ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第3話・神隠しがやってくる<前編>

『通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細通じゃ

天神さまの 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ』

 

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――綾音は夕暮れの緩やかな上り坂を、自転車を押しながら歩いていた。放課後、自転車に乗って通っているピアノ教室からの帰り道である。磐城家から教室まで自転車で片道20分。町はずれにあるピアノ教室までの行き来は、人家らしい人家もない田畑のあぜ道や山道を進んでいくものであった。舗装されていない、車のわだちが出来ているような道だ。町中を走っていくコースもあったが、そちらだとどうしても30分以上かかってしまうことから、彼女はいつも近道であるこの田舎道を選んでいた。

うっそうと木々が生い茂るその山道の中間地点、登りきったところに小さな無人の神社があった。境内まで続く苔むした石造りの高い階段を覗き込むと、深い山の中ということから昼間でも薄暗く、とても怖くてひとりでは行けないような雰囲気を醸し出している。綾音は道程の中で、どうしてもここだけが好きになれずにいた。

以前、友人たちと肝試しゴッコと称して一度だけ登って行ったことがある。境内は薄暗い小さな広場になっており、無人の小さなお社があるだけ。怖くて皆でくっついて固まっていたところ、いきなりカラスがギャーギャーと喚いて飛びだったのに驚き逃げ帰ったのだが、行ったのは後にも先にもその一度きりであった。

 

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薄暗くなりつつある中、神社の階段下にある石造りの鳥居が視界に入ってきた時、無意識のうちに綾音は“通りゃんせ”を口ずさみ始めていた。どうしてだか自分でもわからなかったが、おそらく『帰りはこわい』のフレーズが今の状況にピッタリ合っていたからだろう。

わざわざ階段の暗がりを見上げながら横切るのも嫌だったので、行きも帰りもわざと視線を前方に集中して通り過ぎてしまうのを自分の中での決まり事としていた。今日もそのつもりであった。でも、いつもと状況が違ったことから、綾音は上を見上げてしまう。どうしてかと言えば、階段を上っていく足音が耳に入ってきたからであった。

長い階段の途中に、自分と同い年くらいの少女がいた。ゆっくりと階段を上っている。その後ろ姿には見覚えがあった。自分より先の時間帯にピアノ教室に来ていた子だ。綾音は出てきた彼女と入れ違いで教室に入った。隣の学校に通っている、学年が同じ、確か名前は奈月ちゃん。学校の行事で交流学習と言うものがあり、ちょっと前に彼女の学校と自分の学校が合同で授業を行ったことがある。その時、少しだけ話したことがあった。

「なんで一人きりで、あんな怖そうな場所に行くんだろう? 物好きなのかな?」奇妙に感じたが、それほど親しくもない人間に声をかけ、何をしているのかと質問するのもおかしい。綾音は気にはなったが、そのまま帰宅したのであった。

 

――水石山のミクロマンIwaki基地を訪れてから、一週間以上が過ぎていた。マックスはあの日以降、毎日、綾音の部屋にて一人黙々とメカの修理にいそしんでいる。

二日前、ようやくミクロ・ワイルドザウルスのおおよその修理を終えた。彼はメカニックマンではなかったが、各機能の基本的な部分だけは、なんとか使えるまでに戻せたものだ。何か非常事態が起きたら、自分一人で戦わなくてはならない。そう考え、ミクロマシンを優先して修理したのである。

間髪入れず、昨日からは指令基地にも取り掛かっていた。誰とも連絡が取れない以上、仲間がいる他の基地に行くしかない。かなり遠いが富士山麓にあるミクロマン本部が一番良い気がした。となると長時間の移動を行う必要が出て来る。指令基地は元々、飛行して移動することを想定して作られていた。故障していても、その損害は軽度だ。修理さえ済んでしまえば、整備が完璧ではない戦闘車両よりも遥かにその飛行機能について信頼できることだろう。なので、基地も出来る限り修理する必要があったわけである。

子供たちからは「車が終わったばっかりなんだし、少し休んでから続きをやったら?」と言われたが、黙って休んでいると感傷にふけってしまいそうだったので、わざと自分を忙しく働かせていたのであった。

 

綾音はこの間のミクロ化体験以来、ミクロ化することを楽しみにしてしまったようで、度々マックスにミクロブレスト光線をおねだりする様になってしまっていた。姉の話を聞かせられた辰巳も同様である。

「遊びで行うものではない」と説明したが、「だったら修理を手伝うから、お願い! さすがに一人では大変でしょう?」と押し切られてしまったものだ。確かに、てこは無いよりはあった方が良いと思えた。「では、夕ご飯を食べた後、両親がお風呂に入れと声をかける前までだからね」という約束で、ついにミクロ化を承諾したものである。ミクロブレスト光線の使用で彼が消費してしまうエネルギー問題は確かにあったのだが、今のところ毎日きちんとカプセルで休めている。さほど気にしなくとも良いだろうとマックスは勘案したのだった。

 

この日、綾音がピアノ教室から帰宅した後、姉弟の希望でマックスはふたりをミクロ化した。最初こそ、工具を手渡してくれるとか、交換用の部品や資材を運ぶのを手伝ってくれていたが、そのうちふたりは指令基地で正義の味方ごっこをして遊び始めてしまう。「やれやれ」とマックスは苦笑いである。

「隊長、アクロイヤー発見!」シートに座る辰巳が真っ暗なディスプレイを見ながら、隣の綾音に敬礼をする。「辰巳隊員、了解です!」司令官気取りの綾音も辰巳に敬礼をした。「指令基地、戦闘態勢を取れ! 敵を迎え撃つのだ!」綾音がそれっぽいセリフを口にすると、子供達は目の前のパネル下に並ぶボタンをひとつ、ふたつ、適当に押した。メインスイッチは入っていないし、乱暴に扱わないなら触っても構わないとマックスに言われていたのだ。

 

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次の修理工程に取り掛かろうと、マックスが工具箱を覗き込み道具を手にした瞬間、背後にある指令基地から突如、起動する音が響いてきた。驚き振り返ると、指令基地の折りたたまれていた各部分が展開、内側からミサイル砲などの武器がせり出し、戦闘態勢を取り出す。

驚いたのはマックスだけではない。子供達もであった。慌てて二人は基地内から飛び出し、マックスに駆け寄った。「急に動いてビックリしたー。ボク、なんもやってないよー」辰巳がマックスの脚にしがみつく。

驚く三人の目の前で指令基地の出す作動音がやみ、動きが止まった。電源が切れ、完全に沈黙したのだ。

マックスはメインスイッチを押し基地を再起動させる。メインパネル下のキーボードを叩き、システムをチェックしたが、異常はない。もともとの故障個所も同じままだし、それ以上におかしなところは確認できなかった。起動させるには子供達には教えていないパスワードも必要だし、勝手に動いて勝手に止まったと言うことは、おそらく誤作動であろう。

「故障中だから、ちょっとおかしな動きをしてしまったみたいだ。もとから安全装置もついてるから、動き出したとしてもこれ以上は何も起こらないし、大丈夫だよ。驚かせてしまったようだね、今日はもうこの辺にしておこう」

子供たちは胸をなでおろすと、マックスの提案に素直に従ったのであった。

「こちらさんも早いところ修理を完了しないと、な。・・・なぁ、指令基地さん」マックスは指令基地を軽くポンポンと叩いた。

 

――翌日、綾音が学校から帰宅し、ひとり1階の茶の間でおやつを食べていたところ、彼女のスマホにLINEメッセージが届いた。相手は、この前、交流学習で同じ班になった別の学校――ピアノ教室の奈月と同じ学校――の男子だ。やたらと話しかけてきて、最後にLINE友になって欲しいと頼んできた、陽斗(はると)という少年である。

 陽斗『いまひま?』

 綾音『うん』

 陽斗『ちょっとヤバい話です』

 綾音『怖いんだけど。どういう系?』

 陽斗『怖い話系。綾音さん、“神隠しがやってくる”話、知ってる?』

 綾音『モチ、噂で知ってるよ』

それは、去年あたりから、いわき市の子供、特に小学生の間でまことしやかに囁かれていた噂話であった。ある日、子供たちが突如として行方不明になる――と言うものだ。都市伝説で良くあるパターンのものに思われるが、ちょっと違う点があった。怖い話だと、忽然と消えてしまい二度と帰ってこないとか、数カ月後にひょっこりと帰ってくるというのがパターンであるが、“いま話題になっている神隠し”とは、2~3時間ほどして戻ってくると言うものだったのである。

