ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第1話・2011破滅の日<後編>

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手薄となったミクロマンIwaki基地をたったひとり全力で守るマックスの戦いぶりは、目撃した仲間たちによって後に「魔神の如き猛者ぶりだった」と広く伝えられることになる。基地を襲ったアクロイヤーならびにアクロ兵の70%を殲滅、量産型ジャイアンアクロイヤー4体のうち2体を完全に破壊、葬り去ったのだ。

以前からロボットマン乗りの間では一目置かれていたマックスだが、噂を聞いた各基地の戦闘班に所属するミクロマンたちはその功労を称え、彼のいないところで「宇宙騎士マッドマックス」の呼び名で語り合うようにもなった程だった。

しかし、マックスの奮闘むなしく、311のこの日、ミクロマンIwaki基地は立ち直れないほどの痛手を被った。大地震の影響も大だったが、アクロイヤーの襲撃が追い打ちをかけ、基地の大部分の施設・設備は使用不可能に近い状況になってしまったのである。メイン、サブ問わずコンピュータや施設内を補佐するメカや機能が殆どと言っていいほど動かない。秘密の出入り口や通路の多くは破壊されたり土砂で埋もれ、配線・配電関係は様々な場所でズタズタになっているのが確認された。

いわき各地に、救助に赴き散っていたミクロマンたちも、それぞれ他のアクロイヤーたちに不意打ち攻撃を受け、ほとんどの者が重傷を負ったり、殺されてしまったのだ。生死がわからない行方不明者も数名出た・・・。

 

――311の大地震から、一週間が過ぎていた。だが、今なお大なり小なりの単発的な余震が続いており、すべての者が不安や恐怖に眠れぬ日を送り続けていた。余震が起こるたび、軟弱化していた土地や建物は更なる被害を拡大させていく。

ミクロマン基地の施設内は、今となっては見る影もなく、悲惨な光景であった。美しい一枚岩で作られていた壁や天井は無数にひび割れ、いたるところが砕けている。床はまったくもって形の悪い階段状になり、柱は“くの字”に曲がって、扉は外れてひっくり返っていた。

数個の応急ライトが照らす薄暗いマシン格納庫にふたりのミクロマンがいた。イエローとホワイトのツートンカラーに彩られたM-120チーム用スーツを身にまとうマックスと、グリーンとイエローのツートンカラーに彩られたマグネパワーズ部隊のスーツを身にまとったマリオンだ。ふたりは4つの巨大なタイヤが付いている、ベージュ色の山のような形状ボディをした1台の車両を整備していた。4WD仕様の非戦闘用車両である。

「本来、これは山岳調査用のマシンだが、アシストコンピュータに戦闘プログラムをインストールするのである。武器が搭載されていないので、私が先日開発したばかりの最新式ミクロ・ガトリング砲を装備、武装させるのだ。これは強力な武器である! ジャイアンアクロイヤーとも互角に戦えるほどであるぞ! 他にもフロントのライトをビーム砲に切り替えられるようにもし、近接武器としてホイール側面に攻撃用スパイクも取り付ける」力強いマリオンの言葉にマックスは黙ってうなずき、天井のクレーン装置で倉庫から運んできた巨大なガトリング砲を車両に設置するのを手伝った。

「基地でまともに動くマシーンはもう、先の戦闘で使用されなかったこのミクロ・ワイルドザウルスしかない」マックスは車両から目を離し、格納庫に横たわるロボットマンを見た。「無理をさせすぎた、本当に申し訳ない、ロボットマン・・・」一週間前、基地を守るあの戦いで多大なダメージを受け、様々な故障を起こし、完全なオーバーホールを行わなくてはならなくなったロボットマンは使える状態ではなかった。動けるように戻したいのはやまやまであったが、Iwaki基地に再生させる力は今となってはない。

応援の要望と救助要請はした。Iwaki基地の生存者で動ける者が福島県の外まで赴いてようやく携帯通信機の通信機能が回復できたのである。だがしかし、富士山麓にある巨大ミクロマン本部基地の返答は「311の災害は日本の多くのミクロマン基地に被害をもたらし、同時にIwaki基地同様、アクロイヤーの襲撃を受けたところがいくつもあり、いま大変な事態に陥っている」と伝えてくるにとどまっていたのである。とても今すぐに他の土地のミクロマンがIwaki基地の復興や、ロボットマンを再生させる援助や、負傷者を救助に来てくれるような状況下ではなかったのだ。

