第3話・神隠しがやってくる<後編>
――週の終わりが近付いてきている。綾音たちのクラスはいま、校庭でドッジボールを行っていた。金曜日の今日、4時間目は体育の授業であった。
運動が得意な綾音はドッジボールが大好きで、いつも張り切って相手チームにボールをぶつけていたが、その日はいまいち気持ちが乗れずにいた。動きも鈍く、あっという間に敵にボールを当てられてしまい、外野にさせられてしまう。気持ちが乗らない理由は、奈月の身を襲った不思議な出来事が頭から離れずにいたせいだった。
全然知らない別の子だったら違ったかも知れない。それが友達ではないにしても、顔を知っている子で、しかも記憶がない彼女が取っていた行動の一部分を目撃してしまっていたのである。知ってはいけない秘密を覗き込んでしまい、得体の知れない出来事に自分自身も関わってしまった・・・という怖さがあった。
なんだか下手にこの事実を人に話してはいけない気がしたので、陽斗の相談LINEに対する返信も、『気にしないように言って、あとはいつも通りに接してあげればいいよ。その方が相手も気が楽になると思う』とだけ答えて済ませておいたものである。
その後、他の誰にも、今のところ何も教えてはいない。
「磐城さん?!」クラスメートの呼ぶ声に、綾音はハッと我にかえった。やや右斜め上をオレンジ色のボールが通り過ぎ、低い緑色のフェンスを飛び越えて行く。無意識のうちに考え込んでしまい、仲間がパスしたのに気付けなかったのだ。ボールはフェンスの向こうの地面に落ちると大きくバウンドし、勢いよく転がっていってしまった。
「ごめん、すぐ取ってくる!」綾音はフェンスの出入り口から、校庭を取り囲んでいる林の中へと走る。綾音の通う小学校は、小高い丘の上、木々に囲まれた場所にある。林はそんなに深いわけではなく、木々がまばらに生えている程度だ。そんなに離れていない一本の木の根元にボールは転がって行きぶつかるとその動きを止めたのだった。
「あの子は無事に帰ってきたんだし、問題ない。気にしない、気にしない・・・」自分に言い聞かせながら走る綾音。到着すると、ボールをすぐ拾う。
振り返って戻ろうとした時、綾音はもう少し先に行った場所、ちょっと見た目、気持ちが悪い枯れ木が鬱蒼としているところに目が留まったのだった。木の枝に黒い生き物がいたのだ。一瞬、カラスかと思ったが、枝に逆さにぶら下がっているところからして、おそらくコウモリであろう。距離があるのでよく見えないが、間違いない。
生のコウモリを見かけるのは珍しく、観察したいと思ったが、綾音はいま体育の授業中だ。大人しくクラスメートのいる場所へと引き返すことにする。クラスメートの女子数人がフェンスのところで手招きをしていた。
綾音が偶然目撃したコウモリは羽を広げると、急に枯れ木から飛びだった。何か危険を察知した風である。コウモリを追いかけるように、木々の隙間をぬってふたつの物体が現れ、その後をすぐ追いかけ飛んで行く。ひとつは緑色の物体、ひとつは紫色の物体だった。遠くから見たら、鳥らしきものがコウモリを追いかけていった様に見えたことだろう。
しかし、実際は違う。緑色の物体はバイクのような形状をしており青い人影が、紫色の物体は飛行機のような形状をしていて赤い人影が、それぞれ乗っていたのだ。大きさはと言えば、物体は15㎝程、人影は10㎝程しかない小人サイズであった。
――学校が休みである、土曜日の夜。綾音は悪夢を見た。
深く暗い山の中に奈月がいる。目がうつろで、意識がもうろうとしている様子だ。彼女の前に一匹のコウモリが羽ばたき、どこかへと導き連れて行こうとしている。「行っちゃだめだよ!」声を掛けるが、彼女の耳には届かない。いつしか少女の足元を取り囲むように、仄かにボウッと青白く光るシャレコウベの形をした小さな人魂がいくつも現れ、まるでやぐらの周りで盆踊りを踊るようにゆっくりと回り出した。夢の中の綾音が、奈月の向こう側に気配を感じ、目をやると、真っ黒い影だけの悪魔のような姿をした何かがおり、真っ赤な両目ばかりをギョロギョロさせて奈月を舐め回すように見ているのを知った。
あの悪魔は・・・“女だ!”と、綾音は直感した。女悪魔の影の両手が伸び、奈月に触れようとした次の瞬間、綾音は恐怖におののいて悪夢から目を覚ましたのである。