短時間すがたが見えなくなったぐらいで大げさな、と思われがちだが、話には続きがあって、神隠し話のセオリー通り、いなくなっていた本人は、自分がその間、どこに行って何をしていたのか思い出せないのである。いつ周囲から姿を消したのかの記憶もない。ふと気が付くと、自分が良く知っているような場所、例えば近所の公園とか、利用してるバス停とか、自分の通う学校の裏庭とかに立っており、「あれ、自分は何をしているんだろう?!」と唖然とするのだ。最後に覚えているのは、2~3時間ほど前、いつもと変わらぬ日常を送っていたところまで・・・。

勿論、気味悪がり、両親や周囲の大人に相談する者もいたが、「ボーっとしていたんだろう」とか「勉強や友人関係からくるストレスから軽い記憶障害的なものを起こしたのだろう」と片付けられてしまうのがほとんど。中には我が子を心配し、病院に連れていく親もいたそうだが、検査を受けた子供は誰一人としてどこにも異常が認められなかったらしい。

体験した者は数人ではなく、既に数十人にも及んでいる・・・とのことであった。

ただ、噂の大元、肝心の体験者はどこの誰なのか、となると、「他の小学校の子」とか「友達の友達の知り合い」とか、かなり所在があやふやで、だから学校の怪談レベルの域を出ないものとして綾音は受け止めていたものである。

 陽斗『それが、ついに、うちの学校で出ちゃったんですよ、マジな被害者!』

 綾音『マジか?!』

 陽斗『おおマジです。しかも、なんとうちのクラスの子。綾音さんも交流学習の時に話したことあるでしょ、髪短い、奈月って女子』

 綾音『ウン! あんま話さんけど、ピアノ教室も一緒だよ』

 陽斗『それ! ピアノ教室終わって建物から出た時の記憶はあるらしいんだけど、その後の記憶が一切ない。で、ハッと気が付いた時には、自分ちの近所のコンビニの前にいたんだってさ』

 綾音『コワっ! あ、でも・・・それっていつの話なん?』

 陽斗『昨日の夕方の出来事です。同じ方角だからよく一緒に帰るんだけど、今日、帰ってる時に相談受けたんですよ。親にも相談したみたいだけど、気のせいだよって言われて終わり。なんかスッキリしないし、どう思うかって、内緒で相談受けたんッス。なんて答えればいいかわからなくって、だからオレ、綾音さんに相談したくってLINEしました』

 

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綾音は昨日の夕方のことが脳裏によみがえってきた。

奈月ちゃんのことを、自分は目撃している。ピアノ教室から帰っていくところ。その約一時間後、自分が帰路についていた中、夕暮れのさびれた神社の苔むした階段に彼女がいたところ・・・を。

記憶がない、というその間のことを、綾音は知っていたのだ。

 

〔第3話・神隠しがやってくる<後編>に、つづく〕

次回予告(3)+【登場人物&メカの紹介②】

【登場人物&メカの紹介②】

 

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人物◆磐城 綾音(いわきあやね/9歳・女性)

この物語の人間サイドの主人公。ロングヘアの小学3年生。性格はとても明るく、正義感が強い。ユーモアも持ち合わせているのだが、物事をはっきりと言うところがある直情的なタイプだ。面倒見がよく、スポーツ好きで、同性より異性の友人が多い。この物語の中でミクロマンの一番の理解者となる。彼女の自宅が、いわき市におけるミクロマンの居候先だ。

人物◆磐城 辰巳(いわきたつみ/4歳・男性)

この物語の人間サイドのもう一人の主人公(???)。保育所に通う4歳児で、いつもニコニコ笑顔を絶やさない甘え上手な男の子。ユーモアあふれる性格で、周囲にいつも可愛がられている。周囲を気遣う優しさがある。言葉をどんどん喋れる様にはなってきているが、まだ上手く表現できずに癇癪を起すことも。姉と共にミクロマンに協力するが、秘密にしなくてはならない彼らのことを人に話してしまうことがある(幼児が言うことと周囲には軽く聞き流されてしまうが・・・)。

 

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メカ◆ミクロ・ワイルドザウルス(ミクロマシン)

このミクロマシンは本来、山岳地帯探査用の4WD車両であった。それを東日本大震災における窮地の際に、マリオンとマックスが戦闘用に改造した、いわゆるワンオフ戦闘車両である。

巨大なタイヤはあらゆる地形を走破可能で、悪路を走ったとしても乗り手に不快な振動を与えない。反重力ジャンパー装置(空中浮遊飛行装置)も搭載されており、飛行もできる。武器は、4つのホイールから突き出た鋭いスパイクで相手を切り裂く“スパイクホイール”。フロントのライトを切り替えて発射する“ビーム砲”。そして車両ボディの右側に搭載された巨大な“ミクロ・ガトリング砲”であり、その弾丸はあらゆる物を撃ち抜き破壊する超パワーを誇る。

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(ミクロ・ワイルドザウルスは、この物語の途中で“アイザック”と“ウェンディ”に改修アップデートされ、性能に更に磨きが掛かることになる)。

 

 

子供の姿が消える噂話は都市伝説の類なのか? いま綾音にも危機が迫る・・・! 

次回、『第3話・神隠しがやってくる』に、君もミクロ・チェンーーージッ!

第2話・廃墟の亡霊<後編>

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午前中の一時間、綾音と辰巳は近辺の自然の中で大いに遊んだ。お昼時になると祖母に呼ばれ、皆で昼食をとる。疲れてきていた辰巳は瞼が重く落ち始め、食べ終わると同時に横になり眠り始めてしまったのだった。

これ幸いにと、綾音はマックスとミクロ・ワイルドザウルスをピンクのリュックサックに放り込む。そして「一人で外を探検してくるね」とだけ告げ、祖母の家から飛び出したのであった。ミクロマンの基地に遊びに行きたくとも、幼すぎる辰巳がいてはとてもではないが身動きが取れなくなる。だから綾音はわざと午前中、辰巳がしっかりと疲れてお昼寝できるよう面倒を見ていたのだ。

 

49号線から外れる形ですぐに上へと昇る舗装された山道がある。水石山の頂上へとむけて延びる道だ。その山道の入り口にあたる場所に『水石山』『水石山公園はこちら』と大きな看板がふたつ出ていた。里子の家から本当に目と鼻の先である。綾音は横断歩道を渡り看板の目の前まで来ると、意気揚々とマックスに尋ねたのだった。「基地の入り口ってどこ?」いつの間にか彼女の右肩に移っていたマックスが上を指さす。「頂上の一歩手前、といった位置かな」

改めて高くそびえる山を見て、綾音は急に気持ちが萎える気がした。蛇のように曲がりくねった山道を、舗装されてるとはいえ、子供の足で頂上付近まで登っていくには相当の労力が必要とされる。いや、そもそも頑張ったとして、何時間かかるか分かったものではない。

「こりゃ、どうしたものですかねぇ・・・?」綾音は自嘲気味の苦笑いが出てきてしまう。「でも、あたし、是非とも中を見学してみたいの。頑張る!」宇宙人の基地を見せてもらえるなんて二度とめぐって来ない貴重なチャンスである。少女はどうしてもこの機会を逃すつもりはなかった。

やれやれとマックスは肩をすくめる。「綾音、君には色々と世話になっているから、望みを聞いて今回は連れて行ってあげる。けど、約束してくれよ。勝手な行動には出ないこと、危ないことはしないこと、僕の言うことをちゃんと聞くこと」綾音はウンウンと何度も首を縦に振った。マックスはあたりを見回す。「子供の足ではとてもではないけど上まで歩いていくのは無理だ。別の方法がある。ほんの少し登ればひと気もなさそうだし、ちょっと歩いたら物陰に隠れてくれないか?」

山に入ると観光客もおらず、あたりは静まり返っている。車が行き交う本道は木々に隠れて見えなくなるし、真昼間で晴天ではあるものの、ちょっと寂しい感じがした。綾音は枯れた高い草むらの陰に隠れた。マックスに指示され、リュックサックからミクロ・ワイルドザウルスを出し、彼と共に地面に降ろす。

