ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第2話・廃墟の亡霊<後編>

f:id:iwakidnd5master:20220115233320j:plain

 

午前中の一時間、綾音と辰巳は近辺の自然の中で大いに遊んだ。お昼時になると祖母に呼ばれ、皆で昼食をとる。疲れてきていた辰巳は瞼が重く落ち始め、食べ終わると同時に横になり眠り始めてしまったのだった。

これ幸いにと、綾音はマックスとミクロ・ワイルドザウルスをピンクのリュックサックに放り込む。そして「一人で外を探検してくるね」とだけ告げ、祖母の家から飛び出したのであった。ミクロマンの基地に遊びに行きたくとも、幼すぎる辰巳がいてはとてもではないが身動きが取れなくなる。だから綾音はわざと午前中、辰巳がしっかりと疲れてお昼寝できるよう面倒を見ていたのだ。

 

49号線から外れる形ですぐに上へと昇る舗装された山道がある。水石山の頂上へとむけて延びる道だ。その山道の入り口にあたる場所に『水石山』『水石山公園はこちら』と大きな看板がふたつ出ていた。里子の家から本当に目と鼻の先である。綾音は横断歩道を渡り看板の目の前まで来ると、意気揚々とマックスに尋ねたのだった。「基地の入り口ってどこ?」いつの間にか彼女の右肩に移っていたマックスが上を指さす。「頂上の一歩手前、といった位置かな」

改めて高くそびえる山を見て、綾音は急に気持ちが萎える気がした。蛇のように曲がりくねった山道を、舗装されてるとはいえ、子供の足で頂上付近まで登っていくには相当の労力が必要とされる。いや、そもそも頑張ったとして、何時間かかるか分かったものではない。

「こりゃ、どうしたものですかねぇ・・・?」綾音は自嘲気味の苦笑いが出てきてしまう。「でも、あたし、是非とも中を見学してみたいの。頑張る!」宇宙人の基地を見せてもらえるなんて二度とめぐって来ない貴重なチャンスである。少女はどうしてもこの機会を逃すつもりはなかった。

やれやれとマックスは肩をすくめる。「綾音、君には色々と世話になっているから、望みを聞いて今回は連れて行ってあげる。けど、約束してくれよ。勝手な行動には出ないこと、危ないことはしないこと、僕の言うことをちゃんと聞くこと」綾音はウンウンと何度も首を縦に振った。マックスはあたりを見回す。「子供の足ではとてもではないけど上まで歩いていくのは無理だ。別の方法がある。ほんの少し登ればひと気もなさそうだし、ちょっと歩いたら物陰に隠れてくれないか?」

山に入ると観光客もおらず、あたりは静まり返っている。車が行き交う本道は木々に隠れて見えなくなるし、真昼間で晴天ではあるものの、ちょっと寂しい感じがした。綾音は枯れた高い草むらの陰に隠れた。マックスに指示され、リュックサックからミクロ・ワイルドザウルスを出し、彼と共に地面に降ろす。

「ちょっと最初はビックリするかもしれないが、人体には何も害はないから大丈夫だ」「なんの話?」「君をミクロ化する」「ん?」マックスが何やら己の両手を胸の前でガッシリと組み合わせると、突如として彼の全身からひと筋の閃光が発せられた。綾音の体にその光が照射されると、綾音の全身も光り輝きだす。時間にしてほんの一瞬の出来事だったのだが、次の瞬間、信じられないことにものすごい勢いで綾音の体が縮み始めたのであった。頭も、髪も、胴体も、手足も、衣服も、スニーカーも、長い髪を止めている水玉ボールの飾りがついているゴムバンドも。お気にのピンク・リュックサックも同様であった。

ミクロマンの持つ超パワーのひとつである、生物や物体を縮小させることができるミクロブレスト光線と呼ばれる能力だった。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115233412j:plain

 