――翌週のピアノ教室の日。綾音はある決心をして我が家を出た。その決心とは、帰り道、山の神社を確かめに行くというものである。奈月の意識がなかった間のことを気に病み、悪夢にまで見てしまうような、どこかモヤモヤとした気持ちが拭えない自分を少しでも平常心に戻すには、己が唯一関わり合った“目撃が起きた場所”を調べに行けば気が晴れるきっかけになるに違いないと想像したのだ。変な話だが、行ったところで何もないだろうし、何も分からないはずだ。分かりきっていることであるのだが、それを敢えて行い、調べようにもそれ以上のことは何も出来ないと完全に実感さえできてしまえば、気に掛けることにも諦めがつくような気がしたのである。
あの時、奈月が目指していたのは階段上のお社のはず。そこに訪れてみるのだ・・・。
ピアノ教室に行くついで、でもある。本当はまだ明るいうち、行く時に回ろうかとも思ったが、教室に間に合わなくなってもまずいので、帰り道に寄ることにしたのであった。
いつものようにピアノ教室の生徒の順番は、奈月の方が先であった。入れ違いに出ていく彼女の様子は元気そうで特に問題なさそうに見える。その姿を見て、綾音は少し安堵した。
1時間後の黄昏時。夕暮れに染まる山道のてっぺん、神社の入り口に綾音は押してきた自転車を止めた。周囲には人っ子一人いないし、車の往来もない。入口にあたる石造りの鳥居の周囲一帯を含め、階段の両側は木々が鬱蒼と生い茂っている。下から覗き込むと、いつもと変わらず、苔むした石造りの暗い階段が上まで伸びている不気味な様相の空間があった。
正直、怖い気持ちはあった。が、「あたしは行きますよ、一度決めたからには! よっしゃ!」綾音は自分で自分に活を入れると、意を決し階段を上り始めたのである。昔あった東日本大震災の影響が少なからず残っており、階段の段差を構成している石段には一部、がたつきのズレはあったが、問題なく上れた。
結構な段数を上りきったそこには、狭い境内がある。きちんとした小さなお社が建っているが、苔むしており、かなり時代を感じさせるものだ。聞いた話だと、この周辺の祭事などで時たま利用されることがあるそうなのだが、それ以外はほぼ誰も訪れない、本当にさびれた場所であった。
グルっと狭い境内を見回す。お社以外、何もない。周りは深い木々や雑草が生えているだけ。他に道もない。夕方と言うこともあるが、そもそも空や太陽の光をそれほど受けられない立地条件なので、とても薄暗かった。ひっそりと静まり返っており、物音も、何もしない・・・。
冬の冷たい風がヒュウと一度だけ吹き、綾音は寒くて身震いした。周囲の木の葉や雑草も軽くザワザワと揺れる。そして、また静けさが戻ったのだった。
「やっぱさ、何もないよね。“神隠しがやってくる”の噂がどうあれ、奈月ちゃんのことはやっぱ気のせいとか、ストレスから来る心の病気が原因・・・」そこまで心の中で呟いた綾音は、瞬間的に思考が止まった。左側の雑草が微かにザワと動いたのだ。風が吹いていないのに、である。ゴクリと生唾を飲み込みながら、気のせいか、猫や鳥などの小動物がいるのか、と、確かめる為じっと目を凝らした。
「なんか・・・いる!」綾音は一本の木の根元、太い幹の陰に何かがいるのを察知した。彼女が持つ鋭い直感が働いたのだ。
「な、なんだぁ⁈」思わず声を上げてしまう。陰にいた何かは見つかったのを知り、諦めた(?)かのように、半分だけ姿を見せた。グレーの、丸っこい何かだった。
太ったネズミかと思ったが、綾音はそれが手のひらほどの頭蓋骨であることを知る。
「ギ・・・ギギッ」頭蓋骨の口が開き、どこか、まるで機械的に思える唸り声が発せられた。「・・・⁈」上の方からも気配を感じ、綾音があちこちに視線を飛ばすと、1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・いくつも同じ形の頭蓋骨が木の枝にとまっているのが見えた。
「⁈ ⁈ ⁈」綾音は、これが何で、今どういう状況なのか、まったく理解できずに、頭の中が真っ白になった。
戸惑う綾音の右肩に、突如としてちょっとした重みがかかった。「ギ・・・ギギッ」耳元で何かが唸る。ドキリとして肩を見ると、こともあろうに頭蓋骨のひとつが乗っかっており、視線が合ったのだ。戦慄が走る――!!
