ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第1話・2011破滅の日<前編>

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福島県いわき市――。福島の浜通り南部に位置する、県でも最大の人口ならびに面積を誇る太平洋に面した中核市である。山間部や丘陵地が非常に多く、国際貿易港である小名浜港を筆頭に、11ヶ所の港があちこちにばらけて存在しているのが特徴だ。街と街の間には連続性がなく、一度ある街から離れると長い長い田舎道が続き、その先にまた別の街があると言う土地柄であった。

この市の内陸部に、標高735.2mほどの水石山という名の山があった。周囲には低い山、田園地帯、小さな田舎の町並み(村と言った方がよいかもしれない規模)と言ったのんびりとした風景が広がっている。山頂には馬が放牧されている水石山公園と言う観光名所があるが、これと言って人気があるわけでもなく、山の中はいつもひっそりと静まり返っていたのだった。

水石山は昔から“謎の光る飛行物体”の目撃談が後を絶たなく、「宇宙人の秘密基地があるのではないか?」と、地元民にまことしやかに囁かれていることでも有名な場所であった。しかし、その噂は、誰も真相自体を知らないものの、実は本当のことであったのである。

 

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山の内部には人に知られることなく極秘裏に建造された、いわきを密かにアクロイヤーの魔の手から守り続けるミクロマンの秘密基地があったのだ。

カモフラージュ・シールドと呼ばれる、本物の岩、木々、草花のように見える立体映像装置で覆い隠された秘密の発進口が山中のあちこちにあり、ミクロマンやマシーンが出入りするのだが、そこから空に彼らが飛びだったところを偶然目撃した人間が過去に少なからずおり、そこから噂が広まったのである。

 

その名も“ミクロマンIwaki支部(通称、Iwaki基地)”。日本各地に点在する彼らの基地からみると、メンバーは40人足らず、小規模ではあったが、最新鋭のミクロマン技術の粋を集め建造された素晴らしい設備を持ち、彼らのシンボルともいえる高性能万能型ロボット・量産型ロボットマン(ノーマル初期モデル・後期生産型)を筆頭に様々な搭乗メカが配備されていた。

M-120チーム/ナンバー124・マックス(ミクロマンは数名ずつのグループに分かれている)が所属するのも、このIwaki支部であった。

 

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――2011年3月11日。この日の昼過ぎ、マックスは愛機とするロボットマンに搭乗し、基地を後にした。いつも行っている通常の定時パトロールであったが、かなりの緊張感に彼は包まれていた。

2日前のこと、だ。諜報員スパイマジシャンチームから各ミクロマン基地に恐るべき情報がもたらされた。『少し前、アクロイヤーが超高性能の自然災害予測装置なるものの開発に成功したという情報を入手した。日本で起こりうる台風・地震・噴火などの自然災害を起こる前の時点で察知、自分たちの邪悪な計画に利用、役立てる為だと思われる』。

そして、1日前。Iwaki基地のミクロマンたちが使用している通信機器やレーダー装置の一部が謎の故障を起こした。最初こそ“単なる故障”と思われたが、その夜から翌日である11日の朝方までに、次々に同種のあらゆる機器がおかしな動きをし出し、まるっきり役に立たなくなったのである。

Iwaki基地の専属メカニックマン天才マリオンも原因を突き止められずに焦るばかりだった。この基地のあらゆる設備やメカは彼が中心となって管理しており、設計・発明したものも数多くあった。メカや設備のあらゆることを把握しているその彼がわからなかったら、いったい誰がわかるというのだ。

ミクロマン・マリオン――彼は10数年前、日本の別地域で発生した一連のアクロイヤーの破壊工作から人々を守るため活躍したマグネパワーズ部隊のメカニックマン・エジソンのクローンであった。ミクロマン本部の決まりで、クローン技術は特別な場合を除いて行うことを禁止されていたが、日本どころか世界規模に広まりつつあるアクロイヤー被害に対処すべく、役立つメカを設計開発できる一人でも多くのメカニックマンが必要とされたことから、本部みずから抜擢、この世に生み出された人物である。その天才のクローンですら、原因がわからなかったのだ・・・。

誰もが嫌な予感を拭えずにいた。スパイマジシャンのもたらした恐るべき情報、仲間の誰にも連絡が取れず、敵影もキャッチできない現状。

マックスは、ずっと首の後ろがピリピリとし続けていた。何かとてつもなく嫌なことが起こる前、不思議と決まって彼はこの感じに襲われるのだ。

 

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午後2時46分に、その出来事は起きた。

宮城県沖を震源地とするマグニチュード9の巨大地震が発生。いわき市震度6弱を観測、地震動は数分間も継続し、その長い長い揺れは建築物を積み木のように破壊し崩し、紙細工のように道路を引き裂いた。地滑りに、地盤沈下。沿岸部には津波が押し寄せ、船や、コンテナや、車や、看板や、電柱、そして家々などをごちゃ混ぜに押し流し、街中ではところどころで火事が発生した。