何をどうするにしても、わずかに動ける者だけで、なんとかするしかなかったのだった。

 

アクロイヤー軍団は潮がひくが如く、311の翌日から姿を消していた。

アクロイヤーは、近いうちにまた現れると思うのであるな?」マリオンの質問に、マックスはうなずいた。「僕の読みでは、やつらにとって今このIwaki基地はさほど重要な場所ではなくなっているはずだ。この有り様を、逃げ帰ったやつらが本隊に報告しているだろうからね。次に狙うとしたら・・・小名浜港やその周辺施設だろう」

国際貿易港である小名浜には様々な物資が国内外から運ばれてきており、それらが保管されている頑丈な巨大倉庫や石油タンク等が豊富にある。災害の影響で静まり返っているそこには奪いたいものが山ほど残っていることだろう。アクロイヤーにとって宝の山のはずである。

「だが今は、自衛隊や地元の人間たちが復興に向けて少しずつ動き出し始めている。やつらもすぐには行動に出れないはずだ。でも、今回の襲撃を見ても、大掛かりな作戦の一部として行ったことは明らかだろう? 何か次のタイミングを見て、近いうちに動き出す算段に違いない。我々の使命はこのいわき市をやつらの魔の手から守ることだ」マックスは一度言葉を切った。そして「だから、それに備えて、やれるだけのことはやっておこう」と、ふたりは同時に同じ気持ちを口にしたのだった。

 

翌月の頭――。本部の配慮でようやく駆け付けたレスキュー隊員とメカにより、負傷者や死者が富士山麓本部基地に搬送された。いわき支部に残っているのは、311に負傷したがまだ動けるマックスと、マリオンのふたりだけとなった。

 

4月11日、17時16分――。福島県浜通り震源とした巨大地震が再び発生した。マグニチュードは7.0、福島県では最大震度6弱を観測。あれからひと月、少しずつではあるが復興に向け動いていた者たちも、再度電力がストップし街の明かりが次々と消えていく様に、心が折れるような思いをしたものだ。

震源地に近いミクロマンIwaki基地も大きく揺れ、なんとか崩れず危うい均衡を保っていた区画もついには天井が落ち二度と行き来できなくなってしまったのだった。

大きな揺れが収まってくるのを見て、ふたりは顔を合わせた。遂にその時が来た、と。

「僕は、すぐ出動する。マリオン、君は基地の守りを頼む。ただ、万が一の時は、脱出してくれて構わない」マックスはさっそく出かける用意を始める。

「君が一人、死を賭して守ったこのIwaki基地も、もうダメかもしれないのである。それに、ここまでやり遂げた君がこれ以上、頑張らなくとも、誰も非難はしないと思うぞ」包帯姿のマックスを心配し、やめるよう説得するニュアンスでマリオンが言った。

マックスは生き残っているマシーン発進口のひとつから、夕闇迫るいわきの景色を見ながらマリオンに向け、同時に自分に向けて、こう口にしたのだった。

「・・・かも、知れない。でもね、僕は“もう一度だけやってみよう”と思うんだ」

 

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戦闘車両に改良したミクロ・ワイルドザウルスに搭乗するマックス。彼は後ろに振り返り、親しみを持っていた我が家でもある壊れたIwaki支部を見つめ、それからマリオンになおると口を一文字にして敬礼をした。マリオンもそれに倣い、踵を合わせ敬礼する。

メインエンジン点火、次に反重力ジャンパー装置(空中浮遊飛行装置)を作動させると、マックスは一路、小名浜港へと飛びだったのである。

マックスとマリオンがお互いの姿を見たのは――この時が最後となった。

 

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この後、マックスの読み通り、小名浜港にて彼はアクロイヤーの小集団と遭遇する。まさしく二度目の大地震のパニックに合わせて物資強奪を計画していたのだ。