「ちょっと最初はビックリするかもしれないが、人体には何も害はないから大丈夫だ」「なんの話?」「君をミクロ化する」「ん?」マックスが何やら己の両手を胸の前でガッシリと組み合わせると、突如として彼の全身からひと筋の閃光が発せられた。綾音の体にその光が照射されると、綾音の全身も光り輝きだす。時間にしてほんの一瞬の出来事だったのだが、次の瞬間、信じられないことにものすごい勢いで綾音の体が縮み始めたのであった。頭も、髪も、胴体も、手足も、衣服も、スニーカーも、長い髪を止めている水玉ボールの飾りがついているゴムバンドも。お気にのピンク・リュックサックも同様であった。

ミクロマンの持つ超パワーのひとつである、生物や物体を縮小させることができるミクロブレスト光線と呼ばれる能力だった。

 

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「いやぁ、楽ちん楽ちん。これなら余裕で山頂まですぐ行けちゃいますね~!」マックスの運転するミクロ・ワイルドザウルスは、深い木々以外なにも見えない曲がりくねった道路を頂上へ向けどんどん進んでいく。マックスのミクロ化光線により、ミクロマンサイズまで体を縮小された綾音はいま、操縦席の裏のスペースに立ち、背もたれにつかまってはしゃいでいたのだった。

正直なところ、驚いたのは完全にマックスの方であった。縮小したこの少女は驚くどころかその状況をすぐさま理解、すんなり受け止め、怖がるどころか逆に大喜びし、マックスに何度も握手をしてきたのだ。

「同じ大きさになると、マックスはちゃんと大人の人に見えるんだねぇ。これさ、あたしのことも小さくして、一緒に車に乗って行こうってことなんでしょ? それに考えてみれば、大きなままだったらあたし、ミクロな基地には入れないもんね⁈ OK! OK! ありがとさん! さっそく出発進行~!!」こんな調子で、綾音が先にミクロ・ワイルドザウルスに乗り込んでしまう始末であった。

運転しながらマックスは「なんて不思議な子供なんだろう」と思っていた。一番最初に会ったあの時も、弟の辰巳のように恐れることもなく、すんなりと彼のことを少女は受け入れてくれた。綾音のそのふたつの瞳は、その時その時に目の前で起きている事象の意味合いや真理をも、瞬時に読み解き受け入れられるような透明で澄んだ色合いを示している気がする・・・。

 

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――山頂よりやや手前に来ると、深い森の中にわざと道を外れ、獣道と思わしき場所を突き進み始めるベージュ色の戦闘車両。もし、人が入って行くとしたらそれなりの山登りの経験と装備、度胸がなければ進んでいけないような険しい道である。故障個所は多いとはいえ、ミクロマン技術で作られているミクロ・ワイルドザウルスは困難な悪路をものともせず、揺れも少ない快適な乗り心地で走り続けた。

山の木々は、葉っぱが枯れて散っているものも多く、沢山の枯れ葉が地面を覆っていた。ミクロ・ワイルドザウルスが走っていく痕跡は完全に消される。正直、綾音はどこをどのようにして進んでいるのか分からなかったのだが、どれぐらい進んだことだろう。木々の間に何もない空が見え始め、ゴツゴツとした岩が地面から突き出ている一角にいつしかたどり着いたのだった。

「ここだ。たくさんある出入口のうちで、まだ外と内側が行き来できていた出入り口。僕が10年前に、最後に出たマシーン発進口だ・・・」何層か重なった岩棚があり、それが崖となって空に突き出している。一か所に大きめの割れ目(と言っても普通の人間が潜り込めるような大きさはない)がある。マックスはミクロ・ワイルドザウルスをうまく岩棚に乗り移らせると、崖ぎりぎりを進み、割れ目の手前まで前進させた。ひと呼吸置くように一旦停止させ、奥の気配を窺い、おかしな感じがしないことを確かめてから、マックスは再びアクセルを浅く踏み込んだ。

綾音は割れ目に入ってすぐ、外の光が差し込んでほのかに明るいその奥が、人工的に作られた壁や床であることに気が付く。いくつかのラインや数字が大きく床に描かれたり、奥の壁には歪んだ半開きの大きなシャッターがいくつか見えた。例えて言うのならば、ニュース映像で見たことがある、飛行場の格納庫とか、戦艦空母の甲板とか、そういう光景を思わせる作りをしていたのだった。

前進するのをやめたミクロ・ワイルドザウルスのライトが照らす内部は、実にひどい有様であった。マックスと綾音が想像するに、10年前の地震の影響でガタガタに壊れたまま特に補修工事などもされずそのまま放置。長い年月の間、特に誰も訪れず、徐々に雨水が侵入したり、木の根や草が生え、苔むし、枯れた葉っぱが風で運ばれてきて、まさに廃墟と化してしまったようである。

「もしかして、と覚悟はしてきたつもりだが、本当に酷いものだな」マックスが呟いた。

 

綾音に動かず待っているように言い、半開きになっているシャッターのひとつにマックスが入って行った。そこは格納庫の一部だそうで、更にその奥に倉庫があり、ミクロ・ワイルドザウルスを修理するための工具セットや部品、補充する為の弾丸、エネルギーパック等々がないか確かめて来るとのこと。マックスが持つ小型の懐中電灯の明かりが最初の頃こそチラチラと暗い格納庫の中で動いているのが見えていたが、物陰に入ってしまったのか、ついには見えなくなってしまう。

 

綾音は貸してもらったもうひとつの懐中電灯を、車両のライトが照らせない範囲にある暗闇に向けて、つけたり消したりしてみた。意味はない、暇だったのだ。

想像していたのはSF映画に出て来る宇宙ステーション基地であった。確かに以前はそういう景色が広がっていたのだとは思うが、今は見る影もない。基地の様子には少しがっかりではあったが、これはこれでお化け宇宙ステーションという目で見れば、楽しいかもしれない。

そんな風に思い直しながらいた、何度目かの点灯時のこと。「・・・⁈」綾音は息をのんだ。見間違いだろうか? 右奥にある、天井から崩れてきたらしい瓦礫の脇で、何か影のようなものが動いた気がしたのである。つけっぱなしのライトで一点集中、そこをずっと照らし続けてみたが、怪しいものは何も見えなかった。10年前、たくさんのミクロマン隊員が大けがをしたり死んだと聞かされている。まさか、無念の死を遂げたミクロマンの亡霊が・・・。

「どうしたんだい?」いつの間にか戻ってきていたマックスが急に声をかけてきたので、綾音はそれに対しては飛びあげるほど驚いたのであった。「あの、気のせいかな、何かいたような気がしたの」マックスは視線だけを、綾音がライトを照らす方向に向け、気配を探る。しかし、物音ひとつしないし、何も見えず何も感じなかった。「なんだろうね?」マックスは万が一を考え、意識を全方向に向けつつ動くことにしたのだった。

 

「かろうじて動くコンピュータがあったので確認したが、他の区画もすべて何も動いていないようだ。と言うか、もう基地すべてが“死んでる”。見ての通り、おそらく10年前の出来事以降、放棄されたと見て間違いない。ただ、最後に一度、仲間がやってきて詳細を確認していった痕跡がある」「そうなんだね。必要なものは残っていた?」「ああ、ありがたいことに、修理道具類はバッチリ見つけたよ。それで、更に良いものが残っていることにも気が付いたんだ。おいで、中は安全そうだし、見せてあげるよ」

 

マックスの案内で綾音は格納庫に入って行った。外の光が届かない空間を、ふたりの懐中電灯が照らし出す。高い天井をしており、巨大ロボットの整備を行う為の鉄筋の骨組みがあり、クレーンもあった。

「ここってマシーン格納庫って言うんでしょう? アニメのロボ物で絶対に出て来るもん、こういうところ。で、マックスが乗ってたロボットマンっていうのはどこ?」マックスが残念そうに言う。「ロボットマンは持っていかれたらしい。壊れていたが、修理すればまだ使えるだろうし、回収されたんだろうなあ・・・」綾音はてっきり以前聞かせられていたロボットが残っているのだと思っていた。カッコイイ巨大ロボが見れるかもと、それも楽しみにしていたのだが。重ね重ね非常に残念である。

 