凄まじい勢いで全身の毛が逆立った。「ーッ!!」綾音は声にならない声を絞り出し、慌てて肩の頭蓋骨を左手で勢いよく払いのけた。大きな叫び声を上げようとしたが、実はこういう時ほど人間、声が出せなくなるものなのだ。「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」と、微かにしか喉が鳴らない。
綾音に払われて地面に落ち、ひっくり返った頭蓋骨は体制を立て直すと、再度、綾音に飛び掛かろうとしてきた。「アッ!!」と綾音が両手で身を守ろうとした時、なにか緑色のものがすごい勢いで飛んできて頭蓋骨にぶつかる。不意打ちを食らった頭蓋骨はすっ飛んで行った。
「逃げろ!」太めの男性の声が、綾音に指示した。声は、飛んでいる緑色の物体から聞こえた気がする。
目の端に、今度は紫色の物体が飛んで来て短い閃光をいくつか放つのが見えた。枝の上の頭蓋骨たちが、1体ずつすべてバチンバチンと火花を上げ、「ギーッ」と悲鳴を上げる。
紫色からも、「早くしろ!」と催促する声が聞こえた気がした。
何が何だかさっぱり分からないが、三十六計逃げるに如かず。綾音は振り返らずそこから走り出すと、やってきた階段を急ぎ足で下り出したのであった。
階段を下りきった綾音は心臓が爆発しそうだった。先ほどの恐怖と、自分でも信じられないような早さで階段を駆け下りたせいだ。
急いでここから離れようと、自転車に手を伸ばそうとした時、何かが頭上を旋回して回っているのが見えた。まさか、あのお化け頭蓋骨かと見上げると、それは一匹のコウモリだった。この非常事態に、コウモリにまでまとわりつかれるなんて、なんという厄日なんだろう。眉をしかめ無視しようと決め込んだのだが、予想外にもコウモリが急降下、綾音の目の前に降りてきたのだった。綾音は更なる戦慄を覚える。
目の前のコウモリは、学校の動物図鑑や、Eテレでやってた生き物教室番組で見たものとは、大きくかけ離れた姿かたちをしていた。真っ黒な両翼を広げたその大きさは幅30~40㎝くらい。輪郭だけがコウモリと言うだけで、姿はエイリアンのように奇形でグロテスク。生物のようであり機械的でもあるような、皮膚も皮ではなくプラスティックとか金属のような、とても普通の生き物には思えないコウモリだったのだ。しかも翼には真っ赤な色の、まるで槍上の鋭い武器(?)が、何本もついているではないか!
奇怪なコウモリは綾音の目の前でホバリングし、離れようとしなくなる。綾音はどうしていいのか分からず固まってしまった。
信じられないことに、コウモリの小さな両目が黄色くボンヤリと輝きだし、いつしかボワンボワンと光が強くなったり弱くなったりを繰り返してきた。「尋常ではない、危険だ、逃げろ」自分が自分に警告するが、おかしなことに綾音は体の自由がきかなくなっていた。黄色いふたつの光に吸い込まれるような不思議な感覚が徐々に押し寄せてきて、綾音はいつしか意識が遠のきそうになってくる。
その刹那――「アクロイヤー! 僕が相手をするぞ!!」どこからか、知ってる男性の声が聞こえてきた。あの声は・・・マックスだ!
数日前から綾音の様子がどことなくおかしいことをミクロマン・マックスは感じ取っていた。事情が分からず密かに心配していたのだが、今日は特に胸騒ぎを感じ、念の為に迎えに出たのだ。教えてもらっていた、行き来していると言う山道をミクロ・ワイルドザウルスで走っている途中のこと。綾音のピンチを彼は超能力のテレパシーで感知。修理して使えるようになった反重力ジャンパー装置を作動、空飛ぶ戦闘車両を最大スピードで飛行させ、今まさに駆け付けたのである。
綾音の目の前をホバリングしているコウモリが、アクロイヤーのメカ、アクロモンスター・量産型バンパイザーであることをマックスはすぐさま見抜いた。
以前、彼の仲間マグネパワーズ部隊が戦った強大なパワーを誇る悪のロボット、アクロモンスター。マグネパワーズ部隊の手により葬り去られた後、他のアクロイヤーがオリジナルのデータをもとに新たに量産した物が、世界各地で確認されていた。いま眼前にいる物も、その1体であろう。
オリジナルは別の惑星において特殊な素材と手法で作られたらしく、それを完全再現することは地球上では100%不可能であったようで、姿かたちはそっくりだが、量産型は性能が劣悪レベルのまがい物、粗悪コピー品であった。すべてにおいて量産型はオリジナルの足元にも及ばないものだったのである。勿論、ミクロマンにとって脅威の存在のひとつであることに変わりはなかったが。
マックスはミクロ・ガトリング砲を発射、ミクロ弾丸をバンパイザーに撃ち込む。バンパイザーは何十発と撃ち込まれる凄まじい衝撃にひるみ、一度地面に落っこちると、羽をばたつかせて再び飛び上がった。
