ミクロマン -G線上のアリア-

これはミクロマンの、長い長い物語の、あまたある物語のうちの、ほんのひとつにしか過ぎない。

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<後編>

 

午後3時過ぎ、いつもの様に学校が終わった。校舎を後にした綾音は自宅の方には向かわず、無言のまま学校の西側の方角へ向かう道路をひたすら歩いている。彼女の足元には一匹の黒い子猫、そう離れていない上空には一匹の鳩が飛んでおり、同伴するかのように同じ方向に向かっていた。

 

この日の朝、登校すると、綾音のクラス並びに同学年の子供達は、高野胡桃の噂でもちきりになっていた。誰かが仕入れてきた「昨日の夕方、買い物に一人で出掛けてから戻らず行方不明になっているらしい。家族は警察に捜索願を出して一緒に探しているらしい」と言う情報が瞬く間に広まっていたからである。

 

家出したのではないか?

迷子になっているのではないか?

怪我をしてどこかから帰れずにいるのではないか?

人さらいに誘拐されたのではないか?

 

・・・いや、きっと、変質者に殺されてしまったのだ・・・

 

勝手な憶測がいくつも囁かれ、遂には本当かウソかわからぬことを断定的に言いふらし出す子供まで出てきてしまう始末。それを見て、クラスの女子が心を痛め担任に伝えると、校長と担任が一時間目の頭を使って懇切丁寧に、胡桃の両親や警察から学校サイドにあった連絡内容を交えて説明してきたのであった。

「どのような事情からなのかはまだ分かりませんが、高野胡桃さんの姿が見えなくなっているのは事実です。いま、ご両親と警察の皆さんが一生懸命に探しているので、早く見つかるのを祈るばかりです。どうしてこの様なことになったのかは、まだ誰も分かりません。警察の方々がちゃんと調べてくれ、報告もしてくれるはずです。だから、無意味に想像話をしたり噂話を広めるようなことはしてはいけません。ありもしない想像は、高野さんやそのご両親、そしてお友達である皆さんすべての心を傷つけることだからです」

 

もっともらしいその説明を、綾音は半分も聞いていなかった。昨夜、高野家から来た電話から感じた嫌な予感は的中したのだ。そして、あの悪夢も、もしかすると当たっているのかも知れない・・・。

自分の親友は、家出したのでも、迷子になったのでも、変質者に殺されたのでも、ない。アクロイヤー神隠しに遭った可能性が高いのだ。夢にそう出てきたから、と言うだけで、確たる証拠はない。ただ、絶対にそうだと言い切れるほどの“嫌な予感”――確信が綾音の中にはあった。

胡桃の両親や警察は彼女の居場所を突き止め、救出できるだろうか? いや、無理だ。さらった相手はアクロイヤーなのだ。仮に居所を探し出せたとしても、大人とはいえ普通の人間、ミクロマンも手を焼くアクロイヤーの脅威には太刀打ちなどできないだろう。

「・・・親友であり、人々の知らない事情を知っているあたしが、胡桃ちゃんのことを探さなくてはならない・・・」

でも、どうやって? あの夢が昨日、現実に起きた出来事を知らせるものだったとして、出てきた風景はどこだろう? 今思い返してみると、いつかどこかで見かけた風景な気もするが、具体的な場所までは思い出せなかった。

夢の出来事が現実だとするのならば、アクロイヤーの手先と胡桃は、お互いに予期せぬ災害に見舞われたのだ。防空壕の地面が崩れて出来た穴に滑り落ちた。その後のことは分からないが、胡桃が誰にも発見されていないこの現状からして、おそらく出てこれない状況になっており、助けを求めているように思えてならない。

「そうだ、穴が深くて出てこれないとか、怪我して這い上がれないとかで、決して死んでしまっているようなことにはなっていない・・・!!」最後のくだりは完全に綾音の想像であったが、必死に自分に「そういうことなのだ!」と言い聞かせていたものである。

モヤモヤする気持ちのまま時間だけが過ぎていく。授業などさっぱり身が入らない。そして昼休み時間のこと。綾音のピンクのスマホにLINE通知が届いた。陽斗からだった。

 

陽斗『こんにちは、綾音さん。“神隠しがやってくる”に関係する話かどうか分からないけど、LINEの友人達から先程、おかしな情報が入りました。

ひとつ目。どうやら綾音さんの学校の女子が昨日の夕方どこかへ出掛けてから帰らないでいるらしいです。知ってた?

ふたつ目。綾音さんの学校の西側(?)、それほど離れていないところに、周りを低い山に囲まれた、ほとんどが田んぼばかりの場所があるらしいんだけど、昨日の夕方、そこの農道をピンクのカーディガンを着た女の子が、ふらふらしたおかしな足取りで歩いていたらしい。関係あるのかなぁ?』

 

メッセージを読んでいる途中から、綾音は己の脳裏に、すっかりと忘れ去ってしまっていた目にしたことのある風景の記憶がまざまざと呼び起されてくるのを感じ取っていたのだった。随分と前のことなのだが、綾音は自転車に乗れるようになった頃、友人たちと街中や外に広がる田園風景の田舎道を走り回って遊んでばかりいたことがある。自転車を運転できるようになって面白くて面白くて仕方なかったのだ。

「あの時だ・・・!」夢に出てきたのとそっくりの場所を走ったことがあったのは。それこそは陽斗が知らせてくれた学校の西の方角にある低い山に囲まれた農業地帯なのである。

少女は「情報ありがとうね、恩に着るよ!」とだけ返信すると、スマホの画面を消したのであった。

綾音は学校が終わると、護衛であるジャガーとハリケンバードを呼び出し、共に早足で西に向かって歩き出したのである。

 

そこはまさしく夢の中に出てきた場所であった

綾音の向かった先は、行き止まりと言う訳ではないのだが、田んぼの持ち主である近所の農家の人間が行ったり来たりするだけの場所で、ほとんど人通りがない。周囲は緑豊かな小さな山々に囲まれており、広がるのは田んぼばかり。人家も見えるが、ぽつらぽつらとあるだけ。農道から外れた先には、途中から山の木々に融合してしまっている深い竹林もある。そこはまさしく夢で見た風景と一致する場所であった。

学校から歩いて、時間にして30分程である。どこを捜索しているのかは知らないが、胡桃の両親や警察官の姿はどこにもない。

 

 

綾音は竹林の手前まで来ると一度立ち止まった。よく見ないと分からないが、竹の生い茂る林の中に、使われなくなって久しい小道があるのが見て取れる。夢と同じく、枯れ葉の絨毯が敷かれ、竹があちこちに伸びてきている小道だ。

何処をどう見ても、夢の世界の光景と一致する。この奥に、窪地があり、防空壕があるはずなのだ。そこに、胡桃と、おそらくアクロイヤーがいる・・・!

綾音はゴクリと唾を飲み込み、両手を握りしめると、奥へ奥へと伸びる枯れ葉の絨毯に導かれるようにして竹林内部へと進み始めたのであった。

親友は絶対に生きているし助け出さなくてはならないという使命感、親友を罠にはめて誘拐したアクロイヤーに対する激しい怒り。怖い気持ちがないわけではなかったが、心臓は高鳴り、全身の血が沸々と熱く煮えたぎるような感覚がしてくる。彼女の中に存在する正義感が大爆発しそうになってきていたのだ。

 

――同時刻。磐城家、綾音の部屋。

アルティメット整備工場内、ロボット整備区画に鎮座していた超高性能万能型ロボが突如として起動音を上げた。通常ではない綾音の生体オーラ反応を感知、自律行動プログラムが動き出したのである。ロボットマンから指令基地に遠隔操作がなされ、綾音の部屋の窓ならびに工場ロボット発進口シャッターが開かれた。

「それ来たぞ!」相も変わらずミクロ・ワイルドザウルスの大修理に取り掛かっていたマックスとアイザックがロボットマンに振り返った。両の腰と足裏からジェット噴射音を立てて、巨体が外界に飛び出していく。

 

 

「綾音にまた何かあったんだ! アイザック、出来る限り、ロボットマンを追跡してくれ!」「了解である!」マックスの言葉にアイザックは手際よく左腕前腕部に取り付けられた小型コンピュータを操作し、追跡装置から発せられるデータの確認を開始する。

一方、マックスは、腕の通信ウォッチで指令基地内のアリスを呼んだのであった。「アリス、パトロール中のマイケルに通信を入れてくれ。ロボットマンが出撃した、アイザックからそちらに追跡データを送ってもらうので可能ならそのままロボットマンを追いかけ一緒に綾音のもとに行って欲しい、と伝えるんだ!」

 

 

――竹林は思ったより奥行がなかった。綾音はあっという間に崖上にたどり着く。密集して生えている太い竹の陰にこごまって隠れながらそっと眼下を覗くと、夢と同じ形をした狭い空き地の様な窪地と大きな防空壕があった。穴の入り口付近には、アクロメカロボ1体、アクロ兵1体、そして真っ黒い色をしたカニのような姿のロボットがいる。目視できないほどの距離ではないし、何より視力の良い少女であったので、小動物や虫などを見間違えているわけではない。

メカロボとアクロ兵は直立不動の姿勢で立っているのだが、カニだけは横歩きで左右にあちこちうろつき回り、ブツブツ独り言を口にしていた。しかも、かなりの早口である。

「どうしよう、どうしようダッチ! うまくランドセルに潜り込んで家までついて行って、ひとり買い物に出たところで催眠術にかけてここまでうまく連れて来れたのに、いきなり、まさか、こんな超アクシデントに見舞われるとは、ボクちゃんは本当についていないザンス! いつも必死に間違いが起きないようにって悩みに悩んで考え行動しているのに~ぃ! 本来なら誘拐してきてすぐに検査を行わなければならないのに、もうそれどころではない事態になっちまった。“探し求める子”ならデモンブラック様にすぐ引き渡さなくてはならないし、もし関わりない子なら早く帰さなくてはならないのに、もう一晩も経ってしまったダッチよ。なんてこったい、もう言い訳が絶たない! それに、娘を引き上げたくとも、この人数では~・・・」

カニはアクロメカロボにすがりつき、「不運に襲われて大変なんです、こうなった場合どうしたらいいですか、応援よこしてください・・・なーんてデモンブラック様に報告したら、きっと『役立たずは消すしかないねぇ~!!』とか言われて、ボクちゃん絶対に処刑されちまうダッチよ! もう、どうしたらいいザンスかーっ!」と泣き言を口にし出す始末。しかし、自律型ではないメカロボやアクロ兵は何か答えたり励ますようなことは一切せずに黙りこくっているだけだ。

「ンもう、お前ら、なんも話せなくて、相談相手にならないダッチ! ボクちゃん、ひとまず寝っぱなしのあの子供の様子を見てくるから、ここを見張ってるんだぞ!」カニは落胆した面持ちのままヨタヨタした歩みで防空壕の中に消え去って行ったのであった。

 

独り言で、今までの流れ、そして今起きている状況や自分の気持ちをすべて説明してしまっている。明らかに昨日の下校時のカニ騒ぎはあいつが起こしたもので、ここのリーダー格を務めているのもあいつなのだろう。周りを気にせず、心に思っていることをベラベラと口に出すことで自己納得や安心感を得る、自分本位な性格なのだろうか? どうであれ、ここにミクロマンの仲間であるあたしがいると言うのに、全情報をアナウンスしてしまうとは、間抜けと言うべきか、哀れと言うべきか。綾音はさすがに呆れ返った。アクロイヤーにはあんなおバカさんもいるのか・・・。

ずっと様子を窺っていた綾音は、窪地から発見されぬよう身をかがめたまま、そっと後退したのだった。マックスとの約束を思い出し、通信を入れることにする。ミクロ・ウォッチからはサーッと言うノイズ音が聞こえてくるだけで、やり取りすることは不可能であった。ここに濃度の高いアクロ妨害粒子が撒かれていることは想像に難くない。頭に血が上っていたこともあり、ここに来る前に通信を入れることはすっかりと忘れてしまっていた少女である。

「ミスったかな。でも、このままここを離れるのは嫌。そうだなぁ・・・ジャガー、ごめんだけど、逆戻りして通信できそうな場所からマックス達にこちらのことを伝えてくれない? 応援に来てもらってよ」綾音の考えに、ジャガーは心配そうな目で首を傾げて見せる。「あたしはここでやつらを見張ってる。大丈夫、この間みたいにムチャはしないからさ」そう言われるが、主人から視線を外さないジャガーだ。目元が、ちょっぴり主人の言葉を疑っている色をしている。

「マジ、お願い!」手を合わせられ、黒豹は仕方なしにくるりと身をひるがえすと、命令通りにいま来た道を音もなく凄いスピードで逆戻りしていったのであった。

姿が見えなくなってから、綾音は「ミクロ・チェンージ!」とコマンドを口にし、ミクロ・ウォッチの力でミクロ化した。小さくなっただけではない。時計に仕掛けられたパワーにより、大人の女性ミクロマン――スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう姿格好となる。

ジャガー、ほんとゴメンだよ」綾音の口にしたこの二度目のゴメンは「ムチャはしない」と口にしたことがウソであったことを謝罪するものであった。アクロイヤーがウロウロしている中に親友がいるのだ、一分一秒を争う事態である。今すぐにでも動き出し、どうしても助けなくてはならない。それが親友である自分の役目、為さねばならぬことなのだ。

鳥型のハリケンバードの方を残したのには、彼女なりに考えてのことであった。防空壕前には見張りがいる。窪地には隠れるような場所は見当たらなく、歩いて降りて行っては見つけてくださいと言っているようなものだ。それならば、空を飛べる仲間がいた方が何とかなるかも知れない。また、夢の光景では開いた大穴は大きく、急斜面になっており深さもそれなりにあったように感じた。あそこを降りていく手段も、飛行であった方が得策なのではないか? そう見越したのである。

彼女はもう一度崖のそばの竹の陰まで戻り、背負っていたランドセルを降ろすと、そっと下を覗き込んだ。二体のアクロイヤーの配下は、防空壕の端と端までわかれて各自見張っている。綾音は草むらの陰にミクロ化したランドセルを隠すと振り返り、鳩の姿を解除し、赤いボディの猛禽類型ロボット鳥の姿となったハリケンバードを見た。

「さて、まずはどうしますかね?」少女は腕組みをすると、今度は視線を落とす。

ハリケンは微かに首を傾げ、命令を下す主人たる綾音をジッと見つめるばかりだ。

 

「・・・ん?」どこか遠くから、何かがこちらに向かって飛んでくる音がする。ジェット噴射音だろうか。「何者?!」と、少女と鳥が音のする竹林の入り口の方に振り返ると、竹の幹を避けながら、見たことのある雄姿がこちらに近付いてくるのが分かった。

「ロボットマン?!」おそらく窪地の一団に気付かれぬようと配慮したのだろう、超高性能万能型ロボットは、わざと崖から離れたところでそっと地面に着地した。

綾音とハリケンが近寄ると、パワードーム(胸部コクピットキャノピー)がひとりでに開く。中には誰も乗っていない。前回同様、光の束が浴びせかけられると、綾音は問答無用で中へと吸い込まれてしまったのであった。

「ロボットマン、力を貸しに来てくれたんだね! あんたが一緒なら百人力だよ!」感謝の言葉を伝える綾音だが、それに対しては何も答えない万能型ロボット。やはり前回同様、この後は、うんともすんとも動きを見せなくなる。綾音は再度、コクピット内で腕組みをすると、しばし思案したのだった。

綾音は「よし!」とひとり頷くと、ロボットマンをハリケンに向けた。「皆で力を合わせて、胡桃ちゃんを助けよう。ハリケン、考えがある。ロボットマンを運んで空を飛んでよ」

ハリケンは首を傾げた。そして、右の翼(右手?)でロボットマンを指すと、そのまま両翼を広げて見せる。「言いたいことは分かってる。本当ならボットマンは飛べるんでしょ? 漁網倉庫の件の後、改めてマックス達に聞かされて分かってるよ。でもさ、あたし、飛ばし方、わっかんないんだよねぇ~」ハリケンは肩をすくめると、次に綾音の頭を指差した。「皆まで言うな。操縦者の考えを読み取って動くのも知ってるって」

綾音は口を一文字に閉じると、酷く真面目な表情になり、コクピット内から空を仰いでみせた。右手は天を突くように上に向け伸ばしている。何を念じているのかは言うまでもない。「ダメだ! 飛べん! 意思もへったくれもない、あたし飛んだことないから、飛ぶと言うイメージが浮かばないんだよッ!」ハリケンは嘴をあんぐりと開けたのであった。

 

――パイロットが「この様な動きを取らせたい」と思う意思を読み解き、そのまま巨体の動きにトレースさせるシステムを持つのがロボットマンである。ここで言うところの意思とは、操縦者の経験に基づく己自身の運動の動きだったり、または出来そうだと感じている身体の動きを“心にイメージしたもの”を指すのだが、そこには“空想上のイマジネーションにおけるアクション行為”も含まれるものだ。代表的な例が“飛行”である。仮に飛べない者であったとしても、“飛ぶと言う行為を己が行っている姿を空想する”ことで、本人には有り得ない飛行を、代わりにロボットマンに行わさせることが出来るのだ。この優れた意思反映システムを搭載していることこそが、「乗り手の思うがままに動く他に類を見ないスーパーロボット」と言われる所以なのであった。

なので、本来ならロボットマンは綾音の空飛ぶイマジネーションを読み解き飛べるはずであった・・・のだが、変に現実派の少女であったが故、「人間とは飛ぶ様にはできていない、飛ぶとは果たしてどういう感じなのか?」とかしこまって悩み考えすぎてしまっていることが原因となり、ロボットマンを飛ばすことが出来なかったのである――。

 

「どのみちジェットで大音立てて飛んで行ったら即バレするから、ダメだと思う。敵の数も分からないし、第一、人質同然の胡桃ちゃんが今どういう状況にあるのか分からないから下手に騒ぎ立てるのはまずいっしょ? だからね・・・」彼女は思いついた作戦をハリケンに耳打ちしたのであった。

 

――崖下の窪地はほんとうに小さな空き地だ。横幅10m未満と言ったところか。防空壕の入り口の広さは4~5mほど。穴の両サイド付近に、シャレコウベを模したアクロメカロボと、骨格標本のような姿のアクロ兵が見張っている。2体の悪魔の使いは、それぞれ周囲の竹林に目を向けており、その時、お互いの間にある空間や真上の方までは見ていなかった。

彼らは気が付いていない。窪地とその周囲から物音が消え去っていることを。つい先程まで鳥のさえずりや虫の音が聞こえてきていたはずなのに。

自然とは正直だ。いつもと大きく違う空気の変化を感じ取れば、身を潜める習性を持っているのである。この時の変化は、狩人が獲物を狙う時の殺気の登場、であった。

 

アクロ兵はふと何かの気配を感じ、振り返ろうとした。その時、いきなり何か巨大なものに体を背中側から瞬間的に鷲掴みにされ、自分が空中に連れ去られたのを知る。無理に首を捻ってなんとか後ろを確認すると、巨大な銀色のアゴと首と思わしきものが目前にあった。内蔵されたコンピュータがインプットされているデータ情報から照合するものを探し出そうとする。が、照合結果が出るより早く、何も出来ずに彼は動きを完全に停止させることになったのだった。アクロ兵は首の持ち主である巨人の巨大な両手により、頭と胴体を完全に握りつぶされてしまったのだ。

時間にしてほんの一瞬の出来事であり、耳に入ってくるような大きな物音は一切何もしなかった。

 

窪地のアクロメカロボは、自分が任せられている側には特に異常がないままなので、別の方角も確認しようと顔を横に振った。角度からして、もう一方の側の見張りであるアクロ兵も視線に入ってくるはずであったが、いつの間にやら姿が見えなくなっているではないか。勝手に持ち場を離れようはずがない。だが、別の場所へ移動すると言う連絡通信も受けてはいなかった。どうしたことだろうと彼の電子頭脳が分析しようとする。

瞬間、いきなりスーッと何かが空より近づいてくるような気配が背中の方でしたことに気が付いた。メカロボは右旋回する形で後ろを向こうとする。そうやって向き終わるか終わらないうちに、何か巨大なものにそっと抱きかかえられて彼は宙に浮かんでしまったのだった。

抱きしめてきた者と密着しすぎていて相手の全体像が分からない。赤い胸の様なものは見えている。アクロ兵同様、見える範囲の情報でデータ照合を行うが、答えが出る前に彼は巨大な者の、白い両腕の凄まじき怪力たる抱擁を受け、胴体であるシャレコウベがひょうたん型に醜くひしゃげつぶされ機能を停止、息絶えてしまったのであった。

これも同じく時間にしてほんの一瞬の出来事であり、耳に入ってくるような大きな物音は一切何もしなかったものだ。

 

窪地とその周囲に、音が戻った。鳥のさえずりや虫の音が聞こえ出したのだ。

自然とは正直である。場の空気が何も問題ない平和なものになりさえすれば、その気配をすぐさま元通りに戻すのだから。

 

――カニサンダーは、下に向かって開いた巨大な大穴の底、砕け、崩れ落ち粉々になった岩々の被害が及んでいない、平たい岩肌が地面に広がる一番奥の壁際にいる。地面は、防空壕の入り口から約3mほど低い状態になってしまってはいるが、開口部よりなんとか外の光が届いており、何も見えないわけではない。

カニサンダーの前には一人の少女が横たわっている。薄ピンク色のカーディガン、赤いチェック柄スカート姿の胡桃だ。彼女は意識を失っているのか、はたまた寝ているのか、スースーと寝息を立てている。

彼の本来の計画では、この人々に忘れ去られた竹林奥の防空壕跡を拠点とし、該当する子供たちを催眠術にかけては次々にここに連れてくる算段になっていた。それが一人目の子供であるこの少女を連れてきた時のこと、いきなり防空壕の地面が崩れたのだ。想像でしかないが、おそらく防空壕の下にたまたま大きな空洞があり、それが浸水やら地震の影響を長きに渡り受け続けたことから、地面――下側から見れば天井――が脆くなっていたに違いない。運なくまさかのこの時に崩れてしまったようなのである。