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「見つけた、と言うか、あることに気が付いたのはこっちなんだ」マックスは格納庫の隅にある小さな小屋のような場所に歩みを進めた。それは奇妙な小屋だった。形は横から見ると六角形をしている。天井がなく、出入口に当たるだろう左右両サイドの壁も空洞になっていた。前と後ろには壁があるが、そこは大型のディスプレイパネルやら何かの計器らしいパネル、いくつものスイッチ等がたくさん並んでいる。スペースは狭いが、4つの座り心地がよさそうなシートと、マックスの入っていた棺のようなカプセルが床に設置されていた。外側には何本もの太いコードやパイプのようなものが出ており、格納庫の壁のソケットのような物に繋がっている。

「これは“指令基地”と言う。本来、単独で動かせられるモジュールなんだけど、このIwaki基地が作られた時に、格納庫の管理システムとして使うために流用・設置されたものなんだ」マックスの説明に、綾音はチンプンカンプンだと抗議した。「簡単に言うと、この小屋はちょっとした乗り物で、小型の基地にもなる施設ってことだよ」

 

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ふたりは中を覗き込む。「メインスイッチはこれだ」マックスがパネルの一部を操作すると、いきなりノートパソコンの起動音のようなものが鳴り、ディスプレイやパネル、いくつもある小さなランプが次々に輝きだした。まさしくそれは秘密基地の光景である。

「すごい! あたしが見たかったのはこういうのよ! 超感動―!」綾音は興奮し、手を叩いて喜ぶ。

「これも地震アクロイヤー襲撃のせいで、故障個所がいくつもあるようだ。飛行機能も修理しなきゃ使えそうにない。ただ、それほど酷いわけではないので、直せば十分使えるようになるはず。この指令基地も含めて持って帰ろうと思うんだ」

 

そこまで話した時、ふと綾音は格納庫の出入口の方に気配を感じ振り返った。誰か、こちらを見てる。いや、見てた気がする。

「・・・どうした、綾音?」マックスに返事をしないまま、綾音は薄暗い出入口をじっと見続けた。「また、誰かいた気がするの。けど、もういないかも」マックスの、戦士としての危険感知能力はまったく何も感じていなかった。綾音が感じた気配は気のせいだろうか? それとも綾音は不思議な直観力でもあるのだろうか?

「でも・・・悪い感じはしない。大丈夫、そんな気がする・・・」謎の気配の正体がどうあれ、そういう物の言い方をする綾音のことも、マックスは不思議に思えずにはいられなくなった。どこにでもいるような人間の少女と思っていたのだが、どこか不可思議な面を秘めている、そう思えずにはいられなくなったのである。

 

祖母の家を出て1時間以上が経過している。母親が心配しだすだろうから連絡をした方が良いと綾音は思い、マックスと共に外に出て、スマホから電話をすることにした。「どこにいるの? 寒くなってきてるようだし、もうそろそろ帰ってきなさいよ」「うん、わかった」綾音はすこぶる何事もないようにすまして答える。

「ミクロ・ワイルドザウルスは、エネルギーパックを交換すればひとまず動き続けられるはずだから、牽引ビームで指令基地を牽引させる。綾音のお母さんが心配してるし、急いで下まで行き、綾音を元の大きさに戻すので、そうしたら車、基地、他諸々をリュックサックに入れて運んでほしいんだ」マックスはそう言い残し、戻る準備を始めるため急いで格納庫に戻っていった。

 

誰か見ていたのは気のせいだろうか?

やはりミクロマンの亡霊だったのだろうか?

確かに綾音は不思議な視線を感じた。間違いない。ただ、それには“怖い”とか“嫌な”とか、そういう感じはしなかったように思う。“悪意”はない気がしたのだ。

 

綾音の頭上。高く遠い上空に、一羽の青い鳥が旋回して飛んでいた。綾音は気がついていない。それがメカニックの鳥であることを。

 

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〔つづく〕

第2話・廃墟の亡霊<前編>

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「行くところがないなら、うちに居てもいいんだよ!」ミクロマン・マックスは、綾音と辰巳の強い勧めもあり、しばらくの間、子供たちの家・磐城家にやっかいになることにした。早速、動き出したいのはやまやまだったが、いわきの様子は勿論のこと、世の中のこと、Iwaki基地のこと、仲間たちのこと、アクロイヤーのその後の動向などなどがさっぱり分からない。あれから10年も経過しているのだ、何もその後の状況を知らず下手に急いで動き出し、思いもよらないおかしな展開を生むのは得策ではない。まずは情報収集をしてから、と考えたこともあり、子供たちの厚意に甘えることにしたのである。

勿論、自分(ミクロマン達)のことは、親には内緒というお願いのもと・・・。

 

冬休みが明けていたこともあり、子供たちは日中、学校や保育園、親たちは仕事に出かけていた。マックスは磐城家にあるTVや綾音のノートPCのインターネットを使わせてもらい、気になることを片っ端から調べた。子供たちが帰宅した後は、なかば遊び相手をさせられつつ(子守⁈)、子供視点からの情報なども教えてもらった。

東日本大震災と名付けられたと言うあの震災から復興は進み、いわきも他の土地も人々は普通に暮らしを送っている。調べれば調べるほど10年の間、そして今現在も、日本や世界では様々な出来事が起こっているが、極端におかしく何か変化したかと言えば、そうでもないように感じた。

仲間やアクロイヤーについてはと言えば、それとなく関りがあるような話題がネット上に散見されたものの、目立って特に気を引くものにはぶつからなかったものだ。

 

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居候になってから数日後の夜。マックスはミクロ・ワイルドザウルスのエンジンをスタートさせ、寝静まった磐城家の窓からこっそりと外に出た。

ライトはつくが、どこか故障を起こしており早いスピードが思うように出ない。反重力ジャンパー装置は完全にいかれており飛ぶことができない。ミクロ・ガトリング砲は弾切れ。しかもエネルギーは4分の1以下に減少しているときてる。いつ動かなくなってもおかしくないような状態である。ただ、通信機は異常がなかったので、Iwaki基地、そして本部や他の基地、試しにどこでもいいのでつながりそうなところに連絡を取ろうと考えたのだった。「でも、綾音たちの家からではまずいよな」万が一にもアクロイヤー逆探知などされたら迷惑をかけることになる。彼は、どこかひと気のない、街から離れた山の中から通信を試みようとしたのだった。

20分以上走ったところにある、人家がない山中に着くと、マックスは知りうる限りのミクロマン通信チャンネルを使って交信した。だが、耳障りなノイズが発生するだけで、一切どことも連絡は取れずじまいに終わる。念の為とレーダーを確かめるが、同じく機能しなかった。その様子は、あの311、411の時と同じように思えた。10年前同様、どのような理由からなのかは不明だが、通信機やレーダーが妨害された?(壊された?)のと同じ状況のままなのだ。

彼は次に更に20分かけて隣県まで足を延ばすことにした。311の後、傷ついた仲間が隣の茨城県まで行って通信が回復したのだ。試す価値はある。・・・しかし、残念ながら、結果は同じだった。深いため息をつきながら、通信機の機能を用いて色々と調べてみる。すると先の山中とは異なり、こちらは通信の妨害(故障?)はなされておらず、単純に“かつて使われていたすべてのチャンネルが使用されていない”と言うことが判明した。どうしてなのか、事情はさっぱりだが。

マックスは寒い冬の夜空を仰いだ。澄んでいる空には大きくキレイな月が見て取れるが、彼の心には美しさが響かなかった。強い郷愁に駆られていたのだ。

「僕はさしずめ、浦島太郎か・・・」日本の昔話のラストシーンが今の自分に重なった。

 

その後、真夜中に磐城家に戻り休んでいたマックスは、翌朝カプセルごと綾音の手の中でシェイクされてたたき起こされたのだった。

「マックス! 夜中に一人でどこに行ってたのよッ!」綾音は顔を真っ赤にし、声も荒々しい。何事だろう⁈ マックスはシェイクされて頭がフラフラしたが、取り合えず弁明したのだった。「仲間に連絡が取れないか、外に試しに行ったんだ。綾音の家で通信して、万が一アクロイヤーに傍受、逆探知されたりしたら、君たちに迷惑が掛かることになるだろ。それに、夜中の山の中なら、人間に姿を見られる心配もないと思ってね。だから・・・」

綾音が腕組みをしてプイと横を向いてしまう。「夜中、ふと起きたらいないし、もしかして黙って一人でIwaki基地に帰っちゃったのかな、いや、アクロイヤーに殺されちゃったのかなって、いろいろ心配したんだからねッ! 本気で怒ってんだよッ!」

