ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第2話・廃墟の亡霊<前編>

f:id:iwakidnd5master:20220115154953j:plain

 

「行くところがないなら、うちに居てもいいんだよ!」ミクロマン・マックスは、綾音と辰巳の強い勧めもあり、しばらくの間、子供たちの家・磐城家にやっかいになることにした。早速、動き出したいのはやまやまだったが、いわきの様子は勿論のこと、世の中のこと、Iwaki基地のこと、仲間たちのこと、アクロイヤーのその後の動向などなどがさっぱり分からない。あれから10年も経過しているのだ、何もその後の状況を知らず下手に急いで動き出し、思いもよらないおかしな展開を生むのは得策ではない。まずは情報収集をしてから、と考えたこともあり、子供たちの厚意に甘えることにしたのである。

勿論、自分(ミクロマン達)のことは、親には内緒というお願いのもと・・・。

 

冬休みが明けていたこともあり、子供たちは日中、学校や保育園、親たちは仕事に出かけていた。マックスは磐城家にあるTVや綾音のノートPCのインターネットを使わせてもらい、気になることを片っ端から調べた。子供たちが帰宅した後は、なかば遊び相手をさせられつつ(子守⁈)、子供視点からの情報なども教えてもらった。

東日本大震災と名付けられたと言うあの震災から復興は進み、いわきも他の土地も人々は普通に暮らしを送っている。調べれば調べるほど10年の間、そして今現在も、日本や世界では様々な出来事が起こっているが、極端におかしく何か変化したかと言えば、そうでもないように感じた。

仲間やアクロイヤーについてはと言えば、それとなく関りがあるような話題がネット上に散見されたものの、目立って特に気を引くものにはぶつからなかったものだ。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115155035j:plain

 

居候になってから数日後の夜。マックスはミクロ・ワイルドザウルスのエンジンをスタートさせ、寝静まった磐城家の窓からこっそりと外に出た。

ライトはつくが、どこか故障を起こしており早いスピードが思うように出ない。反重力ジャンパー装置は完全にいかれており飛ぶことができない。ミクロ・ガトリング砲は弾切れ。しかもエネルギーは4分の1以下に減少しているときてる。いつ動かなくなってもおかしくないような状態である。ただ、通信機は異常がなかったので、Iwaki基地、そして本部や他の基地、試しにどこでもいいのでつながりそうなところに連絡を取ろうと考えたのだった。「でも、綾音たちの家からではまずいよな」万が一にもアクロイヤー逆探知などされたら迷惑をかけることになる。彼は、どこかひと気のない、街から離れた山の中から通信を試みようとしたのだった。

20分以上走ったところにある、人家がない山中に着くと、マックスは知りうる限りのミクロマン通信チャンネルを使って交信した。だが、耳障りなノイズが発生するだけで、一切どことも連絡は取れずじまいに終わる。念の為とレーダーを確かめるが、同じく機能しなかった。その様子は、あの311、411の時と同じように思えた。10年前同様、どのような理由からなのかは不明だが、通信機やレーダーが妨害された?(壊された?)のと同じ状況のままなのだ。

彼は次に更に20分かけて隣県まで足を延ばすことにした。311の後、傷ついた仲間が隣の茨城県まで行って通信が回復したのだ。試す価値はある。・・・しかし、残念ながら、結果は同じだった。深いため息をつきながら、通信機の機能を用いて色々と調べてみる。すると先の山中とは異なり、こちらは通信の妨害(故障?)はなされておらず、単純に“かつて使われていたすべてのチャンネルが使用されていない”と言うことが判明した。どうしてなのか、事情はさっぱりだが。

マックスは寒い冬の夜空を仰いだ。澄んでいる空には大きくキレイな月が見て取れるが、彼の心には美しさが響かなかった。強い郷愁に駆られていたのだ。

「僕はさしずめ、浦島太郎か・・・」日本の昔話のラストシーンが今の自分に重なった。

 

その後、真夜中に磐城家に戻り休んでいたマックスは、翌朝カプセルごと綾音の手の中でシェイクされてたたき起こされたのだった。

「マックス! 夜中に一人でどこに行ってたのよッ!」綾音は顔を真っ赤にし、声も荒々しい。何事だろう⁈ マックスはシェイクされて頭がフラフラしたが、取り合えず弁明したのだった。「仲間に連絡が取れないか、外に試しに行ったんだ。綾音の家で通信して、万が一アクロイヤーに傍受、逆探知されたりしたら、君たちに迷惑が掛かることになるだろ。それに、夜中の山の中なら、人間に姿を見られる心配もないと思ってね。だから・・・」