「色々と注意して行動してるはずなのに、なんてボクちゃんはついていないんダッチ・・・」己の不運を嘆く黒いカニロボ。先日、このアクシデントが訪れパニックに陥った以降、彼はあれこれとどうすべきか悩んでいたが、こうしているのはもう限界だ、兎にも角にもこの少女をなんとかして外に連れ出し、とっとと帰してしまわないことには事態が更に悪化することになる、早く手を打とう! と今まさに決断していたところである。

「おい!」岩陰に声を掛けると、一体のアクロメカロボが暗がりからヌッと顔を出してきた。見知ったはずのシャレコウベの顔に、一瞬ギョッとする憶病な黒カニ

「お、お前、すまんが外のふたりを呼んで連れて来てくれないかダッチ。ボクちゃんたち、ここで全部で4人いるわけだから、なんとか全員で協力して持ち上げるなり、担架作るなりして、子供を外まで運ぶザンス・・・無理な気がするけどぉ・・・やらないといけないしぃ・・・」最後は完全に心が折れている泣きそうな声だ。

アクロメカロボは短い右腕で敬礼すると、これまた短足の脚でひょこひょこと外に向け歩いて行ったのであった。

「まったくもって人数調整も失敗したダッチ。下手に大人数で動いて人間にばれたらヤバいと計算して少人数にしたのが、仇になった・・・」ああ、あんなに考えに考えて決めたことなのに、こうなってしまうと逆に手がたらな過ぎだ。どうやったらうまく少女のことを上に引き上げられるだろうかと、カニサンダーは闇の中に輝く光る出入口に目をやる。

崩れた場所は、上の出入り口まで急な坂道になってしまっており、いくら相手が小さな子供と言っても少人数であそこを引き上げるのは至難の業だろう。彼は、深い深いため息をついたのであった。

 

3分・・・経過。

5分・・・経過。

7分・・・経過。

 

カニサンダーは小石に座って待ち続けていたのだが、待てど暮らせど部下たちは一向にやってこない。いつしか彼はイラつき、四本の足を貧乏ゆすりでガタガタとさせていたのだった。出入口との距離は50mも100mもあるわけではない。目と鼻の先なのだ。すぐに戻って来れるはずだろう。

「ん、もうッ!」カニサンダーは待ちきれなくなり、鼻息も荒く、出入口に向かって横歩きをし出したのであった。どうしてこう思い通りにならないと言うか、不安になると言うか、マイナスな思考に輪をかけるような展開ばかり起こるのであろうか。またまた深ーいため息をつく。

「よいしょ」と声を出しながら途中の大岩をよじ登り、向こう側に降りた時のこと。

「ヒュッ!」と自分の真横を何かがすごい勢いで横切ったかと思ったら、「グワシャッ!」と乗り越えてきた大岩にそれがぶつかり巨大な激突音を立てたので、彼は腰を抜かさんほどに驚いた。

何が飛んで来たのだろうと右横を見ると、岩に蜘蛛の巣状のヒビが走り、中心にひしゃげた大きなものがもたれ掛かっている。

「ヒッ!」カニサンダーは小さく悲鳴を上げた。それは全身がまるで雑巾を絞ったかのような形に歪んでしまっている、先ほど出入口に向かわせた部下であったのだ。機能は完全に停止しているようで身動き一つしない。とても信じられない壊され方である。彼は一気に血の気(?)が引いた。黒いはずのボディがどうしたことか真っ青な色に変色していく。

悲惨で哀れな姿に変わり果てたアクロメカロボが飛んで来たと思われる出入口方向を青ざめながら確認するが、動くものは何もない。外からは鳥のさえずりなどが聞こえてきているが、防空壕内は静まり返り、やってきているはずの他の二体の部下の気配も一切感じ取られなかったのであった。

関係ない者がたまたまこの状況に居合わせたとしても、怖いほどである。人一倍憶病な彼だ、それを上回る恐怖に包まれていたのであった。

カニサンダーは鳥肌(?)が立つ中、一生懸命に出入口方面を端から端まで何度も何度も再確認した。でも、やはり、誰もいない。「な、な、な、なんザンス・・・??? ど、ど、ど、どういうことダッチ・・・???」カニサンダーはゴクリと唾を飲み込むと、ガタガタと震えながら、背中を岩に押し付けたのであった。頼れるものが欲しかったのだ。

「・・・ここにいるアクロイヤーは、あんたが最後だ・・・」いきなり、若い女の声がした。突然のことに恐怖は大爆発、今度は石の様に全身硬直してしまうカニ

「・・・?!」スーッと音もなく、目の前に巨大な何かが降り立った。巨大なものの背中から大きな鳥のようなものが離れ、翼を羽ばたかせて上に戻っていく。目の前のそれはゆっくりと身をかがめ、カニサンダーを覗き込んできた。逆光で目の前が暗くなり最初はわからなかったが、彼の両目の逆光露出補正機能が働くと、すぐにそれが銀色の頭部を持つ赤い胸をした巨大人型ロボットであることを知る。

「お、お前は・・・、ロボットマン?!」データ照合に合致したその姿形が、噂に名高いミクロマンの超ロボットであることから、カニサンダーは呻いた。

 

 

先ほど綾音はハリケンバードに、ロボットマンの両肩を鷲掴みにさせると、上空に舞い上がらせたのであった。確かにロボットマンは重いし、運びながらではあれこれと小回りを利かせて飛び回るには不便だ。だが、通常の飛行能力に加え、ハリケンには反重力ジャンパー機能も搭載されており、状況に応じて飛行手段を切り替えることができた。だから、大きな荷物を運んでいたとしても、反重力装置の助けを借りさえすれば、大まか且つ単純な飛行ルートを取るぐらいなら問題なかったのである。

それに、だ。この猛禽類型機械生命体も、マグネジャガー同様、極限にまで高められた超隠密能力や索敵機能を持っている。状況どうあれ、音もなく空を自由に飛び回ることなど容易い。

綾音はハリケンに指示を出し、大空を舞わせ、タイミングを見ては敵の死角に向けて急降下、地面すれすれを滑空させ次々にアクロ兵やアクロメカロボに奇襲攻撃を仕掛けたのである。ロボットマンを使い、他の敵に気付かれぬよう1体ずつほぼ瞬時に破壊して葬り去ると言う攻撃パターンを繰り返したのだ。

 

飛んだままの状態で防空壕内に潜入後、自分の心の声を独り言にしてくれるこの間抜けなリーダー格のおかげで、場のアクロイヤーの数が知れたことから、綾音は段取りを考えることが出来たのだった。ケガはしているかもしれないが、胡桃が死んでしまったり苦しんでいるわけでないことを知ると、少し安心感も出た。

しかし、頂点に達した怒りはそのままである。この間の群青色した樽型のリーダー格ロボット同様、黒カニも“話のやり取りができるロボット”に違いない。綾音はすぐに倒してしまっては面白くない、怒りの捌け口としてやるのだ、と怒りの形相になった。

少女は出入口に向かってきたメカロボを、やはり音もなく天井方面から襲い掛かり捕獲、逃がさぬようロボットマンに抱え込ませ、やはり両の手の怪力で持ってぞうきんを絞る要領で瞬時に破壊。そしてカニサンダーの様子を観察、タイミングを見計らって倒したシャレコウベをワザと外して投げつけた訳だったのである。

 

いま流行の壁ドン…

ドンッ! と、ロボットマンの右の拳が、カニサンダーの左側の岩壁を鋭く突いた。拳が入った場所を中心点として、蜘蛛の巣状のヒビ割れが一気に走る。

「ヒッ!」カニサンダーの喉が恐怖で鳴る。「ま、待ってくれダッチ、こ、殺さないでくれぇ!」逆光により、黒いシルエット化した不気味な巨人に見えるロボットマンが答えた。「殺す? そんなことするわけないじゃん! いま流行りの壁ドンしただけだよ!」逆光でうまく見えないが、赤い胸の中心にある操縦席内部にいる女性ミクロマンが声の持ち主のようで、荒々しい語気からその怒りようが激しく伝わってくる。

ほんの少しでもズレたら死に至る恐怖の壁ドンである。左にはロボットマンの太い右腕、右にはカニサンダーよりも大きなひしゃげたアクロメカロボ、前には巨大ロボットマン、後ろは岩壁。彼はこれが、ロボットマンが自分を逃がさぬために行った計算済みの位置づけとすぐに気が付いた。

「おめっちゃ変質者か⁈ 誘拐すんじゃねぇ!!」女ミクロマンがドスの利いた大声を上げる。

「ち・・・違う! 僕ちんは変質者じゃないし、そもそも好きでやってるんじゃないダッチよぅ!」カニサンダーは今にも殺されかねないと、悲鳴を上げた。

「何が違うんだよ! お前もアクロイヤーで、仲間全員して悪さしてるんだろがッ!!」相手のドスの利いた声がどんどん大きくなっている。これは非常にまずいとカニは青ざめるのを通り越し、全身が真っ白になってきてしまったのであった。

「命令されて、仕方なくやってるダッチよ!」内部事情を話して良いはずもないが、恐怖のあまり正常な思考を巡らせることが出来なくなってきていたカニサンダーは思わず洩らしてしまう。

「命令されて仕方なく? 本当なんだろうねッ⁈ ウソだったら承知しないよ⁉」ロボットマンの握りしめられる左の拳がギリギリと音を立て肩まで上がってきていた。「何のどういう命令だ? そもそも、なんでお前たちは子供をさらっているんだ? 目的は?」まくし立てるように尋問してくる女ミクロマンに、カニサンダーは首を激しく左右に振る。「そ、それを教えることはできないザンス! 他言するなとの命令もあるんだ!」

ゴガンッ! と、ロボットマンの左の拳が、動かぬシャレコウベに凄まじい勢いで突き入れられる。骸骨の片方の目玉が飛び出し、宙を飛んでカニサンダーのハサミ状の手の間に偶然収まった。ギョッとしてそれを地面に放り出すカニ

「あんたの目玉もこういう風に飛び出すか、試してやろうか?!」カニサンダーは激しく右手を左右に振って見せた。なんだかこの展開は昨日の学校と同じではないか。高野胡桃の友人の何とかいう子が、少年を脅していたのとそっくりの流れである。人間の女の子も、ミクロマンの女も、今はこういうタイプが多いのであろうか。昨日も思ったが、絡むのはすべてにおいてメンドクサソウで、真にこの手のタイプには関わり合いになりたくないと思っていたのに、ボクちゃんは重ね重ね不幸だ・・・。

「何ブツブツ言ってんだよッ!」カニサンダーは無意識に思っていることを小声で口にしてしまっていたようである。女性ミクロマンは怒り、ロボットの右手が振り上げられた。

「あああ、あ、あの、“G”だ! “G”だよ! “G”について調べているんだ~」今度こそ殺されると、泣き喚くようにカニサンダーは告げた。「は? ジー?」ロボットマンが小さく首を傾げる。「アルファベットの“G”!」「ああ、その“G”ね。で、それって何?!」「こ、子供の・・・」正常に判断できなくなっていたカニサンダーはあやうく誘導されそうになっていることにハタと気が付き、慌てて口を閉ざした。

ロボットマン内部にいた綾音は思わぬ流れから、敵の計画が何なのか判明しそうになってきていることに驚いていた。深く考えて尋問した訳ではなかった。怒りをぶちまける形で相手とやりとりしているうちに、なんとなくその話の流れになってしまったのである。

どのような計画がなされようとしているのか敵側から聞ける! 期待した綾音だったが、ここで思いもよらぬ事態が起こることになる。

「んッ⁉ ああ・・・ッ?! う・・・⁉ く、苦しい・・・?! ま、ま、待ってください、デモンブラック様! 秘密なんて洩らしていません・・・!! い、命だけ・・・は・・・ッ‼」黒いカニは目玉をグルグルと回しながら胸を押さえ、足取りをフラフラさせたと思ったら、突如その場に崩れ落ち、動かなくなってしまったのである。

綾音はロボットマンに、黒いカニを数回、軽くつつかせてみた。まったくピクリともしない。死んでしまったようだ・・・。

なんてことだろう。秘密の一部を口にしてしまった役に立たないダメ部下が、悪魔軍のパワハラ上司に見限られ、抹殺装置を作動させられヒーローの目の前で息絶える。まさしく、ヒーロー番組の中で見たあのシーンではないか。

「可哀想なやつめ!」胡桃を事件に巻き込んだ加害者なので同情など寄せるつもりはなかったが、一応、慰めのひとことをかけてやる綾音であった。正義の味方たるものは、慈悲深さや寛大な心を持つものなのである(と、彼女は思っている)。

 

秘密のすべてを聞き出せなかったのは惜しいことをしたかも知れない。でも、今回の目的は敵の調査ではなく、胡桃の救出だ。兎にも角にも、これで今回のこの事件はひとまず解決であろう。綾音はロボットマンを立たせると、胡桃の方へと向き直させたのだった。

すると、胡桃はいつの間にか目を覚ましており、女の子座りをしてこちらをジッと見ていたではないか。

「胡桃ちゃん! 気が付いたんだね! 良かった~!!」綾音はロボットマンを胡桃の元へと走らせる。近付くにつれ、なんだか思った以上に胡桃が大きく見え始めたので、ひと晩あわないうちに、こんなに子供は大きく成長するものなのかと不思議に思った。親友の前までたどり着くと、胡桃がまるで巨人に見え、綾音はポカンと口を開け呆然としてしまう。小さい子供なのに巨人とはこれ如何に。

防空壕の天井付近を舞って様子を窺っていたハリケンバードがロボットマンの脇に慌てたように舞い降り、左右の翼(手?)の両先端を正確に縦10cmの感覚に開けて、必死に綾音の前に近付けアピールしてくる。

綾音は程なくしてハリケンが伝えたがっていることが分かり、「アッ!」と小さく声を上げてしまったのだった。胡桃の無事な姿を目にしてすっかり忘れてしまっていたが、自分は今ミクロ化し、ロボットマンに乗っていたのだ。そのまんまで胡桃に声を掛け、彼女の元に走り寄ってきてしまったのである。なんという大失敗・・・!!!!!!

慌てながら綾音がどう誤魔化そうか、と思始めた矢先、「あれ・・・」胡桃が膝元にいる一向に対して、後方を指さしてみせた。綾音たちが振り返ると、死んだはずの黒いカニロボットが素早い横歩きで出入口付近まで歩いて行っているではないか!

「あッ! あいつ、ウソついて死んだふりしてたのか⁉」唖然とする綾音。

カニサンダーは少女たちにバイバイと片手を振ると、猛スピードで斜面を駆け上り、外に脱兎のごとく飛び出して行った。

「ハリケン、あいつを追いかけて! なんなら食べちゃってもいいよ!」例えばを交えて倒せと命令したつもりだったのに、ハリケンは急に嬉しそうに両目を輝かせると、右の翼(右手?)を敬礼のポーズにし、物凄い勢いで飛んで行ったのである。

 

静かな防空壕内に取り残される少女二人。気まずい中、綾音は取り合えず、誤魔化すだけ誤魔化してみようと、話を切り出した。

「胡桃ちゃん・・・いや、あの、胡桃さん。この姿や、今の出来事を見て驚いたことでしょう? 安心してください、決して怪しいものではありません。私は遠い宇宙の彼方、ミクロアースと言う惑星から地球の平和を守る為にやってきた、今はいわきのリアルご当地ヒーローを務めているミクロマンと言うものです。体こそ小さいですが、私は巨人の様なスーパーパワーや超能力を持つ、正義の使者なんです。いま倒したあいつらは、アクロイヤーと言う悪者。私の仕事は地球の人々に迷惑が掛からないよう、極秘のうちにやつらを退治することなのです」綾音はそれっぽいセリフを必死に考えだしながら、たどたどしく挨拶を含む事情説明をする。

「ロボットの中にいるのは、小人に変身した綾音ちゃんでしょう?」いきなり胡桃がロボットマンを両手で抱え、胸のキャノピーの中を覗き込んできた。綾音は完全にバレていることを直感した。姿形は変わっているはずなのに、なんでバレたのであろうか? 声だろうか?

「あ、あの、その・・・」しどろもどろになる小人の女の子に、胡桃が見る者に安心感をもたらす、いつものあの可愛らしいほほ笑みを見せてきた。

「ごめんね。実はこの間、漁網倉庫に綾音ちゃんが一人で向かった時、どういうことなんだろうって気になっちゃって追いかけたんだ。そしたらゴミ集積場のところで変身したところを見てしまって。その後の、倉庫の中の出来事も、途中まで見ちゃったの」

「・・・・・・・・・」

「さすがにビックリした。けどね、多分、なにか深い事情があって、変身したり、悪いやつと戦っているんだろうな、でも様子からして、そのことは誰にも秘密にしなければならないことなんだろうなって思ったの。だから、私わざと知らないふりしてたんだ。大切な綾音ちゃんの気持ちを尊重して上げたいって思ったから・・・」

「・・・・・・・・・」

「細かくは良く分からないけど、私をここに連れてきたあのカニみたいのとか、ガイコツみたいな妖怪ロボットが子供をさらうのを止めたり、やっつけてるんだよね?」

「・・・あいつらに連れられてきたの、分かったの?」催眠状態にあったはずであろう、どうして、と綾音は思わず質問してしまう。

「うん。なんだかボンヤリしてて思い出せないことばかりだけど、この洞窟みたいなところに落っこちた時にハッと目が覚めた感じになって、それからのことは覚えてる。それに、私のそばで、あのカニみたいのが色々と独り言を言ってて、話す内容からなんとなく事情は察せたんだ。怖いから、ずっと気を失ってるふりをしてた。隙を見て逃げようかとも考えたけど、出口の斜面が高いし急だし、運動音痴の私ではとても上がれなくって」

「・・・・・・・・・」

「正義の味方するのも大変だよね。私、誰にも秘密は言ってないし、これからも黙ってるから安心してね」

「胡桃ちゃん・・・・・・・・・ありがとう」

綾音はロボットマンの中で女性ミクロマンへの偽装のみを解き、改めて自分がミクロ化している姿を胡桃に見せたのであった。そしてミクロマンに断わりなくではあったが、友人にかいつまんで今までの出来事を説明したのであった。もう半分以上バレてしまっていることだし、親友を目の前にしてこれ以上、偽ったり誤魔化すことに気がひけたのだ。それに胡桃は信用のおける人柄であり、なにより少女にとって大親友なのである。共有した秘密は絶対に他言しないはずだ。事後報告にはなるが、マックス達も分かってくれるはずである――。

 

「胡桃ちゃん、皆が心配してる。胡桃ちゃんのパパやママも、警察の人も捜してるんだよ。手伝うから、早くここを出よう。・・・あ! でも! ひと晩姿が見えなくなったこと、なんて言い訳しようか・・・?!」

綾音はその問題があることに頭が痛くなった。胡桃はアクロイヤーにかどわかされてここに連れてこさせられたのだ。でも、それを語ることはできない。アクロイヤーミクロマンのことは他の人には秘密にしなければならないのだから。

人さらいに連れて来させられたとウソでもつくべきか? しかし、防空壕が崩れた流れも話に含めなくてはならなくなるのに、それはどうする? ウソにウソを重ねる作り話は、信憑性に欠ける結果になることだろう。

他者のせいでこの状況下に置かれたのでないとするのならば、おかしな話ではあるが、自分の意思でこの状況を生み出したことにせざるを得ない。と言うことは、胡桃は皆に心配をかけた悪い子にならなければならないことになってしまうのではないか・・・!?

胡桃は綾音の心配を見透かしたように、にっこり微笑むと、こう述べたのであった。「大丈夫。自由研究で、戦争時代とか防空壕について調べようとして、前から気になってたここに来て、穴に落ちて帰れなくなったことにすればいいんだよ」

「なるほど・・・、いや、でも、それじゃ胡桃ちゃんが心配かけるようなことをしたって思われちゃうんじゃない? 胡桃ちゃんが悪いことにされちゃう。本当に悪いのはアクロイヤーなんだから!」

「そうだけど、そういう風にでも言って誤魔化さなくては、アクロイヤーのこと、強いてはミクロマンのこと、秘密にしていることがどんどんバレる事にもつながっちゃうんじゃないかな?」

「う・・・うん・・・そうなんだけど・・・」

綾音は一生懸命に胡桃が悪者にならない言い訳を考えるが、どう考えても、うまい案が出ない。ん、いや、待てよ、と綾音は思いついた。胡桃の意見を取り入れるとして、せめてもの彼女へ対する救いとして、自分もこの件に深く関わっていたことにすれば、胡桃が周囲から受けるマイナスイメージが半減、怒られるのも半分になるのではないだろうか? もう半分を自分が受け持てばいいのである。

「胡桃ちゃんだけが悪い子になることはない! こうしよう! あたしもその自由研究の仲間で、ここのことを知って、一緒に調査計画を立てていたことにすればいい。で、昨日、待ち合わせしたのに、あたしがすっかり忘れてて来なく、胡桃ちゃんは一人で入って、落ちた。今日になってあたしが騒ぎになっていることを知って、約束を思い出し、学校帰りに慌ててここに来て胡桃ちゃんを見つけて助け出した。こうすれば、胡桃ちゃんだけが悪者にならずに済む!」

「でも、それじゃ、綾音ちゃんが可哀想だよ。皆の知らないミクロの世界で、子供たちの為に頑張って戦っているのに、綾音ちゃんまでもが悪い子に思われてしまう!」

「いいんだ。あたしはママや先生に怒られるのなれてるし、正義の味方をしている身としては、時として友達を守る為、ウソをついてでも一緒に冤罪を受ける覚悟はできている! それに、胡桃ちゃんは私の大切な大親友だ。守って上げたいの・・・」

ニュースで知った大人が使う冤罪と言う難しい言葉をわざと使い、優しい胡桃を押し気味に説得に出る綾音。

「・・・綾音ちゃん・・・ありがとう・・・」胡桃はこちらを深く思いやる親友の綾音の気持ちにひどく感動し、涙があふれ出た。そして思わず、ロボットマンごと綾音のことを抱きしめてしまったのであった。

感謝された以上に、胡桃とこれほどくっつくのは初めてだったので、ひどく恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になる綾音。心なしか、ロボットマンの硬い表情もほころび、頬を染めているように見えたのだった。

 

話はすべて聞かせてもらったよ

「素晴らしいッ! なんという友情でしょうッ! 俺様は今ッ! モーレツにッ! 感動しているッ!」急にそばで男性の声がしたのに驚き、ふたりはキョロキョロと周囲の様子を窺った。小さな岩の上に、ニュービームトリプラーの上に立つ青いミクロスーツのマイケル、その両隣に戻ってきたマグネジャガーとハリケンバードがいることに気が付くのにそれほど時間はかからなかった。

彼らはずっと少女たちのやりとりを眺めていたようで、3人共に感動の涙と鼻水を人前構わず流しに流していたのである――。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年4月〇〇日◆

『こうして綾音ちゃんとそのお友達の胡桃ちゃんは無事に戻ってきました。胡桃ちゃんは元気な姿で帰ってきたし、周囲の人たちにはめっちゃ喜ばれました。ふたりがついたウソの事情もすんなり受け止められて疑われなかったみたいだし、あんまり怒られもしなかったみたい。・・・そうだよね、大切な子供たちが帰ってきたのだもの。大人達も、怒るために心配したり探していたわけではないんだものね(#゚-゚#)(*。_。*)(#゚-゚#)(*。_。*) ウンウン

胡桃ちゃんは病院に連れていかれたけど、ちょっと打ち身や擦り傷をしたレベルで、あとは特に異常はなかったみたい。崩れ落ちた穴に落ちてその程度だから、まったく運が良かったのだろうってお医者さんに言われたらしいよε-(´∀`*)ホッ

あと、マイケルさんたちのこと。基地に通信するために綾音ちゃんから離れたジャガーに、ロボットマンを探してウロウロしてたマイケルさんが偶然に遭遇。その後、黒いカニを追いかけ見失っていたハリケンバードにも行き会って、3人は防空壕に向かったんだってさ(〃σ。σ)o_彡 ナルホド

そこで見た綾音ちゃんと胡桃ちゃんの様子に偉く感動したらしいマイケルさんの擁護もあって、マックスさんからも、綾音ちゃんはそれほどお咎めは受けませんでした。何となくだけど、マックスさん、綾音ちゃんやロボットマンについて何か考えている素振りもあるし、それもあってあまり怒らなかった気もします。その考えていることが何なのかまでは分からないけど・・・¿(・・)?