命の恩人の機嫌を損ねたと、マックスは肩をすくめた。なんとか機嫌を直してもらおうと謝罪の言葉を続ける。「黙って出かけて、申し訳なかった。えっと、その肝心のIwaki基地とも、結局、連絡取れなくてね」綾音は目を合わせない。マックスは困ったなと思いながらも、正直なところを伝えようと考えた。「えっと、次の行動としては、直接行くしかないか、と。それで、ミクロ・ワイルドザウルスの調子も悪いし、どうしたものか。・・・綾音たちに相談したいなと思ってね・・・」

頼りにされていると思った綾音は少し機嫌を直した。マックスをチラリと見る。「ふーん、そうなんだ。それなら、いい話があるよ。今朝、ママと話したら、今度の土曜、おばあちゃんの家に行こうって言われたの」「おばあちゃんの家?」「そうよ。うちのおばあちゃん家、水石山の麓なんだ。だから、マックスもママの車で行けば楽に行けちゃうじゃない?」

予想外の話である。ミクロマンの仲間がいない状況な上に、ミクロ・ワイルドザウルスも故障中で頼りにならない。何か良くない事態が起きた場合の事を考えれば、いざとなったら一人でも十分に動けるように、自身のエネルギーを温存しつつ動いた方が得策だろう。苦労せず行けるのなら、便乗させてもらった方が良い。

「そうなのか、それはありがたい!」と、なかば作り笑いのマックスである。

綾音はもう機嫌を直したのか、表情も柔らかくなり、ランドセルを背負うと部屋のドアに向かった。一度振り返り、「これからは勝手にいなくならないでね! あと、向こうに行ったら、あたしのことも基地に連れていくこと! どんなところか見てみたいんだ~! 心配させたお詫び、絶対の約束ね。じゃッ、あたし学校に行くから!!」と告げ、さっさと階下に姿を消してしまったのである。

先日、基地に興味を示していた綾音に「危ないから連れていけない」と言っておいたばかりだ。マックスはしてやられた感を感じていた。

いつの間にかドアの向こう側から辰巳が覗き込んでいる。ずっと話を聞いていたようであった。「あのね、同じこと、ママとパパもよくやってる。大変だねー」

マックスはガクッと首をうなだれさせたのだった。

 

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――土曜日が訪れた。気温もそこそこ高く、晴れ渡る良い天気だ。子供たちの父親は休日出勤と言うことで同行せず、綾音、辰巳、そして母親からなる三人でのお出かけであった。マックスはと言えば、なかばポンコツと化しているミクロ・ワイルドザウルスと共に、綾音のお気に入りのピンクのリュックサックに入れてもらって同行。無論、母親はそのことは知らない。

マックスが聞いた話によると、おばあちゃんと言うのは母方の祖母で、名は里子(さとこ)。夫に先立たれた70歳、年金暮らしのひとり者。趣味の手芸サークルやカラオケサークルの活動と、自宅の敷地内にある大きな畑で育てた野菜を磐城家や親戚の家におすそ分けするのを生きがいにしている元気者のおばあちゃんとのことであった。

磐城家から約40分程かかるところにある祖母宅は、まさしく水石山の麓にあった。北東にひたすら延びる特に何もない山道の国道49号線を走り続けると、途中に長いトンネルがある。オレンジ色の照明に照らされたその穴を抜けると、道なりに見えてくる古い家々があるのだが、そこの一軒が里子宅であった。

真っ黒い瓦の屋根に漆喰の壁で作られている旧家で、それなりの広さを持っている。家のすぐ裏手には里子自慢の畑、周囲にはまばらな木々に何もない原っぱ、49線の脇を流れる好間川につながる小川もあり、付近一帯は時折遊びに来る綾音と辰巳のよい遊び場にもなっていた。庭には今も使われている井戸もあるし、綾音は訪ねてくるたびに、こんな古びた田舎の風景が今もなくならずに存在し続けているのは本当に凄いことだよなあと感心するばかりであった。

昭和の作りの古い旧家には似合わない、後付けで作られた茶色のポリカ波板が屋根に張られた車庫があるのだが、磐城家の車はそこにゆっくり入ると停止したのだった。

「綾音ちゃんに、辰巳ちゃん、よく来たねー!」

玄関土間の大きなガラス張りの横開き扉を開けると、待ちかねていた祖母がすぐに出迎えに来た。今の70歳は若い。里子もおばあちゃんと言うほど老けては見えず、まだまだおばちゃんと言った肌つやで、ユニクロで買ったトレーナーにジーパン姿である。

「こんちゃー!」靴を脱ぎ捨てて先に辰巳が上がりこむ。綾音は、祖母に頼まれてスーパーで買ってきたたくさんの冷凍食品や日用品を母親と共に玄関まで運び始めた。

玄関と車を往復すること3回目の時、綾音は玄関に置いていた自分のリュックサックのチャックが開いていることに気が付いた。「あれ?」中を覗き込むと、マックスとミクロ・ワイルドザウルスの姿がない。

 

「ねーねー、おばあちゃん、これなんでしょー⁈」やってきた娘一家の為に座布団を押し入れから出している祖母に、辰巳は両手に持っていたものを差し出して見せた。姉のリュックサックから持ち出してきたマックスとミクロ・ワイルドザウルスである。

「なんだろねー? わかった、パパに新しく買ってもらったオモチャだ⁈」孫の可愛い笑顔に里子も満面の笑みで答える。「ブー、はずれです! これはボクの新しい友達のマック! この車は空飛ぶ車で、ジャイアンを3つもやっつけたの! マックは宇宙ヒーローなんだ。でもね、ママとパパには秘密にしなきゃなんないんだ~!」

こともあろうに辰巳はマックスのことを祖母に紹介、詳しい事情を説明し始めたのだ。辰巳は姉に、マックスのことを両親には絶対に言うなとくぎを刺されていた。でも、秘密にしているのは心がくすぐったい感じでウズウズするし、誰かに話したくてしょうがなかったのである。両親に伝えてはだめ? なら、他の人には良いはずだと、幼児なりに考え解釈した結果の行動であった。彼はここに来る前から祖母にミクロマンのすごい秘密を教えることを密かに計画していたのである。

 

4歳になる辰巳は最近、自分が思っていることを周囲にもわかる言葉で表現し、それなりに伝えられるようになってきていた。気持ちや頭に思い描く物事をなんと言い表すのか分からず、癇癪を起こす程、もどかしい思いをすることもまだまだありはしたが、今回の祖母への説明の仕方は、自分でもかなり満足のいくものであった。

大好きな“マクドナルド”をうまく言えない時、気を使ってくれた姉がそっと「“マック”って縮めて言ってもいいんだよ」と教えてくれたことがある。これまでマックスの“ス”の部分がうまく発音できなかったのだが、マクドナルドを縮めて言っても相手は分かるものなのだ。だから、同じ言葉だがマックスのことも“マック”で通じるはずである。戦闘車両の名前は長くて忘れてしまったが、空を飛べると聞いたから“空飛ぶ車”と言ったわけだし、悪者のロボットはジャイアントなんとか・・・TVで観てるドラえもんのいじめっ子と名前が似てた。悪者という共通した立場にもあるわけだから、“ジャイアン”の呼び名で教えても差し支えないだろう。彼は諸々そう考えたのである。

祖母の里子は、可愛い孫が一生懸命にTVアニメの商品である玩具の話をしてくれている、少し見ないうちにまた色々と話すようになってきたと頬を緩ませながら、「そうなんだ、すごいね。正義の味方だから、悪いやつは皆やっつけちゃうんだね」と、辰巳の頭を撫でたのであった。うなずく祖母の笑顔を見て、ちゃんと伝わった! と、辰巳は大満足だ。

 

おそらく辰巳が勝手に持ち出したに違いないと、弟の声がする茶の間の前まで来ていた綾音は襖の陰から様子を窺っていた。我が弟の発言にヒヤヒヤし、飛び出そうとも考えたが、祖母が勘違いして聞いていることをすぐに察し、ホッと胸を撫で下ろしたのであった。

マックスはオモチャのふりをするのがうまく、事情を知らない人間がいるところでは10㎝の宇宙船クルー風のフィギュアに成りすまし一切動かなくなった。どうやっているのか綾音も知らないが、その頭部も銀メッキしたような銀色に変え、スーツもオモチャっぽい質感に変化させるのだ。