「いやぁ、楽ちん楽ちん。これなら余裕で山頂まですぐ行けちゃいますね~!」マックスの運転するミクロ・ワイルドザウルスは、深い木々以外なにも見えない曲がりくねった道路を頂上へ向けどんどん進んでいく。マックスのミクロ化光線により、ミクロマンサイズまで体を縮小された綾音はいま、操縦席の裏のスペースに立ち、背もたれにつかまってはしゃいでいたのだった。

正直なところ、驚いたのは完全にマックスの方であった。縮小したこの少女は驚くどころかその状況をすぐさま理解、すんなり受け止め、怖がるどころか逆に大喜びし、マックスに何度も握手をしてきたのだ。

「同じ大きさになると、マックスはちゃんと大人の人に見えるんだねぇ。これさ、あたしのことも小さくして、一緒に車に乗って行こうってことなんでしょ? それに考えてみれば、大きなままだったらあたし、ミクロな基地には入れないもんね⁈ OK! OK! ありがとさん! さっそく出発進行~!!」こんな調子で、綾音が先にミクロ・ワイルドザウルスに乗り込んでしまう始末であった。

運転しながらマックスは「なんて不思議な子供なんだろう」と思っていた。一番最初に会ったあの時も、弟の辰巳のように恐れることもなく、すんなりと彼のことを少女は受け入れてくれた。綾音のそのふたつの瞳は、その時その時に目の前で起きている事象の意味合いや真理をも、瞬時に読み解き受け入れられるような透明で澄んだ色合いを示している気がする・・・。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115233443j:plain

 

――山頂よりやや手前に来ると、深い森の中にわざと道を外れ、獣道と思わしき場所を突き進み始めるベージュ色の戦闘車両。もし、人が入って行くとしたらそれなりの山登りの経験と装備、度胸がなければ進んでいけないような険しい道である。故障個所は多いとはいえ、ミクロマン技術で作られているミクロ・ワイルドザウルスは困難な悪路をものともせず、揺れも少ない快適な乗り心地で走り続けた。

山の木々は、葉っぱが枯れて散っているものも多く、沢山の枯れ葉が地面を覆っていた。ミクロ・ワイルドザウルスが走っていく痕跡は完全に消される。正直、綾音はどこをどのようにして進んでいるのか分からなかったのだが、どれぐらい進んだことだろう。木々の間に何もない空が見え始め、ゴツゴツとした岩が地面から突き出ている一角にいつしかたどり着いたのだった。

「ここだ。たくさんある出入口のうちで、まだ外と内側が行き来できていた出入り口。僕が10年前に、最後に出たマシーン発進口だ・・・」何層か重なった岩棚があり、それが崖となって空に突き出している。一か所に大きめの割れ目(と言っても普通の人間が潜り込めるような大きさはない)がある。マックスはミクロ・ワイルドザウルスをうまく岩棚に乗り移らせると、崖ぎりぎりを進み、割れ目の手前まで前進させた。ひと呼吸置くように一旦停止させ、奥の気配を窺い、おかしな感じがしないことを確かめてから、マックスは再びアクセルを浅く踏み込んだ。

綾音は割れ目に入ってすぐ、外の光が差し込んでほのかに明るいその奥が、人工的に作られた壁や床であることに気が付く。いくつかのラインや数字が大きく床に描かれたり、奥の壁には歪んだ半開きの大きなシャッターがいくつか見えた。例えて言うのならば、ニュース映像で見たことがある、飛行場の格納庫とか、戦艦空母の甲板とか、そういう光景を思わせる作りをしていたのだった。

前進するのをやめたミクロ・ワイルドザウルスのライトが照らす内部は、実にひどい有様であった。マックスと綾音が想像するに、10年前の地震の影響でガタガタに壊れたまま特に補修工事などもされずそのまま放置。長い年月の間、特に誰も訪れず、徐々に雨水が侵入したり、木の根や草が生え、苔むし、枯れた葉っぱが風で運ばれてきて、まさに廃墟と化してしまったようである。