この様な出来事を通して、私たちにまた新しい人間の友人が一人できました。綾音ちゃんの親友ならミクロマンの親友でもある、という満場一致の賛成意見もあって! 綾音ちゃんを通してお誘いを掛けたこともあり、近いうちにその胡桃ちゃんがミクロマン新Iwaki支部(仮)に遊びにきます。女性の私としては、女子仲間が増えるのは超嬉しいのです~キャッ(⋈◍>◡<◍)。♡』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離し、ふたを閉じる。頬杖を突き、綾音の部屋の出窓から見える住宅街を眺めながら、早く綾音の大親友と言うその女の子に会ってみたいなぁ、と思ったのであった。

 

「皆さん、また次回、会おうザンスダッチ~!! (@^^)/~~~バイバーイ♪」

 

〔つづく〕

第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<前編>

 

いわき市のどこかにある、人間にも、ミクロマンにも知られていない、謎の暗黒アクロイヤー空間。その中心部、仄かにぼんやりと金色に光る球形をした狂気の部屋に、ふたつの影があった。ひとつは、一見すると背もたれの長いアンティーク調の紫色をしたサロンチェア、その実いくつもの頭蓋骨や手の骨による装飾がなされている、まったくもって趣味の悪い幹部クラス専用椅子に座るデモンブラック。もうひとつは、先日、綾音の操る超高性能万能型ロボットに凄まじい勢いで蹴り飛ばされ空の彼方に姿を消したアクロボゼットだ。

距離を取っている二者の間には、アクロボゼットのメモリーから吸い出され再生装置にかけられた先日の戦闘記録動画が、立体ビジョンとして中空に映し出されている。

「まさか、あのような手段を取ってくるとは露程も思わず、油断したダッチ」我ながら言い訳がましいと思いながらも報告をするアクロボゼット。

「貴様のたりない頭では無理もなかろう?」デモンブラックの、小馬鹿にしたような言葉にゼットは太い眉をピクリと反応させたのであった。

動画がひと通り終わると、ふたりの間の空間は元通り金色の場に戻る。ひざまずく群青色の樽型ロボを、漆黒色の女悪魔は見下したような目で見おろしている。

「しかし、意外だな。ロボットマンはあのマックスと言うリーダーミクロマンが搭乗するのだとばかり思っていたが、他の隊員が任せられているとは・・・」首を傾げるデモンにゼットは付け加える形で報告を続ける。「他にはしもべと思われる黒いアニマルロボだけで、ミクロマンは誰もいなかったダッチ」ふふんと女悪魔は鼻を鳴らす。「たった一人で乗り込んできたところと言い、思いもよらない攻撃方法と言い、ロボットマンまで任せられているこの女戦士、マックスに信頼を置かれた相当の手練れなのだろう」

そうなのだろうか、とゼットは思う。ロボットマンが現れるまでの間、逃げ回っていたのに? それとも、あれはこちらを油断させる作戦の一種だったのであろうか? 現場にいた者の感想としては、とてもそういう風には見えなかったが・・・。アクロボゼットは一生懸命に分析しようとするが、彼に搭載されている質の低い電子頭脳では答えが出ない。

「スパイロイヤーの調査報告によると、マックスはMCIA(ミクロマン中央情報局)におけるスパイマジシャン特殊訓練もトップクラスでパスした実力だと言う。やつに様々な戦術を叩きこまれた女戦士に違いない・・・!! ゼット、お前が敵わなかったのも無理はないのかも知れないねぇ」果たして憐れみを掛けてきているのか、それとも遠回しにバカにしてきているのか、デモンブラックの真意は定かではないが、選んでくる言葉はいちいち癪に障るものばかり。アクロボゼットはイラついて仕方なかったのであった。

「しかし、作戦は遂行せねばならない。今回の見たこともない女ミクロマンと言い、果たしてどれほどの人数がいわきにやってきているのか分からぬこともあるし、油断大敵だよ。邪魔され失敗したもの以外でお前が手掛け実績を残せたのは2件か・・・。カニサンダーとゴクーも引き続き動いている。お前以上のイイ成績を上げられるといいのだがねぇ。あいつらのオツムの程度は如何ほどに?」

この女アクロイヤーめ、どこまでも人を見下しやがって! 脳が無いのは生まれつきだ! 俺はそもそもマスターに“知恵がない仕様”として作り出されたのだから、仕方がないのだ! それを何度も何度も・・・イライラが爆発しそうになってきていたゼットは、「ハッ⁈」と自分がいま思ったことの元となった、不意に湧き出てきた“メモリーデータ”に驚いた。

う・・・? マスター――とは誰のことダッチ?

うう・・・? わざとそう作られた――どういうことダッチ?

アクロイヤーの前で目覚めた以前の記憶はなかったはずである。それなのに・・・。

それは電子頭脳内において、たくさん開いた小さな記憶データ・ウィンドウのいくつかに、彼が知らないはずの“記憶ビデオ映像”が部分的に一瞬だけ映し出された“メモリーデータ”であった。数多くあるほとんどの窓には何も映り込んではいない。真っ白なだけだ。この世に意識を芽生えさせて間もないのだから、記憶らしい記憶が何も映っておらなくて当然であろう。なのに、あちこちに散らばるウィンドウの一部のみに、彼の知らないはずの“思い出”がチラッと覗き込んだのである。

学校を下調べに行った際に出会った、大きな目がきょろきょろとしている長い髪をしたカワイ子ちゃんの、あの言葉がどうしてか脳裏をかすめた。

『キミはどこの家の子なの? 忘れ物みたいって先生に渡してあげるからね。持ち主が早く見つかるといいね!』

 

 

――人々がぐっすりと寝静まった深夜、すべての照明器具が消され真っ暗になっている磐城家。綾音の部屋の隅に置かれている、子供向け百科事典や漫画本で埋められた横倒しカラーBOXのみが、ぼんやりとした奇妙な光を放っていた。光の正体は、中の工場内大型照明ライトが放っている明かりだ。カラーBOXと言うのは人の目(綾音の両親)をあざむく為の仮の姿、その実体はミクロマンの科学力で生み出された装置カモフラージュ・シールドで外側を本棚に偽装された“アルティメット整備工場”なのである。

工場内の中央スペースには、綾音の家に居候している新Iwaki支部ミクロマン全メンバーが集合していたのだった。数日前に驚くべき動きを見せたロボットマンを、天才科学者アイザックと彼の作り出した助手サーボマン2体が調査。先ほど調べが終わり、結果報告がなされようとしていたのだ。

レッドパワーズ仕様の緑色のミクロスーツ姿のアイザックが、いつになく眼鏡の奥の両眼を酷く生真面目なものにしながら話を切り出す。「結果から先に伝えるのだ。異常を起こした原因とされるような故障や狂いは・・・どこにもない」

どのような驚愕すべき事実が伝えられるものなのかと構えていた面々は肩透かしを食らい、ポカンとしてしまう。

「ど、どこにもないって、一人で勝手に飛んで行って、自分で綾音を探し出して、有無を言わさずあの子を操縦席に招き入れたのに、異常がないってどういうことなんだ・・・?!」黄色いM-12Xチーム用ミクロスーツのマックスが、柄にもなく早口でまくし立てた。

腕組みするアイザックは黙り込み、難しい顔をするばかりだ。

まだ幼さの残る少女っぽい目をランランと輝かせながらアリスが手を上げる。「ハイッ! ってことはやっぱり、綾音ちゃんへ対する愛の力ってやつですかね~?!」

青いミクロスーツのマイケルが首を振った。「んなわけないだろ、新人! あり得ない!」

無表情のメイスンも頷く。「科学的ではないな」

散々言われて不機嫌になり、「ウ~ッ」とぶすくれたうなり声を上げるアリス。

「だったら、なぜ、ロボットマンは・・・?!」天井の照明に照らし出されるロボットマンの雄姿を見上げるマックス。面々はそれにならった。超高性能万能型ロボットは、漁網倉庫の出来事以来、ロボット整備区画に沈黙、そびえ立ったままでいる。

 

少し間をおいて、アイザックが視線をロボットマンにやったまま口にした。「ただ・・・」言葉を続けるのと思いきや、口を閉ざしてしまうアイザック。何かに考えを巡らせている風である。

「ただ・・・なんだよ?」マイケルがもどかしそうにアイザックの顔を覗き込んだ。全員、アイザックに注目している。彼はおもむろに皆に向き直るとようやく語り出したのだった。

「う・・・うむ。異常はないのだがね、あのような動きを見せた原因自体は、発見できたのだよ」「はぁ? 異常はないけど、原因を発見って、どういう意味ですかーッ?!」全員の気持ちを代弁するおかっぱ頭アリスの言葉に、アイザックは小型サーボマン・アシモフに目配せしたのだった。一歩前に出るアシモフ

「オレとウェンディが、ロボットマンのシステムやらプログラムチェックをしたんだけんちょも、不思議なとこを見っけたんだわ」「不思議なところ?」「んだんだ!」首を傾げるアリスに、頭部のメカをチカチカ光らせながら必要以上にアシモフが近寄ったので、「そんなに近寄らなくても話は聞こえてるよ!」と、アリスは警戒してやや後退りをした。

どこかから微かに柔軟剤の匂いがする。あれを嗅いで、いつもの様に酔っぱらったに違いない。匂いに酔ってしまうと、隙あらばアリスとの接触を試みるセクハラサーボマン・アシモフである。

アリスに触れず、ちょっと残念そうにしながら、アシモフは話を続けた。「何と言えばいいかね、簡単に言えばだね、バージョンアップしてるみたいなんだわ」

「はぁ?」マックス、マイケル、メイスン、アリスが同時に間の抜けた声を上げる。

アシモフの話を継ぐ、つぶらな瞳のウェンディ。「富士山麓本部で保管されていた頃も、先日こちらに来る時も、そのような手は加えられていません。こちらに来て以降、いつの間にやらなんです。気が付かなかっただけで、本部等がアップデートプログラムを送信してきてインストールされた訳でもありません。更新履歴を見ても、ずっと誰も何も行っていません。それなのにいつの間にやらロボットマンのすべてを司るメインプログラムが、改ざんされているんです。それも、今までよりも“超高度かつ別機能も追加された新プログラム”に・・・!」

「高度? 別機能?」眉をしかめるマックスの問いに、ウェンディはアシモフ同様、好意を寄せている憧れのミクロマンに触れられるほど傍に近寄ってから、説明し出したのだった。まるでマックスだけに向けて報告を上げているかのような姿勢だ。

「我々サーボマンに組み込まれている自律型プログラムに近いものです。但し、我々がインストールされている物よりも遥かに高度で緻密なもので、普通とは異なるパターンで起動、動く仕組みにもなっています。その仕組みについて申しますと、付加された新機能と連動する形でロボットマンを動かすものとなっているのですよ。ここでもう一方の追加されたプログラムについて説明しなければならなくなるわけですが、それは何かと言えば・・・ミクロマン・カプセルに非常によく似た機能・・・生体オーラを感知する為の能力を付加させるプログラムなのです」

アイザックが深く重いため息をついた。「プログラムだけではない。取り付けられていた電波等を送受信する装置が無くなり、代わりにカプセル同様の生体オーラを感知できる機能が付与された電波送受信装置――最新式と思われるソレに入れ替えられていることも発見したのである。吾輩も見たことがない超最新式のようなのだ! 本来、強い電波を出す通信機能や、それに妨害される生体オーラ機能は共存できないものなのだが、どうやら両者が干渉し合わないような配慮がなされているように見受けられる、すごい代物なのである。分析しようとも思ったが、すぐ手に負えるほど簡単なものではないのだよ。なんというか、あまりにもハイテク過ぎるのだ・・・」

アリスとの距離をじわじわと縮めながら、アシモフが目を光らせた。「搭乗者認識登録データにもよぉ、いつの間にかマックスさんに加えて綾音ちゃんが登録されてんだよね。しかもさ、ヴァージョンアップした各プログラムならびに生体オーラ機能関係が、すべて綾音ちゃんの存在にセットされ繋がる形で構成されてるんだわ」

マイケルが左の手のひらを、コブシにした右手で軽くポンと叩く。「分かった! あ~、多分そういうことか~!! 綾音の怒りや恐怖、例えば戦いに巻き込まれようとしたり、実際に巻き込まれて、急激に心拍数が異常を起こしたりした様な生体オーラを感知すると、ロボットマンは持ち主がピンチだと判断、連動してそういう時のみ自律行動プログラムが作動して、自分の意思で綾音を助けに行き内部に取り込み、身の安全を確保してやるってわけだ。戦わなくてはならない状況ならば、綾音のことを守る意味から言うことを聞いて共にも戦う。ロボットマンは、ロボットマンであると同時に、綾音用のミクロマン・カプセル的な役目の一部も担うシステムを搭載したってことね。我々のカプセルと異なるのは、実際に大けがする前の時点で、助けに行く点・・・と。異常を起こしてるんではなくて、“そういう仕様”に変化しましたよ、だからこの前の動きはそれに従っただけで異常ではないんですよ~・・・って、誰が勝手にそんな風にしたんじゃーいッ!!」途中まですっとぼけたような口調だったものを、最後は誰に突っ込むわけでもなく声を荒げてみせる青いミクロマン

「まさしく、その想像通りなのだ」アイザック、ウェンディ、アシモフが一斉に頷いた。

ロボットマンについての信じられない変化を知り、全員が驚き眼で目を見合わせる。

「異常ではない?! 原因は、仕様が変更されたことに起因すると?!」

「誰がこんなことをしたのでしょう?!」

「何の意味があって?!」

アクロイヤーがやったのか?!」

「警備はどうなってる?! ザルかよ?!」

「本部が何か深い意味があって密かに行ったのでは?!」

「新メカ配備すんのもケチッてる本部が⁈」

「誰か、何か思い当たる節はないのか?!」

「愛の女神様が神秘パワーで、みたいな?!」

「アリスとオレにもついてる愛の女神様がか?!」

「うちらにはついてませんが、なにか?!」

彼らの超高性能万能型ロボットに、どうしてこのようなことが起きたのかまったく理解できず、面々は闇雲に勝手な想像話を繰り広げ討論し始めてしまう始末だ。

 

 

ほんの少しだけ後ろに身を引き、マックスはアイザックを見た。視線を感じた彼も一歩下がり、マックスのそばに寄る。「そこまで手が込んでいると言うことは、改ざんされたプログラムを元に戻すことは・・・おそらく出来ない感じなんだろう?」マックスの表情は、色々と想定、察しているものをしている。

アイザックは小さく頷く。「うむ、その通りなのだ。改ざん前の状態にプログラムを復元できないかどうか確認したのだが、システムに弾かれてしまった。それこそ違法な改ざん行為に当たると判断されてしまうようなのだよ。どちらさんかが無断で行った改ざんは、“ロボットマンそのもの”を構成しているプログラムの深い部分にまで手が入ったモノ・・・大げさに言うなら、ロボットマン自体を別物にしてしまったのである。ロボットマンのガワもナカミも、それを必要不可欠なものとして構築してしまっている。改ざん部分のみの抽出も難しいし、仮になんとかして無理やり排除したら、おそらくロボットマンは壊れてしまうであろうな」「そうか・・・」マックスはもう一度、愛機であるロボットマンを見上げた。

アイザックがマックスの肩に手をやる。「これは科学者としての判断なのだが、決して悪さを起こす類のものではない。ウィルスや罠が仕掛けられていないかも調べたが、それは皆無だった。改ざんを黙って行われた側なのに、おかしな言い方になってしまうが、どう見ても悪意ある改ざんには思えない。逆に善意さえ感じ取れるものだ。今まで通りロボットマンは使えるし、綾音を守る為のシステムが更に追加された・・・と考えて差し支えない変化と捉えることもできる。まぁ、改ざん者が不明なのが気持ちよくないのであるがね」

彼は思い出したかのように、ハッとした顔をする。「そうだそうだ、もうひとつ伝えておきたいことがあるのだった」「なんだい?」「指令基地のことだ。キミがこの家に運び入れた後、子供たちが戦いゴッコをして遊んでいたところ、誤作動を起こしたことがあると言っていただろう」「・・・ん? ああ、あのことか」「ロボットマンのことを調べているうちにふと思い出してね、気になり出して一応調べてみたのである」アイザックはいったん言葉を切り、思い切ったように告げてきたのだった。

「異常はどこにもなかった。ただ、だ。綾音が緊急時声紋反応起動システムの認識登録者リストに含まれているのが分かったのだ。登録の履歴がどうしてか見当たらなかったので、いつからなのかは不明だがね。吾輩が推測するに、おそらくその誤作動と思われる動きを見せた時点で、綾音は登録されていたのではないかな? 誤作動ではなく、その時、指令基地は綾音の戦いゴッコの言葉を聞き、緊急事態が発生したと判断、戦闘態勢を取ったのではなかろうか・・・。ロボットマンと同じように、あの子を守る為に、ね」

「・・・・・・・・・」マックスは顎に手を当てると、視線を落とした。色々と思慮しているようで、黙り込んでしまったのだった。

 

 

――4月も終わりに差し掛かったある日、夕方前の学校。帰りの会が行われる中、綾音の頭の中は既に帰宅してからのことでいっぱいになっていた。

今日、ピアノ教室はない。帰ったら、とっとと宿題を済ませてしまうのだ。そうしたら、アリスと約束していたTVゲームswitchの“あつ森”でたっぷりと遊ぶのだ・・・。

ここ最近、綾音はアリスと共に、人気ゲームソフト“あつ森”にはまっていた。いや、正確に言うと、アリスの方がはまっており、綾音が彼女に付き合っている形である。

あつ森とは海に浮かぶ小さな島を、自分の思い描く土地に作り上げていく開拓シミュレーションゲームだ。ピンクのミクロマンは、「あたしはここを超スーパーデラックスな“新Iwaki支部”豪華仕様基地にしたいのよ!」と熱く力説、基地風景を作り出す為、――以前からプレイしていたことから内容を熟知している綾音のアドバイスを受けつつ――、目下地道にゲームを進行させているところであった。

なんでも彼女は巨大基地に勤めることが昔からの夢であったそうだ。「小さな新Iwaki支部が発展するのを待っているのはもどかしいのッ!! せめてヴァーチャルの世界だけででも先に巨大化させて、そこでイメージワークスしたいのよ!!」と、綾音に密かなる胸の内を語り聞かせてきていたものである。

ミクロマンの年齢については誰一人のものも知らなかったが、明らかに全員が年上であったし、社会経験(?)も遥かに上なのは明白。仲間とは言え、一人前と認められていない気配をそこかしこで感じている綾音であったので、ゲームをプレイする上では自分が大先輩になれているようで実に気持ちが良く、楽しく思えて仕方なかった。

そのような理由により、帰宅するのが朝から待ち遠しかった綾音である。

 

ほどなくして帰りの会が終わった。別れの挨拶を終えた子供たちが我先にと教室を飛び出していく。綾音もとっとと下駄箱に向かおうとランドセルを背負ったのだった。

「綾音ちゃん」真後ろから声を掛けられた。振り返ると、帰り支度を済ませた親友の高野胡桃が立っている。ぽっちゃりしていて色白な彼女の今日の出で立ちは、白いブラウスに薄ピンク色したカーディガン、赤いチェック柄のスカート姿。同性の綾音から見ても、実に清楚で可愛らしいTHE女子小学生というオーラを滲み出させているものだ。

「なに⁈」返事をすると、胡桃は両手を合わせてニコニコとしてきたのだった。「ママがね、綾音ちゃんうちに呼んで遊ぼうって。今度の日曜、ママも保育所休みだし、皆でお菓子作りしようよって言われたんだ。どうかな!」

