ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第3話・神隠しがやってくる<前編>

『通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細通じゃ

天神さまの 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ』

 

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――綾音は夕暮れの緩やかな上り坂を、自転車を押しながら歩いていた。放課後、自転車に乗って通っているピアノ教室からの帰り道である。磐城家から教室まで自転車で片道20分。町はずれにあるピアノ教室までの行き来は、人家らしい人家もない田畑のあぜ道や山道を進んでいくものであった。舗装されていない、車のわだちが出来ているような道だ。町中を走っていくコースもあったが、そちらだとどうしても30分以上かかってしまうことから、彼女はいつも近道であるこの田舎道を選んでいた。

うっそうと木々が生い茂るその山道の中間地点、登りきったところに小さな無人の神社があった。境内まで続く苔むした石造りの高い階段を覗き込むと、深い山の中ということから昼間でも薄暗く、とても怖くてひとりでは行けないような雰囲気を醸し出している。綾音は道程の中で、どうしてもここだけが好きになれずにいた。

以前、友人たちと肝試しゴッコと称して一度だけ登って行ったことがある。境内は薄暗い小さな広場になっており、無人の小さなお社があるだけ。怖くて皆でくっついて固まっていたところ、いきなりカラスがギャーギャーと喚いて飛びだったのに驚き逃げ帰ったのだが、行ったのは後にも先にもその一度きりであった。

 

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薄暗くなりつつある中、神社の階段下にある石造りの鳥居が視界に入ってきた時、無意識のうちに綾音は“通りゃんせ”を口ずさみ始めていた。どうしてだか自分でもわからなかったが、おそらく『帰りはこわい』のフレーズが今の状況にピッタリ合っていたからだろう。

わざわざ階段の暗がりを見上げながら横切るのも嫌だったので、行きも帰りもわざと視線を前方に集中して通り過ぎてしまうのを自分の中での決まり事としていた。今日もそのつもりであった。でも、いつもと状況が違ったことから、綾音は上を見上げてしまう。どうしてかと言えば、階段を上っていく足音が耳に入ってきたからであった。

長い階段の途中に、自分と同い年くらいの少女がいた。ゆっくりと階段を上っている。その後ろ姿には見覚えがあった。自分より先の時間帯にピアノ教室に来ていた子だ。綾音は出てきた彼女と入れ違いで教室に入った。隣の学校に通っている、学年が同じ、確か名前は奈月ちゃん。学校の行事で交流学習と言うものがあり、ちょっと前に彼女の学校と自分の学校が合同で授業を行ったことがある。その時、少しだけ話したことがあった。

「なんで一人きりで、あんな怖そうな場所に行くんだろう? 物好きなのかな?」奇妙に感じたが、それほど親しくもない人間に声をかけ、何をしているのかと質問するのもおかしい。綾音は気にはなったが、そのまま帰宅したのであった。

 

――水石山のミクロマンIwaki基地を訪れてから、一週間以上が過ぎていた。マックスはあの日以降、毎日、綾音の部屋にて一人黙々とメカの修理にいそしんでいる。

二日前、ようやくミクロ・ワイルドザウルスのおおよその修理を終えた。彼はメカニックマンではなかったが、各機能の基本的な部分だけは、なんとか使えるまでに戻せたものだ。何か非常事態が起きたら、自分一人で戦わなくてはならない。そう考え、ミクロマシンを優先して修理したのである。

間髪入れず、昨日からは指令基地にも取り掛かっていた。誰とも連絡が取れない以上、仲間がいる他の基地に行くしかない。かなり遠いが富士山麓にあるミクロマン本部が一番良い気がした。となると長時間の移動を行う必要が出て来る。指令基地は元々、飛行して移動することを想定して作られていた。故障していても、その損害は軽度だ。修理さえ済んでしまえば、整備が完璧ではない戦闘車両よりも遥かにその飛行機能について信頼できることだろう。なので、基地も出来る限り修理する必要があったわけである。

子供たちからは「車が終わったばっかりなんだし、少し休んでから続きをやったら?」と言われたが、黙って休んでいると感傷にふけってしまいそうだったので、わざと自分を忙しく働かせていたのであった。

 

綾音はこの間のミクロ化体験以来、ミクロ化することを楽しみにしてしまったようで、度々マックスにミクロブレスト光線をおねだりする様になってしまっていた。姉の話を聞かせられた辰巳も同様である。

「遊びで行うものではない」と説明したが、「だったら修理を手伝うから、お願い! さすがに一人では大変でしょう?」と押し切られてしまったものだ。確かに、てこは無いよりはあった方が良いと思えた。「では、夕ご飯を食べた後、両親がお風呂に入れと声をかける前までだからね」という約束で、ついにミクロ化を承諾したものである。ミクロブレスト光線の使用で彼が消費してしまうエネルギー問題は確かにあったのだが、今のところ毎日きちんとカプセルで休めている。さほど気にしなくとも良いだろうとマックスは勘案したのだった。

 

この日、綾音がピアノ教室から帰宅した後、姉弟の希望でマックスはふたりをミクロ化した。最初こそ、工具を手渡してくれるとか、交換用の部品や資材を運ぶのを手伝ってくれていたが、そのうちふたりは指令基地で正義の味方ごっこをして遊び始めてしまう。「やれやれ」とマックスは苦笑いである。

「隊長、アクロイヤー発見!」シートに座る辰巳が真っ暗なディスプレイを見ながら、隣の綾音に敬礼をする。「辰巳隊員、了解です!」司令官気取りの綾音も辰巳に敬礼をした。「指令基地、戦闘態勢を取れ! 敵を迎え撃つのだ!」綾音がそれっぽいセリフを口にすると、子供達は目の前のパネル下に並ぶボタンをひとつ、ふたつ、適当に押した。メインスイッチは入っていないし、乱暴に扱わないなら触っても構わないとマックスに言われていたのだ。

