、磨きがかかる。
子供部屋に戻り、ふたりはまじまじと車とカプセルを眺めた。いつ売られていたものかは知らないが、あまり見たことがないようなデザインタイプのオモチャであるのは確かだった。
早く遊びたいと辰巳が必死になって宇宙船クルーの入ったカプセルのふたを開けようとするが開かなかった。土台とふたの間に境界線が走っているから開く仕組みなのは明白なのだが。
開閉スイッチも見当たらないし、表も裏もネジ穴はない。綾音がマイナスドライバーで無理矢理こじ開けようともしたが、どうしても開かなかった。
遊び場のひとつにしている出窓に置き、どうしたものかとふたりは腕組みをした。
カプセルが太陽の光を反射して、キラキラと光り輝いている。まるで太陽光を吸収し内側に溜め込んでいるようで、長方形の箱全体が内側から輝いているように見え出した。
・・・ ピ・ピ・ピーッ ・・・ ピ・ピ ・・・・
「なんか、音しない?」綾音が耳を澄ました。辰巳がカプセルを指でつつく。「ネェネェ、これが鳴ってるよ? なんかスイッチ入れた?」知らない、と綾音は首を振った。
・・・ ピ・ピ・ピーッ ・・・ ピ・ピ ・・・・
音が強くなった。まるで目覚まし時計のアラームだ。
次の瞬間、「アッ!」とふたりは小さく声を上げた。どうしても開かなかったカプセルのふたが突然ひとりでに開いたからだ。
しかも、宇宙船クルーのフィギュアが中から飛び出し、出窓のすぐわきにある勉強机の上に置いていた戦闘車両の上にヒョイと立ったのである。
〔プロローグ・2021復活の日<後編>に、つづく〕