「お菓子作り・・・⁉ ハイハイ、ハイ!! もち全然OKっすよ!! ・・・いやいや、これは願ったり叶ったりで・・・」綾音はニヤニヤし出す。漁網倉庫の出来事があった日、帰宅が遅くなった理由が禁止されている寄り道をした為と言うことを、待ち構えていた母親に即見抜かれた綾音。神隠し事件に関することは隠し通したものの、母にこっぴどく叱られた彼女は「4月中はおやつ無しの刑!」を言い渡されてしまったのだった。ここ何日も、お菓子に飢える日々が続いていたものである。

クッキー、ホットケーキ、ゼリー、ミルクセーキ。様々な手作りのお菓子を食べまくっている妄想世界にダイブする綾音であったが、「キャッ⁈ えっ、何・・・???」急に胡桃が声を上げたことから、すぐさま現実の空腹世界に引き戻されたのであった。

担任も他の生徒も出ていきガランとした教室の中、どうしたのだろうかと驚きながら親友を見、彼女の視線を追って床へと目をやった。すると何と言うことだろう、大親友の足元を、女子にちょっかいを出しては嫌がられている瘦せっぽっちのクラス男子・小浜直紀(おばまなおのり)が四つん這いになってはいずり回っているではないか。

スカート覗き・・・⁈ 綾音はカッとして直紀の襟首を掴むと、「覗いてんなよッ!」と引っ張り上げたのだった。「おめっちゃエロか⁈ スカート覗くんじゃねぇ!!」先手必勝、優位に立つため相手をビビらせようと、わざとドスの利いた声で怒鳴りたてる少女。

胡桃が大人しいのをいいことに、何というハレンチ行為。しかも大親友に対しての狼藉である。何としてくれようか⁈

襟首をつかんでない方の手をゲンコツにした綾音を見て、「いや、ちが、違うって!」顔の前で手を振って否定する直紀少年。

「なにが違うんだよ!!」綾音はどんどん頭に血が上ってきており、今にもコブシを振り下ろしてしまいそうである。

「い、いたんだよ! だから、捕まえようかと思ってさ!」少年が、意味がよく分からないことを言い出す。あまりにも必死の形相に、ひとまずどんな言い訳をするのか聞くだけ聞いてやるか、と、綾音は襟首をつかむ手を離したのだった。

「何がいたっていうの⁈」直紀は少女の気迫に怯えながら、えらく乱れてしまったシャツの襟首周りを直しつつ答えたのだった。「カニがいたんだよ、カニ。真っ黒い色のカニ!」

「???」二人の少女は目を見合わせる。「本当だよ、床を横歩きでチョコチョコと歩き回っててさ、高野の足元の方に向かったように見えたんだ」「・・・やだぁ・・・カニは好きくない・・・」胡桃は足元周りを確認、くっ付いていたら嫌だなと、スカートもパタパタとはたいて見せる。

「本当なんだろうねッ⁈ ウソだったら承知しないよ、直紀⁉」凄んで見せる綾音に、直紀は顔を青ざめさせ何度も本当だと主張してきてみせる。少年の必死な様子からして、どうやら嘘ではないようだ・・・。

綾音は教室の後ろにあるロッカーの上に目をやった。空っぽの水槽がある。以前、クラスメイトが捕まえ持ってきたサワガニ数匹を皆で飼育したのだが、あれはとうの昔に死んでしまっていた。だから、あそこからやってきたわけではない。

次に廊下の方に目をやる。同じ階の別クラスでカニを飼育している話は、聞いたことがなかった。となると、他クラスから逃げてきたわけでもない。

だったら外から迷い込んできたのであろうか? だが、学校のすぐ傍には田んぼや沢は存在していないはずである。しかもここはカニが登ってこれない上の方の階だ。

立っていた周囲をあちこち探してみるが、3人共に、黒いカニらしきものを見出すことは遂にできなかったのであった。

「オ、オレの見間違いだったのかも知れない⁈ じゃ、もう帰るから!」二人の少女に因縁をつけられ、担任に突き出されでもしたらたまったものではないと、痩せっぽちの直紀少年は教室から脱兎のごとく飛び出して行ったのだった。

「もういいよ、綾音ちゃん、大丈夫だから気にしないで」胡桃は友達想いの親友に感謝しつつ、頭に血が上りきっている綾音をなだめるよう口にしたのだった。「ん、まぁ、胡桃ちゃんがそう言うのなら・・・」徐々に自分をクールダウンさせる正義感の強い綾音。

わざと話題を変えてしまおうと胡桃は計算、日曜日の話を再度切り出したのであった。綾音は大きく深呼吸すると、「うん、わかった。うちもママに言っておくから大丈夫。何なら、今日行ってもいいよ~!」と笑顔に戻る。

調子に乗る綾音を見て、ウフフフフと胡桃は小さく微笑んでみせたのだった。「今日は無理だよ。ママと夜ご飯を一緒に作る予定で、学校から帰ったら、ママが戻る前までに食材をスーパーで買い込んでこないといけないんだ」エプロン姿の胡桃が、あのレンガ調タイルの壁をしたオシャレな家で料理をしている想像図が綾音の脳裏に浮かぶ。食卓に並べられるのは、外国料理だ。ダンディなパパさん、いつも若々しくて優しいママさん、そしてお嬢様の胡桃ちゃんがニコニコしながら夜ご飯を食べている――。綾音は、やはりこの少女はロマンあふれる世界の住人なのだ、とますます思わずにはいられなかったのであった。

「じゃ、また明日ね。バイバイ~」今度の日曜日のことに思いを馳せつつ、少女達はめいめいの家に向かって帰路についたものだ。

 

 

早く家に戻ってランドセルを置き、買い物に行かなくっちゃ、と、帰路を急ぐ胡桃。歩みを進めるたびに軽く上下する彼女のピンク色したランドセル。学校からだいぶと遠ざかった頃、本体と冠(かぶせ)の隙間から、黒い何者かがヒョッコリと姿を見せた。カニだ。真っ黒い色をしたカニである。

手のひらに収まるほどのカニは、まるでチェーンカッターを思わせる形状をした大きなハサミ状の両手をしていた。外に飛び出した大きく白い眼玉の瞳部分は、カメラのレンズによく似た作りをしており焦点を合わせる動きを激しく行っている。背中には小さなものであるが、どう見ても大砲と思われる代物を背負ってもいた。明らかに普通のカニではない。そう、それはアクロイヤーの手先となって暗躍している、アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団の一人、ロボットの“カニサンダー”であった。

黒いカニ型ロボは、直紀少年が教室の床を歩き回っているサワガニと勘違いした相手であった。目撃されたことを察知したカニサンダーは慌てて横歩きで素早く走り回り、なんとか彼を撒くと、コッソリと胡桃のランドセルに潜り込んだのである。

『高野胡桃、10歳、2011年4月7日誕生。データに該当する対象非検体少女ダッチ。ひとりでこの後スーパーへお買い物に行くのザンスね⁈ ようやくチャンスが到来したダッチ、しめしめ・・・!』

アクロボゼット同様、カニサンダーも“探し求める子”を見つけ出す為の、誘拐作戦を実行中の身であった。

春休みの間に学校のPCから盗み出した個人情報データを元に、胡桃のことを自分のターゲットに選んだまでは良かったのだが、なかなか機会に恵まれずにいたものである。と言うのも、ここ最近、学校周辺においてミクロマン、もしくはその仲間と思わしき何者かの気配が感知されたことがあった。それでなくとも慎重派と言うこともあって、カニは細心の注意を払い長いことチャンスを窺っていたのである。

気配とは勿論、先日から綾音の護衛についたマグネアニマル達のことであったわけだが、カニサンダーやアクロイヤー達は知る由もない。

彼はずっと胡桃の様子を見ていて、実に大人しく、無害そうで、自分の作戦の目標体第一号に選んで大正解だったと感じていたのだった。

カニサンダーは仲間内でも一番の臆病者で、勇気と言うものがかけらもない。周囲の様子に敏感で、自分にとって不都合で割に合わない、嫌なこと、恐ろしいことが起きて襲い掛かってくるのではないかといつも心配し恐れを抱いている。その疑心暗鬼ぶりは病的に近いものだ。だから彼は何ごとにも慎重に取り組む。自分でもどうしてこのような性格をしているのかは分からず、生まれつきだと諦めていた。

でも、この娘なら、全然怖くはない。ポワーンとした性格の、か弱い女の子なのだ。どう考えても自分の方が圧倒的に有利に立てるし、仮に何かあったとしても、大人しく言うことも聞くはずである。

彼は念入りにランドセルから周囲の気配を窺う。敵対する者の姿や気配は微塵もない。もう少ししたら子供はおつかいと言う名の、完全単独行動を起こし始めるのだ。誘拐もすんなりと成功することだろう。なんてメンドクサクナイ目標なのだ。“推し”とはまさしくこういう相手を指して言うのであろう、と思う。

胡桃と先ほど顔を合わせていた何とかと言う女友達などきたら、見た目は可愛いが、実際のところ中身は狂暴そうだし、絡むのはすべてにおいてメンドクサソウではないか。真にああいうのは心底、相手にしたくないものである・・・!

 

――同じ日の夜。綾音が家族全員で食事をしていたところ、宅電に一本の電話が掛かってきた。母親が受話器を取る。すぐに綾音が呼ばれた。少女は何ごとだろうと、納豆ご飯の盛られた茶碗と箸を置くと椅子から立ち上がったのだった。

「あんた、胡桃ちゃんが夕方からどこに行ったか知らない?」「なんで?」「電話、胡桃ちゃんのお母さんからなの。まだ帰ってきてないんだって」「そうなんだ⁈ 学校帰る時、夜ご飯の食材を買いにスーパーに一人で行くんだ、って言ってたけど・・・」

送話口を手のひらで押さえていた母親が、綾音の話をそのまま伝える。二言三言、言葉を交わし、母親は受話器を本体に戻したのだった。

「今さっき帰宅したら胡桃ちゃんがいなくて、スーパーからはとうの昔に戻ってきててもいいはずなのに、おかしいなぁって。胡桃ちゃんのお母さん、仲良くしてるあんたに何か言ってなかったかなって思ったみたいよ。どこかで寄り道でもしてるのかな、ちょっと探しに出てみますだって・・・」

自分と違い、胡桃ちゃんは真面目だから寄り道などはしない。心配掛けたくないという親思いのタイプだから、何かあるなら前もって書き置きを残すとか、途中で電話連絡をするはずである。何かあったのだろうか・・・綾音の中を嫌な予感が駆け抜けた。

 

就寝時、ベットに入ったまでは良かったが、夜遅くになっても綾音はなかなか寝付けなかったのだった。あれっきり高野家からその後の様子を伝える連絡は入らなかったし、胡桃のことが気がかりで眠れなかったのである。

行き違いで、それ程しないうちに彼女は帰宅したのであろうか?

それとも何らかの事件や事故にでも巻き込まれてしまったのであろうか?

一番最悪なのは、アクロイヤーの“神隠しがやってくる”の標的にされた場合である。彼女の誕生日は綾音と同じ2011年4月7日、さらわれている子供の生まれた月日に該当する範疇に含まれていた。標的にされる可能性は十分にあるのだ。

いや、しかし逆に言えば、アクロイヤー神隠しに遭っていた方が、ほどなくしてきちんと解放され帰してもらえる点から見れば安心ではないか・・・? 「違う、違う」綾音は一瞬でもそう思った自分に嫌悪感を抱く。心に傷を負わせられ帰されるのなら、事件や事故に巻き込まれたのと同じことだ。それに万が一にも友人がやつらの探している子供だったとしたらどうする? 二度と帰ってこれないことになるかも知れないのである。

大切な親友である胡桃が深く傷ついたり、消え去ってしまうようなことがあったとしたのなら、自分は頭がおかしくなってしまうかも知れない。そして、そういうことに胡桃ちゃんを巻き込むようなやつがいたのなら、あたしは絶対にそいつのことを許さない・・・!!

想像の世界であれこれと心配し悩み込んで、どれぐらい過ぎた頃だろう。綾音はいつしか眠気に襲われ、夢の世界に迷い込み始めたのだった。

 

 

どこだろう――? 夕闇に染められたここは、町並みから外れた小さな山と山の間にある田んぼが広がる狭い土地のようだ。人家の明かりもぽつらぽつらと見えるが、片手で数えられるくらいしかない。薄暗い周囲をぼんやりとした意識でなんとなく眺めていると、綾音から少し離れた場所、農道を歩いている人影がひとつ確認できた。

誰かな・・・? 暗くて最初は分からなかったが、よく目を凝らして見てみると、ぽっちゃりとした体形の、薄ピンク色のカーディガンと赤いチェック柄のスカート姿の少女であることを知る。

「?!」後ろ姿であるが、間違いない、あれは胡桃ちゃんだ!! 綾音は発見した喜びから、大声で彼女に声を掛けようとした。その時、胡桃の足元に、仄かにボウッと青白く光るシャレコウベの形をした小さな人魂がいくつか現れたのを見て、少女は全身が硬直してしまたのであった。人魂に思えたものが、実際は違うことにすぐ気が付く。「あれは、アクロイヤーのアクロメカロボ・・・⁈」

 

 

胡桃はアクロメカロボに道案内されているようで、農道から外れると山に続く竹林に入り込んでいってしまった。綾音は勇気を振り絞り、後を追いかけ出す。竹林の中には枯れ葉の絨毯が敷き詰められた小道があった。使われなくなって相当月日が経っているのか、邪魔になる竹が所々伸びてきている道だ。竹を何本も避けながら、必死になって胡桃の後を追い続けると、3mほどの高さの崖上に出た。真下には同じような高さの崖に囲まれている窪地が見える。何もない小さな空き地と言った趣だ。

 

 

その空き地の奥側の壁には大きな穴が開いていた。自然の洞窟だったものに、人為的に手が加えられたもののように見受けられる。防空壕であろうと綾音は思った。以前、両親と出かけた先で、似たような場所を目にしたことがあった。その時、両親が「あれは戦争中に使われていた防空壕だよ」と教えてくれたものだ。戦時中、敵の戦闘機が攻めてきた時に逃げ込んで隠れた場所だとか。

防空壕跡の真ん前に胡桃が立っていた。明らかに中に入って行こうとしているように見える。綾音は崖を滑り降りた。おかしなことに関わってはならない、これ以上行ってはダメだ、と肩に手を掛け呼び止めようとする。次の瞬間、胡桃の襟首に隠れていたと思わしき小さな何かが肩に飛び出して来たので、少女は驚き手を引っ込めてしまった。それは真っ黒い色をした一匹のカニであった。綾音の存在に気付いているのかいないのか、目の前の一行は振り返りもせず、防空壕に入って行ってしまう。

「胡桃ちゃん、行っちゃダメだよ!」やっと綾音が声を出せたのと、「あっ!」目の前の胡桃やアクロイヤー達が小さな声を上げたのが同時だった。防空壕内が崩れる大きな音がして、胡桃の姿がフッと地面の下に向かって消え去ってしまったのだ。

慌てて駆け寄ると、入り口から少しだけ進んだ先の地面に大穴が開いていた。どのような理由からなのかは不明だが、おそらく下に向かって崩れて穴が開いたのだ。暗い穴倉に、親友の胡桃は落下してしまったのである――。

 

何とも言えない嫌な気持ちのまま、綾音は目を覚ました。カーテンの隙間から朝日が漏れてきている。いつの間にやら眠ってしまい、いつの間にやら朝になってしまったようだ。

大親友の胡桃を心配するあまりに、妙に真に迫ったリアルな夢を見てしまったものである。

「“妙にリアルな夢”・・・」いま思ったその感想が、自分がこの間、疑問に思った謎を解き明かすキーワードであることにふいに気が付く綾音。

漁網倉庫でアクロイヤーの部下たちが行っていた少年に対する奇妙な儀式風景。綾音は以前、そんな風景を見たような気がすると、あのとき確かに思った。どこで見たのか? そうである、ピアノ教室の奈月が出てきた“妙にリアルな夢”の中で見たのだ。奈月が神隠しに遭い、人知れず受けた仕打ちの一部始終を傍観してる悪夢。そうかそうか、謎が解けた。

しかし、解けたはずの謎が、違う不可思議な意味合いを帯びてくるのを感じる少女。

待てよ・・・あの夢を見た時点では、自分は行方不明の原因がアクロイヤーによるものだと言うことは知らなかったはずである。真実を知ったのは後々のことだ。

ミクロマン達に、青いジャンバーの少年が受けていた仕打ちを教えた際、マイケルが“いわき調査・監視班”時代に遭遇した神隠し現場でそっくりな場面を目撃した、と言っていた。と言うことは、奈月が受けた仕打ちもそれら二件と同じものであったと見るのが妥当であろう。では、なぜ自分は、あの時点で見たこともない儀式風景を奈月が登場した悪夢の中で見ることが出来たのか?

直感が告げる。自分が知りえない、少し前の時間帯にあった出来事が、何故か夢の中で見ることが出来た、と言うことではないか、と。

「・・・まさか・・・?」綾音はあることを想像してしまい、ゾッとする。まさか、が、まさか、ではなかった場合。先ほど見た胡桃の出てきた悪夢も、昨日、別れた後に親友の身に起きた本当の出来事を知らせるもの(?)だったのだとしたら。

綾音はベットから起き上がる。「まさか、ね!」奈月の夢も、胡桃の夢も、神経が高ぶったことから見てしまった、いかにもそれっぽい悪夢、偶然の産物なのである。今日、学校に登校すれば、いつものようにあの可愛らしい笑顔で、親友はあたしに向かって元気に「おはよう!」と挨拶してくれるはずだ。綾音は自分の恐ろしい想像を、ひとり苦笑いしながら否定したのだった。

しかし、学校に登校した綾音は愕然とすることになる。胡桃は昨夜帰宅せず、行方不明になってしまっていたからだ。

まさか、が、まさか、ではない可能性が増大した。

 

 

――ここは綾音の弟・辰巳が通う街中にある保育所。晴天に恵まれたこの日、子供たちは女性保育士が見守る中、所庭で元気に遊び回っていたのであった。ボールをけり合ったり、ブランコを漕いだり、ジャングルジムに登ったり。めいめいに楽しんでいる園児たちだが、その中に辰巳の姿だけが見当たらない。彼はと言えば、所庭の隅にある巨木に成長したどんぐりの木の陰に隠れて座り、一匹の子猫のことを抱っこして撫でていたのだった。

辰巳によく懐いているらしい子猫は青みが掛かった不可思議な毛並みをしている。様子もよく見れば、どことなく“普通の子猫ではない奇妙な雰囲気”を漂わせていた。それもそのはず、子猫とは仮の姿。正体はカモフラージュ・シールド装置により偽装している、ネコ科の猛獣を模したマグネアニマルのクーガーなのである。青いカラーリングをしたクーガーは万が一のことを考えミクロマン達から辰巳に与えられたもので、人知れず常に辰巳の身の回りに居て密かに彼を守り続けることを生業としていた。

幼児は、動物型護衛ロボットが本当にそばに居るのか心配になったり、逆に一人で居て寂しくないかと思いやっては、時折、周囲に隠れて呼び出していたものだ。

「たつ、みーっけ!! センセー達の見えるところにいなきゃダメじゃない!! ・・・あ、なに、可愛いー⁈」いきなり辰巳の脇にひとりの女の子が現れると、ぴったりと寄り添いしゃがみこんできた。くせ毛ウェーブがかったショートカットの髪型が良く似合う、たれ目がキュートな同じクラスの瀬戸汐音(せとしおん)であった。この子は一番下の0歳児・ひよこ組の時に共に入所した古くからの仲間で、いつしか姉さん女房を気取ってまとわりつくようになってきた女の子である。

汐音は、小さい頃からずっと時間を共に過ごしてきていた辰巳のことが大好きであった。いつもニコニコしていて、怒ることはほとんどない。一緒にいると、なんだか心がホカホカと暖かくなる気がした。仮に何か機嫌が悪い時でも、そばに寄り添い頭を撫でてあげるとすぐ笑顔に戻る。着替えに手を貸してあげたり、こぼしたご飯の片づけを手伝ってあげるのは日常茶飯事。なんだかニコニコの笑顔が可愛くて可愛くて、面倒をみてあげたくなってしまうのだ。今も女の子たちとブランコで遊んでいる途中で恋人の姿が見えないことに気が付き、保育士達が気にして探し出す前に見つけに来たところなのである。

「可愛いでしょ! これはねー、マックがくれた、クーちゃんなんだー」羨ましがる汐音を見て、護衛である子猫のことをそこはかとなく自慢げに紹介してみせる辰巳。本当はミクロマンの存在や彼らに関わることは他人に話してはいけない約束である。だがしかし、彼女はよく一緒に遊ぶ間柄だったし、何よりこちらの面倒を良くみてくれる恩もあった。だから折角なので教えてあげたい、まぁ存在をぼやかして話せばいいことだろうと彼なりに考えての発言だったのである。

「クーちゃんって名前なんだ? ペット、汐音ちゃんも欲しいなぁ。今度の休み、ママにハッピーセット買ってもらおーっと!!」辰巳が言うところのマックとは、ミクロマンのマックスのことなのだが、どうやら汐音は辰巳の可愛がる子猫がマクドナルドの子供向け商品のオマケと思い込んだようである。

「まえ、高野センセーも猫ちゃん好きって言ってたし、今日来てれば一緒に見れたのにねッ」少女が辰巳の腕の中にいるクーガーの頭を撫でる。なんか思ったよりも冷たくて硬いなー、と思う。

「今日、先生なんで休んだのかな?」辰巳は朝、登園した際、他の保育士から「今日、高野先生はお休みです」としか教えてもらえていなかった。

「汐音ちゃん知ってるよ。センセーの子供が昨日から帰って来ないんだって。警察の人にも頼んで一緒に探してるみたい。うちのママ、噂好きな情報通のママ友からそうLINE来たって言ってたー」汐音の話に、感心して大きく頷いて見せる辰巳。「そうなんだ! ぜんぜん知らなかった・・・!」

辰巳の担任・高野は、胡桃の母親である。いなくなった子供である胡桃は姉・綾音の友人と言うこともあり、何度か磐城家にも遊びに来たことがあったので知らない仲ではない。

「胡桃お姉ちゃん、どこ行っちゃたんだろう⁉」腕組みする辰巳に、汐音は首を傾げた。「ん~・・・・迷子じゃなーい?」

辰巳は「あ!」と口を大きく開けた。「もしかしてアクロイヤーの仕業かも知れないな! “神隠しがやってくる”だよ、きっと!!」「んー?」話が良く呑み込めない汐音である。

「でも、大丈夫! マックが何とかしてくれるよ! ね、クーちゃん!」辰巳が腿の上に座っているクーガーを見ると、青い毛並みの子猫は小さく頷いて見せたのであった。

マクドナルドは迷子も捜してくれるのか、それは知らなかった! と、汐音は物知りの辰巳に感心した。彼を恋人に選んで間違いなかった、と少女はなんだか誇らしい気持ちになったものだ。

 

 

〔第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!<後編>に、つづく〕

次回予告(7)+【玩具ギャラリー01&プレゼントイラスト】

●ギャラリー01 “ミクロマン指令基地”

ミクロマンを乗せてかっこよくあそぼう」(箱絵のキャッチフレーズより)

ミクロマン指令基地は全世界にはりめぐらされたミクロマン航路(ミクロマンの飛行航路や海中航路など)の安全と対策、侵略者からの防衛のために、ミクロマン科学のすべてを結集して完成された、オペレーションセンターだ。」(同梱リーフレットの解説文から抜粋)

 

ーー物語本編で使用されている玩具を、ギャラリー方式で紹介するコーナーです。

今回は、“指令基地”。

1975年にタカラより発売された小型のミクロマン基地で、いつもはコンパクトに小さくたたむことが出来、それを広げると遊び心いっぱいのギミックが展開される仕組みになっています。

 

 

光波動ミサイル砲

 

中性子ミサイル砲

 

情報管制室

 

コンピューター操作パネル

 

チャージカプセル

 

マッハスクランダー

 

スクランブルシューター

 

 

ーーレストア模様。僕の持っているミクロマンの基地や乗り物は、中古のジャンクで入手したものを修復して再生したものが多いです。

この指令基地も、壊れて汚れ切っていました。

洗浄したり、ジョイントが折れているところを接着補強したり、壊れたギミックを修理。剥がれてきていたり、色が褪せてしまっているシールは丁寧にはがしてPCにスキャン、画像処理ソフトを駆使し再生、新しいシールシートに印刷して切り出したものを、再度貼り付けてあります。

自分で愛情込めて作り直しただけに、思い入れも強い玩具になっています。

 

 

●プレゼントイラスト

Twitterで楽しくやり取りさせていただいているAirRideさん(元 (自称)ローカルヒーローデザイナー)から、ミクロマンロボダッチのイラストをプレゼントしていただきました。大変に嬉しかったです、ありがとうございます。

無断転載禁止

無断転載禁止

 

 

胡桃ちゃんが行方不明になった。アクロイヤーの仕業に違いない!! 綾音は再びロボットマンで友達を助けに向かうのだが、どうやっても超分身を飛行させることができなかった。飛べないロボットマンで綾音はどう戦うのかーー?!