「もしかして、と覚悟はしてきたつもりだが、本当に酷いものだな」マックスが呟いた。

 

綾音に動かず待っているように言い、半開きになっているシャッターのひとつにマックスが入って行った。そこは格納庫の一部だそうで、更にその奥に倉庫があり、ミクロ・ワイルドザウルスを修理するための工具セットや部品、補充する為の弾丸、エネルギーパック等々がないか確かめて来るとのこと。マックスが持つ小型の懐中電灯の明かりが最初の頃こそチラチラと暗い格納庫の中で動いているのが見えていたが、物陰に入ってしまったのか、ついには見えなくなってしまう。

 

綾音は貸してもらったもうひとつの懐中電灯を、車両のライトが照らせない範囲にある暗闇に向けて、つけたり消したりしてみた。意味はない、暇だったのだ。

想像していたのはSF映画に出て来る宇宙ステーション基地であった。確かに以前はそういう景色が広がっていたのだとは思うが、今は見る影もない。基地の様子には少しがっかりではあったが、これはこれでお化け宇宙ステーションという目で見れば、楽しいかもしれない。

そんな風に思い直しながらいた、何度目かの点灯時のこと。「・・・⁈」綾音は息をのんだ。見間違いだろうか? 右奥にある、天井から崩れてきたらしい瓦礫の脇で、何か影のようなものが動いた気がしたのである。つけっぱなしのライトで一点集中、そこをずっと照らし続けてみたが、怪しいものは何も見えなかった。10年前、たくさんのミクロマン隊員が大けがをしたり死んだと聞かされている。まさか、無念の死を遂げたミクロマンの亡霊が・・・。

「どうしたんだい?」いつの間にか戻ってきていたマックスが急に声をかけてきたので、綾音はそれに対しては飛びあげるほど驚いたのであった。「あの、気のせいかな、何かいたような気がしたの」マックスは視線だけを、綾音がライトを照らす方向に向け、気配を探る。しかし、物音ひとつしないし、何も見えず何も感じなかった。「なんだろうね?」マックスは万が一を考え、意識を全方向に向けつつ動くことにしたのだった。

 

「かろうじて動くコンピュータがあったので確認したが、他の区画もすべて何も動いていないようだ。と言うか、もう基地すべてが“死んでる”。見ての通り、おそらく10年前の出来事以降、放棄されたと見て間違いない。ただ、最後に一度、仲間がやってきて詳細を確認していった痕跡がある」「そうなんだね。必要なものは残っていた?」「ああ、ありがたいことに、修理道具類はバッチリ見つけたよ。それで、更に良いものが残っていることにも気が付いたんだ。おいで、中は安全そうだし、見せてあげるよ」

 

マックスの案内で綾音は格納庫に入って行った。外の光が届かない空間を、ふたりの懐中電灯が照らし出す。高い天井をしており、巨大ロボットの整備を行う為の鉄筋の骨組みがあり、クレーンもあった。

「ここってマシーン格納庫って言うんでしょう? アニメのロボ物で絶対に出て来るもん、こういうところ。で、マックスが乗ってたロボットマンっていうのはどこ?」マックスが残念そうに言う。「ロボットマンは持っていかれたらしい。壊れていたが、修理すればまだ使えるだろうし、回収されたんだろうなあ・・・」綾音はてっきり以前聞かせられていたロボットが残っているのだと思っていた。カッコイイ巨大ロボが見れるかもと、それも楽しみにしていたのだが。重ね重ね非常に残念である。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115233535j:plain

 