いわき市民はパニックに陥り、我先にと逃げ出した。・・・逃げる⁈ いったいどこに逃げればいいのか⁈ ・・・揺れる、揺れる、揺れる! 何度も押し寄せる余震に、人々は頼れそうなものにしがみつき、悲痛な叫び声をあげ続けた。

「Iwaki基地にいるミクロマンは緊急出動せよ! 一般市民を助けるのだ!!」

基地内のミクロマンたちは様々なマシーンをスクランブルさせる。しかし、パニックになっていたのは人間だけではない。ミクロマンたちもであった。あの、ミクロアースの悲劇を連想させるこの大地震に、強い精神力を持つ彼らも半ばパニックになっていたのである。正常な判断が下せず、本来であれば基地の守りに残すべき隊員の数を、いつもより少なくしてしまっていたのだった。それに気が付いたミクロマンは、基地内に一人も存在していなく・・・。

 

いわき上空でパトロール中であったマックスはその時、なすすべもなく、ロボットマンをホバリングさせていた。東、西、北、南。海岸、海、山、建物、道路、人々、街。どこを見ても阿鼻叫喚の地獄絵図だ。頭が真っ白になっていた。ミクロアースの崩壊がまざまざと脳内にビデオを再生させるかのように流れて行き、眼下の悲劇と重なって見えている。

キャノピーの向こう、空のあちこちに小さくミクロマンやマシーンが散り散りに救助活動に向かう様子が見え始めた時、ようやくマックスは我を取り戻した。

「自分も、仲間と同じく動かなくてはならない・・・!!」

ロボットマンを下降させようとして、はたと彼は思いとどまった。自分が、自分を止めたのだ。“歴戦の戦士としての自分”が、自分自身を。

戦士としての自分が、あることを思い出させた。スパイマジシャンの情報である。もし、アクロイヤーがこの大地震を前もって察知しており、自分たちの何かしらの計画に利用しようとしていたら、何をするか? ・・・人々を襲う? ・・・物資やエネルギー源を強奪する? ・・・いや、おそらくそれは二の次だ。

一番は、彼らにとって邪魔者であるミクロマンを抹殺するための行動を起こすはず。例えば今のこの状況を前提とするならば、人々を救うため出撃した数多くのミクロマンをしり目に、まず手薄になった基地を襲うのではないだろうか。基地をなきものにすれば、この地の残りのミクロマンの士気や統率、組織体制は崩れ去り、アクロイヤーにとって有利になる。少し前からアクロイヤーが水石山とミクロマンの関係性を疑い始めているのではないかと言う報告が上がっていた。想像がすごい勢いで現実味を帯びてくるのをマックスは感じた。

「すまない、みんな、人間のことは任せた!」崩壊する街並みと逃げ惑う人々に後ろ髪を引かれる思いがないわけではなかったが、マックスは意を決するとロボットマンをIwaki基地のある水石山に向けたのだった。

 

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晴天であったはずのいわき上空に暗雲が立ち込め、急激に寒くなると季節外れの雪が降り出し、あっという間に吹雪となり荒れ始めた。雪国ではない、いわきの気候から見て、この天候は尋常ではなかった。地震の起こすエネルギーが天を狂わせたのであろうと後に噂されることになった現象である。

「カモフラージュ・シールドが解けている⁈」水石山付近に近付くにつれ、マックスの知るIwaki基地に出入りできるいくつもの出入口やマシーン発進口を、本来おおっているはずの立体映像がブロックノイズを起こし乱れたり、中にはまったく消えてしまっているが目視できた。

地震による故障に違いない! 残っている仲間は何人だ? アクロイヤーが攻めてきているとしたら何処までだ⁈

基地内とは連絡も取れず、レーダーも利かない最悪の状態である。頼りになるのは自分自身の目と耳と、勇気だけ。ひとまず冷静に状況を判断しようと、悪天候の中、周囲をよく確認すると、森の木々の中にうごめく影がいくつも見られることに気が付いた。いたるところにアクロイヤーや、アクロ兵がおり、なんと4体もの量産型ジャイアンアクロイヤー(初期型・量産タイプ)が基地入り口に向けて山中を前進しているではないか。対空防御を受けないよう、わざと険しい山中を進んでいるようだった。

元から目をつけていたところに、カモフラージュ・シールドが解けていたら、やつらの疑いは確信に変わったことだろう。

「あっ!」マックスの仲間のミクロマンがひとり、出入口で必死に応戦していたが、多勢に無勢、あっという間に倒されてしまったのが見えた。マックスの直観でしかないが、基地内に残っているメンツとマシーンはほんの一部だけのはずだ。このままではあっという間に隊員と基地は全滅させられてしまうことだろう。

マックスは歯を食いしばると、ロボットマンを急下降させ、出入口手前に迫っていたジャイアンアクロイヤーへと突撃させたのである。

 

〔第1話・2011破滅の日<後編>に、つづく〕