次回、『第8話・胡桃ちゃん救出大作戦!』に、君もミクロ・チェンーーージッ!

第7話・ロボットマンはもらったよ!<後編>

 

ミクロ化した綾音とお供のマグネジャガーは、一本道の奥まったところ、暗い灰色をした建物の敷地内に侵入していた。規模は一戸建て住宅くらい、左手に小さな事務所とトイレ、中央にメインとなる倉庫部分があるだけの、壁はトタン、内部は木材と鉄筋半々で作られている昔ながらの倉庫だ。正面の壊れてしまい開いた状態のままにされている黒い門をくぐると、すぐに建物の壁に取り付けられた巨大シャッターがあるのだが、ここから内部に軽トラックを入れ、漁業網の乗せ降ろしを行うのだろうことは、子供でも容易に想像できた。

しかし、どう見ても不気味な雰囲気を醸し出している場所だ。建物の壁は長い年月を経て汚れ切っており、いくつかある小さなすりガラスの窓は拭き掃除などしていないのだろう、すべて茶色い色がこびりつきより一層、曇ってしまっている。中は完璧に見えない。ほんの少しだけある庭に当たる空間は、雑草やら風で飛んで来たゴミだらけだ。門やシャッター、トタンを止めている釘、その他、鉄でできている部分は至るところ色が剥げたり錆が浮き出ていた。倉庫の持ち主らしき人物、仕事で訪れている大人は見当たらないし、確かに陽斗の情報通り、本当に今現在も使われているのかは怪しいところである。

錆びついたシャッターは一番下まできちんと閉まっていた。しかし、その左側にある事務所のドアが少しだけ開いているのが見える。ごくり、と綾音は唾を飲み込む。行き止まりの道を進んでいたのだから、少年は当然この建物に来たはずだ。しかし、人がいられる敷地内庭スペースには誰もいない。と言うことは、青いジャンバーの少年とアクロイヤーの手下は、ドアから中に入って行ったに違いないのである。

少女はジャガーの背中を軽く叩くと、ドアを指さしたのだった。

 

マグネジャガーは、極限にまで高められた超隠密能力や索敵機能を持たせられた、スパイ活動を最も得意とするアニマル型ロボットである。主人を乗せたまま、ジャガーは周囲の気配を探りながら物音ひとつ立てずに内部に潜入。雑然と物が積まれたホコリ臭い事務所の中をコッソリと横切り、センサーが動くものを感知した奥の方へと歩みを進めたのであった。事務所の奥にもうひとつのドアがあって倉庫に出入りできるようになっているようだ。そしてそこもやはり半開きになっており、ドアの奥から微かに物音が聞こえてきていたのだった。

綾音はそっとジャガーから降りるとドアの隙間から倉庫に入る。すぐ手前の大きな黄色い漁網用浮きに身を隠すと、中の様子を窺った。汚れ切っているが小さな窓がいくつかあることからも、明るいとまではいかないが外の光が入ってきており、室内はそれなりに見えている。青、緑、黄、黒、灰色と言った様々な色をした漁網がいくつもあちこちに山と盛られ置かれていた。網と共に至る所にブルー、オレンジ、イエローと言ったカラフルな色をした漁網用浮きが散乱もしている。天井には横に伸びる鉄筋の梁が何本もあり、そこに結ばれぶら下がっている網やロープも見受けられた。倉庫内空間の邪魔にならない両サイド付近には、屋根と梁を支える鉄筋の支柱がある。茶色く汚れた窓を通して入った外光のせいで、全体のトーンは茶に近いオレンジ色に染められていたのだった。

 

車を停める事情もあるのだろう、倉庫内中央は荷物が置かれていない。そのど真ん中に青いジャンバーの少年が立っているのがすぐ分かった。横顔が見えているのだが、目はうつろだ。意識がボーッとしているのか、口も半ば開きっぱなし、だらしなくしている。

名前も知らないし、話したこともないが、別のクラスの男子であると綾音はすぐ気が付いた。

周囲に置かれている漁網のせいで全貌は見えないが、少年の足元にゴチャゴチャと動くいくつもの影がある。隙間から見えるに、人体模型のような姿をしたアクロ兵と、頭蓋骨メカのアクロメカロボだ。ミクロマン達が子供部屋に回収してきた壊れてる物ではない。神隠し計画を今まさに実行中の、生きている恐るべき戦闘型アンドロイド軍団である。綾音はもう一度、唾を飲み込んだ。高鳴る心臓が外に飛び出さないようにと胸を押さえる。

ミクロマンに報告しよッ・・・!!」急いで腕時計の通信スイッチを押した。敵に気づかれぬようにと、音量は最小にして。

「・・・・・・」サーッという微かなノイズ音が走るだけで、何も起こらない。何度もスイッチを押し直してみたが、結果は同じであった。

「なんで⁈ アクロ妨害粒子のことも考えて作られた機械なんでしょ、これって⁈ 通じないはずが・・・」少女は「ハッ!」とする。先日、青スーツのマイケルが皆に伝えてきた、『この数日、どうもアクロ妨害粒子の濃度があちこちで上がってきている気がするぜ⁈』と言うパトロール報告のことを思い出したのだ。続けて、赤スーツのメイスンが以前話していた内容も思い出す。『それはいまだに、電波障害を起こす効果を発揮している、恐るべき粒子だ。本部が総力をあげ、科学的に排除を試みたが、うまくいかず、結果、ミクロマン通信機器とレーダーは、影響を最小限に抑えられる新型が開発された。100%障害をまぬがれるとは言い切れないのだが、今はそこそこ使えるその新しいものにすべてが入れ替えられ、使われてる次第だ』

新型も完璧ではないと言う。ここの妨害粒子は、新型であってしても障害をまぬがれないほどに濃度がすごく高められているのではないだろうか? 目の前にアクロイヤーがいるとなると、可能性大に思える。

まさしくいま少女が想像したり、ミクロマン達が警戒した通り、アクロイヤーは自身たちの計画をなんとしてても遂行させる為、姿を見せ始めた邪魔する敵への対処として、アクロ妨害粒子の更なる散布を数日前から徐々に敢行していたのである。

 

ミクロマンに通信できないとなると、どうすれば良いのか? 戸惑っていたところ、少年のいる方から、怪しげな動きが感じられてきた。囲むようにして位置しているアクロ軍団が、反時計回りに少年の足元をグルグルと回り出したのである。

まるで盆踊りだ。少年がやぐらで、軍団は盆踊りの踊り手。両手を上げたり下げたり、歯をカチカチとリズミカルに嚙み合わせて鳴らしたりして、おかしな踊りを舞う兵の目はボヤっとした赤い明かりを放ってもいる。薄気味悪いと言ったらない。

「あれ、この光景、どこかで見たことがあるような?」綾音は瞬間的にそう思った。記憶を探ろうとするが、興奮状態のせいか、落ち着いてうまく思い出せない。誘導され連れ去られているところを目撃したことはあるが、この様に謎の儀式にかけられている被害現場そのものを目撃したことはなかったはずだ・・・。

いや、今はそんなことを気にしている場合ではない、と即座に気持ちを切り替える。

上の方から、いきなり光線を感じ、綾音は視線を上にあげた。すると、漁網の山の上に一体のアクロメカロボがいて、額にあるサーチライトのようなものから、強めの青白い光を少年めがけて放ち始めたところだったのである。

「あの光はダメだ、あれは非常にマズイ!」と、鋭い直感が警告を発した。思わず綾音は物陰から飛び出し、叫んでいたのだった。「やめろーッ!!」と。

何の考えもなかった。ダメなものはダメなのだ。あれは子供を苦しめる悪魔の光だ。苦しめるようなことをしてはいけないのだ。

ただそれだけの想いが強く働き、本能的に飛び出してしまっていたのである――。

 

 

サーチライトが消え、アクロ軍団の踊りがピタリと止まる。侵入者の存在を知り、悪魔の盆踊り儀式は中断されたのだ。

「何者ダッチ・・・⁈」サーチライトを照らしていたアクロメカロボの陰から、群青色をした樽状のボディを持つロボットがのそりと顔を出してきた。この現場の指揮に当たっていたアクロボゼットである。漁網の山の上にいたことからも見晴らしがよく、彼は出入り口ドア付近にすぐ声の主を発見できたのだった。真っ黒いジャガー型ロボを従えているらしい、女性ミクロマンである。

綾音は、無意識とは言え自分がとんでもなく無謀な行動に出てしまったことを激しく後悔していたのだった。敵の真ん前に飛び出したことから良くわかったのだが、アクロ兵10体、アクロメカロボ2体、群青色ロボ1体、計13体のアクロ軍団小隊に宣戦布告してしまったのだ。

網の山の上で大声を張り上げる、樽みたいな姿をしたロボットがリーダー格なのだろう。そいつがアクロ兵たちに「ミクロマンを倒せ」と命令している。

綾音はアクロボゼットと修了式の日に出会っていたのだが、オモチャの落とし物を届けただけ、大したことではなかったことから、もう“すっかりとそのことは忘れて”しまっていた。よって初対面の敵としか見えていなかったものだ。

アクロボゼットも、カモフラージュ・シールドのせいで、女性ミクロマンがあのとき自分を拾った長い髪のカワイ子ちゃんだとは露程も思わない。

儀式の中途で邪魔が入ったせいであろうか、青いジャンバーの少年は催眠術の効果が途切れたらしく、体を大きくフラフラと揺らしたかと思ったら、完全に意識を失いその場に倒れてしまったのであった。

 

アクロ兵とアクロメカロボ達が、綾音とジャガーに向かい、飛び掛かってくる。

マグネジャガーは両手の指先から鋭い爪を出し、襲い来るアクロ兵達に次から次へと飛び移っては、鋭利な爪で顔面や腕を引き裂き、喉笛に噛みついた。マグネアニマルの戦闘能力は高い。野獣の動きをトレースした戦闘プログラムが組み込まれているのだ。俊敏な動きで襲い、弱点を攻撃、獲物を確実に仕留めていく。

しかし、数が数なので、一度に全部は相手にできないことからも、何体かはジャガーの脇をすり抜け、後ろにいる綾音へとその魔の手を伸ばしたのだった。

倉庫に来る前の区域であったなら、もしかするとミクロマンに通信が繋がっていたかも知れない、なんでもっと早い段階で通信を入れなかったのだろうかと半べそになるが、後悔先に立たず。とにかく真後ろに向かって逃げ出す。傍にいくつか転がっている大きな黄色い浮きの周囲を8の字を描くようグルグルと走って回り、追っ手をまこうとするものの、アクロ兵はどこまでも彼女を追跡してくる。

あっちに行ったり、こっちに行ったり、しばし滑稽な追いかけっこが繰り広げられるが、前方に待ち伏せしたアクロ兵が一体でてきてしまったので、綾音はつんのめりそうになりつつ慌てて足にブレーキを掛けたのだった。

前方と後方のアクロ兵が間合いを狭め、同時に少女に飛び掛かった。綾音はすかさず身を縮める。実際の身長と、カモフラージュ・シールドによる映像の身長差はかなりあり、アクロ兵の目測では女性ミクロマンの上半身に当たる所は何もない空間でしかなく、二体のアクロ兵はお互いの顔面をぶつけながら、兵士同士で抱き合ってしまった。瞬間的に綾音は真横に身をスライドさせ、上から落ちてくる抱き合うアクロ兵から逃れる。

急いで立って走り出そうとした矢先、別方角から、シャレコウベを模したアクロメカロボがドスドスドスと重い足音を響かせながらこちらに走ってくるのが見えた。ミクロ少女は圧倒され、動きを止めてしまう。真後ろでは先ほど躱した二体のアクロ兵がフラフラと立ち上がり出している。挟み撃ちだ。

「ヤヴァイッ・・・⁈」万事休す。綾音が身を固めたその時、青く巨大な長方形の物体がいきなり現れ、「ドッスン!」と、アクロメカロボを上から圧し潰した。コンクリ製の床との間に挟まれたシャレコウベはひしゃげてしまう。

ドッスン!」と間髪入れず、続いて後方からまた音がした。振り返ると、もうひとつ、やはり青く巨大な長方形の物体が二体のアクロ兵を上から完全に圧し潰し、破壊していたのだ。

 

 

何が起きたか分からないまま、フラリと二、三歩横にずれ、巨大な青い物体を見上げると、それは上にある白い部分と繋がっていることを知る。ふたつの白い部分はそのまた上の方で一つに繋がっていた。更なる上には丸みを帯びた大きく赤い物体が乗っかっており、赤い部分の中央には透明な長方形カプセルのようなものが取り付けられていて――。

「ロボットマン!!」いつも見下ろす位置から見ていたせいで最初はわからなかったのだが、形を確かめているうちに、いま見上げているものが見慣れた存在であることに綾音はハッと気が付いたのだった。

ロボットマンは磐城家を飛び出したあと猛スピードで漁業網倉庫にたどり着き、やはりドアの隙間から倉庫内に侵入。綾音のピンチを目にして、飛んで来た勢いのままキックの態勢を取り、速度の力も兼ね合わせたパワーでアクロイヤーの配下を踏み潰したのだ。

「誰も乗ってない⁈ それに、なんでここに・・・⁈」問いかけるが、意思を持たないロボットマンが答えることはない。代わりに、何と言うことであろうか、いきなり操縦席のキャノピーが開くと、ロボットマンはそこからまばゆい一条の光の束を綾音に伸ばし、再び己の胸に光を引き戻すと、少女のことを操縦席に招き入れたのである。

 

少数残ったアクロ兵は手にする実弾を発射するサブマシンガンにて、1体残ったアクロメカロボは口の中に装備されていたマシンガンにて、それぞれロボットマンに一斉射撃を浴びせかける。「キャッ!」パワー・ドーム(操縦席)の中で、驚いた綾音は両手で顔を覆った。透明なキャノピーの外で、バチバチバチ! と、銃弾が当たって弾ける火花が無数に咲き乱れる。しばらく銃撃は続いたが、そのうち一旦様子を見ようとしてか、アクロ兵達は引き金を引くのを止めたのだった。

弾が爆ぜて出来た煤がついただけ、特にダメージを受けていないロボットマンを見て彼らは愕然とする。キャノピーにせよ、装甲にせよ、何と言う頑丈さであろう。傷ひとつ付いていない。

恐る恐る目を開けた綾音自身も、同じ感想であった。以前マックスが教えてくれたのだが、ロボットマンの装甲は特別合金製、キャノピーも特別製で、ミクロマンアクロイヤーのもの、人間世界のもの問わず、銃弾レベルの物はまったく受け付けないそうだ。

そして、ロボットマンは乗り手が心の中で思い描く動きを取り、乗り手の何十何百倍もの強さと素早さで持ってその動きを再現すると言う・・・!

「よ・・・よぉし、やってみますか!!」と、少女は試しに足元の踏まれてひしゃげたアクロメカロボをロボットマンに持ち上げさせ、ドッチボールの要領で、マシンガンを撃ち込んできたアクロメカロボ目掛けて投擲させてみたのだった。ボールにされたシャレコウベは弾丸並みの速度で飛んで行き、見事アクロメカロボに命中。二体は全身の部品をバラバラに弾けさせて破壊されてしまったのである。

何と言う腕力だろう! マックス達に教えてもらった通り、このロボットマンはミクロマンが科学の粋を集めて作り出した超高性能万能型のスーパーロボットなのだ。搭乗者の命を守り、搭乗者の気持ちに従い共に戦ってくれる、搭乗者の超分身なのである。

綾音は憧れのスーパーロボットに自分が搭乗し、己の力で操っていることを実感した。

「マジスゲェ! これならあたしもアクロイヤーと戦える!」綾音は恐怖に高鳴っていた心臓が、熱い勇気の燃え滾る心臓の高鳴りに変換されるのを感じた。

 

既に出会っているのに、お互いに気が付けない、ふたり・・・

アクロ兵は、状況が不利になってきたと判断したのだろう、後退った。

「何をしてるんダッチ! 怖気づくな、やってしまえ!!」山の上の大将であるアクロボゼットが飛び跳ねながら大声を張り上げる。残る3体のアクロ兵は頷くと、態勢を立て直した。

先に戦っていたアクロ兵すべてをいま倒し終わったマグネジャガーがロボットマンの足元に移動してきて身構える。

ジャガー、アクロ兵は任せた! あたしは、あの樽みたいなやつをやっつける!」綾音の言葉に従うジャガーが、即座にアクロ兵に飛び掛かったのだった。

「やっつけるだぁ? 舐めてもらっちゃあ、困るダッチ!!」ニヤリとしたアクロボゼットが人差し指でロボットマンを指差す。すると両胸の突起から、数発の銃弾が撃ち出され、ロボットマンを襲った。マトにされてばかりでは癪に障る、避けるんだ、と綾音が思った次の瞬間、ロボットマンは思考を瞬時に読み解き、真後ろに跳んで事なきを得た。銃弾を浴びた、先程までいた足元のコンクリが大きく割れ、中心部は粉々に砕け散っている。どうやらアクロ兵の武器とは比べ物にならないほどのパワーを持つ射撃武器の様だ。

射角内にいるままのロボットマンに向けて、アクロボゼットが二度目の射撃を行ってきたので、「ヤバッ!!」と、綾音はロボットマンを今度は素早く側転させ緊急回避を試みさせる。「チッ!! 良く動き回るダッチ!!」怒る群青色ロボ。今回も事なきを得る綾音。

いくら頑丈なロボットマンとは言え、強力そうな相手の武器だ、当たらないに越したことはないだろう。しかし、どう戦う? 相手は漁網の山の上にいて距離はそれなりにあるし、こう撃たれてばかりでは危なっかしくて近づけない。

マックスが言っていた必殺武器、両胸から撃ち出す光子波光線の存在が一瞬頭をよぎる。

が、建物内のここで撃ったとしてどれぐらいの被害が出るのか、経験がない彼女は分からず、使用することを躊躇った。傍の床には倒れている少年もいるのだ。

「当てるから、黙って動かず立ってるダッチ‼」無茶苦茶な要求を出しながら、追い打ちをかけるように三度、アクロボゼットの胸の突起が火を噴く。慌てて超分身に、前転による緊急回避を試みさせる少女ミクロマンである。

 

――綾音は普通の人間の女の子だったので、自力で空を飛んだ経験はない。だから、ロボットマンを空中に飛ばしながら回避させたり戦わせることを、本能的に思いつけていなかったのだった――。

 

埒が明かないし、このままではまずい。そのうち疲れ果てて回避に失敗、大打撃を被りそうだ。どうにかして近づいて攻撃を加える手立てはないかと、綾音はヒントを求めて周囲を確認した。

天井の鉄筋の梁からぶら下がる幾本かのロープが目に留まる。倉庫内には天井を支えている何本もの鉄柱も床に建てられている。

綾音は三崎公園のアスレチックにて、ロープにぶら下がり遊んだ時のことをふと思い出したのだった。「そうだ・・・!!」少女は直感が働き、瞬間的に相手に対する攻撃方法を思い付く。