「見つけた、と言うか、あることに気が付いたのはこっちなんだ」マックスは格納庫の隅にある小さな小屋のような場所に歩みを進めた。それは奇妙な小屋だった。形は横から見ると六角形をしている。天井がなく、出入口に当たるだろう左右両サイドの壁も空洞になっていた。前と後ろには壁があるが、そこは大型のディスプレイパネルやら何かの計器らしいパネル、いくつものスイッチ等がたくさん並んでいる。スペースは狭いが、4つの座り心地がよさそうなシートと、マックスの入っていた棺のようなカプセルが床に設置されていた。外側には何本もの太いコードやパイプのようなものが出ており、格納庫の壁のソケットのような物に繋がっている。

「これは“指令基地”と言う。本来、単独で動かせられるモジュールなんだけど、このIwaki基地が作られた時に、格納庫の管理システムとして使うために流用・設置されたものなんだ」マックスの説明に、綾音はチンプンカンプンだと抗議した。「簡単に言うと、この小屋はちょっとした乗り物で、小型の基地にもなる施設ってことだよ」

 

f:id:iwakidnd5master:20220115233621j:plain

f:id:iwakidnd5master:20220115233638j:plain

f:id:iwakidnd5master:20220115233654j:plain

 

ふたりは中を覗き込む。「メインスイッチはこれだ」マックスがパネルの一部を操作すると、いきなりノートパソコンの起動音のようなものが鳴り、ディスプレイやパネル、いくつもある小さなランプが次々に輝きだした。まさしくそれは秘密基地の光景である。

「すごい! あたしが見たかったのはこういうのよ! 超感動―!」綾音は興奮し、手を叩いて喜ぶ。

「これも地震アクロイヤー襲撃のせいで、故障個所がいくつもあるようだ。飛行機能も修理しなきゃ使えそうにない。ただ、それほど酷いわけではないので、直せば十分使えるようになるはず。この指令基地も含めて持って帰ろうと思うんだ」

 

そこまで話した時、ふと綾音は格納庫の出入口の方に気配を感じ振り返った。誰か、こちらを見てる。いや、見てた気がする。

「・・・どうした、綾音?」マックスに返事をしないまま、綾音は薄暗い出入口をじっと見続けた。「また、誰かいた気がするの。けど、もういないかも」マックスの、戦士としての危険感知能力はまったく何も感じていなかった。綾音が感じた気配は気のせいだろうか? それとも綾音は不思議な直観力でもあるのだろうか?

「でも・・・悪い感じはしない。大丈夫、そんな気がする・・・」謎の気配の正体がどうあれ、そういう物の言い方をする綾音のことも、マックスは不思議に思えずにはいられなくなった。どこにでもいるような人間の少女と思っていたのだが、どこか不可思議な面を秘めている、そう思えずにはいられなくなったのである。

 

祖母の家を出て1時間以上が経過している。母親が心配しだすだろうから連絡をした方が良いと綾音は思い、マックスと共に外に出て、スマホから電話をすることにした。「どこにいるの? 寒くなってきてるようだし、もうそろそろ帰ってきなさいよ」「うん、わかった」綾音はすこぶる何事もないようにすまして答える。

「ミクロ・ワイルドザウルスは、エネルギーパックを交換すればひとまず動き続けられるはずだから、牽引ビームで指令基地を牽引させる。綾音のお母さんが心配してるし、急いで下まで行き、綾音を元の大きさに戻すので、そうしたら車、基地、他諸々をリュックサックに入れて運んでほしいんだ」マックスはそう言い残し、戻る準備を始めるため急いで格納庫に戻っていった。

 

誰か見ていたのは気のせいだろうか?

やはりミクロマンの亡霊だったのだろうか?

確かに綾音は不思議な視線を感じた。間違いない。ただ、それには“怖い”とか“嫌な”とか、そういう感じはしなかったように思う。“悪意”はない気がしたのだ。

 

綾音の頭上。高く遠い上空に、一羽の青い鳥が旋回して飛んでいた。綾音は気がついていない。それがメカニックの鳥であることを。

 

f:id:iwakidnd5master:20220115233735j:plain

 

〔つづく〕