磐城家で両親が突然、子供部屋に現れた時もそうだったが、祖母の前でも彼はずっとオモチャのふりをし続けていたのである。

 

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(ビックリシタナァ、モウ・・・)

 

〔第2話・廃墟の亡霊<後編>に、つづく〕

次回予告(2)+【登場人物&メカの紹介①】

【登場人物&メカの紹介①】

 

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人物◆M-124マックス(男性ミクロマン

“宇宙中の事、特に銀河系の事は仲間で一番詳しい”(当時の商品解説より)。

この物語のミクロマンサイドの主人公。M12Xグループの一員で、ミクロスーツがイエローとホワイトのツートンカラーをしている。性格は真面目で温厚、勇敢である。ただ、真面目過ぎて少し冗談が通じないような不器用なところあり。

ミクロマンたちの中では1975年3月に復活した組で、その頃からロボットマン乗りで有名な戦士。ミクロアースにいた学生時代は天文学を専攻していたが、故合って戦闘班に所属した。

地球で甦って以降、中央情報局(MCIA)にてスパイマジシャンの厳しい訓練を受け、スパイマジシャンとしての技術や能力を習得。様々な超能力を発揮できるようになる特殊なリングとステッキはその時に入手、以後、肌身離さず大切にしている。

 

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メカ◆ミクロマン・カプセル

殆どのミクロマンが自分専用のカプセルを持っている。この中で休息を取ることにより、エネルギーをチャージしたり、自然治癒よりも早いスピードで怪我・病気を癒すことが可能だ。何らかの事情で持ち主が重傷を負い意識を失うなど命を落としそうな緊急事態が訪れた際は、持ち主の生命のピンチを感知、基地から飛んできたカプセルがその自動回収機能で救い出してくれる(持ち主を感知かつ回収できるような状況にあれば・・・の話だが)。

但し、有能とは言っても、死者を甦らせることはできないし、重篤な者を瞬時に治してしまうことなどもできなく、怪我・病気の度合いが重ければ重いほど回復させるまでに時間がかかってしまうものだ。2011年4月11日のアクロイヤーとの戦闘において死亡する一歩手前の大重傷を負ったマックスは、完全回復するまでに10年もかかった。逆を言えば、死の一歩手前の者ですら完全回復させてしまうことができる超マシーンであるとも言える。

搭載されている生命維持装置は長期間にわたり、眠り続けながら宇宙を漂うこともできるほどの能力を持つ。中にいる間は老化もしない。

外部にあるあらゆるものを有用なエネルギーに変換吸収、持ち主のエネルギーや、カプセルを維持させるエネルギーにできる能力があるので、ある意味、このカプセルは永久機関メカである。

 

 

ミクロマン・マックスと子供たちの新しい物語が、遂にいま動き出す。

次回、『第2話・廃墟の亡霊』に、君もミクロ・チェンーーージッ!

第1話・2011破滅の日<後編>

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手薄となったミクロマンIwaki基地をたったひとり全力で守るマックスの戦いぶりは、目撃した仲間たちによって後に「魔神の如き猛者ぶりだった」と広く伝えられることになる。基地を襲ったアクロイヤーならびにアクロ兵の70%を殲滅、量産型ジャイアンアクロイヤー4体のうち2体を完全に破壊、葬り去ったのだ。

以前からロボットマン乗りの間では一目置かれていたマックスだが、噂を聞いた各基地の戦闘班に所属するミクロマンたちはその功労を称え、彼のいないところで「宇宙騎士マッドマックス」の呼び名で語り合うようにもなった程だった。

しかし、マックスの奮闘むなしく、311のこの日、ミクロマンIwaki基地は立ち直れないほどの痛手を被った。大地震の影響も大だったが、アクロイヤーの襲撃が追い打ちをかけ、基地の大部分の施設・設備は使用不可能に近い状況になってしまったのである。メイン、サブ問わずコンピュータや施設内を補佐するメカや機能が殆どと言っていいほど動かない。秘密の出入り口や通路の多くは破壊されたり土砂で埋もれ、配線・配電関係は様々な場所でズタズタになっているのが確認された。

いわき各地に、救助に赴き散っていたミクロマンたちも、それぞれ他のアクロイヤーたちに不意打ち攻撃を受け、ほとんどの者が重傷を負ったり、殺されてしまったのだ。生死がわからない行方不明者も数名出た・・・。

 

――311の大地震から、一週間が過ぎていた。だが、今なお大なり小なりの単発的な余震が続いており、すべての者が不安や恐怖に眠れぬ日を送り続けていた。余震が起こるたび、軟弱化していた土地や建物は更なる被害を拡大させていく。

ミクロマン基地の施設内は、今となっては見る影もなく、悲惨な光景であった。美しい一枚岩で作られていた壁や天井は無数にひび割れ、いたるところが砕けている。床はまったくもって形の悪い階段状になり、柱は“くの字”に曲がって、扉は外れてひっくり返っていた。

数個の応急ライトが照らす薄暗いマシン格納庫にふたりのミクロマンがいた。イエローとホワイトのツートンカラーに彩られたM-120チーム用スーツを身にまとうマックスと、グリーンとイエローのツートンカラーに彩られたマグネパワーズ部隊のスーツを身にまとったマリオンだ。ふたりは4つの巨大なタイヤが付いている、ベージュ色の山のような形状ボディをした1台の車両を整備していた。4WD仕様の非戦闘用車両である。

「本来、これは山岳調査用のマシンだが、アシストコンピュータに戦闘プログラムをインストールするのである。武器が搭載されていないので、私が先日開発したばかりの最新式ミクロ・ガトリング砲を装備、武装させるのだ。これは強力な武器である! ジャイアンアクロイヤーとも互角に戦えるほどであるぞ! 他にもフロントのライトをビーム砲に切り替えられるようにもし、近接武器としてホイール側面に攻撃用スパイクも取り付ける」力強いマリオンの言葉にマックスは黙ってうなずき、天井のクレーン装置で倉庫から運んできた巨大なガトリング砲を車両に設置するのを手伝った。

「基地でまともに動くマシーンはもう、先の戦闘で使用されなかったこのミクロ・ワイルドザウルスしかない」マックスは車両から目を離し、格納庫に横たわるロボットマンを見た。「無理をさせすぎた、本当に申し訳ない、ロボットマン・・・」一週間前、基地を守るあの戦いで多大なダメージを受け、様々な故障を起こし、完全なオーバーホールを行わなくてはならなくなったロボットマンは使える状態ではなかった。動けるように戻したいのはやまやまであったが、Iwaki基地に再生させる力は今となってはない。

応援の要望と救助要請はした。Iwaki基地の生存者で動ける者が福島県の外まで赴いてようやく携帯通信機の通信機能が回復できたのである。だがしかし、富士山麓にある巨大ミクロマン本部基地の返答は「311の災害は日本の多くのミクロマン基地に被害をもたらし、同時にIwaki基地同様、アクロイヤーの襲撃を受けたところがいくつもあり、いま大変な事態に陥っている」と伝えてくるにとどまっていたのである。とても今すぐに他の土地のミクロマンがIwaki基地の復興や、ロボットマンを再生させる援助や、負傷者を救助に来てくれるような状況下ではなかったのだ。

何をどうするにしても、わずかに動ける者だけで、なんとかするしかなかったのだった。

 

アクロイヤー軍団は潮がひくが如く、311の翌日から姿を消していた。

アクロイヤーは、近いうちにまた現れると思うのであるな?」マリオンの質問に、マックスはうなずいた。「僕の読みでは、やつらにとって今このIwaki基地はさほど重要な場所ではなくなっているはずだ。この有り様を、逃げ帰ったやつらが本隊に報告しているだろうからね。次に狙うとしたら・・・小名浜港やその周辺施設だろう」

国際貿易港である小名浜には様々な物資が国内外から運ばれてきており、それらが保管されている頑丈な巨大倉庫や石油タンク等が豊富にある。災害の影響で静まり返っているそこには奪いたいものが山ほど残っていることだろう。アクロイヤーにとって宝の山のはずである。

「だが今は、自衛隊や地元の人間たちが復興に向けて少しずつ動き出し始めている。やつらもすぐには行動に出れないはずだ。でも、今回の襲撃を見ても、大掛かりな作戦の一部として行ったことは明らかだろう? 何か次のタイミングを見て、近いうちに動き出す算段に違いない。我々の使命はこのいわき市をやつらの魔の手から守ることだ」マックスは一度言葉を切った。そして「だから、それに備えて、やれるだけのことはやっておこう」と、ふたりは同時に同じ気持ちを口にしたのだった。