目測で計算、ちょうど良い場所のロープを見据えた。「やるよッ!」一か八かだ、と、迷うことなく綾音は実行に移った。

ロボットマンを前方に高く跳躍させると、梁にぶら下げられたロープを鷲掴みにさせる。ロボットマンはロープを握りしめ、飛び移った勢いのまま壁の方へと向かった。

アクロボゼットは想定外のミクロマンロボの行動に面食らった。そのうち光線武器を発射するか、もしくはジェット噴射でこちらに飛んできて体当たりでも仕掛けてくるだろうと予測していたのに、彼とは関係ない方、右手にある壁に向かったのだ。しかもロープを手にして。「何をする気なのだ」と、アクロボゼットは必死に分析を試みる。それすなわち、動かずに成り行きを眺めてしまったことを意味していた。

ロボットマンはロープを掴んだまま壁に到達する。綾音の計算通り、ロープはピンと張った状態になる。「行くよッ!!」掛け声をかけながら、少女は壁を思いっきり、大きな青い足で蹴らせたのだった。ジャンプの要領だ。アクロボゼットと真逆の方向に向けて跳ぶ超分身ロボ。梁に結ばれている部分を中心として、掴んだロープがそのまま時計回りに円を描き出す。

すぐに一本目の鉄柱の傍に達する。綾音は再びロボットマンに足裏を柱に着地させ、すぐさま蹴らせたのだった。弧を描いて宙を舞う勢いが増す。

二本目の柱でも同じ行動を取らせ更に勢いを増させると、ロープが引きちぎれんばかりの物凄い加速度がつき、あっという間に超高性能ロボットの巨体は、樽型ロボの元にたどり着いたのであった。

怪力を誇るロボットマンの脚力の勢いで、ホップ、ステップ、ジャンプを行ったのだ。とんでもない勢いが付いたことは言うまでもない。

そして最後。アクロボゼットが目の前に来た瞬間、綾音は分身の腰と右脚をひねり、アクロイヤーの手先に右足を思い切り蹴り出したのだった! サッカーボールを蹴る要領だ。

立ち止まり、必死になって状況を分析しようと試みていたゼットの胴体に、凄まじい勢いのある超加速度のついたハイパーシュートキックが決まる。群青色の樽ロボは今までに味わったことのないような衝撃を受け吹き飛ばされたのであった。

目視できないような早さで彼は宙を吹っ飛び、窓ガラスを突き破り、どこか遠くへと姿を消してしまう。

これすべて、瞬間的な――時間にしてほんの数秒の出来事であった。

 

「みんな、また次回、会おうダッチ~!!」

ロボットマンをロープから降ろし、床に着地させる綾音。見ると、マグネジャガーは残るすべてのアクロ兵をバラバラにして破壊し終わったところだ。動く敵はもういない。

決着がついたことを悟り、彼女は深い安堵のため息をついたのだった。怖かったのは確かだが、不思議と震えは出なかった。初めて事件現場の解決に挑み、頼もしい護衛が自分を守って活躍するところを見れ、憧れていたロボットマンに搭乗しみずから戦いのさなかに飛び込んで勝利したのだ。まだ生まれて10年しか経っていないが、生まれて初めて感じた何とも言えない高揚感、達成感、満足感、そして頼もしいロボットマンの中にいる安心感に、心も体もすべてが満たされていたのだった。

「ロボットマン、来てくれてありがとう!」綾音はキャノピーの真上に位置する銀色の頭部に話し掛ける。タイミングよくやってきてくれたのが必然なのか偶然なのかは分からないが、きっとマックス達が気遣い、こちらに自動操縦とか何とかで寄越してくれたのだろうと思う。

「ついに、あたしにロボットマンをくれる気になったんだな⁈ 勿論、もらっちゃおうっと!!」少女は都合よく解釈、満面の笑みで手を叩いて見せたのであった。

 

「う、うーん・・・」青いジャンバーの少年から声がする。気が付いたようだ。綾音はジャガーに手招きし、ロボットマンと共に漁網の山陰に身を隠した。

「あれ・・・ここどこだぁ?」意識を取り戻した少年が立ちあがり、倉庫内をキョロキョロと見回している。綾音は護衛に向けて人差し指を口に当てて見せた。マグネジャガーが自分の黒い手で口を押さえて見せる。

「俺、なんでこんなとこに・・・???」困惑した表情の少年は半開きの扉へと向かって行く。しっかりした足取りからして、怪我はないようだし、自分の意識をハッキリと取り戻したようだ。

首を傾げながら少年が建物の外に出ていくのを、ひとりと一匹は、黙ったままそっと見送ったのだった。

 

 

――元の大きさに戻り、綾音はロボットマンを抱え漁業網倉庫を抜け出すと、急いで胡桃の家に戻った。あれから30分以上は経っている。すぐ戻ると言っておいて時間がかかりすぎたと少女は青ざめた。

門のそばまで来ると、玄関に親友が立って待っているのが見えた。なかなか戻らぬ綾音を心配し出てきたのだろう。「遅くなって、ごめんねッ!!」左の手の平を縦にして顔の前にかざし、頭を軽く下げる。

「ううん、別にいいよ。お帰り」胡桃はいつもと変わらない、ホワンとした優しい表情で綾音を迎えてくれた。小脇に抱えているロボットマンに、彼女がチラリと目をやった気がする。綾音はとぼけて、ロボットを背中の方に隠したのであった。

「すごいね」と胡桃が小さな声で口にした。「え、何が?」問い返すと、「あ・・・ううん、なんでもない」と友達は首を横に振る。ロボットマンを見ての感想だろうか? どういう意味なのか聞こうとすると、胡桃が言葉を遮ってくる。「そろそろ帰らなくていいの? もう6時になるよ?」

「なんですとッ・・・⁈」綾音は飛び上がった。仕事が終わった母親が保育所の辰巳を連れ、そろそろ共に帰ってくる時刻だ。自宅に姿がない上にランドセルが置かれてないのを見たら、禁止されてる寄り道をしたことがバレるし、どこに行ったのだろうかと心配しだすはずである。

「やっべぇ! あたしのランドセル、ランドセル!」綾音は胡桃をまくしたてると、玄関に彼女が用意しておいてくれた荷物を急いで背負い、自宅へ向け走り出したのであった。

どう考えても、間に合わない! アクロイヤーとの初めての戦いで勝利を収めたばかりだと言うのに、綾音は怒るだろう母親への言い訳を考える羽目になってしまったのであった――。

 

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年4月〇〇日◆

『ロボットマンの行方が追えなくなった後、どうすればイイのか分からず、こちらではあちこち探しまわるだけ、右往左往していた次第です。しかも、知らないうちに事件が起きて、知らないうちに綾音ちゃんが解決していたと云ふ。ロボットマン持って帰ってきた時には、みんなして唖然としてしまったよ・・・(-_-;) 事件のこと聞かせられたら、マイケルさんなんか腰を抜かしていたッ・・・( ´艸`)

アクロイヤーに関する情報が入った際の段取りについて私達が綾音ちゃんにきちんと伝えていなかったこと、通信機が妨害されてこちらに連絡できなかったこと、ロボットマンが勝手に自分で綾音ちゃんのところに飛んで行き乗せてしまったこと、これらの不可抗力的な事情も顧みて、今回の彼女の危険な行動は不問に付されることとなりました。

勿論、マックスさんがひと言、「今後は勝手に一人で先走った行動に出てはいけないぞ」と言うお小言はしていたけどね。何にしても、無事で良かった良かった!!( ^^*)

でも、ロボットマンは、何で一人で飛んで行けたのかなぁ(・・? ウェンディも言っていたけど、多分、ロボットマンは綾音ちゃんがピンチになるかもしれないことを感じ取って、力を貸しに行こうって急いで駆け付けたんだと思うの。ロボットマンは綾音ちゃんのことが好きで放っておけないんだよ~キャッ(⋈◍>◡<◍)。♡』

 

アリスはミニチュア学校机の上に広げた、PCモード・モバイルブラスターのキーボードから手を離す。アルティメット整備工場では、異常な動きを見せた原因を求め、アイザック達が目下のところロボットマンを詳しく調査中である。日記に書いたように、どこか夢見る少女のままのアリスは、ロボットマンが愛とか友情の力で動いたと固く信じていたのだった。

 

〔つづく〕

第7話・ロボットマンはもらったよ!<前編>

 

いわきと言う土地は、不思議と桜咲く春に入る頃――卒業入学シーズン――に、その冬、最後の雪が降ることが多い。2021年3月23日(木)。この日はいわきの各小学校の修了式・卒業式だったのだが、やはり雪が降ったのであった。いわきは元来、大雪が降る様な土地柄ではなかったし、そもそも今回の雪は真夜中から降り出し、朝を迎えるころにはやんだ為に、降雪量は大したことがなかったものである。

修了式を終えた下の学年が早々に下校すると、引き続き6学年の卒業式が執り行われる。午前中にはすべてが済まされ、子供たちは全員帰路についた。家族が車で来た者たちは、ここで車上の人となるわけだ。

ちょっとした高さがある丘の上にあるこの小学校の保護者用駐車場は昔ながらの土が露出しているものであった。卒業式と言うこともあり、次々に出入りする車両の数のあまりの多さから、タイヤで表面の雪と土はぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、泥状にされてしまっている。雪として踏みしめられる深さまで積もりもしていなかったし、雪雲から晴れ間も見え始めており、段々と雪が溶けてきていたせいもあった。

 

車の出入りがなくなり、校門から徒歩で帰路につく子供たちの姿もなくなった頃――。

保護者用駐車場の奥、まばらな木々の周辺に生えている草むらの一か所が、風もないのにざわざわと揺れた。手のひらに乗るほどの小さな三つの影が草むらから飛び出し、ドロドロの地面を避けるよう、順番にあちこちに散らばる埋もれていない小石に飛び移っていく。駐車場の土手の下側にある舗装された道路との境目に点々と設置されたロープが結ばれた杭があるのだが、次にそこへと跳ぶと、順次ロープの上を綱渡りしながら出口に向けて見事に駆けて行ったのだった。

駐車場の端にある出入口付近までたどり着くと、三つの影はもう一度地面に降り、“保護者用駐車場”と大きく書かれた白い縦長看板の陰に身を潜める。リスあたりの小動物が遊んでいるのだろうか? いや、違う。その正体は小動物とは全く異なるものであった。それは三つ共に身長10センチ前後ぐらいの、メカニカルな雰囲気を醸し出しているロボット状の物体であったのだ。

一体は、人型をしている。全身群青色をしており、顔つきは黄色い太い眉に大きな目と出っ歯。胴体は樽のような形状で、腹にはアルファベットの白いZの文字が書かれた赤丸腹掛けの様な物が付いている。Z文字の両脇には赤い突起状の物――銃器や火炎放射器の砲身を連想させる――が外に飛び出していた。手足はとても短い。

もう一体は、軽装鎧を身にまとったサル――おそらく西遊記に出て来る孫悟空――をディフォルメした様な形状をしており、全身が黄土色。顔の下半分と襟首の赤い塗装がおそらく大きな口を表現しているのであろう、そこが鮮やかな別色をしていることもあり、口ばかりが目立って見えている。右手には長い棒状の物を携えており、孫悟空を模しているのだとすれば、おそらくそれは愛用の武器・如意棒なのではないかと思われた。

最後の一体は、人の姿ではなく、ハサミ状の大きな両手を持つ、真っ黒いカニの姿をしている。外に飛び出した大きく白い両目がギョロギョロとしており、平べったい胴体で、背中には小さな大砲のようなものを背負っていた。

三体すべて、どう見ても全体的にコミカルな姿形をしている極小ロボットである。

「ようやく、子供たちがいなくなったダッチ!」群青色の樽ロボが、ちょっとガラ声の少年ぽい声で他の二体に話しかける。

「今のところ、本当に誰にも見つかっていないザンスダッチよね?」黒いカニロボは高めの男性っぽい声をしていた。やたらとあちこちに目をやり、少し震えていることからも、怯えているのではないだろうか。

「心配ご無用。それがし達の隠密行動に、問題はないでゴザルダッチ」孫悟空ロボが、堂々とした武芸者の様な言い回しで答える。

「ここが、ミクロマン達の邪魔が入って今のところ手付かずになっている、子供らの学び舎ダッチ・・・」樽ロボがそっと物陰から校舎を見上げた。

 

アクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団

この三体はアクロイヤーの手下ロボである。話も出来なく、言われた通りの行動しかとれない雑兵のアクロ兵や量産型アクロモンスターとは異なり、AI搭載の自律型で、配下の中でも格が上の存在だ。群青色の樽風ロボはロボゼット(通称アクロボゼット、もしくはゼットと呼ばれている)、孫悟空風ロボはロボット59号(通称ゴクーと呼ばれている)、カニ風ロボはカニサンダーという名前であった。アクロボゼットをリーダー格としたこの三人は、まとめてアクロイヤー・ユニーカーダッチ軍団と呼称されている。

彼らは、この間までいわきにはいなかった。いわき市において、アクロイヤーが行っている極秘計画の妨害にミクロマンが本格的に乗り出したと推測されたことから、増援部隊としてアクロイヤーに召喚されたのである。自分達が誰に作られたのか、どこから連れてこられたのか、彼ら自身、知らない。気が付くと、彼らは10日ほど前にいわきに現れており、記憶も意識もそこからすべて始まっていたのだ。生まれたばかり(?)なのだろうか? 昔の記憶は何もなかった。が、不思議とそれぞれ名前は自分達でも分かっていたものである。

召喚され、一番最初に目にしたのは、アクロイヤーいわき侵略軍幹部である3体のアクロイヤーであった。アクロイヤーが主人で、お前達は子分という立場である。命令を受けつつ、今行っている極秘計画(いわきに居るミクロマン達が“神隠しがやってくる”と呼称しているもの)を遂行する為の手伝いをしなければならない。本来、幹部のひとりデモンブラックが計画を立てて命令や指令を下し、アクロ兵やアクロモンスターに現場を任せていたのだが、頻々とミクロマンが姿を見せるようになってからと言うものは、指令通りにしか動けない彼らでは事足りないことが多くなってきた。自ら考え動くことが出来るお前達に、現場での陣頭指揮を取る権限を与えるものだ。我々の手足となって働け。また、邪魔してくるミクロマンは敵である。邪魔するなら倒してしまえ。――三人は、こんな事柄を次々に教え込まれたのである。

それ以上は何も教えてもらえず、想像することもできなかった。自分たちが何者で、何をする為に存在しているのか分からなかったので、とにかくやるべきことを伝えてきてくれる目の前にいる者達が言うことを聞くことにしたのである。彼らより格下と言うのは納得できない気がしたが、明らかにあちらの方がパワーが上と感じたので、今のところは余計な考えを起こさないのが得策であろうと判断。三人はアクロイヤーの子分として働きだしたのだ。

 

彼らは市内に存在するいくつもの小学校の下見を開始した。そしてチームミーティングの末、今日訪れたこの小学校を、取り合えずの最初の目標としたのである。

子供たちの情報を入手したり、罠を張り巡らせるため、近辺の下調べも念入りにしなければならない。さて、これから何としたものか。校舎の周囲にある体育館や倉庫から下調べするか、いきなり中に不法侵入してしまうか、周囲の街並みを見てみるか、議論し合う。話に夢中になると、徐々に彼らは周囲のことが目に入らなくなっていったのだった。

「・・・⁈」真っ黒いカニサンダーがあることに気が付き、起ころうとしていることを仲間に伝えようとした時には、すでに時遅しだった。坂の下から保護者用駐車場に向けて真っ赤なダイハツ・タントがやってきて、看板の脇を通り過ぎようとしたのだ。出入口付近はもう水状の泥で、タイヤが思い切りはねたドロドロが彼らを襲ったのである。ゴクーは間一髪、後ろに跳んでかからずに済み、カニサンダーはアクロボゼットの後ろに位置していたので事なきを得た。

「うわぁ、ぺっぺっ、目に泥が~ッ!!」群青色のリーダーロボだけがまともに全身に泥を浴びてしまい、苦しみのしかめっ面になる。

 

看板からすぐ傍の駐車スペースにタントが停まり、助手席から長い髪をしたジーパン姿の女の子が出て来る。小学校中学年くらいの子だ。ロングヘア少女は土手の下、舗装された道路の向こう側にある校門へと向かい足早に歩き出す。

見つかってはまずいと、慌ててゴクーとカニサンダーはそばの背の低い草むらに身を潜めた。しかし、アクロボゼットは目が見えず訳が分からなくなり、物陰から飛び出してしまう。挙句、泥で足を滑らせ土手を転げて行ってしまったのであった。

女の子が土手下の道路脇についたのと、アクロボゼットが彼女の真っ赤な雨靴のところまで転げていきぶつかったのが同時であった。

「・・・何これ?」少女は足元に転がってきた泥だらけの群青色ロボを拾い上げる。拾い上げたその少女は――綾音であった。修了式が終わり、学校が早く終わって嬉々として帰宅したのは良かったのだが、くつろぎかなり時間が経ってから急に上履きを下駄箱に忘れてきてしまったことに気が付いたのである。偶然、仕事が休みで母親が家にいたこともあり、車に乗せてもらい舞い戻ったところであったのだった。

「ロボットのオモチャ・・・誰かが落としていったのかな?」綾音はアクロボゼットを手にしたまま昇降口へと向かう。仲間が連れ去られてしまう! ゴクーとカニサンダーは慌てつつも、誰にも見つからぬよう最善の注意を払い、前後・左右・上と下をご丁寧に確認してからコソコソと後を追ったのだった。

泥が目に入り細かい状況は見えていないものの、子供に見つかりオモチャと勘違いされ手にされていることを、アクロボゼットはしっかり認識している。こうなるとどうにもできない、ひとまず動かずにいることにする。人間に姿を見られるな、見られたとしてもオモチャのふりをして事なきを得るのだ、今後の計画に支障をきたすので存在を人間に知られるのはまずい、と言うアクロイヤーの命令である。

綾音は昇降口の中には行かず、外にあるいくつか並んだ蛇口へと歩みを進めた。可哀想だったので、泥だらけのロボットくんをキレイに洗ってあげることにしたのだ。

アクロボゼットは冷たい水道水で全身を洗われ、くすぐったさに絶叫を上げたいのをこらえながら、必死に我慢して動かぬようにした。

完全に汚れが落ちた後、ハンドタオルでキレイに水分を拭う綾音。「いやぁ、キレイになったね、ロボくん」顔の泥はなくなっていたし、少女が自分の目線にアクロボゼットを持ち上げて眺めたので、彼も初めてそこで少女の顔を拝むことが出来た。大きな目がきょろきょろとしている、長い髪をしたなかなかのカワイ子ちゃんである。好みのタイプだった。

「キミはどこの家の子なの? 忘れ物みたいって先生に渡してあげるからね。持ち主が早く見つかるといいね!」落とし物扱いでどこぞに置いてもらえれば、あとはいかようにも逃げ出せるとアクロボゼットはホッとする。が、胸を撫で下ろしたのもつかの間。いきなり何の前触れもなく、その見知らぬ少女がアクロボゼットの顔を自分の顔に近づけたので、彼は何ごとかと焦った。

さよならの挨拶代わり、深い意味もなく綾音は群青色の樽ロボに軽くチュッとキスをした。

アクロボゼットから見たら、まったくもって予想も想像もしていなかった少女の行為である。キスの意味など知らぬアクロボゼットでもあった。その行為が何なのか意味が分からず、必死に分析しようとしたが、さっぱり答えが出ない。考えすぎて脳天にある電子頭脳がショートしそうになる。電子頭脳をフル稼働させる為、必死にパワーを与えようとした心臓エンジンの回転数も上がり過ぎてしまい、オーバーヒートを起こしそうになる。

な、な、な、なんなのだ、この今までに感じたこともないような、エンジンの熱さと、脳天が爆発しそうになる感覚は・・・⁈ ・・・こ、これは・・・プツン。混乱がついに許容範囲を飛び越えた瞬間、彼はオーバーヒートを起こし、電源が落ちて意識を失った。

アクロボゼットが目を覚ましたのは、職員室にある落とし物箱から、人間に見つからぬようこっそりと仲間達に救出された後のことだった。もうその時には彼にキスした見知らぬカワイ子ちゃんの姿はなかったものである。

綾音がミクロマン達に護衛マグネアニマルを与えられる一週間前の出来事であった。

 

 

――短い春休みが終わり、綾音は小学4年生に進級した。教室は同じ階の奥に向かっていくつかズレただけ。担任やクラスメイトの面々も同じままだったので、いまいち学年が上がった実感がない。渡された真新しい新教科書をパラパラとめくると、勉強が小難しくめんどくさくなっただけの様な気がした。そんな感想しか持たなかったものだ。

新学期が始まって何日か後のこと。「綾音ちゃん、新しい絵本を3冊も買ってもらったんだよ。可愛いやつだよ。見においでよ」誘われたこともあり、綾音は下校の流れのまま、自宅には戻らずクラスメイトの中で一番の親友である高野胡桃(たかのくるみ)の家に遊びに寄らせてもらったのだった。帰宅する際の寄り道は学校から禁止されていたのだが、胡桃の家は綾音の自宅とは正反対の方角だったので、いちいち家に戻ってから遊びに行くのは面倒であり、周囲をごまかし内緒で回らせてもらったのだ。

胡桃の自宅は、茶色いレンガ調タイルの壁をした、西洋風の作りをしている。今までも何度かお邪魔したことがあったが、二階の胡桃の部屋も、一階のリビングも、可愛らしい手芸作品や絵本、ぬいぐるみ、絵画、花瓶などが数多く置かれており、綾音はなんて外国みたいなロマンチックでステキなお家なんだろうと来るたびに感激していたものである。

胡桃はちょっぴりポッチャリさん、髪型はショートにしたボブで、いつもスカート姿。生粋の日本人のはずなのだが目鼻立ちがしっかりしていて色白、どこか白人の様な雰囲気を持ち合わせていた。性格は大人しくおっとりしており、ポワンと風船のように浮かんでいるような、誰かがついててあげないと風に飛ばされてしまいそうで危ういものをしている。