 

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次の修理工程に取り掛かろうと、マックスが工具箱を覗き込み道具を手にした瞬間、背後にある指令基地から突如、起動する音が響いてきた。驚き振り返ると、指令基地の折りたたまれていた各部分が展開、内側からミサイル砲などの武器がせり出し、戦闘態勢を取り出す。

驚いたのはマックスだけではない。子供達もであった。慌てて二人は基地内から飛び出し、マックスに駆け寄った。「急に動いてビックリしたー。ボク、なんもやってないよー」辰巳がマックスの脚にしがみつく。

驚く三人の目の前で指令基地の出す作動音がやみ、動きが止まった。電源が切れ、完全に沈黙したのだ。

マックスはメインスイッチを押し基地を再起動させる。メインパネル下のキーボードを叩き、システムをチェックしたが、異常はない。もともとの故障個所も同じままだし、それ以上におかしなところは確認できなかった。起動させるには子供達には教えていないパスワードも必要だし、勝手に動いて勝手に止まったと言うことは、おそらく誤作動であろう。

「故障中だから、ちょっとおかしな動きをしてしまったみたいだ。もとから安全装置もついてるから、動き出したとしてもこれ以上は何も起こらないし、大丈夫だよ。驚かせてしまったようだね、今日はもうこの辺にしておこう」

子供たちは胸をなでおろすと、マックスの提案に素直に従ったのであった。

「こちらさんも早いところ修理を完了しないと、な。・・・なぁ、指令基地さん」マックスは指令基地を軽くポンポンと叩いた。

 

――翌日、綾音が学校から帰宅し、ひとり1階の茶の間でおやつを食べていたところ、彼女のスマホにLINEメッセージが届いた。相手は、この前、交流学習で同じ班になった別の学校――ピアノ教室の奈月と同じ学校――の男子だ。やたらと話しかけてきて、最後にLINE友になって欲しいと頼んできた、陽斗(はると)という少年である。

 陽斗『いまひま?』

 綾音『うん』

 陽斗『ちょっとヤバい話です』

 綾音『怖いんだけど。どういう系?』

 陽斗『怖い話系。綾音さん、“神隠しがやってくる”話、知ってる?』

 綾音『モチ、噂で知ってるよ』

それは、去年あたりから、いわき市の子供、特に小学生の間でまことしやかに囁かれていた噂話であった。ある日、子供たちが突如として行方不明になる――と言うものだ。都市伝説で良くあるパターンのものに思われるが、ちょっと違う点があった。怖い話だと、忽然と消えてしまい二度と帰ってこないとか、数カ月後にひょっこりと帰ってくるというのがパターンであるが、“いま話題になっている神隠し”とは、2~3時間ほどして戻ってくると言うものだったのである。

短時間すがたが見えなくなったぐらいで大げさな、と思われがちだが、話には続きがあって、神隠し話のセオリー通り、いなくなっていた本人は、自分がその間、どこに行って何をしていたのか思い出せないのである。いつ周囲から姿を消したのかの記憶もない。ふと気が付くと、自分が良く知っているような場所、例えば近所の公園とか、利用してるバス停とか、自分の通う学校の裏庭とかに立っており、「あれ、自分は何をしているんだろう?!」と唖然とするのだ。最後に覚えているのは、2~3時間ほど前、いつもと変わらぬ日常を送っていたところまで・・・。

勿論、気味悪がり、両親や周囲の大人に相談する者もいたが、「ボーっとしていたんだろう」とか「勉強や友人関係からくるストレスから軽い記憶障害的なものを起こしたのだろう」と片付けられてしまうのがほとんど。中には我が子を心配し、病院に連れていく親もいたそうだが、検査を受けた子供は誰一人としてどこにも異常が認められなかったらしい。

体験した者は数人ではなく、既に数十人にも及んでいる・・・とのことであった。

ただ、噂の大元、肝心の体験者はどこの誰なのか、となると、「他の小学校の子」とか「友達の友達の知り合い」とか、かなり所在があやふやで、だから学校の怪談レベルの域を出ないものとして綾音は受け止めていたものである。

 陽斗『それが、ついに、うちの学校で出ちゃったんですよ、マジな被害者!』

 綾音『マジか?!』

 陽斗『おおマジです。しかも、なんとうちのクラスの子。綾音さんも交流学習の時に話したことあるでしょ、髪短い、奈月って女子』

 綾音『ウン! あんま話さんけど、ピアノ教室も一緒だよ』

 陽斗『それ! ピアノ教室終わって建物から出た時の記憶はあるらしいんだけど、その後の記憶が一切ない。で、ハッと気が付いた時には、自分ちの近所のコンビニの前にいたんだってさ』

 綾音『コワっ! あ、でも・・・それっていつの話なん?』

 陽斗『昨日の夕方の出来事です。同じ方角だからよく一緒に帰るんだけど、今日、帰ってる時に相談受けたんですよ。親にも相談したみたいだけど、気のせいだよって言われて終わり。なんかスッキリしないし、どう思うかって、内緒で相談受けたんッス。なんて答えればいいかわからなくって、だからオレ、綾音さんに相談したくってLINEしました』

 

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綾音は昨日の夕方のことが脳裏によみがえってきた。

奈月ちゃんのことを、自分は目撃している。ピアノ教室から帰っていくところ。その約一時間後、自分が帰路についていた中、夕暮れのさびれた神社の苔むした階段に彼女がいたところ・・・を。

記憶がない、というその間のことを、綾音は知っていたのだ。

 

〔第3話・神隠しがやってくる<後編>に、つづく〕