 

翌月の頭――。本部の配慮でようやく駆け付けたレスキュー隊員とメカにより、負傷者や死者が富士山麓本部基地に搬送された。いわき支部に残っているのは、311に負傷したがまだ動けるマックスと、マリオンのふたりだけとなった。

 

4月11日、17時16分――。福島県浜通り震源とした巨大地震が再び発生した。マグニチュードは7.0、福島県では最大震度6弱を観測。あれからひと月、少しずつではあるが復興に向け動いていた者たちも、再度電力がストップし街の明かりが次々と消えていく様に、心が折れるような思いをしたものだ。

震源地に近いミクロマンIwaki基地も大きく揺れ、なんとか崩れず危うい均衡を保っていた区画もついには天井が落ち二度と行き来できなくなってしまったのだった。

大きな揺れが収まってくるのを見て、ふたりは顔を合わせた。遂にその時が来た、と。

「僕は、すぐ出動する。マリオン、君は基地の守りを頼む。ただ、万が一の時は、脱出してくれて構わない」マックスはさっそく出かける用意を始める。

「君が一人、死を賭して守ったこのIwaki基地も、もうダメかもしれないのである。それに、ここまでやり遂げた君がこれ以上、頑張らなくとも、誰も非難はしないと思うぞ」包帯姿のマックスを心配し、やめるよう説得するニュアンスでマリオンが言った。

マックスは生き残っているマシーン発進口のひとつから、夕闇迫るいわきの景色を見ながらマリオンに向け、同時に自分に向けて、こう口にしたのだった。

「・・・かも、知れない。でもね、僕は“もう一度だけやってみよう”と思うんだ」

 

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戦闘車両に改良したミクロ・ワイルドザウルスに搭乗するマックス。彼は後ろに振り返り、親しみを持っていた我が家でもある壊れたIwaki支部を見つめ、それからマリオンになおると口を一文字にして敬礼をした。マリオンもそれに倣い、踵を合わせ敬礼する。

メインエンジン点火、次に反重力ジャンパー装置(空中浮遊飛行装置)を作動させると、マックスは一路、小名浜港へと飛びだったのである。

マックスとマリオンがお互いの姿を見たのは――この時が最後となった。

 

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この後、マックスの読み通り、小名浜港にて彼はアクロイヤーの小集団と遭遇する。まさしく二度目の大地震のパニックに合わせて物資強奪を計画していたのだ。

マリオンの作り出したミクロ・ガトリング砲の効果は絶大で、アクロ兵を一網打尽。彼はその背後にいたジャイアンアクロイヤーとの戦闘に突入した。

「4体いたうちの3体目!!」空中で幾度となく激突する、いわき支部最後の希望である即席戦闘車両と悪の合体マシーンロボ。

ミクロ・ワイルドザウルスのスパイクホイールアタック攻撃がジャイアンアクロイヤーの装甲を幾度となく切り裂く。逆にジャイアンアクロイヤーのパンチや両手のビーム波状攻撃が、戦闘車両に張り巡らせたバリアを破れんばかりにビリビリと激しく振動させた。

火花散るぶつかり合いは永遠に続くかに思われた。空飛ぶ二つの飛行物体はいつしか戦いの場を、港からすぐ傍にある三崎公園上空に移していた。

マックスは、ジャイアンアクロイヤーの弱点とされる胴体と両肩を接続するジョイント部分、腰の両サイドの突起と脚部の付け根(股関節に当たる)を重点的に狙う。

数え切れないくらいの弾丸を受け、ついにジャイアンアクロイヤーの左腕が爆発、次に右脚がもげて眼下に墜ちていった。しかし、咆哮をあげながら、まだ向かってくるではないか。

 

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311の時にあった負傷もまだ完全に回復していなかったマックスはこの戦いで更なる傷を負い続け、既に満身創痍だった。意識がだんだんと遠のきつつあり、目もかすみ始める。

「まだだ。もう少しだ。僕はやるんだ」彼はミクロ・ガトリング砲の残り少ない弾丸を惜しみなく撃ち込みながら飛行速度を最大にまで上げると、ミクロ・ワイルドザウルスをジャイアンアクロイヤーに特攻させた。搭乗者保護の安全装置もあるし、超が付くほどの硬度を誇る特殊合金ミクロガンダで作られている。その上、強力なバリアで包まれているこの車両が簡単に壊れ爆発するはずはなかった。それらを見込んでの、車両自体を弾丸化させ敵に突撃させると言う最終手段にマックスは出たのだ。

ジャイアントの腹部に突っ込むミクロ・ワイルドザウルス。機体ダメージが耐久性を超えたジャイアンアクロイヤーが、マックスの搭乗する空飛ぶ車を巻き添えにしながら爆発を起こした。しかし、それは想定外の威力を持つ大爆発であった。通常の爆発力の比ではない。おそらくアクロイヤージャイアントにミサイルや爆弾等をフル装備させていたのだろう。体内の爆発物に誘爆、とてつもない超大爆発が起きたのである・・・!!

マックスは一切何も感じなくなった。意識が完全になくなり、彼の世界は黒一色になった。操縦席から放り出され、戦闘車両と共に、真っ暗な空をどんどん落下。とうとう波間に到達、飛沫をあげると、三崎公園の海の底へと、深く、深く、深く・・・深く沈んでいったのである――。

 

 

――綾音とマックスが窓から見ている外の景色も、夕暮れから夜の黒い闇の世界に移ろうとしていた。10年前の出来事をマックスから聞いていた子供たちだったが、いつの間にか辰巳は眠たくなってしまったらしく、どこからか持ってきたタオルケットにくるまり、大きなクッションの上で昼寝をしてしまっている。

ミクロ・ワイルドザウルスの上で街並みを眺め続けているマックスの横顔を綾音は見つめながら言った。「すんごい大変だったんだね。でも、マックスやミクロマンたちのおかげで、その時、いわきはアクロイヤーの魔の手から守られたんだよね、ありがとう」マックスは沈みかけている夕陽をぼんやりと見ているだけで、特に反応を示さなかった。

「マリオンって人や、水石山のいわき基地はどうなったのかなあ?」綾音の質問にマックスが小さく首を振った。「わからない・・・。だから、行ってみる必要が、ある。しかし、あれから10年も過ぎてしまっているなんて、どうなっているものか想像もつかないよ・・・」

地震やあの戦いが、彼にはつい先ほどの出来事に思えている。しかし、それは意識を失う寸前の感覚で彼の認識が止まっていただけの話で、現実には10年が過ぎ去っており、彼の体験は大昔の出来事になってしまっているのが本当のところなのだ。

夜の闇がもうすぐ訪れる中、ひとつひとつの家の窓に温かい明りが灯されていく平和そうな光景を見て、マックスは何とも言えない気持ちになったのだった。

 

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〔つづく〕

第1話・2011破滅の日<前編>

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福島県いわき市――。福島の浜通り南部に位置する、県でも最大の人口ならびに面積を誇る太平洋に面した中核市である。山間部や丘陵地が非常に多く、国際貿易港である小名浜港を筆頭に、11ヶ所の港があちこちにばらけて存在しているのが特徴だ。街と街の間には連続性がなく、一度ある街から離れると長い長い田舎道が続き、その先にまた別の街があると言う土地柄であった。

この市の内陸部に、標高735.2mほどの水石山という名の山があった。周囲には低い山、田園地帯、小さな田舎の町並み(村と言った方がよいかもしれない規模)と言ったのんびりとした風景が広がっている。山頂には馬が放牧されている水石山公園と言う観光名所があるが、これと言って人気があるわけでもなく、山の中はいつもひっそりと静まり返っていたのだった。

水石山は昔から“謎の光る飛行物体”の目撃談が後を絶たなく、「宇宙人の秘密基地があるのではないか?」と、地元民にまことしやかに囁かれていることでも有名な場所であった。しかし、その噂は、誰も真相自体を知らないものの、実は本当のことであったのである。

 

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山の内部には人に知られることなく極秘裏に建造された、いわきを密かにアクロイヤーの魔の手から守り続けるミクロマンの秘密基地があったのだ。