間髪入れず、マックスが空飛ぶ戦闘車両を敵に突っ込ませ、スパイクホイール攻撃を繰り出すと、コウモリの黒い翼の一部が切り裂かれた。「ギャ、ギャー!」と悲鳴のようなものを上げ、バンパイザーはコントロールを失い、クルクルと回りながら落下、地面に激しく激突する。
「ギャー、ギャー、ギャー!」バンパイザーは狂ったように両翼をばたつかせ、無理矢理みたび宙に舞いがった。両翼の真っ赤な槍上の武器が動き、マックスの方に向けられようとする。それを見て、マックスはミクロ・ワイルドザウルスを空中で制止させ、ボディの上に立ち上がった。そして腰のスパイマジシャン・ステッキを手にし、目の前で構える。彼が念じると、右手に握るステッキと、左腕のリングが眩しく銀色に輝きだした。
「バンパイザー、この力、受けてみろッ!!」ステッキとリングの輝きがマックスの全身に広がる。「光子パワー全、開!! フォトン・マジシャン・ブレイクッ!!」彼は飛び上がると、弾丸のような凄まじいスピードでバンパイザーのもとへと飛んで行き、強烈なキックをお見舞いした。
ミクロマンの超・運動能力に、彼らのエネルギーのもとである光子の力を解放、そして更に超・超能力ともいうべきスパイマジシャンの特殊武装パワーがすべて組み合わされた、通常の何十倍ものパワーを誇る強烈なハイパーキックである。相当のエネルギーを消耗する、いわばマックスの必殺攻撃技であった。
バンパイザーは目で追えないほどの勢いで吹っ飛び、石造りの鳥居に激突、一部砕けた石材の欠片と共に地面に落ちて山道のわだちをボールのようにゴロゴロと転げまわっていき、マックスや綾音がいるところから離れた場所で、全身から火花を散らし始めた。
そして、ついには打ち上げ花火のような音を出して、爆散したのである。
「マックス、助けに来てくれたんだね、ありがとう!」綾音はミクロ・ワイルドザウルスと共に地面に降り立ったマックスの傍に駆け寄り、両ひざをついた。「怪我はないかい⁈」心配するマックスに親指を立ててみせる綾音。「最近、元気がなかったし、気にしてたんだ。特に今日は胸騒ぎもしてね、迎えに来てみて正解だったよ」マックスもホッとした顔をする。
「あれが、アクロイヤーなんでしょう?」成り行きを見守っていた綾音は察していたのだった。「今のはやつらの操る、バンパイザーというコウモリ型ロボットさ」
二人がそんな風に話していると、ヒューンと風を切るような微かな音がして、ミクロ・ワイルドザウルスの両隣に、緑色のバイクのような形状をしたものと、紫色の飛行機のような姿をしたものが降り立った。緑色の乗り物にはブルーとホワイトのツートンカラー、紫色の乗り物にはレッドとホワイトのツートンカラーをした、それぞれマックスとそっくりのスーツを身に着けた身長10㎝の小人たちが乗っている。
「誰が戦っているのか、と思えば! 生きていると、信じていた。ようやく、再会できた」赤スーツの無表情な男性がぼそぼそとした口調で降りてくる。「メイスン!」マックスが笑顔になり、赤スーツの男性に右手を上げた。
「いやぁ、皆さん、お勤めご苦労さん、ご苦労さん。上のアクロイヤーのメカロボどもは片っ端から叩きのめしてやったぜ! ガハハハッ!」青スーツがひょいっと乗り物から飛び降り、豪快に笑いながら大股でマックスの方に歩み寄った。先程から軽いほほ笑みでマックスと赤スーツの人物のやりとりを見ていたのに、まるで今初めて気が付きましたよ、とばかりに「ありゃりゃ、おいおい、こりゃマックスのダンナじゃねぇか! お久! 元気そうで何よりだぜ⁈」と口にし、満面の笑みになってみせる。
「マイケルも、元気そうだ!」青スーツの人物へとマックスが見せている嬉しそうな笑みを見て、綾音は彼が心の底から本当に喜んでいるのだと強く感じ取ったのであった。
マイケルと呼ばれた青スーツの人物の話からして、神社にいたのはお化けの類ではなく、アクロイヤーの手先だったのか・・・とも綾音は納得する。
「マックス、この人たちもミクロマンなんでしょう?」綾音の問いに、マックスは目の前に両手を広げた。「そう、メイスンとマイケルだ。僕が所属しているM12Xチームの仲間であり、Iwaki基地のミクロマン隊員さ。二人とも、この子は僕の新しい友人の、綾音、だ」マックスが綾音に説明、次に仲間たちを見ると、メイスンとマイケルは綾音に軽く敬礼をしてみせてきたのだった。
「マックスの友人なら、俺たちの友人でもある。ヨロシクな、綾音!」豪快なマイケルの言葉に、「その通りだ、宜しく、頼む」と無表情なメイスンがぼそりと続いたのであった。
〔つづく〕