マリオンの作り出したミクロ・ガトリング砲の効果は絶大で、アクロ兵を一網打尽。彼はその背後にいたジャイアンアクロイヤーとの戦闘に突入した。

「4体いたうちの3体目!!」空中で幾度となく激突する、いわき支部最後の希望である即席戦闘車両と悪の合体マシーンロボ。

ミクロ・ワイルドザウルスのスパイクホイールアタック攻撃がジャイアンアクロイヤーの装甲を幾度となく切り裂く。逆にジャイアンアクロイヤーのパンチや両手のビーム波状攻撃が、戦闘車両に張り巡らせたバリアを破れんばかりにビリビリと激しく振動させた。

火花散るぶつかり合いは永遠に続くかに思われた。空飛ぶ二つの飛行物体はいつしか戦いの場を、港からすぐ傍にある三崎公園上空に移していた。

マックスは、ジャイアンアクロイヤーの弱点とされる胴体と両肩を接続するジョイント部分、腰の両サイドの突起と脚部の付け根(股関節に当たる)を重点的に狙う。

数え切れないくらいの弾丸を受け、ついにジャイアンアクロイヤーの左腕が爆発、次に右脚がもげて眼下に墜ちていった。しかし、咆哮をあげながら、まだ向かってくるではないか。

 

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311の時にあった負傷もまだ完全に回復していなかったマックスはこの戦いで更なる傷を負い続け、既に満身創痍だった。意識がだんだんと遠のきつつあり、目もかすみ始める。

「まだだ。もう少しだ。僕はやるんだ」彼はミクロ・ガトリング砲の残り少ない弾丸を惜しみなく撃ち込みながら飛行速度を最大にまで上げると、ミクロ・ワイルドザウルスをジャイアンアクロイヤーに特攻させた。搭乗者保護の安全装置もあるし、超が付くほどの硬度を誇る特殊合金ミクロガンダで作られている。その上、強力なバリアで包まれているこの車両が簡単に壊れ爆発するはずはなかった。それらを見込んでの、車両自体を弾丸化させ敵に突撃させると言う最終手段にマックスは出たのだ。

ジャイアントの腹部に突っ込むミクロ・ワイルドザウルス。機体ダメージが耐久性を超えたジャイアンアクロイヤーが、マックスの搭乗する空飛ぶ車を巻き添えにしながら爆発を起こした。しかし、それは想定外の威力を持つ大爆発であった。通常の爆発力の比ではない。おそらくアクロイヤージャイアントにミサイルや爆弾等をフル装備させていたのだろう。体内の爆発物に誘爆、とてつもない超大爆発が起きたのである・・・!!

マックスは一切何も感じなくなった。意識が完全になくなり、彼の世界は黒一色になった。操縦席から放り出され、戦闘車両と共に、真っ暗な空をどんどん落下。とうとう波間に到達、飛沫をあげると、三崎公園の海の底へと、深く、深く、深く・・・深く沈んでいったのである――。

 

 

――綾音とマックスが窓から見ている外の景色も、夕暮れから夜の黒い闇の世界に移ろうとしていた。10年前の出来事をマックスから聞いていた子供たちだったが、いつの間にか辰巳は眠たくなってしまったらしく、どこからか持ってきたタオルケットにくるまり、大きなクッションの上で昼寝をしてしまっている。

ミクロ・ワイルドザウルスの上で街並みを眺め続けているマックスの横顔を綾音は見つめながら言った。「すんごい大変だったんだね。でも、マックスやミクロマンたちのおかげで、その時、いわきはアクロイヤーの魔の手から守られたんだよね、ありがとう」マックスは沈みかけている夕陽をぼんやりと見ているだけで、特に反応を示さなかった。

「マリオンって人や、水石山のいわき基地はどうなったのかなあ?」綾音の質問にマックスが小さく首を振った。「わからない・・・。だから、行ってみる必要が、ある。しかし、あれから10年も過ぎてしまっているなんて、どうなっているものか想像もつかないよ・・・」

地震やあの戦いが、彼にはつい先ほどの出来事に思えている。しかし、それは意識を失う寸前の感覚で彼の認識が止まっていただけの話で、現実には10年が過ぎ去っており、彼の体験は大昔の出来事になってしまっているのが本当のところなのだ。

夜の闇がもうすぐ訪れる中、ひとつひとつの家の窓に温かい明りが灯されていく平和そうな光景を見て、マックスは何とも言えない気持ちになったのだった。

 

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〔つづく〕