綾音が腕組みをしてプイと横を向いてしまう。「夜中、ふと起きたらいないし、もしかして黙って一人でIwaki基地に帰っちゃったのかな、いや、アクロイヤーに殺されちゃったのかなって、いろいろ心配したんだからねッ! 本気で怒ってんだよッ!」

命の恩人の機嫌を損ねたと、マックスは肩をすくめた。なんとか機嫌を直してもらおうと謝罪の言葉を続ける。「黙って出かけて、申し訳なかった。えっと、その肝心のIwaki基地とも、結局、連絡取れなくてね」綾音は目を合わせない。マックスは困ったなと思いながらも、正直なところを伝えようと考えた。「えっと、次の行動としては、直接行くしかないか、と。それで、ミクロ・ワイルドザウルスの調子も悪いし、どうしたものか。・・・綾音たちに相談したいなと思ってね・・・」

頼りにされていると思った綾音は少し機嫌を直した。マックスをチラリと見る。「ふーん、そうなんだ。それなら、いい話があるよ。今朝、ママと話したら、今度の土曜、おばあちゃんの家に行こうって言われたの」「おばあちゃんの家?」「そうよ。うちのおばあちゃん家、水石山の麓なんだ。だから、マックスもママの車で行けば楽に行けちゃうじゃない?」

予想外の話である。ミクロマンの仲間がいない状況な上に、ミクロ・ワイルドザウルスも故障中で頼りにならない。何か良くない事態が起きた場合の事を考えれば、いざとなったら一人でも十分に動けるように、自身のエネルギーを温存しつつ動いた方が得策だろう。苦労せず行けるのなら、便乗させてもらった方が良い。

「そうなのか、それはありがたい!」と、なかば作り笑いのマックスである。

綾音はもう機嫌を直したのか、表情も柔らかくなり、ランドセルを背負うと部屋のドアに向かった。一度振り返り、「これからは勝手にいなくならないでね! あと、向こうに行ったら、あたしのことも基地に連れていくこと! どんなところか見てみたいんだ~! 心配させたお詫び、絶対の約束ね。じゃッ、あたし学校に行くから!!」と告げ、さっさと階下に姿を消してしまったのである。

先日、基地に興味を示していた綾音に「危ないから連れていけない」と言っておいたばかりだ。マックスはしてやられた感を感じていた。

いつの間にかドアの向こう側から辰巳が覗き込んでいる。ずっと話を聞いていたようであった。「あのね、同じこと、ママとパパもよくやってる。大変だねー」

マックスはガクッと首をうなだれさせたのだった。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115155110j:plain

 

――土曜日が訪れた。気温もそこそこ高く、晴れ渡る良い天気だ。子供たちの父親は休日出勤と言うことで同行せず、綾音、辰巳、そして母親からなる三人でのお出かけであった。マックスはと言えば、なかばポンコツと化しているミクロ・ワイルドザウルスと共に、綾音のお気に入りのピンクのリュックサックに入れてもらって同行。無論、母親はそのことは知らない。

マックスが聞いた話によると、おばあちゃんと言うのは母方の祖母で、名は里子(さとこ)。夫に先立たれた70歳、年金暮らしのひとり者。趣味の手芸サークルやカラオケサークルの活動と、自宅の敷地内にある大きな畑で育てた野菜を磐城家や親戚の家におすそ分けするのを生きがいにしている元気者のおばあちゃんとのことであった。

磐城家から約40分程かかるところにある祖母宅は、まさしく水石山の麓にあった。北東にひたすら延びる特に何もない山道の国道49号線を走り続けると、途中に長いトンネルがある。オレンジ色の照明に照らされたその穴を抜けると、道なりに見えてくる古い家々があるのだが、そこの一軒が里子宅であった。

真っ黒い瓦の屋根に漆喰の壁で作られている旧家で、それなりの広さを持っている。家のすぐ裏手には里子自慢の畑、周囲にはまばらな木々に何もない原っぱ、49線の脇を流れる好間川につながる小川もあり、付近一帯は時折遊びに来る綾音と辰巳のよい遊び場にもなっていた。庭には今も使われている井戸もあるし、綾音は訪ねてくるたびに、こんな古びた田舎の風景が今もなくならずに存在し続けているのは本当に凄いことだよなあと感心するばかりであった。