本人に伝えたことはないが、ロマン溢れる胡桃の家にお邪魔させてもらうと、まさしくこの家にピッタリの子供だと綾音は思わずにはいられなかった。

胡桃の母親は保育士で、同じ町の保育所に勤めており、弟の辰巳の担任でもあった。3年生の時に同じクラスになり、話しているうちに気が合ったこともあるのだが、辰巳を通しての関わりも発覚してからは、更にお互いの心の距離感が縮まったのである。決定的だったのは、彼女の誕生日が、綾音と同じ日だったことである。いつの間にやらふたりは大親友になっていた。

 

誰もいない胡桃の家でジュースやお菓子をご馳走になったり、絵本を見せてもらったり、世間話をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。そうこうしているうちに、いつしか日も傾きだした頃。「なんか鳴ってるよ?」胡桃が綾音のランドセルに目をやりながら伝えてきた。綾音は中からピンクのスマホを取り出す。母親かなと画面を見ると、LINE友の陽斗からメッセージが届いていたのであった。

LINEアイコンをタップし、画面を開く。プロフィール画像は美味しそうなラーメンにしている陽斗。そんな彼とのトークを確認すると、『綾音さん、頼まれていた件、また情報がひとつ入りました』と書かれてあった。

綾音はミクロマンの仲間に入れてもらった以降、LINE友を通し、いわき市内の子供達で交わされている“神隠しがやってくる”の噂話、またそれに関わると思われる類の情報を集め出していた。隣の学校との交流学習で知り合った陽斗は偶然にもLINEマニアで、市内各地にLINE友をたくさん持っている。彼に相談すると、二つ返事で協力してくれることになり、以降、こうして情報を伝えてきてくれているのだ。

彼のつながりは大したもので――各情報の真偽はひとまず置いたとしても――色々と話を仕入れてくれるので、綾音は頼りにしていた。勿論、なんで調べているのか本当のことは言えないので、「クラスの友達に読んでもらっている、個人的趣味で書いてる学級新聞に掲載する為に情報を集めているんだ」という名目で、お願いしていたものである。

 

 綾音『今度はどんなん?』

 陽斗『綾音さんの学校の近所に、朝月マンションって言う大きな白い建物あるでしょ?』

 綾音『うん』

 陽斗『その近辺で“神隠しがやってくる”が起きてるんではないか、と言う噂が出てきてるらしいんです。結構、新しめの話みたい』

 綾音『そうなんだ!』

 陽斗『あと、これは全然、別口の情報なんだけど。マンションすぐ裏手の路地の奥に、使われてるんだかいないんだか分からない、灰色の壁をした漁業網倉庫があって、そこがめちゃ怪しげな場所らしい。・・・何か関係あるんスかね?』

 

いつの間にやら興味本位で勝手に画面を覗き込んできていた胡桃が、何のやりとりなんだろう? ときょとんとする。「朝月マンション、漁業網の倉庫・・・すぐそこだね」胡桃が立ち上がり、部屋の窓から外を指さした。綾音も立ち上がり、指さす方角を確認する。二階にある胡桃の部屋から見える町並みの中、ほんの少しだけ離れた場所に白いマンションが見えた。

「そうだ、胡桃ちゃん家の、すぐそばじゃん・・・」朝月マンションも、怪しげな倉庫と言うのも、歩いて5分もかからない距離である。

ちょっと見てきますかね? ミクロマン達の為にも? と、綾音は何も深く考えず、短絡的に発想、決断した。実は今までにも数回か、このような感じで情報が来たことを通してミクロマンが調査に向かったことがあるのだが、いずれも空振りだったのだ。彼らに行ってもらう前に、どのような感じかちょっとでも見てきておけば、実際に彼らが行動に出るべきかどうかの判断材料にもなるだろう。

「胡桃ちゃん、ごめん、ちょっとランドセル置いてて。あたし、そこ見てきてみる。見て来るだけだから、すぐ戻るからね。待っててね!」「え???」綾音は相手の返事も待たずに玄関に向かったのだった。

 

 

外に出ると、小さな声でお供の護衛を呼ぶ。「黒猫ちゃん、どこにいるの?」間を置かずして胡桃の家の花壇から真っ黒い子猫が飛び出し、綾音を見上げてきた。可愛らしい子猫の姿が一瞬だけブロックノイズを起こしてブレ、本来の姿である黒いメカニカルな姿をしたジャガーが見える。「黒猫ちゃん」と呼ぶのが、子猫にカモフラージュ・シールドで偽装しているマグネジャガーにやってこいと知らせる、綾音が考え出した合言葉であった。

空を仰ぎ、もう一体の護衛である鳩に偽装したハリケンバードの姿を探すが、どこにも見当たらない。おそらくミクロマンの指令で他所をパトロールでもしているのであろう。ジャガーがいるだけでも良しとしよう、綾音は空飛ぶ護衛による支援の方は諦めた。

ジャガー、ついて来て!」やはり綾音はマグネジャガーの意思も確認せずに胡桃宅の門を飛び出すと、朝月マンション目指して駆け出したのである。

 

 

胡桃の家がある区画は、真新しい今風の家が立ち並ぶ近代的な場所だ。これは近年、田畑が広がっていた広大な土地が埋め立てられ、分譲地として売りに出されたことに起因する。綾音はジャガーと共にその近代的な家並みを通り過ぎると、通りに出たのだった。

車が来ないことを確認して信号のない横断歩道を渡り、朝月マンションがある区画に入る。すると雰囲気が一変した。今までいた場所と異なり、こちらは古い昭和作りのトタン製民家や、前時代的な作りをした市営住宅で占められた、昔からある住宅地なのだ。家と家の隙間も狭く、道も昔のままでかなり入り組んでおり、至る所が薄暗い。令和を生きる現代っ子の綾音にとって、昭和の雰囲気のまま時が止まってしまったようなここは、とても不思議な感覚に襲われる場所であった。

目的もなく周辺をウロウロ確認して回るより、ひとまず話題に出た倉庫に向かうのが良いだろうと綾音は考える。倉庫に行くのは初めてだが、マンションのすぐ裏手なら迷うはずもない。少女は朝月マンションの裏側にある路地に向かい、どんどん歩みを進めた。

マンションの裏手に当たる問題の倉庫に続く狭い通りは舗装されておらず、マンション側は高い生垣、反対側は古めかしい焦げ茶色をした木製フェンスで覆われている。どちら共に大人以上の背丈があって道路は日当たりが悪く、湿気っぽいジメッとした匂いがどことなく漂っていた。表面が汚れてすすけ、下部が少し苔むした電柱やら、緑色の半ば破れたメッシュフェンスに覆われた大きめのごみ集積所があるくらいで、目立つようなものはない。完全に一本道で、奥まったところが左に折れている。恐らくこの先に漁業網倉庫があるのであろう。表の通りにしても、踏み込もうとしている裏道の方も静まり返っていた。ほとんど人影はなく、裏道にも人がひとりいたくらいで・・・。

「・・・⁈」綾音は裏路地の奥、曲がり角より少し手前にいたその見かけた人物の様子がおかしいことを察知、機転を利かせ、ゴミ集積所の陰に隠れたのだった。木の板などで補強されているゴミ集積所からそっと覗き込む。同い年くらいの青いジャンバーを来た少年が奥に向かって歩いている。どう見ても、普通の歩き方ではない。身体を左右にユラユラとさせ、のそりのそりとゆっくりとした歩調で進んでいるのだ。右肩にはグレー色のまあるい物が乗っかっている。短い手足が付いているそれは以前、山の神社で目撃したアクロメカロボであった。頭蓋骨の形をした強烈なインパクトを持つそれを、後ろ姿だからと言って見間違えるはずがない。それ程しないうちにジャンパー姿の少年は左に折れ、姿が見えなくなった。

「やべぇ、ドンピシャだわ!」何という偶然だろうか。“神隠しがやってくる”犯行現場に出くわしてしまったようだ。足元のマグネジャガーに視線を落とすと、ジャガーは綾音の顔を物言わずに見てきた。「どうするよ、あんた?」少女の問いに、喋れないジャガーは何を言いたいのか、首を傾げて見せる。綾音は一瞬だけ悩み、アクロイヤーが子供を連れ去る先の場所だけでも特定し、それからミクロマンに通信を入れることにしよう、と決心した。

「目立たないよう、こういう時こそ、これだよね⁈」綾音は己に問いかけるよう独り言を口にし、左手首のデジタル腕時計“ミクロ・ウオッチ”を己の前に掲げた。もらってからと言うもの毎日身に着けていたが、ミクロマン達の元以外では、まだ自由に一度も機能を使っていなかったのだ。

周囲には誰もいない。高い生垣と壁もあることから、どこかの家の窓から人に見られてもいない。「ミクロ・チェンージッ!」綾音の口にする命令コマンドを受け、腕時計の古代エジプトの鷲マークが輝く。次の瞬間、綾音は身に着けていた様々なものを含めてみるみるうちに縮小し、ミクロ化。カモフラージュ・シールド機能が同時作用したこともあり、スカイブルーとレッドのツートンカラーをした女性型ミクロスーツを身にまとう姿格好になった。背丈も大人ほどあり、顔はまったくの別人、女性ミクロマン風フェイスである。

「何度なってみても、こりゃ凄いわ。よし行こう!」ミクロマン綾音は颯爽と黒豹の背に跨る。ジャガーは困惑気味に背中の主人を見て再び首を傾げた。「今の子が連れていかれた場所を確認しに行こうよ。大丈夫、あたしを守る為の護衛のあんたもいるわけだしね。レッツらゴー!」両脚でわき腹を蹴られ、困ったような目をしながら、マグネジャガーは漁業網倉庫へ向け、足音を一切立てずに走り出したのだった。

事件現場に遭遇して非常に驚いたこと。本当は怖いのにも関わらず、少年が連れ去られる先の場所特定を試みようと決心したこと。初めて自分一人でミクロ化した高揚感。それらがぐちゃ混ぜになった興奮で、綾音の心臓は激しく高鳴り始めていた。

 

いまだ修理中のミクロ・ワイルドザウルス

――同時刻。磐城家、綾音の部屋。その時、アリスは指令基地のシートについていた。先ほどマイケルから通信で聞かせられたパトロール報告内容を記録していたところである。数日前から通信機器やレーダーに乱れが生じ始めていた。アクロ妨害粒子の濃度が上がってきている疑いが濃厚で、粒子の濃度調査を含めての報告である。

アリス達がいわきに着任した当日に起きた戦闘以降、いわきにおけるアクロイヤーの動きは気味が悪いほどひとつも確認されずにいた。それがここに来て、また新しい作戦に打って出てきたのではと、ミクロマン達の警戒心も高まっていたものだ。

「あれぇ・・・?」アリスは小さく疑問符のついた声を上げる。目の前の大型メインスクリーン上には、先ほど受けた報告の記録をつけているウィンドウが開いていたのだが、それに覆いかぶさるよう別ウィンドウが勝手に開いたのだ。おかしく思ったアリスはキーボードを叩く指を止め、何が開いたのかと目を走らせる。新しく開いたウィンドウは、アルティメット整備工場にあるロボットマンから出された信号を知らせるものであった。

誰がやっているのか、ロボットマン・コクピットから、指令基地に対して遠隔操作指示が出されているようだ。指示通り、指令基地は綾音の部屋の窓に取り付けられた開閉装置を作動させ、窓を大きく開いたのだった。綾音の部屋の中から出動する際のことを考え、ミクロマン達が用意した仕掛けである。

「どうした?」指令基地の側にいたメイスンが何事かとアリスに声を掛けた。「私じゃないですよ」アリスは答えると、「なんですか?」と、ロボットマン・コクピットに通信を入れた。が、返答はない。「誰も乗ってないの・・・?」不審に思い、次にアリスは工場内にいる面々に向けて、スピーカーアナウンスを入れたのだった。

アルティメット整備工場内にある中央メインスペースにて、壊れた戦闘車両を取り囲み修理をしていた、マックス、アイザック、サーボマン・アシモフ、同ウェンディは、壁に設置されてるスピーカーを通したアリスの話に目を見合わせた。「アリス、誰も乗りこんでないし、こちらから操作なんてしてないぞ?」マックスが腕の通信ウオッチで応答する。

アシモフが、工場内ロボット整備区画の天井を指さした。「何だっぺか? ロボット発進口のシャッターが開くみたいだね?」天井シャッターがいつもと変わらぬ動きで徐々に開いていく。

 

 

「マックス、ロボットマンを見てください」もう一体のサーボマン・ウェンディが、彼の愛機の異常をマックスに伝えた。

「な・・・に?」誰も乗っていないのにコクピット内の計器類が点灯している。先程まで沈黙していたのに、いつの間にやら内部電源が入っているのだ。事態が呑み込めず、とにかく確認しに行こうとマックスが思った矢先のこと。巨大ロボは大きく起動音を発すると両目を輝かせたのだった。完全起動したのだ。すかさず両足の底からジェット噴射が始まる。「なッ・・・⁈」巨体が徐々に、工場の天井にある発進口から抜け出して行く。こうなると急に止める術はない。ロボットマンが綾音の部屋から大空へと向かって飛んで行くのを、場に居合わせたものは呆然と見送るだけであった。

 

 

「ロボットマンサイドから出された指令基地への遠隔操作により、部屋の窓の開閉装置ならびに工場ロボット発進口シャッターが開かれたのを確認した」アイザックがスーツ左腕前腕部に組み込まれているコンピュータを素早く操作、関連する各機器から情報データを収集している。「今の今まで確実に誰も搭乗していなかったことも裏が取れた。信じられない、誰も操作していないのに、ロボットマンが自分で各発進口を開いたのだ。そして自分で自分に自動操縦をセット、勝手に飛んで行ったのである!」自身に疑問を投げかけるような口調のアイザックに、マックスが声を張り上げる。

「ロボットマンに意思はない! 誤作動だ! 急いで強制停止プログラムを作動してみてくれ!」過去、この様なことは一度として起きたことはなかった。戸惑うマックスに、アイザックは首を横に振る。「一番最初に、それをやってみたのだ! だが、ロボットマンが命令を拒否、こちらからの操作を弾いたのである・・・!!」マックスは愕然とする。

「ロボットマンは自動操縦モードにて飛行中。フルスピードにて南東方角に向かって移動しているようだ! 目的地はやはり事前に手前でセットしたようなのだが、いま確認・・・いや、ちょい待ち! アクロ妨害粒子の濃度が上がってきているようで、電波障害が発生したぞ・・・通信が途切れてしまったのだ。ロボットマン内のデータ確認が出来なくなってしまった! 追跡装置の信号も拾えない。跡を追えなくなったのである・・・!!」天才の眼鏡のレンズに、腕のディスプレイに映し出されたミクロマン文字によるlose sightが、反転した形で映り込んでいたのだった。

 

〔第7話・ロボットマンはもらったよ!<後編>に、つづく〕

オープニングⅡ

神隠しがやってくる! アクロイヤーの仕業だ!

子供が行方不明になるその恐ろしい事件に、

ミクロマンは友人となった綾音と共に挑む!

そして綾音も戦う、ロボットマンと共に――!

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チェンジ・チェンジ・チェンジ

ミクロ・チェンジの衝撃と

チェンジ・チェンジ・チェンジ

ミクロ・チェンジのミステリィ

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きみのジーンズのポケットには

カメラ・ロボか ガン・ロボか

キミの左の その腕には

最新鋭の ウォッチ・ロボ

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チェンジ・チェンジ・チェンジ

ミクロ・チェンジの衝撃と

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チェンジ・チェンジ・チェンジ

ミクロ・チェンジのミステリィ

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キミに自由に 使ってほしい

キミの地球を救うために

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ミクロマンからの 愛・あい・AI

心からの 愛・あい・AI

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ミクロマンG線上のアリアー ひとり製作実行委員会2021・2022

協力:読者の皆さん(の愛・あい・AI)

 

第6話・承前、アリスの日常

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「ダン! ソロモン! カタパルトハッチを開きます!」アリスは、広い指令室内の壁一面を占める様々な情報が映し出された超巨大スクリーンを見る目をそのままに、手元のタッチパネル式キーボートを素早く操作した。それは基地内すべての機能を掌握、操作できるオール・コントロール・キーボードである。

彼女が今いる磐城家の屋根裏に建造された巨大・新Iwaki支部の中央指令室内は、張り詰めた空気に支配されていた。誰もが予想しない緊急事態が起きたのだ。

「磐城家にカモフラージュ・シールドを展開・・・外部への視覚情報を遮断成功。

磐城家のルーフ開閉します・・・ハッチオープン!

カタパルトデッキ、周辺空域全方向・・・オールグリーン!

問題ありません! 最初に移動基・・・」

「悪ぃ、お先に!」自慢のメタリックイエローの単車ハイパースピーダに跨るマスターミクロマン・ソロモンが、アリスのアナウンスを途中に、磐城家の屋根内部からせり出し展開されたカタパルトから猛スピードで飛び出した。

「ったく、マックスの野郎、俺達を差し置いて!」スパイマジシャン・ダンが誰に言うともなく声を荒げる。「スパイマジシャンチーム、移動基地も発進する!」バイクに続き、飛行機の形をした巨大な飛行要塞、青い色をした移動基地がカタパルトから勢いよく大空へと向かって発進した。

「お願い、みんな、マックを助けて・・・」アリスのそばにいる、ミクロ化した辰巳は心配のあまり不安が爆発、シートに座るアリスにしがみついた。「大丈夫、マックスさんは絶対に負けないわ!」そう口にするアリス自身も不安げな目で、後ろを振り返り、頼るように支部長タイタン・ヘラクレスを見た。だが、ヘラクレスは巨大スクリーンを睨め付け、無言のままだ。指令室内にいる面々を安心させたり、励ますような言葉ひとつもかけはしない。その態度こそが、彼の信条と、彼がいま思うところのすべてを物語っている。嫌と言うほど場にいる全員にそれが伝わったのだった。

「マックスは一人で片をつける気です・・・。ロボットマンの両肩には我々最強の武器、地海底ミサイル二基を装備させてありました・・・」表情がないはずのサーボマン・ウェンディの小さな両目が暗く沈んでいるように見える。

「あれは・・・⁈」アリスは愕然とした。指令室の超巨大スクリーンに、海面を押し分け、深く暗い海の底から徐々に空に向け浮上してくる、巨大な頭蓋骨を模したアクロイヤー戦闘移動要塞の全貌が映り始めたのだ。曲がりくねった二本の角が額に生えた、見る者すべてに恐怖を与えるような、おどろおどろしさを放つ悪魔の超要塞である。

いわき各地に飛ばしているミクロスパイドローンのカメラのひとつがキャッチしている映像なのだが、あの邪悪な要塞に、マックスは単身ロボットマンで向かったのだ。誰に断わることもなく。いわきの地を脅かし続けていたアクロイヤーと今まさに決着をつけるために。

「綾音・・・綾音はどうした⁈ 今どこにいるんだ⁈」ようやく口を開いた支部ヘラクレス。アリスは一瞬、言葉の意味が分からずに頭が真っ白になった。

「綾音・・・ちゃん? ああ・・・そうだ、あの子は、どうしているんだろう?」アリスも、少女がどうしているのか分からないでいる自分がいることを、その時、初めて自身で認識したのだった。

「聞いているんだ、アリス隊員! 綾音はどうしているんだ⁈ 所在は⁈」「え、え・・・えっと・・・!!」アリスは焦り出す。――綾音ちゃん。可愛くて、長い髪をしていて、いつも明るくて、正義感が強くて、ちょっと無鉄砲なじゃじゃ馬で、でも皆を思いやる気持ちが誰よりも強い、綾音ちゃん。新Iwaki基地のアイドル的存在で、みんな大好きな、綾音ちゃん。あの子、今どこにいるんだっけ? どうしたのだろう、全然思い出せないし、分からない。あんなにいつも傍にいたはずなのに。

「答えろ、アリス隊員!」

「あ・・・あの・・・」

「どうしたと言うんだ⁈」

 

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「どうしたんだ⁈ ・・・応答しろっつってんだよッ!!」ピンク色のミクロスーツを身にまとった、おかっぱ頭のアリスは、目の前の大型メインスクリーンから聞こえてくる、ガサツな大声に驚いて目を覚まし、体勢を崩して黒いシートからずり落ちてしまったのだった。

一瞬、何が何だか分からなくなり混乱するが、よく辺りを見回すと、異動してきてから約ひと月、もうだいぶ慣れてきたいつもの景色――女の子の部屋らしい、ぬいぐるみや電子ピアノが置かれている綾音の部屋の一角、彼女の机の上に置かれた古びた指令基地“ミクロマン新Iwaki支部”(仮)の大型メインスクリーンの前――であることに気が付く。

そうだ、自分は今日も暇な仕事の一部、外にパトロールに行っている仲間マイケルからの定期連絡を待ち、聞かされた内容の記録をつける仕事をしているところだったのだ。それが昼食の後と言うこともあり、暖房の利いた綾音の部屋で連絡を待っている間、ボーっとしているうちにうたた寝をしてしまっていたのである。

巨大・新Iwaki支部の出来事は、なぁんだ、夢の世界のことか・・・。

「新人、どこ行った! 聞いてるのかよッ⁈」床に座り込んでいるアリスの頭上、夢の世界に出てきた壁一面の大きさを誇る巨大スクリーンの足元にも及ばない、小さな小さなメインスクリーンから、変わらずがなり立てるマイケルの声がした。

「ハイ! ハイハイ、ハイ。聞いてます、聞いてますよ、マイケルさん」アリスは気を取り直すと、何食わぬ顔でシートに座り直す。

「おい、新人! なんか口によだれ付いてるんじゃねぇか⁈ まさか、おめぇ、昼寝してたんじゃねぇだろうなぁ~⁈」操縦席のカメラに顔面を近づけ、こちらを覗き込んでくる青いミクロスーツのマイケルを見て、顔を少し遠ざけるアリス。「そんなわけありません。勤務中ですし」最近、段々と彼が分かってきているアリスである。へたにこちらが不利になる様な発言をしたり、戸惑っている様子を見せると、尚わざとからかい半分に突っ込んでくるのだ。こういう時は、自然体で何事もないようにすませて見せるに限る。