カモフラージュ・シールドと呼ばれる、本物の岩、木々、草花のように見える立体映像装置で覆い隠された秘密の発進口が山中のあちこちにあり、ミクロマンやマシーンが出入りするのだが、そこから空に彼らが飛びだったところを偶然目撃した人間が過去に少なからずおり、そこから噂が広まったのである。

 

その名も“ミクロマンIwaki支部(通称、Iwaki基地)”。日本各地に点在する彼らの基地からみると、メンバーは40人足らず、小規模ではあったが、最新鋭のミクロマン技術の粋を集め建造された素晴らしい設備を持ち、彼らのシンボルともいえる高性能万能型ロボット・量産型ロボットマン(ノーマル初期モデル・後期生産型)を筆頭に様々な搭乗メカが配備されていた。

M-120チーム/ナンバー124・マックス(ミクロマンは数名ずつのグループに分かれている)が所属するのも、このIwaki支部であった。

 

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――2011年3月11日。この日の昼過ぎ、マックスは愛機とするロボットマンに搭乗し、基地を後にした。いつも行っている通常の定時パトロールであったが、かなりの緊張感に彼は包まれていた。

2日前のこと、だ。諜報員スパイマジシャンチームから各ミクロマン基地に恐るべき情報がもたらされた。『少し前、アクロイヤーが超高性能の自然災害予測装置なるものの開発に成功したという情報を入手した。日本で起こりうる台風・地震・噴火などの自然災害を起こる前の時点で察知、自分たちの邪悪な計画に利用、役立てる為だと思われる』。

そして、1日前。Iwaki基地のミクロマンたちが使用している通信機器やレーダー装置の一部が謎の故障を起こした。最初こそ“単なる故障”と思われたが、その夜から翌日である11日の朝方までに、次々に同種のあらゆる機器がおかしな動きをし出し、まるっきり役に立たなくなったのである。

Iwaki基地の専属メカニックマン天才マリオンも原因を突き止められずに焦るばかりだった。この基地のあらゆる設備やメカは彼が中心となって管理しており、設計・発明したものも数多くあった。メカや設備のあらゆることを把握しているその彼がわからなかったら、いったい誰がわかるというのだ。

ミクロマン・マリオン――彼は10数年前、日本の別地域で発生した一連のアクロイヤーの破壊工作から人々を守るため活躍したマグネパワーズ部隊のメカニックマン・エジソンのクローンであった。ミクロマン本部の決まりで、クローン技術は特別な場合を除いて行うことを禁止されていたが、日本どころか世界規模に広まりつつあるアクロイヤー被害に対処すべく、役立つメカを設計開発できる一人でも多くのメカニックマンが必要とされたことから、本部みずから抜擢、この世に生み出された人物である。その天才のクローンですら、原因がわからなかったのだ・・・。

誰もが嫌な予感を拭えずにいた。スパイマジシャンのもたらした恐るべき情報、仲間の誰にも連絡が取れず、敵影もキャッチできない現状。

マックスは、ずっと首の後ろがピリピリとし続けていた。何かとてつもなく嫌なことが起こる前、不思議と決まって彼はこの感じに襲われるのだ。

 

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午後2時46分に、その出来事は起きた。

宮城県沖を震源地とするマグニチュード9の巨大地震が発生。いわき市震度6弱を観測、地震動は数分間も継続し、その長い長い揺れは建築物を積み木のように破壊し崩し、紙細工のように道路を引き裂いた。地滑りに、地盤沈下。沿岸部には津波が押し寄せ、船や、コンテナや、車や、看板や、電柱、そして家々などをごちゃ混ぜに押し流し、街中ではところどころで火事が発生した。

いわき市民はパニックに陥り、我先にと逃げ出した。・・・逃げる⁈ いったいどこに逃げればいいのか⁈ ・・・揺れる、揺れる、揺れる! 何度も押し寄せる余震に、人々は頼れそうなものにしがみつき、悲痛な叫び声をあげ続けた。

「Iwaki基地にいるミクロマンは緊急出動せよ! 一般市民を助けるのだ!!」

基地内のミクロマンたちは様々なマシーンをスクランブルさせる。しかし、パニックになっていたのは人間だけではない。ミクロマンたちもであった。あの、ミクロアースの悲劇を連想させるこの大地震に、強い精神力を持つ彼らも半ばパニックになっていたのである。正常な判断が下せず、本来であれば基地の守りに残すべき隊員の数を、いつもより少なくしてしまっていたのだった。それに気が付いたミクロマンは、基地内に一人も存在していなく・・・。

 

いわき上空でパトロール中であったマックスはその時、なすすべもなく、ロボットマンをホバリングさせていた。東、西、北、南。海岸、海、山、建物、道路、人々、街。どこを見ても阿鼻叫喚の地獄絵図だ。頭が真っ白になっていた。ミクロアースの崩壊がまざまざと脳内にビデオを再生させるかのように流れて行き、眼下の悲劇と重なって見えている。

キャノピーの向こう、空のあちこちに小さくミクロマンやマシーンが散り散りに救助活動に向かう様子が見え始めた時、ようやくマックスは我を取り戻した。

「自分も、仲間と同じく動かなくてはならない・・・!!」

ロボットマンを下降させようとして、はたと彼は思いとどまった。自分が、自分を止めたのだ。“歴戦の戦士としての自分”が、自分自身を。

戦士としての自分が、あることを思い出させた。スパイマジシャンの情報である。もし、アクロイヤーがこの大地震を前もって察知しており、自分たちの何かしらの計画に利用しようとしていたら、何をするか? ・・・人々を襲う? ・・・物資やエネルギー源を強奪する? ・・・いや、おそらくそれは二の次だ。

一番は、彼らにとって邪魔者であるミクロマンを抹殺するための行動を起こすはず。例えば今のこの状況を前提とするならば、人々を救うため出撃した数多くのミクロマンをしり目に、まず手薄になった基地を襲うのではないだろうか。基地をなきものにすれば、この地の残りのミクロマンの士気や統率、組織体制は崩れ去り、アクロイヤーにとって有利になる。少し前からアクロイヤーが水石山とミクロマンの関係性を疑い始めているのではないかと言う報告が上がっていた。想像がすごい勢いで現実味を帯びてくるのをマックスは感じた。

「すまない、みんな、人間のことは任せた!」崩壊する街並みと逃げ惑う人々に後ろ髪を引かれる思いがないわけではなかったが、マックスは意を決するとロボットマンをIwaki基地のある水石山に向けたのだった。

 

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晴天であったはずのいわき上空に暗雲が立ち込め、急激に寒くなると季節外れの雪が降り出し、あっという間に吹雪となり荒れ始めた。雪国ではない、いわきの気候から見て、この天候は尋常ではなかった。地震の起こすエネルギーが天を狂わせたのであろうと後に噂されることになった現象である。

「カモフラージュ・シールドが解けている⁈」水石山付近に近付くにつれ、マックスの知るIwaki基地に出入りできるいくつもの出入口やマシーン発進口を、本来おおっているはずの立体映像がブロックノイズを起こし乱れたり、中にはまったく消えてしまっているが目視できた。

地震による故障に違いない! 残っている仲間は何人だ? アクロイヤーが攻めてきているとしたら何処までだ⁈

基地内とは連絡も取れず、レーダーも利かない最悪の状態である。頼りになるのは自分自身の目と耳と、勇気だけ。ひとまず冷静に状況を判断しようと、悪天候の中、周囲をよく確認すると、森の木々の中にうごめく影がいくつも見られることに気が付いた。いたるところにアクロイヤーや、アクロ兵がおり、なんと4体もの量産型ジャイアンアクロイヤー(初期型・量産タイプ)が基地入り口に向けて山中を前進しているではないか。対空防御を受けないよう、わざと険しい山中を進んでいるようだった。

元から目をつけていたところに、カモフラージュ・シールドが解けていたら、やつらの疑いは確信に変わったことだろう。

「あっ!」マックスの仲間のミクロマンがひとり、出入口で必死に応戦していたが、多勢に無勢、あっという間に倒されてしまったのが見えた。マックスの直観でしかないが、基地内に残っているメンツとマシーンはほんの一部だけのはずだ。このままではあっという間に隊員と基地は全滅させられてしまうことだろう。

マックスは歯を食いしばると、ロボットマンを急下降させ、出入口手前に迫っていたジャイアンアクロイヤーへと突撃させたのである。

 

〔第1話・2011破滅の日<後編>に、つづく〕