昭和の作りの古い旧家には似合わない、後付けで作られた茶色のポリカ波板が屋根に張られた車庫があるのだが、磐城家の車はそこにゆっくり入ると停止したのだった。

「綾音ちゃんに、辰巳ちゃん、よく来たねー!」

玄関土間の大きなガラス張りの横開き扉を開けると、待ちかねていた祖母がすぐに出迎えに来た。今の70歳は若い。里子もおばあちゃんと言うほど老けては見えず、まだまだおばちゃんと言った肌つやで、ユニクロで買ったトレーナーにジーパン姿である。

「こんちゃー!」靴を脱ぎ捨てて先に辰巳が上がりこむ。綾音は、祖母に頼まれてスーパーで買ってきたたくさんの冷凍食品や日用品を母親と共に玄関まで運び始めた。

玄関と車を往復すること3回目の時、綾音は玄関に置いていた自分のリュックサックのチャックが開いていることに気が付いた。「あれ?」中を覗き込むと、マックスとミクロ・ワイルドザウルスの姿がない。

 

「ねーねー、おばあちゃん、これなんでしょー⁈」やってきた娘一家の為に座布団を押し入れから出している祖母に、辰巳は両手に持っていたものを差し出して見せた。姉のリュックサックから持ち出してきたマックスとミクロ・ワイルドザウルスである。

「なんだろねー? わかった、パパに新しく買ってもらったオモチャだ⁈」孫の可愛い笑顔に里子も満面の笑みで答える。「ブー、はずれです! これはボクの新しい友達のマック! この車は空飛ぶ車で、ジャイアンを3つもやっつけたの! マックは宇宙ヒーローなんだ。でもね、ママとパパには秘密にしなきゃなんないんだ~!」

こともあろうに辰巳はマックスのことを祖母に紹介、詳しい事情を説明し始めたのだ。辰巳は姉に、マックスのことを両親には絶対に言うなとくぎを刺されていた。でも、秘密にしているのは心がくすぐったい感じでウズウズするし、誰かに話したくてしょうがなかったのである。両親に伝えてはだめ? なら、他の人には良いはずだと、幼児なりに考え解釈した結果の行動であった。彼はここに来る前から祖母にミクロマンのすごい秘密を教えることを密かに計画していたのである。

 

4歳になる辰巳は最近、自分が思っていることを周囲にもわかる言葉で表現し、それなりに伝えられるようになってきていた。気持ちや頭に思い描く物事をなんと言い表すのか分からず、癇癪を起こす程、もどかしい思いをすることもまだまだありはしたが、今回の祖母への説明の仕方は、自分でもかなり満足のいくものであった。

大好きな“マクドナルド”をうまく言えない時、気を使ってくれた姉がそっと「“マック”って縮めて言ってもいいんだよ」と教えてくれたことがある。これまでマックスの“ス”の部分がうまく発音できなかったのだが、マクドナルドを縮めて言っても相手は分かるものなのだ。だから、同じ言葉だがマックスのことも“マック”で通じるはずである。戦闘車両の名前は長くて忘れてしまったが、空を飛べると聞いたから“空飛ぶ車”と言ったわけだし、悪者のロボットはジャイアントなんとか・・・TVで観てるドラえもんのいじめっ子と名前が似てた。悪者という共通した立場にもあるわけだから、“ジャイアン”の呼び名で教えても差し支えないだろう。彼は諸々そう考えたのである。

祖母の里子は、可愛い孫が一生懸命にTVアニメの商品である玩具の話をしてくれている、少し見ないうちにまた色々と話すようになってきたと頬を緩ませながら、「そうなんだ、すごいね。正義の味方だから、悪いやつは皆やっつけちゃうんだね」と、辰巳の頭を撫でたのであった。うなずく祖母の笑顔を見て、ちゃんと伝わった! と、辰巳は大満足だ。

 

おそらく辰巳が勝手に持ち出したに違いないと、弟の声がする茶の間の前まで来ていた綾音は襖の陰から様子を窺っていた。我が弟の発言にヒヤヒヤし、飛び出そうとも考えたが、祖母が勘違いして聞いていることをすぐに察し、ホッと胸を撫で下ろしたのであった。

マックスはオモチャのふりをするのがうまく、事情を知らない人間がいるところでは10㎝の宇宙船クルー風のフィギュアに成りすまし一切動かなくなった。どうやっているのか綾音も知らないが、その頭部も銀メッキしたような銀色に変え、スーツもオモチャっぽい質感に変化させるのだ。

磐城家で両親が突然、子供部屋に現れた時もそうだったが、祖母の前でも彼はずっとオモチャのふりをし続けていたのである。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115155137j:plain

(ビックリシタナァ、モウ・・・)

 

〔第2話・廃墟の亡霊<後編>に、つづく〕