「こちとら、この寒い中、屋根もドアもないニュー・ビームトリプラーでおんもをパトロールしてんだ。暖かい部屋は良いよなぁ~、ズルすんじゃねぇ~ぞ~」もう春は近いと言っても、まだ寒い3月の曇った寒空だ。彼の言うことに間違いはない。

「ハイ! 寒くて大変な中、本当にご苦労様です!」一応、社交辞令を棒読み台詞で返すアリスであった。

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年3月〇〇日◆

『青いミクロスーツのマイケルさんは、いつもこんな感じです。ガサツでデリカシーがないと言うか~(-_-;) でも、新Iwaki基地の中では何事に対しても一番パワーがあって、やる気満々、皆を引っ張っていくタイプだし、頼りにされてるんだよね。

・・・ところで、私がうたた寝した時に見た夢、なんだろうね? レスキュー隊員養成学校で検査を受けた時、予知能力的なものを持っている可能性があるとドクターに告げられたことがあります。自覚はありませーんv(^▽^)v でも、ドクターにそう言われるとさ、その後に起こることを前もってどこか似た内容で、夢の中に見たことが時々あった気がするような、しないような・・・? まぁ、今回のは“こんなスゴイ基地に勤められたらいいなぁ~と言う願望が夢に出たのかな”って思うことにしときます(((uдu*)ゥンゥン』

 

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アリスは夜、オフの時間になると、PCモードに変化させた愛用のモバイルブラスターを床(綾音の机の上)に広げ、自らも座り込み、キーボードを素早くタイピング。いつも書いている“お姉ちゃんへの日記”の今日のぶんをあっという間に書き終えたのであった。

机の上で作業したくとも、指令基地にデスクスペースはない。ミクロマン達は綾音の机の引き出しの中を仕切り板で区切り、区切った一角一角を各々の寝床(名前だけプライベートルームと皆は言っている)にしているような状況である。今のところ。このような始末だったので、アリスには一人くつろいで日記を書けるような空間がなかったのであった。

 

 

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――「あー、あのぉー。メイスンさん、メイスンさん?」ある日、アリスは赤いミクロスーツ姿のメイスンが、綾音のピアノの鍵盤の上に銃器を広げメンテナンスをしているところに声を掛けた。彼女なりにスキンシップを図ったのである。どうもこの男、ほとんど口を利かないので、知り合ってからひと月近くも経つのに、無口で銃器を扱うのが得意と言うこと以外、何もわからない。

「なんだ?」後方に立つアリスに振り返りもせず、黙々と銃器を布で磨くメイスンに苦笑いをする彼女。「うんと、えっと・・・武器のメンテ、よくされてますよねぇ?」

「自分で使うものだからな」やはり振り返りもせず、そう答えただけで、話を終えてしまう赤いミクロスーツの男。

「・・・・・・」この間、声を掛けた時もそうだった。こんな風に受け答えがイチイチ簡潔すぎるのだ。

「えーと、あの、この間のアクロイヤーとの戦いで、メイスンさんのマシーン、壊れちゃったじゃないですかぁ。これから、どうするんですか?」

「他所からどうにかして調達するつもりだ」返答だけボソリ。

「・・・・・・」待ってみても具体的な話には発展させてくれない。アリスは、どう続けていくかと困り出してしまった。前回はこの流れであっという間にトークが終了してしまったのである。そうだ、ここで引き下がっては元の木阿弥だ。よぉし、こうなったら、自分の方からどんどん話を膨らませないとダメだぞ、とアリスは覚悟を決める。

「調達ですか! じゃ、あの紫色のスーパージェット・ライトは?」

「折を見てアイザックが直すそうだ」

「結構、壊れ方が酷かったから、直すの大変そうですよね!」

「そうだな」

「うちの支部って、基地の資材どころか、まだまだマシーンに使う予備の部品やらなんちゃらも殆どないですよねぇ」

「だな」

「早く手に入れたいですよね」

「ああ」

「いろんなこと、これからどうなるんでしょうかねぇ?」

「どうなるんだろうな」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

これほど話が続かない相手と接したのは生まれて初めてである。この後、少し様子を窺ったが、メイスンはやはり黙ってしまい、何も話を続けてくれはしなかったのだった。トホホホホ。仕方ない、アリスは今回もあきらめようと、その場を去ろうと振り返る。その時のこと。

「アリス隊員」

「えッ⁈ なんですかぁ~!!(⋈◍>◡<◍)。✧♡」

「間違ってグリスぶちまけたから気を付けた方がいい」

足元が滑りやすくなっていることを知った時には、アリスは既にひっくり返っており、足元の鍵盤に勢いよく臀部を叩きつけ、綾音の部屋に「ソー♪」の音を響き渡らせてしまっていたのであった。Ω\ζ°)チーン

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年3月××日◆

『赤いミクロスーツのメイスンさんはいつもこんな感じです。滑らないよう注意してくれたし、悪い人ではないとは思いますが、今のとこ他はな~んも分かりません┐(-_-;)┌ヤレヤレ』

 

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この日もアリスはPCモードに変化させた愛用のモバイルブラスターを床(綾音の机の上)に広げ、地べたに座り込み、キーボードをタイピング。あまりにも語る内容がなさ過ぎることから、“お姉ちゃんへの日記”をものの3分で書き終えたのだった。

アリスは痛めた自分のおしりをさすった。

 

 

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――「いやぁ、大量、大量! 実に結構なことであ~る!」緑色のレッドパワーズ部隊仕様のミクロスーツを身にまとうアイザックが、アルティメット整備工場内に山となった大量のガラクタを前にして、嬉々として手を揉んでいる。

アリスはと言えば、旧Iwaki支部から運んできたポンコツの機材類を、ヒイコラ言いながらサーボマン・ウェンディの高所作業車から降ろしていたのだった。荷台代わりにされた作業車の上から、人型に変化したウェンディ、そして同じくサーボマンのアシモフも荷物を次々に降ろしているところだ。この日、アイザックの指示で、アリス他サーボマンの二体は、水石山の旧Iwaki支部を探索、まだ使えそうな機材類を新Iwaki支部に搬送する仕事を手伝わされていたのだった。

アイザックの説明によると、基地設備を広げ充実させるための様々な資材提供についても、新型メカの再導入についても、予定はまだ全然未定のまま、何の進展も見られそうにない、のだそうである。本部だけでなく、知り合いがいる他の基地にも連絡を入れ、マックス達はなんとかならないものかと交渉中でもあった。

事前の用意や再開スケジュールもへったくれもない、半ばこちらの面々が言い張って無理やり早急に始めてしまった新Iwaki支部である。それにアクロイヤーや青い戦闘型ロボットの動向もある。仮に資材や新しいメカを本部などからもらえることになり、搬入できる流れが生まれていたとしても、目立つ動きは出来ないことから、こっそりと徐々にしか運び込めないし、どの道すぐには発展できない状況でもあった。

これらの事情から、自分たちのことについては、しばらくは自分たち自身で、外部に目立たぬようコッソリと隠れつつ、なんとかしなくてはならない、という話である。それについては、仕方がないことだと誰も異論は唱えなかったものだ。

が、だがしかし。この目の前に広がる、役に立ちそうもないガラクタの山は一体なんなのだ。再利用して新Iwaki支部に役立てると言うことであるが、このとても資材とは思えないポンコツを、手が空いている者はこの間から、ちょくちょく少しずつ運ばされているのである。アリスは深いため息をついたのであった。少し前にメイスンの前で話題に出した資材の確保はどうなるのだろうかという心配話が、まさかこのような形で解決に向け動き出すとは。重いものを持ち、少し痛めた腰に手をやると、なんだか情けない気持ちがわいてくる気がしたのだった。

「腰さ大丈夫けぇ、アリス隊員?」透明な頭部から見える内部メカニックがチカチカと光る、いわき弁サーボマン・アシモフがいつの間にかアリスのそばに来ており、急に彼女のおしりを撫でた。

「キャッ!! どこ触ってんのよッ!!ヽ(`Д´)ノ」アリスは飛び上がる。「そこは腰じゃないでしょう⁉」アリスはアシモフを睨め付けた。アシモフは頭部のメカを光らせるだけで、何も答えない。すっとぼけている。

クンクンとアリスは周囲の匂いを嗅ぐ。ミクロ化し、そばのポンコツ類をオモチャ代わりにしている辰巳の身にした衣類から、強い柔軟剤の匂いがした。「これか・・・」アリスは何とも言えない表情になる。

基地内の様々なサポートを任せられているアシモフは、ミクロマンに忠実で礼儀ある超AI搭載のロボットだ。それがどうしたことかこのロボット、強い香料(洗剤、柔軟剤、匂い消し、香水等)を検知すると電子頭脳がまるで酔ったようになり、酔っ払いのごとく言動がおかしくなるのだ。特に女性に対してこのようなセクハラ行為を行ったり、求婚発言を見せたりして周囲を困惑させる。アイザックが調べてもどうしてか原因不明とのことであった。なので、現状、この新Iwaki支部にいる女性はアリスと綾音だけということもあり、特にいつもそばにいるアリスがそのターゲットにされてしまうのであった。

 

「ねぇねぇ、アイザック?」「なんであるか?」

「これってアクロイヤーの手下や悪いロボットなんでしょう?」「そうである」

「怖いねぇ~、動かないの?」「大丈夫、壊れているからなんともないのだ~」

アクロ兵の取れてしまっている手のパーツで、TV放映で観たアダムスファミリーのマネごっこをして遊んでいた辰巳が心配してアイザックに尋ねたのも、わかる気がする。アリスはガラクタの山の一部に集められた、ここ最近の戦いで新Iwaki支部の面々が倒したアクロイヤーのメカ類を眺めた。

「これ、罠が仕掛けられていて、急にゾンビみたいになって、ここで暴れ出すとかないですよねぇ~・・・?」少し声を震わせながら、アリスもまたアイザックに質問する。

「大・丈・夫!! アリスくん、心配ご無用だ。これを見たまえ!!」アイザックは大きめの牛乳瓶のようなガラス容器を手にした。中には自然光に反射する、煌めく細かい青い砂(?)のようなものが大量に詰まっている。「これは吾輩が発明した、ミクロクリーンナノマシン。倒し、活動を停止したアクロイヤーのメカに振り撒くことで、我々に害をなす、例えばアクロ・プログラム、発信器、盗聴器、時限爆弾、仕掛けられたトラップ等々を、種類問わずに瞬時に調査、発見、即・完全無効果し、安全でクリーンな機械部品にしてしまうと言う素晴らしい発明なのだよッ!! ここに運ぶ前に、既にこれをフリカケふりふりしてあるのだッ!!」

自画自賛、唾を飛ばしながら自慢げに説明するアイザックをポカーンとして見つめるアリス。

「我々は今、少しでも多くの役に立つような機材類が必要だ。譲ってもらうよう他の土地の仲間と交渉するのも大切だが、まごまごしている暇はない。現地調達と言うのも手段のひとつなのである。なので、旧Iwaki支部に残されている物は勿論、こうして倒したアクロイヤーのメカも完全許容範囲内! 回収するのだ。アクロイヤーの物は我々の物、我々の物は我々の物なのだ!! プリーズ、プリーズ、どんどん回収するのである!! イッ・ヒッ・ヒッ・ヒッ・ヒ~ッ!!」

悪のマッドサイエンティストのように、低く不気味に笑い出すアイザックに、ドン引きするアリスであった。

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年3月△△日◆

『科学者のアイザックさんは、常に基地設備のことや、アクロイヤーへの対策を考えてくれている人です。セクハラサーボマン・アシモフや、働き者の目が可愛いウェンディと共に、マックスさんの壊れた車両の修理をしてくれてもいます。いつも何かを考えていて、一人でぶつぶつ言ったり、時にニヤニヤしたりもする、かなり奇人変人っぽいところがありますが、悪い人ではないと思います(((uдu*)ゥンゥン・・・多分・・・』

 

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この日も変わらずアリスは、PCモードに変化させた愛用のモバイルブラスターを床(綾音の机の上)に広げ、地べたに座り込み、“お姉ちゃんへの日記”を書く為にキーボードを叩く。痛みがひけたおしりに、机の表面の冷たさを感じながら。

 

 

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――「ねぇ~ん、相談があるのぉ~、マックスぅ~ん♡」綾音の部屋の隅に置かれたアルティメット整備工場の中央メインスペースにて、サーボマン・ウェンディの手伝いをしながら、廃車寸前のミクロ・ワイルドザウルスの修理に勤しむ黄色いミクロスーツのマックス。そんな彼を見下ろしながら、綾音が甘えた猫なで声をかけた。ピアノ教室から帰宅して直後のことである。

「ダメだ」何も聞かせられていないのに、いきなり断るマックスに綾音は豹変、ドスが利いた声で「まだ、なんも言ってないじゃん!」と怒りを露わにした。

ウェンディとマックスのそばで修理の様子を見学していたアリスは苦笑する。綾音は以前から聞かせられていたマックスの愛機ロボットマンが部屋にやってきてからと言うもの、興味津々、やたらとロボットマンについて色々と尋ねてきていた。マックスやアイザックは面白がって機能面なども含めて詳細に説明していたのだが、それが綾音のロボットマン熱をヒートアップさせてしまうきっかけになったようで、そのうちになんと彼女、「ロボットマンをあたしに頂戴! それか貸してよ!」とまで言うようになり始めてしまったのである。「これは新Iwaki支部にとって最大の戦力なんだ。そもそもオモチャではないので貸し出しできるものではない」とマックスは毅然とした態度で断ったのだが、それで大人しく引き下がる綾音ではない。折を見て、ロボットマンを手にしてはあちこち眺めたり、再度マックスに譲渡交渉を繰り返していたのだった。勿論、今回の目的も、明らかにそれの様子である。

狭い整備工場内を最大限に有効活用する為、現状、特に修理等の必要のないロボットマンは工場の外側に置かれていたのだが、綾音はうっとりした面持ちでロボットマンを両手で持ち上げると、自分の胸元に抱き寄せたのだった。「なんか知らんけど、この程よい大きさと言い、見たことないデザインと言い、ビビビビーンときちゃうんだよねぇ。このツルツルの丸い頭ちゃんも、めっちゃ可愛いの!」チュッ、チュッ、チュッ、と、綾音はロボットマンの頭部に何度も軽くキスをする。

「好きになってもらって、ロボットマンも嬉しそうにしていますね」サーボマン・ウェンディが綾音を見上げながら言うと、「そんなことあるわけない。ロボットマンはAIを搭載した自律型ではないし、パイロットの指令だけを読み取って動くロボットだからね。好かれていることを感じ取ったりなんてしないんだ」と大真面目にマックスが答えた。

「マックスさんて本当に真面目ですよね」アリスは彼に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で感想を口にする。マックスは真面目なのはいいのだが、面白みがない男なのだ。

「AIが搭載されている・いないに関わらず、メカにも、愛情をもって接してもらえているのかいないのかを感じ取る何かはあるのではないか、と私は思います」小さな両目が可愛らしいサーボマン・ウェンディの言葉に、マックスは何とも言えないような複雑な顔をして黙り込んでしまったのであった。

 

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「ただいまなのであ~る。お、綾音、ピアノ教室から帰ってきたのであるな。ちょうど良かったのだ!」綾音の部屋の窓がガラリと開いて、そこから一羽の赤い色をした鳥型メカと、黒と青の二体のネコ科動物を模したメカが入ってきて、出窓で立ち止まった。鳥型にはアイザックが跨って乗っかっている。

「え、なになに⁈ この動物ロボは⁈」即、新しい客人に綾音は興味を示し、ロボットマンを抱きかかえたまま出窓に向かった。いずれも初めて見るマシーンだ。鳥型は鳩ぐらい、ネコ科型は幼い子猫ぐらいの大きさである。

「この三体はミクロマンの仲間、マグネアニマルと言う。鳥はハリケンバード、黒いのはマグネジャガー、青いのはマグネクーガー。超AIを搭載した、動物型のスーパーロボだ。ここだけの話、某所にいたところをヘッドハンティングして来てもらうことにしたのだ。正規ルートを通していたら、話にならない。彼ら、先程ようやく追っ手(?)を逃れていわきに到着したのである。本部や他の基地には内緒であるぞ⁈」

「ヘッドハン・・・何それ? よくわからんけど、スゴイじゃん! 仲間が増えて良かったね!」

「ウム。それで、皆とも先に相談していたのだが、これらを綾音、キミの護衛に付けようと思うのだ」

「護衛⁈ 守ってくれるって言うこと⁈」驚いたように目を真ん丸にする少女に、アイザックは大きく頷いた。

「その通りだ。キミはこれまでアクロイヤーと数回にわたり遭遇、危険な目に遭っているし、今後も何かに巻き込まれないとも限らない。いや、我々の仲間である以上、何かに巻き込まれることは覚悟してくれ。何かあった場合、その都度、我々が救助に行ければよいが、前回のようにそれが可能とも限らない。だからこその護衛なのだよ」

「護衛ができれば、ロボットマンは必要ないだろう?」いつの間にやら工場の出入り口から顔を覗かせ、話を聞いていたマックスがボソリと言う。

それを聞いて、綾音は眉間にしわを寄せ、ロボットマンとマグネアニマルを天秤にかけているような、悩ましい顔になった。

 

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「もうひとつ君にあげるモノがあるのだ。綾音、机の一番大きな引き出しを開けてみてくれなのである!」綾音はアイザックに言われた通り、自分の学習机の引き出しを開ける。すると中に、見たこともない黒いデジタル腕時計がしまわれているのに目が留まった。本体表面の上半分にはデジタルディスプレイが、下半分には銀色のプレートがはめられていて、そこには古代エジプトの鷲の様なマークが刻印されている。女子小学生向けなデザインではないが、TVで観ている大好きな変身ヒーローが身につけていそうな物で、綾音は率直にカッコイイと感じたのであった。

「これは?」

「吾輩が作ったミクロウオッチである。一見すると単なるデジタル腕時計だが、通信機能が搭載されていて、いつでも我々と交信が可能だ」

「へぇ・・・!」

「それだけではない! もうひとつ、すごい秘密が隠されているのだ!」

「何なに⁈」

「これを腕に付けた状態で、“ミクロ・チェンジ!”とコマンドを口にすれば、キミはミクロ化することが出来る。もう一度唱えれば、元の大きさにも戻れる。しかも、ミクロ化している間は、アクロイヤーに正体がバレないよう、カモフラージュ・シールド機能が自動的に身体に展開、キミを別人、ミクロマンのひとりに見えるようにもしてくれる優れモノなのだ。このメカは綾音、キミの生体反応と声紋にしか反応しない作りになっている、まさしく君の為に用意された、キミだけが使える、キミ専用のスーパーメカニック腕時計なのであるッ!!」

綾音は大きな目をキラキラと輝かせる。「す・ご・い! 信じられない・・・! こんなカッコイイ腕時計をありがとう!」

工場の方から再びマックスが声を掛けた。「これでいちいち僕がいないとミクロ化できない、と言うことはなくなるわけだ。どうしてもミクロ化する必要ができた時にだけ使うんだよ。ただ、使用回数に制限がある。エネルギーが切れたらチャージする必要もあるんだ。だから、乱用はダメだからね」

綾音はマックスに振り返り、笑みをもらした。「ありがとう、マックス。仲間として、あたしのこと色々と考えてくれていたんだね!」それを聞いてマックスも笑顔になる。しかし。「でも、ロボットマンの件と、この時計やアニマルのことは別だよ!」それを聞いて、マックスは思わず体勢を崩してひっくり返ってしまったのであった。

 

綾音を含むミクロマン達の更なる話し合いにより、黒いマグネジャガーは常に綾音の護衛に、青いマグネクーガーは万が一を考えて常に辰巳の護衛に付くことになった。

ハリケンバードについては、空から子供たちの守りに、あとはいわき上空のパトロールを兼務させられることとなったものだ。

アイザックの話では、ひと目に付くような時には彼(?)らもその体にカモフラージュ・シールドが展開、普通の鳥や子猫に偽装するとのことであった。

 

この日も変わらずアリスは、綾音の机の上で“お姉ちゃんへの日記”を書こうとモバイルブラスターを広げようとする。その時、母親の迎えで保育所から帰ってきた辰巳が部屋に飛び込んできた。母親の用事と、スーパーでの買い出しもあり、いつもの帰宅時間よりも遅くなったようで、時計は既に19時を回っている。

辰巳は唐突に、手の中の物をアリスに差し出してきたのであった。「これ、ママに買ってもらったの。アリスお姉ちゃんにあげるね」それは、100円ショップで売られていた、ミニチュアの学校机とイスのセットであった。「え、いいの⁈」「うん。だってアリスお姉ちゃん、お仕事するのに机なくて大変だなぁって、いつも思ってたの。これがあれば便利でしょう⁈」

アリスはこんな幼い辰巳が気を使ってくれたことが、その優しさがあまりにも嬉しくて涙が溢れてきたのであった。「ありがとう・・・! 辰巳くん、本当にありがとう! お姉ちゃん、お仕事がんばるからね!」

幼い辰巳は満面の笑みで、優しくアリスを見つめていたのだった。

 

◆お姉ちゃんへの日記 2021年3月□□日◆

『リーダーのマックスさんは、生真面目な人です。でも、綾音ちゃんのことは何だかんだ言いながらも可愛く思ってるみたい。綾音ちゃんや辰巳くんはまだまだ子供だけど、私たちのことを本当に仲間と思ってくれているし、何か役に立ちたいといつも真剣に考えてくれている、本当に良い子たちです。皆ふたりのことが大好きみたいだよ。私も大好き。こんな風にまだまだ小さな新Iwaki支部だけど、私はどんどんココが好きになってきています!!(#^^#)』

 

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ちょっぴり大きめサイズの机ではあるが、アリスは辰巳にプレゼントされたこのミニチュア学校机とイスを、生涯大切にしようと心に誓ったのであった。

 

〔次回につづく〕

 

 

次回、『第7話・ロボットマンはもらったよ!』に、君もミクロ・チェンーーージッ!